ハック・フィン協奏曲

         2018・1・1から

  私は私の意見を述べる。それがよい意見だからではなく、私自身の意見だからだ。

 
    

 
         「思いやり予算」

           2020・7・31(金)

    アメリカのエスパー国防長官はドイツに駐留する米軍の3分の1にあたる約1万2000人を削減すると発表
   した。これに合わせて欧州軍司令部をドイツのシュツットガルトからベルギーに移転させる方針も明らかにした。
   在独米軍は3万6000人から2万4000人になるということだ。削減と司令部移転の理由はトランプ大統領が
   これまでに色々と並べている。簡単に云えば、NATO加盟国が合意している国防支出目標をドイツが守ってい
   ないとの批判だが、子どもじみたものであまり説得力はないが、とりあえずはこんな調子だ。
   「支払うまでわれわれ兵士の約半分を引き上げる」「われわれはドイツを守っているのに、ドイツは義務を怠っ
   ている。ばかげている」「われわれはもう利用されたくない」「彼らが支払わないからだ。単純だ」とヒステリー状態
   であるが、要約すれば、用心棒代(ミカジメ料)を払えということなのだ。
    アメリカは世界の警察官だとばかり思っていたが、これでは世界の暴力団ではないか。犯罪用語では、これを
   恐喝と言う。仲間内では上納金とも言う。いずれにしてもユスリ・タカリの品のない話だ。アメリカもまたずいぶんと
   落ちぶれたものだね。帝国の黄昏か。
    昔のアイゼンハワーやケネディは政治家としてはそれほど優秀であったわけではないけれども、それでも彼らは
   まだ理想について語るだけの知性と良識は持っていた。あるいは政治における偽善の重要性を知っていたと言
   うべきか。他人様の家に勝手に上がり込んで、家賃を払うのではなく、高額な滞在料をよこせというのだから道理
   に合わない、これが通用すると無邪気に思い込めるトランプの無知と粗野を笑わぬ人はいないだろう。
    大統領のこの決断について、共和党のロムニー上院議員は、「同盟、友好国の顔をひっぱたくようなもの。大
   きな誤りだ」と批判したということだ。
    トランプのこの決断を受けて、ドイツ左翼党のバルチュ連邦議員団共同団長は29日、「核兵器も忘れずに」撤収
   するように求めたということだ。さらに使用されなくなる米軍基地跡地の「道理ある民間利用」が急務だと述べたと
   いうことだ。
    なぜかドイツは用心棒代を払わない。なぜか日本は自主的な努力として思いやり予算を貢ぐ。同じ敗戦国なのに
   この違いは何だろうか。アメリカから見ればドイツは気位の高い深窓の令嬢で、日本は保護領の醜女の深情けと
   いった位置づけか。やれやれ、だ。
    米軍の駐留経費の国別負担は、日本の負担額44億1100万ドル、米国との負担割合は74・5%。次いでドイツ
   が15億6400万ドル(32・6%)、韓国が8億4300万ドル(40%)となっている。負担額の異様な高さと、その性格
   からして、これは同盟国と言うより合衆国の保護領である。つまり、同盟者ではなく支配者だということだ。
    2016年1月17日(水)の赤旗は「思いやり予算」について次のように報じている。

         主張
      米軍経費過去最大
           国民の税金どこまで注ぐのか

    安倍晋三内閣が昨年末に決定した2018年度政府予算案で、軍事費は過去最大の5兆1911億円に達しています。
   その大きな特徴の一つは、米軍への「思いやり予算」、沖縄の辺野古新基地建設費など「米軍再編経費」、「SACO(沖
   縄に関する日米特別行動委員会)経費」の合計額も過去最大の4180億円に上っていることです。これら経費は、在日
   米軍の維持経費を米国が負担すると明記している日米地位協定にさえ反するものです。沖縄はじめ全国各地で米軍基
   地・訓練の強化を進めるため、国民の税金を湯水のように注ぎ込むことは許されません。
           膨れ上がる辺野古建設費
    4180億円の内訳は、▽米軍への「思いやり予算」(在日米軍駐留経費負担)1968億円(前年度当初予算比22億円
   増)▽「米軍再編経費」2161億円(同150億円増)▽「SACO経費」51億円(同23億円増)―です(いずれも歳出ベース、
   以下同じ)。
    「米軍再編経費」は、日米両政府が06年に合意した在日米軍再編計画を実施するための費用です。今回、過去最大と
   なりました。普天間基地(沖縄県宜野湾市)に代わる同県名護市辺野古の新基地建設や、厚木基地(神奈川県大和市、
   綾瀬市など)からの空母艦載機移駐に伴う岩国基地(山口県岩国市)の増強など、米軍の海外出撃のための一大拠点づ
   くりが大きな狙いです。
    「米軍再編経費」が過去最大となったのは、辺野古新基地の建設費が816億円(前年度当初予算比280億円増)へと
   かつてなく膨れ上がったことが要因です。辺野古新基地の建設費は、防衛省沖縄防衛局が強行している護岸工事を加速
   し、実際の埋め立てに着手するための経費です。県民世論に真っ向から逆らうものです。しかし、名護市長は、土砂の採
   取・運搬など埋め立て工事を阻止できる権限を持っています。大激戦の名護市長選(28日告示、2月4日投票)で新基地
   建設反対を貫く稲嶺ススム市長の3選を何としても勝ち取らなければなりません。
    米軍への「思いやり予算」の突出ぶりも依然として異常です。
   内容は、▽米軍基地で働く日本人従業員の給与などの労務費1521億円▽米軍基地で使用される光熱水料232億円▽
   米軍基地の施設整備費206億円▽硫黄島での空母艦載機の着陸訓練費9億円―です。米国の同盟国として米軍駐留を
   受け入れているドイツやイタリアでも、労務費、光熱水料、施設整備費は全て米側負担です。マティス米国防長官は日本の
   米軍駐留経費負担について「他の国の手本になる」と述べています。
   「SACO経費」は、沖縄の米軍基地問題に関して日米両政府が1996年に合意したSACO最終報告を実施するための費用
   です。米海兵隊が日本本土で本格的な実弾砲撃演習を実施するための輸送費まで負担しています。
         日米地位協定にも反する
    「思いやり予算」、「米軍再編経費」、「SACO経費」が「日本国に合衆国軍隊を維持することに伴うすべての経費」は「日本
   国に負担をかけないで合衆国が負担する」とした日米地位協定の規定に反しているのは明白です。財政面でも米軍支援を
   拡大し続ける安倍政権の異常な対米従属姿勢を根底から改めることが必要です。




      「平和の星」

         2020・7・30(木) 

    私が住む星置には「平和の星」という地域新聞がある。その242号が今日届いた。
   私がこの新聞を最初に読んだのは10年ほど昔のことで、当時は亡くなられた尾張正さんが編集長だった。
   尾張さんの跡を継いだのは山本正さんで、現在の発行責任者は吉原宏さんだ。私も編集委員として月に一度
   の編集会議に阿部祐二さんと共に参加させてもらっている。
    一口に10年と言うが、その間、社会的にも、また編集に携わった人たちの個人的な生活にもいろいろな事が
   あっただろう。それでも新聞は休むことなく発行され続けてきた。志を持続させること、これは大変なことだ。
    編集長の山本さんはオカリナやフルートを演奏する音楽愛好家で、また登山家でもあり、多才多芸の趣味人
   であって、生活の幅が広いというか、情操豊かにして、意思強固な実直の人である。
    その実直の人が、242号の第一面で取り上げたのが有害掘削土の問題である。
   タイトルは「このままでは安心して暮らすことができない」。何が問題なのか、少し書き写す。

    7月29日午前と夕方、星置ラッキー(駅前のスーパー)前で守る会の14人の皆さんがマイクで訴えな
   がら危険性をお知らせするビラを配っています。
    有害掘削土にはヒ素などの重金属が含まれており、星置を始め、周辺地域の住民が重大な健康被害
   を受ける恐れがあります。
    山口で行われた住民説明会では農地への影響や風評被害を心配する声が出ています。
   星置とその周辺地域では住民説明会が開かれていません。住民の理解なしで現在行われている事前調
   査は無効です。
    「当会は星置とその周辺地域でも住民の理解を得るための住民説明会を開くように札幌市に陳情書を
   提出しました。署名も集める予定です。みなさんのご協力をお願い致します」と訴えていました。
   

    この日駅前に集まった14人というのは先日発足した「手稲山口の新幹線工事要対策土から星置と周辺地域を
   守る会」の人たちである。共同代表の一人は福盛田勉さんだ。
    下の写真の正面が山本さんで、右となりが吉原宏さんだ。ご苦労様でした。
           

   ここから先は福盛田勉さんのフェイスブックを開く。投稿者は3人。

  「1」  福盛田勉さん。
    7月29日10時と17時30分の二回、星置駅北口で、手稲山口の新幹線工事要対策土から星置と周辺地域を守る会(星置守
   る会)が宣伝デビュー。HTB,UHBニュース、新聞記事掲載!
    星置住民には一切説明会無く事前調査を開始している。最短距離で500m?なぜ、無関係なのか?無視されるのか?
   会は星置周辺住民への「説明会」開催を強く求めている。

       「有害掘削土から手稲の水と安全・健康を守る会」 7月23日。

    令和2年7月15日に、札幌市新幹線推進室に金山を候補地から除外を求める署名を提出した時のこと。
   札幌市新幹線推進室の室長は「重金属への見解が異なることが不安につながっている」とコメントしました。
   まるで「守る会」はヒ素の危険性を誤解していように思わせる発言です。
   しかし「守る会」には労働安全衛生法でいう、安全管理者若し...くは衛生管理者を職場に置かなければならないとする資格規
   定の、衛生工学衛生管理者の資格取得者や、特定化学物質等取扱規則の作業主任資格の資格所有者が在籍しています。
   「守る会」は専門知識を持つ法的な有資格者にヒ素の危険性を学び、正しい知識を身につけたうえでヒ素の危険性を訴えてい
   ます。
    札幌市新幹線推進室は「水道水のヒ素の基準値0.01mg/Lで健康被害が生じている事例は聞かない」と言います。
   また、「守る会がヒ素の危険性を訴えるなら、水道水中のヒ素による健康被害の因果関係を証明せよ」と言います。
   しかし、令和2(2020)年3月に公表された札幌市の水道ビジョン改訂版(案)のパブリックコメントにはこう書いてあります。
   「発がん性に基づくヒ素のTDI(耐容一日摂取量)やVSD(実質安全量)はもとより、それに基づいた飲料水中のヒ素濃度の確実
   性の高い健康指針値は導き出すことは現時点ではできておらず、その化学的不確実性から基準値は暫定的とされています」
   「また(中略)札幌市としては現時点では水道水中のヒ素濃によるリスクの計算はできないと考えています」
   つまり、札幌市は水道水中のヒ素による健康被害のリスク計算はできないと認めているにも関わらず、「守る会」にヒ素の危険性
   を証明せよ、と言っているのです。
   札幌市新幹線推進室は、札幌市水道局の見解を知っていてこのような発言をしたのでしょうか。
   新幹線推進室は住民説明会の際に「地下水環境基準は70年間、1日2リットルの地下水を飲用することを”想定”し、一生涯に
   わたりその地下水を飲用しても健康に対する有害な影響がない濃度として基準値を設定」と説明しています。
   これはあくまで”想定”の話です。
   札幌市新幹線推進室は、ヒ素濃度0.01mg/Lの地下水を70年間、1日2リットル飲用した方を探して、健康被害が無いことを
   私たち住民に証明して欲しいものです。


  「2」  大平三千夫さん。
     手稲区のごみ最終処分場「山口処理場」は北海道新幹線工事で排出される有害対策土の札幌で三番目の埋立候補地と
    されましたが、近接する星置の住民が星置地区でも住民説明会を求める活動を始めました。

  「3」  佐々木明美さん。

     昨日の鉄道運輸機構との北海道新幹線に関するヒヤリングに、紙智子参議院議員、畠山和也前衆議院議員、菊地葉子
    道議会議員、村上ひとし市議団長と参加しました。
     事前に渡した質問項目10項目と山口地区の事前調査中止緊急要望に対する答弁はどうもスッキリしない。
    事業主体であるはずなのに回答は「自治体と相談の上」の連発で事前説明...会のやり方の考え方、隣接する星置地域に説
    明会をしない根拠を聞いてもすべて「自治体と相談の上」と答弁。
    この間の陳情が継続審議となり、2万筆近い候補地除外を求める署名が寄せられる中、山口地域での事前調査を始めたの
    も「自治体と相談の上」と言う事であり、説明会の8割を札幌市が仕切っていた事に関しても「説明会の内容からメインスピー
    カーは、札幌市さん」との答弁。事業主体は、誰?と問いたくなります。「ゴミの盛り土の実績がある地域なので」と今後不適地
    の判定とはならず、手稲区3カ所の工区から有害掘削土を搬入する事がわかりました。住民合意のない進め方では、市民理
    解は、得られません。





       「抵抗と隷属」

         2020・7・29(水) 

     私は「しんぶん・赤旗」を読んでいる。59歳の時から読み始めたから、かれこれ10年となる。以来、商業新聞
    というものを読んだことがない。新聞を一紙に絞った理由は、第一は経済的のものだが、しかし、それ以上に大
    きな理由もある。私は蛇足・余談・漫談の饒舌の類が嫌いなのだ。
    意味のないことを上から目線で得意になって長々と喋り続ける、あるいは紙面一杯を埋め尽くす不見識と付き合
    うのが苦痛なのである。
     「公正中立」を装っての無批判精神が結果として誘導するところの翼賛社会、既に、報道の自由度は世界ラン
    キング第62位である。「政府が右というのに左というわけにはいかない」といったNHK会長発言は記憶に新しいと
    ころだ。また安倍内閣の守護神である黒川ハチ公を囲んでの麻雀放浪記のお仲間が新聞記者であったと判明し
    たのはつい昨日のことだ。
     新聞は「社会の木鐸」であるという言葉を耳にすることも時にはあるが、木鐸とは、昔の中国で法令などを市民に
    触れ歩くさい鳴らした大きな鈴で、新聞が社会に向かって警鐘をならし、その行く手を示すという意味で、新聞は、
    事実を伝え権力の暴走を監視するジャーナリズムであるということだ。つまり、社会の人々を目覚めさせ、教え導く
    という使命を持っているということであるが、果たして、現状はそうと言えるのか。
     ウオッチドッグ(権力の番犬)という言葉もある。この意味は、ジャーナリズムは主権者である市民に代わって権力
    が不当な行為をしていないかどうかを監視するということであって、ジャーナリズムは、政府・自治体・企業などのPR
    機関であってはならず、市民の視線を踏まえての独自の立場から取材・報道・論評を行うべきであるという考え方で
    ある。「社会の木鐸」であれ、「ウオッチドッグ」であれ、そういうジャーナリズムというものを不幸にして私は見たことが
    ない。私が赤旗を読む理由はここにある。赤旗は、私にとって生活必需品である。
     それで今日の赤旗から「主張」(他紙で言うところの社説)とコラム「きょうの潮流」を転写する。
    考えるところは「属国とは何か」、「植民地とは何か」ということである。それを極東200年の歴史を通して考える。
    帝国主義の他民族支配の今と昔、ある民族は抵抗し、ある民族は隷属する。違いは何か。

       「1」  主張
             米軍コロナ感染
                 基地あるが故の爆発的拡大だ

     米軍基地内での新型コロナウイルス感染者数が、とりわけ沖縄県で「爆発的」(玉城デニー知事)に拡大しています。
    県の発表によると、28日正午現在で239人に達し、急増している県内の感染者数231人を上回っています。日本の
    国土面積のわずか0・6%にすぎない沖縄県に在日米軍専用基地面積の70%が集中していることに起因する、基地
    あるが故の極めて深刻な事態です。
             占領者意識も背景に

     沖縄県の米軍基地内の感染者数は7月に入り激増しました。これまでの米軍基地内の感染者数239人のうち大半の
    236人が7月に確認されています。
     基地別の感染者をみると、▽嘉手納基地7人▽キャンプ・マクトリアス1人▽普天間基地109人▽キャンプ・ハンセン
    119人▽牧港補給地区1人▽キャンプ・フォスター2人―となっています。米空軍の嘉手納基地を除けば、全て海兵隊
    基地です。
    少なくない米軍関係者が基地の外に住み、基地内で働く日本人従業員もいます。感染拡大に対する県民の懸念、不安
    は当然です。
    在日米軍司令部は21日、米国防総省の方針に従って明らかにしてこなかった基地ごとの感染者数の公表を始めました。
    それによると、沖縄以外は▽米空軍三沢基地(青森県)3人▽米空軍横田基地(東京都)4人▽米海軍横須賀基地(神奈
    川県)9人▽同厚木基地(同)3人▽米陸軍キャンプ座間(同)1人▽米海兵隊岩国基地(山口県)3人―などとなっています
    (24日現在)。
     同司令部は24日には、海外から在日米軍基地に直接入国する軍人・軍属やその家族ら関係者全員にPCR検査を義務
    付ける指示を出しました。これまでも在日米軍基地にチャーター機などで入国する際、到着後14日間の移動制限は課せら
    れていましたが、無症状の場合、PCR検査は行われていませんでした。今後は、移動制限期間中の10日目~14日目の間
    に検査を実施するとしています。
     日本政府は、感染者数の公表を拒否し、感染拡大防止策の徹底にも消極的だった在日米軍をかばい続けてきました。
    「状況を動かしたのは感染拡大に対する住民や自治体、(米軍基地のある都道府県でつくる)渉外知事会などの危機感」
    (沖縄タイムス26日付)です。
     しかし、在日米軍の対応はあまりにも遅すぎます。在韓米軍が早くから米軍関係者の感染者数を公表し、入国時と移動制
    限期間終了時の2回にわたりPCR検査を義務付けていたのとは対照的です。日韓での違いは、米軍が日本、特に沖縄に対
    し占領者意識を持ち、属国扱いしていることが背景にあるとの指摘もあります。
    沖縄では、感染が依然深刻にもかかわらず、海兵隊が28日に基地外での行動制限を緩和し、食料品店での買い物や屋外
    での運動などを認めたことは重大です。
             普天間基地など閉鎖を

     日米地位協定によって米軍には基地の独占的な管理権が与えられています。日本政府による感染防止措置は基地内に
    及ばず、米軍が公表する感染者数が正確かどうかを確認するすべもありません。地位協定の改定はもちろん、感染拡大を
    防止するためにも、集団感染が発生している普天間基地などの閉鎖が緊急に求められています。

       「2」 きょうの潮流

     解放直後のことでした。ソウル駅の倉庫から膨大な量の草稿が見つかりました。それは苛烈な弾圧下で民族の言語を守ろ
    うとした人たちの結実でもありました▼「内鮮一体」の名のもとで朝鮮民族を支配した戦前の日本。皇民化は名前や言葉にも
    および、朝鮮語の辞典をつくろうとした学会も取り締まりの対象になりました。逮捕され拷問されながらも失わなかった民族の
    誇り。彼らの願いは後世に引き継がれました▼そのたたかいを描いた韓国映画「マルモイ」が日本で上映されています。タイト
    ルの意味は副題にもある「ことばあつめ」。初めて試みられた朝鮮語辞典の名称でもあるといいます。女性監督のオム・ユナ
    さんは史実をもとに熱く、笑いと涙を誘いながら▼ハングル文字は15世紀半ばに世宗(セジョン)王が学者を集め、つくらせた
    とされています。「訓民正音」の名で公布し、庶民に普及をはかりました(『朝鮮史』)。朝鮮の人びとにとって、ハングルは民族
    共通の証しです▼「言葉は民族の精神を盛った器」。映画にも出てくるセリフは、抑圧のなかでも、かけがえのない存在をつな
    いだたたかいの意義を。こうした人たちが歴史にいた事実とともに伝えます。戦後、朝鮮語大辞典は完成に至りました▼言葉
    を大切にする思いは、どの民族も同じでしょう。ひるがえって、いまの日本はどうか。権力者たちの言葉の軽さ、空疎さが取りざ
    たされています。文化や社会の土台をゆるがす偽りの言葉や意味の空洞化。歴史に無反省な人たちによって。




     「愚者の社会見学」

      2020・7・28(火) 

    今日は火曜日、恒例のお茶会に出向いた。例によって部屋に上がる前に御当主・勉さんの菜園と花壇を
   暫し見学する。真紅の薔薇を発見した。この花は一輪だけでも豪華にして圧倒的だ。自分が「熱情」という
   ものを長い間忘れていたことを突然思い知らされる。無理もないか、私はもう70歳だ。
    世の中には「老いてもなお枯れず」という大魔神のような豪傑もいるが、人間の自己証明というものは肉体
   によってするものではない。
   「老い木に花が咲く」という言葉が示す境地は「幽玄」であって、不老不死の「強壮」を求めたものではない。
   世阿弥が『風姿花伝』で説いた老いの美学とは、「能は、枝葉も少なく、老木おいきになるまで、花は散ら
   で残りしなり」である。世阿弥がこれを書いた時は30代半ばのことで、「老いの美学」については父であった
   観阿弥のことを思い出しながら書いたということだ。
   「このころよりは、おおかた、せぬならでは手立てあるまじ。麒麟も老いては駑馬に劣ると申すことあり。さり
   ながら、まことに得たらん能者ならば、物数は皆みな失せて、善悪見どころは少なしとも、花はのこるべし」
   (もう花も失せた50過ぎの能役者は、何もしないというほかに方法はないのだ。それが老人の心得だ。それ
   でも、本当に優れた役者であれば、そこに花が残るもの)と言っている。
    薔薇の花と言えば、酒の世界には「フォア・ローゼス(四つの薔薇)の神話」というものがある。
   アメリカはケンタッキーのバーボン・ウイスキーの誕生に関する恋の物語だ。
    「フォア・ローゼス」命名の由来は同社のホームペイジでは次のように謳われている。

    「フォア・ローゼズ」の生みの親である「ポール・ジョーンズ」(ポール・ジョーンズ蒸留所の創業者)。彼はある夜、
   偶然参加した舞踏会で絶世の美女と出会います。ひとめぼれしてしまった「ポール・ジョーンズ」はプロポーズしま
   した。すると彼女の答えはこうです。「次の舞踏会までお返事を待っていただけますか?もしプロポーズをお受け
   するなら、胸にバラのコサージュをつけてまいります」
   そして約束していた舞踏会の夜、彼女は胸に真っ赤な4輪のバラをつけて現れました。
   それが「フォア・ローゼズ」命名の由来です。ラベルにはそのとき彼女が付けていた真っ赤なバラのコサージュが
   描かれています。情熱的で美しい逸話ですね。

    ロシアにも『百万本の薔薇』という恋の歌がある。
   女優に恋をした貧しい画家が、家財を売り払ってバラを捧げるというロマンチックな歌だが、原曲である「マーラが
   与えた人生」は大国ロシアに翻弄されたラトビアの苦難を暗示するものだったということだ。
    19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したグルジアの画家ニコ・ピロスマニが、フランス人の女優マルガリータ
   に恋をし、彼女の泊まるホテルの前の広場を花で埋め尽くしたという逸話をもとに作られたとも解説されている。
    回想によって語られる恋物語というのは多分に主観的で、どこまでが本当のことだかは分からぬものだが、それ
   を語る本人にとっては唯一の真実なのであろう。そして、ファンタジーを含まぬ恋というものは、恋の名に値しない
   ということは人生の後半になって知る苦い真実であり、また、失われた希望でもある。
    一輪の真紅の薔薇と対称をなすのが道路側の花壇に数本の細竹に支えられてひっそりと咲く朝顔の花だ。
   この当たりの選択と配置は絶妙だね。景色で言えば、熱情のシェイクスピア・ガーデンから静寂の奥の細道か。
   なるほどね、庭園学とは、男の教養のことか。
    お茶会では、例の北海道新幹線延伸にからむ有害残土の問題について意見の交換があった。
   先日、発足した「手稲山口の新幹線工事要対策土から星置と周辺地域を守る会」の事務局にはお茶会のメンバー
   からは福盛田勉さんと阿部祐二さんが参加している。お二人の話では、今はこの問題を星置・山口の両地区の住民
   に伝える段階だということだ。まだまだ知らない人が多いということなのだろう。それで、チラシを全戸配布する予定
   だと言う。福盛田さんは市民運動の経験が豊富だし、阿部さんは地質学の造詣が深い人だから、この2人の言動は
   信頼できる。チラシ配りならこの私にでもできるだろう。これもサルトルのいう「アンガージュ」である。意味は、社会
   への積極的参加。素晴らしい友人に恵まれると老いというものを知ることがない。歩くこと、声を上げること、、手をつ
   なぐこと、これは永遠の青春というものだ。
     午後1時、我が家のお話。
   「枯葉のデート」第8週目は西区発寒8条12丁目、イオン・モールの1階は食堂名店街、豚カツ屋の「とんよし」さんの
   暖簾をくぐった。「とんよし」さんは此処以外にも元町、手稲、新川、二十四軒、サッポロファクトリーにもお店を出して
   いる。私は50代の頃は勤務先が近かったので元町店によく通っていたが、高血圧で倒れてからは医者にラーメンと
   豚カツは控えるようにと忠告された。ラーメンは麺はいいがスープを最後まで飲んではいけない、豚カツは肉は食べ
   もいいが衣は駄目だと言われた。要は食事から脂肪分をなくせという訓えだ。以来、豚カツ屋さんには通わなくなった
   し、ラーメン屋も年に一度か二度となった。
    だから今日の「とんよし」さんは数年ぶりの訪問ということになる。
   私は豚カツ定食、妻殿は海老と野菜も入ったミックスかつ定食。
   肉は厚くて柔らかく、衣は黄金色の光ってサクサク、極細に刻んだキャベツは新鮮パリパリ(お替りOK)、ソースがまた
   甘くもあり辛くもあり美味絶妙、白味噌の薄味の汁物も喉通り良し、これで880円、文句なし。
    因みに、豚カツは日本で誕生した洋食である。変な言葉だが、こういう料理はたくさんある。
   明治32年「煉瓦亭」の二代目木田元次郎が天婦羅風のたっぷりの植物油による調理法を用いた「ポークカツレツ」を
   考案し、同店でこのメニュー名称での提供を始める。後に厚めの肉となって「とんかつ」と名称が変わったということだ
   そうだ。
    食事の後はペット・ショップを覗いた。
   先日、ある人との雑談の中で、甲斐犬がペット・ショップで50万円で売られているという話を聞いた。
   甲斐犬(かいけん)は、日本犬種の1つで、山梨県原産の鹿追い猟犬だ。虎毛犬とも言う。
   特徴は立ち耳と巻尾または差尾、体型は中型。性格は「甲斐犬は、現役の猟犬として働く個体もおり、愛玩犬化が好ま
   れず、気性の強さも大切な要件として繁殖されている犬です。状況に敏感で見知らぬ人や犬、ほかの動物には警戒心を
   見せますが、信頼し尊敬する飼い主に対しては別犬のように甘えん坊で従順な面を見せます」ということだそうだ。
   それでその甲斐犬とはどんな犬なのかとの興味で立ち寄ったのだが、残念ながら甲府の歴史を語る幻の名犬はいなか
   った。
    ただ驚くべき事実を確認した。店内で陳列?されている犬と猫は犬種・猫種を問わずどれもこれも50万の小札が付い
   た動く宝石であった。一番安いものでも38万円、ここまでくるとペットというより財産目録の世界である。
    今から30年ほど昔のことだが、私は牡のシベリアンハスキーを飼っていた。名前はもちろん「ハック・フィン」だ。
   当時、ペット犬の相場は7・8万円であったが、ハスキーは爆発的な人気犬種だったので15万円の大金をつぎ込んだ。
   ところが今は犬種・猫種を問わず50万円が常識だという。ペットが高くなったのか、それとも人間が愚かになったのか、
   何とも薄気味の悪い世界だね。そう言えば、近ごろは町中はもちろんのことだが、田園でも野犬や捨て猫の姿を見かけ
   ることがなくなったような気もする。私が少年だった頃は野犬は群れをなして暴れ回っていたし、「犬殺し」という職業も
   あった。そして、私たちはその野犬の群れの中から可愛い子犬を見つけ出し、それを我が家の番犬として育てたもの
   だった。その頃は、犬猫を現金を積んでス-パーで買うなどという浅ましい習慣はなかった。動物との交わり合い方は
   少なくとも今よりは健全であった。人も動物も自然の中で生きていた。
   それが今は、食料品、電化製品、衣料品、雑貨品などと並んで動物品として陳列されている。
   それで運よく誰かの目に止まって高額で買われたとしても、その後の幸せが保障されるという訳でもない。飼い主の気分
   次第である日突然路上に捨てられるという悲劇も日常茶飯事の無情の世界である。
   捨てられるペットの中にはアライグマもいれば獰猛な亀や蛇もいる。それを今度は「侵略的有害外来種」と言うのだから
   笑いが止まらない。
    ある人は街で女を買う。ある人は街で少年を買う。ある人は街でペットを買う。何でも金で買える。何でもかねで欲望を
   満たすことが出来る。寂しさを紛らわすことが出来る。そして興味がなくなれば、あるいは用が済めば簡単に捨てる。
   そういう世界に私たちは生きている。これは現実だ。
   「今だけ、俺だけ、お金だけ」と広島の当選者はほざいた。そして、運悪く逮捕された。逮捕を逃れた性豪メロンマンも襖の
   陰でやっぱり「今だけ、俺だけ、お金だけ」と呟いていた。


 
       「月曜日の出来事」
    
           2020・7・27(月)

     午前3時30分、いつものように目を覚ます。老人?の朝は早い。どうしてだろうか。
    やることがいっぱいあり過ぎる。そしてそれが出来る健康な身体、理由はないけれども毎日が充実し
    ている。
     本を読むこと、ハック・フィンを書き続けること、菜園の管理をすること、お買い物に出かけること、酒
    を呑むこと、古い手紙類を整理すること、昔の恋人や友達のことを思い出すこと等など、1日が24時間
    ではとても足りないと思うほど日々充実している。
     早朝の一人の時間、珈琲を飲み、煙草を吸い、また本を開く。
    堀田善衛さんの『橋上幻像』は残すところ後数頁、久しぶりに自分は今、「小説」を読んでいると感じる。
    凄い本だ。この本が世に出たのは1970年(昭和45年)で、時に私は21歳だったが、買い求めたのは
    それから数年経った後のことで、確か25歳前後のことだった。
     前にも言ったが、その時は全く理解できなかった。そして、堀田さんのこともこの本のことも完全に忘れ
    ていた。その間、ざっと45年、長く生きていると不思議なことも起きるものだ。
    ある種の本は、それを読むのに相応しい年齢を必要とするということか、本が、読み手の精神的な成熟
    を待つ、そんな感じだ。
     この本は235頁で終わるが、その後に付録というか新潮社の新刊案内が付いていて、それを見ると
    1970年の純文学の出版状況を思い浮かべることが出来る。では、どういう本が出版されていたのか。
    『充たされた生活』石川達三、『恋の泉』中村真一郎、『浮き燈台』庄野潤三、『花祭』安岡章太郎、『沈黙』
    遠藤周作、『砂の女』安倍公房、『燃え尽きた地図』安倍公房、『遠い海の声』菊村到、『聖少女』倉橋由美
    子、『個人的な体験』大江健三郎、『白きたおやかな峰』北杜夫、『海市』福永武彦、『輝ける闇』開高健、
    『懲役人の告発』椎名麟三、『化石の森』石原慎太郎。
     当時の私にとって最も重要な作家は大江健三郎と安倍公房だった。この二人の作家の書いたものは
    全部持っている。好きな作家だったという訳ではないが、開高健と倉橋由美子も全部持っている。
    菊村到と石原慎太郎は一冊も手にしたことはない。
    中村真一郎は40歳を過ぎたころから読み始めた。おそらく全作品を読んでいると思うが、『蠣崎波響の
    生涯』を最後の一冊として読むことを止めた。福永武彦は、何というか始めから別格という存在だった。
    石川達三、これは純文学だろうか、よく分からない。つまらない読み物だったという記憶だけは残っている。
    庄野潤三、安岡章太郎、遠藤周作、北杜夫、椎名麟三のこれらの作品は読んではいるが、それ以上のお
    付き合いには発展しなかった。
    70歳になったこの夏、私にとって最も重要な作家は堀田善衛である。
     午前9時、ひと月分の薬を貰いに駅前の内科病院へ行く。血圧の方はこの数年は安定しているのだが、
    やはり不安は付きまとう。用心のためだ。これも老後の準備の一つである。
    病院を出た後はスーパー・トライアルに寄ってプリンターのインク(黒と青)2種と印刷用紙を買った。これを
    買い続けている間は心身ともに超健康ということだろう。
    編集長・印刷工・郵便配達人の一人三役は、私にとって生の証である。何時かこれが出来なくなる時が来る
    だろう。その時はどうするのだ。認知症か、もっとも私の場合は生まれ持っての持病だから今更心配すること
    などないか。
     お昼、近くのセイコーマートで鴨蕎麦のカップ麺を買った。これが大好きなのである。このカップ麺はセイコ
    ーマートにしかない。だから他のコンビニには行かない。まあ、そんなことはどうでもいいか。
     午後3時半を過ぎた頃か、庭の草取りをしていると、家の前に黄色い車が止まった。中から女の人が呼
    びかけてきた。何と市議会議員の佐々木明美さんである。助手席には福盛田恵美子さんが乗っていた。
    町内の挨拶周りだということだ。いつ見てもエネルギッシュな女性だね。こういう女性がもっと多くなれば、と
    言うより、こういう女性を支持する男性がもっと多くなれば日本は変わるだろう。
    誰も気づかぬ振りをしているが日本は男尊女卑のお国柄である。大相撲の土俵に女性が上がれないことが
    伝統だと無邪気に言い張る未開の部族社会、強姦魔が無罪放免される国、こういう国を先進国というのは
    悪質な冗談である。
     午後4時10分、地域新聞「平和の星」の編集長である山本正さんの家に出向いた。今日は月に一度の編
    集会議だ。次号の内容について編集委員の吉原宏さんを交えて3人で話し合った。
     今、手稲区が抱えている問題は、北海道新幹線 有害残土(要対策土)の受け入れ地のことである。
    山本さんの話では、この問題について「手稲山口の新幹線工事要対策土から星置と周辺地域を守る会」が
    発足したということだ。
     「平和の星」242号は30日には発行できると山本さんが言っていた。新聞・テレビが本当のことを伝えない
    今、こういう市民運動としてのメディアは地域を超えてもっと多くの人に発信されるべきだ。
    声を上げること、声をつなぐこと、それが世論を形成するということだ。
    私もこの運動に参加して、何らかの役割を果たそう。義務であり、また権利でもあるところの市民としての役割を。
     今日は本のリサイクル・ショップで岩波新書を二冊買った。投下資本は総額で200円。
    憲法再生フォーラム編の『改憲は必要か』と橘木俊詔(たちばなき としあき)著『格差社会』の二冊である。
     今日一日いろいろな事があったが、無事なにごともなく陽が沈む。
    私は健康で、快活で、充実している。よって今夜もまた酒を楽しむ。

     一杯目は健康のため、二杯目は喜び、三杯目は心地よさ、四杯目は愚かさのため

     
  


  
     「居座りのバイキンマン」

          2020・7・26(日)

    新型コロナウイルスの感染者数はクルーズ船の乗船者らを含め25日現在で、3万502人となった。
   死者数はクルーズ船の13人を合わせて1010人。
    新聞によると、国内のコロナ感染者は、1月16日に初めて確認され、約3か月後に1万人を突破し、その
   約2カ月半後2万人を越え、3万人に達するまでは約3週間しかかかっていないということだ。増加のペース
   が確実に加速しているは誰の眼にも明らかだ。以上のことは日本国内の日本人に関する事実確認だが、国
   内には日本人だけがいるのではない。沖縄県は25日、在沖縄米軍関係でコロナウイルス感染を新たに64
   人確認したと発表した。累計で229人となる。しかし、米軍基地は沖縄県だけにあるのではない。
   アメリカは日本に対して全土基地方式を取っているから、実際は、独立国であるという日本の国土のすべて
   が日本人立ち入り禁止の米軍基地なのである。
   全土基地方式とは、日米安保条約第6条において「アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国に
   おいて施設及び区域を使用することを許される」と定めた、日本全国で米軍が望むところはどこでも基地にで
   きるという内実を指す呼称である。

      安保条約第6条の構造

   日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため
  (①)、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用
  することを許される(②)。前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の
  地位は、1952年2月28日に東京で署名された日本国とアメリ力合衆国との間の安全保障
  条約第3条に基く行政協定(改正を含む。)に代わる別個の協定及び合意される他の取極に
  より規律される(③)。


    ①極東条項 1960年当時、国会では「極東」の範囲をめぐって紛糾。その範囲はあいまい
     で、在日米軍の海外派兵を可能に。
    ②全土基地方式  米軍の施設・区域(基地)を置く地域を明示していない。米軍は「日本国
     」=日本全土に基地を置く権利を有する。

    ③日米地位協定  米軍の特権を定めた地位協定は6条に基づく。膨大な安保関連国内法
     も6条に基づく。

    無能な政府や東京・大阪の売名病知事がこれまでの方針や対策の誤りを認め、POR検査の拡大と徹底に務めた
   としも、そこには約10万人の米軍関係者は含まれない。つまり、在日米軍がいる限り、この国には感染拡大阻止の
   方法はないということである。
   在日米軍の規模は以下に示す。

   軍人  軍属    家族   合計
 本土    2万2078    2770    2万4406    4万9254
  沖縄  2万2772   2308  1万9883  4万4963
  合計   4万4850  5078   4万4289  9万4217

     小池百合子知事は「マスクをして、飛沫が飛ぶようなことは避け、感染予防を徹底してもらいたい」と対策にもなら
    ない無責任なことをほざいているが、もちろん、この声は約10万人の米軍関係者には「馬の耳に念仏」であり、「犬
    に論語」である。
     総理大臣閣下である安倍晋三は24日、首相官邸で記者団に対して「前回と異なり、緊急事態宣言を出す状況に
    はない」と語った。そして、国民に「3密回避」などの感染予防を呼びかけた。ここでも具体的な対策は何も示されない。
    4月7日に緊急事態宣言を発した時の東京の新規感染者数は87人、7月23日は366人と過去最多を更新し、全国
    でも932人と最多を更新している。感染者数は圧倒的に増加しているのに、何をもって緊急事態宣言を出す状況に
    ないと言うのか。4月と7月の比較には科学的根拠があるわけではない。出さない理由は科学ではなく経済にある。
    目的は、経済優先(消費の拡大)と補償回避(弱者切り捨て)であり、「GoTo  トラベル」とはその為のキャンペーン
    である。そして、在日米軍は「GoTo  トラベル」などと言われなくとも「おもてなし予算」で関所御免の自由往来の身分
    である。
     今は第一波の延長なのか、それとも第二波の始まりなのかは分からないけれども、いずれにしても悪夢の真っ只中
    である。希望は何処にもない、限りなく絶望に近づいている。葬送行進曲が鳴り響いてやまない。こうなると為政者の
    無為無策は政治的な犯罪以外の何ものでもない。
     これでも在日米軍は「抑止力」だというのか。フェンスの向こう側にいるのは憲法の上に君臨する御主人様である。
    私には、我が儘な居座りのバイキンマンにしか見えないのだが。

     ある寓話。

    良質で健康な歯が言いました。おれは朝から晩まで働いているのに、誰もおれに感謝もしない。ところがどうだ、虫の
   喰った悪い歯の奴は、金の冠をかぶせてもらっている、まったく不公平だと思わないかね、いったいあいつらは金の冠
   をかぶせてもらうほどのことを、いったいぜんたい何をしたっていうんだ!

                          堀田善衛著『橋上幻像』
     



 
        「優生思想」

          2020・7・25(土)

   今日は何も書かない。
  昨年の11月に京都で起きた異様な殺人事件に関する報道を転写するだけだ。
  嘱託殺人とは何か、安楽死・尊厳死とは何か、優生思想とは何か、この3点について考える。
   相模原障害者殺傷事件と、この京都で起きた事件の背景にあるものは何かということについて考える。
  いかなる理由があろうとも、またいかなる事情があろうとも、人間を抹殺することは許されるのかということだ。
  ある人間または民族を健全で文明的で優秀であるとすれば、もう一方の人間または民族は不健全で野蛮で劣悪
  とされる。しかし、こうした判断は科学的根拠を持つものではないし、この思想自体が非人間的である、と私は思う
  のだが。
   嘱託殺人(しょくたくーさつじん)とは、本人から依頼されて殺すことである。自殺関与罪となる。承諾殺人。
  ウイキペディア(フリー百科事典)では次のように解説されている。

   自殺関与・同意殺人罪(じさつかんよ・どういさつじんざい)とは、刑法第202条に規定されている罪の総称である。
  個別には、人を教唆して自殺させる自殺教唆罪(簡単に言うと「自殺しろ」など言って人を自殺させようとすること)、
  人を幇助して自殺させる自殺幇助罪(自殺のための道具や場所、知識などを提供すること)、人の嘱託を受けてその
  人を殺害する嘱託殺人罪]、人の承諾を得てその人を殺害する承諾殺人罪同意殺人罪)を言う。
  殺人罪の減刑類型であり、法定刑は全て、6ヶ月以上7年以下の懲役又は禁錮と殺人罪よりも軽い。これらの罪の未
  遂も罰せられる(刑法第203条)。

   安楽死(あんらくし、英語: euthanasia)とは、または動物に苦痛を与えずにに至らせることである。一般的に、
  終末期患者に対する医療上の処遇を意味して表現される。
   安楽死に至る方法として、積極的安楽死(せっきょくてきあんらくし)、と、消極的安楽死(しょうきょくてきあんらくし)
  の2種類がある。 また、安楽死の別表現として、尊厳死(そんげんし)という言葉がある。これは、積極的安楽死と消極
  的安楽死の両方を表現する場合と、安楽死を本人の事前の希望に限定して尊厳死と表現する場合があるが、世界保
  健機関
、世界医師会、国際連合人権理事会、国家の法律、医療行政機関、医師会などの公的な機関による、明確また
  は統一的な定義は確認されていない。

     優生思想とは何か、これもウイキペディアから転写する。

   優生学(ゆうせいがく、: eugenics)は、応用科学に分類される学問の一種で、一般に「生物遺伝構造を改良する
  事で人類の進歩を促そうとする科学的社会改良運動」と定義される。古来から存在自体はしたが、学問としては1883年
  にフランシス・ゴルトンが定義した造語である。
   優生学は20世紀初頭に大きな支持を集めたナチス政権によって、優生学と殺人を混ぜた政策を実行されたことで多
  くの倫理的問題を引き起こしたことから、優生学とみなされたもの全てが第二次世界大戦後はタブーとなり、オランダに
  おいて1971年に医師夫妻が病による苦痛で死を望む母親を安楽死させたポストマ医師安楽死事件以降、30年以上もの
  国民運動を経て2001年4月に自発的安楽死(尊厳死)が初めて合法化するまで、優生学・思想と混同されたことで世界的
  な合法化の遅延を招いた

   1933年ドイツにおいて、遺伝的かつ矯正不能のアルコール依存症患者、性犯罪者、精神障害者、そして子孫に遺伝
  する治療不能の疾病
に苦しむ患者に対する強制断種を可能とする法律が立法化された。
   ナチスドイツの最高指導者であったアドルフ・ヒトラーは優生学の信奉者であり、「ドイツ民族、即ちアーリア系を世界で
  最優秀な民族にするため」に、「支障となるユダヤ人」の絶滅を企てた(ホロコースト)以外に、長身・金髪碧眼結婚適
  齢期
の男女を集めて強制的に結婚させ、「ドイツ民族の品種改良」を試みた。民族衛生の旗の下に実施された様々な優
  生計画を通して、純粋ゲルマン民族を維持する試みが行われた。つまり、強制断種と強制結婚を両用したのが、ナチスド
  イツである。
  1930年代エルンスト・リューディンドイツ語版が優生学的な言説をナチスドイツの人種政策に融合させる試みを開始し始
  めた。
      人体実験
    ナチス政府は、自らの遺伝理論を検証するために様々な人体実験を行った。それは単純な身体的特徴の測定から、
   ヨーゼフ・メンゲレオトマー・フライヘル・フォン・フェアシューアーに対して強制収容所で行わせた双生児への驚愕す
   べき実験まで広範に渡るものである。
   T4作戦という1933年から1945年まで、ナチス政府は、精神的または肉体的に「不適格」と判断された数十万の人々に対
   して強制断種を行い、強制的安楽死計画によって施設に収容されていた数万の人々を殺害した(T4作戦)。
      レーベンスボルン(生命の泉)計画

ナチス政府は「積極的優生政策」をも実施し、多産のアーリア民族の女性を表彰し、また「レーベンスボルン(生命の泉)
   計画」によって「人種的に純粋」な独身の女性がSS(ナチス親衛隊)の士官と結婚し、子供をもうけることを奨励した。
    ナチス政府による優生学や民族浄化への関心は、ホロコースト計画を通してユダヤ人ロマ同性愛者を含む数百万の
 「不適格」なヨーロッパ人を組織的・大量に殺戮する形となって現れた。そして、絶滅収容所において、殺害に使われた
多数の装置や殺害の方法は、安楽死計画においてまず最初に開発されたものであった。ナチス政府の下で、優生学と
いわゆる「民族科学」のレトリックが強引に推し進められていったのと時を合わせ、ドイツ優生計画に伴うその範囲と強制
は、第二次世界大戦後の優生学とナチスドイツの間の、消せない文化的連関を作り出していったのである。

        ALS嘱託殺人 医師2人、薬物を胃ろうから投与
              2020・7・25  TBSニュース

    難病のALSの女性から依頼を受けて薬物を投与し殺害したとして、医師2人が逮捕された事件で、逮捕された
   2人は鎮静作用のある薬物を胃に栄養を送る「胃ろう」から投与していたことがわかりました。  23日、嘱託殺人
   の疑いで逮捕されたのは宮城県の呼吸器内科医、大久保愉一容疑者(42)と東京都の医師、山本直樹容疑者
   (43)です。警察によりますと、2人は難病ALS=筋萎縮性側索硬化症を患った林優里さん(51)から依頼を受け、
   去年11月に京都市内の林さんの自宅を訪れて薬物を投与し、殺害した疑いがもたれています。  捜査関係者に
   よりますと、逮捕された医師2人は林さんの胃ろう用のチューブを使って、鎮静作用のある薬物を致死量投与して
   殺害したとみられることが新たにわかりました。  2人は知人を装って林さんの自宅を訪れ、ヘルパーが席を外して
   いる間に犯行に及んだとみられていますが、林さんの父親によりますと、事件当時の状況についてヘルパーから聞
   いた話として、ヘルパーが席を外していたのは短時間だったということです。  「ヘルパーさんが『すみません、すみ
   ません』ってワンワン(泣いて)私にね。(席を外したのは)20分ぐらいやったと思う。その2人が犯行をしたのは20分
   ぐらいでさっと終わって、すっと出ていって」(林優里さんの父親)  捜査関係者によりますと、林さんから山本容疑者
   の銀行口座にはおよそ130万円が複数回にわけて振り込まれていたということで、警察は殺害した動機などを調べ
   ています。

       ALS嘱託殺人事件 医師1人は医師免許を不正取得の可能性
                 

    難病、ALSを患う女性を本人の依頼で殺害したとして逮捕された医師の1人が海外の大学の医学部を卒業した
   ことにして医師免許を不正に取得した可能性があることが関係者への取材で分かりました。厚生労働省は警察か
   らの連絡を受け、詳しい経緯の調査を始めました。
    関係者によりますと逮捕された2人の医師のうち大久保愉一容疑者(42)は大学を卒業後、厚生労働省で医系技
   官として働き、平成20年から21年ごろには医師免許の国家試験などに関わる部署に所属していたということです。
   その後、平成30年に宮城県でクリニックを開業していました。
    一方、関係者によりますと山本直樹容疑者(43)は大久保医師と医学部のある国内の別の大学に通っていた学生
   時代に知り合ったとみられています。
   しかし山本医師はこの大学を中退していて、その後、医師になるまでの経緯に不自然な点がみつかったということです。
   関係者によりますと、山本医師は平成22年に医師の国家試験を受験する際、海外の大学の医学部を卒業したと厚生
   労働省に申請していたということです。
   ところが、警察がこの大学に問い合わせたところ、卒業した事実が確認できなかったということで、海外の医学校を卒
   業したことにして医師免許を不正に取得した可能性があるということです。
   医師の国家試験を受けるには日本の大学の医学部や海外の医学校などを卒業していることが条件の1つとなっています。
   さらに海外の医学校を卒業した人については、厚生労働省が国内の医学部を卒業した人と同等以上の学力や技能を持
   つか審査することになっています。
   厚生労働省は警察から連絡を受け、山本医師が受験した際の詳しい経緯について調査を始めました。

          「胃ろう」投与か 遺体に大量睡眠薬 ALS嘱託殺人
                2020・7・25    テレビ朝日

 難病「ALS(筋萎縮性側索硬化症)」を患った京都の女性の嘱託殺人事件で、逮捕された医師が投与したのは大量の睡眠
   薬だったことが分かりました。  医師の大久保愉一容疑者(42)と山本直樹容疑者(43)は去年11月、全身の筋肉が徐々に動
   かなくなる難病、ALSを患っていた林優里さん(51)から依頼を受け、薬物を投与して殺害した疑いが持たれています。捜査関
   係者によりますと、女性の遺体から不眠症やてんかんの治療に用いられて一般には流通していない「バルビツール酸系」とい
   う睡眠薬が検出されていたことが分かりました。警察は容疑者2人が女性に「胃ろう」を通して大量の睡眠薬を流し込んだとみ
   ています。

         被害女性、難病の苦悩投稿か 逮捕の医師は安楽死肯定?
              2020・7・23   朝日新聞

    被害者のものとみられるブログには「惨めだ」「生きたくない」と書かれていた。難病の女性に頼まれ、薬物を使って殺害した
   疑いで医師2人が京都府警に逮捕された事件。医師の1人はホスピスを手がけ、「苦痛なく死なせてやることはできる」などと
   匿名でツイートしていたとされる。女性と医師2人はSNSで知り合ったという。
         元衆院議員の妻「私に隠れて行っていた」
    大久保愉一(よしかず)容疑者(42)の妻で、元衆院議員の大久保三代氏(43)は23日午後、大久保容疑者が院長を務める
   宮城県名取市内のクリニック前で報道陣の取材に応じ、大久保容疑者が県外へ「アルバイト」として医療行為に行っていたこ
   とを明らかにした。
    三代氏は、大久保容疑者が短期的に患者を訪問して医療行為をすることに批判的で、たびたび口論になっていたという。
   「最近は私に隠れて行っていた。(夫に対して)あきれている。被害に遭われた方に、申し訳ないと思う」と話した。
    夫の逮捕報道を受け、ネット上のブログにも「夫がアルバイトなどで時間の切り売りをすることはずっと反対で、厳しく叱って
   参りました」「アルバイトを繰り返し、結果このような事態になったことが、とにかく言葉がみつかりません」などと投稿した。
    三代氏によると、23日朝、捜査員がクリニックを訪れ、大久保容疑者を連れて出たという。捜査員はクリニックの家宅捜索
   もしたという。
           容疑の医師、ツイッター安楽死に言及か
    捜査関係者によると、大久保容疑者のものとみられる匿名のツイッターアカウントがあり、被害者の女性が死亡した昨年11
   月末前後に、安楽死についての投稿が度々あった。
    11月20日に「安楽死外来(仮)やりたいなあ」、22日に「死にたい奴に苦痛なく死なせてやることはできるのだが、後がめんど
   くさいからな」と投稿。28日には「死に行く人の意思が尊重されない(家族の記憶に依拠したり、口裏合わせやり放題)のに人生
   会議なんかやってどうすんの。リビングウィルすら法制化できないこの国で。政府ってか国会もバカだよなあ」とつづっていた。

         社説[ALS患者嘱託殺人]「安楽死」とは言えない
                  2020年7月25日     沖縄タイムス
    難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性患者から依頼を受け、薬剤を投与し殺害した嘱託殺人容疑で、京都府警は、いず
   れも医師で仙台市の男(42)と東京都の男(43)を逮捕、送検した。両容疑者は女性の主治医ではなく、会員制交流サイト(SN
   S)を通じ依頼を受け、金銭の授受もあったという。
    回復が見込めない目の前の患者を「苦痛から解放する」として主治医や家族らが積極的に患者を死に導いた、これまでの安楽
   死事例と比べても異質さが目立つ事件だ。
    事件は昨年11月、京都市内の女性の自宅マンションで起きた。2容疑者は女性の招きで部屋に入り、薬剤を投与した後、5~
   10分間で部屋を出たとされる。別室から戻ったヘルパーが意識不明の女性を発見、女性は搬送先の病院で死亡した。
    医師による安楽死を巡っては横浜地裁が1995年、患者の死期が迫り、苦痛の緩和に他の手段がないなどの4要件を満たす
   場合は例外的に許容されるとの判断を示した。だが2容疑者と女性は事件時が初対面とみられている。診察を重ねずそうした判
   断ができるはずがない。
    厚生労働省の2018年のガイドラインは、終末期を迎えた患者への医療行為差し控えや中止を認めるが、その場合も多職種
   による医療チームが十分な情報提供を行い、本人の意思を繰り返し確認することなどが必要だ。19年1月ごろからという女性と
   のSNS上のやりとりで医師として女性の意思決定に適切に関与できていたかも疑問だ。
           ■    ■
    仙台の容疑者は、自身のものとみられるブログに、難病で生きるのが苦痛と考える患者には「一服盛るなり、注射一発してあげ
   て、楽になってもらったらいい」と自らの死生観を記している。女性とのSNSのやりとりでは「訴追されないなら、お手伝いしたい」と
   持ち掛けていた。
   難病患者の状態や、生と死の間で揺れ動く気持ちをくみとろうとする意思は、その文面からは読み取れない。
    自身もALS患者である舩後靖彦参院議員の「こうした考え方が難病患者や重度障害者に『生きたい』と言いにくくさせ」るとの危
   惧は至極当然だ。病気や障がいを理由にした安楽死を安易に肯定することは、「人為的に失わせていい命」の存在を、さらには
   「津久井やまゆり園」事件で19人を殺害した植松聖死刑囚のような「障がい者は殺してもいい」という発想を生み出しかねない。
           ■    ■
    厚労省のガイドラインが繰り返しの意思確認を求めるのは、本人の思いが変化しうるからだ。女性はブログで、自由に体が動か
   せなくなった自身を「惨めだ」と表現するなど、ALSを患い生きる苦しさを書き込みつつ、新たな治療法や薬に希望を抱くような投
   稿もしていた。
    死を望む以外女性に選択肢はなかったのか。仮に容疑者らが自らの死生観そのままに女性を「安楽死」に導いていたとしたら、
   事態は深刻だ。警察による動機などの全容解明と同時に、難病患者支援のあり方を検討する必要がある。


        「ある引き籠り男」

          2020・7・24(金曜日) 

     日本の総理大臣は安倍晋三だと思うが、この数日の新聞・テレビでも辞任したとか退陣したとかいった
    ニュースは流れていないから、いまでも総理大臣は安倍晋三なのだろう。
    ところが、その安倍晋三という男が何処にいるのかが分からない。もうひと月以上その姿を見た人がいな
    いのだ。入院の情報も死亡の噂も聞かないから生きてはいるのだろうが、いったい何処で何をしているの
    やら、呑気なものだね。このコロナの時代に一国の首相が所在不明か、これは異常事態であると思うのだ
    が、この事について新聞・テレビはなぜか沈黙している。これもまた異常なことだと思うけれども、これが報
    道の自由度世界62位の現実というものか。
     以前、愛犬を抱きかかえながら茶の間でテレビを楽しんでいる画像を本人が流したことがあったが、やっ
    ぱりああいう長閑な生活をしているのだろうか。それとも他に何か理由があっての引き籠りなのだろうか。
     今日の新聞は、このあたりの事情を報じている。
    
          安倍首相“雲隠れ”1カ月超
             課題山積 国会で説明責任果たせ

      感染拡大が続く新型コロナウイルスへの対応、政府の観光需要喚起策「Go To トラベル」事業をめぐる
     迷走、豪雨災害の被災者救援と復旧…。安倍晋三首相自らが説明責任を果たすべき問題が次から次へと
     起きている中、安倍首相の姿が見えません。6月17日の通常国会閉会後、閉会中審査には一度も出席せ
     ず、記者会見も翌18日を最後に1カ月以上開かれていません。首相の“雲隠れ”は許されません。
      安倍首相は22日、新型コロナ感染症対策本部での自らの発言をテレビで放映させる一方で、記者会見を
     開かず、感染拡大についての質問を受ける場をつくりませんでした。緊急事態宣言解除(5月25日)までは、
     たびたび対策本部開催後に会見を行っていました。
     【中略】野党国対委員長連絡会は22日、閉会中審査に出席しない安倍首相に、国会で説明責任を果たすよ
     う求めることで一致しました。相次ぐ失策や疑惑で内閣支持率が低迷する中、国会で追及されれば、さらに支
     持率が落ち込み苦境に陥ると恐れているのでしょうが、国会での説明は国政を担う首相の最低限の責任です。

      近親者から捜索願いは出されていないのだろうか。もっとも晋三の奥様はあの神憑りのアッキーで、これが
     また神出鬼没の夢遊病者だから、捜索願いを出すとすればこちらが先か、大変な御夫婦である。
     しかし、晋三は公人中の公人である。いかなる理由があろうとも引き籠りは許されるものではない。
      晋三が説明すべき諸問題は余りにも多くて数え切れないが、取りあえずは、コロナ禍に関する事、豪雨災害
     対策(救援と補償)、国政私物化問題、米追随の軍拡路線、の4点は急を要する。その能力と人格はともかくと
     して、現職の総理大臣なのだから説明責任を果たさずして引き籠ることは許されることではない。
      上杉隆の『世襲議員のからくり』(文芸春秋新書・2009年発行)に、安倍晋太郎の秘書の言葉として息子・晋
     三の側面を次のように記している。

     「父親の死期が近づき、無念の臨終を迎えるよいう時期に、隣の部屋でゲームに興じたいた。もちろん時間潰し
     というのもわかるが、何かしらやるべきことはあるだろうと思った。彼が後継者なのかと思うと、どこかしら頼りな 
     さを感じた」。

      多くの人の命が危機にさらされているこの重大な時期に、晋三はまたしても隣の部屋でゲームに興じているのか。
     父親・晋太郎が亡くなったのは1991年のことで、この時、晋三は36歳だった。成人式を済ましてから16年に歳月
     が流れている。もはや幼稚園児ではない。それから29年後の今は2020年、晋三は65歳である。世間で言うとこ
     ろ前期高齢者のお仲間だ。しかし、全くもって成長していない。見栄っ張りで、嘘つきで、都合が悪くなると引き籠る。
     外祖父・岸信介の七光り、母親・洋子の過保護、院外団・日本会議の野望の神輿(操り人形)、この3点セットに守ら
     れた極右の未熟児、こういう人間が総理大臣で在り続けれるこの国の不思議。
      国会に出て来なくともよい。頼むから1日も早くどこかの精神科の病院の門を叩いてくれ。それが世の為、人の為、
     君自身の為だ。
      この月の20日の朝日新聞は目下の状況をこう報じている。

          国内コロナ死者1千人に 世界平均とほぼ変わらぬ死亡率
      国内の感染者数は19日午後9時時点で、クルーズ船を含めて計2万6212人に上る。英オックスフォード大などの
     集計によると、20日時点で日本の死亡率は約3・9%。世界平均は約4・2%で、日本はさほど変わらない。アジアの他
     の国や地域は中国で約5・4%、韓国で約2・2%、台湾で約1・5%になっている。  米ジョンズ・ホプキンス大の集計によ
     ると、世界の感染者数は1450万人、死者数は60万人を超え、さらに増え続けている。


 



       「コロナが教えるもの」

           2020・7・23(木) 

    今日の国内感染者数は981人、1日で最多ということだ。このうち東京は366人、都内で1日の感染者数が
   300人以上となるのは初めて。クルーズ船の乗員乗客を含めると感染者数は28、963人、死者数は1005人、
   ついに1000人を超えた。
    海外の感染状況も深刻だ。(23日現在)

     国名        感染者数           死者数
   アメリカ   3、970、906   143、190
   ブラジル    2、227、798   82,771
   イギリス     297、952   45,586
   メキシコ     362、227   41,190
   イタリア     245、032   35,082
   フランス     177、422   30、165
   スペイン     267、511   28、426
インド   1、238、798   29,861
ドイツ      204、276    9、102
韓国       13、938      297

    3・4月の頃はヨーロッパの数字が驚異的だったか、予測された通り感染拡大は南半球に広がった。
   北欧3カ国と東ヨーロッパの国名はほとんど出てこない。北欧3カ国は社会保障が充実していて、医療体制も万全
   なのだろう。東ヨーロッパの国々(ポーランド、チェコ、ルーマニア、バルト3カ国等)もそうなのだろうか。
    上の表を見て分かることは、新自由主義の生みの親であるサッチャーさんのイギリスと、それを世界に押し広げた
   レーガンさんのアメリカの数字の異常な高さだ。
   欧米諸国の中ではドイツが教訓的な数字を出している。アジアでは韓国が奇跡的な感染阻止の防衛力を示している。
    コロナが南下するとどうなるのか、これも予測されていたことだが、医療体制が脆弱で、公衆衛生が未発達な地域
   ではヨーロッパで起きた事以上の爆発となる兆候を示している。そうした環境下で指導者が経済優先の舵を切れば
   最悪の事態となる。これは既にブラジルとインドが証明している。
    そして、医療体制の脆弱と公衆衛生が未発達という点では、資本主義が最も発達しているアメリカと南半球の諸国
   とは何も変わるところはないのである。
    この意味は、国家が裕福であることと社会資本の充実とは何の関係もないということである。
   社会資本とは、電気・水道・ガスや道路・鉄道・港湾などの社会的なインストラクチャーを意味する概念で、「下支えす
   るもの」「下部構造」を指す観念的な用語のことだ。つまり、生活、交通、通信などに関する施設及び機能のことだが、
   その目的とするところは国民福祉の向上と国民経済の発展に必要な公共施設の充実と、公的サービスのことである。
    では、アメリカの豊かさとは何か、アメリカ国民は生活の中で豊かさを感じているのだろうか。
   トランプは「アメリカン・ファースト」と叫ぶが、それは誰のためのスローガンなのか、そこには143、190人の死者は入
   っていたのか。これらの死者たちは本当にコロナで死んだのか。もしも社会資本というものが平等の原理によって正し
   く分配されていたならば、こういう結果にはならなかったのではないか。死者の多くは貧困層である。この事実は何を語
   っているのか、問題はここだ。
    さて、「ガンバレ・ニッポン」の方だが、この数か月、迷走に次ぐ迷走で、今では日本政府が何処にあるのか、責任者
   が誰なのか、何処にいるのか、誰にも分からない。
   旅行需要喚起の政策だという「Go To トラベル」が昨日実施された。しかし、説明は二転三転し、その内容を正確に知る
   ものは一人としていない。
   「3密を避けて自粛しなさい」と政府は言い、「自粛から自衛へ」と緑のタヌキは口ずさむ、それでまだ大変な状況なのだ
   と思ったら、不可解なことに政府は突然あの懐かしの「デイスカバリー・ジャパン」を大合唱する。
   「日本を発見し、自分自身を再発見する」をコンセプトに、全国的に進められた鉄道のキャンペーンだ。しかし、今回の
   キャンペーンは「気軽に旅を楽しんで下さい」と言っているのではない、本当の狙いは消費の喚起である。こういう状況下
   で経済優先の舵を切ればどういうことが起きるのか、ブラジル、インドの例を思い起こしてほしい。
    22日の発表では、東京は238人、大阪でも121人と過去最多を記録している。
   このキャンペーンは、もともとは8月上旬からの実施予定であったが、政府は突然22日からの実施に前倒しした。
   安倍政権は「感染防止と社会経済活動を両立させる」と言うが、感染防止の対策は発生以来、今日まで一つとして立て
   られていない。
    私たちの目の前に置かれた招待状は「Go To トラベル(旅への誘い」ではなくて、「Go To トラブル(地獄めぐり)」の
   片道切符である。
    そうした中、東京では警察の「ホスト狩り」が始った。感染拡大阻止の為だと言う。どうあっても風俗営業関係者を悪者
   に仕立て上げるという魂胆が見え見えである。いよいよ警察国家である。
   強姦魔を政治的判断で見逃す警察に感染防止などという科学的な知識が求められる難しい仕事が出来る訳が無い。
   冗談もほどほどにせよ。
    分断と差別、これが政治と言えるのか。





 
        「志位さんの記念講演を読む」

          2020・7・22(水)

    日本共産党は、この15日、創立98周年を迎えた。
   この日、委員長である志位和夫さんは党本部で、「コロナ危機をのりこえ、新しい日本と世界を――改定綱領を指針に」
   と題する記念講演を行った。その全文は17日の「しんぶん・赤旗」に掲載された。今、私の手許にはその紙面が開かれ
   ている。これはネットでも見ることができるから赤旗を購読していない人でもいつでも気軽に読むことが出来る。
    政治的立場は人それぞれである。だから思想・信条の違いについて問題にすることはない。しかし、人間の生存の条件
   と権利について考える時、政治的立場の違い云々は何の意味もなさない。
   イデオロギー(観念形態・思想形態)は、右であれ左であれ、体制の在り方についての証明及び方法論であるから、問題
   とするのは上部構造もしくは支配層の正当性と、その価値観である。その正当性は時には神話に求められることもあり、
   その価値観は排他主義を伴うこともある。故に、この運動は熱狂と興奮を呼び起こす、と言うよりも、それのみを原動力
   とする。従って、ここでは論理的証明は必要とされず、情緒的同一性が強要される。
   このように書くからと言って、私はイデオロギーのすべてが誤りだと言っているのではない、ただイデオロギーなるものが
   持つ側面について注意を促すと言う事だけである。それは、当然、肯定されるべきイデオロギーも存在するということだが、
   それにしてもなお若干の危険性はつきまとう。
    イデオロギー(Ideologie)はドイツ語から来ていて、「社会集団や社会的立場(国家・階級・党派・性別など)において思想・
   行動や生活の仕方を根底的に制約している観念・信条の体系。歴史的・社会的立場を反映した思想・意識の体系」を意
   味し、「特定の政治的立場に基づく考え」を指す。時には、俗に「空理空論」という意味で揶揄的に用いられることもある。
    「空理空論」という嘲笑は左右を問わず、状況に応じて攻撃用語として使用される。このことはイデオロギーというものが
   本来的に現実に根差していない非論理的な扇動の方法論であることを前提としている。つまりは、「机上の空論」ということ
   だが、しかし、イデオロギーの衝突が多くの戦争を引き起こしてきたことは歴史の教えるところである。
    ここで私たちが冷静になって考えなければならないことは、「思想傾向」や「主義」と言った個々の政治的立場の象徴と
   してのイデオロギーではなく、人種や性差や国境を越えての「人間の生存の条件と権利」、人類全体にとっての普遍的な
   価値とは何かということだ。この観点から政治が果たすべき役割について語れる政治家が今の日本に何人いるのか、と
   考えるとき、私は第一に志位さんの顔を思い浮かべる。
    これは共産党を支持するとかしないといった次元のことではなく、状況に対してその政治家が何を語ってきたかの検証が
   生み出したところの共鳴共感である。思うに、政治の第一の目標とすべきは、普遍的な価値の実現である。
   では、その普遍的な価値とは何かと言うことだが、この先は、志位さんの語るところを聞く。答えは自ずと明らかになるであ
   ろう。

        日本共産党創立98周年記念講演   志位和夫  (抜粋)

     みなさん。新型コロナ危機は、世界でも日本でも、社会の脆弱(ぜいじゃく)さ、矛盾を明るみに出しました。危機を体験し
    て、新しい社会への模索が起こっています。「こんな政治でいいのか」「こんな社会でいいのか」という問いかけが広く起こっ
    ています。「ポストコロナ」といわれる議論が内外で起こっているのも、「こんな苦難を経験したのだから、コロナの後にはよ
    りよい社会をつくりたい」という多くの人々の願いが反映したものではないでしょうか。
     コロナ危機をのりこえてどういう社会をつくるか。今日は、今年1月の日本共産党第28回大会で一部改定した綱領を指針
    に、四つの角度からお話ししたいと思います。どうか最後までよろしくお願いいたします。

        一、新自由主義の破たん――自己責任の押しつけでなく、連帯の力で未来を開こう
      第1の角度は、新自由主義の破たんがすっかり明らかになったということです。
     すべてを市場原理にゆだね、あらゆる規制を取り払い、資本の目先の利潤を最大化していく。社会保障をはじめ公的サー
     ビスを切り捨て、自己責任を押しつける。米国を震源地としながら、この40年あまりに新自由主義という“疫病”が世界にま
     ん延しました。この“疫病”が、社会全体をもろく弱いものにしてしまったことが、新型コロナ・パンデミックを通じて誰の目にも
     明らかになったのではないでしょうか。
        世界――米国でもヨーロッパでも、新自由主義への厳しい批判がわきおこる
      世界をみてみたいと思います。
     これまでに多くの犠牲者を出している国は、先進国では、米国、イタリア、スペイン、フランス、イギリスなどであります。その
     要因は国によってさまざまですが、それぞれの国内からも、新自由主義の破たんが共通して指摘されています。
        米国――「新自由主義は全くの過ち、惨めな現実をつくりだした」
      米国は、感染者数、死者数ともに、世界最悪の事態に陥っています。国民皆保険制度が存在しないこと、貧富の格差、構
     造的人種差別、そして、政治指導者の誤り、さまざまな要因が重なったことが指摘されていますが、根底にあるのは新自由
     主義による社会の脆弱化であります。
      ノーベル経済学賞を受賞したコロンビア大学教授、ジョセフ・スティグリッツ氏は次のようにのべています。
     「世界一豊かな米国ですが、コロナ禍で露呈したのは、医療現場に人工呼吸器・防護服・マスク・検査薬などの必需品が欠
     如しているという惨めな現実でした」「米国が右往左往しているのは、政府を弱くし過ぎたからです。その起点は1980年の
     レーガン大統領の登場。英国は前年にサッチャー首相が誕生していた。……イデオロギーは市場原理を偏重する新自由主
     義、政策は規制緩和・福祉削減・緊縮財政、つまり『小さな政府』。市場の規制を外し、大企業を優遇すれば、経済は活性化
     し、経済規模が拡大し、全体の暮らし向きが良くなるという理屈です。この路線は今日まで続き、トランプ大統領の出現に至る
     のです。全くの過ちです。新自由主義の名の下に富裕層が強欲な利己主義を発揮しただけです」(「読売」4月26日付)
     新自由主義は「全くの過ち」、「惨めな現実」をつくりだしたとの痛烈な批判であります。
          ヨーロッパ――「失敗に終わった処方箋に戻ってはならない」
      ヨーロッパでも同様の批判がわきおこっています。死者の急拡大を受けて4月13日、イタリアのミラノ、オランダのアムステ
     ルダム、スペインのバルセロナ、フランスのパリ――4都市の市長が共同アピールを発表し、次のように訴えました。
     「2008年の危機(リーマン・ショック――引用者)とそれに対して行われた緊縮政策に基づいた対応は、われわれにあること
     を教えています。当時、危機に対して社会的な解決が行われなかったことが、公共サービスを脆弱にし、経済成長を遅らせ、
     社会的な不平等をつくりだしました。われわれは今でもその代償を払い続けています。諸都市は、こうした政策の結果を直接
     に経験しました。諸都市は、もっとも脆弱な人々のケアを行い、こうした政策が引き起こした苦しみに直面しました。今日、公共
     サービスはパンデミックに対して英雄的に対応していますが、切り捨て政策が原因で資源が不足し、われわれのところへは届
     きませんでした。われわれは失敗に終わった処方箋に戻ってはなりません。……われわれは連帯と協力の原則が圧倒的に広
     がるよう要求します」
      大きな犠牲者を出した四つの都市の市長の「失敗に終わった処方箋に戻ってはなりません」という訴えはたいへんに痛切で
     はないでしょうか。

          「医療崩壊の瀬戸際」――長年にわたる医療費削減路線の結果
       深刻なことは、5月10日時点の日本国内の感染者は約1万5千人で、フランスやドイツの10分の1、イタリアやスペイン
      の15分の1ほどだったにもかかわらず、「医療崩壊の瀬戸際」の危機的事態が生じたことです。
       日本のICU(集中治療室)は、人口10万人あたりわずか5床にすぎず、ドイツの6分の1、医療崩壊が起こったとされる
      イタリアの半分以下、ぞっとするほど少ない。日本の医師数は、人口1000人あたり2・4人で、OECD加盟36カ国中32位、
      OECDの平均からみると14万人の医師が足らない水準にあります。日本で4~5月の感染者がもう少し多かったら、欧米
      諸国のような大量の犠牲者が出た危険性があったことを、今後の、そしてまさに今の強い戒めにしなくてはならないのでは
      ないでしょうか。

        ――第七は、ジェンダー平等社会をつくるということです。コロナ危機は、「ジェンダー平等後進国」・日本の実態を暴
      き出しました。ケア労働、非正規労働の多くを担っている女性に、より大きな困難と犠牲が押しつけられました。自粛要請の
      もと、DV(ドメスティックバイオレンス)や虐待が深刻化しました。
       政治の対応の深刻な問題点となったのは、一律10万円給付の受取人を「世帯主」としたことです。戦前の封建的な「家制
      度」の「戸主」を引き継ぎ、法律の裏付けもなく、日本国憲法の理念にも反する「世帯主」規定を廃止することを、日本共産党
      は、この機会に強く求めるものであります。

          「財界中心」「米国言いなり」政治をただし、日本の政治の根本的変革を
        新自由主義の震源地はアメリカであり、アメリカに言われるままに多国籍企業のもうけのための規制緩和を続けてきた
       結果が、今日の危機を招いています。コロナ危機のもとでも辺野古新基地建設を続け、米国製の超高額兵器を「爆買い」
       し、在日米軍基地には日本政府の検疫が及ばず感染症対策のブラックボックスになっている――日米安保条約を中心に
       した異常な米国追随の政治をただすべき時ではないでしょうか。
        私たちの日本共産党綱領は、異常な「財界中心」「米国言いなり」の政治をただして、「国民が主人公」の日本をつくること
       を、日本改革の大目標にすえています。みなさん、コロナ危機をのりこえ、人々の連帯の力で、日本の政治の根本的変革
       に向かって進もうではありませんか。

          貧困層は一番の犠牲を負わされ、富裕層の資産はあっという間に急増・回復した
        一番の犠牲となっているのは、貧困のもとに置かれている人々です。貧困層ほど死者が多い――所得の格差が「命の
       格差」に直結していることが、世界中で大問題となっています。アメリカでは、所得の格差に、構造的な人種差別が拍車を
       かけています。貧困、雇用、住宅、健康など、さまざまな面での黒人やマイノリティーへの不平等が、感染リスクや重症化
       リスクを高めています。米国のブルッキングス研究所の集計によりますと、黒人やラテン・ヒスパニック系の死亡率は、45
       歳から54歳では、白人の実に6倍以上にのぼっています。
        日本でも、より弱い立場の人々ほど打撃を受け、困窮に突き落とされています。コロナ危機は、ネットカフェ難民を路上
       生活に追い出し、非正規雇用やフリーランスで働く人、ひとり親世帯から仕事と収入を奪っています。
        他方、富裕層は、コロナ危機の当初、株価の急落で一時的には打撃を受けましたが、各国政府・中央銀行が強力な資
       金供給を行ったことにより、株価は急速に回復し、富裕層の資産は急増しました。

          資本主義のもとでの利潤第一主義が、ウイルスとヒトとのバランスを壊している
        マルクスは、『資本論』のなかで、人間の生産活動、経済活動を、自然と人間との「物質代謝」のなかに位置づけると
       もに、資本主義的生産が、利潤第一主義による産業活動によって、人間と自然との「物質代謝」を「攪乱(かくらん)」する
       という告発を行いました。
        私は、資本主義的生産による「物質代謝の攪乱」という点で、地球的規模の気候変動と、新しい感染症の多発は、同じ
       根をもっていると考えます。

           米国・トランプ政権――「自国第一主義」で国際協力に背を向ける
         一方で、世界最大の資本主義大国であるアメリカ・トランプ政権は、「自国第一主義」の立場にたち、国際的な協力に
        よってパンデミックを克服する取り組みに背を向けています。とりわけWHOからの脱退を通知したことは、国際協力に
        大きな障害をもちこむとともに、アメリカへの信頼を失墜させています。WHOの新型コロナへの対応に検証すべき問題
        点があったとしても、それは国際協力を強めるという立場で行われるべきであって、脱退という選択は愚かというほかあ
        りません。くわえて構造的な黒人差別が、コロナ危機のもとで重大問題となっています。警官によるジョージ・フロイド氏の
        暴行死事件に対し、米国内外で激しい怒りが広がりましたが、トランプ大統領のとった態度は、差別根絶と社会の結束を
        めざすどころか、分断と対立をあおるというものでした。

            中国――人権侵害と覇権主義という体制的問題点がむき出しになった
         他方で、世界第2の経済大国である中国は、人権侵害と覇権主義という体制的問題点が、パンデミックを通じてむき
        出しになりました。コロナ対応の初動の遅れは、人権の欠如という体制の問題点と深く結びついたものでした。1月初旬
        までに、武漢の研究所は、遺伝子の配列を解読し、報告書を提出しましたが、中央政府は許可なく情報を公表することを
        禁じました。人命に関わることと、やむにやまれず警鐘を鳴らした何人もの医師、ジャーナリストが、「デマ拡散者」として
        弾圧されました。情報を隠蔽(いんぺい)したまま、1月中旬には、武漢で数万人規模の行事を行うとともに、「春節」によ
        る大規模な人の移動を許しました。これらが感染を国内外に拡大する結果となったことは明らかであり、その責任は重い
        ものがあります。
         2003年、SARS流行にさいして、当時の胡錦濤主席は、APEC首脳会議後の記者会見で、「国際社会に拡散させた
        のなら、世界の人々に申し訳なかった」と反省を表明したものでした。ところがいま、中国の習近平指導部は、政権の対
        応を自画自賛するばかりで、求められている経験と教訓の共有化には後ろ向きです。こうした姿勢では、国際社会の真
        の信頼を得ることは決してできないでしょう。
         くわえて、中国が、「香港国家安全維持法」を強行したことは、香港の市民的、政治的自由、人権と民主主義を乱暴に
        抑圧し、「一国二制度」の国際公約に真っ向から反する暴挙であり、パンデミック収束にむけた国際協力にも障害をもち
        こむものにほかなりません。日本共産党は、重ねて厳重に抗議し、その撤回を強く求めます。
         さらに、中国が、東シナ海や南シナ海での力による現状変更をめざす覇権主義的行動を、パンデミックのもとでも抑制
        するどころか、エスカレートさせていることも、断じて容認できません。
         日本共産党がめざす社会主義・共産主義とは、人間の自由、人間の解放を、大目標としています。私は、1月の第28
        回党大会の綱領一部改定報告で、「中国の党は、『社会主義』『共産党』を名乗っていますが、その大国主義・覇権主義、
        人権侵害の行動は、『社会主義』とは無縁であり、『共産党』の名に値しません」と指摘しました。コロナ危機のもとでの中
        国の無法と横暴を踏まえ、私は、この指摘を、重ねて強調しておきたいと思うのであります。

         本当は全文転写したいのだが、ここで止める。先にも言ったように関心のある方はネットを開いてみてください。
        志位さんの発言は、どれもこれも重要なのだが、私流に読み取ると、第一は「新自由主義」は世界の人々の貧富の格差
        を拡大し、それが直接、人々の命の格差に繋がったということ。第二は、米国の一国主義と、中国の覇権主義の非道義
        性が世界を不安定なものにし、混乱を招いているということ。第三は、日本政府の「財界中心」「米国言いなり」の属国政
        治が新たな階級社会を現出させているということ。特権層の政治の私物化は必然的に社会的弱者を大量生産し、これら
        の人びとを犠牲とした上で成り立っているということ。いわゆる「自己責任論」であるが、この目的は社会保障の切り捨て
        と公的サービスの縮小である。つまりは生存権の否定である。
         志位さんが語ったのは、「人間の生存の条件と権利」とは何かということについてである。
        政治は、誰のためにあるのか。



         「無関心は、臆病者の賛成である」

            2020・7・21(火) 

    東京都は昨日(20日)、新型コロナウイルスの感染者1人が死亡したと発表した。これにより、クルーズ船
   乗船者を含む国内の死者は累計で1000人となった。最初の死者が確認されたのは2月の13日のことであ
   るから、約5か月で1000人に達したことになる。20日現在で全国の感染者数はクルーズ船の乗船者らを含
   めて26、147人である。オリンピックは延期となったのだから数字を過小に操作する必要はもうない。
   20日現在、死者1000人が正確な情報である。既に第二波は始まっている。これが現実である。
    今日の新聞にフリーライターの武田砂鉄さん(1982年生まれ)が面白いことを書いている。それを少し書き
   写す。

    東京都内に住んでいる自分には今、「もろもろヤバクなると、記者の前にできるだけ現れないように心がけ、
   質問に答える機会を極力減らそうとする首相」と、「もろもろヤバクなると、記者の前にできるだけ現れるように
   して、質問に答える前にスローガンを記入したパネルを極力掲げようとする都知事」という選択肢が与えられて
   いる。で、隠れようとしている人たちと、目立とうとしている人が、仲違いをしている。
    菅義偉官房長官は11日、北海道での講演で、新型コロナウイルスの感染拡大について、「圧倒的に東京問
   題と言っても過言ではないほど、東京中心の問題になっている」と述べた。   
    それに返す形で、小池百合子都知事は、13日、「GoToキャンペーンが始ろうとしている中でその辺の整合性
   を国としてどうとっていくのか、これについてはむしろ冷房と暖房と両方にかけることについてどう対応していけ
   ばいいのか」と、悪いのは国の対応ではないかと牽制した。
    【中略】国と都が牽制し合う。この状況が教えてくれるのは、政治が国民をないがしろにしているというシンプル
   な事実である。「都が悪い」と国が言い、「国が悪い」と都が言う。こちらが用意すべきセリフとしては、ちょっと
   乱暴な言葉になるが、「オマエらが悪い」だ。
  
    国は朝令暮改の棄民政策、都は誇大広告の皆殺し作戦。それにしても私利私欲と無為無策のこんな詐欺師
   たちを総理大臣や都知事に選んだのは誰なのか、考えるまでもなく、思い出すまでもない、桜の花見に浮かれ
   た私たちである。
    何かのスポーツ・イベントがある度に小旗を振り、涙を流し、訳もなく「ガンバレ、ニッポン!」「勇気を貰った!」
   などと感動し、絶叫をもって興奮と熱狂の嵐の中で酔い狂う無邪気な臣民である私たちである。
   確かに、「結果として、無関心は、臆病者の賛成」である。
    昨年の11月10日、新天皇の即位を祝う「祝賀御列(しゅくがおんれつ)の儀」というパレードがあった。
   この時に使われた牛車は、29年ぶりに新調されたもので製造元は世界のトヨタだ。コースは皇居から赤坂御所
   までの約4.6キロ、時間にして30分。「皇10」と記された特殊ナンバー・プレートを持つこの新牛車に製造費は
   8000万円である。
    堀田善衛の『方丈記私記』を開く。第三章「羽なければ、空をも飛ぶべからず」。
   ここには1945年3月18日の本所深川での出来事について書かれてある。

    9時すぎかと思われる頃に、おどろいたことに自動車、ほとんどが外車である乗用車の列が永代橋の方向から
   あらわれ、なかに小豆色の自動車がまじっていた。それは焼け跡とは、まったく、なんとも言えずなじまない光景
   であって、現実とはとても信じ難いものであった。これ以上に不調和な景色はないと言い切ってよいほどに、生理
   的に不愉快なほどにも不調和な光景であった。焼け跡には、他人が通りがかると、時に狼のように光った眼でぎ
   らりと睨みつける、生き残りの罹災者のほかには似合うものはないのである。乗用車の列が、サイドカーなども
   伴い、焼け跡に特有の砂埃りをまきあげてやって来る。
    小豆色の、ぴかぴかと、上天気な朝日の光を浴びて光る車のなかから、軍服に磨きたてられた長靴をはいた
   天皇が下りて来た。大きな勲章までつけていた。私が憲兵の眼をよけていた、なにかの工場跡であったらしいコン
   クリート塀のあたりから、2百メートルはなかったであろうと思われる距離。
    私は瞬間に、身体が凍るような思いをした。

     1945年の3月と2019年の11月は基本的には何も変ってはいない。
    この国は戦前も戦後も階級社会である。フランスでモンテーニュの盟友ラ・ボエシが『自発的隷従論』を書いたの
    は400年も昔のことだ。



         「本との再会」

            2020・7・20(月) 

    早朝の5時、栗田勇さんの『一遍上人――旅の思索者――』をようやく読み終えた。
   私は本を読む時には最初の頁にその日の年月日を書き込むつまらぬ習慣があるので、どの本も初読や再読
   の時がいつのことだったかは分かる。このことばかりでなく、その他にも色々と関係のないことも書き込む癖が
   あるので、私の本は古本屋や本のリサイクルショップでは買い取ってはくれない。
    何年か前、いらなくなった本を100冊ほど処分しようとしたが、それが理由でどこも引き受けてはくれなかった。
   それで町内のお祭りのバザーにでも出そうかと思ったが、自分が必要としないと判断を下したものを人様に薦め
   るというのは無責任な行為であるし、また精神的な害毒を垂れ流すような気もして、結局は水曜日の雑紙回収
   トラックに放り込んだ。
    100冊ものいらない本がなぜ書架を汚したのかということだが、本は自分の目で読んでみなければ内容を知る
   ことができないので、そういう間違いも度々起こる。また年齢によっても本に求める価値観は変っていくこともある。
   若いころは面白いと感じたものが数十年後にはまったくくだらない物になっているというようなことは起きる。
    この一か月、堀田善衛の案内によって鴨長明の周辺をうろうろと歩き回っているが、それで二階の書斎に出入
   りすることが多くなり、いろいろな古い本をかき回しているのだが、またしても何でこんな本がここにあるのだと思う
   ものが100冊ほど目についた。いくら本は読んでみなければ分からないといっても、著者の名前や題名をみれば
   それが自分の求めるものかどうかの見当ぐらいはつきそうなものだが、しかし、そう思うのは後知恵というもので、
   若い頃にはそれが分らなかった。
    例えば、小林秀雄だとか、吉本隆明だとか、丸谷才一だとか、塩野七生なんかの本がかなりある。高橋和巳など
   は全集で残っている。なぜこんなものを買ったのか、読んでいたのか、と苛立ちを覚えるのは70歳の私であって、
   これらの本を読んでいた当時の私はそうは思ってはいなかったのだろう。多少の嫌悪や反撥を抱いたとしても、そ
   れらの本を買い求め続けたのは間違いなく私であった。
    今、小林の骨董の鑑定書を、吉本の教祖気取りの自己顕示を、丸谷の通人ぶった軽薄を、塩野の思い込みの強い
   イタリア物を、高橋の自己陶酔が持つ通俗性を無価値の雑紙とするのは70歳になった私であって、20代の時の私
   にはそれが分からなかった。この理由は、私が無信の徒であることだけにあるわけではない。
    『ビリチスの愛の歌』の翻訳者である栗田さんの『一遍』は、白洲正子の『西行』のような名所旧跡めぐりのバスガイ
   ドの文体とは流石に格調が違うが、それでもどこかに違和感が残る。この形式は評伝であると思うが、栗田さんの
   文章は、時々「小説化」する。特に性愛に関する部分では想像力が働いて、共鳴共感の心理描写に横滑りする、
   この時、一遍の持つ世界観及び歴史観の今日性が忘れられる。とすれば一遍は過去の人である。
    栗田さんの「一遍」を最初に読んだのは1978年(昭和53年)のことで私は29歳だった。この時は何も分からな
   かった。再読は1998年(平成10年)で時に私は49歳だった。この時も何も分からなかった。この間20年という
   月日が流れている。それからまた22年の月日が流れて今回の三読であるが、正直なところを言えば、今回も何
   かが理解できたということはなさそうだ。誤解のないように断っておくが、私は栗田さんの本を責めているのではな
   い、そうではなくて、私の無知無学を認めているに過ぎない。
    栗田さんは「あとがき」にこう書いている。

    一遍上人の名は、は、鎌倉初期をかざるほぼ同時代にに輩出した、法然、親鸞、道元、日蓮とくらべると、ほと
   んど知られることが少ない。ましてや、鎌倉中期から室町にかけて、浄土宗や真宗をはるかに凌ぐ、大教団として
   とくに「念仏踊り」が、上は大名から町人、百姓浮浪者にいたるまで、ほとんど、日本の全土を風靡していたことは
   全く忘れ去られている。

    問題はここだ。栗田さんは、忘れ去られた一遍をどのように掘り起こしたのかということだ。一遍は現代に甦った
   のか、問題とすべきは、法然、親鸞、道元、日蓮との比較ではなく、一遍を開祖とする時宗の「浄・不浄を問わず、
   信・不信を問わず」の宗教理念の今日的な意味である。
   この一冊は、多くのことを教えてくれる本であり、また同時に多くの疑問を生じさせる本でもある。
    陽が昇って午前10時、書き溜めたハック・フィンを三部印刷し、いつものように塩谷さん、金田さん、小坂さんの
   郵便受けに届けた。それが終わってからは、これまたいつものように大農園の管理、水を撒き、雑草を除き、京水
   菜を少々夕食の素材として収穫する。この野菜は牛スキによし、豚肉と炒めてもよし、サラダではなおよし、調理の
   方法を選ばない。たいしたもんだね、これを私は自分の手で育てたのだよ。誰も褒めてくれないから、この血と汗と
   涙の努力は自分で褒めるしかないか。貧者の自給自足か、後は酒の用意をするだけだ。
   「勤労は日々を豊かにし、酒は日曜日を幸福にする」と言ったのはボードレールだったか。
   なるほどね、人知れずの農耕は、ダンディズムの基本である。
    黄昏時の5時、恒例となったジイサンとバアサンの「枯葉のデート」の時間である。
   処は手稲区曙2条2丁目、この界隈では誰一人として知らぬ者はいないという天婦羅屋「天八」さんの暖簾をくぐった。
   店の中には薄緑の作務衣を着た老夫婦が待っていた。天婦羅と言えば高級料理だが、ここは昔風の大衆食堂で、
   気取りがなくその雰囲気は極めて庶民的である。何だか浅草はフーテンの寅さんの世界を思わせる。
   私は「天ざる」、妻殿は「天丼」。天婦羅の素材の海老も野菜もすべて大振りで、衣は薄く仕上げていて、老夫婦の
   正直さと優しさが感じられる。もちろん、仕上がった料理は評判を裏切ることなく、思わず唸るほどの美味である。
   この数か月、コロナ禍で客足は減り、経営は大変だっただろうと思うが、老夫婦は元気だ。そして、今日も美味い
   天婦羅を揚げている。いいね、ここには生活の詩があるよ。この店に来てよかった、としみじみ思った。
    家に帰りついたのは午後6時、窓の外はまだ明るい。
   妻殿が用意してくれた酒は米処・秋田県大館市の蔵元・北鹿さんの生貯蔵酒「すずしな」、冷やで呑む。
   手にした本は、堀田善衛さんの『橋上幻像』(新潮社・1970年刊行)、何十年ぶりかの再会だ。
   私もいつのまにやら70歳となった。今なら堀田さんを読めるだろう。
   これは「再読」ではない、精神がもう一つの精神と再びまみえること、やはり「再会」と呼ぶべきだろう。



           「現状はどうなっているのか」

             2020・7・19(日)

       18日現在  感染者数24、913人   死者数985人
      
    今日の新聞赤旗の第一面のトップ記事は特集企画の「新型コロナ Q&A 第4弾」、タイトルは「感染拡大どう防ぐ」、
   この記事から私たちの生きる「今と此処」を確認する。

   「1」 東京都の新規感染者数は、1週間平均で人口10万人当たり9人超です(18日現在)。政府が、感染拡大防止の
       ため社会に協力要請をする基準としてきた2・5人をはるかに超え、緊急事態宣言を出した際の5人をも大きく上
       回っています。

   「2」 国立国際医療研究センターのツイッターは、「緊急事態宣言が発出される前と状況が酷似しています。市中蔓延
      (まんえん)が始まっていないか心配です」と発信しています。ところが安倍政権は、感染防止のための有効な対策
      を何もやっていません。

   「3」 PCR検査の拡充では、(1)市中感染が広がっている地域を特定し、住民全体を検査の対象にする、(2)首都圏や大
      阪などの感染拡大地域では、院内感染・施設内感染を防ぐため、医療・介護、障害福祉、保育、教育の関係者につ
      いては検査を行う―ことが必要です。大規模な検査によって陽性者を見つけ出し、隔離・治療することが感染抑止の
      カギだからです。

   「4」 政府は、新たな感染拡大が生じているにもかかわらず、有効な対策をなにも行わないまま、経済活動の再開を急い
      でいます。その象徴が旅行代金の半額を補助するという「Go Toトラベル」事業です。政府が全国一律の前倒し実施
      を決定したことに対して、国民や知事などから反対や懸念の声が上がり、あわてて「東京を除外する」ことを決めました。
      しかし、東京以外でも感染が広がっており、こういうもとでの実施は感染拡大を促進する暴挙というほかありません。
      「Go Toトラベル」は開始見送りをきっぱり決断すべきです。観光業支援というのなら、旅館などの観光業者を直接支
      援する方向に予算を振り向けるべきです。
       コロナ対策で政府がこうした迷走を繰り返すのは、「感染防止に必要な休業要請を、補償とセットで行う」という確固
      とした立場に立たないからです。これは、他の支援策でも同様です。
       政府が当初打ち出した対策は、金額が「少ない」、給付対象が「狭い」、届くのが「遅い」という、「3密」ならぬ「3弱」
      対策ばかりでした。「これではだめだ」という国民の批判と、野党の国会での追及で、制度の改善が進められてきました。

     この間、この国の総理大臣は何をしているのか?  何処にいるのか?誰も分からない。
    それを今日の北海道新聞が教えててくれる。

      安倍首相、1カ月間会見なし 委員会も出席せず 感染再燃、GoTo方針転換…説明責任果たさず
               配信



      安倍晋三首相が通常国会閉会翌日の6月18日を最後に1カ月間、記者会見せず、国会の閉会中審査にも出席してい
     ない。この間、首都圏を中心とした新型コロナウイルスの感染再拡大や、政府の観光支援事業「Go To トラベル」の方
     針転換など大きな課題が浮上したが、説明責任を果たさない逃げの姿勢が浮き彫りになっている。  首相は「Go To ト
     ラベル」で東京発着の旅行を対象外としたことについて、16日に「現下の感染状況を踏まえて判断があった」と述べただけ。
     追加の質問には答えず、17日も質問を受ける場面はなかった。  首相は国内で新型コロナ感染が拡大した2月以降、9回
     記者会見したが、国会閉幕を受けて行った6月18日を最後に途絶えている。現在、首相の説明は官邸の出入りなどの際に
     記者団が質問を投げかけ、応じる場面にほぼ限られる。答えることもあるが、一方的に話して立ち去ることも多い。

       こういう行動を世間一般の常識では「職場放棄」と呼ぶ、あるいは悪質な「場面緘黙症」と言うべきか。
      元々そういう男ではあったけれども、聞かれたことには答えず、聞かれてもいないことを得意げに、時には興奮状態で長々
      と喋りまくる。余談・蛇足・漫談のオンパレードで、時々、漢字が読めずに立ち往生して恥を晒すが、興奮状態は治まらない。
      都内の女子高生の間ではこのキャラクターを「アベっている」と言うそうだが、笑うべし、こういう男が「美しい日本を取り戻す」
      というのだから理解に苦しむ。それでは誰から取り戻すのかとなると、これがまたまた闇の奥の内緒話でさっぱり分からない。
       原爆投下をした国のトランプには爆買いの諂いであり、北方領土を不法占拠している国のプーチンにはポエムの花束を贈り、
      人権弾圧の習近平には訪日招請の恋文を書き続ける。さらには、この間まで「国難」などという蒙古襲来を思わせる言葉を
      使って脅威を煽ってきた北朝鮮からは、国営放送で名指しで
「完全な馬鹿者で、政治的小物」と呼ばれ、「写真つき報道を見
      ておきながら、ロケット連射システムとミサイルの区別もつかない、史上最も愚かな男、世界唯一のまぬけだ」と罵倒され、
      挙句の果ては
安倍は永遠に、平壌の敷居をまたぐ夢など見てはならない」と吐き捨てられる始末である。

       そしてドイツのメルケルさんはいつも呆れ果てた顔でアベを横目で観る。隣国の文在寅さんは、事あるごとに「もっと歴史を
      勉強しなさい」と出来の悪い園児を諭す。
       4月1日に感染拡大阻止のために全家庭に2枚届けると発表して全世界から笑われた例のアベノマスクだが、茶坊主筆頭
      の菅義偉によると6月の25日全家庭配布は完了したというこだが、これにも落ちが付いていて、恥の上塗りである。
       毎日新聞は冷ややかに報じている。

            不要」アベノマスク10万枚、返却・寄付相次ぐ 自治体悲鳴「使い道なく困る」
                                毎日新聞

       政府が新型コロナウイルスの感染防止策として全戸配布した通称「アベノマスク」が、国や自治体に送り返されたり、使われ
      ず民間団体に寄付されたりするケースが相次いでいる。このように「不要」とされたアベノマスクは少なくとも10万枚近くに上る
      ことが、毎日新聞の取材で明らかとなった。行き場をなくしたアベノマスクは別の施設などで再利用される場合もあるが、送り
      返された自治体からは「使い道がなく困っている」と困惑する声も上がっている
       アベノマスクは、1世帯につき布マスクを2枚配布する政権肝いりの事業だ。安倍晋三首相に近い側近官僚が「繰り返し使え
      る布マスクを配れば、マスク不足に対する国民の不安が消える」と進言。政府は4月17日から各世帯に配布し、6月中旬に終了
      したと説明している。

       次はコロナ対策第2弾のスッタモンダの特別給付金10万円の方はどうなっているのか。安倍晋三御用達のネトウヨ新聞・産
      経が庇い切れなくなって、うっかり漏らしてしまった。


            「581万世帯が未受給」10万円給付の申請期限迫る
                            配信

       新型コロナウイルスの感染拡大に伴って導入された、国民1人当たり10万円を配る特別定額給付金の申請期限が迫って
      いる。期限は各市区町村ごとに異なるが、申請は受け付け開始から3カ月以内と定められているため、今月末から順次、受
      け付けを締め切る自治体が出てくる見通しだ。全世帯の約1割はまだ給付金を受け取っていないとみられ、総務省は早めの
      申請を呼び掛けている。10万円の給付金は迅速な給付を促すため、申請期間は郵送による受け付け開始から3カ月以内と
      定められている。受け付けを始めた時期は各自治体の準備の進み具合によってバラバラだったため、終了時期も異なる。

       それでは「自粛から自衛へ」と都民を突き放した緑のタヌキこと女帝・小池百合子さんはどうしているのか。
      今日の「スポニチアネックス」でタレントの壇蜜さんが疑問をぶつけている。


          壇蜜 小池都知事VS西村担当相のバトルに「決着ついても、それがなんなのかも分からない」
                  7月19日配信  スポニチアネックス

 タレントの壇蜜(39)が19日、TBS「サンデージャポン」(日曜前9・55)に生出演。「Go Toトラベルキャンペーン」の“東京外し”
      をめぐる、小池百合子都知事と西村康稔経済再生担当相のバトルに疑問を呈した。  小池都知事は「“政府の責任でやって
      いく”とのことだったが、なぜ東京を外すのか詳細な説明は受けていない」と主張。その後の定例会見でも「都民にも納得のいく
      ように国の責任において説明してほしい」と、かみついた。一方、西村担当相は「(小池都知事が)国に宿題を投げかけられたよ
      うな格好ですので、その答えを出したということ」と発言している。  壇蜜は「この押しつけ合い、バトルみたいなものに、決着が
      ついたとしても、それがなんなのかも分からない状態ですし。結局どっちの意見が通ったとしても、振り回されるのは都民であり、
      日本全体の国民であり、観光業の人達であり。誰も今の状態で、ハッピーな気持ちになるとか得をするみたいな、何も見えない
      っていうのが、すごく心配ですよ。これはどこに向かってるんだろうって」と率直な心境を明かしていた。

        西原扶美雄さんのフェイスブックを開いた。 


          義援金は善意で集め、
          泥まみれの復旧はボランティア頼り。
          コロナ禍と大水害の国難でも国会は閉会中。
          国民の命と生活を守れない安倍自民党政権はいらない!

 



          「これでも原発を必要とするのか」

             2020・7・18(土) 

     今日の「しんぶん・赤旗」から原爆と、その変形温存装置である原発に関する三つの記事を抜き書きする。
    最初のものは反知性主義にして人種差別主義者の金箔不動産屋トランプの例によっての妄想発言だ。2番目は、
    人類の英知を体現するサーロー節子さんのカナダの闇の歴史に関するものだ。最後は日本の一般市民の良心と
    見識から発する怒りの声だ。

     「1」  米大統領、原爆開発を正当化
              初実験から75年 「大戦終結に寄与」

       トランプ米大統領は16日、米政府が米西部ニューメキシコ州アラモゴード近郊の「トリニティ・サイト」で1945年
      に行った人類初の核実験から75年を迎えたのに合わせて声明を発表し、同実験が核時代の先駆けとなり、「第2
      次世界大戦の終結および、前例のない世界の安定、科学の刷新、経済繁栄の時代の幕開けに寄与した」と改めて
      原爆開発を正当化しました。
       声明は、同核実験は「マンハッタン計画の集大成」であり、「素晴らしい偉業」と称賛する一方、広島、長崎への原
      爆投下には直接言及していません。
       原爆投下は当時の軍高官などの証言から、日本を降伏させるためでなく、ソ連に対抗するための手段だったこと
      が分かっています。


     「2」  原爆開発関与認めよ
               サーローさん カナダ首相に書簡

        広島市出身の被爆者でカナダ在住のサーロー節子さん(88)は17日までに、カナダのトルドー首相に書簡を送り、
       広島、長崎の被爆75年を機に、原爆を開発した米政府の「マンハッタン計画」へカナダが当時関与していたことを認
       め、政府として遺憾の意を表明することを要請しました。書簡は6月22日付。
        サーローさんの書簡によると、1943年8月、当時のカナダのキング首相はケベック市にルーズベルト米大統領と
       チャーチル英首相を迎え、原爆を共同開発する「ケベック協定」に署名。カナダは42、44年に原子炉を建設し、その
       科学的知見を「マンハッタン計画」に提出していただけでなく、カナダ国内で精錬されたカナダ産およびコンゴ産ウラン
       鉱石を提供し、それらが広島、長崎に投下された原爆の製造にあてられました。
        サーローさんは「カナダがマンハッタン計画の直接の主要参加国だった」と指摘。こうした関与の事実はカナダ国民
       にほとんど知られていないものの、広島と長崎が被爆から75年目を迎える今年の8月6、9日は「核兵器が広島と長
       崎に引き起こした死と被害に遺憾の意を表し、カナダが核兵器禁止条約を批准することを表明する格好の機会となる」
       と強調しています。(池田晋

     「3」  原発固執許されない
                 反原連が官邸前抗議

       首都圏反原発連合(反原連)は17日、首相官邸前抗議を行いました。新型コロナウイルスの感染状況を考慮し、抗議
      エリアは官邸前のみに設け、抗議の模様をオンラインで配信しました。雨が降るなか「再稼働反対」「原発やめろ」「汚染
      水海洋放出やめろ」と訴えました。
       反原連スタッフの男性がスピーチ。原発推進に固執する安倍政権の姿勢は「(東京電力福島第1)原発事故に苦しむ人
      々を冒とくするものだ」と批判し、「地球温暖化対策の名目で原発を推進することは大きな間違い。安全な避難などはなく、
      原発を今すぐやめるべきです」と迫りました。

        トランプの誤りは二つある。一つは歴史を知らないということ、この男には歴史から学ぶという姿勢もない。
       二つ目は、原爆と通常兵器との決定的な違いについての認識が絶無であるということだ。
        広島・長崎への原爆投下はアメリカにとっては「戦闘行為」ではなく、政治的な意味を持つ「核実験」であった。
       だから投下は戦場ではなく、戦闘とは無関係な一般市民(非戦闘員)が生活する都市が選ばれた。
       1945年8月6日の広島、当時の人口は推定35万人、犠牲者は14万人。8月9日の長崎、当時の人口は推定24万人、
       犠牲者は7万4千人。一瞬にして都市が消滅した。「戦闘」ではない、「人体実験」である。
        この2発の原爆による死亡者数は、2019年8月時点で、広島31万9186名、長崎18万2601人、この兵器による殺
       害は1日の出来事では終わらないのである。被爆の後遺症で亡くなる人は毎年、その数が増加する。
       現在世界9カ国で1万4525基の核兵器が所有されている。
        トランプが「素晴らしい偉業」と称賛する原爆投下を指示したトルーマン大統領とはどんな人物だったのか。
       1945年4月12日に急死したルーズベルトに代わって副大統領から大統領に昇格したこの男は、就任初日の気持ちを
       自身の日記に「私の肩にアメリカのトップとしての重荷がのし掛かってきた。第一、私は戦争の詳細について聞かされて
       いないし、外交にもまだ自信がない。軍が私をどう見ているのか心配だ。」と記していた。
        スターリンは、前任者のフランクリン・ルーズベルトと対極的な、威厳も貫禄もない粗雑な小物が突如として大統領の地
       位を獲得したことに愕然とし、アメリカへの不信を募らせることになったということだ。
        原爆投下には陸軍のアイゼンハワー将軍は、その必要を認めていなかった。海軍のニミッツ提督は都市への投下は反
       対だった。トランプはトルーマンによく似ている。
        ジョージ・フロイド殺害事件に抗議するデモ鎮圧のために国軍を投入すると発言したトランプに対して多くの軍高官(退役
       も含む)が反対の声明を発表した。アメリカの軍隊は、時の大統領にではなく、憲法に忠誠を誓う、と。
        2番目の記事に教えられたことは、原爆開発にカナダが関与していたという驚くべき事実だが、その前に思い知らされた
       ことは、私がカナダという国について実は何も知らなかったということだ。その歴史、その民族構成、その産業。
       アメリカのことならばワシントンからアル・カポネ、マリリンモンローまで知っているし、マスタング、リンカーン、キャデラック
       まで知っている。またマーク・トウインからヘミングウイ、ノーマン・メイラーまで知っている。
        さて、それがカナダとなると全く何も知らない。
       知っているのはレナード・コーエン(1934年~2016年、82歳没)という名のシンガーソングライター、詩人、小説家である。
       この人は『嘆きの壁』(集英社・昭和45年刊行・大沢正佳訳)という素晴らしい小説を書いた。原題は『美事な敗北者たち』、
       その作品には、キャサリン・テカクータという名のイロクイ族の聖処女が出てくる。
        もう一人カナダ人を知っている。ピアニスト・作曲家であったグレン・グールド(1932年~1982年、50歳没)、この人が
       モーツルトの『トルコ行進曲』を弾いた。ピアノの音にこの人の楽し気なハミングが重なる、これが絶品である。
        そして「マニトバ・スタンダート」と呼ばれる小麦である。これはマニトバ州を主産地とする硬質小麦で、パン用としては世界
       最高だということだ。
        3番目の記事については、私の思うことを述べる。

        これでも原発を必要とするのか、必要とする理由が何処にある。



        「首相、私は真実が知りたい」

          2020・7・17(金) 

     昨日の新聞のコラム「きょうの潮流」を書き写す。

         きょうの潮流    2020・7・16

     寝室に置かれた2枚の写真はゆれる感情を映していました。つらかったときを忘れたくない、でも明るく元気だった
    ときの顔も見たい―。大切なパートナーを亡くした無念をテレビでもらしていました▼公文書の改ざんを命じられ、そ
    れを苦にしてみずから命を絶った近畿財務局の職員、赤木俊夫さん。自責の念にかられ、人が変わってしまった姿を
    傍らで見てきた妻の雅子さん。人生を書き換えられた2人の思いは一緒です。真実を明らかにしたい▼国有地を8億
    円も値引き、払い下げてもらった森友学園。そこに厚遇したと疑われる箇所はすべて修正せよ。国民のために仕事が
    できる国家公務員に誇りをもっていたという俊夫さんは、上司からの指示に反対し抵抗したものの泣く泣く押しきられま
    した▼「私や妻が関係していれば、総理大臣も国会議員も辞める」。この安倍首相の国会答弁から始まった改ざん。
    俊夫さんは残した手記で内閣が吹っ飛ぶようなことをしてしまったと▼死に追い込まれていった夫の手記を公開し、再
    調査を求めて声をあげた雅子さん。当時、改ざんを指示したとされる財務省の佐川・理財局長と国を相手取った裁判
    で改めて訴えました。いったい、だれが、何のためにやったのか▼雅子さんの原因究明の呼びかけに集まった48万を
    こえる署名。そこには、事件を闇に葬らせない決意とともに、人から大事なものを失わせる政治への怒りがあります。
    命を犠牲にしてまで生き延びようとする政権に終止符を打つために。

     このコラムに関連する記事も書き写す。第一面から。

              「首相、私は真実が知りたい」
          森友公文書改ざん訴訟 財務省元職員の妻が陳述

      森友学園問題をめぐって公文書の改ざんを強制されたと手記などに書き残して自殺した元財務省近畿財務局職員
     の妻、赤木雅子さんが国と佐川宣寿・元財務省理財局長を相手取り起こした損害賠償請求訴訟の第1回口頭弁論が
     15日、大阪地裁で開かれました。雅子さんが意見陳述し、夫の自殺に至った経緯について「安倍(晋三)首相、麻生
     (太郎財務)大臣、私は真実が知りたい」と求めました。(赤木さんの陳述
      雅子さんは紺の上下に白いシャツ姿で入廷。しっかりとした口調で陳述を始めましたが、夫の俊夫さん=当時(54)
     =が亡くなった日の様子の部分では涙声になり、言葉が詰まる場面もありました。
     陳述では、情報開示請求で夫の個人情報を国に求めたにもかかわらず、黒塗りなどで開示に消極的だった国を批判。
     「国は国民にも夫にも向き合わず、あるものを出さずにズルズル先延ばしにして逃げている。正直に全て明らかにして
     ください」と求めました。
      この問題が発覚した直後の2017年2月、安倍首相は国会で「私や妻が関係していれば総理大臣も国会議員も辞め
     る」と答弁。これが改ざんのきっかけになったと指摘されています。
      雅子さんは「首相は自分の発言が改ざんの発端になっていることから逃げているのでは」「発言と改ざんには関係が
     あることを認め、真相解明に協力してほしい」とも述べました。
      うつ病と診断され18年3月に自宅で自殺した俊夫さんは、遺書や手記で改ざんの経緯を詳述。上司らから改ざんの
     指示を受け、抵抗しながらも作業をさせられたことなどを記し、「元は、すべて、佐川理財局長の指示です」などと指摘し
     ていました。
      財務省は同年6月の報告書で佐川氏について「改ざんの方向性を決定付けた」としましたが、具体的な指示や経緯は
     明らかにしていません。
      雅子さんは訴状で、国が俊夫さんの心身の健康を損なわないようにする注意義務を怠ったと主張。佐川氏については
     公務員の職務行為でなく、改ざんという違法行為を指示した個人としての不法行為責任を問うています。
      国と佐川氏はいずれも請求棄却を求めて争う姿勢を示しました。しかし国の答弁書は、注意義務違反についてどう主
     張するのか触れていません。この点を赤木さんの弁護団が法廷で指摘しましたが、国側弁護団は「必要な事実について
     は認否を示した」と答えるにとどまりました。

       一個人もしくは一家族、あるいはその一個人を取り囲むお友だち、その友愛を結び付けているものが何であるかは
      知らないけれども、この人たちは「私人」ではない、中に「私人」がいたとしてもその行動様式は並みの「公人」以上の
      待遇を受けている「特殊公人」である。こういう人たちが官僚を配下にして政治を「私物化」する。
       ここで言う「私物化」とは、「公人」が私の目的のために税金を使うということであり、つまりは窃盗である。いま一つは
      議会を無視して勝手な憲法解釈で国政を牛耳るということである、つまりは詐欺である。
      窃盗と詐欺が政治の王道(安易な方法)となれば、後は推して知るべしである。
       2019年11月24日の日付を持つ記事がある。
      ノンフィクション作家の保坂正康さんが『文芸春秋』に載せたものだ。
      
           「憲法改正」後藤田正晴の警告が聞こえる――保阪正康が語る。

   もし後藤田正晴が存命ならば、と思わずにはいられません。「こんなことしとったら、日本は壊れてしまうわな」と
  いう彼がよく口にした言葉を最近特に思い出します。安倍首相はまず先達の声に耳を傾けるべきなのです。

       後藤田正晴の戦争観

      「必ずや成し遂げていく決意だ。新しい体制で憲法改正に向けた議論を力強く推進していく」
      9月11日、第4次安倍改造内閣発足後初の記者会見で、安倍晋三首相は「憲法改正」への意欲をこう強調しました。
       安倍首相は「2020年の改正憲法施行」を、繰り返し主張しています。しかし、憲法を改正するということ自体が目的化し、
      なぜいま改憲なのか、この国をどの方向に持っていこうとするのか、その土台から論議を進めていく姿勢は全く見られ
      ません。とにかく衆参両院の3分の2の同意を取り付けて、何が何でも在任中に「改正」を実現させたい。首相としてのレガ
      シーを残したいという思いだけで、憲法改正を行おうとしているように見えます。
       そういった首相の姿勢を見るたびに、私はもし後藤田正晴が存命ならば、と思わずにはいられません。「こんなことしとっ
      たら、日本は壊れてしまうわな」という彼がよく口にした言葉を最近特に思い出します。保守の中のもっとも良識的な姿勢で
      日本を見続けてきた後藤田なら「改憲は時期尚早」と首相を窘(たしな)めたのではないかと私は思うのです。
       ところが今の自民党には、後藤田のような「重石」はいなくなってしまったようです。私自身はいわゆる護憲派ではなく、現
      行憲法には時代に合わなくなってきたさまざまな点があり、いずれ改憲は必要という立場です。しかし、改憲には歴史への
      深い考察がまず必要です。そこを一切飛ばした、安倍政権の現在のスケジュール闘争のようなやり方はいかにも拙速です。
      これを軌道修正できる後藤田のような有為な政治家がいない今の政治状況を、私は非常に不幸なことだと思うのです。
      いうまでもなく、後藤田正晴は「護憲」の政治家でした。
      警察庁長官を務めたのち、政界に進出し、内閣官房長官を長く務めました。93年の宮澤喜一内閣では副総理、晩年は首相
      にも擬せられました。旧内務省出身の官僚というイメージとは異なる柔軟な思想の持ち主で、自民党のリベラル派とも言うべ
      き体質を持っていました。のちに宮澤内閣で、PKOへの自衛隊出動にも一定の歯止めをかけて、軍事を政治のコントロール
      下に置くことを実現させています。

        新潟県南魚沼郡湯沢町に「湯の街湯沢平和の輪」という「九条の会」がある。
       その会のブログ「半歩前へ」の2018年7月5日、「安倍晋三について後藤田正晴が言った言葉」と題する文章が載っている。
       それを以下に書き写す。

           「湯の街湯沢平和の輪」
        「湯の町湯沢平和の輪」は、2004年6月10日に井上 ひさし氏、梅原 猛氏、大江 健三郎氏ら9人からの「『九条の会』アピ
       ール」を受けて組織された、新潟県南魚沼郡湯沢町版の「九条の会」です。

        安倍晋三について後藤田正晴が言った言葉!

        安倍晋三だけは首相にしてはならない。
        あいつには岸の血が流れている。
    みんなは岸の恐ろしさをしらない。
    岸の血って、血縁っていうだけじゃないんだよね。
        人としての情がない。恥を知らない。
        岸信介と安倍晋三に共通しているのは、その恐ろしさなんだ。

           後藤田正晴

        *********************

    こんな情報がネット上に氾濫している。
   岸信介は戦前の官僚。のちに甘粕正彦と組んで、帝国陸軍が中国東北部を植民地にし、そこに建設した傀儡国家「満州国」を
  牛耳った男だ。

   岸信介は、東条英機内閣の商工大臣を務めた軍国主義者。A級戦犯として逮捕されたが米国の”操り人形”になることを条件に釈放さ
    れた
。その孫が安倍晋三である。
   甘粕正彦は陸軍憲兵大尉の時に、無政府主義者の大杉栄らを殺害したことで知られている。世に言う甘粕事件である。
   その後、甘粕は突然、日本を離れて満州に渡り、関東軍の特務工作を陣頭指揮。その時、岸と知り合い意気投合。いわく因縁の
  「闇のつながり」である。

    後藤田正晴は内務官僚だが長年、岸信介を垣間見て来ただけに、本性を知り尽くしている。その人物が岸信介の「汚れ、ただれ
   た血」を語ったと言うのだから、まんざらデマでもなかろう。私はさもありなん、と思う。

   安倍晋三の血も涙もない「国民に冷たい政治」は、6月の沖縄の慰霊の日や8月の広島、長崎での平和記念式典でのあいさつを聞
  けば一目瞭然だ。人々の琴線に触れる文言など、どこにも見当たらない。

   不戦の誓いを削除し、爺さんの岸信介が果たせなかった「改憲の実現」にまい進するのが安倍晋三だ。


     「森友」問題について赤旗の「主張」(他紙でいうところの社説)は次のように論じている。

      国政私物化の象徴

     俊夫さんの自殺は、人事院によって「公務災害」と認定されました。しかし政府側は、なぜ俊夫さんが死に追い込まれて
    いったのか十分説明しようとせず、資料も黒塗りのものしか出しません。雅子さんが損害賠償を求めて提訴したのは、誰
    のどのような指示で俊夫さんが改ざんを強制されたのか、真実を知りたいとの思いからです。
     「森友」問題は2017年2月に発覚しました。国有地の不当な処分で、安倍首相や妻の昭恵氏の関与が浮かび上がりま
    した。首相が「私や妻の昭恵が関係していれば、首相も国会議員も辞める」と国会で答弁したのを契機に、それに合わせ
    て佐川局長らが国会で虚偽答弁を行い、公文書の廃棄・改ざんまで指示したとされる問題です。首相と理事長が親密な関
    係にあった「加計学園」の獣医学部開設や、「桜を見る会」への支持者の大量招待にもつながる安倍政権の国政私物化の
    象徴ともいえます。
     世論の批判を浴びる中、財務省は18年6月に調査報告をまとめました。しかし、佐川局長が改ざんを方向づけたとはし
    たものの、「具体的な指示はなかった」とごまかし、監督責任がある麻生財務相も形式的な処分で済ませました。与党は、
    国会での再喚問にも応じていません。
     雅子さんが今年3月、改ざんを強いられ18年3月に自殺した俊夫さんの手記などを公表し、新しい事実を明らかにして再
    調査を求めたのに対しても、安倍首相や麻生財務相は、財務省のこれまでの調査と「大きな乖離(かいり)はない」と言って、
    再調査に応えません。
     雅子さんが再調査を求めて始めたインターネット署名は、35万人を超える賛同を得ました。市民団体が始めた佐川局長
    の証人喚問を要求する署名も13万人分を突破しました。世論調査でも、「再調査が必要」は7割以上です。
     安倍政権が再調査さえ拒否するのは、最愛の夫を亡くし、訴訟にも踏み切った妻の気持ちを踏みにじるだけでなく、国民
    世論にも逆らうものです。人の命は何よりも重いと考えるのなら、安倍政権は直ちに再調査し、国民の前に真相を明らかに
    すべきです。


 
       「本との別れ」

           2020・7・16(木)

    「しんぶん・赤旗」の日曜版(7月12日付)にフランス文学者の海老坂武さん(1934年生まれ)が、「連帯どこまで
   広げられるか」と題する論稿を載せていた。海老坂さんはこの2月末からフランスに滞在し、飛行機の欠航のため
   封鎖都市パリに閉じ込められていたそうだ。そうした中、何十年ぶりかでアルベール・カミの『ペスト』を読み直した
   そうだ。論稿はその再読に触発されたもので、「カミ『ペスト』が問う現代」をもう一つのテーマとしている。
    教えられたところを二つほど書き写す。

   1  「戦争」ではない
    
連帯と団結が違うことを確認しておきたい。3月16日、フランスの大統領はわずか15分間のあいだに7回も「われ
    われは戦争状態にある」と口走った。そして国民の団結を訴えた。これに対しては、コロナは敵ではない、病原菌に
    対して「戦争」とは愚かだという批判が沸き起こった。
     この批判は当然であろう。
    そして「戦争」とくれば「団結」とくる。この日本では、第2次大戦中に声高に呼ばれた「一億火の玉」などというスロー
    ガンもよみがえりかねない。
     しかし多くの場合上からの言葉である「団結」と、「連帯」とは違う。塊になるのではない。それは横のつながりであり、
    個人を縛り付けない自由な結びつきである。

   2  実を言えば『ペスト』にも若干の疑問がある。当時オランはフランスの植民地であった。ところがこの小説には住民
     の大半を占めていたはずのアラブ人は一人として登場しない。連帯の輪からはずされているのだ。同様に午後8時
     の感謝の拍手も、もしかしたら中産階級の市民たちだけの行動だったのかもしれない。
      自発的な絆が生まれてくる条件は何か。連帯はどこまで広げられるか。そもそも私たちの社会に連帯という言葉が
     生き得れる場がありうるのか。
     『ペスト』はこうした問いを私たちに投げかけてくる。

      私がサルトル全集(人文書院・全37巻)を買ったのは18歳の時で、同じ頃にカミの『異邦人』と『シーシュポスの神
     話』は読んではいたが、カミの全集(新潮社)を取り揃えたのは20代の半ばだったと記憶する。サルトルは最初から
     全集だったが、カミはそうではなかった。晶文社から出版されたポール・ニザンの著作集も最初から全巻揃えた。
     この3人のうちカミだけ文庫本で出発して、全集を揃えるまでに数年の時間をおいた。その理由は、カミは私にとっ
     てどうしても欲しい本だったのではなく、読んでおかなければならない本という感覚があったからだ。
     読書が精神にとっての快楽であるとするならば、私にとってカミの本はそういうものではなかった。何か勉強している
     ような感じが付きまとった。そこには距離があった。
      確かに、最初に『異邦人』を読んだ時は何とも言いようのない興奮を覚えたが、興奮は時間に抵抗する力は持ってい
     ない、時とともに冷めていく。
      2011年の7月、私はカミについて「愚者の書架記」の中にこんなことを書いていた。


      NO 15  2011年7月

異邦人、または本との別れ

  

 

アルベール・カミュ 

 (1913・11・7~1960・1・4)

 
 詩を逃れ、石の平和をふたたび見出すためには、他の砂漠、

 魂もすがるものもない土地が必要である。オランはそうした場

 所の一つである。
エッセー『夏』

 

   そろそろ少年時代も終わりかなと思うある夏のことだ。
なぜかオホーツクの斜里の海辺にいた。そこでカミュの『異邦人』を読んだ。
それは新潮社の文庫本で何をするにしても荷物にならない嵩と重さだった。
どういう場所でどういう本を読むかはほとんど偶然ごとであるけれども、やはり

あの夏あの海辺でカミユを読めたことは間違いなく一つの幸運であったと思う。
と言うのは、もしも雪の降る夜に暖炉の傍らでこの本を開いたとすれば(そんなことは想像
もできないことだが)、果たして最後まで読み通すことが出来たかどうか疑わしいと思うから
だ。他の作家のことはともかくとして、私にとってはカミユはそれほどまでに「夏と海の詩人」
であった。その意味は、私はカミュを政治的な立場で読んだことがないということだ。
そこで語られたことは最初から地中海を背景にした太陽についての一つの神話であった。
個人的なことを言えば、その夏を最後にして私の海辺での時代は完全に終わっていた。
それは私が経験した喪失についての最初の記憶である。後に残ったものは彷徨者の海辺
を懐かしむ感情だけである。
久しぶりに読み返してみようか。

今日、ママが死んだ。それとも昨日か、僕は知らない。養老院から電報が
きた。《ハハウエシ
ス」ソウシキアス」チョウイヲヒョウス》これでは何もわからない。たぶん昨日なのだろう。

夏の匂い、好きな街の風物、ある種の夕空、マリーの衣服と笑いなど。僕がここでしている
無用なことのすべてが、咽喉につきあげてきた。
僕はただひとつ、このお喋りが終わって、自分の独房に戻って眠ることだけが待ち遠しかった。

  今その当時のことを思い出してみると私の周囲ではムルソオさんは大変な有名人であった。
もちろん私の友達の多くは本など読むような人間ではなかったからごく限られた交際範囲の中
でのことではあるが、ムルソオさんはどこか実在の人物のようにその季節の中で振舞っていた。
あるいは、若い読者の精神状況に対してある種の支配力を持っていたと言うべきか。

ムルソオさんについて考えるということは自分の中の異邦人性を知るということである。
異邦人性とは、関係性の断絶ということである。
そういうムルソオさんを創造したカミュは私にとって『異邦人』一冊で終わる作家ではなかった。

それは思想の問題ではない。ただ海辺を懐かしむ感情はカミュ以外にそれを癒す方法を持たな
かったということだ。1977年、20代半ばの私は十勝の池田にいた。そこで私は新潮社から出版
されていたカミュの全集を買い求めた。それ以後、毎年夏になるとカミュを読んで過ごすことが
年中
行事となった。
たとえば『シーシュポスの神話』だ。そこにはこんなことが書かれてある。

 
 精神が生きてゆくのに必要な眠りを精神から奪ってしまうこの見定めがたい感覚とは、いったい、
どのようなものなのか。たとえ理由づけがまちがっていようと、とにかく説明できる世界は、親しみや
すい世界だ。
だが反対に、幻と光を突然奪われた宇宙のなかで、人間は自分を異邦人と感じる。この追放は、
失った祖国の想い出や約束の地への希望が奪われている以上、そこではすがるべき綱はいっさい
絶たれている。

人間とその生との、俳優とその舞台との断絶を感じとる、これがまさに、〔なんとも筋道の通らぬ、およ
そ理というものに反したという感覚〕不条理性の感覚である。

  私は書店へはほとんど行かないし、文芸雑誌や新聞の書評もまったく読まないのでカミュが今も読
まれているのかどうかは分からない。

もっとも、『異邦人』が刊行されたのは第二次世界大戦のさ中であったことを考えれば1949年生まれ
の私がそれを現代文学として読んだということも不思議な話ではあるけれども。
海辺を懐かしむ感情、そうしたものが無くなった訳ではないのだけれども、58歳の夏を境にしてカミュ
を読むのを止めた。
思えば長いお付き合いであった。まさかこんな別れがこようとは思いもよらなかったが。
エドワード・W・サイードを読んだ後もカミュを読み続けることは私には不可能である。

たとえ一つの神話だとしても。
問題は、その夏と海と太陽が本当は誰のものであったのかということだ。

日帝36年の朝鮮半島支配、そこにも夏と海と太陽があったはずだ。
それは誰のものなのか。
本当のことを言えば、カミユが異邦人であったのは植民地アルジェリアではなく母国フランスにおいてである。
カミユの中にある一個の植民地主義者、私にはこれが許せない。
いや、許せないのは入植者の蛮行の記録に過ぎないものをポエジーだと読み違えた私の愚かさだ。

  『不死の人』を書いたブエノスアイレスの錬金術師ホルヘ・ルイス・ボルヘスの言葉を借りて言えば、ニーチエ
が私の人生に入ってきたのは私が二十歳の時であった。以来、私はニーチエの圧倒的な影響下にあった。その
数年というものは本当に幸せな時代であった。

「人間は深淵に架けられた一条の綱である」の哲学が若い私を意味もなく奮い立たせた。
・・・・・だが、それで世界が変わるのか。
「力への意志」、それは何のために必要なのか。何故、弱くてはいけないのか。
 話を分かり易く言おう。
独りの夜、私に語りかけてくるのはモーツルトである。
私の人生にはワーグナーもベートウベンもいらない。
ピアノ協奏曲第20番ニ短調・K466、この曲を聴いたあと、私はニーチエを読なくなった。すなわちニーチエと
の別れである。

 誰かが言った。「静かなることを学べ」と。
もし、太陽や海や夏についての神話が必要ならば、私はそれを私の手で作らなければならない。
それはおそらくは、「螺旋をえがいて疾走する名づけようのない哀しみ」といったものだろう。
詩が最も音楽に近づいたのはランボーの奇跡である。

アマデウス、神々に愛された男。永遠。

  入植者の息子であったカミは立派なフランス人に成りたかった。フランス文化圏の中で精神的な指導者に成りたかった。
 私は、この事を批判しているのではない。ただ思うに、サルトルはフランス人で在ることに何の意味も価値も認めなかった。
 ここにカミの文学の限界がある、私にはそう思えてならないのだが、だからこの先もカミを開くことはない。



        「日本はどんな国だ?」

          2020・7・15(水) 

     12日、羽田空港に到着した米軍関係者3人はPCR検査で陽性が確認されたが、検疫結果を待たずに岩国基地
    (山口県岩国市)に移動したということだ。現在、米国からの入国は原則禁止されているのだが、日米地位協定で
    米軍は出入り自由なため、日本の当局には入国拒否も、隔離措置を取る権限もないということだ。
     米国防省は3月30日、基地や部隊ごとの新型コロナ感染状況を非公開とする指針を公表した。すると、日本政府
    はこれを口実に、米側に感染状況の公表を求めることを諦めた。何たる従順、へつらい、奴隷根性、これが独立国
    のやることか。在沖縄米軍基地では14日までに100人の陽性が確認されている。本土では7基地で感染が確認さ
    れていが、人数や所属部隊、行動履歴、感染経路など詳細はほとんど明らかにされていない。属国の哀しさ、卑しさ、
    出鱈目さが隠しようがない。この行動自由の細菌部隊をまだ「米軍は抑止力である」と言うのか、寒気がするね。
     韓国では、在韓米軍司令部は基地内の感染状況について、所属部隊や感染者の属性、感染経路、隔離場所にい
    たるまで詳細に公表している。
     日米関係と韓米関係の違いは何か。同じ同盟関係と言ってもこの温度差は何を意味しているのか。
    簡単に云えば、隷属と対等の違いだということは小学生にでも分かる。米軍は韓国では友人としての礼節を守る、しか
    し日本では属国の宗主国として傍若無人に振る舞う、何故こうなるのだろう。そして、この事実に日本の右翼は目をつ
    ぶる、これが不思議でならない。
     世界に目を向けると不思議なことはまだある。
    医療に関することでもこれが同じ先進国と呼ばれる国のこととは信じられない出来事がニュースとなる。
    日本では「医療機関3割が一時金減額」ということだそうだ。医労連の調査によると、以下の通りだ。

     日本医療労働組合連合会(日本医労連)の夏季一時金に関する調査で、昨年と比較可能な354の医療機関のうち、
    122機関(34・5%、支給月数ベース)が減額、2機関が「支給なし」と回答していることが分かりました。
     大幅減額は、東京都や神奈川県、大阪府など新型コロナウイルス患者が多い都市部に多く、感染患者受け入れ体制
    費用、受診抑制による大幅減収が経営を直撃しています。

    これは第一面の、左側上の記事だが、その下はフランス発のニュースだ。

       仏は医療者賃上げ  政府と労組が合意
    
フランス政府と労組は13日、新型コロナウイルス感染症の治療に当たってきた医療労働者の賃上げで合意しました。
    総額81億ユーロ(約9800億円)で、看護師などに対し平均月額183ユーロ(約2万2000円)の賃上げとなります。
    ストやデモを続けてきた医療労働者の運動の成果です。【中略】カステックス首相は「(新型コロナの)大流行とのたたか
    いの最前線に立ってきた人への評価」だと述べました。

     日本とフランスのこの違いは何だ。日本は本当に先進国なのか。
    良く分からないが、ただ一つはっきり言えることはある。
    世界広しと言えども、政府が各家庭に2枚の汚れたマスクを郵送して、これで自分の身を守れと突き放した国は日本一国
    だけである。あゝ無情、か。
     ヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』とは「悲惨な人々」「哀れな人々」を意味する。
    尊厳なき国家、倫理なき国家、自由なき国家、―――そういう国で今、私たちは生きている。
    
韓国は誇り高く、恥を知る国、フランスは「自由・平等・博愛」を掲げる国、それでは日本はどんな国だ?

     感染者数 23,032人
        死者数    984人
            (15日現在)





         「盛夏・凡愚凡日」

          2020・7・14(火) 

      今朝は朝から重労働、昨日作成した「暑中お見舞い」を100枚プリント・アウトし、それを四つ折りにして宛名の
     書いた封筒に収め、町外へのもの30通は郵便局へ、町内の友人諸氏には30通ほど車で配り歩いた。まだ40
     通は残っている。残りは後日だ。今週中には終わるだろう。
       例年ならば50通ほどで足りるのだが、今年はコロナのせいで「九条の会」の活動が休眠を余儀なくされ、だか
     らといって只指をくわえて静観しているわけにもいかず、それで暑中お見舞いの枚数が増えた。
     例によって、編集長・印刷工・郵便配達人の一人三役である。これで1時間の大仕事は終わった。暇な男だね。
     もっと他に年相応の粋な遊びは知らないのかね。例えば、詰め将棋を楽しむとか、例えば、俳句をひねるとか、ど
     うも私のやることは全て風雅の誠からは程遠い、人間の出来が「雑」なのだろう。今更ながらにして父母を恨んで
     も罰当たりというものだ。この世に生んでくれただけでも、また育ててくれただけでも感謝しなければなるまい。
     父の恩は山よりも高く、母の愛は海よりも深いと言うではないか、まあ、あまり実感はないけれども、どこまでいっ
     ても親不孝なイワンの馬鹿である。
      次にメール友達への転送作業に取り掛かったのだが、何とパソコンからメール・アドレス帳が消えているでは
     ないか、これもいつものごとく原因が分からない。50人の友人・知人の住所が突然消滅、悪い頭であれかこれ
     かと色々と試みるが、何をやっても無駄だということは自慢ではないが、やる前からご本人が一番良く知っている。
     電脳音痴の哀しさよ。ここでも父母を恨むが、なに、この無知無能は長きに渡る無宿渡世の自業自得というもの
     である。そんなこんなで転送作業は中止、他にやることがないので広大な農園の管理に移った。
     小松菜は水をやり過ぎたのか大松菜となっている。水菜も大群で成長している。ホウレン草も庭の一筋を埋め尽く
     し始めた。なるほどね、ウリアム・モリスが言った「労働の報酬は歓びだ」というのはこのことか。これで我が家は
     毎日が収穫祭だ。かくていかなる理由があろうとも、あるいはなかろうとも、私は酒と薔薇の日々を生き抜くのである。
      午前10時、恒例のお茶会に出かけた。部屋に上がる前に福盛田家の花壇と菜園を暫し見学した。
     御当主の勉さんは私の様な日曜農夫ではないから、その庭造りは本格的というか、隅積みまで手が行き届いてい
     て徹底している。その風景は、繊細にして華麗、御当主の人柄を余すところなく表現している。
     菜園はすべての品種がほどよく成長しており、花壇は実に色彩豊かで目を楽しませてくれる。この家の庭には季節
     感がある。これを現出させているのは御当主の知識と経験である。勝てないね。まあ、いいか。
      12時、家に帰って、彩りの貧しい我が農園に悔し涙で水を撒く。時間にして3分弱、額の汗をぬぐうあの美しい
     農耕神話はどこへいったのか。常に、また何事によらず、熱情過剰にして能力貧困、憐れむべし、スリキリワビの
     悪戦苦闘の顛末記で事は終わる。
      午後1時、ジイサンとバアサンの「枯葉のデート」の時間だ。
     今日は我が町星置にあるお食事処「清田」さんの暖簾をくぐった。この店は昼は大衆食堂で、夜は居酒屋となる
     業態で、どちらも評判は良い。先日、ある人が「清田」さんの醤油ラーメンは昔風で、これが絶品だと教えてくれた
     ので、今日の初詣となったのだが、最初にスープを一口運んだとき、勝負あった。その味は淡泊にして芳醇、比較
     するものが思い当たらない。
      バアサンは豚肉の生姜焼き定食を頼んだ。横目でちらっと見ると、これがまた大変美味しそう、味は分からぬけ
     れども、盛り付けの仕方に亭主のセンスの良さが感じられた。五色・五味・五法の世界である。
     余程腕の立つ和食の職人さんなのだろう。この店にはこれからたびたび来ることになるだろう。
      6月16日・火曜日の西友の中の蕎麦屋さん、22日・月曜日も早朝の喫茶店「コメダ」、30日・火曜日の「吉林」の
     ラーメン、7月7日・火曜日の大衆食堂「吉野家」、そして今日の「清田」さん、ジイサン(70歳)とバアサン(54歳)の
     「枯葉のデート」とは美食散歩のことか、美味礼賛、なんにせよ夫婦仲が良いことは幸せなことだ。
      午後4時、この一週間書き溜めた「ハック・フィン協奏曲」を三部プリント・アウトして大型封筒に収めて、また郵便
     配達人となる。届け先は塩谷昭子さん、稲穂地区の金田幸雄さん、そこからまた星置に戻って小坂亨子さん、この
     3人がいるから「ハック・フィン協奏曲」は今日まで書き続けることができた。感謝。
     ここでは誰に気兼ねすることもなく遠慮することもなく私はモンテーニュの訓えに従って自分の思うことを述べる。
     モンテーニュはこう言った。

    私は私の意見を述べる。それがよい意見だからではなく、私自身の意見だからだ。

      そういう我が儘な戯文だが、私は余談・蛇足・漫談の饒舌とは付き合わない。この意味は、文章及び発言におい
     ては無味乾燥の自己顕示を嫌うということだ。



           「暑中お見舞い申し上げます」

         2020・7・13(月) 

        暑中お見舞い申し上げます

            

     

 

      古京はすでに荒れて、新都はいまだならず、

ありとしある人は皆浮雲の思いをなせる。

鴨長明 『方丈記』から。

 
   
コロナの時代の中でもがきながら、コロナ後の世界について考える。

     自由とは何か、平等とは何か、博愛とは何か、もう自発的隷従の世界に後戻りすることは
   許されない。

     声を上げよ、拳を握れ、怒りをもって立ち上がれ、そして悪政を撃て。

    炎暑ことのほかきびしい中、皆様お変わりなくお過ごしでいらっしゃいますか。
    日頃よりいろいろとお世話になりながらも、ご無沙汰しておりまして申し訳ございません。
    この暑さはまだしばらく続きそうです。皆様くれぐれもご自愛くださいませ。

         

         星置9条の会    中本 雪人  

 




        「人間の静かなる大地」

           2020・7・12 (日)

     安倍晋三の子分に萩生田光一(はぎゅうだ こういち)という男がいる。所属は細田派、56歳の衆議院議員だ。
    自民党の政治家としての実績は何もないが、長州屋安倍一家の直参としての実績はそこそこあって、それだけで
    文部科学大臣になれた。そんな男だから党内での実力者という訳ではないが、親分が健在の内は「虎の威を借る
    狐」の虚像をもって度々世間を騒がせてきた。元より政策通でもなければ一般的な常識も持ち合わせていない軽薄
    才子であるから、その発言は限りなく軽く、常に市民や当事者の神経を逆なでして、数日後には撤回もしくは陳謝
    に追い込まれる。この繰り返しであるが、未だに引退することもなくぬくぬくと肥え太って醜態を曝して恥じることを
    知らない。
     政治評論家の有馬晴海は「萩生田氏は安倍首相が白いといえば黒でも白というほど忠誠心が厚い。」と褒めて?
    いる。その肥満の狐に関する最新のニュースだ。昨日の朝日新聞はこう報じている。

        アイヌ差別の歴史、萩生田氏「厳粛に」 前日の発言釈明    7月11日

     萩生田光一・文部科学相は11日、北海道白老町に12日に開業する先住民族アイヌの文化の発信拠点「民族共生
    象徴空間
」(愛称ウポポイ)の記念式典に出席後、記者会見し、アイヌの人々が受けてきた差別の歴史について「我
    が国が近代化される過程において、アイヌの皆様が差別され、貧窮を余儀なくされたという歴史的事実を厳粛に受け
    止めなければならないと認識しております」と述べた。
     
萩生田氏は10日の閣議後会見で、こうしたアイヌの歴史について「かつて原住民と新しく開拓される皆さんの間で、
    様々な価値観の違いがきっとあったと思う。それを差別という言葉でひとくくりにすることが、後世にアイヌ文化を伝承
    するためにいいかどうかは、ちょっと私は考えるところがある」などと語っていたが、事実上釈明した。  一方、11日の
    会見では、「困難な時代を越えてきたアイヌの人たちがいたことも事実。そういったことも正しく伝承しながら、アイヌ文
    化の素晴らしさを国内外、世界に発信する施設として大いに活躍していただきたい」などと述べた。

     価値観の違いとはどういう意味なのか、仮にもしそういうものがあったとしても、それがどうして差別を正当化する理
    由と成り得るのか。民族の、もしくは地域固有の価値観は、固有の歴史と文化によって形成されるのであって、このこ
    と自体に他の価値観との比較において優劣を含むものはなく、従って、価値観の違いが侵略や支配や差別を正当化
    出来ると言うのは非論理的な優生思想に基づく歴史修正主義というものである。
     萩生田の発言の異様なところは、「原住民」という言葉を何の疑問もなく平然と使っていることである。この感覚は戦
    前のヤマトンチュ(日本本土)が沖縄に対して持っていた優越意識と根は同じものである。
    南ではウチナンチュ(琉球人)対ヤマトンチュ、北ではアイヌ対和人、この図式は、明治国家の対外政策の第一歩であ
    る内国植民地獲得が必然的に生み出したところの「差別と同化」という経営原理である。この観点から見る時、初めて
    価値観の違いが差別を正当化するのである。ただし、ここには暴力の問題が必ずつきまとう。萩生田の発言が持つ問
    題点は、彼が時代錯誤な帝国主義者の妄想の中に生きていることを端無くも露呈しているということである。
    正しくは、アイヌは「原住民」ではなく「先住民族」と言うべきである。「原住民」というのは、ヨーロッパから見てのアジア・
    アフリカ・南北アメリカの異人種のことであり、ここには文化的劣悪性の意味が含まれている。これをサイードは「オリ
    エンタリズム」と厳しく批判したのだ。
     1903年に大阪・天王寺で開かれた第5回内国勧業博覧会に「学術人類館」と呼ばれる建物(見せ物小屋)があった。
    そこではアイヌ・台湾高砂族(生蕃)・沖縄県(琉球人)・朝鮮(大韓帝国)・清国・インド・ジャワ・バルガリー(ベンガル)・
    トルコ・アフリカなど合計32名の人々が民族衣装姿で一定の区域内に住みながら日常生活を見せる展示を行っていた。
     2016年10月18日、沖縄県の米軍北部訓練場のヘリコプター離着陸帯(ヘリバット)移設工事の警備に当たっていた
    大阪府警の機動隊員2人が、工事反対派の人に「土人」「シナ人」と発言した。
     2人の機動隊員は、「泥だらけの人を見た印象が残り、つい口にした。土人の意味は知らない」と釈明。もう一人は「反
    対派と対立する人たちが言い合いをする中、『帰れ、シナ人』と聞こえたので、つい乗ってしまった」と話し、2人とも「本当
    に申し訳ない」と謝罪したが、これが謝罪の言葉と言えるのか。
     太った狐・萩生田には過去にも差別主義者としての発言があった。これも記憶に新しいところだ。
    2019年10月30日の毎日新聞の社説がこの問題を取り上げている。

         萩生田氏・身の丈発言 「本音」が不信増幅させた
      教育行政の理念に関わる問題と捉えねばならない。 来年度から始まる大学入学共通テストの英語民間検定試験に
     ついて、萩生田光一文部科学相が「自分の身の丈に合わせて勝負してもらえれば」と発言し、撤回に追い込まれた。
      検定試験は7種類ある。高校3年時にその中から2回まで受験した成績が志望大学に提供される。それまでに「練習」
     で受けられる回数に制限はない。試験によっては検定料が高額だったり、会場が都市部に偏ったりする。このため、経
     済、地域格差が生じると指摘されている。
      発言は民放のテレビ番組で飛び出した。「裕福な家庭の子が回数を受けてウオーミングアップできるようなことはある
     かもしれない」と認めたうえで、「そこは自分の身の丈に合わせて2回を選んで頑張ってもらえれば」と語った。
     問題はまず、新制度が受験生の格差を拡大しかねないことを事実上容認している点だ。

       最後に海外のニュースを一つだけ転写しておく。

           米最高裁 先住民居留地と認定
        オクラホマ州の東部地域
    一定の自治権与えられる

      【ワシントン=遠藤誠二】米連邦最高裁判所は9日、南部オクラホマ州の東部地域が先住民居留地にあたるとの判決
     を下しました。これにより、同地域に住む先住民は一定の自治権が与えられ、州税支払いの義務はなくなります。また、
     犯罪の起訴も州政府ではなく連邦政府が担当することになります。
      裁判は東部地域でのレイプ事件についてのもの。州法が適用されるべきではなく、先住民居留地として、居留地の部族
     か連邦が管轄すべきだとして争われていました。州法不適用に賛成5対反対4で、リベラル派の4判事に加え、保守派の
     ゴーサッチ判事が賛成に加わりました。ゴーサッチ氏は、トランプ大統領が任命した判事ですが、司法の独立を守ったかた
     ちです。
      オクラホマ州東部の広大な土地が、ムスコギ(クリーク)ネーションと、チェロキー、チカソー、チョクトー、セミノールの五つ
     の部族の先住民居留地として位置付けられます。同地域は州第2の都市タルサを含み、州民180万人が暮らし、先住民
     はうち15%を占めます。オクラホマ州は原油の生産で全米4番目の州ですが、多くの採掘場やパイプラインが東部地域に
     あります。
      ムスコギはもともと、オクラホマ州より東のジョージア、アラバマ両州などを基盤としていましたが、迫害でオクラホマなど
     の諸州に強制的に移住させられました。さらに1907年にオクラホマが州に昇格した時に、連邦議会はムスコギの住んで
     いた居留地を法的に廃止。強制移住にあたり連邦政府が約束した居留地の地位が反故(ほご)にされた経緯があります。
      ゴーサッチ判事は判決文で、「連邦政府が約束したことを守らせる」と断言しました。
     ムスコギ(クリーク)ネーションは9日、「判決は、われわれが確立した自治権と領地を維持することで、祖先の名誉が守ら
     れた」との声明を発表。同時に、今後、「連邦、州政府の法的執行機関と、地域における治安の維持について引き続き取
     り組んでいく」と表明しました。
      オクラホマ州のハンター司法長官と5部族の代表は判決を受けて、「オクラホマ州と先住民居留区は治安維持と長期に
     わたる経済発展にむけた共通の強い誓約を持っている」との共同声明を発表しました。


    ※ 北海道の名付け親は松浦武四郎(1818年~1888年)である。幕末から明治にかけての探検家、浮世絵師、著述家。   
       「北加伊道」という名前を考案した。雅号は、北海道人。
    ※ アイヌモシリとは、アイヌ語で「人間の静かなる大地」を意味する言葉。対となる語はカムイモシリ(神々の住まう土地)。
       アイヌ民族は自分たちの生活圏をアイヌモシリと呼んだ。北海道、樺太南部、千島列島などがアイヌ文化圏である。


 
          「ベルリン会議」

            2020・7・11

   
   大西洋三角貿易
  欧州、西アフリカ、西インド・北米の三角貿易(奴隷貿易)
 三角形の頂点にあたる地域は、ヨーロッパ西アフリカ西インド諸島の3地域。
 にあたる貿易ルートはヨーロッパの船による一方通行となっており、また、特定
 の海流に乗っている。

  カナリア海流:ヨーロッパ → 西アフリカ(繊維製品ラム酒武器
  南赤道海流:西アフリカ → 西インド諸島など(奴隷『“黒い積み荷”』)
  メキシコ湾流北大西洋海流:西インド諸島など → ヨーロッパ(砂糖綿『“白
  い積み荷”』)
                 砂糖・銃・奴隷の三角貿易


     今日の新聞の第3面は、「奴隷貿易・植民地主義を告発」と題して、ジョージ・フロイド殺害事件以後のヨーロッパ
    の動向を「根強い人種差別に反対 欧州に広がる」と、その歴史的背景を踏まえながら詳しく伝えている。
    これまでのところ世界史とは、ギリシャ・ローマを起源とする文明史であって、それはヨーロッパ内部における覇権
    の北上の歴史であり、この文明は最終的には近代に入って国民国家の誕生ということになるが、ヨーロッパ中心主
    義という価値観と世界観に変化があった訳ではなく、世界は常に「文明対非文明」という二項によって解釈され続け
    てきた。そして、ヨーロッパ文明の優越性はキリスト教に求められ、また教会はその正当性を保障し、侵略・分割に
    よって作られた境界線や国境を「神の意思」の実現として承認し、これを文明の伝道として美化し、肯定してきた。
     アメリカはそうしたヨーロッパの拡張主義が生んだ新興国であり、従って、その価値観や世界観には何も新しいも
    のはなく、基本的には大航海時代の神話を受け継ぐ白人至上主義である。
     パクス・アメリカーナが始るのは第二次世界大戦終了後であるから、それ以前は7つの海に君臨する大英帝国の
    時代であった。それが世界史的に見てどういう時代であったのか、ここに今日の問題の根がある。
     新聞が掲載する論文の書き出しはこうである。

          英・ベルギー・仏でも
     
英国・南西部の港町ブリストル。リバプールと並び、かつて奴隷貿易で栄えた都市です。6月7日、デモ参加者が
     奴隷貿易商人、エドワード・コルストンの銅像を港に投げ込みました。
      コルストンは、17世紀終わりから18世紀初めまで8万人の奴隷をアフリカから送り出した「王立アフリカ会社」の
     幹部。「王立アフリカ会社」には、英王室や行政当局の主要人物が株主として名を連ねていました。

      では奴隷貿易とは何かということだが、論文の先へ進む。

          利益追求へ搾取継続
      
欧州諸国は、奴隷貿易や植民地から搾取した巨額の富によって、利益をあげました。スウーデンのイエーテ
      ポリ大学のクラス・ロンバック教授の試算によると、1800年までの大西洋三角貿易で英国が得た利益は、関連
      産業も含め当時の英国GDP(国内総生産)の11%を占めるまでに達しました。これが18世紀半ばの英国に端
      を発する産業革命へとつながります。

           奴隷貿易の実態
       
英国は17世紀、アフリカに運んだ武器や雑貨などを、黒人奴隷と交換。北アメリカやカリブ海植民地に送り込
      み現地の農園主に「商品」として売却。さらに砂糖、綿花、タバコなどを本国に運び、莫大な利益をあげました。
      いわゆる「大西洋三角貿易」です。
   

     リバプールと言えば、ビートルズを思い出すが、恥ずかしいことだが、その都市の歴史については今日まで何も知ら
    なかった。隣町のマンチェスターはリバプールの奴隷商人たちの投資により、産業革命を牽引する工業都市へと大き
    く発展しました、ということだ。つまり、イギリスで産業革命が起こった要因の一つとして、三角貿易による利益と富の
    蓄積があったということだ。
     西川尚武さんという人のサイト「マンチェスターの栄光と没落そして再生」から引用する。

    「大英帝国は黒人奴隷をどのようにて、アフリカ大陸の奥地からだまし・拉致してきたのでしょうか。実は、赤く染めた
   インド製綿キャラコを黒人部落周辺に仕掛けて置いて、黒人を巧妙に海岸までおびき寄せ強引に強制拉致していたの
   です。
やがて奴隷貿易で必要な赤く染めたインド綿キャラコは、インドから輸入する量だけでは需要に応じきれなくなり、
   英国自らが原綿を輸入し綿製品を自国で生産する必要が生じてきたのです。三角貿易で儲けたリバプール港大商人
   達は莫大な資本を隣町マンチェスターに綿製品を自国生産する工場や機械に投資し、マンチェスターを綿繊維工業の
   中心地にさせたのです」。


    『リバプールとマンチェスター 世界史小ネタ』というサイトには次のように書かれている。

     「小さな漁村にすぎなかったリバプールは、17世紀末から突如膨張し始めます。理由は「奴隷貿易」。アフリカの奴隷
    を買い付け、新大陸に売り飛ばす。このビジネスのうまみを知った村の人々はたいした持ち合わせがなくても争って奴
    隷商の看板を掲げたとか。村は瞬く間にフランスのマルセイユやナントと並ぶ、有数の奴隷貿易港に発展しました」。


     どうやら呑気にビートルズを聴いている場合ではなくなったようだ。
    また別なサイトでは、有名な讃美歌「アメージンググレース(素晴らしき恩寵)」についての書き込みもあった。

     『アメージンググレース』は、奴隷貿易船の乗組員だったジョン・ニュートン(1725~1807)が作詞したものです。
    30歳のとき、ジョン・ニュートンは病気をしたことで船乗りを辞め、リバプールの潮流調査官を1755年から5年間務
    めました。その後、聖職者としての道を歩み、詩人のウリアム・クーパーと共同で書き上げた讃美歌を、1779年に
    「オルニー讃美歌集」として発表しました。

    1884年~85年(日本は明治17年)、ベルリンでヨーロッパ列強による国際会議が開かれた。
   主催したのはプロシャの鉄血宰相ビスマルク、議題は、アフリカ分割の調停及び植民地化の原則の取り決め。
   参加した14カ国は、イギリス・ドイツ・オーストリア・ベルギー・デンマーク・スペイン・アメリカ・フランス・イタリア・オランダ・
   ポルトガル・ロシア・スウーデン・オスマン帝国。会議は100日間以上にわたって行われ、全7章、38条からなる協定
   を締結して終了した。
    第6章において、アフリカ沿岸部における植民地化の原則が確認された。以下に示すのはその原則の根幹となる2つの
   条項である。

   1 占領が認められる条件はヨーロッパ人の活動(通交・交易)を保障できる実効支配が行われていることが必要である。
   2 ある地域を最初に占領した国がその地域の領有権をもつという先占権をもつ。(沿岸部を占領した国が内陸部の併合
     も認められる)

    この協定の締結以後、アフリカを植民地化する場合は、ベルリン協定調印諸国にその内容を通告し、会議で確認された
   原則を遵守することが求められた。この会議を契機として列強のアフリカ分割は本格化し、列強間の調整を通じた地図上
   での植民地分割が行われていった。
    この会議でベルギー国王のレオポルド2世のコンゴ盆地の私的支配が承認された。
   アフリカは「主のない土地」とされ、列強によって分割されたのである。

    この会議について赤旗の論文は次のように書いている。

    1885年のベルリン会議では、アフリカの人々の意思を無視して、欧州の列強がアフリカを分割。現地資源の略奪や
   現地住民の搾取、生活文化の破壊を進めました。この行為を正当化するために、白人を最も優れた種族と位置付ける
   白人至上主義の考え方を広めます。有色人種は白人より劣っているため、白人による文明化や支配が必要だとする考
   え方です。この人種主義的な考え方は現代にいたるまで根強く残っています。

    マルコム・X、この名前を覚えている人はまだいるだろうか。
   出生名はマルコム・リトル、1925年に生まれて、1965年に暗殺された。39年の短い生涯だった。
   公民権運動は前進している、という主張に対してマルコムは次のように答えた。

       白人は黒人の背中に30cmのナイフを突き刺した。
       白人はそれを揺すりながら引き抜いている。
       15cmくらいは出ただろう。
       それだけで黒人は有難いと思わなくてはならないのか?
       白人がナイフを抜いてくれたとしても、まだ背中に傷が残ったままじゃないか。




      「ローマの休日」

         2020・7・10 

    昨日の新聞のいくつかの記事は日本人とは何かということ、また日本人が忘れてしまったものは何かという
   ことについて考えさせられるものであった。先ず、そのいくつかの記事を転写する。

    「1」    サーロー節子さん 各国首脳に手紙
                     「核兵器禁止条約 批准を」

    広島市出身の被爆者で、カナダ在住のサーロー節子さん(88)は、世界197カ国の首脳に核兵器禁止条約の
   批准や推進を求める手紙を送りました。ノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(I
   CAN)の被爆75年キャンペーンの一環として、ICANを代表して書いたものです。
    安倍晋三首相にあてた6月24日付の手紙は、唯一の戦争被爆国の日本政府が禁止条約への署名・批准を拒
   んでいることは「被爆者の一人として裏切られた気持ち」と批判し、被爆75年にあたって政策を転換し、禁止条約
   への署名・批准に取り組むよう求めています。
    手紙はまた、13歳での被爆体験をつづり、「非人道的、非道徳的で残酷な私たちの体験を他の誰一人にもくり
   返させてはならない」と強調。「日本が、自国の安全のためには核兵器による保護が必要であると恥ずかしげもな
   く公言し続けることは、核兵器廃絶のために行われているあらゆる努力を台無しにするものです」と指摘し、「日本
   は、自らの歴史的、世界的、道徳的責任を自覚し、核兵器に依存した政策と決別しなければなりません」と訴えてい
   ます。

   「2」      豪雨災害 二重の打撃「心折れる」
                衆院委・塩川氏 従来以上の支援を

     日本共産党の塩川鉄也議員は8日の衆院内閣委員会で、コロナ禍で大きな影響を受けた事業者が梅雨前線
    豪雨災害でも甚大な被害を受けるという二重の打撃を受けている実態を示し、従来の対策にとどまらない支援策
    をと強く求めました。
     塩川氏は、党国会議員団の現地調査でも、大分、熊本両県の温泉地では、新型コロナウイルスの影響で停止し
    ていた予約の受け付けを再開した直後の被災で「心が折れそうだ」など悲痛な声が寄せられたと紹介。コロナと水
    害の二重の打撃のもとで事業者を励まし、営業再開を後押しするため、「過去に実施した支援策はもちろん、従来
    の対策にとどまらない支援策を行うべきだ」と主張しました。

    「3」          パンデミックで極度の貧困    有効な対応は「税の公平」
                  国連特別報告者 各国政府に要求

     国連人権理事会のデシュッター「極度の貧困と人権」特別報告者は7日、同理事会に報告書を提出し、「富の再
    分配をより大幅に行わないなら、ただ経済が成長しただけでは貧困に有効な対応はできない」と指摘、各国政府に
    「税の公平」を求めました。
     報告書は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)のために1億7600万人以上の人たちが極度の貧
    困に追いやられているが、貧困や不平等、人命の軽視に対する国際社会の取り組みは以前からひどかったと批判。
    世界の指導者や経済学者が貧困対策を「自画自賛」しても「現実には数十億の人にはチャンスがなく、限りなく冷遇
    され、直面する必要のない飢餓や予防可能な死に直面し、基本的な人権もない」と訴えました。
     「世界経済は冷戦終結以来、倍加したが、今も世界の半分は1日5・5ドル(600円弱)で生活している。経済成長
    の恩恵はほとんど最富裕層の手にわたっているのが主要な要因だ」と告発しました。
     政府が社会保護政策に必要な予算を確保するためには、税の公平が重要だと強調。2015年には、多国籍企業
    が推計で40%の利益をタックスヘイブン(租税回避地)に移す一方、世界の法人税率は1980年の平均40・38%
    から、2019年には24・18%に落ち込んでいると指摘しました。

     「4」       民主主義冒涜の犯罪
                   衆院委・塩川氏 選挙買収を批判

      日本共産党の塩川鉄也議員は8日の衆院内閣委員会で、河井克行・案里両議員の大規模買収事件について
     「選挙買収は、カネの力で選挙の公正をゆがめるものであり、民主主義を冒涜(ぼうとく)するものだ。選挙違反の
     中で最も悪質な犯罪だ」と批判しました。
      塩川氏は、河井夫妻が昨年の参院選前に首長・地方議員らに現金を配っており、このような選挙買収事件は、
     国民の不信を招く行為であり、「選挙前にカネを配ることはしないといえるか」と追及。西村康稔経済再生担当相
     は「疑念をもたれた政治家はそれぞれが説明責任を果たしていく」「公正な選挙が何より大事だ。法にのっとって
     適正に活動し、選挙で選んでいただく」と従来通りの答弁しかしませんでした。
      塩川氏は、自民党本部から河井夫妻に提供された1億5000万円のうち、1億2000万円が税金を原資とする
     政党助成金との報道もあり、資金を提供した自民党の説明責任に言及。「説明責任との答弁があったが、自民党
     総裁としての安倍晋三首相の責任が厳しく問われる」と強調しました。

     「5」        アイヌ政策 前進さらに
                      議連が総会 紙氏表明

      超党派の国会議員でつくる「アイヌ政策を推進する議員の会」は8日、国会内で総会を開き、12日に開業する国立
     施設「民族共生象徴空間」(ウポポイ)の成功にむけて議論しました。日本共産党の紙智子参院議員が出席しました。
      紙氏は、議連の目的は党派を超えてアイヌ民族の権利を進めることにあると発言。アイヌ新法成立から1年がたっ
     たとして、「ウポポイ開業後も、引き続き政策を前に進めるために努力をしていきたい」と表明しました。
     吉川貴盛会長(自民党衆院議員)があいさつしました。

     「6」        新基地へ土砂搬出許されぬ
                 玉城氏 元激戦地から調達可能性    沖縄県議会

      日本共産党の玉城ノブ子沖縄県議(糸満市区選出)は8日、県議会代表質問に立ちました。沖縄戦の実相の全県・
     全国への発信と継承が「今こそ大事だ」と訴え、沖縄戦最後の激戦地となった糸満市からの、同県名護市辺野古の
     米軍新基地建設のための埋め立て土砂の搬出は「許されない」と強調しました。
      玉城県議は、75年前の沖縄戦の実相について改めて質問。名渡山晶子県子ども生活福祉部長は、旧日本軍が
     本土決戦を遅らせるための作戦を取ったことで「軍民入り乱れた戦場となり、住民が逃げ場を失ったことも犠牲者を
     多くした要因」と答弁しました。
      玉城県議は、糸満市の採石場から埋め立て土砂を調達する可能性が高いとする報道を紹介し「(犠牲者の)血が
     染み込んだ糸満の地から、戦争のための基地を造る土砂を辺野古に搬出することは絶対に許せない。知事は断固
     として反対すべき」だと迫りました。
      玉城デニー知事は「県民の(反対の)民意を尊重し、新基地は造らせないという決意で取り組む」と改めて表明しま
     した。
      玉城県議は、中学卒業までの医療費完全無料化を求め、大城玲子県保健医療部長は、今年度中に実施時期など
     の「方向性を示したい」と答えました。

     「7」       普天間 米軍属5人感染
                    沖縄県、情報提供求める

      米軍普天間基地(沖縄県宜野湾市)で複数人の米軍属の新型コロナウイルス感染症への感染が7日に確認された
     ことについて、同県の大城玲子保健医療部長は8日の県議会本会議で、感染した軍属は5人だったことを明らかにし
     ました。日本共産党の渡久地修県議団長の代表質問に回答しました。
      米海兵隊は、感染者と濃厚接触者には隔離措置がとられ、現在、感染源を調査中としています。沖縄防衛局によると、
     同基地では日本人従業員218人(5月末時点)が働いています。本会議で大城部長は、日本人従業員に接触者がいる
     か、県民との接触があるかなど引き続き米軍側に情報提供を求める考えを示しました。
      県内では、4月30日を最後に今月7日まで68日連続で感染者ゼロが続いていましたが、8日に40代男性1人の感染
     が確認されました。
      米軍関係では、3月に米空軍嘉手納基地(同県嘉手納町など)所属の米兵や家族ら3人の感染が確認され、今月2日に、
     キャンプ・マクトリアス(同県うるま市)に駐留する海兵隊員の家族1人の感染が発表されたばかりです。
      米軍は日米地位協定により日本の出入国審査を受けず、日本の検疫が及ばないまま基地から自由に出入国でき、米
     軍人や軍属、家族らによる日本国内へのウイルス持ち込みが懸念されています。

       サーロー節子さんは「歴史の証人」であり、また数少ない「日本の良心」と呼ぶべき存在であり、その知性が呼びかける
      世界観は普遍性とは何かということを教えるものだ。戦後75年、私たちは大事なことを忘れることによって今日の繁栄
      に辿り着いた。しかし、その繁栄というものには実態がない。
       国境なき記者団が発表する「世界報道自由度ランキング」によれば、2015年は日本は61位である。つまり、言論・報道
      の自由がない国ということである。天皇制独裁下の戦前は大本営発表以外に事実というものはなかった。戦後75年経っ
      た今、このことは解決されたのか、先に取り上げた7つの記事を読むかぎり答えは出ているようだ。
       『メディアとテロリズム』の著者である福田充(ふくだ みつる)は、こう語っている。

        2011年の東日本大震災と福島第一原発事故の発生の後、2012年のランキングでは22位に下落、2013年には53位、
       2014年には59位を記録した。そして今年2015年にはついに過去最低の61位までランキングを下げる結果となった。
       自由度を5段階に分けた3段階目の「顕著な問題」レベルに転落した状況である。
             なぜ日本の順位は後退したのか?
        世界報道自由度ランキングのレポートでは、日本の順位が下がった理由を解説している。ひとつは東日本大震災によ
       って発生した福島第一原発事故に対する報道の問題である。例えば、福島第一原発事故に関する電力会社や「原子力
       ムラ」によって形成されたメディア体制の閉鎖性と、記者クラブによるフリーランス記者や外国メディアの排除の構造など
       が指摘されている。
        戦争やテロリズムの問題と同様に、大震災や原発事故などの危機が発生したときにも、その情報源が政府に集中する
       ことにより、「発表ジャーナリズム」という問題が発生する。政府が記者会見で発表した情報をそのまま鵜呑みにして報道
       する姿勢である。また、同様に戦場や被災地など危険な地域に自社の記者を派遣しないで、フリー・ジャーナリストに依存
       する「コンプライアンス・ジャーナリズム」の問題も重要である。メディアとしての企業コンプライアンスによって、危険な地域
       に自社の社員を派遣できないという状況から、危険な地域に入るのはフリー・ジャーナリストばかりになるという構造的問題
       である。

        こういう社会では本当のことは報道されない。常に事の本質は覆い隠され、権力によって都合の良い仮定の状況の上に
       言説は組み立てられ、それが事実であるかのごとく報道され、垂れ流される。こうした誘導は、国家的な洗脳である。
       「パン(食料)」と「サーカス(娯楽)」によって国民は政治的盲目に置かれる。愚民政治である。

        …我々民衆は、投票権を失って票の売買ができなくなって以来、 国政に対する関心を失って久しい。
       かつては政治と軍事の全てにおいて権威の源泉だった民衆は、 今では一心不乱に、専ら二つのものだけを熱心に求める
       ようになっている― すなわちパンと見世物を…
                             ユウェナリス『風刺詩集』第10篇77-81行

        だからサーロー節子さんの声は国民に届かないし、伝わらない。時に、その発言が報じられることがあったとしても、それ
       はその他のおびただしいサーカス(見せ物)関連のニュースに取り囲まれて、意図的に重要性が下げられてである。
       このことはサーロー節子さんの活動に関してだけでなく、あらゆる分野と領域において報道の基準または原則とされる。
       それが証拠に、日本の商業新聞の記事は、表現に違いがあっても内容に差異はない。まさに福田さんの言う「発表ジャー
       ナリズム」であり。これを昔は「大本営発表」と言ったのだ。
        「米軍は抑止力」であると政府は言う。しかし、誰に対しての抑止力であるのかははっきりしない。
       香港で起きている人権弾圧に対して真正面から抗議している政党は共産党だけである。共産党の志位和夫委員長は
       中国主席の訪日招請はやめるべきだ」と言っている。
        またこの抑止力というのは自民党内部だけに通用する希望的幻想であって、アメリカ政府及び軍部の公文書には「在日
       米軍は、日本を守る義務は負っていない」とはっきり書かれている。彼らの認識は、日本列島全体が海外遠征のために最
       も使いやすい最前線基地であり、また法規無用の軍事訓練場なのである。
       このことは「日米地位協定により日本の出入国審査を受けず、日本の検疫が及ばないまま基地から自由に出入国できる」
       という事実が示している。つまり植民地であるということだ。
        戦後75年経って私たちが獲得した繁栄というのは、虚妄の「ローマの休日」である。
       「Roman Holiday」とは、ローマ帝国では、奴隷戦士をライオンと戦わせる見世物があり、ローマ人は休日に娯楽として
       これを観戦した。見ている方には娯楽であっても、奴隷戦士にとっては命がけの仕事である。この休日の本来の意味は「他
       人の不幸を楽しむ」ということである。
        「3」の記事はこのことを訴えている。

        報告書は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)のために1億7600万人以上の人たちが極度の貧困に追い
       やられているが、貧困や不平等、人命の軽視に対する国際社会の取り組みは以前からひどかったと批判。
       世界の指導者や経済学者が貧困対策を「自画自賛」しても「現実には数十億の人にはチャンスがなく、限りなく冷遇され、直
       面する必要のない飢餓や予防可能な死に直面し、基本的な人権もない」と訴えました。
        
        Roman Holiday、日本はアイヌの不幸を楽しみ、沖縄の悲劇を笑い、広島・長崎を忘れ、福島を置去りにした。
       昔は「八紘一宇」と自惚れ、「国体護持」と保身を図り、今は「赤坂自民亭」で我が世の春を謳歌する。
       そして、アメリカはこの植民地の喜劇的な不幸を、西部開拓を正当化する標語であった「マニフェスト・デスティニー(明白なる
       運命)」をもって笑い楽しむ。


 
        「吊り下げられた子羊」

           2020・7・9

    今日はメンズ・ファッションに関するニュースから始める。
   トラデショナル・ブランドの「ブルックス・ブラザーズ」が倒産したということだ。

      ブルックス・ブラザーズ 経営破綻、歴代米大統領も愛用
                 配信   TBS NEWS
     歴代アメリカ大統領などが愛用したことで知られるアメリカの老舗ブランド、ブルックス・ブラザーズが経営破綻
    しました。  1818年創業で紳士服を中心に200年以上の歴史を持つブルックス・ブラザーズは8日、日本の民
    事再生法にあたる連邦破産法11条の適用を申請し、経営破綻しました。  ケネディ氏をはじめとする歴代大統
    領に愛用され、オバマ氏やトランプ氏も就任式でコートを着用。リンカーン大統領が暗殺された際に着ていたコー
    トもあつらえたという逸話も残っています。また、いわゆるボタンダウン・シャツも開発するなどアメリカの服飾文化
    における象徴的なブランドでしたが、オフィスでの服装のカジュアル化に伴って苦戦していたところに新型コロナ
    追い打ちをかけました。  今後は身売りによる事業再生を目指すと報じられていますが、日本企業が4割を出資し
    ている日本事業は、当面継続される見通しということです。(09日13:30)

         

      ブルックス・ブラザーズについてもう少し詳しい情報を拾い集めてみる。
     
     「1」 ブルックス・ブラザーズ英語: Brooks Brothers)は、アメリカ合衆国で創業された世界最古の紳士服販売
     店およびそのブランド。現在では紳士服に限らず婦人服や子供服なども手掛けている。1818年にブルックス家によ
     ってニューヨークで創業され、現在は世界の眼鏡市場で独占的な地位を築いているルクソティカグループ御曹司
     であるイタリア富裕層クラウディオ・デル・ヴェッキオが所有している。

     「2」  ラルフ・ローレンJ.プレスなどと並んで、アメリカン・クラシック・スタイル(アメリカン・トラディショナル・スタイル)
     の代表ブランドと位置づけられており、アメリカでは最も歴史のある衣料品店として2018年には創業200周年を迎える。
     エイブラハム・リンカーンジョン・F・ケネディバラク・オバマなど古くから現在に至るまで多くの歴代アメリカ大統領
     愛され、リンカーンが暗殺されたときに着ていたのも、ブルックス・ブラザーズで誂えたコートであった。
      レップ・ストライプ・タイ(逆向きのレジメンタルタイ)、ポロカラー・シャツ(ボタンダウンシャツ)、ナンバー・ワン・サック
     ・スーツ(I型スーツ)をはじめて世に出したことでも有名である。

    「3」 1818年、ヘンリー・サンズ・ブルックスがニューヨークH. & D. H. Brooks & Co.として創業。1833年にヘンリー・
    サンズ・ブルックスが死去、長男のヘンリー・ジュニア・ブルックスが経営を受け継ぎ、1845年にはアメリカで初めてレディ
    ・メイド(既製品)のスーツを販売。1850年、ヘンリー・ジュニア・ブルックスの弟であるエドワード、エリシャ、ダニエル、ジョ
    ンのブルックス兄弟らが経営を受け継ぎBrooks Brothersに改名、同時に、リボンで吊り下げられた子羊のロゴ(ゴール
    デン・フリース
)が導入された
     アメリカ国外への事業展開は、1979年の日本が最初。その後はしばらく国外進出はなかったが、近年はインターネッ
    トを介した売上げが多い地域である、イギリスやフランスなどのヨーロッパ、中国や韓国などのアジアへ進出している(2008
    年時点)。
    日本法人である株式会社ブルックス ブラザーズ ジャパンは、本国のブルックス・ブラザーズとダイドーリミテッドとの合弁
    会社である。 2020年7月8日、新型コロナウイルス感染症の流行による長期間に渡る店舗営業の休止が響き、連邦破産法
    11章の適用を申請し経営破綻した

     ブルック・ブラザーズのロゴ「ゴールデン・フリース」の意味。

         GOLDEN FLEECE (ゴールデン フリース)
      ゴールデン フリース。それは最高の品質を求める象徴

     ゴールデン フリース──最高の尺度を表すこのシンボルは、1850年にブルックス ブラザーズの店のドアの上に掲げられ、
    以来、伝統と品質、あるいは創業以来のサービスを象徴するものとして扱われてきました。
     1850年は、創業者ヘンリー・サンズ・ブルックスの子供たち、ダニエル、ジョン、エリシャ、エドワードが、1818年の創業時か
    らの社名を変更し、ブルックス ブラザーズと名乗りはじめた年です。そして同じ年、ゴールデン フリースのマークは会社の商標
    として登録されました。
     このリボンで吊り下げられた子羊のロゴには華麗なる歴史があります。1430年、ブルゴーニュ公爵フィリップ3世は、ポルトガ
    ル王ジョアン1世の娘イザベラと結婚した時に、花嫁を称えようとゴールデン フリースの勲位を創設し、ゴールデン フリース騎士
    団をつくりました。ゴールデン フリース騎士団は、ヨーロッパで最もスタイリッシュな騎士団として精彩を放っていたと伝えられて
    います。
     真紅のローブには火打石や火打ち金の刺繍、白いサテンライニングを施した紫のベルベットのマント、金糸で刺繍した紫の
    ベルベットの帽子……。こんな装いの騎士団の一員である証となったのが、ゴールデン フリースの紋章だったのです。この紋章
    はブルゴーニュ地方に繁栄をもたらした羊毛、ひいては英国においても毛織物業界のシンボルとなりました。
     実はゴールデン フリースには中世ヨーロッパを超えて古代ギリシアに連なる歴史があります。ギリシア神話には金の羊毛(ゴ
    ールデン フリース)を求めてギリシア神話の主な英雄たちとともに遠征したアルゴ号の話があります。フィリップ3世はそれを知っ
    てこの紋章を採用したのかもしれませんが、ブルックス ブラザーズの4人の兄弟は、ヨーロッパのこうした伝統を象徴するものと
    して、ゴールデン フリースをシンボルマーク=アイコンにしたのではと伝えられています。
     そして店のドアや商品に入ったこのアイコンを顧客たちが目にした時、ブルックス ブラザーズの伝統、妥協のない品質、そして
    ブランドの卓越性を見出すとともに、このシンボルマークの確かな歴史をも感じるのではないでしょうか。

     創業以来200年以上もの歴史を持ち、歴代大統領も愛用したという洋品店が新型コロナウイルス感染症による長期間に渡る
    店舗営業の休止が響いて倒産した。これがブルックスでなければ、それほど大きなニュースとはならなかっただろう。と言うのは、
    ブルックスは単なる男子服飾の衣料品メーカーではなく、アメリカの文化、より正確には、アメリカの支配層及び指導者層の文化
    と精神の象徴であったからである。
    
いわゆるエスタブリッシュメント(Establishment)と呼ばれる階層のことであるが、意味は、「社会的に確立した体制・制度」やそ
    れを代表する「支配階級」を指す。この原型はワスプと呼ばれていた。
    「WASP(ワスプ)」という言葉は、ホワイト・アングロサクソン・プロテシタントの略語である。
     社会学者のウィリアム・トンプソンとジョーゼフ・ヒッキーは、この言葉の意味の曖昧さを指摘して以下のように述べている。

     WASP という語には多くの意味がある。社会学では、この語は北西ヨーロッパに家系のルーツを持ち米国建国の担い手となっ
    た集団を意味するが、今日では意味が拡大し、多くの人々にとって WASP とはいかなるマイノリティ集団にも属さないほとんどの
    「白人」を指す語となっている。

     歴史的背景によって選ばれた家系の男子たちに帝王学を仕込んだ学問所が、合衆国北東部にある8つの私立大学である。
    これをアイビー・リーグと呼ぶ。ウイキペディア(フリー百科辞典)の解説を見る。

     アイビー・リーグ: Ivy League)とは 、アメリカ合衆国北東部にある8つの私立大学の総称]。米国の政財界・学界・法曹界
    をリードする卒業生を数多く輩出しており、米国社会では伝統的に「東海岸の裕福な私立エリート校グループ」と捉えられている
    もとはこれらの大学間で非公式なフットボール競技のリーグ戦を行っていたのが由来で、現在でも8校で構成するカレッジスポー
    ツ連盟
の名称として用いられている
    構成大学はブラウン大学コロンビア大学コーネル大学ダートマス大学ハーバード大学ペンシルベニア大学プリンストン
    大学
イェール大学。いずれも各種ランキングで全米トップクラスに位置する難関校とみなされている
     名称の由来は諸説あるが、一般に、これらの大学の多くにツタ (ivy) を這わせた古いレンガ造りの校舎が建ち並ぶことにちなむ
    と理解されている。女子大学のアイビー・リーグに相当するものとしてセブン・シスターズがある。

     このアイビー・リーグの学生たちが着ていた洋服や好んだファッションを「アイビー・ルック」と呼んだ。これを日本の輸入した
    のは「ヴァン・ジャケット」(1951年・昭和26年、設立)で、創業者の名は石津謙介である。戦後まもない頃のことである。
    古い業界紙によれば、こういうことである。

     1950年代以降は映画の中でポール・ニューマンなどのハリウッド俳優が着用したチノパンとポロシャツにスポーツジャケットを組
    み合わせたファッションが、若者の間で注目を集めるようになった。 またハーバード大学を卒業間もないJ・F・ケネディらのブレザ
    ースタイルが雑誌などで「経済的な余裕と健康な若々しさを兼ね備えたファッション」と繰り返し紹介されたことも、アイビー・スタイ
    ルが人気を集めるきっかけになったとされる。

     1949年生まれの私も「VAN]の洗礼を受けた。マドラス・シャツとコットン・パンツとローファー(靴ひものないスリッポン)。
    アイビー・スタイルがお手本としたのは紳士の国イギリスの支配階級の洗練と保守である。これをブリティッシュ・トラディショナル
    (伝統)と言う。
     アイビーに憬れ、ポール・ニューマンが大好きだった路上の不良少年であった私がブルックスの3つ釦スーツを着たのは18歳
    の春のことだった。そして、30歳になっても「J-プレス」のスーツを着ていた。服飾に関しては私は保守主義者なのである。
     まあ、私事はともかくとして、ブルックスは本当にコロナ禍が原因で倒産したのか。
    5月の25日、アメリカのミネソタ州ミネアポリス近郊でジョージ・フロイドという黒人男性が白人の警察官によって白昼公然と殺害
    された。この事件の前と後では世界が変わった。
    ブルックスの倒産とフロイド殺害事件は全く関係のないことなのだろうけれども、ブルックスが尊敬されなくなり、憧れの対象でも
    なくなり、日々のファッションにおいても必要とされなくなったということは、一つの価値体系が崩壊したということではないのか、私
    にはそう思えるのだが、エスタブリッシュメントへの反逆が始ったという読み方は間違いだろうか。
     個人的なことを言えば、ブルックスの倒産には一抹の寂しさを覚えるが、その一方で、これによって新しい時代が始まったのだ
    という予感もある。
    建国神話の嘘を暴け、という意味だ。
     ブルックスやJ-プレスの果たした役割の一つは、階級差別の可視化であった。これは帝国主義が支配の正当化の為に編み
    出した服飾文化というものである。だから、アイビーリーグは英国のトラデショナルをお手本としたのである。
    新しい時代には、それに相応しいファッションが生み出されるであろう。
    もっと機能的で、もっと素朴で、もっとカラフルなもの。分断や差別ではなく、連帯と共生を象徴するデザインと色彩、そんな事を
    考える今日この頃である。



 
         「複合災害」

           2020・7・8

    九州豪雨、北部で広域浸水、死者55人、行方不明者11人。
   コロナ感染状況は7日現在で、感染者数20,761人、死者は981人。
   この状況はどのように捉えればよいのか。今日の新聞を読む。

         党豪雨対策本部が会合
              コロナとの「複合災害」、支援早く

     日本共産党国会議員団「2020年梅雨前線豪雨災害対策本部」(本部長・小池晃書記局長)は7日、国会内
    で会合を開き、深刻な被害の実態が報告されました。
     この日も現地調査に入っている本部事務局長の田村貴昭衆院議員と本部員の真島省三前衆院議員、仁比
    聡平前参院議員からの報告によって、現場では孤立している避難所が多く残されている一方、間仕切りや段
    ボールベッドがないなどの状況が明らかになりました。また、1953年の「28大水害」以来の災害で極めて深刻
    な打撃を受けた大分県日田市の天ケ瀬温泉や、熊本県の人吉温泉では、新型コロナウイルスの影響により1日
    に予約受け付けを再開した直後の被災で、「心が折れた」などの声が寄せられたと報告されました。
     これらを踏まえて、「コロナとの『複合災害』だ」との指摘が出され、避難所への支援が急がれるとともに、中小
    企業などのグループ施設復旧費を国庫で補助するグループ補助金を出すなど、政府による支援の必要性が語ら
    れました。
     会合後、穀田恵二国対委員長はこれらの報告を踏まえて、武田良太防災担当相に電話で緊急の申し入れを行
    い、避難所への物資を緊急に届けることと、「複合災害」という実態に照らした政府の支援を要請。武田担当相は、
    「現場を踏まえた提起をいただき、ありがとうございます」と答えました。

     コロナによって日々の生活の様々の局面で、「自粛」だとか「自衛」だとか行政の責任を伴わない「制約」が呼び
    かけられて先行きの不透明が深まる中、豪雨によって生活の基盤そのものが破壊される。その最初の被害者は、
    いつものように高齢者、社会的弱者、逃げ道を持たない貧者である。
    家の外に出ればコロナ感染の不安がつきまとう、だからと言って家に引き籠りたくても、その家がない。
    昨日までの報道では、豪雨による被害は九州の南部に始まり、北部に拡大したということだったが、気象庁は今日、
    梅雨前線による大雨は西日本から東日本に広がり、本州の岐阜県、長野県のそれぞれ一部地域に大雨特別警報
    を発表したということだ。まさに複合災害である。
     この大雨が治まったとしても地震大国、台風大国であるこの列島では次に何が起きるか分からない。
    そうした中、万が一原発施設を直撃するような津波や地震が発生したならば、この小さな島国では何処にも逃げ場
    がない。このことは既に福島で証明されているではないか。
     それでもこの国ではキャンドル革命は起こらないし、誰も黄色いベストを着ようとはしないし、「光復香港、時代革命
    (香港を取り戻せ、われわれの時代の革命だ)」のプラカードを掲げて路上を埋め尽くすというようなことは起こらない。
     何故だ、私にはこれが不思議でならない。
      2016年の都知事選で小池百合子は「7つのゼロ」を目玉公約として掲げて当選した。
     「残業ゼロ」「待機児童ゼロ」「多摩格差ゼロ」「ペット殺処分ゼロ」「介護離職者ゼロ」「満員電車ゼロ」「都道電柱ゼロ」
     の7つだが、その後の4年間で達成されたものは一つもない。結論は「達成ゼロ」というブラック・ジョークである。
     「都民が決める。都民と進める」と民主派を装って、やることは独断と差別である。「築地は守る、豊洲は活かす」という
     意味不明の言葉も予定通り「築地は殺す、豊洲は開店」で終わった。
     これだけ馬鹿にされ、踏みつけられ、裏切られても、都民はまたしても小池百合子を選んだ。
     緑のタヌキか、こういう人格を「複合災害」と呼ぶのではないのか、私はそう思うのだが。多分、私はこの国では少数
     派なのだろう。



        「ポピュリズム」

          2020・7・7 

    今日は火曜日、午前10時、いつものごとくお茶会に出かけた。
   有害掘削土のこと、コロナ状況のこと、家庭菜園のことなど色々と教えられた。
   友だちがいるというのは幸せなことだ。毎週火曜日が愉しみである。この心待ちの気持ちは一週間という時間を
   短いものにさせる。あっという間に日々が過ぎていく、辛いことや悲しいことや苦しいことがあると時間は長く感じら
   れるものだが、根拠がないとしても充実している時というのは時計の針やカレンダーがあまり気に掛からない。
    冬が終わり、春が去り、今は夏、本当に時が経つのは早いものだね。
   「老いること、それは歳月のなかで自分の若さを整えることだ」と言ったのはポール・エリュアールだったか、そういう
   生き方をしたいものだね。
    しかし、今日のお茶会には我が友曽川伸晃君の顔は見えない。ほんの数か月前まではこの席に座っていたのに。
   「人生とは、時が過ぎて行くことではない、人が去っていくことだ」、これもポール・エリュアールの言葉だったか。
   先月の27日に亡くなった曽川君の死因は肺炎だったと聞く、享年は62歳。余りにも若すぎる。
    お茶会が終わって正午、ジイサンとバアサンの今週の「枯葉のデート」は吉野家での昼食だ。
   吉野家は1899年(明治32年)に東京・日本橋で創業。創業者松田栄吉が大阪府西成郡野田村字吉野の出身だった
   ことから屋号を吉野家としたということだ。古い歴史を持つ大衆食堂だ。
   ジイサンは定番の牛丼、バアサンは鯖の味噌煮、本当に「枯葉のデート」だね。海辺の恋の季節は遠い昔の想い出だ。
    黄昏時、栗田勇さんの『一遍上人--旅の思索者―』を開く。
   少し読み進んだところで本を閉じる。本は夜になってからでも読める、明るいうちに(酒を呑まないうちにということだが)
   自分の考えを整理しておこうと考えた。なに、たいしたことではない。都知事選の結果についてのことだ。
    この数年、「ポピュリズム」「ポピュリスト」という言葉を耳にすることが多い。ウイキペディア(フリー百科事典)では次の
   ように解説されている。
  
    ポピュリズム: populism)(平民主義)(公民主義)(人民主義)(大衆主義)とは、一般大衆の利益や権利を守り、
   大衆の支持のもとに、既存のエリート主義である体制側や知識人などに批判的な政治思想、または政治姿勢のこと
   である。日本語では大衆主義(たいしゅうしゅぎ)や人民主義(じんみんしゅぎ)などのほか、否定的な意味を込めて
   衆愚政治
大衆迎合主義(たいしゅうげいごうしゅぎ)などとも訳されている。
   また、同様の思想を持つとされる人物や集団をポピュリスト: populist)と呼び、民衆派や大衆主義者、人民主義者、
   もしくは大衆迎合主義者などと訳されることがある。

    問題は、緑のタヌキこと小池百合子の圧勝を許したものは何かということだ。これを明らかにしなければ、同じ過ちが
   また繰り返される、と私は思う。山本太郎は何故告示直前に出馬したのか、このことについて考える。その前に、この件
   に関連するニュースをいくつか拾い読みする。

  「1」 金子勝氏が山本太郎氏を激しく批判「カルトを超えてアホの極みだ」

          配信   東スポ

      経済学者で立教大学特任教授の金子勝氏(68)が6日、ツイッターで都知事選で敗れた山本太郎氏を厳しい論調
   で批判した。  金子氏は、山本氏の出馬で野党票が分断したと見ているようで「【山本太郎のクズ】コイケの圧勝を生ん
   だのは山本太郎なことは明白だ。野党統一候補にと言われたのに断り、宇都宮けんじ氏が立候補したら財源論が違う
   といって立候補したえで、貨幣発行権のない地方自治体にMMTで15兆円の都債発行?野党分断のために行動する
   だけ。カルトを超えてアホの極みだ」と出馬までの経緯や公約などをバッサリ切って捨てた。  金子氏は宇都宮候補を
   強く支持していた。

    「2」 立憲・福山幹事長、山本太郎氏に「恨み節」 「最終局面になって出たということで...」

            配信  J-CASTニュース

     現職の小池百合子氏(67)が他の候補に大差をつけて再選を果たした東京都知事選(2020年7月5日投開票)をめぐり、
    立憲民主党の福山哲郎幹事長は7月7日の記者会見で、「支持層が重なっている山本太郎さんが最終局面になって出た
    ということで、野党側の票が割れることは自明になった」と述べた。  立憲、共産党、社民党などが元日弁連会長の宇都
    宮健児
氏(73)の支援を決める中で、告示直前に、れいわ新選組の山本太郎代表(45)が出馬を表明。いわゆる「リベラル
    票」が割れることになり、それが有権者にもネガディブな印象を与えたとの見方だ。 ■「都民にいくら投票を呼びかけても...」
    国民民主党は自主投票だったが、原口一博国対委員長、平野博文幹事長、小沢一郎衆院議員らが宇都宮氏を支援。
    こういったことを念頭に、福山氏は都知事選を 「一定、まとまった形の選挙ができたと思う」 と総括したが、 「ただ、残念な
    がら、やっぱり支持層が重なっている山本太郎さんが最終局面になって出たということで、野党側の票が割れることは自明
    になった」   「野党が割れた状況が見える中で、都民にいくら投票を呼びかけても、『どうせ勝てないだろう』ということが、
    やっぱりあったのではないかと思っている」 とも述べた。宇都宮氏と山本氏の得票は、それぞれ84万4151票と65万7277票。
    両者の得票を足しても、小池氏の366万1371票には遠く及ばない。それでも福山氏は、 「やっぱり、戦う姿勢としては野党が
    まとまって戦うという形をとりたかったと、私自身は個人的に、そのように考えている」 と話し、山本氏の出馬を批判した。  



     「3」 なぜ山本太郎は東京都知事選で“負けた”のか
    安積明子 政治ジャーナリスト

         底が見えたバラマキ政策
     なぜ山本氏が伸びなかったのか。ひとつはバラマキ政策への疑問だろう。「東京都は20兆円の都債を発行しても大丈夫だ
    と総務省は言った」と山本氏は主張するが、それは現時点での判断であり、少子化が急速に進む東京都が将来の償還に耐
    えられるのか。しかも新型コロナウイルス感染症との闘いはいつ終わるかわからないのに、都知事1期で15兆円もの都債を発
    行するのか。また山本氏は都知事選で「国がやらないから、都でやる」と主張していたが、国政政党であるれいわ新選組の
    代表である山本氏が、方策を持っていないはずがない。実際に山本氏は昨年の参議院選で比例で次点であり、れいわ新選
    組の現職議員2名のうち1名を辞職させて次期衆議院選にまわせば、山本氏は国政に復帰できる。通貨発行権を持たない
    東京都のトップを目指すよりも、野党とはいえ国会議員として活動する方が実効的ではないのか。なお山本氏は会見で「通貨
    発行権を使って、底上げしていかなければならない」と発言。国会議員でなければ本格的な対策ができないことを理解している。
            女性が支持せず
     それゆえなのか、NHKの出口調査では山本氏に対する女性の支持は高くなかった。「コロナ禍で困窮している人を救いたい」
    という山本氏の主張は本気に違いないが、現実的ではない提案の裏にあるものを、女性は敏感に嗅ぎとるからだろう。山本氏
    が狙うのは国政で、都知事選はそのためのステップにすぎない。それを知る有権者が多かったことが、今回の結果に繋がって
    いるといえる。

   「4」 山本太郎、大衆の不満を力に れいわ新選組とポピュリズム
                    JIJI・COM    菊地正史  日本テレビ政治部デスク

     山本は「ポピュリズム」の本質については語っていない。しかし、山本の政治には実際に、「ポピュリズム」の本質が潜んでいる。
    まず一つが、議会の多数派工作を捨て、街頭演説を繰り返して国民の支持を直接調達しようとする「直接性」だ。もう一つが、右
    派であろうが左派であろうが、大衆の鬱積した不満を吸収し、既成のエリートが支配する現体制を破壊しようとする「反エリート性」
    だ。山本が、「生活苦の人々」の現体制に対する不満の受け皿になろうとしていることは、この「反エリート性」を具体化している。
    【中略】「ポピュリズム」とは人々の不満解消、破壊衝動にも起因するため、ある種の爽快感を伴うし、常に味わいたくなる常習性
    も人々に与えかねない。その弊害についても、我々は検証する必要がある。【時事通信社「地方行政」2020年1月6日号より】

   「5」 【都知事選】れいわ新選組 山本太郎は稀代のポピュリストなのか?
          2020・6・30     真鍋厚著『山本太郎研究』(光文社新書)
      政治学者の水島治郎は、ポピュリズムには二つの定義があると述べています。一つ目は「固定的な支持基盤を超え、幅広
    く国民に直接訴える政治スタイル」
で、二つ目は「『人民』の立場から既成政治やエリートを批判する政治運動」です。これ
    を便宜的に【定義1】【定義2】と呼ぶことにします。
     前出の水島は、定義2のポピュリズムの特徴として、①自らが「人民」を直接代表すると主張して正統化し、広く支持の獲得を試
    みる、②「人民」重視の裏返しとしてのエリート批判、③「カリスマ的リーダー」の存在、④イデオロギーにおける「薄さ」の4つを挙げ
    ています。これまでの山本の立ち振る舞いと、れいわ新選組の主要な政策メニューを見れば、これらの特徴をすべて満たしている
    ことがよく分かります。

    「6」  山本太郎氏、7月に男児誕生していた 母親は元妻とは別の女性

               201・9・3  オリコントピックス

      参院議員で俳優の山本太郎氏(38)に7月、男児が誕生していたことが3日、明らかになった。山本の事務所が一部スポーツ
     紙の報道を「事実です」と認めた。
      子供の母親については、結婚からわずか3ヶ月で離婚した元妻ではなく、別の一般女性(39)としており、事実婚の状態で子供
     は認知しているという。また、山本は現在休暇と視察をかねて外出中で、今回の件で会見などは行わないとしている。
      山本氏は、昨年5月に年下の一般女性と結婚し、同年8月にスピード離婚。1年後の今年8月に離婚の事実を明かし、非公表
     にしていた理由について「(元妻が)家庭で幼い頃に虐待を受けていた。実家に戻されるリスクがあるから黙っておかなきゃいけ
     なかった」と説明していた。

    「7」  れいわ新選組設立に関して

     旧体制を守る組織である「新選組」を名乗ることについて池上彰から指摘された際、「維新名乗りながら政府側にベッタリな
    人たち
もいるので気にしないでください」と回答している

     さて、ここからが本題だ。山本太郎はなぜ出馬したのか、そもそも山本太郎とは何者なのか。
    1974年(昭和49年)生まれ、兵庫県宝塚市出身、45歳。日本の政治家、元タレント、元俳優。
    2011年4月、反原発運動開始。
    2012年12月、第46回衆議院総選挙に出馬。この時は落選。
    2013年7月、第23回参議院選挙に出馬、4位で初当選。
    2019年7月、第25回参議院選挙に出馬、落選。
    2020年5月、東京都知事選に出馬、第3位で落選。

     落選の弁は「いやぁ強かった“百合子山”。高かった“百合子山”という感想です。(候補者を)一本化して勝てるというのだったら、
    一本化した方がいいでしょう。でも、それで知事が交代できないという状況であるならば、さして意味があるのかなと思います」 とま
    るで他人事である。この無責任極まる発言は、客観的な分析ではなく、批判逃れの言い訳であって、ここには誠実というものがない。
    それぞれが獲得した投票数で分析するのは結果論である。もしも野党統一候補が実現していたら、選挙はもっと違った様相を見せ
    ていただろう。問題は、都政を変えなければならないという本気の思いが山本にあつたのかどうかということだ。
     政治を変えるということが都民の、また全国の草の根の「大義」であるとすれば、山本の出馬という判断のどこに「大義」があるのか。
    大義がないとすれば、それは私事である。つまり山本個人のお家の事情である。
    一時のブームが去り、このままでは置き忘れられてしまうという本人の焦り、目的は都政変換にではなく、次の選挙を見据えての存在
    誇示である。しかし、この行為は余りにも反動的に過ぎる。その意味は、告示直前の出馬によって野党分断を印象付け、選挙に冷や
    水をかけ、投票率を低下させることによって小池再選の道を開いたということである。これは裏切りというものである。
    ここで改めて問われるのは、そもそも「れいわ新選組」なる政党が野党であるのかどうかということだ。
    「反原発」の旗印を取り下げれば、「れいわ新選組」と「維新の会」の違いはどこにも見あたらない。まるで双子である。
    「大義」とは、重要な意義。大切な意味。要義。人のふみ行なうべき大切な節義。人倫の大きな筋道ということである。
    政治の場における「大義」とは、一個人一政党の価値観ではなく、理想とする社会を実現するためには何が必要かと追求することで
    ある。いつの世にもこういう仮面紳士はいるものだ。左翼を装った右翼反動、これが山本太郎という男の正体だ。


 
1         「不思議な国」

            2020・7・6

      今日の新聞の第一面のトップ記事。

        熊本豪雨11人不明
      再び大雨恐れ  被害の把握困難
    九州南部を襲った豪雨で、被害が大きかった熊本県は5日、新たな死亡が確認され、死者は計19人に
    なったと発表しました。17人が心肺停止、11人が行方不明で、消防などが捜索・救出作業を続けていま
    す。道路の途絶や通信の不具合で被害の全容把握が困難となっており、各自治体が確認と精査を進めて
    います。

     自然災害だから誰にも止めることは出来ない。しかし、予測することは出来た。であれば予め防災対策を
    立てることは出来た。いや、当然のこととしてそれを持っていなければならなかった。そして、それが機能し
    ていれば少なくともこれほどまでの人的被害はくい止めることはできただろう。
    球磨村の心肺停止16人のうち、14人は特別養護老人ホーム「千寿園」の入所者である。まだ詳細は明ら
    かではないけれども、この事実は、老人ホームというものが決して安全な環境の下にあるのではないという
    こを訓える。
     今日のコラムは、このことを問題にしているのだろう。

        「きょうの潮流」
     「人吉(ひとよし)・仲よし・こころ良し」。おだやかで大らかであたたか。熊本県の南端にある人吉・球磨(くま)
    の気質を称してこう呼びます▼深い山と谷に囲まれた山峡の地。隔たれた自然と、鎌倉時代から明治維新ま
    で相良(さがら)一族700年の統治によって、独自の歴史や文化がはぐくまれたといいます。司馬遼太郎は『街
    道をゆく』のなかで「日本でもっとも豊かな隠れ里」と記しています▼文化庁の日本遺産にも認められたこの地で、
    人びとの心とくらしの礎になってきたのが球磨川です。その宝の川が、記録的な豪雨によって氾濫し、住民の命
    をうばい、町を一変させてしまいました▼もともと三大急流の一つに数えられ、たびたび洪水に見舞われてきた
    流域。球磨村では支流の近くにある特養老人ホームが水につかり、多くの高齢者が巻き込まれました。津波の
    ように押し寄せ、施設内はすぐに身動きがとれなくなったという証言も▼数年前にも川沿いの高齢者施設が被災
    する事例がありましたが、早めに手を打つことはできなかったのか。いつ、だれが、何をするか。それを事前に定
    めた防災の行動計画をつくっていたそうですが、はたして機能していたのか。もとよりそれを上回る規模だったか。
    検証がまたれます▼大量の雨に襲われる時代。堤防などでは追いつかない現実もあります。どこでも災害にたい
    する認識を改め、準備や避難の体制を整えておく。水とともに生きてきたこの国が率先してやるべきことです。痛ま
    しい姿をくり返さないためにも。

     2018年の7月11日、朝日新聞は世の人の常識からは想像できない不思議な出来事を報じている。

         豪雨前の「赤坂自民亭」写真投稿を陳謝 西村官房副長官

     西村康稔官房副長官は11日、安倍晋三首相らと共に5日夜に自民党議員の懇親会に出席し、集合写真を自身
    のツイッターに投稿したことについて、「多くの方々に不快な思いをさせてしまい、おわびを申し上げたい。反省もして
    いる」と陳謝した。
     5日夜は、東日本から西日本の広い範囲で記録的な大雨になる恐れがあると気象庁が発表していた。西村氏は
    東京・赤坂の衆院議員宿舎で開かれた「赤坂自民亭」に出席。首相のほか岸田文雄・党政調会長らが顔をそろえた。
    西村氏は懇親会終了後の午後10時ごろ、グラスを持った笑顔の集合写真とともに「和気あいあいの中、若手議員も
    気さくな写真を取り放題!」とツイッターに投稿した。
     西村氏は11日、BS11の番組で陳謝する一方、懇親会が開かれていた時点で「大雨特別警報」は出ていなかった
    ことを念頭に、「大雨被害が出ている最中に会合をやっているかのような誤解を与えた」とも述べた。

     これは安倍内閣の下で起きたある村の夏祭りの盛り上がりぶりを伝えたものである。
    「洪水は、我なき後に来たれ」を地で行くような特権階級の傲慢と非人間性をこれでもかと言わんばかりに見せつけた
    ものであるが、不思議なことに、その安倍内閣は今も続いている。
     そして東京では、今月に入ってからコロナウイルスの新規の感染者数は1日が67人、2日が107人、3日が124人、
     4日が131人、5日が111人、と確認されている。
    日本全国での感染状況は5日現在で、感染者数20,202人、死者は979人である。
    それでも安倍内閣は今も続いている。それでも緑のタヌキは再選された。実にもって不思議な国だね。



      「暗い日曜日」

        2020・7・5 

     東京都知事選の結果が出た。大方のメディアが予想した通りというか、誘導した通りというか緑のタヌキ
    の圧勝である。今回の知事選には22人が立候補したが、これは過去最高だということだ。志のある人が
    多いということなのか、それとも暇な売名屋が多いということなのか、何にしても緩やかなお国である。
    圧勝の小池さんを始めとして上位5人の得票数は以下の通りだ。

        小池百合子  366万1371

        宇都宮健児  84万4151

        山本太郎   65万7277

        小野泰輔   61万2530

        桜井誠    17万8784


     第5位の桜井誠さんは48歳でまだ若い。政治団体日本第一党の党首だそうだ。この人は「在日特権を許
    さない市民の会」の元代表である。つまり、白昼堂々の極右の差別主義者ということだが、そういう人物が
    約18万の票を集めることが出来るというのだから何とも野蛮なお国である。
     第4位の小野泰輔さんは46歳。元熊本県副知事である。今回の立候補に際しては日本維新の会の推薦を
    受けている。維新は安倍極右内閣の補完勢力であるから、立場的には先の桜井さんと殆ど変わらない。
     第3位につけた山本太郎さんは45歳。元タレント、元俳優、。政党「れいわ新選組」代表。前参議院議員。
    その言葉は限りなく進歩派的である、しかしその行動様式は一人一党の昔の国粋右翼に限りなく近い。何だ
    か高橋和巳の小説に出てきそうな人物である。要するに、よく分からない人物だ。
     第2位の宇都宮健児さんは73歳、候補者の中では最年長だ。日本弁護士連合会元会長。
    多重債務問題、消費者金融問題の専門家。反貧困ネットワーク代表、年越し派遣村名誉村長。簡単に云えば、
    社会的弱者や貧者の味方である。この一点が山本さんを除く後の3人とは決定的に異なる。ならば山本さんの
    出馬にはどういう意味があったのだろうか。私にはそこが分からない。宇都宮さんでも山本さんでもどちらでも
    いいが、もし二人の話し合いで一本化することが出来たならば選挙は二強激突となり、争点はより鮮明になっ
    ていただろう。ここで大事なことは、都政を本当に変えなければならないと考えるならば、野党統一候補の
    擁立が最低限の条件であったということだ。それが大義の旗印であった。
     目出度く再選された小池さんについては後で書く。もう別に書き加えることはないけれども。
    次に、それぞれの敗者の弁とやらを聴く。

     桜井誠さん「確かに今回の選挙、敗れはしました。今後の小池百合子さんの活躍を期待したいと思います。
            しかしながら、今回のこの選挙、ひとつの大きな指針を示したと思います」。
     小野泰輔さん「実質3週間ちょっとだけで、ものすごい密度で戦って、全国で名が知れてる有力な候補者に割
            って入って戦えた。皆さんの力でここまで来られたのかなという思いがしています」。
     山本太郎さん「いやぁ強かった“百合子山”。高かった“百合子山”という感想です。(候補者を)一本化して勝て
            るというのだったら、一本化した方がいいでしょう。でも、それで知事が交代できないという状況であ
            るならば、さして意味があるのかなと思います」 。
     宇都宮健児さん「コロナの感染が拡大する中で、一定の制限を受けた選挙戦でしたけど、様々な都政に関する
            争点を明らかにすることはできたかなと思っております」。

      以上の敗者の弁から何を聞き取るべきなのか。
     韓国ではキャンドル革命によって大統領が引きずり降ろされた。フランスでは市民が黄色いベストを着て立ち上
    がった。香港では市民が自由を求めて命を賭けて戦っている。
     今回の選挙結果を受けて、ある人は「いかさま王をまたも選んだ東京都民の罪…あまりに残酷な僕たちの民主
    主義」と言った。発言の主は、川松真一朗(かわまつ・しんいちろう) さんだ。この人は現役の自民党東京都連青年
    部長である。
     小池百合子とは何者か、石井妙子さんの『女帝 小池百合子』(文芸春秋社)から、もう一度確認しておく。

        「だって、バレちゃうからね」――臆面も節操もない“女帝”の正体   
 
     小池が留学中の約2年間、アパートで同居していた早川玲子(仮名=カイロ在住)の証言を軸に、疑惑を徹底検証
    するのだが、彼女は当時の手帳、メモ、日本にいる母親に近況を書き送った手紙などを保存していて、その証言は
    微に入り細を穿つ。
     小池は結局、留学生活を断念。カイロ大学を卒業したと装って日本に帰るのだが、帰国前夜、小池は早川に言う。
    「あのね。私、日本に帰ったら本を書くつもり。でも、そこに早川さんのことは書かない。ごめんね。だって、バレちゃう
    からね」
     7年後、小池は初の著書を出版するが、早川のことには一行も触れていない。早川証言の重みを誰よりもよく知る
    のは、小池本人だろう。
    花形キャスターの座を捨てて1992年、小池は政界に身を投ずる。日本新党を率いる細川護熙を皮切りに、次いで新
    進党の小沢一郎に急接近。ついには自民党に寝返って小泉純一郎内閣の環境大臣に就任する。〈「権力と寝る女」
    、「政界渡り鳥」と揶揄されながらも、常に党首や総理と呼ばれる人の傍らに、その身を置いてきた〉のだ。小池という
    政治家を象徴するエピソードを本書から引く。
     95年の阪神大震災からしばらく経ち、以前の選挙区だった芦屋の女性数人が議員会館に小池を訪ねた。震災後の
    窮状を必死に訴える彼女たちに、〈小池は指にマニキュアを塗りながら応じた。1度として顔を上げることがなかった〉。
    塗り終えると指先に息を吹きかけ、こう告げた。
    「もうマニキュア、塗り終わったから帰ってくれます? 私、選挙区変わったし」
     2002年の小泉訪朝。横田めぐみさんは死亡と知らされた会見の席で、父の滋さんは涙で言葉を詰まらせた。妻の早
    紀江さんは気丈にも、夫の分まで思いを訴える。夫妻の真後ろには、黄緑色のやけに目立つジャケットを着た小池が立
    ち、被害者家族の肩に手を回しつつ、涙を拭った。会見が終わり、部屋には家族らが残され、大きな悲しみに包まれて
    いた。そこへ、いったん退出した小池が駆け込んできて、大声を上げる。
    「私のバッグ。私のバッグがないのよっ」
    部屋の片隅にそれを見つけると、横田夫妻もいる部屋で、彼女は叫んだ。
    「あったー、私のバッグ。拉致されたかと思った」
    目撃した蓮池透さんは、「あれ以来、彼女のことは信用していない」と自身のツイッターで明かしたという。
    臆面のなさ、節操のなさ。この政治家に真面目さを求めることの虚しさを、著者は鮮やかに浮き彫りにする。




      「もう一つの暗黒」

             2020・7・4   

    自由の国アメリカで起きた警官による黒人男性ジョージ・フロイド殺害事件は、レオポルドのコンゴ支配という
   遠い記憶を呼び起こした。人種差別を告発し、これを全廃する運動は全世界に広がり、各国各地域で不正の
   歴史が草の根によって掘り起こされ、白人社会にとってこれまでは問題とされることのなかった価値観が転覆
   され、夥しい偉人伝が否定され、多くの銅像が引きずり降ろされた。
    黒人殺害はビリー・ホリディの『奇妙な果実』を聴くまでもなく、アメリカでは建国神話の裏側では先住民族迫害
   とともに殆ど日常茶飯事であった。先住民族からは土地を奪い、その土地の開拓に黒人を奴隷として投入する、
   そして、この事実は建国神話からはかき消される。
    しかし、今回のジョージ・フロイド殺害事件はこれまでのものとは何かが違う。アメリカの片田舎で起きたこの事
   件がどうしてこれほどまでに全世界に大きな影響を及ぼすことができたのか、この理由を突き止めなければなら
   ないと思うのだが、私の能力では無理だ。もう少し時間をかけよう。
    自由とは何か、平等とは何か、と考えるということは、差別とは何か、抑圧とは何かということについて考えると
   いうことである。
    全世界を覆うコロナ禍の中で、もう一つの暗黒について目を向ける。
   「光復香港、時代革命(香港を取り戻せ、われわれの時代の革命だ)」は昨年来の抗議行動のスローガンだ。
   香港では人権抑圧を強める「香港国家安全維持法」が施行された。人民解放の革命の国であるはずの中国が
   国家安全のために人民を弾圧する、悪夢である。
    国連人権高等弁務官事務所のルパート・コルビル報道官は3日、香港で「国家安全維持法」を根拠にして逮捕
   者が出ていることについて「危機感を感じている」と語り、「こうした法律が国際人権法のもとで守られた行動や表
   現を有罪とするために利用されることはあってはならない」と指摘したということだ。また同報道官は「国家安全維
   持法に含まれるいくつかの犯罪の定義があいまいで、あまりにも広範囲であることを懸念している」と強調し、さら
   に「市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)に定められた罪刑法定主義(どのような行為が犯罪
   にあたり、どのような刑罰が科せられるのかをあらかじめ定めること)の順守が不可欠だとも指摘している。
    何がどこで狂ったのか、理想や夢は何時、何処で潰えたのか。
   中国共産党規約の第一章「総綱」を読む。

    中国共産党は、プロレタリア階級の政党である。
    中国共産党の基本綱領は、ブルジョア階級とすべての搾取階級を徹底的にくつがえし、プロレタリア階級独裁
    をもってブルジョア階級独裁にとってかわらせ、社会主義をもって資本主義にうち勝つことである。党の最終目
    的は、共産主義を実現することにある。

    この規約はエドガー・スノーの『革命、そして革命‥』の巻末に付録として載っているものであって、現在の中国
   共産党でどう位置づけられているのかは分からない。本は1972年(昭和47年)に松岡洋子訳で朝日新聞社か
   ら出版されたものだ。この本の中にはエドガー・スノーと周恩来首相の2回にわたる会見(1964年10月22日・
   12月16日)も収録されている。
    この時、周恩来はキッシンジャーについて「彼は、自身とわれわれ双方の世界の言葉を知っている男です。彼
   のような地位にあるアメリカ人と、われわれは初めてまみえることになります。彼となら話し合うことが可能でしょう」
   と言っている。
    周恩来が首相であった時は、中国はまだ経済大国でも軍事大国でもなかった。しかし、「ベトナムの平和と統一
   は54年のジュネーブ協定の項目に従って実現すべきであり、その体制はベトナム人民の意思に沿って決定すべ
   きである」と言った周恩来は国際政治における道義的責任とは何かということを体現できる哲人政治家であった。
    そうした国が何故このように変質したのか、あるいは元々そういう体質を持っていたのか。
   経済が急成長するとともに特権階級が生まれ、貴族化、あるいはブルジョア化する。この時、人民はどういう立場
   に置かれるのか、革命は腐敗し、堕落し、貧富の格差は拡大し、革命以前の暗黒に逆戻りした。
    中嶋嶺雄さんの『中国の悲劇』(講談社・1989年刊行)を開く。

    1989年6月3日の深夜、10万もの兵力の人民解放軍戒厳部隊は、戦車と装甲車に守られて天安門広場に
   突入し、広場にいた学生や市民に対して突撃銃を水平に向け、一斉に銃口を開いた。いわゆる「血の日曜日」で
   ある。時の最高権力者は鄧小平であった。
    彼らはなぜ立ち上がったのか、彼らは中国の政治が毛沢東時代と根本的に変わらない「人治」の政治である現
   状に対して、声高らかに「法治」を要求して立ち上がらざるを得なかったのである。しかし、その背景にはまさに共
   産党一党独裁に対する根本的な批判と挑戦があったことは言うまでもない。

    昨日、中国関連の本を久しぶりに数冊パラパラとめくってみたが、どうやら私は何かを見落としていたようだ。
   少年の頃の私にとって、毛沢東は英雄であった。もちろんその当時は共産主義についても資本主義についても何
   の知識もなかったけれども、当時の二大大国である米ソに対して一歩も退かないこの革命家はアジア解放の英雄
   であった。晩年はともかくとして、少なくとも若い頃の毛沢東には尊敬に値するものは確かにあった、と思う。
   がしかし、果たしてそうか。何故、習近平に独裁が可能なのか、何故、鄧小平に独裁が出来たのか、それを最初
   にやったのは誰か。
    日本共産党の志位和夫委員長は講義「改定綱領が開いた『新たな視野』」の中で中国について次のように言及し
   ている。
    
    中国にあらわれている大国主義・覇権主義、人権侵害は、どれも社会主義の原則や理念と両立しえないものです。
   中国の政権党は、「社会主義」「共産党」を名乗っていますが、その行動は、社会主義とは無縁であり、共産党の名
   に値しません。こうした判断のもと、中国に対する綱領上の規定を見直すことにしました。

    かつて周恩来は「大きな勝利は決して歴史上の偶然ではない。徹底的な勝利は幾千幾万の人民の決死の支持が
   なければ得られない」と言った。「銃で人を殺すのはたやすい。しかし暴力による闘いは肉体にしかおよばない。魂に
   まで到達することができるのは道理による闘いだけである」とも言った。
    周恩来、悲しむべし、繁栄する帝国中国では忘れられた政治家か。


 



     「アンフェア」    

         2020・7・3

    今日の新聞の第一面のトップ記事を読む。

        東京 新たに107人感染
    
東京都は2日、新たに107人の新型コロナウイルス感染が確認されたと発表しました。1日当たりの感染者が
   100人以上となったのは、緊急事態宣言下だった大型連休中の5月2日以来、2カ月ぶりです。都が6月11日に
   「東京アラート」を解除して以降、感染者は増加傾向を示しており、小池百合子知事の対応が問われる事態となっ
   ています。

    今は知事選の真っ只中であるが、候補者の公開討論はなく妙に静かな選挙戦だ。争点がどこにあるのかが分か
   りづらい。新聞・テレビもそのことについて批判もしないし、注意も促さない。
    候補者の過去の言動や、公約が問われないということであれば選挙はアイドルの人気投票のようなものになって
   くる。そうなると選挙戦略というのは政治的な理念が何であるかということよりも、そうしたものとは全く関係のない
   候補者個人のイメージの浸透度が優先されるパフォーマンス重視となり、選挙は劇場化する。ここでは目立つこと
   が第一である。内容がなくとも過激であること、時には敵を特定しその人格や特性を攻撃して差別と分断を煽ること、
   そして、その発言は曖昧に徹底して、当選後の自由を確保する。こうした例は小泉純一郎の成功以来もう何度も見
   せられてきた。
    3月の30日、小池知事は都庁で、コロナウイルスの新たな感染者について臨時の記者会見を開いた。その場で知
   事は「夜間から早朝にかけて営業しているバー、ナイトクラブ、酒場など、接客を伴う飲食業の場で感染したと疑われ
   る事例が多発している」として、特定の業者を挙げ、感染のリスクが高い場所だなどと発言し、まるで悪いのは私では
   なく「夜の街、そこで働く人たち」だと他人事のように突き放した。
    そもそも知事の感染対策の初動が遅れたのは、何が何でものオリンピック開催が最優先事項だったからであり、そ
   の間、知事はコロナに対して全くの無関心であったのであり、感染拡大の事実が無視できなくなった時点でも、感染状
   況を過小に発表し続けた。東京都の感染状況の本当のところが国民に知らされたのはオリンピックの中止が決定した
   後のことである。数字は操作され、事実は隠され、国民の関心はあらぬ方向へ誘導される。これが愚民政治というもの
   である。
    では、「東京アラート」とはいったい何だったのか。
   6月30日、小池知事は臨時の記者会見を開き、従来の「東京アラート」を改定してコロナウイルスの感染状況や医療
   態勢を伝える新しい指標の7項目を公表した。東京アラートは今後は使わず、再度の休業要請のための数値基準も撤
   廃した。「どの数字にたどり着いたらスイッチをオンにするか、オフにするかではなく、全体像をつかむ」と知事は新指標
   から数値的な基準をなくしたことを、こう説明し、さらに感染拡大を防止と経済社会活動の両立を目指すと強調した。
   色々とややこしいことを並べているが、要するに、アラートの基準などというものは最初からなかったということだ。
    新たな指標は〔1〕新規陽性者数〔2〕救急への発熱相談件数〔3〕感染経路不明者の数と増加比〔4〕検査人数と陽性
   率〔5〕救急による5医療機関への受け入れ要請や、搬送先が20分以上決まらなかった件数〔6〕入院患者数〔7〕重症
   患者数-の7項目で、モニタリング会議を原則週1回開き、警戒を呼びかけるか総合的に判断するということだ。
    しかし、この基準に関しては29日の時点で早々と(1)と(2)が基準を超えたが、何故か東京アラートは発令されない。
   東京都で初めて100人を超える新規感染確認があったのが4月4日の118人、同17日が最高となる206人。直近で
   は6月28日に60人、7月1日に67人、2日に107人、3日が124人。陽性者数(累計)6765人で、死者数は325人。
   数字の示すところは、状況は収束には向かっていないということだ。事実は、逆方向である。にも拘わらずアラートが発
   令されないのはなぜか、それは「東京アラート」とは、候補者小池百合子の選挙パフォーマンス以外の何ものでもなかっ
   たということだ。これによって緑のタヌキはテレビに条件なしで常時出演することができ、「やっている感」を宣伝すること
   が可能となった。つまり、公務を装った私的な選挙活動である。公共電波の私物化である。
   この都知事選は、あまりにもアンフェアである。
   アンフェア【unfair】の意味は、不公平な、不当な、不正な、公明正大でない、ずるい、である。
   だから私は緑のタヌキが嫌いなのだ。

   ※  新型コロナウイルス感染状況
       米ジョンズ・ポプキンス大学システム科学工学センター(7月3日現在)。
      
   死者  感染確認者
世界総数   521、298  10、871、362
 アメリカ  128、740  2,739,879
 ブラジル   61,884  1、496、858
 イギリス   44,080    285,268
 イタリア   34、818    240、961
 フランス   29、875    203、640
 メキシコ   29、189    238、511
 スペイン   28、368    250、103
 インド   18、213    625,544



      「レオポルドのコンゴ」

         2020・7・2 

   今日は「ハック・フィン」は書かない。少し歴史のお勉強をする。開いた教科書及び集めた参考書の類は以下に
  紹介する。

             ベルギー国王、植民地支配めぐり書簡    日本経済新聞   7月1日付

   ベルギーのフィリップ国王は6月30日、アフリカ中部コンゴ民主共和国(旧ザイール)のチセケディ大統領に宛てた
  書簡の中で、75年にわたるベルギー支配下での残虐行為について「痛惜の念を表したい」と伝えた。ベルギー国王
  がコンゴに謝罪したのは初めて。米国で起きた黒人男性の暴行死事件を契機にベルギーでも植民地時代を見直す
  動きが出ている。
   欧米メディアが伝えた。19世紀後半から20世紀初め、当時のベルギー国王だったレオポルド2世はコンゴの広大な
  盆地を「コンゴ自由国」の名の下に私有地化した。世界的な需要があった天然ゴムを生産する農園で先住民の強制
  労働者に過酷なノルマを課し、多くの死者を出したとされる。
   フィリップ国王はコンゴ独立60年を記念した書簡で、1885~1908年の「コンゴ自由国」時代に「残虐行為が行われた」
  と明言した。その後のベルギー政府による植民地時代も、コンゴの人々に「苦しみと屈辱をもたらした」と認めた。
   当時コンゴに駐在していたロジャー・ケースメント英国領事が残した1904年の調査によると、ノルマを達成できなかっ
  た先住民らの手足を切断するなど、非道な搾取が横行していた。
   米国で白人警官が黒人男性を暴行して死に至らせた事件を受け、ベルギーではレオポルド2世像が落書きされたり
  塗料で汚されたりする事例も出ている。フィリップ国王は「過去の傷の苦しみが、私たちの社会に存在する差別によっ
  て今日、再び呼び起こされている」として、「あらゆる人種差別と闘い続ける」との決意を表明した。

   


          「レオポルドのコンゴ統治」(ウイキペディア(フリー百科事典)

    即位前から植民地獲得に強い関心を持ち、他の列強の支配が及んでいないコンゴに目を付け、コンゴ国際協会
   を創設して探検を支援。先住民の部族長と協定を結ぶなどコンゴ支配の既成事実化を進めた。その結果、1884年
   のベルリン会議にてコンゴを私有地として統治することを列強から認められた(コンゴ自由国)。
    だが、まもなくレオポルド2世は利益の回収を最優先にするようになった。1891年と1892年の勅令によって最も収入
   が期待できる象牙天然ゴムを自分の独占事業にし、とりわけ1890年代半ばから急速に需要が高まっていた天然
   ゴム採取を急がせた。1893年まで250トン足らずだった天然ゴム生産量を1901年には6000トンにまで高めさせた
   しかし、それは先住民の過酷な労働の上に成り立っていた。
    最も重要な資源である天然ゴムにはノルマ制が設けられ、生産量が足りない場合には手足切断などの罰が加えら
   れた。過酷な圧政によってコンゴの人口は1885年にコンゴ自由国が建設された時点(3000万人)と比べて70%減少し、
   900万人まで減少したといわれる。こうした残虐行為を行っていたのはレオポルド2世の私軍である公安軍だった。
   この部隊は士官は白人だが、兵士はナイジェリアや西アフリカ諸国の黒人を中心に構成されていた]
    イギリス・ローデシア植民地のセシル・ローズが進出してくる懸念から、コンゴ南部のカタンガ進出にも力を入れた
   一方、イギリス植民地省はコンゴ自由国内における残虐行為の報告を集めていた。また、コンゴに滞在する宣教師も
   そうした報告を『タイムズ』紙をはじめとする新聞に公表するようになり、ヨーロッパ中でレオポルド2世への批判が強ま
   っていった。1903年にはイギリス下院が「コンゴ自由国はベルリン条約に違反して先住民に対して過酷な圧政を行って
   いる」と批判する決議を出してるエドモンド・モレルの『赤いゴム』、マーク・トウェインの『レオポルド王の独白』など、
   レオポルド2世批判の著作も続々と出版された
    それでも王太子の植民地への熱意は消えず、1860年には「外に向かって膨張すべき時期が来ている。もはや最良の
   条件 ―我が国より冒険的な国々によってすでに奪われてしまった― を待っているべき時ではない。」と語っている
   ベルギーが植民地化できる可能性のある場所を手当たり次第に物色し、1865年には「清か日本への遠征が成功すれ
   ばベルギーは巨大な帝国となるだろう。人間が同じ人間を搾取することは許されないが、ヨーロッパの出現を東洋が救
   済と考えないと誰が言えるだろうか」と語り、極東の植民地化にも関心を示している

          コンゴに「痛惜の念」 
                ベルギー 初めて謝罪
                            アフリカ植民地から子ども拉致
          首相「基本的人権を侵害」    害者支援を      2020・4・6   しんぶん・赤旗

     ベルギーのミシェル首相は4日、かつて同国が支配していたアフリカの植民地でベルギー人男性と現地人女性との
    間に生まれた子どもを強制的にベルギーに連れ帰ったことについて、人権侵害だったと認め、国を代表して謝罪しま
    した。この問題をめぐってベルギーが公式に謝罪したのは初めてです。(島田峰隆)

     現在のコンゴ民主共和国とルワンダ、ブルンジにあたる地域を植民地支配していたベルギーは、人種隔離政策をとり、
    現地で人種の異なる人同士が結婚することを法律で禁止しました。しかし植民地にいたベルギー人男性が現地人女性と
    結婚する例は多く、子どもも生まれました。ベルギー当局は、こうした子どもを1959~62年に拉致・強制連行し、ベルギ
    ー国内のカトリック教会が運営する施設へ収容しました。
     被害にあった子どもは1万~2万人と見積もられます。ベルギー人の父親の中には子どもを認知しない人もおり、無国
    籍になった子どももいます。また今も子どもの行方を探している母親もいます。
     ミシェル首相は国会演説で「アフリカを植民地支配していた期間を通じて、人種の異なる父母の間に生まれた子どもの
    隔離をベルギーが続け、基本的人権を侵害した」と指摘。「植民地時代に生まれた子どもとその家族に対し、不正義と被
    った苦しみについて政府の名において謝罪する」と述べました。
     ミシェル氏は被害者に当時の資料を公開し、自らの公式記録を探したりベルギー国籍の取得を望んだりする人々を政府
    として支援すると約束しました。
     被害者の1人でミシェル氏の演説を聞いたジャノー・カルディナル氏はロイター通信に「ベルギーが国として教会と協力し
    てわれわれに何をしたかについて認識し、誤りだったと認めたものだ」と強調しました。
     ベルギー国会は昨年、被害者への謝罪を政府に求める決議を全会一致で採択。国連の専門家委員会は今年2月、ベル
    ギーに対し植民地時代の残虐行為について謝罪を促す報告書を出しました。カトリック教会は一昨年、子どもの強制連行
    に関与したことを謝罪しています。
       ベルギーのアフリカ植民地支配 
     ベルギー国王レオポルド2世は、1884~85年の列強によるアフリカ分割会議で現在のコンゴ民主共和国にあたる地域
    を私領地として獲得。1908年にはベルギーの植民地とし60年の独立まで支配を続けました。ルワンダは19年に、ブルン
    ジは22年にそれぞれ委任統治領とし、両国とも62年の独立まで植民地としました。

            ヒトラーよりヤバい!
      アフリカ内陸で最大3000万人を虐殺した“知られざる暴君”レオポルド2世の鬼畜ぶりがハンパない!
      ヒトラー、スターリン、毛沢東――悪名をはせる20世紀の虐殺者たちだが、その影に隠れ、歴史から忘れ去られた暴君
     としてレオポルド2世の名前がある。1000万人を超えるアフリカ人を死に追いやった非道なベルギー国王の悪行を、海外
     メディアが取り上げている。
         ■敬意なき葬列
     1909年12月、厳しい寒気に包まれたブリュッセルの街道を、長い葬列が通過してゆく。多頭引きの豪華な馬車の荷台に、
    ビロードの覆いのかかった棺が安置されていた。
     この葬列は、40年以上の長きにわたり、ベルギーを治めたレオポルド2世のものであった。本来、深い敬意と哀悼の念を
    もって国民に見送られるべき瞬間であるが、この時ばかりはそうなり得なかった。
    国民の大半が、彼を嫌っていた。沿道からはヤジが飛び、不意に近づいた通行人が棺につばを吐きかけた。
    年老いた国王の評判は、なぜこれほどまでに低下してしまったのか? その背景には、レオポルド2世が死の直前まで固執
    した「コンゴ自由国」の存在があった。
         ■コンゴ獲得にみせた執念
     1865年、ナポレオン戦争を戦い抜いた父の後を継ぎ、30歳の若さで即位したレオポルド2世は、独立間もない祖国の行く
    末を案じていた。
    その折に彼の目に留まったのは、隣国であるオランダが経営していた南太平洋の植民地である。そして、彼は確信する。
    国家の偉大さは、植民地から得られる資源に比例すると!
    旧支配国・オランダのプランテーションが生み出す莫大な利益が、レオポルド2世の野心に火をつけて、彼は海を隔てた領土
    を渇望するようになった。彼は議会で弁舌をふるい、未開の土地を手当たり次第に物色し、著名な探検家であるヘンリー・ス
    タンリーのパトロンとなって報告を待った。
    そうした努力の結果、レオポルド2世はついに、暗黒大陸と呼ばれたアフリカの中心部に列強の手の及ばない空白地を発見し、
    その土地をコンゴ独立国と名付けて我が物としたのである。
         ■苛酷なノルマと弾圧
     帝国主義が幅を利かせていた当時、ヨーロッパ各国による海外支配は決して珍しいものではなかった。
    にもかかわらず、念願の植民地を手に入れたレオポルド2世が非難されるようになった原因は、コンゴが徹底して王の“私領”
    として扱われた点にある。
     レオポルド2世は自らのポケットマネーで土地を拓き、私兵隊を組織して現地の警備にあたらせた。支配は科学や慈善の名
    の下に偽装されていたが、手元にある資金が底をついてゆくにつれ、中世を彷彿とさせる無法なふるまいが横行するようにな
    った。
     コンゴの産業の主軸はゴムの栽培であったが、現地の住民たちは度を越したノルマを課され、それを満たせない者は次々に
    罰せられていった。具体的な方法については、コンゴを訪れた宣教師たちが詳しく書き残している。
     ある記述には「十人ほどの住民に網をかけ、石を吊るして川に沈めた」とあり。別の記述には「切り取った住民の頭を柵に掲
    げ、十字架を模した晒し首にした」とある。
    さらに、コンゴの象徴として名高いものに、バスケットに山と積まれた血だらけの手首があった。これらは不足するゴムと引き換
    えに住民たちから回収されたもので、私兵たちの間では一種の通貨として機能していた。手首を上司のもとへ届けると、彼らは
    臨時の報酬にありついたり、任期を短縮してもらったりすることができたからだ。
    かかる惨状が新聞や書籍によって各国に伝えられると、コンゴ独立国はあざけりの意味を含め、いつしかコンゴ自由国(自由
    貿易の意)と呼ばれるようになっていった。
         ■歴史の授業から消えたベルギー王
     結局のところコンゴは、レオポルド2世の財産であり、ベルギー本国ではなく、彼個人を富ませたに過ぎなかった。またそのよ
    うな意味で、彼はコンゴの指導者にはなり得ず、奴隷監督として君臨したにすぎなかった。
     諸外国も議会も、コンゴの経営実態を問題視したが、レオポルド2世は崩御の前年までコンゴを手放そうとはしなかった。コン
    ゴ独立国の成立以来、現地の人口は急激に減少してゆき、最終的には全人口の7割が失われたと言われている。仮説として
    最も少ない見積もりでは500万人、相応の信ぴょう性がある数字として1000万人、最大のものとして3000万人が死んだと推測さ
    れている。
    ――数字はどうあれ、後世の虐殺者たちと肩を並べるほどの罪を犯したレオポルド2世だが、今となっては学びの場や報道で
    その名を耳にすることはほとんどない。とりわけアメリカでは、人の道に反する抑圧について話されるとき、ホロコーストや奴隷
    制度は引き合いに出されても、話が彼に及ぶことはない。
     教育現場における通説と衝突し、純粋な人種差別主義を否定する目的にはそぐわない西洋の資本主義君主の悪行について
    は、あえて触れる必要がない、と世間一般は受け止めているようだ。
    「たとえあなたが1000万人のアフリカ人を殺したとしても、あなたの名前は“ヒトラー”ではないから、それは悪の象徴になり得な
    い」
     参考元の記者は、そうした現状に疑問を抱き、上記の見解を記事の末尾に加えていた。(文=Forest)
       ルムンバ殺害捜査は継続 ベルギー検察、関係者存命 (2020/7/2 06:05)

 【ブリュッセル共同】コンゴ(旧ザイール)がベルギーから独立した翌年の1961年にルムンバ初代首相が殺害された事件で、
ベルギーのファンレーウ連邦検察官は1日、暗殺事件の捜査は継続中だと明らかにした。事件に関与したとみられる人物が2
人存命だと述べた。6月30日のコンゴ独立60年に絡み、地元メディアに語った。
 アフリカ独立運動の旗手の一人だったルムンバは独立直後のコンゴ動乱の最中、拘束されて殺された。ベルギー軍や秘密
警察の関与が指摘され、同国政府は殺害の道義的責任を認めて2002年に謝罪した

           読書ノート No.24
       マーク・トゥエイン『レオポルド王の独白』     根本 利通(ねもととしみち)


    レオポルド2世の悪業が暴かれ、批判されだすのは1890年である。コンラッドの『闇の奥』の刊行は1899年。コンゴ改革協会の
   創立が1904年3月である。そしてマーク・トゥエインによる本書がボストンで出版されたのが1905年(ロンドンでは1906年)。1908年
   ベルギー議会は、コンゴ自由国をレオポルド2世の私有地からベルギーの植民地に移行する議決をする。その翌年、レオポルド
   2世は死去する。74歳であった。コンゴ略奪の盟友スタンリーは、その前1904年5月に亡くなっているから、激しいコンゴ自由国非
   難はぎりぎり知らなかったのかもしれない。
    ティップティプが、象牙と奴隷狩りによって富を蓄え、東部コンゴに私的な王国を形成していたのが、1870年代前半~80年代前
   半である。その後はスタンリーと組んだり離れたりしながらも、ベルギーの進出(コンゴ自由国)の下に組み込まれ、1880年代後半
   東部コンゴの総督となっていた。『闇の奥』のクルツが象牙狩りに狂奔していたのが1880年代後半となる。そのころの東部コンゴ
   には象牙は豊富にあり、アラブ人とベルギー人が奪い合っていた。1890年にティップティプがザンジバルに戻った後、息子のセイ
   フや子飼いの部下たちがキサンガニ(スタンリーフォール)を本拠に東部コンゴを支配していたが、1892~3年のベルギー人との戦
   闘に敗れ、追い出されてしまう。
    ティップティプの部下のアラブ人たちは現在のタンザニア本土に逃げ帰るが、そこもすでにドイツ領東アフリカと化し、本拠のザン
   ジバルですら英国の保護領とされていた。東アフリカにおけるアラブの時代は終わっていた。そしてコンゴでは「奴隷貿易を廃絶し、
   キリスト教文明を広める」という大義のもと、レオポルド2世による資源略奪が行われ、マーク・トゥエインが描いた世界が進行した。
    少し時代は下がり、アンドレ・ジイドが1925~26年の旅を『コンゴ紀行』に残している。ジイドはこの本を「ジョセフ・コンラッドの思い
   出に」ささげているし、『闇の奥』に描かれた世界のその後に興味をもっていたことは明らかである。旅の途上でも、何回か『闇の奥』
   に触れている。
    ジイドが描いたコンゴは、ベルギー領コンゴも少し出てくるが、主としてフランス領コンゴ(ブラザヴィル)であり、旅の範囲はフラン
   ス領赤道アフリカ、現在の国名でいえば、中央アフリカ、チャド、カメルーンにまで広がっている。そして時代もコンラッドの描いた時
   から35年経過している。しかし、それだからこそと言うべきか、レオポルド2世の悪業は、彼個人、あるいはベルギーという小国という
   性格に帰せられるべきではないというのを浮かび上がらせていると感じる。

    このお勉強から何が分かったのか。ヨーロッパの複雑さと、白人至上主義の根深さか。
   コンゴは遠い国だ。ベルギーも遠い国だ。スペイン・ポルトガルの大航海時代は時間的にはもっと遠い。
   フランス皇帝ナポレオン一世がイギリスのウエリントン公爵が率いる英蘭連合軍にベルギーのワーテルロー近郊で敗北したのは
   1815年6月18日のことだ。当時はネーデルランド連合王国と呼ばれていた。ベルギーがネーデルランド連合王国から独立した
   のは1830年10月4日のことである。ベルギー第2代国王レオポルド2世が個人の所有地としてアフリカにコンゴ自由国を領有
   したのは1885年のことである。地球儀を回すと、極東において日韓併合がなされたのは1910年(明治43年)のことである。
    先の太平洋戦争での犠牲者数は日本人死者は310万人(軍人・軍属が230万人、民間人が80万人)、この侵略戦争でのアジ
   ア諸国の犠牲者は2000万人以上と各国政府によって公表されている。
   ・・・・・そして、天皇は存続した。
    

   ※ 昭和天皇の在位が半世紀に達した1975(昭和50)年10月、天皇ははじめてーー また唯一ともなったーー公式の記者会見を
     皇居内で行なっている。
      日本記者クラブ理事長が代表質問に立ち、前月の訪米に際しての印象などの問答が済んだのち、ロンドン・タイムズの中村
     浩二記者が立って関連質問をした。
     記者:「天皇陛下はホワイトハウスで、『私が深く悲しみとするあの不幸な戦争』というご発言がありましたが、このことは戦争に
         対して責任を感じておられるという意味と解してよろしゅうございますか。また、陛下はいわゆる戦争責任について、どの
         ようにお考えになっておられますかおうかがいいたします」。
     天皇:「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないのでよくわかりませんから、そういう
         問題についてはお答えが出来かねます」。
                (朝日新聞、1975年11月1日)
                  (後藤正治氏著『清冽』中央公論社、p.155)



    
       「ビリチスの愛の歌
                恋の島レスボス       」

              2020・7・1 

   「わたしを愛して
   ほほえみや 笛や 花束などでなく
   あなたの心と 涙で愛して
   そうよ わたしが乳房と呻きで
   あなたを愛しているように」


      今日からは月が替わって7月、雪の降る頃に立てた計画ではシェイクスピアの庭の真ん中辺りまでは来ているはず
     なのだが、やはり予定というものはあくまでも未定であって、現実の生活ではそんな風には事は運ばない、ましてや
     意志薄弱にして人一倍寄り道が好きな傾奇者のことであるから、読書に限らず、全てにおいて一本の道を真っ直ぐ歩
     くことが出来ない。
      松岡和子訳による『ジョン王』『タイタス・アンドロニカス』の二冊をコーチャンフォーで買ったのは6月の15日(月)の
     ことだが、まだ開くことが出来ないでいる。
      鴨長明という大文章の発見が予定を狂わせたのか、堀田善衛の再発見がこの遊びを終わらせないのか、いずれにし
     ても今暫くは日本の「中世」とやらでの遊学は止みそうにない。この調子だとシェイクスピアに還るのは秋風が吹く頃と
     なるか、それにしても堀田さんが教えてくれた世界でのこの遊びは面白い。聖地巡礼とでもいうか。
      物の本によれば、「中世」とは、古代に続き、近世・近代に先行する時期で、封建制を基礎とする。この歴史区分は
     西洋の歴史学をモデルとした明治以降の近代歴史学が使い始めたもので、具体的には鎌倉幕府の成立(1185年)
     から室町幕府の滅亡(1573年)までの4世紀の期間を「中世」と定義する。要するに借りて来た史観ということだ。
     ここに定義された「中世」は政治史的には武家政権(幕府)による支配を特徴としており、天皇の政権(朝廷)が全国
     統合していた古代(大和・奈良・平安)と区別される。「近世」とは安土桃山時代・江戸時代のことである。
     ただし、この歴史区分は支配の形態に重点をおいたもので、あまりにも政治史的であり、あくまでも一つの解釈に過ぎ
     ない。例えば、古代における天皇政権と言っても、時に「天皇親政」ということもあったが制度として「天皇独裁」であった
     わけではく、一家系独占の世襲でもなかった。
      しかし、私の目下のところの関心はこうした歴史区分や上部構造の諸形態にあるのではなく、堀田さんが教えてくれた
     鴨長明という人間存在とその周辺を行き交う人間群像である。
      それで、栗田勇さん(1929年生ー)の『一遍上人―――旅の思索者』(新潮社・1977年)と白洲正子さん(1910年
     ~1998年)の『西行』(新潮社・1988年)を書架の奥から何十年ぶりに取り出した。忘れていた本である。忘れた理由
     は簡単に云えば、理解できなかったからである。何事にせよ好き嫌いが激しい男なのである。しかし、今は70歳だ、若い
     頃とは違った読み方が出来るかもしれない。
      私が栗田さんの本を最初に手に取ったのは新書館から1967年に出版された『ビリチスの愛の歌』という翻訳物で、こ
     の本の表紙と挿画は宇野亜喜良(うの あきら)の仕事だ。美しい本だし、いい本だと思ったが今は絶版となっている。
      ビリチスは紀元前6世紀のギリシヤに、生き、恋し、愛に伴うさまざまな感情を官能的に歌い上げた美しい女流詩人だ
     が、実はこの詩編はフランスの象徴派詩人ピエール・ルイスの創作である。
     栗田さんのものはこの2冊の他に『神々の愛でし都』(中央公論社・1972年)と呪われた詩人ロート・レアモンの『マルド
     ロールの歌』を持っている。先のものはバビロンやアレクサンドリアといった古代の都市を訪ねての紀行文である。後の
     ものは説明の必要はないか。
      ロートレアモン伯爵、本名イジドール・リュシアン・デュカス(1846年~1870年)。
     「生の美しさは死の美しさによってのみ始めて判断され得る」という言葉を遺した。
     栗田さんはフランス文学者で、美術評論家で、作家でもある。守備範囲が広いというのか、多才多能な人。
     一遍、トロッキー、竹久夢二、アントニオ・ガウディ、道元、良寛、千利休、最澄、西行、一休、芭蕉について語っている。
      先に開いたのは白洲正子さんの『西行』だ。
     祖父は樺山資紀(海軍大将・伯爵)、母方の祖父は川村純義(海軍大将、伯爵)、1929年(昭和4年)白洲次郎と結婚。
     幼少期より梅若流の能の舞台にあがり、能に造詣が深く、青山二郎や小林秀雄の薫陶を受け骨董を愛し、日本の美に
     ついての随筆を多く著す。要するに、お嬢様である。
     その作風は、「用語の定義など微妙な問題は曖昧にぼかす、論理的な根拠は示さずに直感で自己流の解釈を示す、厳
     密な解釈は避け結論は出さずに有耶無耶に終わるなど、あくまで評論家の作風であり学者の筆法とは異なる、これは
     白洲の作風の欠点であり、美点でもある」ということだそうだ。
      骨董の師匠であった青山二郎(1901年~1979年)は、日本の装丁家・美術評論家で、骨董収集鑑定家でもあった。
     その自宅には小林秀雄、中原中也、永井龍男、大岡昇平といった文人たちが集い、「青山学院」と呼ばれ、白洲正子、
     宇野千代なども弟子にあたる、やはりお嬢様である。どこか吉田健一に似ている。新華族か、戦前は、こういう階級があ
     った。
      華族は、公家の堂上家に由来するものを堂上華族、江戸時代の大名家に由来するものを大名華族、国家への勲功に
     より成り上がったものを新華族、臣籍降下した元皇族を皇親華族という。
      明治17年(1884年)7月7日、華族令が制定された。これにより華族となった家の当主は「公爵」「侯爵」「伯爵」「子爵」
     「男爵」の五階の爵位に叙された。階級の新設と固定化、明治維新とはこういうものだった。
      それはともかくとして、白洲正子さんの文芸上の師匠は小林秀雄である。
     小林秀雄については私の古い読書ノートに書き留めてあったものを以下に書き写す。

      東大仏文科の後輩にあたる鹿島茂は『ドーダの人・小林秀雄』(朝日新聞出版・2016年)で、神様・小林を
   「小林秀雄の文章というのは、これを文章構成の観点から見ると、証明の過程を欠いた断定の連続で、論理的にも
    飛躍が多く、評論というよりも、むしろ長めのマクシム(箴言)と呼んだほうがよい。いや、長めのマクシムと
    て論理性は不可欠なのだから、正確には、非論理的な言説のところどころにドスの利いた殺し文句が挿入された
    ものにすぎないと言うべきだろう」と痛烈に批判した。

     「ドーダ」とは、漫画家の東海林さだおが提起した用語で、「ドーダ、俺はすごいだろう。ドーダ、参ったか」と
    いう自己愛を核としてなされるすべての表現行為のことだそうだ。鹿島さんは、小林を「ドーダのデパート」で
    あると言い切った。

       作曲家でありピアニストでもある高橋悠治は『音楽のおしえ』(晶文社)の中で、「小林秀雄は作品に対するこ
    とをさけ、感動の出会いを演出する。その出会いは、センチメンタルな「言い方」にすぎないし、対象とは何のか
    かわりもない」と吐き捨てている。
     「美しい花がある、花の美しさという様なものはない」と意味不明なことを得意気に語った小林秀雄は自己陶酔の
    人であった。だから、その書いた文章は誰にも呼びかけることはない。ただ従うことを強制するだけである。これ
    を文章によるファシズムという。小林が、ゴッホやモーツ
ルトやランボーやドストエフスキーを語るのは自由で
    あるが、これらの人物の評伝を書きながら小林は何をしていたのか。小林のもう一つの顔は、自らを常に安全な場
    所に置いての戦争扇動者であった。

      かつて花田清輝は文芸評論集『冒険と日和見』(創樹者・1071年発行)の中で、「ホンモノとニセモノとの腑
    分けをして、能事おわれりといったような批評家は、わたしには鑑定家であって批評家の名に値しないような気が
    してならないのだ。」と小林を批判した。

      私の敬愛するところの坂口安吾は、教祖・小林秀雄を「骨董の鑑定人」と切り捨てた。

       白洲正子さんは小林秀雄のお弟子さんである。優秀なお弟子さんであったのだろう。高橋悠治の小林評はそのまま白洲正
      子さんに当てはまる、と私は思う。「白洲正子(小林秀雄)は作品に対することをさけ、感動の出会いを演出する。その
    出会いは、センチメンタルな『言い方』にすぎないし、対象とは何のかかわりもない」と言うことだ。
     今回、読み直してみて、つくづく感じるのは、その文章のあまりのもったいぶった痛々しさだ。
    裕福な家庭のお嬢様がお手本にしがみついて一所懸命
に書いた作文、仕上がったものは名所旧跡巡りの観光案内書とし
      か云い様のないものだ。主観に満ち満ちた推測と断定。そこには西行の歌についての私的な解釈と、その背景にあると白洲
      さんが思い込む、在五中将・在原業平に二重写ししたところの恋愛事情が美しく語られるのだが、どこにも希代の怪物・西行
      の姿は見えない。これでは魂の漂泊というよりは遊蕩児の感傷旅行である。
       一例を挙げれば、

          笹深み霧越す岫を朝立ちてなびきわづらふ蟻の門渡り

      「熊笹が深々と繁茂して道がわかりにくいので霧にまかれて何も見えない蟻の門渡りの尾根道は、夜が明けてから出立しても
      通り抜けるのが難儀である」と解説されている歌だが、これでは単なる情景歌である。白洲さんの解釈もこの域を出ていない。
      白洲さんは、「大峯山で修業する人々は、大自然の前で、みな蟻のようにか弱く、霧に巻かれて『靡きわづらふ』のであった」
      と書く。西行がそんな純情可憐な自然派詩人であったのか、私は思わず吹き出してしまった。
      問題は、「蟻の戸渡り」という言葉だ。大辞泉によれば、意味は以下の通りである。

        蟻が列を作ってはっていること。蟻の熊野参り。 夏》
        陰部と肛門 (こうもん) の間。会陰 (えいん) 。
        両側が切り立った崖となっている所。長野県の戸隠山のものが有名。

       また別の辞典によれば、

       1 蟻が一筋の細い列となって進むこと。蟻の熊野参り。
       2 外陰部と肛門との間。会陰(えいん)。

      難波の江口・神崎の遊里に親しく出入りしていた西行の一面は生臭坊主であり、西行もまた「恋の島レスボス」を歌ったのだ
      生の燃焼としてのエロチズム、西行の歌の破格は、これである。

        身を捨つる 人はまことに捨つるかは 捨てぬ人こそ捨つるなりけれ

      【現代語訳】
     身を捨てる(出家する)人は本当に(身を)捨てているのだろうか(いや、捨ててはいない)。
     (むしろ)捨てていない(俗世にいる)人こそ捨ててしまっているのだ。

       私は「良書百選」などというものは信じない、何を良書とするかは個人の問題である。
      そして、本というのは、自分の目で読んでみなければその本の持つ価値というのは分からない。ここが本というものが持つ
      やっかいな性質である。だから貧しい私の書架でもいつの間にかつまらない本が溜まる。


 



        「さらば友よ」

           2020・6・30 

    朝早く電話が鳴った。火曜日の「お茶会」の座長である福盛田恵美子さんからの哀しい報せだ。
   私たちの親しい友である曽川伸晃さんが去る27日、入院先の病院で亡くなったという悲報だ。
   伸晃さんは私より10歳ほど若い、この死は余りにも早すぎる。何でこんなことになるのか、まだまだやりたかったことが
   山ほどあったろうに、やり残したこともまた数え切れぬほどあったろうに、夏だというのに何とも言えぬ暗い朝だ。
   死因などの詳しいことはまだ分からないけれども、今日の午後5時から平岸で家族だけの通夜が行われると聞いた。
    友よ、安らかに眠れ。
           合掌。

    午前10時、そのお茶会に出かける。
   今、手稲区で問題となっているのは、北海道新幹線の延伸工事で発生する有害物質を含む土砂の受け入れについて、
   ということだが、私の観るところ、手稲区の全住民がこの問題についての正確な情報を持っているわけではない。

   「有害掘削土から手稲の水と安全・健康を守る会」という市民団体があって、そのホームペイジを開けば、この問題の本
   質がどこにあるのかは理解することが出来るが、その前にいつものごとく少なからずの市民の側の無関心という惰性が
   横たわっている。あるいはまた「水と安全・健康を守る」という公衆衛生上の問題を、政治的色眼鏡でもって解釈しようと
   する
(何らかの利害も絡んでいるのだろうが)悪意と無知による奇妙な動きもある。
    では本当のところはどうなのか。4月26日の「ハーバー・ビジネス・オンライン」は次のように報じている。

       「2030年札幌オリンピックのための新幹線延伸で、北海道が汚染される!?」(樫田秀樹)
    2030年、北海道は「北海道新幹線の札幌延伸」と「札幌オリンピック」の同時実現を目指している。そのビッグイベントの
   ために北海道の大地が汚染されようとしている。
        鉛、カドミウム、ヒ素などを含む汚染残土の埋め立て計画 
    2019年12月11日。筆者は北海道札幌市手稲区金山(かなやま)地区の森を歩いていた。空気がおいしい。鹿のフンもと
   ころどころで目にする。  案内してくれた市民団体「有害掘削土から手稲の水と安全・健康を守る会」(以下、守る会)の大
   平三千夫さんが小さな池のほとりに立つ。数十年も前に稼働していた金山(きんざん)、手稲鉱山で使われていた沈砂池だ。  
   池の向こうは見上げるような急斜面。肉眼でその奥はもう見えないが、急斜面の奥にはさらに急勾配の鉱山の採石場跡地
   がある。そこに、東京ドーム1杯分に相当する110万㎥もの汚染土壌が積まれるという。
    その汚染土壌は、北海道新幹線の工事で排出される残土のなかでも「要対策土」と呼ばれ、鉛、カドミウム、ヒ素など
   の重金属を含む
。すぐ近くには川も流れ、浄水場もある。小学校も中学校もある。  この手稲鉱山閉山後の1986年12月、
   コンクリートで密閉した坑口の脇から突然、鉱毒を含んだ鉄砲水が噴出して手稲区の住宅地を襲った。数十戸の床下浸水
   に加えて、国道5号線やJR本線も運行停止となり、住民は以後10年間の野菜栽培や山菜採りの禁止を要請されたほどの事
   件だった。  その場所に持ち上がった汚染残土の埋め立て計画。この事件を覚えている大平さんは「私たちは北海道新幹
  線には反対はしない。でも住民生活に不安を与える残土埋め立てには断固反対します
」と明言した。

         

       この問題について共産党の紙智子議員の発言を聞く。5月21日の「しんぶん・赤旗」に掲載されたものだ。


          新幹線残土「白紙に」
                紙氏 受け入れ前提調査だめ

      日本共産党の紙智子議員は18日の参院決算委員会で、JR北海道新幹線の延伸に伴い発生する残土の受け入れ
     に地元住民が反発している問題を取り上げ、受け入れありきの事前調査をやめるよう求めるとともに、「白紙に戻し考
     え直させるのも国の責任だ」と迫りました。
      残土の受け入れ候補地の周辺には浄水場、教育施設や福祉施設などがあり、札幌市手稲区の金山地域と厚別区の
     山本地域の住民からは処分地にしないよう訴える署名が2万人分を超え、事前調査を拒否しています。
      紙氏は、受け入れ地で環境アセスメント(環境影響評価)が実施されていないと指摘し「延伸する最初の段階に問題が
     あったのではないか」とただしました。
      国交省の水嶋智鉄道局長は、残土の受け入れ先や処分量は明らかではなかったと答えました。

       この問題をめぐるその後の動きだが、24日のNHKのニュースだ・

           「新幹線残土の新候補地で説明会へ」



        


 
       「イマジン」

        2020・6・29

    午前3時、中国5千年の霊薬は本当に素晴らしい。この数日は足に恐怖を覚えることはない。
   左右の脹脛(ふくらはぎ)にはまだ幾分かの硬さは残っているが、歳も歳だし、まあ、気長に付き合うしかないだろう。
   4時、週に一度の新聞配達に出かける。外は明るい。小雨が降っていたが気にはならなかった。今日も元気である、
   丈夫である・・・毎日が楽しい。
    菜園には小松菜、青紫蘇、トマト、バジル、唐黍と順調に育っている。先日は小松菜の味噌汁を食べた。昨日は青
   紫蘇を天婦羅にして食べた。貧者の自給自足、太陽の恵みと豊かな自然、、素朴にして豊饒か、いいね、この田園
   生活は、オールド・カントリー・ボーイか、やっと辿り着いたか、釣聖ウオルトンの言った「静かなることを学べ」の境地
   に、祝福すべき70歳の初夏だ。
    5時、久しぶりにジョン・レノンの『イマジン』を聴く。1971年に発表された楽曲だ。
   歌詞についてはつぎのような解説が付けられている。

    国家や宗教や所有欲によって起こる対立や憎悪を無意味なものとし、曲を聴く人自身もこの曲のユートピア的な世界
   を思い描き共有すれば世界は変わる、と訴えかける。人類愛や平和を勧める歌として多くの人々に愛唱されている。


    1971年(昭和46年)、この時、私は22歳だった。遠い昔のことだ。けれども歌は生き続けている。コロナ禍と人種
   差別が荒れ狂うこの世界、今こそみんなでこの歌を聴くべきだ、そして大きな声で歌うべきだ。

           想像してごらん 国なんて無いんだと
           そんなに難しくないでしょう?
           殺す理由も死ぬ理由も無く
           そして宗教も無い
           さあ想像してごらん みんなが
           ただ平和に生きているって...

     さて、その世界だが、今朝の新聞に目を通す。何が起きているのか。
     
        「きょうの潮流」 (赤旗のコラム)

     アメリカでの警官による黒人殺害を機に世界で人種差別反対の運動が広がっています。イギリスでは、オックスフォード
    大学の建物正面の外壁にあるセシル・ローズの像の撤去が決まりました▼大学にはアフリカ出身者や黒人学生も多く、数
    年前から「ローズは倒れなければならない」運動が起こりました。撤去のオンライン署名には15万人以上が賛同。当局は、
    討議と熟考を経て、英国と世界に与える影響を十分意識して決定したといいます▼セシル・ローズと言えば、アフリカ大陸を
    南北に大きくまたぐ巨人の挿絵を覚えている人もいるのでは。現行の中学社会科教科書にも登場し、列強が植民地の資源
    や市場を求めて侵略を進めた象徴として扱われています▼太平洋戦争の始まった年に出版された本に『セシル・ローズと南
    アフリカ』(鈴木正四著)があります。ダイヤモンド、金の独占企業で大金持ちとなり、その力で本国面積の数倍の支配者とな
    った「南アフリカのナポレオン」。日本への批判もこめられていました▼ローズいわく、「私たちが第一等の人種、私たちの住
    む世界が広がれば広がるほど人類は幸福である」。アングロサクソン民族優越の植民地主義者で、夜空に惑星を見れば「併
    合したいと考えた」とも▼青年ローズが初上陸したのが、南アのダーバン。2001年に同地で開かれた世界会議は「ダーバン
    宣言」を採択しました。植民地主義は「いつであれ、どこであれ非難されねばならない」と。像の撤去決定は、その一つです。

     次は中国に関する記事だ・

      香港 無言デモ
         国家安全法案に反対   NGOや記者協会が声明・書簡

     中国政府の香港への統制を強める「香港国家安全維持法案」が中国全国人民代表大会(全人代)常務委員会で30日に
    も採決されると伝えられる中、香港市民は抗議の声を強めています。28日は当局がデモを不許可にしたものの、市民はス
    ローガンを叫ばない無言のデモ行進で、法案反対の意志を示しました。
     香港の非政府組織(NGO)や非営利団体(NPO)の関係者ら約1900人は26日、連名で声明を発表し、法案に「強い反
    対」を表明。法案が香港の自治や法治、人権、自由にマイナスの影響があるとし、立法プロセスをすぐに停止するよう求め
    ました。香港記者協会も同日、全人代の栗戦書(りつ・せんしょ)常務委員長宛ての公開書簡を公表し、法案の撤回を要求。
    書簡は、法案が「人権や自由の保障、メディアの自由、記者の取材の自由などに大きな衝撃をもたらす」と懸念し、条文の
    公開と市民の意見を聞くことを訴えました。
     公共医療医生協会の馬仲儀会長は27日の記者会見で、国家安全維持法で公務員としての医療関係者も香港基本法(憲
    法に相当)への宣誓を求められたらどうするか問われ、「受け入れない。医療従事者が重視するのは患者だけだ」と強調しま
    した。(小林拓也)

     午前10時、10年前に書き綴った戯文をパソコンから取り出して一冊の文集に仕立てた。特にの意味はないのだが、身辺
    整理の真似事だ。例によって15部ほどこしらえて親しい友たちに配るつもりだ。この忙しい時に何たる暇人であることかと怒
    られるかもしれないが、これが貧しい私の精一杯の友情の表現だ、まあ、許されよ。
    午前12時、ジイサンとバアサンの今日の「枯葉のデート」は、星置にある有名なラーメン屋さん「吉林(きちりん)で昼食」を、と
    洒落こんだ。『ティファニーで朝食を』はトルーマン・カポーティの小説だ。これはオードリー・ヘプバーン主演で映画化された。
    ティファニーはニューヨーク5番街にある宝石店だ。つまり「ティファニーで朝食を食べるご身分」に憧れる女の物語だ。
    カポーティが書くものだから映画化されたもののイメージがどうであれ単純な恋愛物語ではない。企画の段階では、主演として
    候補に上がっていたのはマリリン・モンローだったそうだ。モンローとヘプバーンでは個性がまったく異なるが、映画は興行的
    には大成功だった。
     話はティファニーから吉林に戻る。
    吉林のラーメンは「清湯(ちんたん)」スープが売りで、この醤油ラーメンが絶品であった。
    中華料理の世界では、「清湯」とは、濁りのない透明なスープのことで、私の知る限りでは札幌にはこういうスープでラーメンを
    提供する店は他にはない。「清湯」の反対は「白湯(ぱいたん)」で、これは白く濁ったスープのことを言う。
    ところが今日の吉林のラーメンは「清湯」ではなかった。職人さんが変わったのか、材料が変わったのか、何だか知らないが、
    少しがっかりした。まあ、よくあることだ。
     釧路末広町に釧路ラーメンの本流を受け継ぐ『銀水』という屋号のラーメン屋さんがある。30代の頃、釧路に行くたびに必ず
    覗いた。釧路ラーメンの特徴は魚介系のスープで麺が白くて細い。旭川ラーメンとは正反対である。
    因みに、釧路ラーメンは札幌、函館、旭川と並ぶ北海道四大ラーメンと呼ばれているそうだ。
    もう一度『銀水』のラーメンが食べたいね。
     午後4時、鴨長明の『方丈記』を川瀬一馬さんの現代語訳で読み返す。この訳文は素晴らしく、無知無学な私でも長明さんの
    語る風景がよく理解できる。そして、現代語訳を読んでみて改めて思い知るのは長明さんの文章の素晴らしさである。
    随筆は内容もさることながら、やはり文章が命である。

     若(もし)、人このいえる事を疑はば、魚(いお)と鳥とのありさまを見よ。魚(いお)は水に飽かず。魚(いお)にあらざれば、
    その心を知らず。鳥は林をねがふ。鳥にあらざれば、その心を知らず。閑居の気味もまたおなじ。住まずして誰かさとらむ。
                              阿弥陀仏、両三遍申してやみぬ

     堀田善衛さんは長明の文章を次のように評している。

     時としてつき出て来る棘のようなものを除けば、まずは堂々たる文章である。対句仕立てを、まことに駆使という言い方が
    あてはまるほどに使いこなして、高い調べにのって唱う音楽的な文章であろう。

     鴨長明の文章の最大の特徴は、反語と、その音楽性である。
      今日はジョン・レノンで明けて、鴨長明で陽が暮れる。

 



      「今なぜ『方丈記』を読むのか」

         2020・6・28

    知ったかぶりをしている訳ではないけれども今更これはどういう意味ですかと聞けない事を新聞に教えて
   もらう。それで少し安心というか、なんとなく落ち着いた気分になる。相変わらず単純な男だと我ながら少々
   恥ずかしくなるが、そう言えば、「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」なんて言葉もあった。
    それで何を学んだかと言うことだが、一つはコロナウイルスについてであり、もう一つは経済学に関するも
   のだ。
    細胞生物学者にして歌人でもある永田和弘さんの講義をノートに取る。

    生命の定義は、①遺伝物質を持ち自己複製ができる②細胞膜や殻で外界と自分とを区別できる③代謝
   (外からものをとりこみ要らないものを排出する)ができる、の三つです。
    ところがウイルスは「代謝」ができない。動物の細胞内に入らないと死んでしまいます。また、ずっと一つの
   宿主にとどまっていると、宿主の免疫が働いて排除されてしまうため、次々と宿主を代えないと自分を維持
   できません。なので、ウイルスは移動を止めれば消滅します。
         自然壊し災厄よぶ
    
今回の感染拡大が教えるのは、自然を尊重することの重要性です。自然は傍若無人な人間だけのもので
    はなく、生態系全体のものなのです。ウイルスもその生態系のなかでかろうじて生きているのです。
     コウモリの中で悪さをしないで自分の子孫を残してきた。ところが人間が、野生動物の世界に分け入って
    食料にするとか、森林を破壊し動物との接触を増やすなど、そこに手を伸ばしていくものだから、ホストジャ
    ンプ(それまで宿主でなかった動物・植物への寄生性を獲得すること)が起きることになります。そのときに
    ウイルスが別の性質をもつことが多いうえに、人間はそれに対する免疫をもっていないので、ばたばたと死
    ぬことが起こるわけです。

    2時間目の授業は経済学だ。「新自由主義って?」何のことだろうか。これも分かり易い。

     新自由主義は、資本主義経済の運営に対する規制をできるだけなくし、自由競争に任せるべきだという
    「市場原理主義」の思想です。古典的な自由主義は封建制や絶対王政のもとでの自由への制約の撤廃を
    主張しました。これに対し新自由主義は、資本主義の矛盾の拡大のもとでつくられた、労働者や国民の人
    権を保障するための企業活動への規制の撤廃を主張するものです。
     派遣労働をはじめとする非正規雇用の拡大で労働法制の規制緩和を進めることは最大の柱の一つです。
    また、所得税の累進性の緩和、法人税や社会保障の企業負担を安くする一方で消費税を導入、拡大します。
    それと連動して医療、介護、年金などの社会保障を大幅削減します。公立・公的病院の統廃合はその表れ
    です。また、その他の企業活動に対するさまざまな規制を緩和し、強い者勝ちの「競争原理」を強めます。
    これを広く国民に受け入れさせるためのイデオロギーが「自己責任」論です。

     今日の二つの授業は生物学と経済学で、科目は違うけれども、二つ合わせると社会科の環境学となるの
    では、ふとそんなことを思った。出来事についての原因と結果の関係である。
     コロナウイルスを呼び込んだのは新自由主義であり、また、これが為に感染拡大を阻止することがあらか
    じめ不可能だったということだ。ここで起きたことが医療崩壊であり、それは感染者数の急激な増加への対応
    が出来なかったから生じたものであり、その原因は貧富の格差により貧困層が無防備な状態に捨て置かれて
    いる状況にある。例えばアメリカ、そしてブラジルだ。問題は、経済優先の思想及び政策は何を犠牲にして成り
    立っていたのかという疑問だ。
     アメリカのサンダース上院議員は上院での演説で、「新型コロナウイルスから学んだものがあるとすれば、
    国家の安全保障は、爆弾や戦闘機の製造以上のものであり、国民の生活向上のためにできるすべてを尽くす
    ということだ」と指摘。構造的な人種差別や、無慈悲な医療保険制度、異常な経済格差の広がりにもふれ、
    「米国史上、国の優先事項を根本的に変えなければならない瞬間があるとすれば、それは今だ」とも強調した。
     
3時間目の授業は国語だ。今日は日本文学の古典を教科書とする。

     古京はすでに荒れて、新都はいまだならず、ありとしある人は皆浮雲の思いをなせる

    
だから『方丈記』が、今、必要なのだ。川瀬一馬さんの現代語訳で読む。
 
     旧都(京都)はもはや荒れ果ててしまったのに、新都(福原)はいまだできあがらない。みんながみんな、
    空にただよう雲のように、落ち着かない気分であった。



       「新都はいまだならず」

         2020・6・27 

      堀田善衛さんの『方丈記私記』を読み終えた。
     この本を読んで、改めて堀田善衛という人に教えられたものは何かと考えるに、それは鴨長明の思想、
     この時代の無常観、『新古今』の世界観、後鳥羽院の怪物性、定家の芸術至上主義、等々いろいろと
     思い起こす事ばかりだが、一番大事なことはそれらについての知識や解釈ではなく、本の読み方、70
     歳にもなって恥ずかしながらに告白すれば、本はどのようにして読むのか、ということを教えられたと言
     うことだ。
      本は、部屋の中であれ、公園のベンチであれ、あるいは他のどんな場所であれ、自分の手で頁を開
     いて読み進むものであるから、此処には、またこの時には、他者の存在は一切ない。この当たり前の
     ことを時々忘れる。そこに他者の影すらないとしても、何らかの影響が全くないとも言い切れない。
     それは先入観という形で読書を歪める。特に「古典」として既に評価が定まっている書物にはこうした
     余計なものがしつこく付きまとう。この場合には、その本を読んでいるのが自分なのか他者なのかの
     区別が付かなくなってくる。この事実に気づかず本人が読後の感想を語る時、それは案外、その本を
     先に読んだ人たちの意見かもしれない。
      本を読むということは、自分の目が追ったものを自分の頭で確かめるという行為である。それを「発見」
     と言うか。本を読むことの楽しみと歓びはここにしかない。そういうことを堀田さんは教えてくれた。

      芸はこれつたなけれども、人の耳をよろこばしめむとにはあらず、ひとりしらべ、ひとり詠じて、みずか
     ら情(こころ)をやしなうばかりなり。

       と語った長明の人間について堀田さんの結びの文章が、平安も、鎌倉も、無常も、幽玄も、古典も、
      方丈も、その他の何もかもをも吹き飛ばしてしまう。本を読むとは、こういうことか。

       歴史と社会、本歌取り主義の伝統、仏教までが、全否定されたときに、彼にははじめて「歴史」が見え
      て来た。皇族貴族集団、朝廷一家のやらかしていることと、災殃にあえぐ人民のこととが等価のものと
      して、双方がくっきりと見えて来た。そこに方丈記がある。すなわち、彼自身が歴史と化したのである。
       私には、この時代について、及びこの時代の「世」について考えるとき、二人の、二つの極に立つ人の
      姿が見えている。長明が一方の極にある人として、さらにもう一方の極にある人としては、身みずから、
      罰せられて「世」に出て衆生救済そのものと化した人としての親鸞が見えている。
       しかも長明がかくれた日野山の、そのすぐふもとに親鸞が生まれたとは、何たる縁というものであろうか。
      長明かくれて親鸞出づ。

       堀田さんについては、この後『ミシェル 城館の人』全三巻が残っている。コーチャンフォーになければ
      アマゾンで買い求めるか。
       それにしても、どうするつもりなのだろうか。もう70歳だよ。これからも本を買い続けるとして、後何年生き
      るつもりなのだろうか。笑うべし、すべてを墓石の下まで持っていくつもりなのだろうか。
      確かに、読書とは、精神の快楽であるな。
       さて、ここで現実に戻るとするか、今日の新聞から気にかかった記事を二つ転写する。
     最初のものはコラム「きょうの潮流」、これは昔も今も金権政治が自民党の体質であることを批判したもの、
     二つ目は都知事選に関して、政治家に求められる清潔と誠実とは何かと問うたもの。

         「きょうの潮流

      数は力、金こそ力。金権政治の代名詞といわれた田中角栄・元首相。とくに1974年の参院選はヘリコプ
     ターで全国を回り、巨額をばらまいて集票。買収などで多くの逮捕者を出し、金権選挙と批判されました▼政
     治を事業と目し、派閥をつくり、選挙やポストを使って権力の中心に居座りつづける。相手との「信頼関係」は
     カネによって築く。自民党のなかに歴然と横たわる金権体質です▼「安倍さんから」「2人の約束」。前法相の
     河井克行、妻・案里の両国会議員による買収容疑で、現金のうけとりを認める地元議員が相次いでいます。
     首長も辞職し、広島の政界は混乱を極めています▼自民党本部が投入した異例の1億5千万円。しかも本
     紙が報じたように、安倍首相と克行氏は昨年何度も面会、その前後に自民党から多額の資金提供がくり返
     されていました。もともと両者はべったりの間柄。首相の際立つ肩入れがこれだけの買収事件を招いた責任
     は重い▼2人だけの秘密と胸元にねじ込まれたという広島市議は家族や支援者に話がおよぶと涙ながらに
     謝罪。「きれいごとが通じるような政治になれば」と。モリ・カケや桜をはじめ、周りを次々と不幸に突き落とす
     “アベ案件”がどれほど罪深いか▼「(河井夫妻のようなことは)みんなやっている」。安倍チルドレンと呼ばれ
     た元衆院議員の発言は、いまもつづくこの党の金権腐敗ぶりをあらわに。それとともに表れているのが、法
     も民主主義もそっちのけの安倍政治のゆがんだ姿です。


        「カジノへの態度は? 公開質問状回答」
             宇都宮候補 誘致きっぱり反対   小池候補 いぜん態度表明せず
                               東京連絡会会見

      弁護士や司法書士、主婦連合会などの個人や団体でつくる「カジノいらない!東京連絡会」が26日、都庁
     内で記者会見し、都知事選の争点であるIR(カジノを中核とする統合型リゾート)東京誘致への態度を各候補
     者にきいた公開質問状への回答状況を公表しました。 日本弁護士連合会元会長の宇都宮けんじ候補は誘
     致に「反対」と明言。「人の不幸を踏み台にして経済活性化を図る。これは政治家の堕落以外のなにものでも
     ない」としたうえ、「カジノは中止すると明言するよう、小池候補に迫っていきたい」と述べています。
      現職の小池百合子候補は「決めていない」としたうえ「メリット・デメリットを総合的に検討していく」と、従来と
     同様、態度を明確にしない、不誠実な回答をしました。れいわ公認の山本太郎候補は「反対」と回答。全体で
     5人の候補が回答しました。同連絡会事務局長の三上理弁護士は「今回当選した知事の任期中にIRを誘致
     するかどうかの結論を出さなければならず、この知事選が都民の意思を問う最後の機会になる」としたうえ、
     「現職の小池候補の回答が従前と同じだったことは残念だ」と述べました。

      林文子という女性がいる。74歳。この人は横浜市長さんである。
     2017年の市長選挙で、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致は「白紙」と強調して再選を果たした。
     しかし、2019年8月22日、林文子さんはこれまでの「白紙」方針を一転させ、カジノを含むIRの誘致を正式
     に表明した。さらに、市民に誘致の賛否を問う住民投票を実施しない考えも明らかにした。
      2017年9月13日の第三回定例会で、市長である林文子さんはこう言っていた。

      「現在の考えですが、国において検討が進められておりますが、実施法の成立時期も定かではございません。
     制度の全体像も明らかになっていないことから、現在、白紙の状況でございます。今後、市民の皆様や市会の
     御意見も踏まえて検討してまいります」。

      この女性は緑のタヌキの御親戚の方なのか。世の中にはよく似た人がいるものだ。緑のタヌキの姉妹品だと
     すれば、これが赤いキツネという奴か。
     かつて緑のタヌキは「築地は守る 豊洲は生かす」と言ったが、その後はどうなったのか。

       古京はすでに荒れて、新都はいまだならず、ありとしある人は皆浮雲の思いをなせる



        「正直者と嘘吐き者」

         2020・6・26 

    昔むかしある処に正直者の小父さんと嘘吐き者の小母さんがいました。
   小父さんは弱い人や苦しい人を助けるための朝から晩まで毎日走り回っていました。趣味は引っ越しだという小母さんは
   弱い人や苦しい人には全く関心はなく、マニキュアを塗ったりお化粧の時間たっぷりかけたりして鏡を見ながら毎日優雅
   な生活を楽しんでいました。ある時、その村の代表を決める選挙がありました。小父さんは弱い人や苦しい人を助けるため
   に立候補しました。現職であった小母さんは政治的理念などというものは一かけらも持っていないのですが、今の地位と贅
   沢を守るためにやはり立候補しました。
    小父さんの名前は確か宇都宮健児(73歳)、反貧困ネットワークの代表でしたか、小母さんの名前は小池百合子(67歳)、
   都民ファーストの会の代表だと覚えているのですが、その団体の実態はよく分かりません。
    今日の新聞にこの二人の人柄を伝える記事が載っている。最初は叔父さんに関するものだ。

         “弱い人、苦しい人に寄り添う人”
                 宇都宮×前川喜平Zoom対談
                               東京都知事選

    東京都知事選(7月5日投開票)の宇都宮けんじ候補と元文部科学省事務次官の前川喜平さんが25日、政治や都政に
   ついてZoom対談を行いました。
    前川氏は、宇都宮候補の魅力について「何より正直者で、弱い人や苦しい人に寄り添おうという強い意志を持っておられる。
   そこが魅力です」と話しました。小池百合子知事のコロナ対策を問われた前川氏は、五輪延期の決定後すぐ「重大局面」と言
   いだし、「東京アラート」の基準のあいまいさを指摘。「はっきり言って場当たり的。(小池知事への)支持率が上がればいいと
   いうことで、対応しているんじゃないかと考えざるを得ない」と批判しました。都政課題について前川氏は、「都の豊かな財政を
   人のために使うべきだ」と指摘し、教育、医療、福祉などの公共分野や、そこで働く人たちの処遇改善が必要だと述べました。
    宇都宮候補は、コロナ対策で学校の少人数学級が進んだことで、恒常化してほしいという都民の要求があると述べ、前川
   氏の認識を尋ねました。前川氏は、国の基準の40人学級は明らかに多いと指摘し、「少人数学級にすべきだ」ときっぱり。
   自治体から少人数学級を進めることは可能だとして「都は財政もある。率先して進めるべきだ」とこたえました。
   宇都宮候補は「自治体は住民の福祉の増進が最大の使命。都の予算を使えば少人数学級や先生を増やすことは十分可能」
   と述べました。さらに、学校給食完全無償化の政策を紹介されると前川氏は、「子どもたちを社会全体で育てていくことが非常
   に大事。都民の税金を使うのは大事です」と賛成しました。
    対談は都立大学の授業料の話や夜間中学・定時制高校拡充の話など話題が尽きませんでした。
   最後に、ツイッターで「都知事選は正直者とうそつきとのたたかいになる」と投稿した前川氏が一言。「威勢のいいことを言う人
   ほど信用できない、筋道を立てて話してくれる人が信用できます。よく考えて一票を投じる必要がある。宇都宮さんが正直な人
   であることは間違いない」と話しました。
    宇都宮候補は、「投票で主権を行使することによって都政を変えることができる」と訴えました。

    小母さんについてはこのほど『女帝 小池百合子』という本を出版したノンフィクション作家の石井妙子さんが、その人柄に
   ついて語っている。石井さんは、「これまで、男性優位の日本社会で努力と研鑽を積んで一事を成した近現代の女性たちの
   評伝を書いてきた」人だ。石井さんはこう語り始める。

    それまでは共感できる女性を書いてきました。小池氏については、がんを乗り越えた都知事選の対立候補を「病み上がり
   の人」と誹謗(ひぼう)したことなどに違和感があり、人として信頼できるのか疑問を持っていました。しかし都知事であり、女
   性初の総理にもなるかもしれないという。どういう人物かを国民は知るべきだと考え、本書を執筆しました。
    3年半かけて100人以上の関係者に取材し、小池氏の著作や発言録、新聞や雑誌の記事など大量の資料を読み、精査
   しました。氏にも3回、取材を申し込みましたが断られました。

    石井さんは1969年生まれの51歳。白百合女子大学文学部国文科卒業。
   1997年より毎日新聞社主催・本因坊戦の観戦記を担当。毎日新聞囲碁欄も担当。
   著書は『囲碁の力』『おそめ  伝説の銀座マダムの数奇にして華麗な半生』『日本の血脈』『原節子の真実』『小池百合子
   「虚飾の履歴書」』等がある。
    私は石井さんの本を読んだことがないので、またその名前も今朝まで知らなかったので、石井さんの発言については判断
   のしようがない。ただ緑のタヌキのこれまでの言動と照らし合わせるだけである。
    本書については松谷創一郎という人が書評を書いている。その一部を紹介する。


    稀代のポピュリストを描く『女帝 小池百合子』は、読者を興奮とドン引きに突き落とす 


         政治家の評伝らしからぬ通俗性

    同書の前半は、これまであまり知られていない生い立ちからキャスター時代までが描かれる。興味深いのは、父親・勇二郎氏
   (故人)が“政界ゴロ”であったとする描写だ。石井氏は幾度も彼を大法螺吹きだと表現し、百合子氏はその血筋を受け継いでい
   るかのように物語を紡ぐ。 そこから、私立甲南女子中・高校を経て、関西学院大学に入学するもすぐに中退してエジプトに渡り、
   カイロ大学に編入する。本書の肝は、この時期に延べ2年間同居をしていた10歳年上の早川玲子氏(仮名)の証言だ。日々遊
   び回り、一時期は結婚していた小池氏の様子は、早川氏が当時記した日記なども引用されながら描写される。
    その後、日本に戻った小池氏は、日本テレビ『竹村健一の世相講談』のアシスタントを経て、テレビ東京『ワールドビジネスサテ
   ライト』の初代キャスターとなり知名度を上げていく。政界入りする前のここまでが前半だ。
    日本新党から出馬して政治家となった中盤から後半は、ひとむかし前なら「風見鶏」と揶揄された変節を多く見せて階段を上が
   っていく。1992年・日本新党、1994年・新進党、1997年・自由党、2000年・保守党、2002年・自民党、2016年・都民ファーストの会、
   2017年・希望の党──その過程では細川護熙、小沢一郎、小泉純一郎と、ふたりの総理を含む時の権力者のもとを渡り歩いた。
     21世紀のこの20年、日本の政治はパフォーマンス勝負だった。小泉純一郎氏も橋下徹氏も、そして小池百合子氏もそれで勝
   ち続けてきた。身なりに気をつけ、仮想敵を見つけ、大きな声で正義のコピーを唱えれば、それで数字(票)は取れる。身も蓋も
   ないが、それが市民(有権者)が選択してきた日本の政治の現実だ。彼女は間違いなく、稀代のポピュリストだ。

    ここから石井さんの発言に戻る。石井さんは「権力を目指す半生から見えてくる社会の歪み」として小池百合子的なるものを
   批判しているのだと思う。

    裕福な家庭に生まれ育った芦屋令嬢、外国語に堪能な才女といった生い立ちと経歴を売り物にしてきた小池氏ですが、この
   自分語りの矛盾は数え切れません。国立カイロ大学を日本人女性で初めて、しかも首席卒業、という学歴詐称疑惑は、過去を
   塗り替えてきた氏の半生を象徴する一例です。
   【中略】小池氏には社会的弱者や女性への冷酷な言動も顕著です。阪神・淡路大震災後、地元芦屋の被災女性たちが氏を訪
   ねて窮状を訴える中、マニキュアを塗り続け一度も顔を上げず、「もうマニキュア、塗り終わったから帰ってくれます?私、選挙
   区変ったし」と言ったこと。
    小池氏も参加した北朝鮮拉致被害者家族の会見が終わった後、バッグがないと慌てて会場に戻ってきた氏が「あった――、
   私のバッグ。拉致されたかと思った」と叫んだこと。
   【中略】小池氏の半生からは社会の歪みも見えてきます。権力を握れば人は寄ってくるし思い通りになる。人を信用できない
   荒野のような孤独の中、ひとり生き抜いてきた女性の姿も浮かんできて哀しみを覚えます。

    毎日新聞は6月13日付けの社説で、小池都政のコロナ対応について「感染防止の強いメッセージを出し始めたのは、東京
   オリンピックの延期が固まってからだ。初動の遅れには疑問が残る」と書いていた。
   次から次と政党を乗り換えていくこの女性は、いったい何がしたいのだろうか。
   変節、冷酷、虚言、しかしタヌキは何処まで行ってもタヌキである。それ以外の何ものにも成り得ない。この『分福茶釜』はあま
   りにもグロテスクである。



 
           「タヌキの厚化粧」

        2020・6・25 

    今日の新聞の第一面のトップ記事は「東京アラート」についてのお勉強の時間だ。
   「アラート」の意味は「警報」または「待機の姿勢をとること」と何日か前のこの日記に書いた。緑のタヌキこと小池
   百合子おばさんが異常なカタカナ語(外来語)好きであることも書いた。
   緑のタヌキがこの「東京アラート」なるものを発令したのは今月の2日のことである。その日から港区のレインボー
   ブリッジが赤くライトアップされた。これは感染再拡大の兆候が表れたとの判断による警戒の呼びかけだと言うこ
   とだ。そして11日に解除された。わずか9日間の警報であるが、その間、小池知事及び東京都は何をしていた
   のか。この後、知事は、改めてアラートを出すことはないと表明し、アラート解除にあたり「数字は落ち着いており、
   東京アラートの役目も果たしたのかと思う」と自画自賛して、何か自身の功績でもあるかのように語った。
    それで結局のところ、「東京アラート」とは何だったのか、これがさっぱり分からない。
   さて、そこで今日の新聞だ。
    
          「東京アラート」何だった   2029・6・25 しんぶん・赤旗

      小池知事 新基準示さず   出馬表明前日に解除 その後、感染増  新規感染者 東京は55人

   24日の東京都の新型コロナウイルス新規感染者は55人となり、先月25日に緊急事態宣言の解除後、最多になりました。
  都がコロナ感染に警告を発する「東京アラート」(2日発動)が11日に解除されましたが、その後感染者数は解除前より増加
  傾向にあります。
   都はその下で、19日からは基本的に全業種での休業・自粛要請を解除し、小池百合子知事は、改めてアラートを出すこと
  はないと表明しました。都は15日に、「東京アラート」に代わる、警告を出す指標の見直しに向け、専門家を交えたワーキン
  グチームを発足させました。都の担当者は「これまで会議は15日を含めて2回開いた。専門家の意見を聞いている段階だ」
  と説明しています。直近の感染者数の状況(表)を見てみると、アラート発令の3基準のうち、2基準でアラートを発令する状
  態になっています。
   小池知事はアラート解除にあたり「数字は落ち着いており、東京アラートの役目も果たしたのかなと思う」と述べましたが、
  14、15日と連続で新規感染者数が1日40人を超え、平均でも30人を超える事態となり、到底「落ち着いて」いる事態では
  ありません。

   感染者が拡大傾向を示す中で、新たな警戒目安も示さないまま、ワーキングチームの結論待ちという姿勢では都民の命と
  暮らしを守ることはできません。さらに、アラート解除は小池知事が都知事選に出馬を表明した前日であり、全業種への休業
  ・自粛要請解除は都知事選告示の翌日です。 「警戒を強化したり緩めたりする手綱が恣意(しい)的ではないか、との疑念
  が残る」(東京新聞13日付社説)との批判も出ています。
  そもそも「東京アラート」は、赤い光で都民に注意喚起するだけで、都が何をするのか肝心なことを示さず、都民の自己責任
  に委ねるものでした。これが感染拡大防止のためのものと言えるでしょうか。「東京アラート」は何だったのか、多くの都民か
  ら疑問の声が上がっています。

   「東京アラート」が発令された時、地球外からエイリアンが侵入してきたのかと思った人もいたのではないか、これは冗談
  で言っているのではない。戦争を知らない世代の多くの人は「空襲警報」など知らないだろうが、漫画で培った教養は侵入
  者を人間以外の邪悪な生物として捉えたとしても不思議ではない。
   では本当のところ「東京アラート」とは何なのかということだが、これが発令されたからといって、東京都が感染阻止の具
  体的な対策を取るということはない。また何らかの拘束力を持っているわけでもない。ただ感染者数の増加を踏まえ、警戒
  を呼びかけるということだ。つまり、もし感染したとしてもそれは貴方の責任ですよ、と言っているだけのことである。
  ここには政治の責任という発想はない、むしろ政治の無責任を公然と表明したものと言える。
  で、何が起こったのか、普段は夜間、七色に光輝くレインボーブリッジと東京都庁が赤く光っているということのみである。
   赤旗が問題としているのは、「アラート解除は小池知事が都知事選に出馬を表明した前日であり、全業種への休業
  ・自粛要請解除は都知事選告示の翌日です。 『警戒を強化したり緩めたりする手綱が恣意(しい)的ではないか、との疑念
  が残る』(東京新聞13日付社説)との批判も出ています。」、ここのところだ。
   簡単に云えば、「アラート狂騒曲」とは、小池知事の現職だからこそ出来る選挙活動であるということだ。このニュースが
  流れるたびに小池知事の顔はテレビに映し出される。つまりは売名宣伝である。この人は昔からこの手法が得意であった。
  と言うより、これ一本でここまで伸し上がってきたのだ。政策論争は徹底的に避けて、ひたすら政治を劇場化する。
   「アウフヘーベン(止揚)」「ワイズ・スペンディング(賢い支出)」「サスティナブル(持続可能)」「ステークホルダー(利害関
  係者)」「ビジネス・アズ・ユージュアル(いつも通りの仕事)」「ロックダウン(都市閉鎖)」「オーバーシュート(感染爆発)」「ク
  ラスター(集団感染)」、カタカナ語はこの女性の美顔術である、これを俗語では、厚化粧と言う。
  



     「75年経って」

      2020・6・24 

    今日の新聞からこの国の「今と此処」を読む。
  「1」 平和希求の心 発信
     平和宣言で玉城デニー知事は、安倍政権が県民の民意に背いて米軍新基地建設を強行する同県名護市
    辺野古の海を含む沖縄の自然は「ウチナーンチュ(沖縄の人々)のかけがえのない財産だ」と強調。新基地
    を造らせないで豊かな自然を後世に残していく立場を改めて示しました。

      平和宣言(抜粋)
     しかしながら戦後75年を経た現在もなお、国土面積の約0・6%に米軍専用施設の約70・3%が集中し、米軍
    人・軍属等による事件・事故や航空機騒音、PFOS(ピーフォス)による水質汚染等の環境問題は、県民生活
    に多大な影響を及ぼし続けています。  名護市辺野古で進められている新基地建設の場所である辺野古
    大浦湾周辺の海は、絶滅危惧種262種を含む5300種以上の生物が生息しているホープスポットです。世界自
    然遺産への登録が待たれるヤンバルの森も生物多様性の宝庫であり、陸と海が連環するこの沖縄の自然体
    系そのものが私たちウチナーンチュのかけがえのない財産です。  この自然豊かな海や森を次の世代、また
    その次の世代に残していくために、今を生きる我々世代が未来を見据え、責任を持って考えることが重要です。

   「2」 首相、河井前法相と官邸面会12回
      安倍晋三首相が、参院議員の河井案里とともに公職選挙法違反容疑で逮捕された夫で前法相の河井克行
      容疑者と、2019年1月以降、克行容疑者が法相を辞任する10月まで官邸で12回も面会していたことが
      わかりました。

   「3」 米軍経費8500億円要求
        「ジョン(ボルトン)は10億ドル取ってきた。君たちはミサイルで50億ドル取れるだろう」と述べ、日韓から
       米軍駐留経費などを引き出すために北朝鮮の脅威を利用する考えをあけすけに示したといいます。

   「4」  きょうの潮流(コラム)
       支持しないと答えた人は49%で、第2次安倍内閣発足以降、最も高くなった―。直近の世論調査をNHKが
      伝えました。安倍首相の自民党総裁4選に「反対」が69%。こちらは朝日新聞です▼もっともだ、自分の考え
      とはちがう…。報じられた結果に持論を重ねながら、世の動きや見方に思いをめぐらす。人びとの声を反映さ
      せる世論調査は民意の指標、社会のミニチュアともいわれます▼「民主主義日本への基底は輿論(よろん)
      の尊重にあり」(「毎日」)。戦後早くから、GHQの後押しで新聞がこぞって始めた世論調査。それは、国家に
      屈服し国民を戦争に駆りたてた報道機関にとって、再建のシンボルでもありました(『「世論調査」のゆくえ』)
      ▼いまでは毎週のように。時の政権をゆるがす裏付けになっているのが、メディアへの信用や信頼です。
      それを根底から覆す不正が、フジテレビと産経新聞の合同調査で行われていました。業務を再委託された
      会社が電話をかけず、架空の回答を入力していたと▼メディアとしての存在自体が問われる事態。ただでさ
      え安倍応援団と目されているだけに不信はひろがります。命ともいえる公正・公平さをゆがめたことはメディア
      全体の信用を損ねます。徹底した検証が必要でしょう▼為政者を正し、権力を監視する国民の“武器”にもな
      りえる世論調査。それが操作されるなら民意の誘導にもつながります。内閣を支持しない理由として一貫して
      最も多いのが「人柄が信頼できないから」。そこは信用できるか。

    「5」 安倍首相イラン仲介 米大統領は期待せず
        ボルトン前大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は23日出版の回顧録で、米国とイランの緊張激化を
       受け、トランプ大統領が昨年、安倍晋三首相に仲介を要請しながらも成功に期待せず、仲介の失敗後、安
       倍氏に米農産物の輸入拡大の方がはるかに重要だと早期の輸入増を迫っていたことを明らかにしました。

    「6」 都知事選 TV討論早く  宇都宮陣営が各局申し入れ
        宇都宮事務所で緊急会見した海渡雄一選対本部長は、これまで複数の局から討論会出席の打診を受け、
       陣営としては全ての依頼に応じる意思を表明したものの、何らかの理由で討論会自体が立ち消えになってい
       ると指摘。「新型コロナウイルス感染症対策でなぜ検査が十分できなかったのか、コロナ禍の都民の命とくら
       しをどうすれば守れるかなど政策論争を通じて都政の対応を検証し、有権者に判断材料を提供したいができ
       ない。メディアには討論を企画する社会の公器としての責任があり、論争を拒んでいる候補がいるとすれば
       誰なのか、調査し報道する責任があるのではないか」と述べました。

    「7」 新型コロナ対策  日本の農林水産関連支援  欧米よりも貧弱
        余剰農作物を市場から隔離し、価格下落を防ぐことが重要な課題になっています。外食など業務用需要が
       後退し、2019年産米の在庫が積みあがっています。20年産米も現状では平年作が想定されています。農
       水省に対し、農民連は「このままでは米価が暴落する。政府が買い上げて隔離するべきだ」と求めています。  
        欧州や米国では、農家への直接補償、買い上げが大規模に行われています。
       アメリカでは、販売額が5%以上減った農家に、19年生産量の25%を対象に価格下落分を補償。上限は
       25万ドル(約2700万円)です。3200億円の追加予算で野菜、果物、乳製品、食肉を買い上げてフードバ
       ンクに供給。これとは別に、低所得者や休校中の児童への食事支援の財源に2兆7000億円を追加してい
       ます。欧州連合は生産者1戸あたり最大1200万円の補償を加盟国に指示。価格安定のため、余剰乳製品
       ・食肉を対象に、民間企業が市場から隔離のために保管する場合の経費を補助する制度を発動しました。

    「8」 スウーデン 刑法改正から2年
        スウーデンは2018年、刑法の性犯罪規定を改正し、レイプの定義を、「合意のない性行為」と変えました。
       他の多くの国では、検察官は、レイプ事件において、暴力の使用や暴力の脅しがあったことを証明しなければ
       なりませんが、スウーデンではその必要はなくなりました。

    「9」 電通圧力 国認める  持続化給付金事業めぐり野党に
        国の持続化給付金事務事業の再委託を受けた広告大手・電通が下請け企業に、別の委託事業で電通以外
       の企業に協力しないよう圧力をかけていたことを23日、国会内で開かれた野党合同ヒアリングで経済産業省
       が認めました。電通が圧力をかけた相手はイベント企画大手のテー・オー・ダブリュー(TOW)です。持続化給
       付金事業では、電通の外注先から仕事を受けた孫請け企業に当たります。
        「文春オンライン」は21日に電通から指示を受けたTOWが、複数の下請け企業にあてたメールを公表しま
       した。メールには、電通傘下で持続化給付金事業にかかわった企業が、国が新たに発注する家賃補助の給
       付事業を受託した企業に協力した場合、「出禁(出入り禁止)レベルの対応をする」と書かれています。


     この他にもまだまだ気になるニュースはあるけれども、とりあえずはここで止めておく。
    私は新聞は「赤旗」しか読まないので、他の新聞がこの国の「今と此処」をどのように報じているのかは知らない。
    「国境なき記者団」(RSF、本部パリ)が発表した2020年度の世界各国の報道自由度ランキングでは日本は66位
    である。日本の低さの原因の一つはRSFは、「編集部門が、経済的利益を優先する巨大な『系列』の方針に左右さ
    れる状況が続いている」と指摘している。そして、フジ・産経の世論調査捏造という奇怪な事件が起こった。
     全国メディアの世論調査でも内閣支持率は30%台と低迷しているが(毎日は27%、朝日は29%)、沖縄と長野
    では18%という数字が出ている。
     官僚を巻き込んでの政治の私物化、忖度に虚偽答弁、公文書の隠蔽・廃棄、桜を見る会から河合夫妻逮捕まで
    の税金を使っての公職選挙法違反、今もって解明されないモリ・カケ疑惑。
    読売・産経は大本営発表の少年漫画だから、こんなものを読んでも時間の無駄だが、朝日・毎日にもう少し勇気が
    あったならば、ジャーナリストとしての良心がもう少しあったならば、その紙面は赤旗までとは言わないが、少なくと
    も沖縄タイムスや琉球新報や東京新聞と変わらないものになっているのでは、だから私は商業新聞は読まない。
     安倍首相は「何よりも重要な拉致問題の解決に向けて、条件を付けずに、私自身が金正恩(朝鮮労働党)委員
    長と向き合う決意だ」と言った。「(北方四島の)領土問題を解決して、平和条約を締結する。私と(プーチン・ロシア)
    大統領の手で成し遂げる決意だ」とも言った。そしてどうなったか。一歩でも前進したのか。
    こうした空約束について朝日・毎日はどのように報道してきたのか。
    NHKが国営放送となり、読売・産経が大本営発表となった今、朝日・毎日は何のための新聞なのか。
     新聞を読んで「日本と世界の出来事」を知る、しかし、本当にそうなのか。そこで報じられている出来事が嘘であった
    ならば、私たちが知る「日本と世界の出来事」とは何なのか。
     例えば、沖縄だ。沖縄には米軍が駐留している。これは外国の軍隊だ。沖縄には本土の機動隊が派遣されている。
    これは日本国の治安維持組織だ。この組織は米軍に対する県民の抗議行動を弾圧することを目的として派遣では
    なく、県外派兵された暴力装置である。この問題について本土の新聞・テレビは何を伝えたのか。
     だから私は今日も「しんぶん・赤旗」を読む。

  



     「万国津梁の鐘」
       」

       2020・6・23 

     今日は「慰霊の日」だ。「しんぶん・赤旗」の第一面のトップ記事。

     太平洋戦争末期の、多くの住民を巻き込む激しいい地上戦で20数万人の尊い命が奪われた沖縄戦から
    75年、沖縄県では23日、「慰霊の日」を迎えます。
    
     20数万人もの人が何の為に亡くなったのか。当時の日本政府が「国体護持」(天皇制存続)と本土決戦を
    遅らせるための「捨て石」として位置付けた、こんな馬鹿げた理由の為に、人々の生活は壊され、命は奪わ
    れていくのか。しかも、敗戦後、天皇はこれほどまでに多くの犠牲者を出した沖縄を保身の為にアメリカに
    差し出した。この地上戦では沖縄県民の4人に1人が犠牲となっている。そして天皇制は残った。
     港ヨコハマの小野さんからメールが届いた。
    高良朱香音さんの詩を読んでみた。
    私たちは沖縄について本当に何を知っているのだろうか。暗澹たる思いになる。
    それで、高良さんの詩「あなたがあの時」をこのホームペイジの「沖縄」の欄に全文転写した。忘れないためだ。

       「あなたがあの時」

   今年は首里高校(親友の母校でもあります)の高良朱香音さんでした。

 https://news.yahoo.co.jp/articles/a414936b78c8e785d1d4fecaf23b4756aad8d767

   この感受性と想像力をもつ10代が私たちの暮らす本土にどれだけいるだろうか。
 この感受性と想像力に共感できる大人が私たちの暮らす本土にどれだけいるだろうか。

   私たちが置き去りにして忘れたふりをしているものを、
  直視する勇気を放棄していることを、沖縄の人たちは大切に語り継いできた。
  人の歴史とは、本来そうではなくてはいけない。

                    小野


    今日は火曜日、午前10時、恒例のお茶会に出かけた。
   出席者の近況報告を聞くと、ひと月前よりは世の中が落ち着きを取り戻している様子が感じられた。 
   札幌駅前ではデパートの買い物客の姿が多くなったということだ。しかし、まだ予断は許されない。コロナは世界的には
   まだ治まってはいないのだ。今は、大陸間を移動中である。また、一度は去ったかに見える地域でも新たな感染は確認
   されている。専門家は、秋以降に第二波は必ずやってくると言っている。
   近況報告では、この季節らしく各人の家庭菜園・花壇での作業風景についての話で盛り上がった。
   経験も知識も豊富な人たちの話だから私のような素人には勉強になる。晩学初心、謙虚さは人間を幸せにする。
    午後からはバアサンと「枯葉のデート」を楽しむ。
   近くのホームセンターを覗いて、マリー・ゴールド(聖母マリアの黄金の花)とベゴニアを2苗づつ買った。どちらも色鮮やか
   である。1苗98円、笑うべし、貧者の作庭記である。
   ベゴニアはフランス領アンティル諸島の総督であったフランス人ミシェル・ベゴンの名に由来するものだそうだ。
   植物学にも植民地支配の歴史がつきまとうか。
   ヨーロッパ人は他人の土地で色々なものを発見し、それらの物に勝手に名前を付ける。まさしく言語帝国主義である。
   この「オリエンタリズム」をエドワード・サイード(1935年~2003年)は批判し、告発したのである。
    サイードによればオリエントとは、西洋(オクシデント)の諸文化に対する文化的な他者として立ち現われてくる、エキゾ
   チックで、ときには不気味かつ挑戦的ですらあるイメージの総称として用いられているもの、この中には中東ばかりでなく、
   アフリカやオセアニアやラテン・アメリカも含まれている。つまりは「西洋」対「非西洋」の関係であり、それは支配する者と
   支配される者の記号化、ときには可視化のことである。
    ベゴニアの本当の名前は今ではもう分からない。
   沖縄が「琉球」と呼ばれていた時代、つまり独立国家であった時代ということだが、これが遠い記憶である。75年前の地上
   戦、これが近い記憶である。そして今、沖縄では民意を無視して辺野古新基地建設が進められている。建設の理由は、国
   土防衛上、アメリカの抑止力を本土は必要とするというものだ。またしても本土防衛のために沖縄は犠牲となれ、である。
    日本版オリエンタリズムとしか云い様のない思考様式がある。
   日本の優れた文化対遅れたアジア諸国及び地域といったものだ。地域の中には沖縄も北海道(先住民問題)も入る。
   日本版オリエンタリズムの最大の特徴は、「同化と差別」である。
   いつでもどこでも日本は他者に対して「同化」を強制しながら、「差別」は残す。
   例えば、日本式の苗字に変えなさいと言いながら、その苗字は必ず「非日本人」であることが誰にも分かるものが与えられる。
    基地のない平和で豊かな沖縄、それは遠い記憶の中に確かにあった。
   
        「万国津梁の鐘」

     琉球國者南海勝地而 鍾三韓之秀以大明為
     輔車以日域為脣歯在 此ニ中間湧出之蓬莱
     嶋也以舟楫為万國之 津梁異産至宝充満十
     方刹

     琉球国は南海の勝地にして
     三韓の秀を鍾め、大明を以て輔車となし
     日域を以て脣歯となす
     此の二者の中間に在りて湧出する所の蓬莱島なり
     舟楫を以て万国の津梁となし
     異産至宝は十方刹に充満せり



      「四字熟語」
   
         2020・6・22 

    朝の9時、妻殿と二人で手稲区前田にある「コメダ喫茶店」に出かけた。
   先週に続いてジイサンとバアサンの枯葉のデートだ。バアサンが言うには「此処の珈琲は味が濃くて美味しい」ということ
   だそうだ。コメダは名古屋発祥の喫茶店で、今は全国に展開しているということだ。珈琲は一杯450円、朝はモーニング・
   サービスとして一切れのパンがつく。これが出社前の勤労者には大人気ということだ。店内は音楽もなく、どこか山小屋を
   思わせる設計はとても静かな雰囲気だ。喫茶店といっても若い二人が恋を語り合うといった場所ではない。それこそ早起
   きのジイサンとバアサンが健康のための早朝散歩のついでに一休みする茶店のようなものだ。
   しかし、此処の珈琲は確かに美味である。味に深味がある。朝一番にこういう珈琲を飲めば、その日一日は充実したもの
   になる、根拠はないが、そう思わせるものはある。
    帰りにホームセンターに寄ってみたが、野菜の苗はもう売っていなかった。まだ土地?が少し余っているのだが、さてさて
   どうしたものか。緑一色では色気に欠けるから何か花でも植えるか。6月の花か、思い当たるものがない、教養がないとい
   うのは寂しいものだね。
    家に帰って、新聞を開く。連載企画「新型コロナが問う 日本と世界」、今日はフランス文学者の堀 茂樹さんの登場だ。
   この人は慶応大学名誉教授。訳書に『悪童日記』『第三の嘘』などがある。堀さんはこう語っている。

    われわれは社会的な存在でもあり、集団生活は公共性に支えられています。自然、身体、公共をもう一度意識化し、その
   保全に十分なお金を注いで強くする必要があると思います。それでどうするか。表面的な効率追求、ジャストインタイム(必
   要な物を必要な時にだけ取り揃え在庫を極力減らす)的な、余裕のない社会の組織・運営をやめて正気を取り戻す、物事
   の本質を見つめ直す意識改革が必要です。ところが、それをやらせないのがいわゆる新自由主義ですね。日本でこれを
   ひっぺがし、環境を保護し、疾病に備え、公共部門を強くするには、政権交代が不可欠です。

    西原扶美雄さんのフェイスブックを覗いてみる。相変わらず強烈だ。
   こういう人たちのフェイスブックがあれば新聞・テレビはいらない。



   元法務大臣が選挙違反で逮捕される国、メディア(フジ・産経)が世論調査を捏造する国。
  総理大臣が製造元不明の汚れたマスクを国民に配布する国。
  もう結論は出ているのではないか。
  追い詰められ、辱められ、馬鹿にされ、それでも緑のタヌキを支持するのか、それでも靖国小僧を支持するのか。
  
 

「多数者が一者に隷従する不思議」

  ここで私は、これほど多くの人、村、町、そして国が、しばしばただ一人の圧制者を耐え忍ぶなどということが
 ありうるのはどのようなわけか、ということを理解したいだけである。その者の力は人々がみずから与えている
 力にほかならないのであり、その者が人々を害することができるのは、みながそれを好んで堪え忍んでいるから
 にほかならない。その者に反抗するよりも苦しめられることを望むのでないかぎり、その者は人々にいかなる悪
 をなすこともできないだろう。


           エテエンヌ・ド・ラ・ボエシ  『自発的隷従論』



        「古京はすでに荒れて」

           2020・6・21 

    今日は「父の日」、亡くなった父親を偲ぶ日ということか、それとも年に一度現役の父親が家族から感謝される日という
   ことか。いつからこの日が生まれたのか、パソコンに聞いてみるか。ウイキペディア(フリー百科事典)。

    1909年アメリカワシントン州スポケーンのソノラ・スマート・ドッドSonora Smart Dodd)が、手1つで自分を育ててくれた
   父を讃えて、教会牧師にお願いして父の誕生月である6月に礼拝をしてもらったことがきっかけと言われている。彼女が幼い
   頃南北戦争が勃発。父ウィリアムが召集され、彼女を含む子供6人は母親が育てることになるが、母親は過労が元でウィリアム
   の復員後まもなく亡くなった。以来男手1つで育てられたが、ウィリアムも子供達が皆成人した後、亡くなった。
    最初の父の日の祝典は、その翌年の1910年6月19日にスポケーンで行われた。当時すでに母の日が始まっていたため、彼女
   は父の日もあるべきだと考え、「母の日のように父に感謝する日を」と牧師協会へ嘆願して始まった。
   1916年、アメリカ合衆国第28代大統領ウッドロー・ウィルソンは、スポケーンを訪れて父の日の演説を行い、これにより父の日が
   認知されるようになる

    なるほどね、男手一つで子どもたちを育てたという神話か、南北戦争云々というからそれほど古い話ではない。
   そして、我が家の今日の夕食。サーロインステーキと握り寿司、酒は大吟醸「越後桜」ときた、何とも豪華だね。
    シェイクスピアは「聡明になるまで、老いるべきではなかった」と言った。
   堀田善衛さんは藤原定家についての書き物の中で、「父親とは滑稽にして、悲壮なものだ」と書いていた。
   では、私はどうなのか、これ以上はよそう。ここは私生活について語る場所ではない。
   いつもの「ハック・フィン」に戻る。

    堀田善衛さんの『方丈記私記』を読んでいる。期待していた以上に面白く、想像していた以上に奥が深い。
   堀田さんは1918年(大正7年)生まれ、この年に生まれた人は私が生まれた時は31歳となっており、時は西暦1949年
   (昭和24年)で、戦後4年目にあたる。この時点では彼および彼女らはまだ海のものとも山のものとも分からないけれども、
   後に各分野で名を成すことになる人たちだ。
    小暮実千代(女優)、川島雄三(映画監督)、池部良(俳優)、中村真一郎(作家)、升田幸三(将棋棋士)、塩月弥栄子(茶
   道家)、神田隆(俳優)、田中角栄(政治家)、高峰三枝子(女優)、いわさきちひろ(絵本作家)、鶴見和子(社会学者)、高
   英男(シャンソン歌手)、中曽根康弘(政治家)、福永武彦(作家)、以上の人たちは経歴も立場も様々だが、敗戦の焼跡に
   立っていたという体験を共有している。この時、彼および彼女たちは何を考えていたのか。
    
     藤原定家「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」

     鴨長明「古京はすでに荒れて、新都はいまだならず、ありとしある人は皆浮雲の思いをなせる」

    
知と財があって家に籠ることができれば定家を気取ることはできる、家がなければ路上の孤児である長明の思いを我がこ
    ととするだろう。
    
私が見るに、堀田さんは定家にマラルメを見ていた。しかし、これは若い頃のことであって、その後、「新古今」の世界が持つ
    非歴史性から次第に離れていったのではないだろうか。
   
まあ、先は急ぐまい。堀田さんについてはもう少し勉強しなければならない。まだ全体像を掴んでいるわけではないのだから。
     赤旗のコラムを読む。

        「奴隷解放の日」米熱く
                “なくせ人種差別”

     【ワシントン=遠藤誠二】米国の「奴隷解放の日」にあたる19日、警察による相次ぐ黒人殺害事件への抗議が続く全米各地で、
    人種差別撤廃を訴える集会・デモ行進が行われました。
     首都ワシントンでは、市中心部への車の乗り入れが禁止され、さまざまな団体が終日、イベントを開催。フリーダム広場では教
    師・学生ら数百人が、「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大事)」とともに、「ブラック・スチューデンツ・マター(黒人の生徒・学生
    は大事)」と声をあげました。
     参加者は、「(奴隷が最初に連れてこられてから)400年たった今も、米国は偉大になれないのか」「人種差別は最も長い疫病だ」
    などと書かれたプラカードを掲げ、数キロ先の教育省まで行進しました。
    行進に参加したエミリアさん(32)は、「肌の色の濃い人たちは貧困層が多く、住む地域の教育予算も少ない。教育の機会でも差別
    を受けている。制度の改革をもとめています」と話しました。
    「奴隷解放の日」は、リンカーン大統領による奴隷解放宣言(1863年)を経て、南軍が陥落した1865年にテキサス州で最後の奴
    隷が解放された日。黒人社会以外には広く認識されてきませんでしたが、今年は、休日にする自治体や企業が相次ぎました。
     12日に警察による黒人射殺事件が発生したジョージア州アトランタでも集会がおこなわれ、抗議デモは、ミネソタ州でのジョージ・
    フロイドさん殺害事件から連続25日目となりました。

     事の起こりは、1492年10月12日、クリストファー・コロンブスはアメリカ大陸周辺の島であるサン・サルバドル島に到達した、
    いわゆる「新大陸の発見」である。
     此処で何が起こり、そのことがその後の世界史にどう関わってきたのか。
    人種差別はアメリカだけの問題ではない。元をただせば、それはヨーロッパ諸国の帝国主義が植民地支配を正当化するための
    イデオロギーである。シェイクスピアの『テンペスト』はその寓話である。
     この数日、世界各国でこれまで偉大な人とされてきた皇帝や軍人や政治家の銅像が引き倒されているが、ここに来るまでに
    400年という時間がかかった。何故こんなにも長い時間に渡って見逃されてきたのか。
     植民地主義とは何か、それは言葉を教えることから始まる、そして、それは言葉を奪うことでもある。これを言語帝国
   主義という。次に名を与える、これは元の名を奪うということである。そして、最後に神を与える、これはその土地の歴
   史を奪うということである。

    スペイン人が南米大陸でしたこと、イギリス人が北米大陸でしたこと、日本人が朝鮮半島でしたこと、みなこの手順によ
   って展開された。血塗られた恩寵、これがコロニアリズム(植民地主義)である。

     モンテーニュの『エセー』(筑摩世界文学大系13・昭和48年刊行・原二郎訳)第1巻第31章154頁、「食人種に
   ついて」に次ぎの言葉を読む。

     私は、このような行為のうちに恐ろしい野蛮さを認めて悲しむのではない。むしろわれわれが彼らの過ちをこっ
   ぴどくやっつけながら、われわれの過ちにまったく盲目であることを悲しむのである。私は死んだ人間を食うよ
   りも、生きた人間を食うほうがずっと野蛮だと思う。

    
鴨長明、私にとっては「夏の嵐」だ。

        古京はすでに荒れて、新都はいまだならず

   
  さてさて、新都はどこにあるのか。
    でも僕は忘れたくない。その時代がどういうものであったかを。

     それも僕たちが――愛する者に看取ってもらえず、寂しく死ぬことになるかもしれないなんて、しかもその葬儀は音ひとつ
    せず、立ち会う者ひとりいないかもしれないなんて、誰が想像していたろう?にもかかわらず。

                     パオロ・ジョルダーノ

      最後に、この夏の浜辺から呼びかけよう。
     先ず、緑のタヌキの銅像を引きずり降ろせ!
     それが新都建設の第一歩だ。




       「闇の奥」

          2020・6・20 

    「ハローページ」がなくなると今日の新聞に書いてあった。「NTT東日本とNTT西日本は18日、個人と企業の
   固定電話番号を50音順に掲載した電話帳『ハローページ』の発行を、2021年10月から順次終了すると発表
   しました」ということだ。理由は「携帯電話の普及に加え、番号掲載を希望しない世帯が増加」だそうだ。
   世の中が変わったということなのだろう。私が少年だった頃は、家に電話があるということはお金持ちの証明だ
   ったが、今時は小学生でも携帯電話を持っている。それも昔に比べると機能が天文学的に拡大されて、この携
   帯電話(スマホと云うのか)を電話機と呼ぶことが正確なのかどうかも疑問であるが、かくして時代は変わったの
   である。これが良いことなのか悪いことなのかは分からぬが、科学は善悪に関係なく進歩し続けるという性質を
   本来的に持っている。だから、科学の進歩を無条件に受け入れてはならない、時にはそれを制御しなくてはなら
   ない、と私は考える。善意を持っての発明・発見が悪意を持って利用されるということだ。
    今日の新聞の第一面のトップ記事は、「新型コロナが問う  日本と世界」と題してのもので、京都大学総長で
   ある山極寿一さんが登場している。その発言を少し書き留めておく。

      資本主義は限界  誰もが・・・
    問題は、利潤をあくまで追求し、利潤を将来の投資に向けるという資本主義の原則です。資本主義はそのため
   の自然破壊をためらわないのです。資本主義は自然が文句を言わないために、自然を「搾取」してもいいと考え
   ます。国内産業の不振などでGTP(国内総生産)が上がらず苦労している先進国の中に、発展途上国の手つか
   ずの自然資源を利用して利潤を上げようとしている国があります。違うやり方を入れていかないと世界はもたない
   と思います。コロナ禍のもとで、誰もが資本主義は限界だと感じているのではないでしょうか。
       医療など「公共財」
    生産性と効率性を高め、未来に投資することを金科玉条として資本主義は発展してきました。しかし、生産性や
   効率性に結びつかないが、危機的な事態でも続けなければならない仕事があることが分かりました。例えば、医
   療、介護、子育て、教育などです。
   【中略】人間にとって医療や介護、教育などは利潤のあるなしにかかわらずコモンズ、公共財と考え、重視する必
   要が出てきたと思います。

    またまた話は変るが、今日の毎日新聞と時事通信から二つの記事も転写しておく。

     英オックスフォード大、セシル・ローズの像撤去へ 米黒人男性暴行死で批判強まり

    英オックスフォード大学オリオルカレッジは17日、同校の建物外壁に設置されている19世紀の大英帝国の政治家、
   セシル・ローズ(1853~1902年)の像の撤去を決めた。ローズはアフリカで英国の植民地拡大を推進した植民地主
   義者・帝国主義者として知られている。像を問題視する声が以前からあったが、米国の黒人男性暴行死事件への
   抗議活動が活発化する中、撤去を求める声が再び強まっていた。現在の南アフリカに渡ったローズはダイヤモンド
   の採掘によって巨万の富を築き、英ケープ植民地政府の首相などを務めた。  また、アジアにおける英国の植民地
   経営を担った東インド会社を模した「南アフリカ会社」を設立。現在のザンビアとジンバブエに当たる地域を支配下に
   収め、自身の名前にちなんで「ローデシア」と名付けるなど、典型的な帝国主義政治家として知られてきた。

      アントワープ市、レオポルド2世像撤去 植民地推進の元ベルギー国王

 【ブリュッセルAFP時事】ベルギー北部アントワープ市は9日、市内の元国王レオポルド2世像を撤去したと発表した。
   米国の白人警官による黒人暴行死を受け、アントワープでもデモがあり、その際、赤い塗料をかけられていた。  レオ
   ポルド2世は19世紀後半~20世紀初め、コンゴ(旧ザイール)などの植民地化を進めた人物。天然ゴムの農園で酷使し
   た現地人に死者が続出する一方、王室財政を潤わせた。

    ジョセフ・コンラッドの小説『闇の奥』はレオポルド2世のコンゴ支配を暴露したものである。この作品の舞台であるコン
   ゴ川一帯はベルギー国王レオポルド2世の私有地であった。
   「書評」によれば、闇の奥というタイトルは、アフリカ奥地の闇でもあるが、人間の心の闇、西欧文明の闇をも含意してい
   ると考えられるということだ。
    フランシス・フォード・コッポラ監督によって1979に映画化された『地獄の黙示録』の原作はこのコンラッドの小説である。
   舞台はコンゴからベトナムに移され、原作では貿易会社の現地代理人で奥地にいるクルツという男は、映画ではカーツ
   大佐と呼ばれ、マーロン・ブランドが演じていた。
    またまた話は変わるが、赤旗の名物コラム「きょうの潮流」、これも転写しておく。

         「きょうの潮流  2020・6・20

    自身のすべてをさらした勇気あるつぶやきです。19日開幕したプロ野球。楽天のオコエ瑠偉(るい)選手が数日前、自身
   の差別的な体験をツイッターでつづっています▼ナイジェリア人の父を持ち、日本で育った同選手は、5歳のエピソードから
   書き出します。保育園の先生が『醜いアヒルの子』の絵本を読んだとき、他の子らが自分の方をみて笑ってくる。自身は「う
   つむき耳を塞(ふさ)いでた。物凄(ものすご)く孤独だった」。そして「俺が周りとは違うと初めて認識させられた出来事だった」
   と▼つらい経験は続きます。親の似顔絵を肌色で塗りましょうとの先生の言葉。反抗しつつ「涙ながら」に茶色のクレヨンで塗
   ったこと。小学校の野球の先輩から、「お前の家では虫とか食うんだろ」とあざ笑われ、殴られたこと。高校でも「甲子園には
   黒人はでるな」のおとなからの言葉に深く傷つきました▼米国の黒人男性ジョージ・フロイドさんの暴行死をきっかけに反人種
   差別の声が世界をかけめぐっています。日本でも共感が広がる一方、「国内で差別は実感できない」との声も聞かれます▼
   しかし、彼の告白は偏見や差別が身近にひそんでいること、人々の心に容易に入り込むことを教えてくれます。子どもたちに
   どう伝え、教えるべきなのかも▼「こういう経験があるからこそ、悔いないように生きようと思う」。すべてを受け入れ、力に変え
   るその姿に胸が熱くなります。だれもが輝き、尊重される社会のために。彼が絞り出した心の叫びにしっかり応えなくては。

    ジョージ・フロイドの事件は決して遠い外国の出来事ではない。ましてや他人事でもない。
   日本では白昼公然とヘイトクライム(憎悪犯罪)がまかり通る。
    ヘイトクライムとは何か、日本大百科全書の解説を引く。

    人種、宗教、肌の色、民族的出自、性的指向別、心身の障害などを理由とした憎悪あるいは偏見動機とする犯罪
   憎悪犯罪
ともいう。この種の犯罪は古くからみられたが、ヘイトクライムとよばれるようになったきっかけは、1985年にアメリカ
   の下院に提案された、ヘイトクライム統計法Hate Crime Statistics Act(1990年成立)である。
   なお、アメリカでヘイトクライムにあたる行為が初めて法律で規制されたのは、南北戦争以降の人種差別問題を解決するため、
   1871年に制定された連邦法反クー・クラックス・クラン法Ku Klux Klan Actで、これ以降アメリカでは、ジェンダー(性差)、性的指
   向、障害などに対する偏見や暴力を規制する法律が制定された。またヨーロッパにおいては、ドイツにおけるユダヤ人差別に対
   する罰則の規定をはじめ、ヘイトクライム行為を規制する法律が施行されている。


 
      「二人の倫理観」

        2020・6・19

    都知事選スタート、日本記者クラブ主催の共同記者会見などの論戦にみる両者の違いを新聞で確認する。
   新聞は「しんぶん・赤旗」、両者とは宇都宮けんじさんと小池百合子さんのことだ。候補者が20人前後いることは
   知っているが、政策や争点が明確でないもの、もしくは何もないものは取り上げても意味はないと思うので、取り
   あえずはこの二人に絞って観察を続けることにした。
    二人の違いは次の4点だ。

   「1」 感染対策
     
宇都宮氏   検査拡充し(医療)体制強化
     
小池氏     内容不明の印象先行
   「2」 補償
     
宇都宮氏   弱い立場の人を救え
      小池氏    自衛強調「稼ぐ東京」
   「3」 五輪
      宇都宮氏   専門家判断で中止も
      小池氏    来年実施に一人固執
   「4」 カジノ
      
宇都宮氏   刑法犯罪ときっぱり
       小池氏    経済成長にメリット
   
    
「1」の問題については宇都宮さんは、日本のPCR検査数がOECD加盟国36カ国中35位だと指摘し、「まず検査
    体制の抜本的強化が必要だ」と強調。さらに都が保健所を71カ所から31カ所に減らしてきたことを示し、医療・保
    健体制の抜本的強化が必要だと述べ、また、都立・公立病院の独法化を中止し、充実・強化すべきだと力説。
     「2」の問題については、「自粛から自衛の段階」を強調する小池さんは、「自己責任、自助ということか」と問われ、
    それを否定しなかった。コロナ危機により苦境に陥っている都民への補償についての言及は一切なかった。
     「3」の問題について宇都宮さんは、「五輪には世界中の人が集まってくる。日本が克服しても、世界でコロナが蔓延
    していれば難しい。感染症対策の専門家が困難だとした時は積極的にIOCに中止を働きかける」「浮いた予算はコロ
    ナ被害救済に充てる」と語っている。
     「4」の問題について小池さんは、「観光経済成長を進めるメリットがある。まさしく『稼ぐ東京』だ。メリット、デメリット、
    総合的な検討が必要だ」と賛否を明らかにしない。これに対して宇都宮さんは、「カジノは人の不幸の上に成り立つ
    賭博、刑法で禁止されている犯罪だ。一家心中、一家離散を生んできた。政治家はもっと道徳、倫理を考えなくては
    いけない。カジノで経済成長なんて実態にも合わないし、考えてはいけない」と語っている。

     以上の4つの争点から見えてくるものは、当然、二人の候補者の政策や政治観の違いと言うことであるが、それ以上
    に鮮明なのは、政治的立場云々の前に、二人の人間の倫理観と地球的視野の有無である。
     先ず、小池さんの「自粛から自衛の段階」というのは、有り体に言えば、これ以上は補償はしたくない、自分の事は自分
    で守れという棄民政策である。ここには政治の責任という自覚はない。
     
この点について宇都宮さんは、ネットカフェで寝泊まりしていた約4千人の人など、弱い立場の人が苦境に陥っている
     ことを示し、路頭に迷わせない補償が必要だと訴え、その財源については、基金の活用と不要不急の大型開発の中止、
    大幅な予算組み替えを主張している。
     五輪については、小池さんは開催優先であり、中止が決定されるまではコロナ危機に対しては全く関心を示すことは
    なかった。「浮いた予算はコロナ被害救済に充てる」という宇都宮さんは、五輪よりも世界中の貧者・弱者の救済こそが
    政治の果たすべき役割だといっているのだ。この対比から見えてくるものは、差別主義対人道主義というものであう。
    
コロナ後の世界はどうあるべきか。

    たとえばこんな問いだ。すべてが終わった時、本当に僕たちは以前とまったく同じ世界を再現したいのだろうか。
    
     僕には、どうしたらこの非人道的な資本主義をもう少し人間に優しいシステムにできるのかも、経済システムが
    どうすれば変化するのかも、人間が環境とのつきあい方をどう変えるべきなのかもわからない。実のところ、自分
    の行動を変える自信すらない。でも、これだけは断言できる。まずは進んで考えてみなければ、そうした物事はひ
    とつとして実現できない。
                  『コロナの時代の僕たち』   パオロ・ジョルダーノ




      「誰を選ぶのか」

          2020・6・18 

    都知事選きょう告示。朝日新聞の候補者一覧を見るとなんと20人が立候補している。
   その中の何人かは名前も顔も知っているが、後の15.6人は見たことも聞いたこともない人たちだ。ということは
   これらの人はこれまでに政治活動などとは無縁の世界にいた人ということになる、事実その職業を見ても、なぜ
   今この時に都知事にならなければならないのか理解に苦しむ。どの選挙でも泡沫候補というお騒がせ屋は出て
   くるが、その目的は何かと考えるに、売名もしくは暇つぶしであるが、それでも時には神のいたずらとしか思えない
   奇跡が起こって晴れて政治家の名刺を持つことになる場合もなくはないので、案外、本気で立候補している人も
   中にはいるのだろう。過去には山東昭子(1942年生まれ・78歳)の成功例もあり、近くは三原順子とか今井絵
   理子とか馳浩とかいった例もある。ただし、この種の成功の条件は何と言ってもテレビを通しての知名度である。
    それはともかくとして、都知事選の前にこの国の「今と此処」を確認しておく。
   デイリー新潮の記事だ。

     1ケタ違った振込金額は二階幹事長主導か

    「立件へ」と報じられてきた国会議員夫妻がついに塀の向こう側へ落ちた。国会閉会直後の6月18日、東京地検
   特捜部は、河井克行前法相(57)と妻の河井案里参院議員(46)を公職選挙法違反容疑(買収)で逮捕。憲政史上
   初の「国会議員夫婦同時逮捕」で今後、夫妻の運命はどんな風に変転していくのだろうか。
     芸州・広島の有名な夫婦漫才「克行&案里」が興行先の大江戸で火付盗賊改方に捕縛されたという瓦版だ。
    火盗の長官の名前は長谷川平蔵か阿部式部は分からないが、ここから先は池波正太郎先生に聞くしかないか、
    私の記憶に誤りがなければ、この事件は『鬼平犯科帳』か『雲切仁左衛門』のどちらかに収録されているはずだ。
     実は、夫婦漫才というのは表看板でこの二人はその世界では音に聞こえた道中師であった。道中師とは今時
    めったに聞かぬ言葉だが徳川幕府265年の歴史では、街道を往復して人の用事を足すことを業とした人。飛脚・
    荷宰領(にさいりょう) の類。または盗賊、詐欺師となっている。
     天網恢恢疎にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず) は老子の言葉だそうだ。
    意味は、天の張る網は、広くて一見目が粗いようであるが、悪人を網の目から漏らすことはない。悪事を行えば必ず
    捕らえられ、天罰をこうむるということだ。
    しかし、これから夏を迎える塀の向う側は蒸し暑いだろうな。でもいいか二人一緒で入るのだから、第二の新婚旅行
    のようなものだ。
    まあお元気で。また会う日まで(その時が来ないことを願うが)。
     次は懐かしの「雲隠れのメロン・マン」の近況だ。発信元は「JIJI・COM」(6月16日付け)

       自民・菅原氏、公選法抵触認める 議員辞職・離党は否定

    秘書が選挙区内で香典を配ったなどとされる疑惑で昨年10月に経済産業相を辞任した自民党の衆院議員
   は16日、党本部で記者会見し、香典提供など公職選挙法に抵触する事例があったことを認めた。捜査中を理由に詳細
   な説明は避けたが、議員辞職や離党は否定した。

    この人も夫婦漫才「克行&案里」と同じく靖国小僧をお頭(かしら)とする三代目長州屋の枝葉だ。組内での序列はそう
   高い方ではないが、その「雲隠れメロン・マン語録」は一頃はよく読まれていた。そこにはこんなことが書いてあった。
   「女は25歳以下がいい。25歳以上は女じゃない」「子供を産んだら女じゃない」「嘘を申請したから大丈夫」。
   つまり政治に関しては全くの無知、要するに素人(しろうと)であるが、夜の性事に関しては余人をもっては代えがたい玄人
   (くろうと)であるとご本人は言っているのだ。しかし、58歳だよ、そんなことを言っている場合か。
    痴呆のエログロ差別主義者、近頃多いよね、こういう大人が。
     で、話を都知事選に戻す。
    しんぶん・赤旗の今日のコラムだ。

        きょうの潮流   2020・6・18

    「忙しく頼もしい、背広を着た小さな救いの神」。温和な表情をうかべる人物を作家の宮部みゆきさんはそう描きました。
   自身の人気小説『火車(かしゃ)』のなかで▼サラ金被害者を助けるために奔走する弁護士。そのモデルになったのが宇都
   宮けんじさんです。作中、こんなセリフを言わせます。「現代のクレジット・ローン破産というのは、ある意味では公害のような
   ものでもある―」▼人間らしく生きたい、幸せになりたい。そう願いながら、行政の怠慢や法の不備によって転がり落ちてゆく。
   落とし穴にはまり抜け出せない。そんな人びとに寄り添い、貧困や社会悪とたたかってきました▼都民一人ひとりのいのちと
   暮らしを守り抜く。きょう告示の東京都知事選に立ったのも、みずからが地道にとりくんできた問題の解決には、政治を変え
   る必要があると痛感しているからでしょう。コロナ危機にも、仲間とともに電話相談や基金の設立を呼びかけ、政府に要望書
   も出しました▼信念をもって一貫している、まじめで誠実、筋を通し約束を守り抜く、決して不正は許さない強い意思を持つ人…。
   本紙に寄せられた期待の声は、苦しみや困難を取り除くために尽くしてきた活動が体現する人柄をさまざまに▼1400万人が
   生活する大都市東京。先の小説は現在の姿を「地味も消え、雨も降らず、耕す鍬(くわ)もない荒れた畑」だと。自分ファースト
   の小池都政から都民の声に耳を傾け、人にやさしい希望ある都政へ。偽りではない、真実がそこにあります。



        「合理的な判断」

           2020・6・17 

   昨日の新聞の第一面のトップ記事は、迎撃ミサイル配備停止について報じていた。

   「河野太郎防衛相は15日、防衛省内で記者会見し、陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」を
  秋田県と山口県へ配備する計画を停止すると発表しました。迎撃ミサイルについて技術的な問題が見つかり、
  改修に相当なコストと期間がかかるためだと説明しました。」

   目立ちたがり屋、上から目線、変節漢、時代が変わったのか、それとも人間が変わったのか、河野太郎か、昔
  はもう少し清潔感のある男だったと記憶するが、憐れむべし、今は見る影もない。どうしてこんなことになったの
  か、父・河野洋平は信念に基づいて行動し、己の良心に照らし合わせて政治を語る、そういう男だった。これは左
  右の立場を問わず政治家としての最低限の条件だろうと思うが、息子の太郎には庭の訓えが伝わらなかったか、
  この親不孝は傍で見ていても何か痛ましいものがある。
  偉大な父親と不出来な息子、しかし、ここまでは河野家の家庭内事情小説である。
   問題は、軽佻浮薄を絵に描いたような男が外務大臣や防衛大臣の椅子に座れるというこの国の政治の耐えら
  れない軽さだ。
   その不出来な息子さんは、配備停止について、「(ブースターを)確実にむつみ演習場に落とせることにならないと
  判明し、(改修の)コスト、期間を考えると配備のプロセスを進めるのは合理的でないと判断せざるを得なかった」と
  何だか他人事のように語ったが、何を今更である。これが配備停止の本当の理由であるかどうかは今のところ判
  断のしようはないけれども、もし、これが本当の理由であるならば、沖縄県名護市の辺野古の新基地建設も即刻中
  止すべきではないのか。
   太郎君は「地元の皆さまにはご迷惑をお掛けしてきた。おわびを申し上げなければならない」と秋田、山口の県民
  に謝罪したが、この言葉は先ず沖縄県民に対して発せられるべきものなのではないのか。
   目的の不透明性、計画の杜撰、県民の反発、構図は全く同じである。
  辺野古の基地建設予定地は軟弱基盤であり、「マヨネーズ並み」の軟らかい地盤であることは既に明らかになって
  おり、7万本の杭(くい)を打ち込む大規模工期は8年から12年に延び、工費は3倍近い約9300億円に膨らんで
  いる。そして、県民投票では、7割が反対票を投じた。
   玉城デニー沖縄知事は、「コストと期間を考えると、辺野古の方がより無駄な工事ではないか」と言っている。
  工期が12年に延びたといっても、それは7万本の杭を打ち込むだけの作業である、本格的な基地建設工事はそれ
  から先のことなのである。マヨネーズ地盤の上に飛行場を作る、これは何かの寓話か。題して「永遠の未完成」。
  秋田・山口では合理的な判断をし、沖縄では非合理的な強行か、この二重基準を差別というのである。
   偉大な父親・河野洋平(83歳)は2006年(平成18年)8月15日、全国戦没者追悼式の衆議員議長追悼の辞で、
  天皇・皇后が出席する中、「戦争を主導した当時の指導者たちの責任をあいまいにしてはならない」と戦争責任論に
  言及し、2007年(平成19年)8月15日も同じ場面で、「日本軍の一部による非人道的な行為によって人権を侵害
  され、心身に深い傷を負い、今もなお苦しんでおられる方々に、心からなる謝罪とお見舞いの気持ちを申し上げたい
  と思います 」と天皇皇后と戦没者遺族が出席している中で述べた。
   今日の新聞では、この不出来な息子はまたまた錯乱している。
  衆院安全保障委員会で、共産党の赤嶺政賢議員に「イージス・アショアをはるかに上回るコストがかかるのが辺野古
  新基地建設だ。なぜ停止しないのか」とただされると、呆れたことに「工事を着実に進める」と言い放った。
  さらに立憲民主党の本多平直議員の質問に対して、陸上配備を撤回した場合、代替策として、イージス艦の増勢もあ
  りうるとの考えを示したということだ。陸上に置き場がなくなったら海上にということだが、こうなると不出来を通り越して
  正真正銘の阿呆である。
   秋田も山口も沖縄も、今求められているのは延期でもなく中止でもなく、撤回である。それが合理的な判断というも
  のだ。
  


 
       「済勝(せいしょう)の具」

          2020・6・16

    連休2日目の今日は火曜日、中国5千年の霊薬が効いているのかこの数日は足に異変は生じない。
   森鴎外はその著『渋江抽斎』で、「抽斎はかつてわたくしと同じ道を歩いた人である。しかしその健脚はわたくしの
   比(たぐい)ではなかった。はるかにわたくしに優(まさ)った済勝(せいしょう)の具を有していた。抽斎はわたくしの
   ためには畏敬(いけい)すべき人である」と書いたが、この「済勝(せいしょう)の具」という言葉を知ったのは石川淳
   の『夷斎虚実』を読んだ時で、私は18歳だった。
    ただし、鴎外嫌いの私はそこから直ぐには渋江抽斎には進まなかった。抽斎を開いたのは40歳になった頃である。
   18歳の私が「「済勝(せいしょう)の具」という言葉で思い浮かべていた人物は、砂漠のランボーであった。
   永遠の彷徨者であったアルチュール・ランボー(1854~1891)は、右膝の腫瘍(しゅよう)で歩行不能となり、担架
   に乗せられてマルセイユに還って来が、既に時遅しというか、癌の全身転移により生涯を閉じた。享年37歳。
    18歳の私にとっては田舎の漢方医よりも砂漠の少年の「地獄の季節」が重大な事件であった。
   37歳という年齢も今では遠い昔の想い出となってしまったが、出会いの衝撃の新鮮さは古稀の今も消えてはいない。
   エリオットは西脇順三郎で、ランボーは金子光晴で読むのが私の流儀だ。

       永 遠   (金子光晴訳、角川文庫)
 
           とうとう見つかったよ。
           なにがさ?永遠というもの。
           没陽といっしょに、
           去ってしまった海のことだ。

           みつめている魂よ。   
           炎の中の昼と  
           一物ももたぬ夜との
           告白をしようではないか。

           人間らしい祈願や、
           ありふれた衝動で、
           たちまち、われを忘れて
           君は、どこかへ飛び去る・・・。

           夢にも、希望などではない。
           よろこびからでもない。
           忍耐づよい勉学・・・。
           だが、天罰は、覿面(てきめん)だ。

           一すじの情熱から、
           繻子(しゅす)の燠火(おきび)は
           ”あっ、とうとう”とも言わずに、
           燃え尽きて、消えてゆくのだ。

           とうとう見つかったよ。
           なにがさ?永遠というもの。
           没陽といっしょに、
           去ってしまった海のことだ。 


               *「燠火」=薪(まき)が燃えて炭火のようになったもの。
               *「繻子」=繻子織にした織物。

     「こむら返り」の「こむら」とは「ふくらはぎ」のことで、第二の心臓と呼ばれているそうだ。
    「カンポフルライフ」というサイトの説明を読む。
  
          ”第二の心臓”とも呼ばれるふくらはぎ
     ふくらはぎは全身の血行を巡らせる大切な役割を持っています。冷えて、このふくらはぎの筋肉が凝り固まってしまうと、
    血流が滞り血行不良を引き起こしやすくなります。
血行不良は足がつる要因の一つでもあります。
     真冬の朝方は気温がとっても低いので、自分でも気づかないうちに猫のようにぎゅっと縮こまって寝ていることもありま
    すよね。すると筋肉は緊張状態となり筋肉の収縮に必要な栄養素が十分に届きにくくなります。急に足を伸ばすと「!」とな
    ってしまうのです。

     難しいことは分からないが、足は大事だ。長く生きていくために、強く生きていくために、足は丈夫でなければならない。
    農耕も、開拓も、旅行も、足が丈夫でなければ出来ない。「自分の足で生きる」、いい言葉だね。
     午前10時、「火曜日のお茶会」に出かける。いつものようにお菓子を食べる。福盛田さんの家のお菓子は本当に美味し
    い。家には二人の娘がいるから、お菓子は色々とあるが、どうも娘たちの好むお菓子は食べる気がしない。その理由を
    考えてみるに、福盛田家のお菓子は、基本的に茶菓子なのだ。お茶を美味しく呑むために選ばれたお菓子なのだ。それに
    対して我が家の娘たちの好むお菓子にはお茶との関係が全くなく、ただの間食なのだ。暇つぶしの補助的な軽食である。
    だから、そういうお菓子では時間(対話と思索)を楽しむことができない。問題は、コミニュケーションの捉え方にあるのだろ
    う。あるいは世代の差か。
     お茶会が終わって家に帰ると、妻殿が美味しいお蕎麦を食べさせてあげるからお買い物に付き合えという。
    行き先は手稲駅前のスーパー西友の中にある蕎麦屋さんだ。私はざる蕎麦、妻殿は冷やしタヌキ。二人の娘が成長した
    後に残る時間、これからはジイサンとバアサンのデートの日々が日常生活を作っていくのだろう。
    ジイサンは山で柴刈り、バアサンは川で洗濯、しかし、もう河上から大きな桃が流れて来ることはない。老後である。
    蕎麦を食べながら妻殿の顔を見る。「この女が、俺の最後を看取ってくれるのだろう。感謝」などと馬鹿なことを考える。
    まだ70歳、ほんの若造だ。老人を気取るのは早すぎる。
     食事を済ませた後、妻殿は食料品コーナーへ、私は時間潰しに館内の奥にある「クマザワ書店」を覗く。置いてあるのは
    多種多様な週刊誌・月刊誌と漫画本である。新刊書の棚も今話題の本ばかりで、文芸・哲学に関するものは一冊もない。
    近頃はこういう本屋さんが多くなった。高速回転商法というか、売れるものだけが取り揃えられる。
     そんなことを思いながら文庫本のコーナーまできた。上段から下段まで収められた本の表題と著者名を確認する。
    ちくま文庫のところで目が止まった。
    「ユーレイカ(我、発見せり!)」と叫びたいところだ。何と堀田善衛さんの『方丈記私記』が目の前にあった。
     数日前に読んだ聖書の言葉を想い出した。
    マタイによる福音書7章のことば。

     求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば開かれる。だれ
    でも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。

     この文庫本は1971年に筑摩書房から刊行されたもので、定価は税抜き700円。巻末には「方丈記再読」と題して、堀田
    さんと五木寛之さんの対談が収録されている。
     後は『ミシェル 城館の人』全三巻(集英社文庫)を探すだけだ。この夏はシェイクスピアは暫し中断となるか、鴨長明から
    モンテーニュへどうやって辿り着くか、これは楽しい旅になりそうだ。
    「済勝(せいしょう)の具」とは単なる健脚のことではない。本当の意味は、精神の運動のことである、私はそう思う。




 
      「愚か者の休日」

        2020・6・15

    今日は仕事はお休み、従って一日中、自由時間だ。これといって行く処も行きたい処もないのだけれども
   何故か朝からウキウキ、例によってポール・マッカートニーの『アンド・アイ・ラブ・ハー』を聴いて行動開始と
   した。「古稀」などという美しい言葉もあるが、愚か者にはこの言葉はどうやら無縁であるようだ。
    午前6時、広大な菜園の水撒き作業、時間にして3分弱、唐黍の芽が出て来たよ。労働は報われている。
   成育は順調、太陽の下で土と親しむ、いいね。素朴にして豊饒、この農夫に足りないのは信仰だけか。
    たまには聖書でも開くか、

    一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだ
   なら、豊かに実を結ぶようになる。」(ヨハネによる福音書)


    
意味は分からない。これから先も分かることはないだろう。しかし、種を蒔くことは神聖な労働であるという
   ことだけは理解できる。今のところはそれだけで十分だ。種を蒔くとは、行動するということである。
    午前9時、駅前の散髪屋さんへ行く。3カ月振りだ。髪型はソフト・モヒカン。30分後、白髪が全部無くなった、
   10歳は若返ったか、またまたウキウキ、相変わらず単純な男だ。
    午前10時、新川通りにある郊外型大型書店「コーチャンフォー」に入る。これでまたまたウキウキ、この空間
   に迷い込むと時間が止まる。読みたい本がたくさんある、だけど悲しいことにお金がない。と言うより、煙草もお
   酒も止められない。身体にとって不健康なこと、これが昔から大好きである。だから馬鹿は死ななきゃ治らない。
    探した本は堀田善衛の『ミシェル 城館の人』『方丈記私記』、在庫はなかった、残念至極。それで最初の計画
   に戻って、松岡和子さんの訳によるシェイクスピア2冊を買った。『ジョン王』『タイタス・アンドロニカス』、これで
   ウキウキにニタニタが加わった。今日は悦ばしき日である。
    午前12時、手稲山口のイオンの中にあるタイヤ・ショップで愛車フィットのオイル交換、5000円の出費だ。後
   10年は乗りたいからね。そう思うとまたまたウキウキ、だってこれから10年もお酒を呑めるということだよ。
    午後1時、ホームセンターでホウレン草と水菜の種を買った。投下資本は380円、「私には夢がある」と言ったの
   はキング牧師だったか。「清く、貧しく、美しく」だ。スリキリワビの風流とはこういうものだ。貧者のダンディズムか。
    午後2時、家の近くの酒店で田舎正宗を3本買った。これで向う2週間の幸せは保障された。
   酒は呑むべし、百薬の長、と言うではないか。「酒と薔薇の日々」という言葉もある。
    午後3時、農作業開始。先程買い求めた野菜2種の種を愛情を込めて土の下に入れた。柄にもなく神に感謝。
   秋の収穫祭が待ちどおしいね。もっとも毎日が収穫祭のような人生だが。

     勧 酒  (于武陵・うぶりょう)
       コノサカヅキヲウケテクレ
     ドウゾナミナミツガシテオクレ
     ハナニアラシノタトエモアルゾ
     サヨナラダケガジンセイダ

                
井伏鱒二  
    
    
午後4時、『アランフェス協奏曲』を聴きながら窓辺でビールを呑む。この至福のひと時、何処かに置き忘れてき
   たような気がする。やっぱり70歳か。それは「愛と追憶の日々」ですよと誰かがささやく。
   気が付けば、私一人、遠からずいつかはそんな日もやってくるだろう。
   サヨナラだけが人生だ。
   行雲流水、あるがままを受け入れ、今この時を楽しめ。
    


 
      「古稀」

         2020・6・14

    「芍薬甘草湯」は、漢方の古典といわれる「傷寒論」に収載され、別名「去杖湯(キョジョウトウ)」ともいわれます、
   と説明書に書いてあったが、確かに中国5千年の歴史が持つ医療の知識と経験は未開社会の加持祈祷とも、ま
   たアメリカ発のサプリメント信仰とも違う。気のせいかもしれないが痛みは薄らいでいる。
    「傷寒」とはウイキペディア(フリー百科事典)によれば次のような解説が出てくる。

    傷寒には広義の意味と狭義の意味の二つがある。 広義の意味では「温熱を含めた一切の外感熱病」で、狭義の
   意味では「風寒の邪を感じて生体が傷つく」ことで温熱は含まれない。傷寒論におけるこの意味の扱いの違いは、
   林億(りんおく)、孫奇(そんき)らの校正・復刻による宋改の結果起こったことで、古典である傷寒論の解釈の違い
   になってくる。傷寒論のもっとも際立った功績とは、薬物療法を診断学と結びつけたことと湯液つまり煎じ薬を主体に
   薬物療法を組み立てたことだった。 ちなみに現代中国語ではチフスのことを傷寒という。傷寒とはさまざまな説があ
   るが、現在医学でいうチフスインフルエンザマラリアに似た疾患ともいわれるが、詳細は不明である

   漢方医学についての解説も転写しておく。

    漢方医学(かんぽういがく)または漢方は、狭義では漢方薬を投与する医学体系を指す。また漢方は、漢方薬そ
   のものを意味する場合もある。広義では、中国医学を基に日本で発展した伝統医学を指し、指圧なども含
   む。現在日本の東洋医学業界では、古典医学書に基づく薬物療法を漢方医学、経穴などをで刺激する物
   理療法を鍼灸医学、両者をまとめて東洋医学と呼んでいる

    漢方医薬の祖は炎帝神農と呼ばれ、古代中国の伝承に登場する三皇五帝の一人。医療と農耕を司る神とされる。
   別名は薬王大帝、五穀仙帝。医療と農耕の関係は分からない。どちらも人民を救うということか。
   炎帝の「炎」は、焼畑農業を教えたことによるものだそうだ。
    この神農さんは、日本でなぜか的屋・香具師の守護神・まもり本尊として崇敬されていて、博徒の「任侠道」に相当
   するモラルを露天商の世界では「神農道」と呼ぶ。これは神農の子孫である融通王が日本ではじめての露天商である
   という伝説からきているということだ。とすると神農さんは医療・農耕だけでなく。市場(商業資本)の神でもあったという
   ことか。露天商とは浅草はフーテンの寅さんの世界だが、昔はこうした非定住の漂泊民を「道々の者」と呼んだ。ここか
   ら先は網野善彦の世界である。あるいは隆慶一郎でも読むか。
    「道々の者」については平凡社の百科事典にあたる。

    道々とは諸道,さまざまな学問や芸能のことで,〈道々の〉とは諸道に熟達した専門家たちをいった。〈道々の
   ともいい,職人歌合(しょくにんうたあわせ)などによると鋳物師(いもじ)・鍛冶・番匠・医師・陰陽師(おんみょうじ)・巫・念
   仏者・猿楽博打・海人(あま)・遊女傀儡(くぐつ)師ほか,商人・職人・芸能民・宗教者・勝負師なども合わせたさまざま
   な技能者を含む言葉として使われている。しかし,およそ南北朝期を境として,工匠を除き,狭義に芸能者・呪術者など
   をさす用法が増え,のちに〈道の者〉を遊女と同義に用いることもあった。こうした用法変化の背景には芸能者・呪術者
   を含む被差別民の身分を固定化する社会動向があったと考えられる。

     因みに、農業を中心とした無階級社会を理想とした江戸中期の忘れられた思想家・安藤昌益(1703~1762)は
    後世方別派に属する漢方医であった。
     また「抽斎はかつてわたくしと同じ道を歩いた人である。しかしその健脚はわたくしの比(たぐい)ではなかった。はる
    かにわたくしに優(まさ)った済勝(せいしょう)の具を有していた。抽斎はわたくしのためには畏敬(いけい)すべき人
    である」と森鴎外が語った渋江抽斎(1805~1858)も漢方医であった。
     何だか話がややこしくなってきたね。
    ある時代までは的屋も医師も遊女も道々の者であった。
    今日、堀田善衛さんの『定家明月記私抄・続篇』を読み終えた。
    1231年(寛喜3年)、定家卿遂に70歳。春日神社に参拝する。
    「古希(古稀)」という名称の由来は、唐の詩人・杜甫(とほ)の詩にある、「人生七十 古来稀なり」の一節が出典だそう
    だが、新古今の時代では、この言葉は現実であった。もっとも定家卿はここから先まだ10年も生き延びるのだが、この
    時に詠んだ歌は、

         しらざりき山よりたかきよはひまで春の霞の立つを見んとも

    
この一首について堀田さんは次のように書いている。

     山より高い年齢を重ねて、春霞の立つ姿を見ようとは、よもや思わなかった、との意であるが、そこにやはり、老齢に
    いたった定家の、素直な感慨がこめられているのを見る。

     さてさて、この海辺の廃屋の70歳はどうなのか。春の霞は何処にも見えない。
    今日もまた、聡明になるまで老いるべきではなかった、で一日を終わるか。
    



        「悪と闘う」

          2020・6・13 

   
    東京都知事選に宇都宮健児さんが立候補した。宇都宮さんは1946年生まれの73歳、職業は弁護士だ。
   都知事選は18日告示で来月の5日が投票、立候補を表明しているのは現職の小池百合子(67歳)さんと
   維新の会推薦の熊本県の元副知事、小野泰輔氏(46歳)さん、その他に13名いるとのことだ。
   そうすると今の段階では16人で争うということになるが、実質は、宇都宮さんと小池さんの一騎討ということだ
   ろう。
   問題は争点は何かということだが、その前に有権者が考えなければならないことはこの4年間の小池都政は
   何だったのかということだろう。
    今日の新聞のコラムは小池さんについてこう評している。

       きょうの潮流

    彩られる自分語り、上書きされた過去。時の権力者にすり寄り、のし上がっていく姿がありありと。いま話題の
   『女帝 小池百合子』は、彼女の人生とともに政治家とは何かを投げかけます▼ニュースキャスターから政界に
   転身。国会議員として当選を重ね、環境相や防衛相を歴任。そして都政へ―。マスコミにもてはやされ、男社会
   のなかで要職にも就きながら、政治家として何を残してきたのだろうかと▼日本新党から始まり、次つぎと乗り換
   えていく政党遍歴。歴史的使命は終わったと自民党を散々たたきながら、平然とその党に収まる節操のなさ。政
   界渡り鳥の異名どおり、時々の風に乗って権力闘争を生きのびる一方、市井のことには無関心。そんな姿が浮
   かびます▼それは、都知事になってからも。4年前、東京大改革と称して掲げた七つのゼロ。残業や満員電車、
   待機児童や介護離職、多摩格差…。思いつきのような公約にくわえ、築地を守る、五輪の経費や施設を見直す
   ことも、すべて投げすててきました▼コロナ対応も五輪開催にこだわって出遅れ、横文字フレーズばかりの不十
   分さが際立ちます。都民ファーストをいいながら、人々の悩みや苦しみにむきあわず、みずからの野望を果たそ
   うとする。その姿はどこかの首相と重なります▼「ひたすら上だけを見て、虚と実の世界を行き来している」。著者
   でノンフィクション作家の石井妙子さんは彼女の人生をそう言い表しています。そこにあるのは、信念なき虚飾の
   政治家です。

     政界渡り鳥の異名を持つ小池さんに節操を求めるのは無理な話だが、2016年の都知事選の時には「緑の
    タヌキ」呼ばれていた。意味は、「嘘をつく人」である。その嘘の一つに「カイロ大学首席卒業」という学歴詐称が
    ある。ここまでは貧しい少女のピカレスク・ロマンと笑えないこともないが、しかし変節と虚言を生み続ける体質
    の根底にあるのは差別主義である。問題は、これだ。
     山口二郎さん(法政大学教授)が韓国の「ハンギョレ新聞」に寄稿した文章を転写する。

       [寄稿]差別との戦い

    アメリカ、ミネソタ州で警察官が黒人男性、ジョージ・フロイド氏の首を膝で押さえつけ、死なせた事件は予想外
   の反響を呼んでいる。事件から半月以上たった今でも、アメリカのみならずヨーロッパやオーストラリアなど多くの
   国で抗議行動が続いている。新型コロナウイルスによって人間の生命が脅かされる状況の中、黒人であるという
   だけで虫けら同然に扱われて命を落としたという不正義を見て、良識ある人々の怒りが沸き上がった。  日本の
   ニュースでもこの事件は取り上げられた。しかし、残念ながら、この事件は差別を許さないという決意を日本人が
   再確認する機会ではなく、日本社会が差別の放置していることを示すきっかけとなった。  たとえばNHKの国際
   問題に関する解説番組で、黒人の抗議行動の背景を説明すると称して作られたアニメーションが余りに問題の本
   質を理解せず、黒人に関する先入観を助長すると批判を浴びた。この番組に関する毎日新聞の記事を引用する。
   動画では、白いタンクトップ姿で筋肉質の黒人男性が登場。「俺たちが怒る背景には、俺たち黒人と白人の貧富の
   格差があるんだ」と話す。白人の資産平均が黒人の7倍であることや、新型コロナウイルスの影響による失業など
   で黒人が打撃を受けたことを挙げ、「こんな怒りがあちこちで噴き出した」としている。背景の路上で拳を振り上げる
   複数のキャラクターもすべて黒い肌の人として描かれている 毎日新聞6月9日  経済格差が存在することは事実だ
   が、今回の抗議運動が訴えているのは黒人の生命と尊厳を等しく尊重せよという主張である。それには多くの他人
   種の人々も賛同している。社会正義の問題が黒人の不満に置き換えられている点で、この番組は報道の名に値し
   ない。ジョセフ・M・ヤング駐日米臨時代理大使は「使われたアニメは侮辱的で無神経です」と抗議し、NHKも謝罪し
   た。日本のジャーナリズムの質が問われている。  人種差別は日本ではよそ事のように受け止められている。しかし、
   この機会に日本社会における差別について再認識し、差別を解消する努力を進めなければならない。最近気になる
   事例を紹介したい。それは、1923年9月1日に起こった関東大震災の際の朝鮮人虐殺の犠牲者を追悼する運動をめ
   ぐる小池百合子東京都知事の対応である。毎年この日に、有志団体が慰霊碑のある公園で犠牲者を追悼する式典
   を開いてきた。歴代の知事はこれに追悼文を寄せてきたが、小池知事は2017年以来送っていない。昨年は、犠牲者
   全体を追悼したので、特に朝鮮人について別のメッセージを出さないと述べた。また、今年の式典について、虐殺そ
   のものを否定する極右団体が近くで慰霊祭と称するヘイトスピーチ宣伝のイベントを予定していることから、追悼式典
   実行委員会と極右団体の両方に混乱を起こさないという誓約書の提出を求め、それがなければ公園の使用を許可し
   ないと通告してきた。  小池知事のこの論法は、アメリカにおけるBlack lives matterを嘲笑するためにAll lives matter
   (すべての人間の命が大事)と叫んだ白人の言い分を想起させる。すべての人間の生命を大事にするという理念を誠
   実に追求し、黒人のみならず差別されている少数者の権利尊重のために努力するなら、All lives matterというスローガ
   ンにも意味はある。しかし、実際には差別したい白人が、黒人の命が大事だという主張を否定するために、黒人が殺
   害されたという事実から目を背け、すべての命が大事だと、自ら信じてもいない一般論を唱えるのである。小池知事も、
   虐殺の犠牲者を追悼したいのではなく、それを避けるためにすべての犠牲者の追悼という理屈に逃げている。  差別
   を反省し、人間の尊厳を訴える主張と、他民族を差別するヘイトスピーチを同列に並べ、両者に言論のルールを守れ
   と要求することは、一見中立的に見えて、実は極めて不公平である。差別を許さないのはあらゆる言論の前提である。
   差別をまき散らす言論に対しては、民主主義の政治家は、絶対に支持しないという強いメッセージを送るべきである。  
   小池都知事は7月の選挙で再選される勢いである。しかし、人気政治家が差別についてあいまいな態度を取ることによ
   って、日本社会に差別の害毒が広がっていく。アメリカの事件は日本にとっても他人事ではない。

    こういう人物がついこの間まで平和の祭典であるオリンピックを東京で開催すると言っていたのだよ。
   では、宇都宮さんはどう言っているのか。今日の新聞のインタビュー記事から。

         毎日、地べたで苦しむ人に手を差し伸べるのが政治だ
               父の姿と弱者の声
   ―サラ金、反貧困、コロナ危機…。社会的に弱い立場にある人のための運動を続ける、その原動力は何ですか。

    うーん。私の出身地は愛媛の半農半漁の200戸くらいの貧しい漁村でしたが、小学校3年の時に大分県の国東(くに
   さき)半島に開拓農家として入植しました。戦争で足が不自由になった父が、足をかばいながら農地を切り開いていく姿
   を見て育ったことが、一つの背景としてあるかと思います。
    あと一つ、困っている人が私の背中を押したということがあります。弁護士としてサラ金問題に取り組むようになりました
   が、みんな事情があるんです。
   失業したり、病気になって収入がなくなって、高金利だとわかりながらお金を借りて、返せなくなって、暴力的脅迫的取り
   立てにあうわけです。そういう人が相談にくると「何とかしてあげないと」と思いますよね。私もサラ金業者から嫌がらせを
   受けますが、私が引っ込んだら、私より弱い立場の人をサラ金業者が襲っていきます。だから引っ込めないわけです。
   貧困問題がなくなれば終わりということかもしれませんが、これもなくなりませんから…。




      「西原扶美雄さんのFB」

         2020・6・13 

    西原扶美雄さんは福岡市在住の男性だ。この人について私が知っていることはこれだけだ。
   何時頃のことだったかはもう忘れたが、ある時から私は西原さんのフェイスブックを毎朝開くようになった。
   そこには色々な人の意見や、新聞・テレビが報道しない隠された事実が貼り付けられており、開く度に「目から
   鱗・・・」である。今日は、そんな西原さんの仕事を紹介する。

 
     嶋村伸夫     7時間前

   結局、電通に決まるからくり

   「ソリューション提供企業」をうたう電通 その実態は「経産省の別働隊」
    持続化給付金事業の委託の不透明さが指摘される一般社団法人サービスデザイン推進協議会が入札に負けた
   経済産業省の事業で、落札した別の一般社団法人が広告大手の電通にほぼ丸ごと再委託していた。元請けに隠れ、
   電通が経産省の事業の核...となる構図で、給付金と同じだ。広告不振で霞が関の仕事を増やしたい電通が、経産省
   の別働隊としての役割を果たす姿からは両者の蜜月ぶりが浮かぶ。 (皆川剛、大島宏一郎)
    入札で破れても…再委託先は結局電通

   「電通は広告会社ではない。(問題を解決する)ソリューション提供企業だ」
   電通副社長の榑谷(くれたに)典洋氏は八日の会見で強調した。
    電通が再委託を受けている事業は、今月末で終了するキャッシュレス決済のポイント還元事業。登録店舗でクレジット
   カードなどで買い物をすると、税込み価格の最大5%が還元される。2018年設立の一般社団法人キャッシュレス推進協
   議会が落札し、19、20年度に計339億円で事務を受託している。

   
   

   このフェイスブックは、「西原扶美雄」で検索すれば誰でも見ることが出来る。
  新聞がつまらない、テレビはくだらない、と思う人のためにあるようなスーパー・メディアだと私は思う。
  写真や画像も豊富で分かり易い。長い文章を読むのは苦手だという人や、超多忙な人にはお薦めだ。
  私は、このフェイスブックがより多くの人に読まれることを願う。この国の「今と此処」を知るために。





       「サイレント・ブレーカー 」

          2020・6・12 

   70歳になってから体のあっちこっちに異変が起きている。
  こうしたことは若い頃にはなかったことなので、やはり老化現象というものなのだろう。視力は元々良い方ではなかったが、
  ここにきて聴力の衰えが隠しようがなくなったことに気づく、特に右の耳だ。次は歯だ。何年か前に上下共に部分入歯に
  したが、多分、年内には総入れ歯となるだろう。そして、この2カ月のことだ。睡眠中、足がツルという現象に悩まされている。
  「こむらがえり」と言うそうだが。これが激痛だ。自分の足なのに、その感覚がなくなる。暫くは歩行困難となる。痛みが治ま
  った後でもその日一日は片方の足は義足のような違和感がつきまとう。
   それで昨日、 「芍薬甘草湯」という薬を買った。生まれて初めて服用する漢方薬だ。
  説明書には、「芍薬甘草湯」は、漢方の古典といわれる「傷寒論」に収載され、別名「去杖湯(キョジョウトウ)」ともいわれます、
  と書いてある。また、急激におこる筋肉のけいれんを伴う痛み、こむらがえりなどに効果があります、とも書いてある。
  説明書は健康アドバイスとして、「保温に心がけましょう」「カルシウムの摂取を」の2点を上げている。
   なんだか良く分からないが、要するに生活習慣を変えなければだめだと言うことか、耳が衰え、歯が滅びかかり、足に危険
  信号が点滅しだす、風狂無頼もさすがに老いたか、薄ら寒い「老人と海」である。
   愚か者の私事はこのくらいにして、今日の新聞のコラムを読む。
  赤旗を読まない人、また何かの事情で読めない人のために転写しておく。
  

     きょうの潮流     6・12  しんぶん・赤旗

   彼の名はジョージ・フロイド。テキサス州ヒューストンで生まれ育った46歳のアフリカ系アメリカ人。娘が2人いて
  コロナの影響で仕事を失っていたという▼彼の名はジョージ・フロイド。5月25日、白人警官に膝で首を抑えつけら
  れて死亡。8分46秒、息ができない、助けてくれ、ママと訴えながら。偽の20ドル札を使った疑いで拘束され、弟は
  「ジョージは誰も傷つけてなかった。黒人の命は20ドルの価値なのか」と問いかけた▼彼の名はジョージ・フロイド。
  その死は世界を変えた。警察の暴力や人種差別にたいする抗議のうねりは全米から各地へ。膝をどけろ、ブラック・
  ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)と声を上げながら▼彼の名はジョージ・フロイド。その死は歴史をさかのぼらせた。
  根深い偏見のもとにある奴隷制度の見直し。これまで偉人とされてきた像は倒され、過去の映画の描写を問題視する
  動きも。肌の色で差別し、迫害することは悪だという流れがいっそう▼彼の名はジョージ・フロイド。葬儀のとき、めいは
  「もうヘイトクライム(憎悪犯罪)はやめて」と願い、「米国は一体いつ、偉大だったのか」と呼びかけた。怒りや不満の矛
  先は、分断と憎しみをあおってきたトランプ大統領に▼私たちはジョージ・フロイド。コロナ禍のなか、国境や人種のちが
  いをこえ、立ち上がる世界中の若者たち。悲しみをともにし、人権や命の尊厳を自分自身の問題としてとらえる。「正義
  なくして平和はない」。その姿は人類の希望。

 

    先日、「サイレント・ブレーカー」という耳慣れない言葉を目にしたので、その意味をネットで調べてみた。
   ① 登山、キャンプなどのアウトドアで着るナイロン製のウインド・ブレーカーのこと、②杭打ち、解体作業などで使う低騒音
   油圧式の掘削機、③沈黙を破って告発する人。
    渓流釣りは10年前に卒業したので①は必要としない、工具というものは幼少の頃から手に持ったことがないので②も私
   の生活には関係ない。問題は③だ。
    先ず、6月11日の「フライデー」の記事だ。

    「伊藤氏は元TBS記者の山口敬之氏から性行為を強要されたとして民事訴訟を起こし、一審で勝訴。山口氏側が東京高等
   裁判所に控訴し、審理が続いている。 その間、伊藤さんには第三者から「死ね」「売名女」などの批判が殺到。なかでも彼女
   が悪質だと捉えたのが、漫画家・はすみとしこ氏のSNS投稿だった。 同氏は‘17年6月から‘19年12月にかけて、自身のツイ
   ッターに「枕営業大失敗」と描かれた女性のイラストや「当時米国でキャバ嬢として働いてた詩織ちゃん」などと書いた5本のツ
   イートを投稿。イラストでは伊藤氏の名前を明示せず「この作品はフィクション」と補足したものもあるが、イラストに描かれた女
   性は伊藤氏を連想させる。 伊藤氏は6月8日に都内で記者会見を行い、はすみ氏を相手取り、計770万円の慰謝料、弁護士
   費用の支払いを求めて東京地裁に提訴したことを明かした(他にも同投稿をリツイートした二人も訴えている)。 「言葉は人を
   傷つけ、時に死に追いやってしまうこともあります。これ以上、言葉で人を傷つけることがないよう、何かアクションを起こさなけ
   ればいけないと思っていました」

    次に今日の「現代ビジネス」からこの件の関する記事を拾い読みする。

       伊藤詩織さんの提訴
    ジャーナリストの伊藤詩織さんが6月8日、自らを誹謗中傷するかのようなイラストをSNSなどに投稿した漫画家のはすみとしこ
   さんや、その投稿をリツイートした人々を名誉毀損で提訴した。はすみさんは、伊藤さんが性的暴行を受けたことを実名で公に
   したあと、「枕営業大失敗」「そうだデッチ上げよう!」などと揶揄する数点のイラストをSNSなどに掲載していた。  提訴を受けて
   はすみさんは、「これは風刺画であり、フィクションだ」と苦しい弁解をしている。確かにイラストでは伊藤さんを名指ししてはいない
   が、イラストの風貌は伊藤さんとよく似ているし、伊藤さんの著書らしき本のイラストなども描き込まれている。  どれだけ「フィク
   ションだ」と言い訳をしても、誰が見ても伊藤さんを連想し、彼女への中傷だとわかるようなものが「フィクション」であるという言い
   訳が通るわけがない。むしろ、「フィクション」を装うような体をしていることのほうが悪質だ。  また、風刺というのは、本来は権力
   者に対して行うものである。一個人をターゲットにして攻撃し、権力におもねるような態度は風刺とは言わない。  さらに、はすみ
   さんは提訴された後、自らのツイッターのトップ画像をわざわざ当のイラストに変更している。こちらはことさらに世間を挑発するか
   のような振る舞いである。

    はすみとしこ(蓮見都志子)をネットで検索すると、「日本の漫画家、前職看護師」とだけ出てきた。生年月日、出身地、学歴、
   職歴、家族関係といった私生活に関するものは一切不明。漫画家としてのこれまでの仕事に関するものは以下の通りだ。

    2015年9月10日]、はすみは、国際慈善団体セーブ・ザ・チルドレンUKの写真家ジョナサン・ハイアムが撮影した、シリア難民
   ある6歳の少女の写真を無断でトレースした上、少女に笑みを浮かべさせて「他人の金で、何の苦労もなく、生きたいように生
   きていきたい」「そうだ、難民しよう!」
と主張しているイラストを制作し、「シリア難民は、ほとんど移民である」とのコメントを添え
   て、自身のFacebook上に掲載した。その結果、イラストが差別的であると、多くの批判を受けた
    10月2日、ジャパンタイムズは、Facebookの「人種や民族、出身に対する差別発言を削除する」規約を根拠として、はすみのイラ
   ストをレイシズムであるとしてFacebook社に削除を求める電子署名が4000筆以上集まったことを報じた。その後、電子署名は1万
   筆を超え、最終的に14,144筆となった。フェイスブック社はイラストの削除に対しては消極的な姿勢をとった
    10月4日、イラストの元となった写真の撮影者ジョナサン・ハイアムは「このような偏見を表現するために、無垢な子供の写真が使
   われることに対して衝撃を受け、深く悲しんでいる。シリアの人々の苦境をゆがめて伝えており、恥を知るべきだ」と批判した
   
    はすみとしこという人についてはこれ以上のことは分からない。知りたくもないが。
   女性を貶める女性、そういう生き方を職業としている人だそうだ。その世界では杉田水脈、千葉麗子と並ぶセカンド・レイプ婆さん
   として有名人だということだ。早い話が、どこにでもいるネトウヨである。騒動師である。
    伊藤詩織さんはフェイスブックにこう書いている。

   カルバンクラインで私のステートメントキャンペーンがリリースされました。 (English follows below)
  カルバンクラインから連絡をいただいた時は、いくら女性をエンパワーしたいと言われても下着と聞いて、お断りする
  つもりでした。 被害後、自分の体が嫌で体を脱ぎ捨ててしまいたいと何度も思いました。
  しかし「レースの下着を履いていたから同意していた」と無罪判決になったアイルランドでのニュースを見て、これまで
  自分自身に向けられた服装への批判などがフラッシュバックしたと同時に、このCKオファーについて考え直し、参加
  させていただくことにしました。

  どんな格好をしていようが、どんな下着を身につけていようがそれは同意にはなりません。
  これまで多くの方々に支えられ勇気付けられ、前を向いて歩き続けることができました。身の危険を感じ日本に帰るた
  びに自分を隠していた変装もやめました。
  そして今まで「被害者」をはじめ色々なラベルが付けられましたが、今回は「サイレントブレーカー」という新しいラベル
  付けをされました。被害者より、ずっといい。
  撮影、インタビュー中に被害について一切触れなかった、このキャンペーンに関わってくださった方々の配慮に感謝で
  す。被害者でなく、一個人、人間として扱っていただいたそんな嬉しいものでした。ありがとうございます


    「I Love キューバ!!」というホームペイジがある。
   プロフィールには、「性別:女性、お住まいの地域:富山県、自己紹介:キューバ人になるのが夢の、心は女子高生です」とだけ書か
   れてある。その人がこんなことを書いている。


   「サイレントブレーカー」って沈黙をやぶった人って意味でしょうか。
   レイプ被害という誰にも言えない事実を隠したまま、人知れず自殺にまで追い込まれる多く
  の女性達の存在を知り、自らの被害を世に訴え、人権を主張することを決意した詩織さんは、
  もうただのかわいそうな被害者なんかじゃありません。

   女性を道具のようにしか考えないやつらを告発する戦士です。
    官邸前で声を上げ続ける市民や、辺野古を守ろうとして頑張り続けている人々、福島のふ
  るさとを奪われた県民と同じく、凶悪犯罪国家を相手に戦う勇者です。

   忘れてしまえば、無かったことにしてしまえば、もっと穏やかに暮らせるかもしれない。
   もう思い出したくもない事実を、あえて何度も繰り返し思い出し、真相を明らかにしようと戦っ
  ています。

   なぜならもう、同じ思いを誰にもさせたくないからです。
   男性には解り難いかもしれない女性の気持ちですが、セックスを強要される屈辱感は、どうし
  ても想像してみて欲しいのです。

   信頼していた相手が自分を、性欲を満たす為の獲物として見ていたというだけでもおぞましい
  ことです。

   ましてや薬を使って意識を失くさせ、他人の体をおもちゃのように傷つけた卑劣この上ないク
  ズ野郎だったとしたら?

   レイプ被害は「女性側にも問題があった」などとして、とかく男性有利にされやすい社会構造だ
  そうですが、いつまでこのままにしておくつもりなんですか。

   これは人権の問題で、女性だけが煮え湯を飲んで済まされない次元の話なのです。
   「女のくせに」って女の人も言う時があります。
   「くせに」って言うの、もうそろそろやめたらどう?
  
    男は人間として定義され、女は女性として定義される。女が人間として振る舞うと男のまねをしているといわれる。
                       シモーヌ・ボーヴォワールの言葉



      「カタカナ(外来語)について」

          2020・6・11

 

 バンクシー 新作
     「今日のアメリカ」

 全米各地でコロンブス像など破壊 反人種差別デモで
                      FNN    プライムオンライン
  奴隷制度の維持を主張した人物らの銅像が、全米各地で相次いで引き倒されている。
 黒人男性暴行死事件に端を発した反人種差別デモは各地で続き、バージニア州では10日、南北戦争
 当時、奴隷制度の存続を掲げた「南部連合」の初代大統領のジェファソン・デイビスの像が引き倒された。
  一方、ミネソタ州などでは、アメリカ先住民を奴隷とし、虐殺したと批判される探検家のコロンブスの像も
 破壊された。
  南軍の将軍の名前にちなんだアメリカ軍基地の名称を変えるべきだという声が上がっているが、トランプ
 大統領は「検討の余地もない。軍に敬意を払え!」と猛反対している。

   コロナの時代に入ってから耳慣れないカタカナ語が紙面や画面の見出しを飾ることが多くなった。
  ここで言う、カタカナ(片仮名)とは欧米の外来語のことだが、例えば、クラスターだとか、ロックダウンだとか、アラートだとか、
  ソーシャル=ディスタンスだとか、アホノマスクとかいった言葉だ。
   大辞泉(小学館)によれば、次のように解説されている。
   
      クラスター【cluster】 の解説
   《花やブドウなどの房の意。「クラスタ」とも》
     同種のものや人の集まり。群れ。集団。
     都市計画などで、個々の建物・道路・空き地などを相互に関連させて一つの集合体としてとらえ、配置すること。  
     原子分子の集まりの中で、特定の一部の原子や分子が結びついて一つのかたまりとなり、物理的に安定し、かつその
      集まりの中で一定の役割をになっている状態。
     コンピューターの磁気ディスクなど、円盤状の補助記憶装置を管理する単位。同心円状に分割した区画をトラック、それを
      放射状(扇形)に等分割した区画をセクターといい、複数のセクターをまとめたものをクラスターとする。
     あるテーマを中心にする大学・研究機関の集合体や、ある技術を中心とする企業の集合体のこと。
     ある疾患が、特定の集団内において、予測よりも多くみられること。また、その集団。  

        ロックダウン【lockdown】の解説
     中にいる人の安全のために、建物などの出入り口を封鎖すること。
     感染症拡大防止などのために、都市部において、人々の外出や移動を制限すること。
     不正アクセス防止のために、オペレーティングシステムやアプリケーションの機能や操作を制限すること。

        アラート【alert】の解説
      警報。
      警戒、待機の姿勢にあること。

        ソーシャル‐ディスタンス【social distance】 の解説
      社会的距離
      ソーシャルディスタンシング
      人から人へうつる感染症の拡大を防ぐために、人同士の距離を大きくとり、密集度を下げること。ソーシャルディスタンス
    アホノマスクについては色々と調べてみたがどの辞典にも載っていない。多分、一国だけで通用する流行語もしくは隠語なの
   だろう。国語に詳しい人に聞いてみたら、汚い贈り物とか、阿保の発明品とか、無意味な労働とかいった意味だと教えてくれた。
    それにしても日本人は昔からカタカナが好きである。日本語で表現できることでも外来語を使いたがる。これは明治以来の劣
   等感の裏返しか、福澤諭吉などという商売人は恥ずかしくもなく「脱亜入欧」と唱えた。
    最近では緑のタヌキこと小池百合子という厚化粧のオバサンがやたらと連発する。何年か前は「オルタナティブ」とか「アメリカン・
   ファースト」の類語のようなものをさかんに飛ばしていた。流行に敏感なのだと言えばそれまでのことだけれども、「二者択一」でも
   「米国第一」でも意味は通用する。外来語を多用する理由は二つ考えられる。一つは、本人の自己顕示欲である。外来語を使う
   と賢く見えるという奇妙な思い込みである。二つ目は、実は本人が日本語をあまり良く知らないという場合がそれである。
   このことは安倍晋三にも小泉進次郎にも当てはまる。
    国語辞典編集者の神永 暁(かみなが さとる)さんが「外来語とカタカナ語の違いについて?」次のように説明している。

    外来語」と「カタカナ語」の違いに関しては諸説あるのだが、辞書にかかわっている人間としては、一応使い分けをしている。
   ただそれはあくまでも各辞書独自の考えなので、一般のかたには確かにわかりにくいかもしれない。
   この2語の違いは、2語とも項目のある『デジタル大辞泉』の解説がわかりやすい。

    外来語:他の言語から借用し、自国語と同様に使用するようになった語。借用語。日本語では、広義には漢語も含まれるが、
   狭義には、主として欧米諸国から入ってきた語をいう。現在では一般に片仮名で表記される。[補説]外来語と外国語との区別
   は主観的なもので、個人によって異なることがある。

    カタカナ語:片仮名で表記される語。主に外来語を指すが、和製英語についてもいう。
   つまり、「外来語」と「カタカナ語」を比較して考えた場合、「外来語」は、主として欧米諸国から入ってきた語で、自国語と同様に使
   用するようになった語ということがポイントである。これに対して、「カタカナ語」は現在の日本で、カタカナで表記される語を指す。
   「外来語」は「自国語と同様」、すなわち日本語の中に取り込まれて使われることばであるのに対して、「カタカナ語」は普通カタカナ
   で表記される語で、それは必ずしも日本語の中に同化して使われている語ではないということになる。
    この違いはけっこう大きく、それによって「外来語」「カタカナ語」の意味の違いもかなり鮮明になるのではないだろうか。この考え
   方からすれば、例えば、「ゴールイン」「スキンシップ」「バックミラー」などの「和製英語(日本で英語の単語をもとに、英語らしく作っ
   た語)」はカタカナ語ではあっても厳密な意味で外来語とは言えないことになる。また、今回の文化庁の調査にもあった「ガイドライ
   ン」「コンソーシアム」「インバウンド」といった語は、確かに日本語に同化しているかと聞かれると疑問である。私もそうであるが、
   それぞれ「指針」「共同事業体」「訪日外国人旅行者」と日本語で言われた方が理解しやすいのではないだろうか。あくまでも辞書
   編集者としての私の個人的な意見だが、これらの語は外来語ではなく、カタカナ語と考えられるのである。

    私は物を書く時には、出来るだけカタカナ語や外来語を使わないようにしている。特に、意味が定着していない言葉は避ける。
   それに能力の問題もある。私自身が日本語を使いこなせているのかという疑問だ。その程度の人間にカタカナ語や外来語の使用
   を自由に許すことは非常に危険なことだと考えるからだ。
    とは言え、カタカナ語や外来語の全面的な使用禁止となると国が亡ぶというのは歴史の教えるところでもある。
   言語操作についての問題は、言葉についての知識ではなく、言葉に接する態度、すなわちその人間の品性である。

     ※ 「アホノマスク」の現在(HBC・北海道放送)から
    「もんすけ調査隊」に寄せられた質問をきっかけに、先月26日、アベノマスクの道内の配布状況を日本郵便に取材。その結果、
   道内はマスクの到着が遅れ、配布は全世帯のおよそ1割、29万3000世帯にとどまっていることがわかりました。放送後もたくさん
   の意見が寄せられました。  「政府からの布マスクは未だに届かず。もうマスクが手に入るので必要ないです」(もんすけ調査隊に
   届いた視聴者の声)  その後、布マスクの配布は進んだのか…。再び日本郵便に問い合わせると「配布の状況は厚生労働省が
   答えることになったため、取材に応じることができない」との回答でした。厚生労働省は、あくまでも推定の数値と前置きしたうえで、
   これまでに「5割から6割」で配布を終えたと回答。遅れている理由については、「不良品が見つかり、検品に時間がかかっている」
   と説明しました。  一方、マスクの配布とともに始まった使わないマスクを寄付する動き。  「かなり政府のマスクが多い印象を受け
   ます」(記者リポート)  札幌に設置された回収ボックスには、大量のマスクが入っていました。  政府が国民に配布している、通称
   「アベノマスク」。札幌に設置された回収ボックスには、3日朝も続々とマスクを寄付する人が訪れました。  「地下鉄大通駅改札に
   ある、こちらのボックス。余ったマスクを投函するボックスなのですが、政府からのマスクが多いですね…」





       「システム崩壊」

          2020・6・10 

    此の頃思うのだが、新型コロナウイルスは、私たちの世界が決定的に間違っていることへの警鐘ではないのかと、今、
   コロナ後の世界について想像するに、復興は単なる復元であってはならない、そうであればまた同じ悲劇を繰り返すこと
   になるだろう。しかも、何度も何度もだ。
    パオロ・ジョルダーノが『コロナの時代の僕ら』の中で、こんなことを言っている。

    たとえばこんな問いだ。すべてが終わった時、本当に僕たちは以前とまったく同じ世界を再現したいのだろうか。
    

    アメリカのコロナ感染状況は10日現在で、感染者数は1,979、089人、死者は111,876人、世界一裕福な国でこう
   した信じられないような事態が発生する。その原因はどこにあるのか、世界一裕福な国は、また同時に世界一貧富の格差
   が大きい国でもある。そして、死者のほとんどが貧困層の人間である。そうした中、白人警官による丸腰の黒人男性殺害
   という事件が起きた。この事件に抗議するデモに対して大統領は軍隊投入を口にした。こうした一連の流れを受けて、今、
   アメリカは変わりつつあるように見える。変化を求めているのは草の根の民主主義であるが、今回はこれまでになくもっと
   広い層に拡大している。たとえば現役・退役を問わずの軍人たちや政治家だ。さらに多くのスポーツ関係者や芸能界の人
   たちだ。
    彼らは言う。アメリカは変わらなければならないと、これまでのシステムは人を幸福にはしないと。
    今日の新聞をコラムを転写する。


        きょうの潮流    2020・6・10 しんぶん・赤旗

    「(米国民は)終わりなき戦争と海外への介入に我慢できなくなった」。そう語るのはゲーツ元米国防長官。米有力外交
   誌『フォーリン・アフェアーズ』(7・8月号電子版)に寄せた論文の一節です▼米外交の「根本的欠陥」に「軍事的手段への
   過度な依存」を挙げたゲーツ氏。国民の支持を得るには、海外の戦闘に軍を送り込むことを「より強く自制しなければなら
   ない」と説きます▼アフガニスタン、イラク、シリア…。繰り返される戦争に米国民も傷ついてきました。退役軍人対象の世
   論調査(4月)で、海外の紛争への軍事的関与に57%が「減らすべき」と答えました▼新型コロナウイルスによる死者数は
   米国では10万人を超えました。「ベトナム戦争での死者数をはるかに超えた」と指摘するのは米下院の進歩派議員29人
   による連名書簡(5月19日)。「コロナウイルスはわが国最大の敵」「爆弾より検査が必要だ」とし、国防予算を削りコロナ対
   策に回すよう下院軍事委員長に求めました▼米紙ワシントン・ポストは「コロナ危機で国防予算削減の可能性が出てきた」
   と報道。記事は米軍準機関紙「星条旗」に転載されました。軍事費削減が米国政治の焦点に浮上しています▼日本では、
   沖縄県議選で再び米軍新基地ノーの民意が示されました。それでも2兆5500億円もの税金をつぎ込み、米軍のための殴
   り込み拠点建設を急ぐ安倍政権。しかし、軍事力に過度に依存し、民意を踏みつける政治を続けられけられる時代は終わ
   りつつあります。



        「奇妙な果実」

         2020・6・9

    「奇妙な果実」(きみょうなかじつ、原題:Strange Fruit)は、ビリー・ホリディが歌った人種差別を告発する歌である。
   私の世代でジャズが好きな人であれば誰もが何処かで聴いたことのある有名な楽曲(ブルース)である。
   録音されたのは1939年(昭和14年)、この年、第二次世界大戦が勃発している。
    今日は何も書くことはない。
   この歌と、それを歌ったビリー・ホリデイについて少しばかり調べてみる。
    この歌が生まれる歴史的な背景をウイキペディア(フリー百科事典)は次のように解説している。

    題名や歌詞の「奇妙な果実」とは、リンチにあって虐殺され、木に吊りさげられた黒人死体のことである。歌詞は「南
   部の木には、変わった実がなる・・」と歌い出し、木に吊るされた黒人の死体が腐敗して崩れていく情景を描写する。
    「奇妙な果実」は、ニューヨークブロンクス地区のユダヤ人教師エイベル・ミーアポル英語版によって作詞・作曲された。
   1930年
8月、彼は新聞で二人の黒人が吊るされて死んでいる場面の写真閲覧注意)を見て衝撃を受け、これを題材とし
   て一編の詩「苦い果実(Bitter Fruit)」を書き、「ルイス・アレン」のペンネームで共産党系の機関紙などに発表した。ミーア
   ポルはアメリカ共産党党員であり、フランク・シナトラヒット曲を生みだすなど作詞・作曲家ルイス・アレンとして活躍する
   一方で、ソ連スパイで死刑になったローゼンバーグ夫妻の遺児を養子として引き取るなど、社会活動も行った。のちに
   自身も作曲や共産党や教職者組合の集会で彼の妻が唄うようになったことで徐々に知られるようになった。
        「ビリー・ホリデイとの邂逅
    やがてこの歌はグリニッジ・ヴィレッジのナイトクラブ「カフェ・ソサエティ英語版」の支配人バーニー・ジョセフソン英語版
   聞き知るところとなり、当時そのクラブで専属歌手として働いていたビリー・ホリデイに紹介されることとなる。あまりにも陰惨
   な詩なので、ビリーも最初に唄った時は失敗したと思ったという。唄い終わっても初めは拍手一つ無かったが、やがて一人の
   客が拍手をし始めると、突如として客席全体が割れんばかりの拍手に包まれた。クラブの支配人バーニー・ジョセフソンはす
   ぐにこの歌のもつ力を認め、ビリーに対してステージは必ずこの曲で締めるよう説得した。彼女が唄い出すまさにその瞬間、
   ウェイターは仕事を一時中断し、クラブの照明はすべて落とされる。そして、ピンスポットライトが1本、ステージ上の彼女を照ら
   し出す。イントロの間、彼女は祈りを捧げるように瞳を閉じて佇立するのである。
    黒人の虐殺が日常茶飯事であったこの当時、それを告発する歌を黒人女性が唄うのはあまりにも危険なことであったが、
   ビリーは1939年からこの歌をレパートリーに加え、ステージの最後には必ずこの曲を唄うようにさえなる。この歌はやはり黒人
   であったために非業の死を遂げた父のこと(肺炎を患ったが病院へ入れてもらえなかった。しかも其処は南部の都市の中でも
   とりわけ差別の激しいダラスであった)を彼女に思い出させ、それ故にこそこの曲を唄い続けなければならないと彼女に決心さ
   せたとビリーは後に語っている。ビリーと「奇妙な果実」の名はますます広く知れ渡るようになり、ついには『タイム』誌の取材ま
   でやって来るようになり、ビリーは同誌に初めて写真が掲載された黒人となる。
         影響」
    1939年10月ニューヨークポスト紙のサミュエル・グラフトンは「奇妙な果実」を『南部で虐げられる者の怒りが溢れかえるとき、
   そこで鳴るラ・マルセイエーズこそこの歌だ』と書いた。
    この歌は後にダイアナ・ロスジョシュ・ホワイト英語版スティングロバート・ワイアットUB40トーリ・エイモスピート・シー
   ガー
スージー・アンド・ザ・バンシーズカサンドラ・ウィルソンニーナ・シモンジェフ・バックリィコクトー・ツインズサウンズ・
   オブ・ブラックネス
トワイライト・シンガーズインディア・アリー、あるいはトリッキーによるリミックスなど、多くのミュージシャンが
   この曲を演奏するようになった。

 

  1930年8月7日米インディアナ州: まだ人種差別が色濃い時代の出来事。
 アフリカ系アメリカ人のトーマス・シッピーとエイブラハム・スミスは、白人に対して
 強盗殺人、及び婦女暴行を働いた疑いで、インディアナ州の警察に拘束されていた。
 その事件を聞きつけた白人の群集が、ハンマーや斧を手に留置所に押しかけ、容疑
 者2人を拉致。集団リンチを加えた後に、2人の黒人を木につるし上げた。
  群衆は、縄から首を外そうともがいていたエイブラハム・スミスをいったん地面に下ろ
 し、両腕をへし折った上で再び首吊りにしたという。恐ろしいことに、同州の警察官もこ
 の集団リンチに参加していたことに加え、被害者の女性が、後日になって「レイプはされ
 ていない」と証言している。
  この残酷な写真は、作詞家ルイス・アレンに大きな衝撃を与え、人種差別を訴える有
 名な歌『奇妙な果実』が生まれるきっかけとなった。歌は、ビリー・ホリデイによって広く
 知れ渡ることになり、やがて黒人差別反対運動を代表する歌となった。

   世界を変えた衝撃の写真10枚   eーStoryPostから

 

    奇妙な果実   訳=1



  南部の木は、奇妙な実を付ける
  葉は血を流れ、根には血が滴る
  黒い体は南部の風に揺れる
  奇妙な果実がポプラの木々に垂れている

  勇敢な南部(the gallant south)ののどかな風景、
  膨らんだ眼と歪んだ口、
  マグノリア(モクレン)の香りは甘くて新鮮
  すると、突然に肉の焼ける臭い

  カラスに啄ばまれる果実がここにある
  雨に曝され、風に煽られ
  日差しに腐り、木々に落ちる
  奇妙で惨めな作物がここにある。
 
 

      奇妙な果実  訳=2

         Southern trees bear strange fruit 
        (南部の木には奇妙な果実がなる)

        Blood on the leaves and blood at the root 
        (葉には血が、根にも血を滴たらせ)

        Black bodies swinging in the southern breeze 
        (南部の風に揺らいでいる黒い死体)

        Strange fruit hanging from the poplar trees. 
        (ポプラの木に吊るされている奇妙な果実)

        Pastoral scene of the gallant south 
        (美しい南部の田園に)

        The bulging eyes and the twisted mouth 
        (飛び出した眼、苦痛に歪む口)

        Scent of magnolias sweet and fresh 
        (マグノリアの甘く新鮮な香りが)

        Then the sudden smell of burning flesh. 
        (突然肉の焼け焦げている臭いに変わる)

        Here is a fruit for the crows to pluck 
        (カラスに突つかれ)

        For the rain to gather for the wind to suck 
        (雨に打たれ 風に弄ばれ)

        For the sun to rot for the trees to drop 
        (太陽に朽ちて 落ちていく果実)

        Here is a strange and bitter crop. 
        (奇妙で悲惨な果実)


   『奇妙な果実』。これは彼女の自作ブルースの曲名で、かつての黒人奴隷が私刑の挙げ句、木に吊され死んでいる様を
  唄ったもの
     出典映画 ビリー・ホリディ物語/奇妙な果実 - allcinem

    アメリカ南部の黒人差別が露骨だった時代、朝になると、昨晩殺された黒人の死体が木に吊るされていて、その姿がまるで、
  「ストレンジ・フルーツ(奇妙な果実)」に見えるという実話で、ビリー・ホリディの歌で有名。

              出典心の風景: 偏見という病理
   ビリーが歌った20世紀まで蛮行は続いた。信じがたいことに、予告されて見せ物になり、女性や子どもまで集まったという。
  撮影した写真は絵はがきに使われた

             出典天声人語(OCN 朝日新聞デジタル

    1958年、ビリーは二度目のヨーロッパ・ツアーに参加している。パリのマース・クラブでビリーが歌った時、聴衆の中には
   ジュリエット・グレコ、セルジュ・ゲンスブールといった当時の有名人たちの顔もあった。
    当時の記憶を『悲しみよこんにちわ』を書いた小説家フランソワーズ・サガンはこう綴っている。

    「それはビリー・ホリデイだった。だが、彼女ではなかった。痩せ細り、年老い、腕は注射針の痕で覆われていた。……眼を伏
   せて歌い、歌詞を飛ばした。まるで嵐に揉まれる船上で手すりにでも掴まるかのようにピアノにもたれた。集まった人々が拍手
   を送ると、彼女は聴衆に向って皮肉とも哀れみともとれる眼差しを投げかけるのだった。それは自分自身に対する容赦ない眼
   差しでもあったのだろう」

    ビりー・ホリデイ、本名エレオノーラ・フェイガン、1915年4月7日生まれ、没年日は1959年7月17日、44年の生涯だった。
   「レディ・デイ」の呼称で知られ、サラ・・ヴォーンやエラ・フィッツジェラルドと並んで、女性ジャズ・ヴォーカリスト御三家の1人に
   数えられる。彼女はその生涯を通して、人種差別や薬物依存症、アルコール依存症との闘いなどの壮絶な生涯を送った。
   ジャニス・ジョプリンをはじめとする多くのミュージシャンに影響を与えた。



       「記憶力について」

              2020・6・8

    堀田善衛の『定家明月記私抄』上巻を読み終えた。何十年か振りのこの再読は色々な事を教えてくれた。
   今回、読み直してみて我ながら一番驚いたことは、堀田の文章の学識と文藻に裏打ちされた魔術的な魅力というか、
   何とも言いようのない味わいである。思想や内容のことは別として、私の好きな文章と言えば、石川淳、花田清輝、加
   藤周一の3人だが、堀田はどうやら4人目の人になりそうだ。
    それにしても不思議なのは、私が堀田の作品を読んだのは20代の中頃で、『橋上幻像』(1970年、新潮社) という
   小説だったが、その時は堀田の文章に反応することが出来なかった。その後、もう一冊『若き日の詩人たちの肖像』
   (新潮社・1968年)も読んだのだけれども、三冊とも二階の書棚にあるが、この三冊の本があることも長い間忘れて
   いた。18歳の時に買った石川淳の『夷斎虚実』はもうボロボロである。何十年間に渡って何度も何度も読み返してき
   た愛読書だから無理もないのだけれども、それに比べて堀田の三冊は今も新刊書のままである。
    恥ずかしい話だが、私の読書力とはこの程度のものだ。とすると二階の部屋の書架には堀田以外にももっと多くの
   忘れられた本が眠っているのではないかという思いにかられる。多分、そういうことだろう。
   今更悔やんでも仕方がないか、能力というものは本人が信じているレベルよりも実際はかなり低いものだ。ましてや愚
   か者の読解力と記憶力のことだ。こんなものは信用する方が間違っている。だから本は身銭を切って手許に置いてお
   かなければならない。運がよければ、いくらか成長したあかつきには再会の幸運に恵まれる奇跡も起こるだろう。
   『定家明月記私抄』は、第一章「明月蒼然、定家19歳」から始まって、47歳時の「明月記欠」を最終章とする。
    今日から読むのは『定家明月記私抄・続篇』である。
   その第一章「公卿補任(くぎょうぶにん)」の書き出しはこうである。

    さて、明月記は承元3年と4年を欠いていて、承元5年(1211年)は7月から再開される。そうしてこの承元5年は
   すでに3月9日に改元されていて、建暦元年ということになっている。
    この改元は、その前年の秋から冬にかけて、夜空に皓々たる彗星が光芒を東へ揺曳させて二度も現れ、天変を思
   わせたことと、土御門天皇(16歳)に譲位を強いて、2歳年下の順徳天皇を即位させたこととの、この2件によるもの
   と思われる。
    後鳥羽院は、第三皇子である順徳を偏愛していたが、長男である土御門に何の咎があったわけでもなく、不吉な彗
   星などはもとより土御門の知ったことではなかった。

    この第一章は、天皇の交代と、50歳になった定家の遅すぎた従三位叙任の宮廷人事について書いた後に、「この
   年10月13日、自由人としての長明は鎌倉で実朝に会っている」とさらりと書いている。
   ここが堀田善衛さんの文章の魅力である。イロニーというか、堀田さんは対象にのめり込むことが無い。この距離感覚
   が抜群なのである。複眼の思想というべきか。
    公卿とは、ウイキペデア(フリー百科事典)を開くと次のように解説されている。

   公卿(くぎょう)は、公家の中でも日本律令の規定に基づく太政官の最高幹部として国政を担う職位、すなわち
   太政大臣
左大臣右大臣大納言中納言参議ら(もしくは従三位以上(非参議))の高官(総称して議政官という)
   を指す用語である。平安時代に公卿と呼ばれるようになった。
   「公」は大臣、「卿」は参事または三位以上の廷臣を意味し、京都御所に仕える上・中級廷臣を指した

    堀田さんの文章は、私の読書の速度とぴったり一致するから、この上下二巻は3日もあれば読了できたはずなのだが、
   この数日、いろんなことが起きて、そのことに時間を取られてしまった。そうした出来事の中で二つほど引っ掛かるものが
   あったので、それをメモしておく。記憶力が桁外れに弱いので。

     「奴隷制の象徴」撤去へ
         米バージニア州知事  【ワシントン=時事】    しんぶん・赤旗(6月8日)
    
米国で黒人差別への抗議デモが広がる中、南部バージニア州のノーサム知事(民主党)は4日、州都リッチモンドにある
    南北戦争(1861~65)の南軍司令官リー将軍の像を撤去する方針を表明しました。
     ノーサム知事ハ、白人警官による黒人男性暴行死を受けて拡大する抗議デモに触れ、「今こそバージニアが歴史から
    正しく学び、範を示すべき時だ」と強調。「南北戦争が邪悪な奴隷制のためでなく、州の権利のための戦いであったかのよ
    うなうその歴史を教えてはならない」と訴えました。
    
       種差別抗議デモ、奴隷商人の銅像を港に投げ込む「私たちはこうなることを待ち望んでいた」
                            配信  ハフポスト日本版
      イギリス西部の都市ブリストルで、ジョージ・フロイドさんの死と人種差別に抗議していた一部のデモ参加者が、街に長年
     建っていたエドワード・コルストンの銅像をエイボン川に投げ込んだ。コルストンは1600年代に奴隷貿易で富を築いた人物だ。
     彼を記念するための銅像は1895年に建てられていたが、近年は銅像に対する批判もあり、撤去の署名活動も行われていた。
     銅像は6月7日、「Black Lives Matter(黒人の命は大切だ)」デモ参加者たちによって頭にロープをくくりつけられ、地面に引き
     下ろされた。 デモ参加者たちは銅像を転がして街の中心から運び出し、ブリストルの港に投げ入れた。そこはコルストンの船
     が、奴隷貿易のために西アフリカに向けて出立したのとほぼ同じ場所だった。 地元警察は銅像を投げ込んだ少数のグループ
     について捜査している。
           奴隷貿易と関係の深い街
      ブリストルは、奴隷貿易と深い関係があった街だ。18世紀、この街の港はイギリスで最大の奴隷貿易港の一つだった。 また、
     銅像が投げ込まれた場所のすぐ横には、ブリストルに奴隷として連れてこられたペロ・ジョーンズに敬意を表して名付けられた
     「ペロの橋」がかかっている。 コルストンの銅像を港に投げ込んだデモ参加者のひとりは、「投げ込まれて然るべき人物です。私
     はこれまでずっと、こうなることを待ち望んでいた」とハフポストUK版に話した。 「本当に素晴らしい気持ちです。一つの章が終わ
     った気がします。私たちがこれを待ち望んでいたのです」 その人物は、「銅像を引きずり下ろしたことがあなたにとってどういう意
     味があるか」という質問に対して、不平等に対して立ち上がらなければいけないと答えた。 「人種差別がなくなることはないと思い
     ます。しかし未来のために必要なのは、悪い行いが然るべき報いを受けること、そしてお互いに助け合うために人々が立ち上がる
     ことです」 「どんな人種やセクシュアリティ、宗教も、不平等な扱いを受けているのであれば、一緒になって抗議しないといけません」

     法律においてと同じく歴史においては、人はその歴史的な行為の結果について、そのような結果を意図していたかどう
    かにかかわりなく、きっぱりと責任をとらなければならない。
                     リチャード・ライト   『白人よ聞け』(小川出版・昭和44年)

 



      「良く似た国内事情」 

              2020・6・7

     昨日の新聞を読んで思ったことは、アメリカと中国は本当によく似ている国だということだ。
    ただし、一つだけ違うところがあって、この違いはアメリカと中国の民主主義の成熟度を測る上で決定的な差となって
    いるように思える。それは、アメリカでは王様の周辺にいる人たちが、「王様は裸だ」と笑い、あるいは「王様はお馬鹿」
    と批判するのに対して、中国では王様の周辺の人たちは全員沈黙するということだ。その理由は、簡単に云えば、アメ
    リカは二大政党制で、王様は選挙によって選ばれるが、中国は一党独裁の利益共同体の中から選ばれるというところ
    か。
     ではこの二つの超大国の間で両方の顔色を伺いながらウロウロする日本はどうなのかというと、法律関係者たちから、
    フランスの絶対王制を確立し君臨したルイ14世の言葉として伝えられる「朕(ちん)は国家である」との中世の亡霊のよ
    うな言葉を彷彿(ほうふつ)とさせるような姿勢だと批判されると、この国の王様は色をなして「
私がここに立っているのも、
    民主的な選挙を経て選ばれた国会議員によって選出された」と叫んだ。
     この王様は何か勘違いしている。代表の選出の方法が選挙によるものであるからといって、その政体もしくは政党が
    民主主義の正当性を持つというものではない。問題は、民主主義は多数者の総意によって独裁を生む可能性を持つと
    いう、民主主義の逆説である。そして、多数者の意見が正しいとされた時、それは同時に少数者の意見は誤りとされ、
    否定されるだけでなく、時には攻撃・弾圧の対象になる危険を孕んでいるということである。
    暴言大王の麻生太郎が「ナチスに学べ」と言ったのはこの意味である。二つの超大国の現在の国内状況を見るならば、
    トランプの師匠はリンカーンではなく、習近平の師匠はマルクスではなく、二人の仲はあまり良くはないようだが、二人
    揃って名門校であるヒトラー・スクールの卒業生であることは誰にでも分かる。
     2017年の都議選の最中、最終日、秋葉原の街頭に立った安倍晋三は、政権を批判する人たちに対して「こんな人たち
    に、私たちは負けるわけにはいかない」と言い放った。ヒトラー・スクールの低学年である。
     で、昨日の新聞から二つの超大国と、その中間に位置する属国(どちらのかは分からないが)の最新情報を取り上げる。

    NO 1  「アメリカ」から
         “膝をどけろと声あげるとき”
             米各地 フロイドさんを追悼

    【ワシントン=池田晋】米ミネソタ州で白人警官に暴行死されたジョージ・フロイドさん(46)の追悼式が同州ミネアポリス
   で開かれ、各地でも呼応して追悼の抗議集会やデモ行進が行われました。公民権運動の黒人活動家シャープトン牧師は
   ミネアポリスの式で、「今こそ立ち上がり、膝をどけろと声をあげる時だ」と人種差別の撲滅を訴えました。
    首都ワシントンではキング牧師記念碑の前で、高校生や大学生らが抗議集会を開催。白人警官がフロイドさんの首を膝
   で押さえつけた8分46秒間、参加者全員で片膝をついて死を悼みました。
    参加した黒人女子高校生のアリー・コンヤーズさん(17)は、「フロイドさんの死は、制度的な人種差別の氷山の一角にす
   ぎず、警察の暴力を受けるすべての人の問題だ。人権を勝ち取るたたかいのために参加している」と語りました。
   平和的なデモに便乗した略奪や破壊行為、警官隊との衝突はこの数日、各地で減少傾向にあります。首都でも3日は逮捕
   者が一人も出なかったことを受け、バウザー市長は4日夜間の外出制限は発令しないと発表。暴徒化をくい止めるデモ参加
   者や市民の取り組みも報じられています。
    フロイドさんの追悼式は6日に出生地ノースカロライナ州で、8日に育ったテキサス州で続き、9日に葬儀が行われる予定。
   各地で呼応したデモも続くとみられています。

      NO 2  「中国」から
            国歌条例 “侮辱行為に罰則”
                       香港市民が抗議

    【北京=釘丸晶】香港立法会(議会)で4日、中国国歌への侮辱行為に罰則を科す「国歌条例案」が親中派の賛成多数で
   可決されたことに対し、天安門事件の犠牲者追悼に集まった市民も抗議の声を上げました。
    同条例は中国国歌の意図的な侮辱行為を禁じるもので、ブーイングやジェスチャーでの侮辱、インターネット上での替え歌
   なども罪に問われる可能性があります。違反者には最高で禁錮3年と罰金5万香港ドル(約70万円)が科されるほか、国歌
   を学校教育に組み入れることも規定されました。12日に施行されます。民主派は「表現の自由を制限するものだ」と反対して
   いました。
    香港メディアによると、同日の審議では、民主派が提出した罰金の金額を下げるなど21項目の修正案を否決しました。民
   主派議員は議場で悪臭のする液体をまくなどして、「悪臭は1万年も残る」と抗議し、抵抗。梁君彦(りょう・くんげん)議長は約
   3時間の休会後、議場を変更して審議を再開しました。民主派議員が抗議の声をあげるなか、採決を強行し、賛成41票で条
   例案を可決しました。反対は1票でほとんどの民主派議員は投票しませんでした。
    香港ではサッカーの国際試合などで中国国歌演奏中にしばしばブーイングが起こり、当局が問題視。中国本土で2017年
   に国歌法が施行され、香港でも条例制定が求められていました。昨年の立法会で条例案が提出されましたが、反政府運動に
   よって審議が中断していました。

      NO 3  「日本」から
                きょうの潮流

    このごろ、何をやっても裏目に出る晋三くん。みんながコロナで大変なときに打つ手はことごとく失敗。反感を買ってひっこめ
   たり、やめたり。そろそろ、いやにならないのかな▼私たちの要望で支援をひろげたのは良かったけれど、これまたお金の使
   い道が問題に。訳のわからないところに計上したり、幽霊みたいな会社を通して親しい企業に託したり。みんなのお金なんだか
   ら、勝手に使わないでよ▼収入がなくなって困っている人たちにお金が届かない、命綱としてがんばっている医療や福祉の現
   場を支えない。いままでも散々いわれてきたのにね。そのくせ自分の地位を守ることには一生懸命で、すごく批判された▼世界
   からも浮いているよ。トランプ米大統領が呼びかけた今月下旬の首脳会議にまっ先に手をあげたけれど、延期。ドイツの首相ら
   は今の感染状況をみれば賛成できないといっていた。どちらが賢い判断かな▼そうそう、お友だちの太郎くんもまたひどいことを
   口にしたね。他国の人から日本の死亡率が低いことを問われ、「お宅とうちの国とは国民の民度のレベルが違うんだ」と答えたん
   だって。「みんな絶句して黙る」といばりながら▼何様のつもり。共産党の志位さんは「世界中で差別や分断でなく、連帯が大切と
   いううねりが起こっているときに平気でこういう発言をするとは。そりゃ『みんな絶句して黙る』でしょうね」と。こんな態度だと、いくら
   サイコロをふっても、ふりだしに戻るだけだよ。ねえ、晋三くん。



     
 
    「ハック・フィン」

          2020・6・6 

  やったことは、例え失敗しても、
 20年後には、笑い話にできる。
 しかし、やらなかったことは、20年後には、
 後悔するだけだ。


            マーク・トウイン
                   

    マーク・トウイン(1835年11月30日~1910年4月21日)、本名サミュエル・ラングホーン・クレメンズ。
   この人が『ハックルベリー・フィンの冒険』を書いたのは1885年のことである。時にトウインは50歳。
   1986年は刊行後100年となる。今は2020年だから135年前ということになる。マーク・トウインは最も有名な
   アメリカ人の一人であるし、『ハックルベリー・フィンの冒険』はアメリカ文学の古典と呼ばれている大傑作だから、作
   者と物語についての説明や解説は一行も必要としないだろう。ただ、私自身の確認作業として少しばかり書いておく。
    物語は浮浪児の少年と、その相棒である逃亡奴隷の黒人ジムとの筏を漕いでの栄光への脱出を描いたもので
   ある。物語の舞台は南北戦争以前のアメリカ中西部、1830年代か1840年代頃のミズリー州のミシシッピー川の
   周辺である。つまりジャクソニアン・デモクラシーの時代ということになるが、それは差別と暴力が宿命論として肯定
   される白人の建国神話が無条件で受け入れられていた時代のことである。
    この物語についてウリアム・フォークナーは、トウインが「最初の真のアメリカ人作家であり、我々の全ては彼
   の相続人である」と言い、アーネスト・ヘミングウイは「あらゆる現代文学は、マーク・トウインの『ハックルベリー・
   フィン』と呼ばれる一冊に由来する」と述べたことは有名である。
    また詩人のT・S・エリオットは、『ユリシーズ』『ファウスト』『ドン・キホーテ』『ドン・ジュアン』『ハムレット』に比肩でき
   る偉大な作品だと絶賛し、少年ハックは川の精霊であると言った。
   トウインは、この物語を子どもの読み物として書いたのではなかった。「大人に、大人のみに、読まれるものだ」と
   考えていた。しかし、その当時の大人には、と言うより、アメリカ社会にはこの物語の持つ真の意味を理解すること
   は出来なかった。出版された後、マサチューセッツ州コンコード図書館は、「下品な主題による手法」と「物語を綴る、
   粗野で無教養な言葉」を理由として、本書を禁書に指定した。これに対して、サンフランシスコ・クロニクル紙は、18
   85年の3月29日号で、「本作を通じて描かれるのは、南北戦争以前の奴隷の評価に対する鋭い風刺である。無一
   文でアル中の貧困白人の息子ハックルベリー・フィンは、黒人奴隷が自由を得ようとするのを手助けするのに彼が負
   っている役割のため、数多くの良心の呵責に悩まされる。幾人かの批評家はこの感情が大袈裟であると主張してい
   るが、本作以上に真実を描いた作品はない」とすばやく擁護したということだ。
   私の持っている『ハック・フィン』は村岡花子訳(新潮文庫)と西田実訳(岩波文庫)の2種だが、岩波の方のあとがきの
   訳者解説には次のように書かれている。

    『ハック』は発行以来いつも傑作としてすべての読者から認められていたわけではない。それどころか、出版直後から
   アメリカ各地の図書館や学校で、好ましくない本のブラック・リストにのせられて追放されたという。つまり、教会や教育
   委員会推薦の優良図書というわけではなくて、むしろいかがわしい書物と見なされていた。

    この辺りの消息については文化人類学者の山口昌男が刊行100年に際して、「神話的世界としての『ハックルベリー・
   フィンの冒険』」と題して1986年に雑誌「へるめす」(岩波書店)にハック・フィン=トリック・スター論を書いている。

    こういう飲んだくれのならず者を父親にもっている、しかも放浪癖のある少年を主人公にして据えるというのは、19世
   紀の清教徒的アメリカでは大変な決断であったと、いろいろな研究に書かれています。そのころのアメリカ文学はイギリ
   スの小説のスタイルを模範として、何とかそれをアメリカに定着しようという劣等感に基づいて書かれた作品が圧倒的に
   多かった。そういったときに、このマーク・トウインの作品は、傍若無人に振舞う若者を主人公に据えたために、それま
   でのアメリカでは標準的な書物に入ってきたことのないような表現がどんどん入ってきた。それはハックという主人公の行
   動のスタイルが特異な文章体を呼び込んだと言ってもいいわけですね。

    以上のことから分かることは、当初、『ハック・フィン』が否定された理由は倫理上の問題と、その破壊的な文体にあった
   ということだろうか。倫理上の問題とは、白人社会に対してのルール違反と言うことであり、文体の問題とは、アメリカに
   絶望的な下層社会が存在することを明らかにし、その社会で使われている言葉によって、差別と暴力が日常的なシステム
   となっている現実を告発したということだ。
    ハックルベリーとは、アメリカの野生植物の名前である。これは食用になり、多様な料理に利用されている。ジュース、茶、
   スープ、ジャム、キャンディー、パンケーキ、サラダドレッシングなど。熊、鹿、鳥もこれを好む。
    アメリカ先住民は食用や伝統医薬(薬用植物)として利用していた。心臓病、関節炎、リウマチなどに適用されるとのことだ。
   俗語(スラング)としては、「取るに足らない人物」、少しばかりの軽蔑または親しみをこめた意味で「馬鹿な奴」という使い方も
   あるそうだ。
    今日のニュース。
   
    アメリカのミリー統合参謀本部議長は米軍司令官あてのメモで、「米国民は言論の自由と平和的な集会が憲法で保障されて
   いる」「われわれ制服をまとっている者はみな、憲法に根付く国家の価値と原則を順守し続ける」と断言しました。
   大統領に「反旗」を翻したのです。

    マーク・ミリー統合参謀本部議長はアメリカ軍を統率する軍人(制服組)のトップであり、大統領および国防長官の主たる軍事
   顧問だそうだ。軍人が国家に忠誠を誓うということは、大統領個人に従うというような意味ではないということか。
    聖域である筏の上から向う岸の街の乱痴気騒ぎを見ると、その馬鹿馬鹿しさがよく見えるということか。
   『ハック・フィン』にも王様と公爵が出てくる。この二人は本物ではない。ドサ回りの詐欺師である。こういう連中はいつの世にも、
   どこの世界にもいる。人を集めて、人を誑かして、言葉巧みに金品を巻き上げるイカサマ師。
   粗野で、無教養で、強欲で、傲慢で、破廉恥で、そういう生き物を1930年代のアメリカではアンドリュー・ジャクソンと言った、
   2020年の今は、ドナルド・トランプと呼ぶそうだ。日本では、アベシンゾウと呼ぶそうだ。



      「アメリカの民主主義」

          2020・6・5 

    リンカーンの「ゲティスバーグ演説」が行われたのは1863年11月のことである。これより32年前の1831年5月、
   一人の若いフランス人男性がアメリカを訪れている。男の名前はアレクシ・ド・トクヴィル、当時25歳、ノルマンディーの
   貴族である。訪米の目的は、フランス政府によってアメリカの刑務所制度を研究させるために派遣されたものであり、
   トクヴィルはニューヨーク市に到着後、9か月間アメリカを旅して過ごした。その後カナダでも数日間過ごした。
   その間、トクヴィルは刑務所についてだけでなく、アメリカの経済・政治体制を含む同国社会のあらゆる側面について
   ノートを取った。そのレポートが後に『アメリカの民主主義(アメリカのデモクラシー)』と名づけられるものであるが、第1
   巻は1835年、第2巻は1840年に刊行された。
    アレクシ・ド・トクヴィル(1805年~1859年)は、フランスの政治思想家、法律家、政治家、裁判官からキャリアを
   スタートさせ、国会議員から外務大臣まで務め、3つの国権(司法・行政・立法)全てに携わった。
    1851年、ルイ・ナポレオン(後のナポレオン三世)のクーデターに巻き込まれて逮捕され、政界を退くことになる。
   その後は著述及び研究に没頭する日々を送り、二月革命を描いた『回想録』と『旧体制と大革命』を残し、1859年に
   母国フランスで肺結核のため54歳の生涯を終えた。フランスが誇る歴史家・知識人だ。
    トクヴィルの観た1830年代のアメリカとは何だったのか、それが今日の問題だ。
   当時のアメリカの大統領はアンドリュー・ジャクソンであった。この7代目は初期の歴代大統領がいずれも東部のエリ
   ートの出身であったのに対して、南部に生まれ、西部の開拓地で頭角を現したジャクソンは、まさに「ジャクソニアン・
   デモクラシー」を体現する存在であった。名門に生まれたわけでも、特別な教養があるわけでもない。頼みとするのは
   自己の才覚だけだ。ジャクソニアン・デモクラシーとは、ポピュリズム(人民主義)的政治を意味する。
   「文字も満足に書けない」と揶揄される粗野さと無教養で既成エリート層からは嫌われたが、特権層に対する庶民の
   味方を標榜して支持を集めた、そういう政治家だった。何だかトランプによく似ているね。
    トクヴィルのジャクソン評は、「「ジャクソン将軍は、性格こそ激しいが能力は凡庸な男である。自由な人民の統治に
   要する資質を示すものは、彼の経歴を通じて何一つなかった。だからこそ、連邦の知識階級の多数はつねに彼に敵
   対した」と云うものだ。
    『アメリカ大統領の履歴書』(笠倉出版社・平成20年)でこの人物を見ると、次のように解説している。

    サウスカロライナの貧しい開拓民の息子として生まれたジャクソンは、13歳で独立戦争に参加し、米英戦争ではイギ
   リス相手にその勇名をとどろかせた、当時の国民的ヒーローである。南部出身者として初の大統領に当選すると、
   「アンドリュー一世」と揶揄されるほどの強権ぶりを発揮した軍人型大統領である。
    民衆の味方を自認するジャクソンは「人民の機会平等」を旗印に改革に着手。ただし「人民」とは白人のことである。
   アメリカ先住民は「先住民強制移住法」によって追いやられ、奴隷は、他ならぬジャクソンがテネシー州のプランテー
   ションで100人以上を使役していた。
    米英戦争中には、イギリスに味方する先住民クリーク族を大量に殺戮し、次いで彼らの持つ広大な土地を譲渡させ
   ている。1817年になると、全くの独断でスペイン領フロリダに侵入し、先住民セミノール族の村を破壊して回るという
   事件を起こす。

    先の大統領選挙での「トランプ旋風」とは何だったのかを思い出してみる。
   人種差別的な発言、ムスリムの入国規制の提案、メキシコとの国境に壁を建設する提案、そして「アメリカを再び偉大
   な国にする」という絶叫。ここで言うアメリカとは、白人のアメリカである。確かに、トランプはジャクソンに良く似ている。
    トクヴィルは、アメリカの民主制の将来について推測し、民主制には「ソフトな専制政治」へと悪化する傾向があるだけ
   ではなく、多数派の専制を生み出す危険性もある、と指摘した。
    また、奴隷制度廃止をめぐる論争がアメリカを分裂させる可能性を予測した。さらに、アメリカとロシアがライバルの
   超大国として台頭することも予測した。
    今日の新聞を読む。
   フランシスコ・ローマ教皇は3日、「人種差別は容認できず、見て見ぬふりはできない」と発言した。
   アメリカ本土では、マティス前国防長官が3日、トランプ大統領について、「米国民を分断しようとしている」と痛烈な批判
   を展開し、「憲法をないがしろにする権力者を拒絶し、責任を取らせなければならない」と「反トランプ」の旗幟を鮮明にし
   たということだ。
    そして、エスパー国防長官は3日、国防総省で記者団に対し、「今回のような状況下で、地方の法執行機関と行政当局
   を支援するのは州兵が最適だ」と述べ、「反乱法の適用は支持しない」と断言した。
    民主党のオバマ前大統領(58)は、「この国が抗議行動によって築かれたことを忘れてはならない」と述べ、デモの支持
   を表明した。共和党のブッシュ元大統領(73・息子の方)も、2日に声明を発表。「傷つき、嘆き悲しむ人々の声を封じよう
   とする者は、米国の意味と、それがどのようにより良き場所になるかを知らない」と訴え、デモを抑圧するトランプ大統領を
   暗に批判したということだ。
    民主党のクリントン元大統領(73)は「誰も(被害者の)ジョージ・フロイド氏のような死を迎えてはならない」と語り、人種
   差別解消へ行動を起こすべきだと主張した。
   また同じ民主党のカーター元大統領(95)も「沈黙は暴力と同じぐらい命取りだ」と訴えた。

     平等と専制が結合することになれば、心情と知性の一般的水準は低下の一途をたどるだろう
                      アレクシ・トクヴィル

   ※
   『アメリカのデモクラシー』岩波文庫全4巻・松本礼二訳。

 


 
       「帝国の落日」

           2020・6・4

    事件が起きたのは5月25日・月曜日、ミネアポリス近郊でアフリカ系アメリカ人の黒人男性が白人の警察官によって
   白昼、衆人環視の中で殺害された。被害者の名前はジョージ・フロイド、加害者の名前はデレク・ショービン、他に3人の
   警察官が共犯者である。
    手錠をかけられたフロイドが、呼吸ができない、助けてくれ、と懇願していたにも関わらず、ショービンは8分46秒間フ
   ロイドの頸部を膝で強く押さえつけ、死亡させた。
   警察官が一般人を公然と殺害するというようなことは、その国の体制を問わず世界のどの国でも起こることはまずない。
   昔は、秘密警察とか政治警察と呼ばれる組織を持つ国もあって、この種の事件はよくあったが、今時はあまり聞くことが
   無い。しかし、アメリカでは2020年の今も特別な出来事ではないし、異常な出来事でもない。
   これは政治的な弾圧ではない。根底にあるのは人種差別だ。
    1863年11月19日、エイブラハム・リンカーン大統領は、「人民の、人民による人民のための政治」というフレーズで
   有名な「ゲティスバーグ演説」を行ったが、この人民の中に黒人が入っているのかどうかということだが、今日のアメリカ
   においてもまだ否定する人がいるということは確かな現実である。
    1963年8月28日、職と自由を求めた「ワシントン大行進」の一環として25万人近い人々がワシントンDCに集結した。
   この日の最後の演説者はマーティン・ルーサー・キング牧師だ。彼は「私には夢がある」と語った。

     私には夢がある。それは、いつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の息子たちとかつての奴隷所有者
    の息子たちが、兄弟として同じテーブルにつくという夢である。
    私には夢がある。それは、いつの日か、不正と抑圧の炎熱で焼けつかんばかりのミシシッピ州でさえ、自由と正義のオア
    シスに変身するという夢である。
    私には夢がある。それは、いつの日か、私の4人の幼い子どもたちが、肌の色によってではなく、人格そのものによって
    評価される国に住むという夢である。
    今日、私には夢がある。
    私には夢がある。それは、邪悪な人種差別主義者たちのいる、州権優位や連邦法実施拒否を主張する州知事のいる
    アラバマ州でさえも、いつの日か、そのアラバマでさえ、黒人の少年少女が白人の少年少女と兄弟姉妹として手をつな
    げるようになるという夢である。
    今日、私には夢がある。

     フロイドさんが白人警察官に殺害されてから一週間が経った6月の1日、抗議デモが全米140都市で平和的に行われた。
    中には警察官も参加したところがあるということだ。
     国連のドジャリク事務総長報道官は、警察の暴力に関する国連の立場を問われ、「世界のすべての警察官に、適切な
    人権教育がなされる必要がある」と指摘した。
     月末の29日、トランプはツイッターでデモ隊を「悪党」と断じたうえで「略奪が始れば銃撃も始まる」と投稿し、軍隊投入を
    ちらつかせて市民を威嚇した。お得意の「憎悪と分断」である。
     6月の1日、トランプ大統領はホワイトハウスで演説した。抗議デモについて大統領はこう断言した。
    「平和的な抗議ではなく国内テロだ」「都市や州が住民の命や財産を守る必要な行動を取ることを拒否するなら、私は米軍
    を動員しこの問題を早急に解決させる」と強権発動の構えを見せ、さらに各州知事らを「弱腰」と批判し、「これはある意味
    で戦争だ。これを早く終わらせなければならない」とげきを飛ばした。
    この発言に対してマーキー民主党上院議員は「人種差別の憎悪と暴力に油を注いでいる人間のくず」だと批判した。
     デンプシー元統合参謀本部議長はツイッター上で、「米国は戦場ではない。同胞市民は敵ではない」と懸念を示したという
    ことだ。また、バイデン前副大統領は2日、ペンシルベニア州で演説し、「この国を、古くからの恨みと新しい恐怖で分断され
    た戦場にしようとしている」と厳しく批判したということだ。
     昨日、私は「大秦帝国」について書いた。
    今、アメリカと中国は対立しているという。しかし、私には対立の原因が分からない。というのはこの二つの大国はあまりにも
    よく似ているからだ。内政においての人権弾圧、外政においての膨張主義。違いをどこに見つけ出せばよいのか、私にはそ
    れが分らない。
     アメリカの黒人作家であるジェームス・ボールドウン(1924年~1987年)に『アメリカの息子のノート』と題するエッセイー
    集がある。これは1972年に佐藤秀樹訳でせりか書房から刊行されたものだ。その中でボールドウンはこう語っている。

     私には、この国に生まれたニグロで、思春期までの間に生活状況によって一生消えないような傷を受けなかった者は考え
    られない。ハーレム中のニグロの少年少女たちが、今、必死になって自分の足場をさがそうとしながら、発育不全の大人へ
    と成長していきつつある。驚くべきことは、これほど多勢の者が落伍するということではなく、これほど多勢の者が持ちこたえ
    ているということだ。

     ボールドウンには『ジョヴァンニの部屋』(白水社・1964年)という小説がある。私がそれを読んだのは18歳の時だった。
    ノーマン・メイラーに夢中だったその頃、私はいつもマイルス・デイビスやジョン・コルトレーンやリー・モーガンを聴いて暮らし
    ていた。そして、メーラーを読まない日はリチャード・ライトかボールドウンを開いていた。街に出れば路上ではリー・アイアコ
    ッカが作ったフォードのマスタングやマーキュリー・クーガが輝いていた。その頃はトヨタや日産の車はまだサンフランシスコの
    坂道を上ることができなかった。それは石津謙介を教祖とするVANジャケットの季節だった。
    正直に言うと、あまり賢くなかった私はショーウインドウに映るそういうアメリカに憧れていた。
    遠い昔の想い出だ。50年も前の事だ。
    私の中のアメリカは少しも進化していない、絶望的にまで後退している。



        「大秦帝国」

             2020・6・3 

     アメリカと中国の関係は今、新たな冷戦時代に入りつつあるという見方を最近よく耳にし、目にもする。
    中国に対するトランプのこの数か月の発言はかなりヒステリックであるが、その狙いは自国でのコロナ感染拡大阻止
    に失敗したことを国民の目からそらすための責任転嫁であり、いま一つは大統領選挙を意識した強力なリーダーと
    してのイメージ戦略である。しかし、この大局観のない暴走は軍部の支持を得ることができるかどうかは疑問である。
    また、中国と断交することにアメリカの農業が耐えるかどうか、いや、農業ばかりでなく、商業、製造業をも含むアメリカ
    の経済そのものが成り立つのかどうか、この点については何の保証もない。
     先の冷戦のときは、競争相手であったソ連に対してアメリカは資本力、生産力、援助力において圧倒的に優位な立場
    にあったけれども、今回の挑戦者・中国に対しては必ずしもそうであるとは言い切れない。
    そしてまた世界帝国という意味においては、中国はアメリカという国が生まれる前からそうであったのであり、そういう面
    では帝国運営の知識と技術は歴史的にも経験豊富な国であり、トランプの貧弱な想像力では中華思想を正確に捉える
    ことはできないだろう。それが証拠にこの数か月、習近平の外交に関する発言はほとんどない。ここがソ連の指導者た
    ちとの違いだ。
     沈黙はこの新たな中華帝国の皇帝の自信と余裕を示すものである。皇帝が対米関係を本格的に検討するのはアメ
    リカの大統領選挙の結果が出てからだろう。それがトランプ後となるのか、続トランプとなるのかの予測はつかないけれ
    ども、いずれにしても、そこからは中華帝国の時代だと考えているのだろう。そして、この世界観はある程度、アメリカの
    経済界や農業界は受け入れるだろう。と言うより、そうしなければアメリカの経済は立ち行くことができない。皮肉なこと
    であるが、グローバル化を推進したのはアメリカであるが、そのグローバル化によってアメリカは身動きが取れなくなっ
    ている。
     その中国だが、先月の末に開かれた全国人民代表大会で、反政府活動を禁止する「国家安全法」を香港に整備する
    決定案を賛成多数で可決したということだ、これによって中国政府が香港で直接、立法・取り締まりを行うことが出来る
    ようになるということだが、そろそろ人民解放軍という名称も人権弾圧軍と変えるべき時なのではないか。
     1989年6月4日・日曜日、中国共産党・政府は民主化を求めて天安門広場に集まったデモ隊に対し、軍隊が武力行使
    し、多数の死傷者を出した。これを六四天安門事件と呼ぶ。時の最高権力者は鄧小平である。明日4日は事件から31年
    を迎える。この時、共産党革命は崩壊した。
     確かに、中国は経済的にも軍事的にも大国になった。しかし、その道義性はどうなのだ。中国共産党と言うけれども、
    そのどこが共産主義なのか、これは進化ではなく後退である、一党独裁と個人崇拝、遥か昔の大秦帝国と始皇帝の復
    活である。
     マルクス・エンゲルスは破り捨てられ、レーニンは踏みつけられ、毛沢東・周恩来は観光名所の飾り物となった。
    革命を弾圧する革命国家、この国のどこに共産主義があるというのだ。
    香港弾圧は、現代の焚書坑儒である。



      「オウ・マイ・パパ」

             2020・6・2 

    紅茶に浸った一片のプチット・マドレーヌの味覚から不意に蘇った幼少時代のあざやかな記憶、というのはプルースト
   の小説『失われた時を求めて』の有名な一場面だが、これは無意識的記憶または心情の間歇とも呼ばれている。
   プルーストの小説では、この体験が何度も繰り返される。
    お菓子の味覚が過ぎ去ったある過去の全体を蘇えさせるというのは誰にでもあることなのかもしれないが、しかしこの
   無意識の間歇的記憶を発見したのはプルーストであり、ここにプルーストの偉大さがある。
   彼は知識人ではなかったし、文学者でもなかった。小説を発表する前も、その後も、世間の人はこの人物を社交界に入
   り浸る好奇心の強い俗物(スノッブ)として見ていた。その作品もディレタッント(素人、好事家)の手すさびといった評価
   を出るものではなかった。彼が発見されるまでには若干の時間が掛かった。同時代人の大知識人アンドレ・ジッドには
   最初の30頁が理解できなかった。
    今朝のことだ。
   広大な菜園の植物群に水を掛けている時、何処からともなく歌声が聴こえてきた。それとともに懐かしい風景が蘇ってきた。
   歌声の主は雪村いづみ、歌は「オウ・マイ・パパ」。
   この歌は私が幼少の頃、姉がよく口ずさんでいたものだ。姉は、父親大好き人間だった。世界で一番優しいのはパパ、世
   界で一番恰好いいのはパパ、世界で一番賢いのはパパ、何でもかんでもパパが第一であった。私はそうは思わなかったが、
   私と父との間には距離があった。まあ、私の少年時代の家族の肖像などここに書いても何の意味もないが、ただ、今朝の
   不思議について、あれやこれやと考えるだけである。
    雪村いづみさんの「オウマイパパ」の歌詞をこんなものだ。

     オウ・マイ・パパ 帽子を横ちょにかぶり おどけていた
     やさしい わたしのあのパパ
     
     大きな あの手に抱かれて
     夢見た 遠いあの日よ

     オウ・マイ・パパ 破れた洋服
     着ていたパパ 街のピエロ
     
     形見の帽子を抱きしめ
     今日もまた 泣いているよ

      この歌はドイツ由来のナンバーで、それをアメリカの若きスター、エディ・フィッシャーが歌ってヒットしたものだ。エディは
     もう忘れられた人だが、この男の女性遍歴だけは色事師の伝説となった。
     エディは幼馴染のデビー・レイノルズを捨ててリズ(エリザベス・テイラー)の元に走り、まもなくリズとも別れ、今度はコニー・
     スティーヴァンスと結ばれた。つまらない男だが、女を口説く術だけは天才的であったようだ。そういう男に『オウ・マイ・パパ』
     が似合うとも思わないが、やっぱり後でひんしゅくを買ったそうだ。
      海の向こうのことはこれくらいにして、倭国の昭和に話しを戻す。
     雪村いづみ(本名・朝比奈知子)、1937年(昭和12年)生まれ、歌手にして女優にして画家。現在は83歳、まだ現役で
     ある。1953年(昭和28年)、テレサ・ブリワーのカバー曲『想い出のワルツ』でレコードデビュー。
     元祖「三人娘」の一人。他の二人は江利チエミと美空ひばり。江利は45歳で亡くなり、美空は52歳で亡くなっている。
     幼くしてスターになった人というのは何故か私生活では悲劇的な人生を送る。雪村さんも例外ではない、83歳でまだ現役
     の歌手であるから心身共に健康なのだろうが、その人生は波乱万丈である。
     3人とも大スターであったから彼女たちの歌声はテレビのない時代からよく耳に入って来た。しかし、私は幼少の頃から生意
     気にも「ハイカラ趣味」であったから流行歌の歌い手を好きになることはなかった。だから、雪村さんについても姉が「オウ・マ
     イ・パパ」を歌っていたということくらいの想い出しかなく、それは雪村さんの歌声そのものが記憶に残ったということではなく、
     姉の父親に対する恋心にも似た愛の在り方が、今もって不思議で、その事が、私という人間の欠陥を証明しているような気が
     してならないのだ。それは、姉には父親であった男が理解できて、私にはそれを理解することが出来なかったということだ。
     娘と息子では父親に対する距離というか角度というか、そういうものが本質的にもしくは先天的に異なるのかもしれないとも
     考えるが、何となく弁解じみているような気もしないわけではない。
      明日になれば雪村さんのことも「オウ・マイ・パパ」という歌も忘れてしまっているだろうが、なぜ思い出したのかという謎は
     残る。それが何の前触れもなく突然蘇ってくる理由は何処にあるのかという謎だ。
     過去のある出来事は、現在のある出来事に赤い糸で繋がっている。呼び起こしたものが歓喜であるか不安であるかは分か
     らないが、いずれにしても今の私にとっては「オイ・マイ・パパ」という言葉は、迷宮に響く木霊(こだま)である。
     パパとは亡くなった父親のことか、それともこの愚かな私のことか。
     「聡明になるまで老いるべきではなかった」とシェイクスピアは言ったが、まだ間にあうのか。
     何だか訳の分からないことを書いてしまった。
     愚か者の夏の朝の間歇的記憶である。意識的なものではないから止めることも否定することも出来ない。
     未だ意味不明であるとしても、呼び起こされた過去は現在の私の無意識の中にある何事かを照射しているのであろう。

       病人というものは、正常な人よりも己の魂により近く迫るものだ。

                         マルセル・プルースト

      雪村いづみには『約束』(1964年)という歌がある。藤田敏雄作詞、前田憲男作曲の反戦歌である。
     雪村いづみはこういう歌も歌える人である。愛を歌う青いカナリヤ。


 
   
   「ベニスに死す」

      2020・6・1

  政治を軽蔑する者は、軽蔑すべき政治しか持つことが出来ない

  時間こそ、我々がその中でいっそう賢くなり、いっそう良くなり、いっそう成熟し、
 いっそう完全なものとなるために、我々に与えられた貴重な贈り物である


                     トーマス・マン

   遠い昔のことだ。ルキノ・ヴィスコンティ監督の『ベニスに死す』という映画を観たことがある。
  1971年(昭和46年)に公開された映画だから、その時、私は22歳だった。本当に遠い昔のことだ。
  これはトーマス・マンの同名小説を映画化したもので、テーマ曲はグスタフ・マーラーの交響曲第5番・第4楽章アダージェット
  で、マーラー人気復興の契機となったことでも名高いと何かの本に書いてあった。
   原作は『地獄に堕ちた勇者ども』『ルートヴィヒ』と並ぶ「ドイツ三部作」の第2作であるが、他の2作の主舞台はドイツである
  が、本作の舞台は夏のベニスだ。主人公の老作曲家アッシエンバッハのモデルはマーラーその人であり、演じたのは英国の
  名優ダーク・ボガードだ。この人は女流監督リリアーナ・カヴァーの『愛の嵐』でも強烈な存在感を見せた。
   『ベニスに死す』の内容は次のように解説されている。

   静養のためベニスを訪れた老作曲家は、ふと出会ったポーランド貴族の美少年タージオに理想の美を見出す。以来、彼は
  浜に続く回廊をタージオを求めて彷徨うようになる。
   ある日、ベニスの街中で消毒が始る。誰も真実を語らない中、疫病が流行していることをようやく聞きつける。それでも彼は
  ベニスを去らない。
   白粉と口紅、白髪染めを施して若作りをし、死臭漂うベニスを彼はタージオの姿を追い求め続ける。ついに彼は倒れ込み、
  ひとり力なく笑い声をあげる。翌日、疲れ切った体を海辺のデッキチアに横たえ、波光がきらめく中、彼方を指さすタージオ
  の姿を見つめながら彼は死んでゆく。

    テーマ曲アダージェットは当時恋愛関係にあったアルマにあてた、音楽によるラブレターであるということだ。
   後にマーラー夫人となるアルマは「ミューズにしてファム・ファダル」と称される恋多き女であった。
   「ファム・ファタール」とは、男にとって「運命の女」という意味を持つ。男を破滅させる魔性の女ということだ。
   例えば、カルメン、サロメ、クレオパトラ。
    しかし、ヴィスコンティが追求した美は、そういう恋愛関係の中にはなかった。この恋愛感情は同性愛であり、稲垣足穂では
   ないが、「少年愛の美学」である。
    「踊る大香港」というブログに面白いことが書いてあった。この人の名前は分からないが、酒と映画の日々を送っている香港
   在住の人だ。少し転写する。
    
    ベニスでは14世紀にはペストが大流行し、隔離するための収容所も作られた。その後も17世紀まで度々ペストが流行した。
   市内に巨大な教会が多いのもそのためである。1918年にはスペインかぜがありと、数々の感染症を経験してきた歴史がある。
    グスタフは銀行で両替をした際、行員の一人に意を決して尋ねてみたところ、別室に通され恐ろしい事実を聞かされる。
   「実は数年前からガンジス川起源のアジア・コレラが各地で発生しています。ペルシャから隊商ルートでモスクワ、ヨーロッパを
   横切り、海づたいにシリア、パレルモ、ナポリに来て、カリビア海に根を下ろしました。北イタリアはまだ安全ですが、このベニス
   は無防備状態です。この地は季節風が吹きあれ沼も多く、先ごろ2人の病死者からコレラ菌が発見されました。この事実は秘
   密にされています。今では死亡者が増えすぎて病院のベッドは空き1つありません。住民が口を閉ざすのは、ベニスの住民は
   観光客で生活
しているからです。観光客のいないベニスは寒々とした冬よりも惨めです。すぐにお発ちになるのが賢明です。
   2、3日中に交通手段が途絶えます」(シネフィルWOWOW放映版より抜粋)
    その夜、グスタフは美少年が一家で外出するのをつけてストーカーのように町を歩く。人はおらずいたるところで焚き火を見る。
   感染者の洋服などを焼いているのだ。医者へ行ったであろう一家を見ながら、グスタフも自分の身体に異変があるのを知る。
   時代設定が1911年だから、情報は新聞しかない。観光地であるベニスが感染事実を隠蔽するのは地元の経済のため。
   100年経った今でも、人間は同じ過ちを犯している。どこかの国では新型コロナウィルスがわかった後でも、中国の国家主席を
   迎えるため、オリンピックを開催するため初動が遅れてしまった。国民の命より政治家の面子や経済が大事なのだろう。

    ところで、石狩の浜辺には人が出ているのだろうか。コロナのために海水浴が出来ないということになれば、若い人たちにとっ
   ては淋しい夏となるだろう。それは2020年の夏の想い出が作れないということだ。
    いや、若い人たちばかりでなく、私のような老骨にも、一人静かに失われた時を求めての追憶の場がなくなる。
   老人と海、と言うではないか。今年の夏はジンライムを何処で呑めばよいのか。これだけは太陽の下の砂の上で呑みたいのだよ。
   どんな酒にも、それを呑むのに相応しい場所と時刻がある。
    トーマス・マンはこんな言葉も遺している。

          役に立つ嘘よりも害を及ぼす真実の方がいい


 
       「堀田善衛を読む」

        2020・5・31 

    今日で2020年の5月が終わる。
   雪の降る頃に立てた計画では、今頃はシェイクスピアの全作品の半分くらいは読み終わっているはずだったの
  だが、思いもよらぬことに5月の6日の朝、鴨長明という見知らぬ人に肩を掴まれた。
   その日の夜、私はこの日記にこんなことを書いていた。

    この朝、なぜか突然、ビートルズに『アンド・アイ・ラブ・ハー(そして彼女を愛している)』という楽曲があることを
   思い出した。あれは17歳の夏だった。懐かしい曲だ。そして懐かしい季節だ。もう半世紀も昔のことだ。
   珈琲を入れて、パソコンの前に座り、ユーチューブでポール・マッカートニーの歌声を久しぶりに聴いた。すると訳
   もなく涙が流れた。午前3時のことだ。それから夜が明けるまで何度も聴き返した。
    そうした時間のなかで、堀田善衛(1918~1998)に『ミシェル城館の人』全3巻があることを思い出した。
   モンテーニュについて書かれた評伝だ。モンテーニュについて書かれてあるものならば落ちている紙屑でも拾い上
   げる私なのに何故か堀田さんのこの本は持っていない。いつものことだが、私という人間はつまらぬお買い物が多
   すぎる。本当に大事なもの、必要なものをを買い忘れる。さらに、その事さえも忘れる。
   そんなこんなで自身の愚かさを笑っている時、堀田さんに『方丈記私記』という本があったことも思い出した。なんと、
   これも持っていない。幸いにして鴨長明の『方丈記』(川瀬一馬校注、講談社文庫・昭和46年刊行)は手許にある。
   ポール・マッカートニーを聴きながらその本を開いてみた。

    行く河のながれは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、ひさし
   くとどまりたる例(ためし)なし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

     それで『方丈記』を何十年か振りに読み返してみたのだが、恥ずかしいことに、若い時には分からなかったことだが、
    これが大変な書物であることを発見した。その日から私はシェイクスピア・ガーデンの庭園作業を一時中断して、急ぎ
    東海の孤島に舞い戻り、平安、鎌倉、室町、元禄と懐かしい土地を歩き回り、色々な人を訪ねて鴨長明さんについて
    の噂話を聞いて廻った。訪ねた先は、西行、定家、兼好、法然、親鸞、一篇、道元、世阿弥、一休、利休、芭蕉、良寛
    といった超有名な人たちである。
     私にとっての問題は、「古京はすでに荒れて、新都はいまだならず、ありとしある人は皆浮雲の思いをなせる」の状況
    認識の今日性である。
     国内のコロナ感染状況は感染者数16,884人、死者数892人。収束の見通しは全く見えない。
    政府は無為無策であり、政治家は私利私欲に走り、文化人は蛇足・余談の饒舌に酔い、富裕の人は株の下落を心配
    して夜も眠られず、立身出世を願う俗物は深夜の麻雀放浪記である。乱世末法という言葉を思い出す。
     2日ほど前から堀田善衛さんの『定家明月記私抄』上巻(新潮社・1986年発行)を読んでいる。
    これも若い頃は一読して素通りした本なのだが、70歳にして読み返してみると、堀田さんの文章には独特の味わいが
    ある。このことに何故気づかなかったのか不思議でならない。古典を語っているのだが、その視点と文章は極めてモダ
    ンである。文学の香気を感じるね。
     『明月記』は歌人藤原定家(1180年~1235年)の日記である。定家が19歳の時、長明は26歳であった。年齢が
    違う、身分が違う、美学が違う。定家は二流貴族といえども気位の高い強情な宮廷歌人であり、長明は俗世を離れた
    不運の孤児であり、方丈の人である。
     『明月記』は「世上乱逆追討耳ニ満ツト雖モ、之ヲ注セズ。紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」の一文で有名だが、これは定家の
    詩人としての耽美主義の表明であり、どこかボードレールを思わせる。
    こういう定家を三島由紀夫、塚本邦雄、小西甚一、辻邦生、ドナルド・キーンらは積極的に評価した。

     見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮

     来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ

     玉ゆらの露も涙もとどまらずなき人恋ふる宿の秋風
                                  『新古今和歌集』  権中納言  定家

   藤原定家の和歌の性格については風巻景次郎という人はこう言っている。

   定家は平安朝生活の伝統を多分に承け、それにふさわしく繊細な神経で夢の世界を馳せ、その天性によって唯美的な
  夢の文学を完成した。しかし表現せんとするものが縹渺(ひょうびょう)として遥かであるほど、それを生かすには辞句の選
  択、着想の考案のために心を用いることは大でなければならぬ。そして定家はそれに耐えるほどの俊敏な頭脳をもってい
  た。かれの歌の成功はこの頭脳の力にある。しかしまた、その失敗も頭脳のためであった。かれの歌の大半は、優艶なる
  夢をいかにして表現しようかと努力した理知の影を留め、その表現のために尽くした努力はその措辞(そじ)の上に歴々とし
  て現れた。かれはじつに夢の詩人で、理知の詩人で、そして言葉の詩人であった。

   また石田吉貞という人はこう言っている。

  定家美(妖艶)のなかには、多くの非正常的・怪奇的なものがある。あまりに華麗幻燿にすぎて、人を誑(たぶら)かさずには
 おかないこと、つよい阿片性・麻薬性があって、人を麻痺、昏酔させる毒性をもつこと、あまりにつよい性欲性・獣性があって、
 人を頽廃・好婬に誘わずにおかないこと、つよい幽鬼性・悪魔性があって、人を悪魔的世界に誘おうとすること、死や亡びのも
 つ非生命性・空無性・滅亡性等に美を感じさせ、死や亡びのなかに投身させようとする性質をもつこと等々がそれである。

  定家の「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」とは頼朝挙兵のことであるが、この時、定家は18歳であった。では定家の吾事とは何であ
 ったのか。「幽玄」の追求、歌道の確立ということか。定家は世上の出来事には関心はなかった。社会というものを意識するこ
 とはなかった。しかし、そういう芸術至上の生活を可能にしたのは荘園の安定した収入があったからである。この事を見落とす
 と時代全体を見誤ることになる。
  堀田さんは言う。

 「また長明との対比においてもう一つ鮮明なのは、官僚体制内の人としての定家には、歴史意識というものが、別に皆無とまで
 は言わぬにしても甚だしく欠けていることである。それは歌人として無用の長物であるかもしれない」と。

  定家の父俊成には、男女合わせて約27人の子供があった。定家自身も生涯に27人の子女を生ませている。兄弟27人に
 子供27人、歌聖定家の生活はそういうものだった。もちろん両者とも一穴主義者ではない。妻妾の数は正確には分からない。
 「幽玄」とは、元々は物事の趣が奥深く、はかりしれないことという意味を持つが、もう一つの顔は「色ごのみ」、もしくは「風流
 (みやび)」ということか。
  堀田さんは言う。

  ここで注目しておいてよいことの一つは、和歌というものの実用性、その実際的効用について、である。
 和歌とは何か。それは、和する歌、要するに、こたえる歌、の意なのであり、それが原意である。つまり近・現代的な独立した
 一首の詩歌という意は。原意には添っていないのである。それはつねに応答、交換を期しているもので、場合によっては会話、
 対話の一種でさえある。従ってその実用のなかには政治的応用さえが入りうるのである。父俊成のそれに見られるように、
 人間関係の取りなしの用をも果たす。そうしてこれを綜合するとすれば、挨拶、ということばが適当であろう。そのことを覚えて
 おく必要がそのうちに出て来るであろう。

  今回、『定家明月記私抄』を再読してつくづく感じ入ったことは、愚者であることの幸福ということである。
 頭が悪い、記憶力が弱いということは必ずしも否定的に捉える必要はない。私に限って言えば、それがために読み返す本は
 どれもこれも新鮮である。まったくの新しい体験である。


       「大本営発表」

        2020・5・30 

    ジャーナリストでドキュメンタリー映画監督、カルフォルニア大学バークレー校客員研究員でもある大山英代(おお
   やま はなよ)さんが昨日の新聞の「文化の話題」欄に「コロナ禍に学び合う世界の記者たち」と題する一文を載せてい
   た。それを読んで、「フロントラインプレス」という独立系調査報道メディアがあることを知った。
   そのホームペイジを開くと、次のような宣言が目に入った。

       Frontline Pressについて

    調査報道グループ「Frontline Press(フロントラインプレス)」は2019年5月、上に掲げた三つを掲げて正式にスタート
   しました。
   「日本の報道はダメだ」「もう終わっている」――。メディアやマスコミに対しては近年、そんな言葉が当たり前に向けら
   れています。特に「調査報道はほとんどない」と言われます。
   Frontline Pressは新しい調査報道のかたちを目指します。「まず自分たちで道をつくろう」という取材記者たちが集まり、
   新たな組織で「良質なニュース・報道」をつくりだすことにしました。
   何よりも「論より事実」を重視します。新しい調査報道のかたち・取材手法・記事の見せ方を研究し、実践して、社会に
   広がるアンフェア(不公正)な構造を明らかにしていきます。読者や専門家と縦横に交流し、課題解決に向けた糸口も
   探ります。
    集っているのは年齢も経験も異なる、多種多様なメンバーです。立場や経歴とは無関係に「良質な報道を続ける」の
   一点で集いました。組織内ではお互いが相手を尊重し、敬意を払います。メディア環境が激変するなか、「取材と報道」
   という営みの新たなモデルづくりも目指します。

       メディアベンチャー「フロントラインプレス合同会社」

    フリーランスのジャーナリストらが「チーム」として調査報道に取り組むため、設立された。新しいかたちの調査報道を
   目指す。元北海道新聞記者で北海道警察や北海道庁の裏金問題で新聞協会賞、菊池寛賞などを受賞した高田昌幸
   氏( 現・東京都市大学メディア情報学部教授)を中心に、約30名のジャーナリスト、カメラマン、編集者らが所属する。
   (代表 高田昌幸)。

     ここから話を大山さんに戻す。大山さんはこう言っている。

      政府のいいなり「あきれる実態」
    果たして日本のメディアはどこまでできているだろうか。4月27日、日本の独立系調査報道メディア「フロントラインプ
   レス」は「新聞・テレビ『政府の言いなり』の何ともあきれる実態と題して、日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)が実施
   したアンケートをもとに、日本国内の記者たちの声を伝えた。「政府から『医療崩壊と書かないでほしい』という要請が行
   われている」など驚くべき実態が露呈した。大本営発表と化す日本のメディアと、企業の枠を超えてつながり学び合う世
   界の調査報道ジャーナリストたち。米国から見つめるその差は絶望的なほど大きい。
 
    この1月からオリンピック開催中止が決まるまで日本のメディアは安倍首相と小池知事のどういう発言を報道してきた
   のか、そして中止決定後からは安倍首相と小池知事の発言をどのように伝えているのか。両者とも前期と後期では全く
   違う発言をしているにも関わらず、その矛盾を問うメディアは新聞・テレビに限って言えば、一社もない。
    そして、オリンピック開催中止の決定後の翌日から感染者の数は急に増えだしたのだけれども、この理由は何かと問
   うメディアも一社もない。それどころか次期検事総長決定と思われていた黒川弘務さんとの深夜の賭け麻雀のお相手に
   二社の新聞社の記者が入っていたことが発覚する始末である。
    フロントラインプレスの報道は、日本では既に医療崩壊が起きているということだろう。この事実を伏せる理由はただ一
   つしかない。それは何人死者が出ようとも経済再開を優先させるということである。とすれば、コロナの第二波・第三波は
   必ずやって来る。その時は誰が責任を取るのか。
    文芸評論家の斎藤美奈子さんが、東京新聞の「本音のコラム」(20日付け)に「TD五つの効用」と題する文章を載せた
   そうだ。ツイッターデモ(TD)が①野党に力を与える②メディアに勇気を与え③与党内にプレッシャーをかけ④当事者(法
   曹人)を奮い立たせ⑤御用言論人の欺瞞をあぶり出した、と述べているということだ。
    
     フロントラインプレス(2020年4月27日)

     お上のお墨付きがないと、今がどういう状態なのか、判断できない」「感染が確認された事業者自身がサイトで発表して
    いるのに、行政が発表していないと掲載しない」――。
     新型コロナウイルス感染拡大に関するニュースが大量に飛び交うなか、報道機関の働き手からこんな声が続出している。
    日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)が実施したアンケートで判明した実態だが、まるで第2次世界大戦の時代を彷彿と
    させる“令和の大本営発表”とも呼べる事態ではないか。研究者らの厳しい見方も交えつつ、大メディアがほとんど報じな
    かったMICアンケートの内容を伝える。

     ・国会論戦を放送しなかったり、あるいはやっても短い。官邸記者が政権に都合の悪いニュースを潰したり、番組
     にクレームをつける。これは日常茶飯事。官邸記者が政権のインナーになっている

     ・ニュースソースが官邸や政権であること。その結果、番組内容が官邸や政権寄りにしかならない。彼らを批判し
      正していく姿勢がまったくない。というか、たとえあったとしても幹部が握られているので放送されない

     ・上から下まで、忖度と自主規制。事なかれ主義。サラリーマンばかりで、ジャーナリストはいない
     ・「過剰な忖度」であると現場の制作者も中間管理職もわかっていながら、面倒に巻き込まれたくないとの「事なか
      れ主義」が蔓延している


      大本営発表とは、1937年11月から1945年8月までの期間、支那事変(日中戦争)および太平洋戦争(大東亜戦争)
     において、日本の大本営が行った戦況の公式発表である。
      その特徴は戦果の過大と被害の過小をセットとする捏造の自己陶酔である。従って、戦果が上がれば上がるほど敵軍
     はより強大化し、より拡散し、より本土に近ずくという不思議な現象を引き起こした。
      汚れたマスクでもってコロナ感染拡大を阻止するというのは、竹ヤリでもってB29を打ち落とすという漫画の焼き直しで
     ある。しかし、竹ヤリは全国の家庭に届けられたわけではない。またアホノマスクもいまだ完全配布には程遠い状態であ
     る。勿論、一律給付金という新兵器もいつ届くのかわからない。けれども、事態は深刻である。今はコロナの全土空襲の
     真っ只中である。それでも政府は「医療崩壊と書かないでほしい」と大本営発表を今日も続ける。
     結論、こんな新聞も、こんなテレビも、こんな政府も、もういらない。



       「幸福度ランキング」

            2020・5・29

    今日の新聞の「新型コロナが問う 日本と世界」には堀内都喜子さん という女性が登場して、フィンランドの現在
   について語っている。
    初めて聞く名前なので、先ず記事が紹介する堀内さんのプロフィルを転写しておこう。

    ほりうち・ときこ 長野県出身。フィンランドのユバスキュラ大学大学院でコミュニケーションを専攻し修士号取得。
   帰国後は都内のフィンランド系機械メーカーに勤務する一方、ライター、通訳としても活動。2013年からフィンランド
   大使館広報部でプロジェクトコーディネーターとして勤務。
   その他の著書に『フィンランド 豊かさのメソッド』(集英社新書)。

    この記事を読んで今更ながらに思い知らされたのは私という人間の救いようのない無知である。今まで何処を観て
   いたのか、確かに現在は鷲(米国)、熊(露国)、龍(中国)の三国志の世界であるが、この三国の動向だけを見てい
   れば世界が分かるというようなことはない。この三国は大国ではあるが、道徳的には後進国である。その内政は貧富
   の拡大を助長する経済至上主義であり、その外交は古典的とも言える弱肉強食の膨張主義であり、世界のリーダー
   を名乗る資格はない。この三国が信仰する政治理念は信じられないことに21世紀の今なお「富国強兵」であり、その
   ためには国家の体制維持が優先され、国民の権利は抑圧される。強兵とは軍事力を背景にした砲艦外交のことであ
   り、これは自国第一の世界観を盲目的に信仰する時代錯誤にしか過ぎない。
     そんな中、今日、フィンランドのことを始めて知った。少し読んでみる。
   
       「新型コロナが問う日本と世界」
     「幸福度」世界一 フィンランドから何学ぶ 個人尊重 ゆとりある社会に
                 『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』の著者 堀内都喜子さん

    国連が毎年発表している「幸福度ランキング」で3年連続世界一になったフィンランド。新型コロナウイルスの感染対策
   の現状とコロナ問題が問う社会のあり方について、『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(ポプラ新書)の
   著者、堀内都喜子さんに聞きました。(伊藤紀夫)


    5月20日時点での感染者は6443人、そのうち死者は304人です。人口は約550万人ですが、いま、感染者は1日40
   人前後で、減少傾向にあります。3月16日に非常事態宣言を出し、3月19日から国境を封鎖しましたが、制限は少しずつ
   解除されてきています。
    PCR検査は当初は検査体制が整わず、一時は韓国の協力を得て難局をしのぐ状況でしたが、検査体制を強化して、疑
   いのある人は本人が希望すれば検査を受けられるようになりました。これまでに15万6200人が検査を受けています。
     【中略】
    フィンランドでは、男女平等で、ともに働き、ともに子どもを育て、仕事と家庭を両立させる、さらに森と湖の自然に親しみ、
   スポーツや趣味、学習を楽しむなど、「ワークライフバランス」を大切にしています。在宅勤務も、そのための柔軟な働き方
   の一つです。午後4時には仕事が終わる、残業はほとんどしない、夏には1カ月以上の休みを取る。環境や地域に違いは
   あっても、教育や福祉サービスの機会が平等で、最低限の生活が保障されている。その安心感、ゆとりある生き方が「幸福
   度ランキング」世界一の背景にあると思います。
    労働組合の組織率は65%で、その力は強く、賃金や働く時間など労働条件の交渉は毎年しています。ストライキもしょっち
   ゅうで、公務員である保育士のストライキもあり、交通機関のストライキで電車が止まるのは日常的です。昨年は郵便関係の
   労働組合がストライキを行い、郵便が16日間届きませんでした。こうした運動が賃金アップや労働条件の改善につながってい
   ます。
         休養とってこそ

    フィンランドの仕事文化を語る上で欠かせないキーワードは「ウェルビーイング」です。身体的、精神的、社会的に良好な状
   態にあることを意味する言葉で、休みをきちんと取って労働環境を改善して心身とも健やかな状態でこそ、仕事の効率も上が
   るという考え方です。
    AI(人工知能)、デジタルを活用した働き方が広まる時代には、個々に違ったアイデア、自由な発想が求められます。時間を
   短縮して仕事をし、自由な時間にリフレッシュして学び直し、より良いものを生みだしていく「個人を重視した働き方」が必要に
   なってきます。
     【中略】
    コロナ対策では、ジェンダー平等社会の大切さを実感しています。昨年12月に首相に就任したサンナ・マリンさんは34歳の
   女性で、五つの政党の連立政権です。この五つの政党のリーダーは、すべてが女性です。閣僚は女性が12人、男性が7人、
   平均年齢は47歳です。女性の国会議員は46%で、ほぼ半数を占めています。
    今回の危機的な状況の中で、政府は試行錯誤はありますが、着実にコロナ対策を進めています。新聞の世論調査ではマリン
   首相のコロナ問題への手腕について、83%が「満足」「非常に満足」と答えています。
     【中略】
    彼女は経済的に恵まれない家庭に生まれ、幼い頃、母親はアルコール依存症の夫と離婚し、その後のパートナーは女性とい
   う環境で育ちました。社会福祉と平等社会の大切さを身をもって体験している人です。こういう女性が首相になれることを国民
   の多くは誇りに思っています。今回のコロナ禍でも、女性と男性が平等で公平に能力を発揮してこそ、バランスが取れた政治が
   できることを実感しています。
    日本でもコロナ禍は、いろいろなことを考え直し、変えていくチャンスではないでしょうか。一人ひとりが人間らしいゆとりを持っ
   た働き方、生き方ができる、ジェンダー平等で女性が差別なく活躍できる、いざとなったら最低限の生活が保障される…。
   そういう社会に変えていくことが、政治に信頼感を高めることにつながるのではないでしょうか。

     フィンランドについてウイキペディア(フリー百科事典)に当たってみると、次のように解説されている。

    フィンランドは、「フィン人の国」という意味で、スオミはフィン人の自称である。「スオミ」の語源については多くの説が提唱され
   ており定説はないが、同じウラル系の「サーミ」や「サーミッド」(サモエード)と同源とする見方がある。「フィン」についてはタキト
   ゥス
が残した「北方に住む貧しいフェンニ人」の記述が最古のものである。「スオミ」については古くはフィンランド南西端、バルト
   海沿岸にある都市トゥルクを中心とする限られた地域を指す単語であったのが、のちに国土全体を指す単語に変容し、そこに住
   んでいたスオミ族の名がフィンランド語の名称になった。トゥルク周辺は現在では「本来のスオミ(Varsinais-Suomi)」と呼ばれてい
   る。「スオミ」は、フィンランド語で「湖沼沼地」を表す単語「スオ」(suo)に由来すると言われる

     私は今朝までフィンランドについては何も知らなかった。
    知っているのは首都がヘルシンキであること、知っているフィンランド人と言えば、作曲家のジャン・シベリウスと元F1ドライバー
    で1998年、1999年のワールド・チャンピオンだったミカ・ハッキネンと『ムーミン』の原作者トーベ・ヤンソンだけだった。
    国連が発行した2020年度の「世界幸福度報告書」での幸福度ランキングはフィンランドが3年連続で首位だということだ。
    2位はデンマーク、3位はスイス、4位はアイスランド、5位はノルウー、日本はなんと62位だ。
     国境なき記者団が毎年発表している「世界報道の自由度ランキング」も確認しておく。   
    1位ノルウー、2位フィンランド、3位デンマーク、4位スウーデン、5位オランダ、日本はなんと66位だ。
     もう一つ、今度は世界経済フォーラム(WEF)が毎年発表している各国のジェンダー不平等状況を分析した「世界ジェンダー・
    ギャップ指数」を確認する。対象は世界153カ国。
    1位は11年連続でアイスランド、2位ノルウー、3位フィンランド、4位スウーデン、5位ニカラグア、日本はなんと121位だ。
     「幸福度」「報道の自由度」「ジェンダー・ギャップ」、どれを見ても上位5カ国の中に鷲と熊と龍の姿は影も見えない。そして日本
    はと言えば、世界周知の堂々たる後進国である。何が問題なのか。政治の劣化か、大企業の横暴か、正義と品性を失ったジャ
    ーナリズムか、それとも国民の成熟度か、おそらくその全てなのだろう。
     暉峻淑子著『豊かさとは何か』(岩波新書・1989年発行)の7頁を開く。

     たとえば、「あなたの国で誇りに思うことは?」ときかれたときスウーデンの若者の62%が「福祉」と答えている(日本で福祉と
    答えたのは6%)。西ドイツでは、経済の発展と同時に、国民の住宅や都市環境が美しく整備され、社会資本や社会保障制度の
    充実とともに、文化的事業に対してもゆきとどいた公的補助が行われている。

    32頁では、暉峻さんはこう語っている。

     日本人は「活力ある社会」という言葉が好きであるが、企業の競争、という意味の活力と、人間が自主的に創造的な活力を発揮
    する、ということとは、質的に違う。人間が、差別なく、自由に、のびのびとした活動を展開するためには、社会的共通資本、つまり
    社会資本や社会保障制度が、個人の日常生活を、下から、しっかりと支えていなければならない。そしてその土台の上に多様な
    個性が花開き、認め合われていなければならない。

     



       「私たちの今と此処」

          2020・5・28 
 

    1348年、イタリア・フィレンツェで流行したペストの様子。ボッカッチョ『デカメロン』の挿絵=英ウェルカム・コレクションから


     久しぶりに、と言うより、数年振りに現代文学というものを読んだ。
    アルベール・カミが小説『ペスト』を書いたのは1947年のことで、今から70年以上も前のことである。
    小説は、不条理が集団を襲うと人々はどういう反応を示すのかという記録である。より正確に言うならば、感染拡大
    阻止を口実に設けられた監禁状態の中で人々は人間として何を証明するのか、あるいは証明しなければならないの
    かという問いかけである。カミこの小説のエピグラフに引用したのはダニエル・デフォーの次の言葉である。

    「ある種の監禁状態を他のある種のそれによって表現することは、何であれ実際に存在するものを、存在しないあるも
   のによって表現することと同じくらいに、理にかなったことである」。

    ペストは194?年にアルジェリアのオランという町で起きた事件である。ペストによって引き起こされた監禁状態は架空
   的現実である。ではその裏にある現実的架空とは何か、ペストと同じような性質を持ち、同じような結果に導くもの、恐怖
   と沈黙で世界を破滅に追い込むもの、それは何かと言うことだ。この寓意小説のもう一つの主題はファシズムである。
   権力が統計学を「正義」とするとき、人間の日常は破壊され、権利は否定され、自由は消滅し、自発的隷従の奴隷社会
   となる。新潮社から1972年に刊行されたカミ全集全10巻の第4巻が『ペスト』であり、第5巻には『戒厳令』『正義の
   人々』が収録されている。
    私が『ペスト』を読んだのは1977年(昭和52年)の3月のことで、私は28歳だった。42年前の昔だ。
   私が昨日、読んだ現代文学というのはパオロ・ジョルダーノの『コロナの時代の僕ら』(早川書房)である。これは小説では
   なく、感染症(COVID・19)にまつわるエッセイ27本をまとめたものだ。この日本語版には「コロナウイルスが過ぎたあと
   も、僕が忘れたくないこと」という文章があとがきとして追加されている。これは訳者の飯田亮介さんが「宝石のようなこの
   文章」と絶賛するもので、「日本版に特別掲載されたこの最後の一章がいちばん魅力的だと思う読者さえ出てきても不思
   議ではないくらい、力強い文章だ」と解説している。
    訳者のあとがきによれば、イタリアでの状況は次の通りだ。

    国内で初の感染者が確認されたのは2020年1月31日のことだ。ただし患者はローマを観光で訪れていた外国人夫婦
   で、ただちに隔離され、感染は広がらなかった。同じ日に世界保健機構(WHO)が武漢市の状況を「国際的に懸念される
   公衆衛生上の緊急事態」であると発表しているが、このころ多くのイタリア国民にとって、COVID・19はまだまだ対岸の火
   事だった。
    ところが2月21日に北部のロンバルディア州とヴェネト州で新型コロナによる2件の集団感染が確認されて以来、みるみ
   るうちに感染の規模は拡大していく。

    ここで海外の感染状況を確認しておく。米ジョンズ・ホプキンス大学の集計で日本時間28日現在。
感染者数 死亡者数
米国 1,699,073 100,396
(うちニューヨーク州) (364,965) (23,643)
ブラジル 411,821 25,598
ロシア 370,171 3,962
英国 267,240 37,460
スペイン 236,769 27,118
イタリア 231,139 33,072
ドイツ 181,524 8,428
トルコ 159,797 4,431
フランス 145,746 28,595
インド 151,767 4,337
イラン 141,591 7,564
ペルー 135,905 3,983
カナダ 87,508 6,765
中国 82,993 4,634
チリ 82,289 841
サウジアラビア 78,541 425
メキシコ 74,560 8,134
パキスタン 59,151 1,225
日本 16,683 867
韓国 11,344 269

      米国の感染死者10万人を突破(5月28日)

     米ジョンズ・ホプキンス大学の集計で日本時間28日朝、米国の感染死者が10万人を超えた。感染者は170万人。米国
    ではこのところ感染拡大のペースがやや落ち着いてきているが、経済・社会活動の再開によって再び感染が拡大してい
    る地域もあり、ウイルスとの闘いの終わりが見えない状態だ。世界全体の感染者は569万人、死者は35万人を超えた。

      ブラジル、ロシアの感染者急増続く(5月26日)

     米ジョンズ・ホプキンス大学の集計で日本時間26日朝、世界の感染者数は547万人、感染死者は34万人を超えた。欧州
    や米国の増加ペースがやや緩んだ一方で、新たなけん引役となっているのはブラジルとロシアで、いずれも35万人超。
    ペルー、チリ、エクアドルでも感染者はハイペースで増加しており、冬を前にした南米全体でウイルスが猛威を振るっている。

    本を開く。第一章「地に足を着けたままで」の書き出しはこうだ。

     今、コロナウイルスの流行が、僕らの時代最大の公衆衛生上の緊急事態となりつつある。この手の危機は初めてではない。
    これが最後ということもなければ、もっと恐ろしい危機となることもないかもしれない。
    【中略】もはやどんな国境も存在せず、州や町の区分も意味をなさない。今、僕たちが体験している現実の前では、どんなアイ
    デンティティも文化も意味をなさない。今回の新型ウイルス流行は、この世界が今やどれほどグローバル化され、相互につな
    がり、からみ合っているかを示すものさしなのだ。

     結論から言うと、この27本のエッセイと「あとがき」は1947年の『ペスト』がそうであったようにどれもこれも最高の文学だ。
    もう少し書き写そう。第三章「感染症の数学」を開く。

      さらに、Cov・2は僕らの個性に対してほとんどなんの関心も持っていないという事実を覚えておく必要がある。僕らの年齢
     も、性別も、国籍も、好みも、Cov・2にとって無意味だ。ウイルスの前では人類全体がたった三つのグループに分類される。
     まずは感受性人口、つまりウイルスがまだこれから感染させることのできる人々で、感受性保持者とも呼ばれる。次が感染
     人口、ウイルスにすでに感染した感染者たち。そして最後に隔離人口、ウイルスにはもう感染させることのできない人々だ。

     第14章「誰もひとつの島ではない」。

      詩人ジョン・ダンの瞑想録に由来する「誰もひとつの島ではない」という使い古された文句があるが、感染症においてはその
     言葉が、これまでにない、暗い意味を獲得する。

     第19章「引っ越し」。

      環境に対する人間の攻撃的な態度のせいで、今度のような新しい病原体と接触する可能性は高まる一方となっている。
     病原体にしてみれば、ほんの少し前まで本来の生息地でのんびりやっていただけなのだが、森林破壊は、元々人間なんて
     いなかった環境に僕らを近づけた。とどまることを知らない都市化も同じだ。
      多くの動物がどんどん絶滅していくため、その腸に生息していた細菌は別のどこかへの引っ越しを余儀なくされている。
     【中略】こんなにも病原体に感染しやすく、多くの仲間と結ばれ、どこまでも移動する人間。これほど理想的な引っ越し先は
     ないはずだ。
  
     第20章「あまりにたやすい予言」。

      ウイルスは、細菌に菌類、原生動物と並び、環境破壊が生んだ多くの難民の一部だ。自己中心的な世界観を少しでも
     脇に置くことができれば、新しい微生物が人間を探すのではなく、僕らのほうが彼らを巣から引っ張り出しているのがわか
     るはずだ。

     第26章「パン神」。

      そもそもパニックとは、ギリシア神話のパン神のいわば自己循環的発明だ。この神には時おり物凄い声を上げる癖が
     あり、その凄まじさときたら、本人まで自分の声に驚き、震え上がって逃げ出すほどだったという。そんな神話に由来する
     言葉なのだ。

      翻訳者の飯田亮介さんが「宝石のようなこの文章」という、あとがきとして追加された「コロナウイルスが過ぎたあとも、
     僕が忘れたくないこと」にはこんなことが書いてある。

      コロナウイルスの「過ぎたあと」、そのうち復興が始まるだろう。だから僕らは、今からもう、よく考えておくべきだ。いった
     い何に元どおりになってほしくないのかを。

      僕は忘れたくない。今回のパンデミックのそもそもの原因が秘密の軍事実験などではなく、自然と環境に対する人間の
     危うい接し方、森林破壊、僕らの軽率な消費行動にこそあることを。

      僕には、どうしたらこの非人道的な資本主義をもう少し人間に優しいシステムにできるのかも、経済システムがどうすれ
     ば変化するのかをするのかも、人間が環境とのつきあい方をどう変えるべきなのかもわからない。実のところ、自分の行
     動を変える自信すらない。でも、これだけは断言できる。まずは進んで考えてみなければ、そうした物事はひとつとして実
     現できない。

       読み終えた後、改めてコロナウイルス感染拡大について考えてみる。
      第一は、コロナウイルスは何処から来たのかということである。第二は、地球規模での感染拡大の原因は何かということ。
      第三は、世界一豊かな国であるアメリカの死者数の異常な多さは何を教えるものなのかということ。
      以上三つの問に対する答えは時間的な余裕もないので簡単に云うと、こういうことではないのか。
       このウイルスは人間が足を踏み入れたことのない地帯から、人間が呼び寄せたものだ。森林破壊だけでなく、人間の
      自然への攻撃はなぜ続くのか、それは豊かさを求めての欲望であるが、しかし、それは誰のための豊かさか、また何の
      ための豊かさか。
       地球規模での感染拡大の条件を作ったものは何かということ。グロバーリズム(新自由主義)は、商品製造の原価を抑
      えるためにより安価な労働力を求めて後進の国・地域を制圧した。これは装いを新たにした植民地主義である。そして、
      この事が物流の時間を短縮し、人間の移動を拡大化した。ウイルスに羽根があったわけではない、人間の愚かさが感染
      拡大を招いたのだ。
       10万人を超えるアメリカの死者数は、3年9カ月に及ぶ太平洋戦争のアメリカ軍の死者数9万3千人をわずか4・5か月
      で塗り替えてしまった。しかし、これは戦争ではない。死者は平和な都市の中で日々確認されたもので、戦場での運・不運
      での話ではない。死者の多くは貧困層である。つまり、生死を分けたのは運・不運の偶然事ではなく、貧富の格差による
      必然事であるということだ。そういう社会をどうして豊な社会と呼べるのか。
       状況は1947年と何も変わってはいない。
      小説『ペスト』の語り手は、「ペスト菌は決して消滅することはなく生き延び、いつか人間に不幸と教訓をもたらすために、
      どこかの幸福な都市に彼らを死なせに現れるだろう、自分はそのことを知っている」と述べて物語を締めくくる。


 
       「今日の新聞から」

          2020・5・27

    今日の新聞から日本と世界を見る。コロナの時代の中で何が起きているのか。

  「1」     海兵隊F35調達54機 削減
              それでも安倍政権“爆買い”か
                    コロナ危機 韓国も先送り

     米海兵隊が主力戦闘機として位置付けているF35Bステルス戦闘機の調達計画を大幅に見直し、54機削減を
    提案していることが分かりました。新型コロナウイルスによる戦後最大級の経済危機の中、安倍政権による米国
    からのF35戦闘機105機の“爆買い”も問われます。
     米海兵隊が3月23日に発表した部隊計画案「フォース・デザイン2030」によれば、中国などを念頭に、「沿岸」
    での戦闘能力を強化。長距離砲撃能力や無人機などを強化する一方、F35については、「将来の部隊にとっての、
    F35の性能要求の明確な理解をいまだ持てていない」と述べた上で、乗組員の不足を直接的な理由として、1飛行
    隊あたりの機数を16から10に削減することを提案しています。F35Bが16機配備される飛行隊は9あるため、54
    機削減となります。岩国基地(山口県岩国市)に配備されている第121戦闘攻撃中隊にも16機配備されています。
 
   「2」         首相 「訓告」理由語れず
             黒川氏処分 藤野・山添・倉林氏追及

      国会では26日、違法な賭けマージャンで辞職した黒川弘務前東京高検検事長を首相官邸主導で「訓告」の軽い
     処分にしたのではとの疑惑について質疑が交わされました。日本共産党から、衆院法務委員会で藤野保史議員、
     参院法務委員会で山添拓議員、参院厚生労働委員会で倉林明子議員がそれぞれ質問にたちました。
      倉林氏は安倍晋三首相に、懲戒にあたらない「訓告」とした理由を追及し、5月よりさかのぼって賭けマージャンに
     ついて調査するよう要求。「抗議の声が国民の中に広がっている。総理は、任命責任は繰り返し認めるが、国民が
     注目しているのは『どう責任を果たすか』だ」と強調し、懲戒は不要と判断した理由と根拠、5月以前の調査は必要と
     判断しない理由をただしました。

    「3」      米国民困窮も億万長者富む
                         資産47兆円増
                             4000万人が失業

       【ワシントン=遠藤誠二】新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない米国では、4000万人近い国民が失業す
      る深刻な状況が続く一方、ネット通販大手アマゾンやIT大手フェイスブックの創業者ら億万長者は、資産を4300
      億ドル(約47兆円)以上増やし、コロナ禍で貧富の格差がさらに拡大している実態が、米シンクタンクの調査で明ら
      かになりました。
       米政策研究所(IPS)と税の公平性を求める米国民(ATF)が21日に発表した共同調査結果によると、3月18日
      ~5月19日に、3860万人が失業保険を申請する一方で、資産10億ドル以上の億万長者600人以上の資産は、
      総額2兆9480億ドル(約318兆円)から3兆3820億ドル(約365兆円)に4340億ドル、14・7%増えました。これ
      はノルウェーの国内総生産(GDP、2018年)と同じ規模です。

    「4」     黒川氏訓告「法務省から言われた」
                      検事総長 首相発言否定

       稲田伸夫検事総長は26日、JNNのニュース番組「Nスタ」の取材に応じ、賭けマージャン問題で辞任した黒川弘務
      前東京高検検事長に対する処分について、「法務省側から『訓告』と言われた」と答えました。
      番組では「懲戒処分ではないんだなと思った。法務省の見解を踏まえ、訓告と判断した」という稲田氏のコメントが読み
      上げられました。稲田氏は「森(雅子)法務大臣とは直接やりとりはしていない」とし、懲戒処分が検討されたかどうかに
      ついては「法務省と内閣の間で、どのようなやりとりがなされたかはわからない」としました。
       安倍晋三首相は22日の衆院厚生労働委員会で、「稲田伸夫検事総長が事案の内容、諸般の事情を考慮し処分を
      行った」とのべ、処分は検察当局の判断だと強調していました。
      稲田氏の発言は、安倍首相のこの発言を否定したものです。

    「5」       「新基地断念させる」
                沖縄県議選 しまぶく氏が宣伝


        29日の告示が目前の沖縄県議選(6月7日投票)での必勝に向けて、日本共産党の、しまぶく恵祐予定候補(沖縄
      市区)は26日、市内で街頭演説し、「『オール沖縄』の玉城デニー知事を支える議員を選ぶのか、暮らしを脅かす安倍
      政権いいなりの議員を選ぶのかが問われる」と訴えました。
       デニー知事が阻止をめざす同県名護市辺野古の米軍新基地建設について、しまぶく予定候補は県民の建設反対の
      民意を一顧だにしない安倍政権や自民党候補などを批判。「新基地建設を断念させるまで、県民とともに頑張る」と決意
      を語りました。

    「6」         民青が文科・厚労省に要請
                        “学費半額に・雇用守れ”

       民青は25日、「新型コロナウイルスに関する緊急生活実態調査」(現在2605人分)を第2次補正予算案に反映させ
      るため文部科学と厚生労働両省に要請行動を参院議員会館で行いました。
       すべての学生を対象に学費を半額免除にする財政措置をとる▽雇用調整助成金が申請後すみやかに支給されるよ
      うにし、手続きを簡素化する▽無収入者等を対象にした緊急の生活支援制度を実施する―などを求めました。

    「7」         新型コロナ 仏の医療従事者
                       待遇改善へ政策協議
                          報酬増額・病床確保 要求高まる

       フランスのフィリップ首相とベラン保健相は25日、新型コロナウイルス対応の教訓を生かすとして、医療従事者の待遇
      改善など医療政策協議の開始を宣言しました。今後7週間協議を進め、7月に結論を出す予定です。
       協議は、保健省のある通り名にちなんで「保健衛生のセギュール」と名付けられ、フランス民主労働同盟(CFDT)のニ
      コル・ノタ元書記長が座長を務めます。初日は医療従事者の代表ら300人がオンラインで集いました。
       4月17日付の仏誌『マリアンヌ』(電子版)によると、同国では医療保険支出に上限目標を定める制度により、2010~
      19年の10年間に117億ユーロ(約1兆3740億円)、マクロン政権下の18~19年の2年間では26億ユーロ(約3040
      億円)の支出抑制が行われました。その結果、新型コロナ感染の発生前から、医療従事者の労働条件の悪化と病床不足
      が深刻な社会問題となってきました。

    「8」         「宣言解除」段階的に活動緩和
                           政府 目安・指針示す
                                  各都道府県に通知

        政府は25日、緊急事態宣言の全面解除に伴い、社会経済の活動レベルを段階的に引き上げる目安を示し、各都道府
      県に通知しました。7月31日までを移行期間とし、地域の感染状況を確認しつつ、住民や事業者に要請してきた外出自粛や
      イベント・施設使用の制限を段階的に緩和します。
       外出自粛については、5月末まで引き続き不要不急の県外への移動を避け、6月1日から18日までは北海道、東京、神奈
      川、埼玉、千葉の5都道県との不要不急の往来を慎重にするよう促します。観光は6月18日までそれぞれの県内で徐々に再
      開し、19日からは県外を含め観光振興に取り組むとしています。
      コンサートや展示会などは6月18日まで100人(屋外200人)以下か定員の50%以内の参加を目安とし、19日以降段階的
      に人数を緩和します。全国的な人の移動を伴うプロスポーツなどは6月18日まで認めず、19日から7月9日まで無観客で行い
      ます。

       今日の新聞には小松泰信さん(岡山大学名誉教授)が登場している。
      題して「百聞は一読にしかず」。赤旗の購読をお勧めしますという内容だ。少し書き写す。

       5月23日に毎日新聞が行った世論調査の結果には頬が緩みました。
      内閣支持率27%へ急落、日本共産党支持率7%に上昇、そして女性の支持率が9%だったからです。コロナ禍において、ネット
      などを通じて国会の動きを見聞し、多くの人が共産党の価値を評価したからでしょう。
      【中略】誤解を恐れずに言えば、政党機関紙という枠には収まらない品質。
      1人でも多くの人にご一読いただきたい。

       小松さんの意見には大賛成だ。公認ネトウヨの産経と自称リベラルの朝日の記者が時の検事長を囲んで仲良く麻雀放浪記に
      酔いしれるこの国では、権力の番犬(ウオッチドッグ)といえばもはや赤旗一紙しかない。
      読んでみれば分かることだが、赤旗は一政党の勢力拡大のための機関紙ではなく、その性格と役割は、市民と野党の共闘の
      発展を支え、また導くための唯一のジャーナリズムである。何故それが可能なのか、答えは簡単にして明快である。
      日本共産党は政党助成金を受け取らない唯一の政党であり、企業献金を受け取らないこれまた唯一の政党だからである。
      政党及び政治家に求められるものは清潔ということである。
      ここで言う清潔とは、第一は、嘘をつかない。第二は、袖の下を受け取らない。第三は、公の私物化をしないということである。
       話は変わるが、アメリカのコロナ感染状況を確認しておく。5月27日現在。
      感染者数166万9040人、死者数9万8426人。
      1941年(昭和16年)に始まった太平洋戦争は3年9カ月に渡って戦われた。アメリカの太平洋戦争での死者数は9万3千人
      である。コロナ感染による死者はそれを上回った。わずか5か月でだよ。そして4000万人近くの人が失業する。
      アメリカの時代は終わった。
       



      「種を蒔く人」

         2020・5・25 

   朝の9時、妻と次女・胡桃のお買い物ブギの運転手役を仰せつかり清田区美しが丘にあるアメリカ資本のスーパー
  マーケット「コストコ」へ向かった。カーナビの案内音声は1時間5分の距離だと教えてくれる。何だか食料品調達という
  よりピクニック気分だ。
   妻が言うには、コストコは来年の4月30日に石狩市の国道337号線沿いに道内2店舗目となる倉庫店をオープンさ
  せる予定だという。それで今日はその下調べということだそうだ。
   コストコで買い物をするには会員にならなければならないということなので、入店後、その手続きをした。氏名・住所・
  電話番号を契約書に書き込み、顔写真を撮られた後、メンバーズカードを受け取った。この時点で倉庫店内の雰囲気
  が日本のスーパーとは全く異質な空間であることが分かった。どこか博物館を思わせる背の高い大型の陳列棚と群れ
  を誘い込むような開放的な誘導コース、これがアメリカン・スタイルというものなのだろうか。
   ここでは夕食の惣菜として豆腐や野菜や魚肉の切り身を籠に入れながら店内を見て回るというような呑気な風景は見
  られない。その強制的な品揃えは決して豊富とは言えず、また日本の食文化(五色・五味・五法)の理解に努めたという
  跡もない。陳列棚にある商品は食料品に限らず家庭用品、化粧品、レジャー用品とすべてが大型パックなのである。
  例えば食料品だが、包装の単位には個食や二人家族といった想定はなく、大家族の1週間、ものによっては1カ月分で
  ある。買い物客は帰宅後それを小分けして冷凍保存するというスタイルだ。
  しかし、同じものを1か月に渡って食べ続けるというのは料理というよりは飼料の世界の感覚だ。確かにアメリカンだ。
  ここでは鮮度というものはあまり重要視されてはいない、追求されているのは物流の量目とその時間の短縮である。
   ネットを覗いて見ると、「コストコのストアコンセプトは、入荷したままのパレットに乗っている商品を大型の倉庫に並べて
  販売することにより、管理や陳列にかかるコスト(費用)などを徹底的に抑える倉庫店スタイルである。入荷した商品は
  閉店後の深夜に、フォークリフトで店内に運び、パレットに載せたままの状態で販売することが特徴である」と解説されて
  いる。
  消費者の家族構成というものは始めから問題外とするこの販売方法は、大雑把にして合理的、情緒的なものは一切無い。
  レジを済ませて商品売り場の外側に出るとそこにはフードコートがあって、やはりホットドックとピザとコカコーラが待ち受け
  ていた。どこまでもアメリカン・ライフである。大衆文化の国、大量消費の国、ヘンリー・フォードとウオルト・デズニーの国、
  個人が存在しにくい民主主義の国。
   『長田弘詩集』(思潮社・1968年発行)の中に「スーパーマーケットのなかのわれわれのオデッセイ」という言葉があった。
  これは1950年代のビートニクの詩人アレン・ギンズバーグ(1926~1997)の代表作『吠える』のなかの詩「カルフォル
  ニアのマーケット」について触れた一節だが、その詩はこんな雰囲気だ。

   「ぼくは見かけた、ウォルト・ホイットマン──子どももいない寂しい年寄りの漁り屋のあなたが、冷蔵ケースの肉をあちこ
   ち突っつきながら、店員たちに色目を使っているのを。ぼくには聞こえた、店員のひとりひとりにあなたが訊ねているのが
   ──ポークチョップを殺したのは誰か。バナナの代金は。君はぼくの天使かい。」
                        (川本皓嗣訳『アメリカ名詩選』岩波文庫)

    家族連れで賑わう店内では全員がマスクを着けている。互いに見えるのは二つの目だけだ。感情は隠されている。
   それでも店内の空気はどこまでもデズニーランドのように祝祭的だ。その理由は分からない。本当に楽しいのだろうか。
    ギンズバーグはこう言っている。

   「きみ自身の内なる月の光が照らすところにしたがいたまえ。狂気を隠してはいけない」 。

    星置に帰って来たのは正午。ファミリーレストラン「ガスト」でヒレカツ定食を食べた後、家の近くのホームセンターで苗
   を買った。青紫蘇、ミニトマト、スイートバジル、南蛮、他にも育ててみたいものがあったが、なにぶんにも農地が広大な
   ので、今日のところはこれまでとした。先日、ある友人に貰ったスイートコーンの種もあるので、取りあえずはこの数種で
   農業開始だ。コストコとは全く正反対の生活様式、笑うなかれ、私もまた一個の農本主義者である。血と汗と涙の自給自
   足、すなわち、清く、貧しく、美しくである。
    農作業で一汗かいた後、部屋に戻って缶ビールを開け、またビートルズの『アンド・アイ・ラブ・ハー』を聴く。

    今日の核心
     ◆黒川検事長が不問なら自らの閣議決定と矛盾
     第一次安倍政権は2006年12月19日、鈴木宗男衆議院議員(当時)の質問主意書への答弁で賭け麻雀が賭博罪(刑法
    185条、最高で50万円の罰金)に当たると閣議決定しました。
    これは2006年12月8日に提出された「外務省職員による賭博に関する質問主意書」に答えたもの。

    「しんぶん・赤旗」の日曜版(24日付)に演出家の宮本亜門さんが、コロナで不安を抱える人応援の「上を向いてプロジェ
   クト」を立ち上げたと書いてあった。

    「上を向いてプロジェクト」では、大竹しのぶさんや市村正親さんらアーティストや一般公募の人たちの映像を編集。ネット
   上で坂本九さんの名曲をリレーで歌い、大きな感動を呼びました。


    『上を向いて歩こう』は中村八大作曲、永六輔作詞、私の好きな『黄昏のビギン』のコンビである。
   この歌が爆発的にヒットした時(1961年)、私は道東の斜里にいた。ビートルズに出会う前のことであったから小学校の高
   学年の頃か。45回転のシングル盤(ドーナツ盤と呼んでいた)をレコードプレイヤーに載せて聴いていた。
   坂本九さんは1941年生まれだから、この歌は九さんにとっては二十歳の勲章である。
    あれから何年経ったのか、亜門さんはこう言う。

    日本では、「エンターティンメントの世界に政治を入れるな」といわれます。それはおかしいんですね。ドイツは政治が入って
   こその演劇です。プロパガンダではなく、いろんな考え、思想、多様性を認めていくことが演劇の仕事です。
    ナチス支配下のオーストリアを舞台にした「サウンド・オブ・ミュージック」など、名作には全部政治的なものが入っています。
   僕も、われわれはどう生きていくのかという問いに答えるべく、一歩ずつ前に進んでいきたいと思います。

    このプロジェクトでは歌とダンスを動画配信している。歌の方は大竹しのぶさんがトップを務めている。ダンスはダ・パンプ
   のISSA(イッサ)さんが公式ボーカリストを務めている。

    「上を向いて歩こう」(英題はスキヤキ)。


    上を向いて歩こう
    涙がこぼれないように
    思い出す 春の日
    一人ぽっちの夜

    上を向いて歩こう
    にじんだ星をかぞえて
    思い出す 夏の日
    一人ぽっちの夜

    幸せは雲の上に
    幸せは空の上に

    上を向いて歩こう
    涙がこぼれないように
    泣きながら歩く
    一人ぽっちの夜

    思い出す 秋の日
    一人ぽっちの夜

    悲しみは星のかげに
    悲しみは月のかげに

    上を向いて歩こう
    涙がこぼれないように
    泣きながら歩く
    一人ぽっちの夜
    一人ぽっちの夜
    上を向いて歩こう……

     最後は22日の「スポーツ・ニッポン」の記事だ。

       大竹しのぶ 記者らと賭け麻雀の黒川氏に「怒りを通り越して、恐ろしい」

女優の大竹しのぶ(62)が22日、自身のインスタグラムを更新。緊急事態宣言のさなか、5月1日と同13日に産経新聞記者
    や朝日新聞社員と賭け麻雀をしていたことを認め、辞表を提出した東京高検の黒川弘務検事長(63)について「なぜ麻雀が
    できるのだろう。わからない」などと批判の投稿をした。  大竹は「信じられない事が昨日の夜ありましたね」と切り出し、「検察
    官というのは法を犯した人を起訴できる唯一の仕事であるはずなのに、その人が、かけ麻雀をしていたなんて、しかも事実を伝
    えるべき仕事の新聞記者と」とあきれ。  「自粛を守り、沢山の人が苦しい思いをしています。長い間守ってきたお店を閉めた人、
    面会することも許されず、病院で亡くなった方もいることでしょう。先が見えずに命を絶ってしまった方もいました。犯罪に走った人
    も。そして命をかけて働いている医療従事者の方たち、明日からどうやって生きていけばいいのか、途方に暮れている人たち」と
    記し、「そんな人がいる中で、なぜ麻雀ができるのだろう。わからない。怒りを通り越して、恐ろしいと思いました」と怒りをつづった。
    「本当の言葉で本当の事を教えてくれる人に早く会いたい」とし、「私達一人一人しっかりと生きてゆきましょうね。もう少しです。とに
    かくもう少しです。そこからまたスタートです。希望が持てる様になる日まで、頑張りましょうね」と呼びかけた。

    坂本九さんも宮本亜門さんも大竹しのぶさんも「種まく人」だ。

       思い出す 夏の日
            一人ぽっちの夜




       「内閣支持率」

          2020・5・24 

    雀聖・黒川弘務主演の『麻雀放浪記』に共演者を出したのはネトウヨの産経と偽紳士の朝日である。
   今のところ毎日の共演は確認されていない。その毎日が23日に実施した世論調査の結果を発表した。
   それによると安倍内閣の支持率が27%に急落したということだ。前回調査(6日)の支持率は40%で、一気に13
   ポイントの下落、不支持率は19ポイント増の64%だということだ。
    法務省も調査結果を公表した。これは東京高検検事長を辞職した黒川弘務についてのものだ。
   新聞記者らとの賭けマージャンは5月1、13両日だけではなく、約3年前から月に1,2回程度、金銭を賭けたマー
   ジャンを行っていたということだ。病みつきというのか確信的常習犯である。昔の東映映画に鶴田浩二主演の『総長
   賭博』という任侠物があった。黒川は総長の一歩手前で躓いて、今では水に落ちた犬だが、洒落にもならない恐怖コ
   ントである。
    この件で追い詰められた胴元の靖国小僧は、「人事案を最終的に内閣として認めた責任は私にある」と吐いたが、
   例によって、どう責任を取るのかについては一言も口にしない。
   それどころか定年延長の責任は「法相からの閣議請議(要請)により閣議決定されるといった適正なプロセスを経た」と、
   森雅子法相に責任を擦り付けた。答弁不能の森のマサコにだよ。これはあんまりではないか。ついこの間まで「余人を
   もって代えがたい」と定年延長して頭を撫ぜていた黒川も辞表を出させると慰留の言葉もなくすんなりと受理する。
   忠義一筋だった茶坊主筆頭の菅義偉も謀反の疑いがあるとして座敷牢に閉じ込めてしまった。
    追い詰められれば部下をも切り捨てる冷酷はいつものことだが、他人を切る前に神憑りの女房を切るべきではない
   のか、これこそが諸悪の根源であると思うのだが、「それが出来たら苦労はしない」とでも言うのか、何とも憐れな男
   である。
    そう言えば1カ月前、イタリア人記者からコロナ感染について「対策が失敗だったらどう責任をとるのか」と質問された
   時、靖国小僧は「私が責任を取ればいいというものではない。他の国々と比べても感染者や死者の数も桁が違う」 と
   意味不明なことをほざいていた。
   問題が発覚するたびに問われる任命責任、説明責任、製造者責任、興行責任、亭主としての監督責任、その他にも
   色々とあったが靖国小僧が責任を取ったことは一度もない。従って、それらの問題は全て未解決のままである。そして
   靖国小僧のアリバイ作りに汗を流した部下たちはみんな出世して我が世の春ということになる。
   だから検察OB諸氏から「フランスの絶対王制を確立し君臨したルイ14世の言葉として伝えられる『朕(ちん)は国家で
   ある』との中世の亡霊のような言葉を彷彿(ほうふつ)とさせるような姿勢であり、近代国家の基本理念である三権分立
   主義の否定にもつながりかねない危険性を含んでいる」と、意見書を出されるという前代未聞の醜態を曝すことになる。
    内閣支持率というのは、国民が時の政権をどのように評価しているのかを知るバロメーターであるが、ただし、世論調査
   というのは設問によって数字を誘導操作する場合もあるので、一社の調査結果だけで判断することは避けた方が良い。
    ただ一般論として言えることは、過去の例から見て、20%台というのは政権維持の危険水域だと言われる。
   20%台に落ち込むと内閣解散や総選挙が日程に上ってくる。10%台まで落ちると首相退陣論が本格化する。
   支持率が2、3カ月連続で30%を下回れば、その政権はおおむね半年以内に退陣していることが多い。
   永田町には「青木の法則」なるものがあるそうで、これは
青木幹雄元官房長官が唱えたとされるもので、内閣支持率と
   自民党支持率を足した数字が50%を下回れば政権は倒れるというものである。
    
        1月の支持率は歴代政権の「鬼門」?   withnews(ウイズニュース)から

       【福田内閣】
       2007年12月=支持(31%)/不支持(48%)
       2008年1月=支持(34%)/不支持(45%)→9月に退陣
       【菅内閣】
       2010年12月=支持(21%)/不支持(60%)
       2011年1月=支持(26%)/不支持(54%)→8月に退陣
       【安倍内閣(第1次)】
       2006年12月=支持(47%)→07年1月=支持(39%)→9月に退陣
       【麻生内閣】
       2008年12月=支持(22%)→09年1月=支持(19%)→8月に退陣
       【鳩山内閣】
       2009年12月=支持(48%)→10年1月=支持(42%)→6月に退陣
       【野田内閣】
       2011年12月=支持(31%)→12年1月=支持(29%)→12月に退陣

    ※ withnews(ウィズニュース)は、朝日新聞社が2014年から運営しているニュースサイトである。



      「麻雀放浪記」

         2020・5・23 

   『週刊文春』のスクープによって一夜にして日本を代表するギャンブラーとなった雀聖・黒川弘務さんについて
  日本共産党の二人の議員が国会で胴元(雇い主)の責任を追及した。


        「黒川氏辞職 安倍政権の責任追及」
               宮本・藤野氏 法解釈変更撤回求める
                             衆院委員会

   日本共産党の宮本徹議員は22日の衆院厚生労働委員会で、黒川弘務東京高検検事長が賭けマージャンをして
  辞職した問題を取り上げ、違法・違憲の閣議決定で黒川氏の定年延長をした安倍政権の責任を追及しました。宮本
  氏は「三権分立を損なう閣議決定、法解釈変更をしたことに国民の怒りが沸騰している。ここを正さない限り国民の信
  頼回復はできない」と述べ、閣議決定の撤回を要求。安倍晋三首相は「黒川氏の勤務延長は適切なプロセスを経たも
  の」などと開き直りました。
   宮本氏は「黒川氏を『余人をもって代えがたい』として定年延長し、法解釈を百八十度変えて、この結果だ。その責任
  をどう考えているのか」と述べ、安倍首相の任命責任を追及。安倍首相は「法務省、検察庁の人事案を最終的に内閣
  として認めたもの」「解釈変更は、検察庁法を所管する法務省において適切に行った」というだけでまともに答えません
  でした。
   宮本氏は、進退伺を出した森雅子法相を安倍首相が慰留したことについて「森法相のもとで検察・法務省への信頼回
  復が図れるとは誰もが思っていない。なぜ検察・法務省への信頼が失われているのか理解しているのか」と批判。首相
  は「森法相にはさまざまな批判も受けとめながら、指揮を高め、信頼回復に全力をつくしてもらいたい」としか答えません
  でした。
   一方、同日の衆院法務委員会では、日本共産党の藤野保史議員が黒川氏の定年延長を決めた安倍内閣の責任を
  追及。現行法ではできない定年延長を法改正ではなく内閣の解釈で行った立法権の侵害、「準司法官」である検察官の
  退官人事に内閣が介入できる仕組みをつくり司法権を脅かしたことが問題だと批判しました。
   森法相は「解釈変更は適正に行われた」などと答弁。藤野氏は「三権分立に反する違憲・違法状態をつくりだしたこと
  を全く理解していない」として、森法相の辞任を求めました。

   私の記憶では、麻雀と言えば昔は阿佐田哲也(1929~1989)という名人がいた。
  阿佐田哲也というペンネームの由来は、朝まで徹夜をして麻雀を繰り返し、「朝だ!徹夜だ!」といった言葉を取ったもの。
  本名は色川武大(いろかわ たけひろ)、職業は博徒、余技として小説家、エッセイスト。
  その人生哲学は、「ツキの流れを読んでそれに従う」「欲張りすぎず、(相撲でいえば)九勝六敗を狙う」といったものだ。
   阿佐田の自伝的小説『麻雀放浪記』の中で、主人公の「坊や哲」に師匠であるオックスクラブのママ「八代ゆき」が「博打
  の世界での主従関係はボスと奴隷と敵の三つしかない」と教えている。
   ボスと奴隷と敵か、なるほどね。
  現代の雀聖・黒川弘務にとって、ボスとは安倍晋三のことであり、奴隷とは己自身のことであり、敵とは『週刊文春』のこ
  とか。ボスが「余人をもって代えがたい」と将来の身分を保証してくれたのはほんの何か月か前のことである。黒川も「ツキ
  の流れを読んでそれに従う」と博徒の勘の冴えを見せて居座った。
  しかし、いつの時代でも博徒は正業ではなく、博打は闇営業である。黒川さん、ついつい調子に乗り過ぎたのか、この無頼
  の掟を忘れてしまった。陽が暮れて辺りが暗くなると博徒の血が騒ぐ、こうなるともう抑えることが出来ない。63歳にして深
  夜の麻雀放浪記である。本人にしてみればピカレスク・ロマンの最終章といったところなのかもしれないが、世間の人はそう
  は見てくれない。
   共産党のスナイパー(狙撃手)田村智子さんは22日、国会内で記者会見し、質疑で安倍首相が自身に責任があると述べ
  ながら具体的な責任の取り方について何も答えなかったとして、「行動で示すべきだ」と胴元の長州屋晋三に先ず照明弾を
  撃ち込んだ。この一発で標的の位置を確認すると、本日の獲物であるチロリン博徒の右足に「安倍首相は、定年延長は法
  務省が決めたことを承認したと述べていた。不適切だった人物について前例のない定年延長をした法務大臣はやめさせな
  ければおかしい」と答弁不能の森のマサコ姉御と忖度のヒロム小僧に逃亡阻止の2発を打ち込んだ。
   何処で何が狂ったのか、三代の歴史を誇る名門博徒・長州屋は今や崩壊寸前である。
  長州屋一家28人衆、これまた放浪の旅に出るか。昔懐かしい東映時代劇の世界だね。

      国定忠治   「名月赤城山」

           「赤城の山も今宵限り、
           生まれ故郷の国定村や、
           縄張りを捨て、国を捨て、
           可愛い乾分(こぶん)の手前(てめぇ)たちとも、
           別れ別れになる首途(かどで)だ。・・・」

    
お疲れ様でした。
      さっさと辞めやがれ。
             全員悪党だ。



        「アホノマスクが届いた」

        2020・5・22

     昨日、貧しい我が家にアホノマスクが届いた。何処で誰が作ったのか分からない世界一有名なあの不潔
    な贈り物だ。
     安倍首相が、国の新型コロナウイルス感染症対策として、再利用可能な布マスク2枚を各世帯に配布する
    と発表したのは4月1日(エイプリルフール)のことだ。なんだか随分と昔のことのように思える。
     発案者の佐伯耕三内閣総理大臣秘書官は首相に対して「全国民に布マスクを配れば不安はパッと消え
    ますよ」と進言したということだったが、怖ろしく優秀な部下を持っているんだね。
    しかし、今日現在の国内の感染状況は感染者数16513人、死者は796人だ。
     安倍首相は事あるごとに「世界最大の」とか「世界最高の」とか「スピード感を持って」とかいった言葉を飾り
    つけるが、届いた2枚のマスクを見て改めて思い知ることは、この国の政治の救いようのない劣化と貧困で
    ある。
     第一に我が家は4人家族である、マスクは2枚足りない。2人は助かるとしても残りの2人の死は避けようも
    なく、致し方ないということか。これが「社会的ダーウィニズム」というやつか、経済的優生思想である。
     2枚のマスクは厚生労働省の2つ折りのチラシと一緒に透明なビニール袋に入っている。チラシには「3つ
    の密を避けましょう」と書かれてある。3密とは「密閉空間」「密集場所」「密接場面」ことだが、それを守りたく
    ても守ればその日から生活が成り立たないという人たちもいる。誰もが部屋の中で愛犬とじゃれあってテレビ
    を楽しむことが出来る訳ではないのだ。
     そして、忘れた頃に届いたこのマスクだが、安倍首相が着用していたものと同じ会社のものなのか、見た目
    にも小さすぎる。サイズのことばかりでなく、これまでの報道によってこのマスクが衛生上信頼できない代物で
    あることを私たちは既に知っている。だから、届いたとしても気持ち悪くて着用する人はいないだろう。
    では、なんの為の全国配布だったのか。本当に感染予防が目的だったのか。
     5月20日の「しんぶん・赤旗」はこのアベノマスクの奇奇怪怪について次のように報じている。

          「アベノマスク」
            実績ない企業に30億円
                      「信頼して発注」と政府

     新型コロナウイルス対策として安倍晋三首相の肝いりで政府が配布し、「アベノマスク」とも呼ばれている布マスク。
    受注企業6社すべてが入札を経ない随意契約ですが、マスク事業の実績がない企業にも30億円超の発注をしてい
    ます。その理由を追うと―。(丹田智之)

     厚生労働省のマスク等物資対策班(マスク班)によると、11日までの6社の契約額は、興和=約76・3億円、ユース
    ビオ=約31・8億円、伊藤忠商事=約31・1億円、マツオカコーポレーション=約9・6億円、シマトレーディング=約3
    ・1億円、横井定=約0・1億円です。
    政府は計466億円をかけて、福祉施設や幼児施設、約5000万の全世帯に布マスクを配布する計画です。
           契約額2位には

     マスク班によると、契約額2位のユースビオ(福島市)はシマトレーディング(千葉県富里市)と共同で受注。ユースビオ
    が原料となる布の調達、シマトレーディングが製造・輸入という形で3月16日に契約したといいます。両社とも、政府がな
    かなか社名を公表しなかった企業です。
    ユースビオ代表取締役の樋山茂氏は本紙の取材に、「価格は1枚135円で受注した。ベトナムから輸入した」といいます。
    ユースビオは2017年に創業した再生可能エネルギー原料の販売会社。資本金は1千万円で、NTTの電話番号案内に
    は未登録です。シマトレーディングは植物の輸入商社。両社とも法人登記にマスク関連の事業は書かれていません。
    なぜ実績もない企業が突然、政府と30億円超の随意契約をすることができたのか―。
    マスク班の担当者は「社長さんからマスクの確保が可能だという話を聞いたので、サンプルを提供してもらいました。それ
    以前のやりとりはなかった。海外にネットワークを持ち、実績がなくとも信頼をして発注した」といいます。
    随意契約とした理由については、「迅速性を優先して緊急随意契約という形になった」(マスク班)としています。
    ユースビオはどうやって政府につながったのか―。
            公明議員と親交

     樋山氏は、政府と契約する前から山形県に調達する予定で話が進んでいたとして、こう説明します。
    「山形県の職員から『国が一括して発注することになったので、経産省に連絡してください』と言われた」
    ところが、山形県の担当課長は、「県としてマスクの確保に動いていたのは事実ですが、ユースビオの社名が出たことはあ
    りません。もちろん国に同社を紹介した事実もない」と否定します。
    ユースビオの事務所には公明党のポスターがはってあります。15年には樋山氏が、同党の若松謙維参院議員の政治団体
    に12万円を献金していました。
    樋山氏は、若松議員と親交や献金があったことを認めたうえで、「3年前に国税庁に脱税を指摘されたことを契機に若松議員
    の後援会を辞めた。癒着など疑われるような関係は一切ない。口利きもない」と語りました。

     以上のことから分かる通り、アホノマスクは今もって謎だらけなのだ。
    発注先は誰が決めたのか、その選定の根拠は何だったのか、不良品を出荷した会社はどこなのか、計上された予算と実際
    に支払われた金額は同じなのか。先ず、これらのことを明らかにすべきである。
     アホノマスクが批判を浴びると、今度は国民一人当たり一律10万円給付「特別定額給付金」概要が総務省から発表された。
    これは4月20日のことだ。
     元々は、4月7日の政府の閣議決定で減収世帯に30万円を支給するという措置だったのだが、これも批判を受けて撤回し、
    1週間後の14日に、それに代わる緊急措置として出されたものだが、ここでもまた公明党の斉藤鉄夫幹事長が 「遅くとも6月
    初旬。5月下旬から6月初旬にはお手元に届くようなスピード感を持って行うことが大切だ」と第三者委員会の代表のようなこと
    を言っている。
     何日か前には検察庁法改定案について公明党の代表である下駄屋のナッチャンが「政府は説明責任を尽くしてもらいたい」
    と評論家のようなことを吐いて猛批判を浴びた。公明党の議員さんたちは何時からこんな浮世離れの貴族に成り上がったのだ
    ろうか。
     4月16日の「しんぶん・赤旗」はこの間の事情を次のように報じていた。

          「政府一転」
                 1人10万円給付検討へ
                      野党の要求と世論の批判受け 首相が表明

      政府は15日、新型コロナウイルス感染拡大を受けた追加経済対策として、国民1人あたり10万円の現金給付を実施する
     検討に入りました。全ての国民を対象とする現金給付と自粛に対する継続的な補償を求める日本共産党や立憲民主党など
     野党の要求と、政府が先に発表した「30万円給付」は不十分だとの世論の批判を受けて、方針転換を余儀なくされたものです。
      安倍晋三首相は15日、公明党の山口那津男代表と首相官邸で会い、所得制限なしで国民1人当たり10万円の給付につい
     て「2020年度補正予算案を速やかに成立させた上で、その後、方向性を持ってよく検討したい」と述べました。
      日本共産党は6日の「緊急要望」でも、自粛要請と一体に補償を行うこととともに、緊急にすべての国民を対象に1人10万円
     の給付金を支給することなどを求めていました。
     しかし、安倍首相は日本共産党や野党の要求をかたくなに拒否。7日発表の政府の「緊急経済対策」も、収入が急減した世帯
     への30万円の給付を盛り込んだものの、少額で支給の対象範囲が狭く、手続きが複雑であるうえ、継続的な補償を否定してい
     ました。これに対して、国民から不十分だとの声が強まっていました。自民党内からも、二階俊博幹事長が14日に所得制限付き
     の一律の10万円の現金給付を政府に求める考えを示したほか、有志議員グループが一律10万円以上の給付を行うよう要請文
     を政府に提出(8日)していました。
           いまの補正、組みなおせ
                       志位委員長

      日本共産党の志位和夫委員長は、安倍晋三首相の10万円給付検討を受けてツイッターで、「『まず補正予算案を通してから』
     などと言わずに、いまの補正予算案を急いで組みなおして、その中に『すべての日本在住者に1人10万円給付』を書き込むべき
     だ」と表明しました。

       私の知る限り、自粛要請は補償と一体で行うべきだと最初に言ったのは共産党である。
      昨日、貧しい我が家にも給付金の申請書が届いた。これは私がこれまでに納めて来た税金である。税は、この日のために納め
      てきたのであり、欠陥兵器を爆買いしてもらうために納めたのではない。給付金を受け取るのは国民の権利である。
      もしも政府の初動が科学的にも倫理的にも正しいものであったならば796人という死者は出なかったであろう。死者の中には助
      かる命もあったはずだ。


 
          「消え去る犬」

             2020・5・21

     苫小牧在住の津田 孝さんからメールを頂いた。津田さんがこの20日(水)の道新の「読者の声」に投稿した一文が
    添付されていた。津田さんとはお会いしたことはないけれども、これまでに多くの情報を受け取り、多くのことを教えられ
    てきた。今回もそうだ。津田さんの意見に同意する者として、私はこれを拡散しなければならないと思った。
    よって先ずその記事を以下に転写する。



    頂いたメールへの返信は、次のように書いた。

    メールありがとうございます。
    20日の道新の「読者の声」、読みました。
    今は、ありとあらゆる処で、ありとあらゆる方法で、声を上げなければなりませんね。
    この怒りの声はコピーをとって星置の友人に配ります。
    また私のHP「ハックフィン狂騒曲」にも転写して北海道外の友人達にも発信します。
    怒りの輪を広げ、そしてもっと大きくすること。
    悪政を撃つから悪政を倒すの段階に進めること。それも年内に、雪が降る前に決着をつけること。
   そして新しい年を新しい政権で迎えること。
    簡単なことではありませんが、絶対にそうしなければなりません。
    共に頑張りましょう。
    いつも感謝。
                     星置九条の会 事務局長・中本雪人

     時刻は午前3時30分、後1時間もすれば夜が明けるだろう。その1時間後には朝刊が届くはずだ。
    珈琲でも入れて一息つくか。これからの20時間30分の間に何が起きるのか。
     パソコンを開くといくつかの最新情報の見出しが並んでいる。驚くことばかりだ。
    私は何日か前のこの日記に黒川弘務検事長(63歳)について、「政権の守護神」から「水に落ちた犬」に転落と
    書いたが、それでも向う岸に這い上がって水を払い落としたところで、こちらを振り返ってニヤリと舌を出すので
    はないかと思わぬこともなかった。その人生を見るに、この人の遊泳術は半端なものではない。そのくらいの事
    はやりかねない。羞恥心なんてものは生まれる前から持っていない男なのだから。ところがだ、運が悪かったの
    か落ちたところが浅瀬ではなく、どうやら濁流に呑み込まれてしまったようだ。
    黒川さんについての超最新情報は次のようなものだ。
     
     5月21日(木)発売の「週刊文春」では、2度のマージャンの詳細、もう一つの「不適切行為」、愛犬家でカジノで
    のギャンブルも好む黒川氏の素顔、昔から続く接待マージャンの詳細を知る元ハイヤー運転手の証言、安倍晋
    三首相が“黒川検事総長”にこだわる理由など、グラビアとあわせて9ページにわたって詳報している。
                    「週刊文春」編集部/週刊文春 2020年5月28日号

     黒川さんの麻雀のお相手は新聞社の記者だと言う。産経新聞社会部記者や朝日新聞の元検察担当記者らと
    賭け麻雀を楽しんでいたということだそうだ。本業は高学歴博徒だったということか。昔懐かしいインテリ・ヤクザ
    という奴か。顔を見る限りは修羅場を生き抜いてきた極道というよりはお座敷ではしゃぎまくる幇間そのものだが、
    いずれにしても博打が終わった後は新聞社が用意したハイヤーでご帰宅の身分だったということだ。近頃の太鼓
    持ちは優雅だね。
     文春オンラインは駄目押しの解説も付け加えている。

     さらに、国家公務員倫理規程上も問題がある。人事院の見解は以下の通りだ。
    「国家公務員が、会社の利益を目的とする人物(記者)から、社会通念上相当と認められる程度をこえて、接待
    や財産上の利益供与を受けている場合、国家公務員倫理規程に抵触するおそれがあります。そもそも賭けマー
    ジャンは刑法犯なので、そういう人物がいれば倫理法以前の問題。国家公務員法の98条(法令遵守)や99条(信
    用を傷つけてはいけない)といった一般服務義務に違反する可能性があり、懲戒免職といった事態も想定されます」
     産経新聞広報部は、「取材に関することにはお答えしません」
    朝日新聞広報部は「社員の業務時間外の個人的行動について詳細はお答えいたしかねますが、お尋ねのような
    行為があったとすれば、不要不急の外出を控えるよう呼びかけられている状況下でもあり、不適切だったと考えま
    す。弊社として適切に対応いたします」

     産経は世間周知の「ネトウヨ新聞」だから、こうした接待業務を営業政策としているのは不思議ではないが、日頃
    リベラルを自称する朝日は「社員の業務時間外の個人的行動」では済まされないだろう。接待は業務の一環として
    位置付けていたから黒川さんに会社が送迎のハイヤーを用意したのだろう。
    全国の皆さん、もう朝日新聞を読むのは止めよう。週に一度は知的な週刊誌『女性自身』を読もうではないか。その
    方が精神衛生にとって有効である、と私は思う。
     テレビ局の情報では、「検察庁のナンバー2、東京高等検察庁の黒川弘務検事長が緊急事態宣言中に新聞社の
    社員らとマージャンをしていた問題で、21日夕方までには進退を決断する可能性が高いことがわかりました」と報じ
    ている。とすると今日の夕方には黒川さんは「水に落ちた犬」からさらに進化して「消え去る犬」という存在になるの
    か、何だか文学的だね。
     レイモンド・チャンドラーの『ロング・グットバイ(長いお別れ)』の世界か。しかし、お世辞にもハードボイルド(固ゆで
    の卵)とは言えまい。黒川弘務とは、とっくの昔に賞味期限の切れた腐った卵である。それ以上でもそれ以下でもない。
     古いイタリア映画に『誘惑されて棄てられて』というものがあった。
    ふと思う。黒川さんも憐れな男だ。サヨウナラ、お元気で。

     ※ 「幇間」とは、宴席などで遊客機嫌をとり、滑稽動作言葉によって座をにぎやかにすることを職業とする男。
        たいこもち男芸者。(三省堂大辞林)。


 
        「だから相手にされない」

           2020・5・20

     パオロ・ジョルダーノの『コロナの時代の僕ら』を早く読みたくてアマゾンのショッピングページを開いてみた
    が、一時的に在庫切れ、入荷時期は未定と出た。売れているんだね。次の休日にコーチャンフォーにでも
    出かけてみるか。
     読みたい本がある、読まなければならない本がある、これはとても幸せなことだ。本を必要とする間は「老い」
    を知ることはないだろう。
     そして、いつものようにビートルズの『アンド・アイ・ラブ・ハー』を聴くことから一日を始める。

     この18日、お隣の韓国では「5・18民主化運動40周年記念式典」が開かれた。場所は実際の抗争の
    中心地だった旧全羅南道庁広場だ。文在寅大統領および与野党の指導部がそろって出席し、40年前に
    ここで血を流して倒れていった犠牲者の魂をたたえ、「5月民主精神」を反すうした。
     文大統領は、「光州の真実を知らせることが民主化運動になり、5・18は韓国の民主主義の偉大な歴史
    になった」と語り、2018年に改憲案を発議したことに言及しつつ「憲法の前文に5・18民主化運動を刻むこと
    は、5・18を誰も損なったり否定したりできない韓国の偉大な歴史として位置付けること」と主張した。
     また文大統領は「発砲命令者の究明や、戒厳軍がほしいままに行った民間人虐殺、ヘリ射撃の真実と隠
    蔽(いんぺい)、捏造(ねつぞう)疑惑といった国家暴力の真相は、必ず明らかにしなければならないこと」「政
    府も5・18真相究明に最善を尽くしたい」とし、続いて「処罰が目的ではなく、歴史を正しく記録すること」「(虐殺
    の責任者は)今からでも勇気を出して真実を告白すれば、むしろ容赦と和解の道が開かれるだろう」と演説した。
     韓国ギャラップが8日公表した世論調査によると、文在寅大統領の支持率は71%と2018年7月以来の高水
    準となった。民主化後の韓国大統領が任期満了まで2年を残した時点で記録した支持率としては過去最高。
    新型コロナウイルス感染拡大への政府の対応が評価されていることを示したと報じている。
     40年前の1979年、光州で何が起たのかということだが、時の国軍保安司令官は全斗換(チョン・ドファン)
    である。フリー百科事典を開くと次のような解説が出てくる。

      全斗換は特殊戦略司令部を経て1979年に国軍保安司令官になる。
     朴正煕暗殺事件が起きると、暗殺を実行した金載圭を逮捕・処刑するなど暗殺事件の捜査を指揮する。
     12月12日に戒厳司令官鄭昇和大将を逮捕し、実権を掌握(粛軍クーデター)。1980年5月17日5・17非常
     戒厳令拡大措置
を実施。クーデター後に金大中軍法会議で死刑判決を受けて後に無期懲役に減刑される
     ものの、アメリカに出国)を含む野党側の政治家を逮捕また軟禁し、非常戒厳令を全国に拡大させ、これに
     反発していた光州での民主化要求デモを鎮圧するため陸軍の特殊部隊を送り、市民が多数虐殺された(
     州事件
)。
      盧泰愚らと同じく陸士十一期生グループ。1979年の朴正煕大統領射殺事件を機に軍の実権を握り、5月
     17日クーデターで軍政を開始する。全羅南道で起こった民衆反乱の光州事件を軍を動員して弾圧、大統領
      に就任した。その政治は新軍部政権といわれ、朴政権と同じように経済開発とアメリカ合衆国との同盟関係
      を優先し、NIEsの一つとしての経済発展を継続したが、一方で国内の民主化運動、反政府活動を厳しく取り
      締まり、言論を統制した。1984年には韓国大統領として初めて来日、昭和天皇は挨拶で「不幸な過去」に遺憾
      の意を表明した。

        韓国の「ハンギヨレ新聞」は当時の韓米関係を次のように伝えている。

      12・12軍事反乱と5・17非常戒厳拡大措置当時、ウィリアム・グライスティーン駐韓米国大使が全斗煥(チョン・
     ドゥファン)やイ・ヒソンら新軍部要人と交わした対話内容を本国政府に報告した機密文書が、15日に公開された。
      同日公開された文書には、グライスティーン大使が新軍部反乱首長の全斗換保安司令官(当時)をどのように
     見ていたかがよく表れている。グライスティーン大使は全氏が12・12反乱を「クーデターや革命ではなく、朴正煕
     
(パク・チョンヒ)大統領暗殺事件を調査するための目的」だと主張したことについて、「長々しく、事細かに、疑い
     の余地なく自分の利益ばかり求める説明をした」と記した。文書には、全氏が当時、チョン・スンファ陸軍参謀総
     長勢力の反撃を阻止するため、米国に協力を要請した記録も残っている。グライスティーン大使は公電に「全斗
     煥は現在の状況について、表向きには安定しているが、軍部内の多数のチョン・スンファ支持者が今後数週間、
     状況を正すために行動する可能性を懸念していた。全斗煥とその同僚らは(反対勢力の)軍事的反撃を阻止する
     ために我々の支援を望んでいる」と書いた。

       以上は韓国の現代史だが、真相の究明はこれからのことだとして、私が注目するのは文在寅さんの演説の
      内容だ。その中で大統領は「五月の精神」という言葉を何度も言っている。たとえば次のような一節だ。

       人と人が互いに共感し痛みを分け合い希望を作り上げたように、私たちは真実の歴史と共感し、より強い勇気
      を得て、より大きい希望を作り出しました。それが今日の私たち国民です。
      五月の精神'はより広く共感されなければならず世代と世代をつなぎ、何度も新しく生まれなければなりません。

       文在寅さんの歴史に向き合う姿勢はドイツのメルケル首相とどこか共通するものが感じられる。
      この二人には「国粋」というものがない。また「私」というものがない。だから物事の捉え方が常に相対的であり、
      論理的であり、極めて倫理的である。政策の正当性を普遍的なるものに求めている。
       こうした哲学は、トランプにもプーチンにも習近平にもない。安倍晋三は論外である。
      私が政治家という言葉で思い浮かべる人物は、文在寅さんとメルケルさんと、もう一人いる。ウルグアイのホセ・
      ムヒカさんである。「世界一貧しい大統領」と呼ばれたこの人は、2012年のリオ会議(地球サミット)で、こう語った。
       私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか? あるいは、グローバリゼーションが私たちをコント
      ロールしているのではないでしょうか?
       このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で、「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論
      はできるのでしょうか? どこまでが仲間で、どこからがライバルなのですか?
       このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に
      立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。

       ここから国内の問題に移る。昨日の山陽新聞の記事だ。
      外務省が発表した2020年版「外交青書」が何とも面白い。外交青書というのは、外交の実態を明かににし、国民の
      理解と関心を深めるために外務省が毎年発行する文書のことで、表題は「わが外交の近況」というものだそうだ。
       山陽新聞の見出しはこうだ。

          北方領土「日本に主権」が復活 外交青書「韓国は重要な隣国」も

                  2020年05月19日 12時10分 更新   山陽新聞

 
 4つのポイントが面白い。

     「だから相手にされない」

★ 対露政策  一度削除した理由が分からない。
          復活した理由も見当たらない。意志薄弱にして支離滅           裂。だから相手にされない。

★ 対韓関係  どんなことがあっても謝罪する気はないし、反省もしな           い。けれども重要な隣国でいて欲しい。何とも身勝手な
          大日本帝国である。だから相手にされない。
★ 対北朝鮮関係  本人は国際社会の一員だと思っているが、世界の
          常識は日本はアメリカの属国である。実態は全土米軍          基地国家である。だから相手にされない。
★対中関係   中国の脅威を煽って軍拡路線を走るが、習近平の前で          は何も言えない。トランプの番犬なのか、それとも習皇           帝の愛玩犬なのかよく分からない。だから相手にされな          い。

  以上の4点のどこに外交と呼べるものがあるのだろうか。
 現在の外務大臣は茂木敏充さん(64歳)、竹下派所属。
 「自由で開かれたインド太平洋」構想を推進しているが、その前にやる ことがあるのではないか、先の戦争についての反省と、アジア諸国に
 対する謝罪である。だから相手にされない。
  結論、 無意味な外交青書を書く前に真の独立国家となることだ。

   検察庁法改定案断念の後を受けて、小泉今日子さんがまた投稿した。

       小泉今日子「浮き足立っては…」改正案成立見送りも

    女優の小泉今日子(54)が、自身も抗議していた検察庁法改正案の今国会での成立が見送られたことについて「浮き足立っ
   てはいけない」と気を引き締めた。
    小泉は19日、自身が設立し代表を務める制作会社「明後日」のツイッターを更新。検察庁法改正案に対する反対運動がSNS
   上で盛り上がり、安倍晋三首相は今国会成立を断念したことに「小さな石をたくさん投げたら山が少し動いた」としたが、「が、浮
   き足立ってはいけない。冷静に誰が何を言い、どんな行動を取るのか見守りたい」とつづった。
   小泉は、かねて法案に反対する意向を示しており、10日には「#検察庁法改正案に抗議します」を連続して投稿。著名人らに拡
   大する反対行動を象徴するような動きをみせていた。

    18日、韓国では文在寅大統領が「五月の精神」について演説していた。同じ日、日本ではこういうことがあった。(朝日新聞から)。

          【意見書全文】特捜OB「法改正、失礼ながら不要不急」

     検察庁法改正をめぐり、元東京地検特捜部長ら検察OB38人が18日に公表した意見書の全文は次の通り。
         ◇
     私たちは、贈収賄事件などの捜査・訴追を重要な任務の一つとする東京地検特捜部で仕事をした検事として、このたびの
    検察庁法改正案の性急な審議により、検察の独立性・政治的中立性と検察に対する国民の信頼が損なわれかねないと、深く
    憂慮しています。

     独立検察官などの制度がない我が国において、準司法機関である検察がよく機能するためには、民主的統制の下で独立性・
    政治的中立性を確保し、厳正公平・不偏不党の検察権行使によって、国民の信頼を維持することが極めて重要です。
     検察官は、内閣または法務大臣により任命されますが、任命に当たって検察の意見を尊重する人事慣行と任命後の法的な身
    分保障により、これまで長年にわたって民主的統制の下で、その独立性・政治的中立性が確保されてきました。国民や政治から
    のご批判に対して謙虚に耳を傾けることは当然ですが、厳正公平・不偏不党の検察権行使に対しては、これまで皆様方からご理
    解とご支持をいただいてきたものと受けとめています。
     ところが、現在国会で審議中の検察庁法改正案のうち、幹部検察官の定年および役職定年の延長規定は、これまで任命時に
    限られていた政治の関与を任期終了時にまで拡大するものです。その程度も、検事総長を例にとると、1年以内のサイクルで定年
    延長の要否を判断し、最長3年までの延長を可能とするもので、通例2年程度の任期が5年程度になり得る大幅な制度変更といえ
    ます。これは、民主的統制と検察の独立性・政治的中立性確保のバランスを大きく変動させかねないものであり、検察権行使に
    政治的な影響が及ぶことが強く懸念されます。
     もっとも、検察官にも定年延長に関する国家公務員法の現行規定が適用されるとの政府の新解釈によれば、検察庁法改正を
    待たずにそのような問題が生ずることになりますが、この解釈の正当性には議論があります。検察庁法の改正に当たっては、慎
    重かつ十分な吟味が不可欠であり、再考していただきたく存じます。
     そもそも、これまで多種多様な事件処理などの過程で、幹部検察官の定年延長の具体的必要性が顕在化した例は一度もありま
    せん。先週の衆院内閣委員会でのご審議も含め、これまで国会でも具体的な法改正の必要性は明らかにされていません。今、こ
    れを性急に法制化する必要は全く見当たらず、今回の法改正は、失礼ながら、不要不急のものと言わざるを得ないのではないで
    しょうか。法制化は、何とぞ考え直していただきたく存じます。
     さらに、先般の東京高検検事長の定年延長によって、幹部検察官任命に当たり、政府が検察の意向を尊重してきた人事慣行
    が今後どうなっていくのか、検察現場に無用な萎縮を招き、検察権行使に政治的影響が及ぶのではないかなど、検察の独立性・
    政治的中立性に係る国民の疑念が高まっています。
     このような中、今回の法改正を急ぐことは、検察に対する国民の信頼をも損ないかねないと案じています。
    検察は、現場を中心とする組織であり、法と証拠に基づき堅実に職務を遂行する有為の人材に支えられています。万一、幹部検
    察官人事に政治的関与が強まったとしても、少々のことで検察権行使に大きく影響することはないと、私たちは後輩を信じています。
    しかしながら、事柄の重要性に思いをいたすとき、将来に禍根を残しかねない今回の改正を看過できないと考え、私たち有志は、
    あえて声を上げることとしました。
     私たちの心中を何とぞご理解いただければ幸甚です。
    縷々(るる)申し述べましたように、このたびの検察庁法改正案は、その内容においても審議のタイミングにおいても、検察の独立
    性・政治的中立性と検察に対する国民の信頼を損ないかねないものです。
     法務大臣はじめ関係諸賢におかれては、私たちの意見をお聴きとどけいただき、周辺諸状況が沈静化し落ち着いた環境の下、
    国民主権
に基づく民主的統制と検察の独立性・政治的中立性確保との適切な均衡という視座から、改めて吟味、再考いただくこと
    を切に要望いたします。
                        元・特捜検事有志

     この問題について元東京地検特捜部検事でロッキード事件を捜査した堀田力(ほった つとむ)さんが発言している。

        信頼に傷、総長も黒川検事長も「辞職せよ」 堀田力さん

     検察幹部を政府の裁量で定年延長させる真の狙いは、与党の政治家の不正を追及させないため以外に考えられません。
    東京高検の黒川弘務検事長の定年を延長した理由に、政府は「重大かつ複雑困難な事件の捜査・公判の対応」を挙げました。
    黒川君は優秀な検察官ですが、黒川君でなければ適切な指揮ができないような事件はありえません。

      だから相手にされない。



         「コロナの時代の僕ら」

            2020・5・19 

   拡散用のハッシュタグがついた「 」のツイッターの投稿は700万件にのぼったという
  ことだ。もしこれが路上でのデモだとすると道の長さにして、また広場の面積にしてどのくらいになるのだろうか。
  為政者の方は「3密」で外に出れない状況下では多くの人が参加しての抗議行動は暫くは起きないだろうと高をくくって 
  いたのだろうが、誰もが想像出来なかった形で空前の規模の大集会が突然出現した。そして、「声を上げれば政治は
  変わる」ということを見事に証明してみせた。火事場泥棒は叩きのめされた。
    『週刊朝日』は次のように報じている。

   #検察庁法改正案に抗議します」のハッシュタグがTwitter上で大流行し、大揺れだった安倍政権。小泉今日子さんら
  芸能人を中心にした反対世論に押され、安倍晋三首相は18日午後、今国会での検察庁法改正案の成立断念に追い込
  まれた。安倍首相は自民党の二階俊博幹事長と会談後、「国民の理解なしに前に進めることはできない」と検察庁法改
  正案を先送りする方針を官邸で表明した。

    「しんぶん・赤旗」の日曜版(17日付け)は「国壊す首相に怒り爆発」というタイトルでこの間の事情を詳しく報じていた。

    いきものがたりの水野良樹さん
      「どのような政党を支持するか、どのような政策に賛同するのかという以前の問題で、根本のルールを揺るがしかね
      ない」
    俳優の井浦新さん
      
「もうこれ以上、保身のために都合良く法律も政治もねじ曲げないで下さい。この国を壊さないで下さい」
    元格闘家の高田延彦さん
      
「摩訶不思議で理解不能。なんのために?誰のために?こんな大変な時期に姑息(こそく)な事をやってんだい?」
    劇作家の鴻上尚史さん
       「国民が感染症に苦しんでいるときに、内閣や法相が認めれば、検察庁幹部の定年を例外的に延長できる法律を
       通すなんてストーリーを書いたら、プロデューサーから間違いなく『ありえないです。リアリティがなさすぎ』と突っ込ま
       れると思う」
    演出家の宮本亜門さん
       
「このコロナ禍の混乱の中、集中すべきは人の命。どうみても民主主義とは懸け離れた法案を強引に決めること
        は、日本にとって悲劇です」

    この他に俳優の小泉今日子さん、歌手の西郷輝彦さん、歌人の俵万智さん、俳優の浅野忠信さん、芸人の大久保佳代
   さん、作詞家の松本隆さん、タレントの松尾貴史さん、俳優の秋元才加さん、漫画家のゆうきまさみさん、しりあがり寿さん
   らが次々とツイッターで拡散したということだ。
   この結果、昨日まで「政権の守護神」と呼ばれていた黒川弘務検事長は憐れにも「水に落ちた犬」となってしまった。
    ジャーナリストの青木理さんは言う。

     新型コロナ対策では何もかもが後手後手でピント外れなのに、いったい何をやっているんだ! と多くの人が感じている
    んじゃないですか。安倍政権による検察庁法改定案こそ「不要不急」であり「火事場泥棒」そのものじゃないか、と。

   フォトジャーナリストの安田菜津紀さんは言う。

     物理的なデモが行えないなか、ネット上でいろんな方が抗議の声をあげていることに希望を感じます。権力にとって一番
    都合がいいのは無関心、忘却です。抗議の声を瞬間風速に終わらせないで、おかしなことはおかしいと言い続けること
    が大事だと思います。

     この日の日曜版に「問い直す『コロナ後』の世界」と題して山本昭宏さんが登場した。
    山本さんは1984年生まれで、神戸市外国語大学准教授。専攻は日本近現代文学史、歴史社会学。著書に『核と日本人』
    『大江健三郎とその時代』などがある。山本さんは次のように語っている。

     イタリア人の作家、パオロ・ジョルダーノが今年3月に発表した『コロナの時代の僕ら』(邦訳は早川書房)を読んだ。
    このすぐれた省察の最後には、「すべてが終わった時、本当に僕たちは以前とまったく同じ世界を再現したいのだろうか」と
    いう呼びかけの言葉がある。
     ジョルダーノが言う「以前と同じ世界」を、筆者なりに言い換えると、それは公共部門を含めた社会のあらゆる領域に市場
    原理が浸透し、市場原理であらゆる問題を解決できるという思い込みにとらわれた世界だ。
    【中略】コロナの時代は「水平方向」の考え方にも変更を迫っている。水平方向とは、世界の同時代性を指している。

     この数年は内外を問わず現代文学というものは読んでいないから、このイタリア人作家については何も知らない。
    イタリア文学といえば、アルベルト・モラビア(1907~1990)の小説『無関心な人々』『倦怠』『軽蔑』、評論では『目的としての
    人間』などを読んでいたが、もう50年は昔のことだ。
    でも今回、山本さんの言葉を聴くと読みたくなったね。と言うより、今読まなければならない本の一冊なのだと思う。
    パオロ・ジョルダーノをフリー百科事典で調べてみる。

     パオロ・ジョルダーノ: Paolo Giordano1982年12月19日 - )は、イタリア作家トリノ生まれ。
        人物・来歴
      もとは物理学を学び、素粒子物理学のPh.Dを取得。その関連で仕事をしていた。
     処女作の『素数たちの孤独』La solitudine dei numeri primi2008年ストレーガ賞 (Premio Strega) 受賞。2008年から
     2009年の春にかけてヨーロッパベストセラーになり、イタリア国内だけでも120万部以上を発刊。30ヶ国以上で翻訳され、
     世界中で読まれている。 2010年に『素数たちの孤独』がイタリアで映画化。日本では東京国際映画祭で上映。
        著作

幼い頃に大きな事故にあった少女と、双子の妹と離れ離れになった少年。過去のトラウマから、それぞれ自傷と拒食症になっ
ていた。二人は知り合い、特別な親しい関係になるが、そこに恋愛感情はなかった。物語は、再びそれぞれが別の道に進むと
    ころで幕を閉じる。
アフガニスタンに派兵されたイタリアの若者たちの孤独、性、葛藤を瑞々しい筆致で描きながら、現代の矛盾に鋭く迫る二十一
世紀の戦争小説。
       

   『コロナの時代の僕ら』についての書評(東京新聞・5月3日付)。

        コロナの時代の僕ら パオロ・ジョルダーノ著、飯田亮介訳
     ◆感染症と人 数学的に解く           [評]仲俣暁生(文芸評論家)

    昨年末に確認され、いまなお世界中で猛威をふるうウイルス感染症COVID(コビッド)19が、欧州で最初に広まったのはイタリアだった。
   二月には多くの都市がロックダウンされるなか、ある新聞に発表された「混乱の中で僕らを助けてくれる感染症の数学」という記事が大き
   な反響を呼んだ。
    これを書いたのは小説家のパオロ・ジョルダーノ。『素数たちの孤独』で二〇〇八年にデビューし、国内だけで二百万部以上の売り上げ
   を記録したベストセラー作家である。本書はこの文章を原型として、二月末から三月四日にかけて書き継がれた二十七本の短いエッセイ
   をまとめ、緊急出版したものだ。さらに日本語版には、後に発表された「コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」という文章
   が「著者あとがき」として追加されている。
    外出を禁じられた空白の時間にこれらの文章を書き継いだ狙いは二つあると著者は言う。一つは災厄への「予兆」のなかで「すべてを考
   えるための理想的な方法」を見つけること。もう一つは、それが「人類に何を明らかにしつつあるのか」を見届けることだ。
    この感染症の危険性を、さまざまな例を挙げて数学的に解説する序盤は、物理学を専門に修めた人だけあって、実にわかりやすい。
   感染症とは何か。それは「関係を侵す病(やまい)」である。世界中の人やモノが緊密にネットワークされるなか、感染症はまさにネットワーク
   に沿って蔓延(まんえん)し、感染を恐れる人々からつながり自体を奪ってしまう。
    だが本書の真骨頂はその先にある。つながりが奪われたなかにあって、著者は「誰も一つの島ではない」というジョン・ダンの詩を思い浮か
   べ、旧約聖書「詩篇」の一節から「数える」という行為について思索をめぐらせる。この本が稀有(けう)な魅力を湛(たた)える理由は、人文知
   と数理的な思考が短いテキストのなかで融合し、血肉化されているところだ。「僕は忘れたくない」という印象的なリフレインをもつあとがきは、
   未来に向けての切なる祈りを込めた、見事な一篇の「詩」である。

    次はパオロ・ジョルダーノご本人の言葉を書き写す。イギリスのファイナンシャル・タイムズに寄稿したものだ。

       「色褪せる都市」

     今日は何曜日だっけ?
    昨夜ベッドに潜り込んだとき、そう妻に訊いた。彼女は数秒黙りみ、指折り数えていた。
    ここローマでは、北イタリアより少し遅れて都市封鎖された。封鎖から3週目に入ったいま、かつてあった「時間」のあり方はすでに失われている。
    時間はふにゃふにゃと柔らかくなり、ゆっくり流れ、ポロポロと崩れているのだ。
     一方、仕事に限っては訳が違うように思える。最初の数日間は混乱していたものの、電話会議、SkypeやZoomミーティング、そしてWhatsAppに
    よって果てしなく続くチャットのなか、仕事のペースが激化しているほどだ。
    通常であれば生活への影響力を制限できる「境界線」がなくなったいま、目が覚めているあいだはいつだって仕事が襲ってくる。生産性とは私た
    ちがどうしても捨てられないもののひとつであり、激しく執着しているものなのだ。
    それが、いまとなっては生産性のための生産性になっている。私たちは、他に何をすればいいのかわからないから仕事をしているのだ。世界を
    揺るがす危機の一因となったことも偶然ではないだろう。
     私はほとんどの時間を執筆に費やしている。その傍らでコンピューター・プログラムにも久しぶりに目を向けているところだ。素粒子物理学者だ
    った頃以来のことである。感染症に伴う「数字」が意味することを理解するために使っているのだ。
     小説家になったときには数学から永久に離れようと思っていたが、思ってもいない形で再開するに至ったわけだ。
    いつ働きはじめ、いつ止まればいいのか──私の脳は、その判断ができなくなっている。そのため夜はほとんど眠れない。スマホの歩数計は歴
    史的ともいえる少なさを表示しているのに、日中は身体の疲れが残ったままだ。
    そこで、とりあえずYou Tubeにアップされているフィットネスプログラムを始めてみることにした。ソファーを移動させ、腕を広げられるだけのスペー
    スは確保している。本当は3人用に建てられたアパートに家族4人で住んでいる私たちだが、そんな場所があるだけ幸せな方だろう。
     我が家では、家族のうちふたりが交代でゴミ捨てや買い物に出かけている。
    「陽性反応は出ているか?」
    「外出の目的は?」
    「どこから来ていて、どこに向かっている?」
    そうしたことを示す、内務省の規定に沿って発行した最新版の自己申告用紙を携えて行くのだ。
    外に出る人間は常に同じである方がいいだろう。いまのイタリアでは、私たちの一挙手一投足に最大限の注意が払われている。
    だから、私は決して家を出ない。
    最後に外出したのはおよそ10日前で、自宅から一番近い公園へジョギングに行こうとしたときだ。当時はそれくらいならまだ許されていた。目的の
    公園まで行くにはコロッセオ沿いのフォリ・インペリアリ通りを延々と歩かなければならない。
    世界でもっとも観光客が多いはずの場所。そこには、人ひとりとしていなかった。
    「いつもの群衆から解放されたあの場所を見て、不思議な感動を覚えた」──なんて言いたいところだが、それでは嘘になってしまう。実際私の胸
    をかすめたのは、不安と恐れだ。
    カラビニエリ (国家憲兵) の車がゆっくりと通り抜ける。パトカーがクラクションを鳴らして私をさっさと追い払おうとする。
    晴れ渡った朝のなかで足をほぐしたい。そんなささやかな欲求を満たすべくランニングウェアを着ていることに違和感を感じた私は、まっすぐ道を
    戻った。
    それ以来、アパートを出ていない。
    私はローマに住んでいるのだが、実際はローマにいないような心地がする。

 
        「朕(ちん)は国家である」

          2020.5・18

    松尾邦弘・元検事総長ら検察OB14人が連名で15日、「検察庁法改定案反対」の意見書を森雅子法務大臣に
   提出した。その全文は「今と此処」の欄に転写したので時間のある方はお読みください。時間のない方もお読みくだ
   さい。と言うのは、この意見書は、改定案を「政府の意に沿わない検察の動きを封じ込め、検察の力を殺ぐことを意
   図している」と強く批判し、政府に撤回を求めているものだからです。問われているのは、民主主義とは何かというこ
   とです。その中に何が書かれているかということですが、その一部を紹介します。

       本年2月13日衆議院本会議で、安倍総理大臣は「検察官にも国家公務員法の適用があると従来の解釈を変更
      することにした」旨述べた。これは、本来国会の権限である法律改正の手続きを経ずに内閣による解釈だけで法
      律の解釈運用を変更したという宣言であって、フランスの絶対王制を確立し君臨したルイ14世の言葉として伝えら
      れる「朕(ちん)は国家である」との中世の亡霊のような言葉を彷彿(ほうふつ)とさせるような姿勢であり、近代国家
      の基本理念である三権分立主義の否定にもつながりかねない危険性を含んでいる。
       時代背景は異なるが17世紀の高名な政治思想家ジョン・ロックはその著『政治二論』(加藤節訳、岩波文庫)の
      中で「法が終わるところ、暴政が始まる」と警告している。心すべき言葉である。


     意見書のとりまとめを担当した清水勇男さん(元最高検検事)は、「本来は法改正を経てするべきことで、立法権の
    侵害に該当する。三権分立という近代政治の基本原則に反する恐れがある。明らかに憲法違反だ」と指摘している。
     松尾邦弘さん(元検事総長)は、「(検事総長の決め方は)基本的には内部でトップにしたいという総意が圧倒的か
    どうかが重要。外から検察組織をみて、この人がいいと評価するのはなかなか難しいところがある。(内部の意見を
    尊重するのが)一番大事です。上からだけ指示がいくような、あるいは上に対してものが言えないような組織は長い
    目でみれば衰退すると思います」と批判している。
     ところで、例の二人のコイズミさんだが、どういう反応を示しているのか。
    俳優の今日子さんはツイッターに「#検察庁法改正案の強行採決に反対します」を付けて「国会中継見てます」と投稿し、
    検察OBの意見書も紹介して「泣きました。そして背筋が伸びました。こういう大人にわたしはなりたい」と書き、反響を
    呼んでいるということだ。なんだかモンテーニュを思わせるね。
    
     私は私の意見を述べる。それがよい意見だからではなく、私自身の意見だからだ

     で、もう一人のこれも俳優?の進次郎君だが、こちらの方は完全沈黙だ。要するに、自分の意見を持っていないという
     ことなのだろう。日和見主義者、いつものことだがここ一番で喧嘩が出来ない男だ。「オモテナシ」の亭主は「ロクデナシ」
     ということか。永遠の育児休暇というやつか。
     明日のスポーツ新聞の見出しは「上昇の今日子、転落の進次郎」、これで決まりだ。
      さて、次は下駄屋のナッチャンの登場だ。
     この件について公明党の代表である山口那津男さんは「政府は説明責任を尽くしてもらいたい」とするTwitterの投稿
     したそうだ。すると「他人事みたいに言わないで」などと批判が殺到。支持者から失望の声も上がるという状況だ。

         支持者たちから落胆の声

     山口代表の投稿に対して、「問われているのは公明党の姿勢」「説明責任を果たすのは、党代表のあなた」「他人事みた
    いに言わないで」などと批判が噴出。17日午後1時までに4600件を超えるコメントが寄せられた。
    Twitterでは#公明支持やめます のハッシュタグが拡散している。
    「自民党の抑止力になってくれると思っていたのに失望しました」
    「国民の平和のための党だと思っていた残念でなりません」
    「党のプライドはどこへ」
    支持者を自称する投稿者たちから、落胆や怒りの声も上がっている。

      もうそろそろ夏だから下駄の雪も融けてなくなるのか。「鵺の鳴く夜は恐ろしい」と横溝正史は言ったよ(悪霊島)。
    では国会での動きはどうなのか、15日の衆院内閣委員会で共産党の藤野保史議員が質問に立った。
    16日のしんぶん・赤旗の第一面のトップ記事だ。


        検察庁法改定案 広がる採決反対
               野党、徹底審議を要求 武田担当相の不信任案提出
                          政府、恣意的介入否定できず 藤野氏が批判

     「検察庁法ぜったい反対」「強行採決ぜったい反対」―。国会の外で上がるシュプレヒコールが委員会室に響きました。
    特定の検察幹部の定年を特例で延長することを可能にする検察庁法改定案の審議が行われた15日の衆院内閣委員会。
    わずか6時間余りの審議での採決強行を狙う自民、公明両党に対し、日本共産党と、立憲民主党、国民民主党などの共同
    会派は徹底した審議を求めました。与党側は質疑後の理事会で採決を提案。野党側は「断固採決は認められない」と拒否し、
    国民の世論を一顧だにせず、説明責任を果たしていないとして、武田良太国家公務員担当相不信任決議案を衆院に提出。
    内閣委員会は散会となりました。
     日本共産党の藤野保史議員は衆院内閣委員会で、内閣の判断で特定の検察幹部の定年延長を認める「特例規定」を盛
    り込んだ検察庁法改定案について「検察官の独立性を害し、憲法の基本原理である三権分立を脅かすものだ」と批判しまし
    た。森雅子法相はまともに答えられず、藤野氏は「新型コロナウイルスの収束のために集中すべき時期に、火事場泥棒的に
    改定案をごり押しすることは許されない」と述べ、撤回を求めました。
     藤野氏は、検察官は唯一の公訴提起機関で、単なる行政官ではないと指摘。総理経験者さえ逮捕・起訴できる特別の権限
    を持つ「準司法官」であり、その高い政治的中立性を担保するため、一定の年齢で例外なく退官するルールとなっていたとして、
    「検察官の定年を個別に延長できる『特例』を設けること自体が恣意(しい)的介入の余地をつくりだす」と批判しました。
     森法相は「現行法上、検察官について勤務延長を認める規定はないが、その理由は当時の国会議事録を見ても見当たらな
    かった」などと的外れな答えしかできませんでした。
     藤野氏は、現行法は「検察官のキャリアの最後の出口で内閣が人事に介入できないように『特例』を設けていない」と指摘。
    法改定で「特例」を設ければ、どんなに詳細な「要件」をつくっても、「内閣の恣意的な判断が可能になる」と重ねて指摘。森法
    相は「検察官が意に反して辞めさせられることがないことは変わらない」などのごまかしの答弁に終始。藤野氏は安倍内閣が
    1月、黒川弘務東京高検検事長の定年延長を閣議決定したことが全ての始まりだとして「検察全体をゆがめ、“法の支配”を
    “人の支配”にしてしまう」と厳しく批判しました。
    野党からは、国民民主党の後藤祐一議員も追及。武田担当相は「本来なら法務省が答える」と連発し、森法相は恣意的介入
    にならないための「基準」を最後まで示すことができませんでした。

     そして靖国小僧のシンゾウだ。
    黒川弘務検事長が安倍政権に近いとの報道に対して、「それはまったく事実ではない」「私自身、黒川さんと2人でお目にかか
    ったこともないし、個人的なお話をしたこともまったくない」と全面否定。ところがNHKのサイトや各紙の首相動静には、2018
    年12月11日午後に黒川氏と個別に面会した記録が存在するという。またしても嘘だ。この男は病気なのでは、直ぐばれる嘘
    を平気で吐き続ける。嘘はまだ止まらない。今度は政権の守護神・黒川さんの定年延長について、「検察庁の人事は、トップも
    含めた総意で、こういう人事でいくと持ってこられ、そのままだいたい我々は承認をしている」と人事介入を否定した。
     ここで思い出してもらいたい。
    4月7日、緊急事態宣言を出した時、日本在住のイタリア人記者から「世界はほとんどロックダウンしています。安倍首相の対
    策は一か八かの賭けに見えます」といった趣旨の指摘があった。そして「失敗したらどういう風に責任を取りますか?」と訊ねら
    れると、安倍首相はこう返答した。「例えば最悪の事態になった場合、私が責任を取ればいいというわけではありません」と。
    なるほど、「朕(ちん)は国家である」。

    ※ 「鵺(ぬえ)」   フリー百科事典から
       『平家物語』にある怪物はあくまで「鵺の声で鳴く得体の知れないもの」で名前はついていなかった。しかし現在ではこの怪
      物の名前が鵺だと思われ、そちらの方が有名である。 この意が転じて、掴みどころがなく、立ち回りは巧みだが得体の知れ
      ない人物を喩える際に使われる。



 
        「社会的ダーウィニズム」
            2020・5・17

     法の終わるところ、暴政が始る
                      ジョン・ロック

   
このところ毎日のようにフェイスブックを見ている。
  橋本美香さん(札幌市厚別区)、福盛田勉さん(手稲区星置)、作田信子さん(手稲区星置)、多原良子さん(手稲区)、
  出口憲次さん(札幌)、佐々木明美さん(手稲区)、佐野弘美さん(札幌)、畠山和也さん(札幌)、平岡大介さん(札幌)、
  佐々木とし子さん(帯広)、西原扶美雄さん(福岡)、伊藤徹子さん(東京)、宮田佐和子さん、森埼まゆみさん、岡本
  典子さん(岡山)、その他にもいろんな人のものを見る。
  それぞれに特徴があって面白い。特徴というのは出来事に対する視点と、その調理の仕方だ。そこから見えてくるの
  はフェイスブックを運営する人の見識とセンスだ。
   これを見ていると大手商業新聞もワイドショーのテレビもいらない。特にNHKなどは生活上まったく必要としない。
   今日は作田信子さんのフェイスブックから映画の近作情報を紹介する。


   
 令和悪党列伝

 こんな奴らに
   日本の未来を任せる
    わけには到底いかない




 『アウトセイジ』

       近日上映


  原作  妖怪岸信介

 キャスト

   靖国小僧のシンゾウ
   暴言大王のタロウ
   茶坊主筆頭のヨシヒデ
   忠犬ハチ公のコウイチ


   ロクデナシのシンジロウ
   腐れメロンのイッシュウ
   欠陥工場のトシヒロ

  その他豪華メンバー総出演

 「今だけ、金だけ、俺だけ」の暗黒社会、
 生き残るのは誰だ?
 それとも全員往生か。


 ※ 作田信子さんのフェイスブックから
      


    私は4月4日のこのノートに、「世界の中のお馬鹿」と題して次のようなことを書いた。

    「新型コロナウイルスは世界中を恐怖のどん底に突き落とした。この恐怖は、人を選ばない。変な言い方になるが、
   ある意味では平等である。しかし、感染から快癒となると、人は選ばれる。貧富の差が、そのまま生死を分ける。そして、
   富裕層はその事を知っているから本気で救済に動こうとはしない。
    
    先進国と呼ばれる欧米諸国のコロナ感染状況は今日現在では以下の通りである。

      国名          感染者数          死者数
    アメリカ         1442924          87493
    イギリス          236711          33998
    イタリア          223885          31610
    フランス          141919          27529
    スペイン          230183          27459

    先進国というのは経済が発達した国ということなのだろうが、問題は、それが国民を幸せにしたのか、安心・安全の保障
   をもたらしたかということだ。欧米先進諸国が示すこの数字はまことにもって悲惨である。
   原因は、緊縮政策によって医療体制と社会保障を弱体化させたことにあるのだが、その付けを真っ先に背負わされたの
   が社会の貧困層である。貧富の格差が生死の分かれ目となっている。特に「移民の国」アメリカの状況は壊滅的である。
    この数日、「しんぶん・赤旗」で「新型コロナが問う日本と世界」と題するインタビュー記事を連載している。
   15日には早稲田大学教授の守中高明さんが次のような発言を載せている。全文転写するので、お読みください。

          新型コロナが問う日本と世界(しんぶん・赤旗  5月15日付け))

    弱者を切り捨てる思考

         早稲田大教授 守中高明さん

    新型コロナウイルス感染の拡大がつきつける日本社会の問題を、フランス思想、仏教思想を専門とする守中高明
   早大教授に聞きました。(若林明)


    新型コロナウイルス感染症が爆発的拡大のプロセスにある今、この国の現政権に特有の危険な思考があらためて
   露呈したと感じています。
         新たな優生思想
    最も憂慮すべきは、いくつかの欧米諸国と同様に日本では、新自由主義の経済政策のもとで、医療破壊がすすみ、
   ぎりぎりに縮小された体制の中で、この危機が、新たな“優生思想”を是認しつつ進行していることです。このウイルス
   感染症は罹患(りかん)しても約80%は無症状ないし軽症で済み、重症化するのが約16%、重篤化が約4%(致死率
   は3%前後、ただし国別統計により大きな幅)であることが中国における症例などからわかっていました。特に若年層で
   は無症状がほとんどで、他方、高齢者や基礎疾患を有する人が重症化・重篤化しやすいことがこの病気の特性ですが、
   この特性が健常者と非健常者のあいだに構造的差別を生みました。
    社会的弱者が死ぬことを「いたしかたない」とする思考が意識的・無意識的に形成されてしまったのではないか。この
   傾向は、今後、社会が集団免疫を獲得する過程でさらに強まり、弱者が「淘汰(とうた)」されることを前提とする「社会的
   ダーウィニズム」が容認されることが懸念されます。その背後には、高齢化社会における医療予算の将来的削減という、
   非人道的な計算すら透けて見えます。
         経済・福祉でも

    さらに問題なのは、この傾向が、公衆衛生面だけでなく、経済・福祉の分野でも広がりつつあることです。現に、社会活
   動を制限せざるを得ない状況下で、最も大きなダメージを受けているのは非正規労働者やフリーランスの人々であり、ひ
   とり親家庭とその子どもたちです。自粛を要請しながら補償をしない現政権は、「適者生存」とでも言うかのようにこれらの
   弱い人々を切り捨てています。21世紀の現代、この種の暴力的思考がまん延することは断じて許してはなりません。
        市民の社会的連帯重要
    そもそも、現在の深刻な危機は、東京オリンピックの開催にこだわった現政権の失策による人災であり、「祝賀資本主義」
   (ジュールズ・ボイコフ)による悲劇だと総括することができます。
    東京都の小池百合子知事が緊急記者会見を開き、「感染爆発の重大局面」であると宣言したのは3月25日でしたが、IOC
   (国際オリンピック委員会)のバッハ会長と安倍晋三首相の電話会議により延期が正式に決定されたのはその前日の24日
   でした。このときまで政権は、先行する韓国・台湾・ドイツなどの奏功した政策、他方、イタリア・スペイン・フランス・イギリスな
   どの悲惨な現実から学ぶことをせず、医療体制を整える時間があったにもかかわらず、オリンピック開催という非現実的な
   幻想を優先させました。
    その結果、なにが起きたか。PCR検査を極端に絞ったため真の実態がつかめないまま、コロナウイルスはすでに市中感
   染を広げ、医療崩壊が始まり、十分な治療を受けられずに亡くなる犠牲者が続出しています。
    もともと、東京オリンピック計画は、福島原発事故後の「状況はコントロールされている」という安倍首相の真っ赤なうそから
   始まりました。開催のために巨額の予算が大手ゼネコンなどの利権集団へと投入される一方、政府は福島県の諸地域で避
   難指示を解除し、自主避難者への支援を打ち切りました。「復興五輪」という美名のもとに福島第1原発の過酷事故が収束し
   たかに見せかけ、真実を隠ぺいしつつ商業主義を推し進める―これは現代資本主義の最悪の病理ではないでしょうか。
   国会では、検察庁法改悪、種苗法改悪がろくに審議されることなく強行されようとしています。危機のさなかに危機後の消費
   喚起を打算する「GoToキャンペーン」などは正気の沙汰とは思えません。
    ウイルスの変異がもたらす危機であるからには、本来、その影響は万人に等しくおよぶはずですが、政府の無策のせいで、
   救われる者と救われない者のあいだに分断が起きつつあります。私たちがなすべきは、現政権によるこの残酷な棄民政策に
   はっきりと批判の声を突きつけること、そして緊急医療体制の再構築、休業・廃業・倒産に苦しむ中小企業や小規模事業者へ
   の速やかな経済補償、家計の急変による困窮学生への給付金などを強く要求していくことです。
    そのためには、私たち市民のあいだの社会的連帯がきわめて重要です。この非常事態に真正面から向き合いつつ、資本主
   義経済の暴力的構造の外に自律的な草の根のネットワークを最大に広げることで、誰ひとり取り残さず、すべての人々を救うた
   めに別の政治を実現すること。それが喫緊の課題です。



       「二人のコイズミさん」

        2020・5・16 

     4月9日の沖縄タイムスの名物コラム「大弦小弦」にこんなことが書いてあった。

    ▼県内でなぞかけ名人として知られるケーシーさんに、コロナ対策についてお題を出すとこんな内容が返ってきた。
    「布マスク」とかけまして「森友学園や桜を見る会」と解きます。その心は「口封じに使います」▼緊急時に試される
    のは、国民の命と暮らしを守る責任と覚悟。さまざまな問題を抱えた政府に、切迫した庶民の声は聞こえているだ
    ろうか。(吉川毅)

    「大弦小弦」の意味は、日本国語大辞典によれば以下の解説が出てくる。

       大弦急なれば小弦絶ゆ   (読み)たいげんきゅうなればしょうげんたゆ
      琴、琵琶などの弦を張るのに、大弦を強くかければ小弦は切れてしまう。民を治めるには寛容が大切で、あまり
     に過酷な政治を行なえば、民を疲れさせ国を滅ぼすもとになるばかりであるというたとえ
     ※古事談(1212‐15頃)一「大絃急時者小絃不堪」 〔後漢書‐陳寵伝〕

     アベノマスクの配布目的はコロナの感染予防ではなく、国民の抗議の口封じだったのか、なる程ね。それにしては
    お粗末な代物だったが、その購入代金の明細もまた闇の中である。何所にどれだけ支払ったのか、あるいは支払わ
    なかったのか、支払わなかったとすれば、それは誰の懐に入ったのか、これも解明されていない。
     靖国小僧は事あるたびに「説明責任は私にあります」と言うが、どの問題についてもそれを果たしたことが無い。
    常に論点のすり替えと当事者?への責任転嫁で逃げまくる。「問題ない」「それは当たらない」「個人情報です」の連発
    で、まともに答えようとはしない。
     昨日の共同通信は怪盗・靖国小僧について最新のニュースを伝えている。

        「桜」巡り首相らの告発状提出へ 全国の弁護士ら500人以上    5月15日配信

    安倍晋三首相主催の「桜を見る会」を巡り、2018年4月開催の前夜に後援会が東京都内のホテルで開いた夕食会で、
   参加した有権者に飲食代を提供したとして、全国の弁護士や法学者が21日にも、公選法違反(寄付行為)などの疑いで
   首相と後援会幹部の計3人の告発状を東京地検特捜部に提出することが分かった。15日、関係者が明らかにした。
    宮城県の弁護士有志が1月、桜を見る会問題を追及する会を結成。同様の動きは全国に広がり、告発人は弁護士、
   法学者ら500人以上となる見込みだ。首相は国会答弁で「(会費は)ホテル側が設定した」と説明、支援者への利益供与を
   否定している。

     次は私が信頼する地方新聞の一つである河北新報の13日の社説だ。全文転写する。

        検察庁法改正/一度白紙に戻して出直せ

     政府、与党がもくろむように法案の早期成立を許せば、法治国家の存在意義が根本から問われかねない。
    検察官の定年を延長する検察庁法改正案である。衆院内閣委員会で審議されている。改正案は検察官の定年の63歳
    から65歳への引き上げと、検事長などの検察幹部が63歳で一般の検事となる「役職定年制」が柱だ。この点には野党も
    理解を示している。
     問題なのは、内閣が認めれば役職定年の延長を可能としていることだ。
    検察は刑事事件の捜査、起訴の権限を与えられている。行政府の一部でありながら、必要であれば「首相も逮捕できる」
    という高い独立性を保ってきた。時の政権の意向で人事が左右されるようになれば、独立性や中立性が侵される危険性を
    はらむ。
     そもそも昨年秋の段階でまとめた改正案には、役職定年延長の部分はなかったという。それが今年になって付け加えら
    れた。政府は検察官に定年延長を適用しないとしてきた従来の法解釈を1月に突然変更し、定年となる東京高検の黒川
    弘務検事長の続投を閣議決定した。この人事と密接に絡むと野党は指摘している。
    黒川氏は首相官邸の信頼が厚いとされる。次期検事総長に黒川氏を据える布石とみられている。そのことも野党は政治
    介入と問題視しているが、今回の法改正は続投人事を後から正当化するための「つじつま合わせ」と激しく反発している。
     衆院での審議に、検察庁法を所管する森雅子法相は出席していない。政府が他の国家公務員の定年を60歳から65歳
    に段階的に引き上げる国家公務員法改正案と一体で審議する手法を取ったため、審議の場が法務委員会ではなくなった
    からだ。
     森法相は黒川氏の検事長続投を巡る国会審議で、発言が二転三転した経緯がある。森法相を表に出したくないからだと
    批判されても仕方あるまい。
     恣意(しい)的な検察人事につながるとの批判に対し、自民党の森山裕国対委員長は「内閣は国民が選んだ人たちで構
    成される。非常に公正公平なやり方だ」と反論している。
     しかし黒川氏の続投決定を立法府の手続きを経ない、事実上の法改正と言うべき解釈変更によって強引に行ったのは
    安倍内閣だ。しかも文書に残さず、口頭で内閣法制局や人事院の決裁を得たと、信じがたい釈明をしている。内閣の「公正
    公平」を疑わせているのは安倍内閣自身だろう。
     ツイッターで、検察庁法改正に抗議する投稿が数百万を超えた。新型コロナウイルスの感染拡大で直接行動ができない
    国民の意思の表れだ。まず黒川氏の人事を白紙に戻し、検察庁法改正案の審議は切り離して法相を交えて徹底的に行う
    べきだ。

     この数日、超有名な二人のコイズミさんについて考えている。
    一人は女性の小泉今日子さんだ。1966年生まれの54歳。職業は女優、歌手、随筆家。この女性の言動は闇夜のキャン
    ドルを思わせる。

         発言する芸能人・小泉今日子が掲げる「自由と独立の旗」  5/15(金) 10:02配信  ERIDAY 

            月22日 長期政権の腐敗に怒りのツイートをした小泉
      「人間だから間違えや失敗は誰にでもあるだろう。一生懸命やった結果だったら人はいつか許してくれるかもしれない。
     でも汚らしい嘘や狡は絶対に許されない。カビだらけのマスクはその汚らしさを具現化したように見えて仕方がない。」

       小泉今日子「もうなんか、怖い」 検察庁法改正案にツイ連投抗議も…  5/14(木) 9:38配信 デイリースポーツ

      安倍政権が検察庁法改正案を強行採決する構えをみせている問題で、ツイッターで「#検察庁法改正案に抗議します」
     のハッシュタグを付けた投稿を連投している女優・小泉今日子が、13日深夜、「もうなんか、怖い。」とツイートした。

     もう一人の小泉さんはポエムの進次郎君だ。1981年生まれで39歳。職業は芸能人的政治屋。
    この人はある時期までは自民党の客寄せパンダと呼ばれていた。人気者だったのだ。しかし、転落した。
     「小泉進次郎に政治力はない、あるのは性事力。それも抜きん出ている」と60年以上の歴史を持つ出版社系週刊誌『週刊
    新潮』が褒め上げた記事から流れが変わった。 結婚を機に、あっという間に清廉な貴公子から、スキャンダルまみれの“堕ち
    た偶像”になってしまったということだそうだ。
     また別の週刊誌は、進次郎君の「甘い生活」をより詳しく伝える。『週刊文春』2015・8・13号。

      元復興庁職員の女性と密会した「東京プリンスホテル」の宿泊代(約69万円)も入っていた。しかも同じ時期に、女性実業家
     で亭主も子供もいるA子とも“不倫”していて、彼女との逢瀬のホテル代も同じように政治資金で払っていたというのである。

      進次郎君で検索してみれば次のような情報が出てくる。

    「1」 福島の汚染土の問題について、「30年後の自分は何歳か、発災直後から考えていた。健康でいられたら、その30年後
        の約束を守れるかどうかの節目を見届けることができる政治家だと思う」と答弁。これは竹下登元首相の「言語明瞭、
        意味不明瞭」話法であり、永田町文学における竹下派がよく用いる話法である

    「2」 2019年9月22日に開かれた地球温暖化などを議論する国連の気候行動サミットにて環境大臣として参加した際、「気候
       変動のような大きな問題は楽しく、クールで、セクシーに取り組むべきです」と発言し、大手海外メディアも報じるほどに国
       内外で物議をかもした。また、2019年12月11日、第25回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP25)での日本の消極的
       姿勢が理由で日本が「化石賞」に選ばれた際は、「驚きはない。受賞理由を聞いて私が演説で発信した効果だと思った。
       的確に国際社会に発信できていると思う」と発言した
    
    「3」 日本国内で新型コロナウイルスの感染が発生してる中、2020年の2月16日に開かれたコロナウイルスの感染症対策本
        部を欠席。小泉氏は後援会の予定を変更せず、神奈川県横須賀市の後援会に出席した。野党の追及に小泉氏は「反
        省」という言葉を何度も口にし釈明に追われた。

      進次郎君に関する直近のニュースは5月12日配信の『FLASH』からだ。

         小泉進次郎、産廃業者に出した「ポエムな手紙」に失笑の声

     「こんな手紙を受け取って、思わず失笑してしまいました。現場のことをまったくわかっていないからです」
    そう語るのは、茨城県の産業廃棄物処理会社の社長。「手紙」とは、小泉進次郎環境大臣(39)が全国の廃棄物関係事業者
    団体宛に送付した “感謝の手紙” だ。
     文面を見るだに、お得意の“ポエム”が炸裂していると知れる。新型コロナの感染拡大が収束しないなか、閣僚としてプレゼン
    スを示すのに苦労しているさまが伝わってくる。政治部記者が語る。
     「力を入れる二酸化炭素排出削減をめぐる国際的な議論も中断されているし、環境省内のテレワーク実施率を7割まで上げ
    るなど、時局に合わせた改革を実践しているが、ほとんど報道されない。見せ場に困っているんでしょう」
    苦肉の策として考案したのが、“手紙作戦” というわけだ。
    「コロナ禍で家庭ごみが増加したり、廃棄物処理業者が感染の危機に晒されるなか、環境大臣として何かできないかと、自ら
    発案したそうです。文案は役人が作成し、小泉氏自身が推敲して仕上げたそうです」(環境省担当記者)
     大臣肝いりの文書について、環境省は「厳しい状況下においても日々の廃棄物の処理に従事されているすべての皆様に対し、
    感謝の意をお伝えする趣旨で発出したものです」と話すが、前出の産廃処理会社社長の反応は手厳しい。
    「政府は医療従事者には手厚くサポートするのに、私たち産廃業者のことはなおざりです。雇用に対する助成や、危険な業務を
    していることに対する補償など、ほかにもっとやるべきことがあるはず」
    じつは当の環境省内でも、小泉大臣の評判は芳しくない。自民党関係者が明かす。
    「“クールビズ” をはじめ、環境省では20件ほどの啓発週間を設けているのですが、その多くを廃止すると言いだしたんです。
    党や官邸も寝耳に水だと猛反発しています。しかも、“動物愛護週間” は残すと言っていて、動物保護に熱心な妻・滝川クリス
    テル
さんの影響ではと呆れられています。
     新しい政策をぶち上げては、各方面から猛反対を食らって撤回するような事例が相次ぎ、幹部たちも困り果てている。彼の入閣
    を仕掛けた菅義偉官房長官も、とうとうサジを投げたそうです。小泉氏としても、誰にも迷惑をかけないパフォーマンスをするしかな
    いということから、今回の手紙に繋がったのでしょう」
     別の自民党関係者は、父親との違いを指摘する。
    「最初に耳目を集めるようなお題目をぶち上げるのは、小泉純一郎氏と同じ流儀ですが、彼は裏できちんと根回しをしていたんです。
    それができない進次郎氏は、味方を失っていく一方なんですよ」
    夢を語る前に現実を直視すべきかーー。

     苗字は同じ「コイズミ」でも内容はかなり違う。女性の方は芸能を職業とする常識人であり、男性の方は政治を職業とする非常識
    人である。女性の発現は論理的であり、男性の発言はポエムであって、意味不明である。この違いは何だ、誰か分かる人がいたら
    教えてくれないか。
     今日子さんが観ているのは独裁政治下のコロナ感染拡大の状況である。進次郎君が観ているものは、それが分らない。



         「

             2020・5・15 

    コロナ関連のニュースを拾い読みする。昨日も色々あった。
   私の意見は、今日は書かない。

  1  世界最大のカジノ運営企業である米国のラスベガス・サンズ(シェルドン・アデルソン会長)が13日、日本進出を
    断念すると発表しました。
     同社の同日付報道発表は「日本における統合型リゾート開発(IR)の機会を追求しない」としたうえ「今後、日本以
    外での成長機会に注力する」としています。

  2   日本相撲医協会は13日、西三段目82枚目の勝武士(しょうぶし)さん(本名末武清孝――すえたけ・清隆――
     山梨県出身、高田川部屋)が同日未明、コロナウイルス性肺炎による多臓器不全のため、東京都内の病院で死去
     したと発表しました。28歳でした。協会員の新型コロナによる死は初めて。

  3   自民党の河井案里参院議員(46)――広島選挙区――が初当選した昨夏参院選で地元政界に現金が配られた
     疑惑で、現金配布は、夫で同党衆院議員の河井克行前法相(57)――広島3区――が主導した疑いがあることが
     13日、関係者への取材で分かりました。検察当局は、公選法で禁止された買収行為に該当する可能性があるとみ
     て詰めの捜査を進めているもようです。

  4  「青森・西北五9条の会」「東京・日の出九条の会」
       


    5  新型コロナウイルスの死者が多い上位8カ国と世界総数

        
   死者  感染確認者  回復者
世界総数   291、981  4、262、799  1、493、450
 アメリカ   82,387  1、369、964    230、287
 イギリス   32、769    227、741      1、023
 イタリア   30、911    221、216    109、039
 フランス   26、994    178、349     57、898
 スペイン   26、920    228、030    138、980
 ブラジル   12,461    178、214     72、597
 ベルギー    8、761     53、779     13、732
  ドイツ    7、738    173、171    147、200

    6  4月の企業倒産15%増  
               前年比  中小・零細にコロナ直撃
       東京商工リサーチが13日発表した4月の全国企業倒産状況によると、負債額1000万円以上の倒産件数は
      前年同月比15・1%増の743件で、8カ月連続で増加しました。新型コロナウイルスの感染拡大による外出自粛
      で飲食や宿泊業の破綻が相次ぎました。特に資本金1000万円未満が全体の66%を占め、中小・零細企業への
      影響が一段と目立ちます。

    7   自民党の泉田裕彦衆院議員は13日、短文投稿サイト・ツイッターで、自身が委員を務める衆院内閣委員会で
       審議中の検察庁改定案に言及し、「国民のコンセンサス(一致点)は形成されておらず、審議を尽くさないままで
       の強行採決は「自殺行為」だとして、与党理事に「採決強行なら退席する」と伝えたことを明らかにしました。
        同氏は、「退席」を予告した直後、内閣委員から外されたとツイッターで投稿。造反議員を除外してでも同改定
       案の採決を強行しようという自民党の強硬姿勢があらわになりました。

    8   沖縄と全国の奮闘で、何としても党7議席、オール沖縄の勝利を勝ち取ろう
                                        小池書記局長の訴え(要旨)

        米軍嘉手納基地でコロナの感染者が出ました。しかし基地の中に住んでいるのか基地の外なのかも、米軍は明ら
       かにしていません。感染症対策でも米軍には日本の国内法が適用されない。こんなことでは県民の命と暮らしは守れ
       ません。国内法適用のためにも、日米地位協定の抜本改定が必要です。
        第2に、検察庁法の改悪という火事場泥棒です。安倍政権と自民、公明、維新は検察最高幹部の人事に内閣が介入
       できる仕組みをつくろうとしています。三権分立を脅かすと、日本弁護士連合会も反対声明を出しています。ツイッター
       では短期間に900万に及ぶ怒りの声が上がり、著名人や芸能関係者の皆さんがいっせいに声を上げています。まさに
       日本の民主主義の底力が示されています。

     9  検察庁法 改悪に「二重の危険」
                      志位委員長が会見

        日本共産党の志位和夫委員長は13日の党首会談後、国会内で記者会見し、検察庁法改悪について、「政府の一存で、
       幹部検察官の定年延長の是非を決めることができる。検察官はキャリアの最後の時期に、いわば生殺与奪の権を政府に
       握られることになり、政治的独立性・中立性が侵害され、三権分立と法治主義を危うくする」と強調し、これにより「二重の危
       険」が出てくると明らかにしました。
        一つは、行政権力に対するメスを入れられなくなる危険があることです。志位氏は、「検察は、かつて内閣総理大臣の経験
       者をも逮捕したことがある。このような行政権力に対して捜査のメスを入れることは、検察にしかできません。これができなく
       なる危険がある」と指摘しました。
        もう一つは、行政権力と検察権力が一体化した場合に、国策捜査が行われる危険です。志位氏は、「不当な国策捜査が
       やられる危険もあります。ブレーキが利かなくなってしまう」と指摘し、「政府案は、こうした『二重の危険』がある大改悪だと
       いわなければなりません」と強調しました。

    ※      泉田裕彦(いずみだ ひろひこ)
       
1962年生まれ(57歳)。出生地は新潟県加茂市。京都大学法学部卒。前職は経産官僚、新潟県知事。
       自民党衆議院議員(二階派)。

    ※   7番目のニュースに関連する投稿文を読む。
       1  ●安倍晋三を汚職逮捕から逃れるための違法な検察庁法改正

      2  
●この安倍晋三自民党のスピード感ある対応に批判が殺到している
          これを見ればわかる様に自民党はもう独裁政党です。意見しただけで委員を外されたそうです。もう自民党か
          ら離れた方が良いです。あんな狂った政党にはオカシイ人しか残れません。強行採決に反対した泉田議員を
          支持します。 #検察に安倍首相に対する捜査を求めます

       3  「強行採決をすべきでない」という、健全な議会制民主主義を実現する上で至極当然な主張が、自由民主党
          って所では更迭沙汰になるらしいです。 これで「自由」「民主」党と名乗る欺瞞。 #検察庁法改正案に抗議します
          #検察庁法改正法案に抗議します
#検察庁法改正に抗議します

       4 ほほう。反対意見は許さない…と。 さすがは独裁政権。今回の法改正をどのように使うつもりなのか、よく分か
         る行動ですね。 もう、自由民主党なんて名前返上してもらいたい。不自由独裁党とでも名前変えればどうでしょ
         うか?


 
       「ツイッター・デモ」

         2020・5・14

   「全国革新懇ニュース」5月号の第一面は元特捜検事・弁護士の郷原信郎さんのインタビュー記事だ。
  タイトルは「違法な検事定年延長は絶対に許されない」。これはコロナ危機の中で起きた火事場泥棒事件について
  元検事が問題の本質がどこにあるのかを解説したものだ。以下にその抜粋を書き写す。

         有罪率99パーセントが示すこと
    閣議決定はどう考えても違法で、しかも稚拙です。検察庁法は、退官年齢を明確に規定し、その年齢を超えて検
   察官として勤務することを禁じています。それは、極めて強大な検察官の権限に制限を設けるためです。
    特定の検察官を勤務延長させ、検事総長への道を開くなど許されるはずがありません。
         危険な権力が強大な権力の支配下に
    定年延長がなぜ許されないのか。それは、「検察の独立性」を侵害するからではなく、危ない権力機関を、強大な
   権力を持つ安倍内閣が違法な手段で支配下に収めることに重大な問題があるということです。
   
    出世する役人は往々にして、国民に寄り添うのではなく政治権力にすり寄ります。常に権力者に忖度し、「政権に
   迷惑をかけない」ということを最大限に考えていた官僚中の官僚だったのが、元財務省理財局長の佐川氏でしょう。
          森友再調査不要は論外
   
 近畿財務局職員の赤木俊夫さんの手記は、胸に迫ります。
   赤木さんは信念として「決裁文書をそのまま表に出すことは、国民との関係では当たり前だ」と考えたのです。真っ直
   ぐで、使命感を持つ人でした。「佐川氏のパワハラには誰も逆らえない」。この一文が全てを表しているじゃないですか。
   佐川氏は明確な指示をしていません。「こういう決裁文書はよくない」と原則論のみを言って、赤木さんなど部下を追い
   込み改ざんの実行役を押し付けていった。これは最悪のパワハラでしょう。自らの手を汚さない分、いっそう汚い。
           検察官の良心に従うなら
    
検察官は、自らの信念と良心に基づいて仕事をすべき職業です。将来を上司に握られてうるような仕事のあり方が
   問題なんです。

    このニュース・ペーパーの4面はライターの武田砂鉄さんの随想だ。これも少し書き写す。

       こんな時だからこそ、批判しなければいけない
    
とにかくこの政府は補償を嫌がる。たとえば、小中高の一斉休校によって働くことができなくなったフリーランスには、
   1日につき、4100円が支払われることになった。1カ月換算で12万円だ。当初、その補償から性風俗業などを除こう
   とした。緊急事態宣言が出てもなお、「自粛を要請するが補償はしない」という姿勢が維持され、働かなければ暮らして
   いくことができない人たちに向けて、ひたすら「家にいましょう」と言い続けた。
    自粛を要請してきながら補償をしない。国民の声を引き受けて、制度を設ける。その多くが給付ではなく貸付だ。あま
   りにも国民の生活を軽視している。
    こんな時だからこそ、批判しなければいけない。

    「全国革新懇ニュース」の年間購読料は1200円+郵送料。申し込めば誰でも読める。
   申込先は☎03(6447)4334、ホームペイジも開設している。
    上の二つの問題に関連して、この数日、「ツイッター・デモ」という言葉を耳にすることが多い。
   コロナ感染拡大に出口が見えない状況下で、3密を避けて路上から空間に場所を変えて新たな市民運動のスタイルだ。
   
既に500万人の人が参加している。この中には多くの著名人の名前も見られ、政治的立場を問わずの市民運動として
   急激に発展している。
    昔はどの家庭でもお父さんが最初に朝刊を読んで、家族全員が社会の動きについて知るという風景であった。
   次の時代は、テレビが全国に普及して、ニュースは家族全員が同時に観るものとなった。読むから観るに受容のスタイル
   が変わった時点でニュースは娯楽性を帯びるようになった。
    そして今、多くの人は新聞を読まない。テレビもまた観ない。
   今は「SNS」の時代だという。何のことかと検索してみれば、次のような説明が出て来た。

            SNSとは?

    代表的なSNSと言えばFacebookやInstagram。ソーシャルなネットワーク作りに使えるサービスがSNS。
   SNSとはSocial Networking Service(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の略です。ソーシャルなネットワーク作り
   のために使用できるオンライン上のサービスのことをSNSといいます。
   「ソーシャルなネットワーク?」意味がよく分かりませんね。ソーシャルとは、「社会的な」という意味の英語です。友達や家族と
   いった既知の人々から、まだ出会ったことのない人やグループを想像してください。それから「ネットワーク」という単語は、”交
   流”という日本語に置き換えてみましょう。
    つまり、自分の仲間と情報や写真をシェアしたり、チャットをしたり、自分の関心のある分野の記事を引用して、同じ趣味の人
   を探したり・・・そんなことができるのが、ソーシャル・ネットワーキングです。

     それで何が変わったか。新聞を読む、テレビを観る、読むと観るとでは大きな変化であり、それをもたらしたのは科学の進歩
    と言うものだろう。しかし、基本的にはどちらも受信であり、受容であり、受け止めた者のその時点での意思表示ということは
    起こらない。此処からさらに科学が進歩するとどうなるのか。その答えの一つが「SNS]と呼ばれるものなのかもしれない。
    社会の出来事に対して有名無名を問わず全ての人が自分の意見を発信する、今、これが可能となった。
    勿論、だからといって問題がまったくないわけではない。
    科学がもたらしたものを使用するのは人間である。そして、人間は嘘をつくことの出来る唯一の動物である。
    社会の出来事に一個人が自由に受発信することが可能になった今、これが表面だとすると、その裏面は監視社会の出現で
    ある。未だルールは出来ていない。自由な受発信の中にはフェイク(偽物)もヘイト(差別)もある。このことは注意しておかな
    ければならない。
     さて、「ツイッター・デモ」とは何か、ちょっと覗いて見る。
    

がこれまでと違うのは、今まで動かなかった知識人や政治と
  距離を置いてきた芸能人を含む各分野の著名人が率先して声を上げたことだ ネット住民だけなら無視できたNH
  Kでさえ報道せざるを得なかった理由でもある 一時的な現象に終わられてはならない。



 

日本がこれ以上 沈没してしまわないように 止めないと!!





安倍晋三の安倍友犯罪揉み消しトリオ





 



        「赤旗の記事」

         2020・5・13 

    11日の新聞から最重要だと思われる記事を二つ書き写す。
   最初のものは安倍独裁の恐怖政治に抵抗者として姿を現した様々な市民の声を伝えるものだ。
   二つめは私の尊敬する政治学者・白井聰さんの「コロナ後の世界」についての発言だ。これは全文転写する。
   白井聰(しらい さとし)さんは1977年生まれの42歳。若い人である。京都精華大学専任講師。専門は社会思
   想、政治学。
    何年か前、この人の『未完のレーニン』(講談社・2007年)、『永続敗戦論――戦後日本の核心――』(太田出
   版・2013年)を読んだ。その頃は白井さんはまだ40歳になっていなかったはずだが、こんな若い人が歴史をこの
   ように分析し、世界をこのように解釈するのかと驚いた覚えがある。正直なところを言えば、衝撃だった。
   つまり、それは恥ずかしながらに云えば、学びの体験だった。以来、白井さんの発言は、私が最も注目する人間の
   一人のそれとして耳を傾けるようになった。
    今日の発言の中に「黄禍論」という言葉が出てくる。

     イエローペリル 【yellow peril】
    「黄禍論(こうかろん・おうかろん)」とは、19世紀後半から20世紀前半にかけて欧米やオーストラリアなどの白人
   国家において現れた、黄色人種脅威論であり、人種差別の一種である。
    ヨーロッパから見ての黄禍の対象は古くはモンゴル帝国であったが、近代に入ってからの対象は中国人、日本人
   となり、アメリカでは1882年に排華移民法が制定され、1924年には排日移民法が制定された。
   原爆投下の思想的根拠も黄禍論である。悪い黄色人種を懲らしめるという差別観が人体実験をしたということである。
   前置きはこれで止める。記事をお読みください。

    「1」  検察庁法案 空前の抗議
            ツイッターで急上昇 400万件突破    著名人も続々

     政府・与党などが検察庁法改定案の国会審議入りを強行したことに対し、ツイッター上で空前の規模の抗議
    が広がっています。検察の人事に内閣が露骨に介入できる仕組みを許していいのか―。俳優や漫画家らも次
    々に声を上げる中、ハッシュタグ「#検察庁法改正案に抗議します」のツイートが、投稿数の多い「トレンド」1位
    に上昇。10日夕には、400万件を超えました。
     ハッシュタグを付けて投稿したのは、俳優の浅野忠信さん、城田優さん、秋元才加さん、タレントの大久保佳代
    子さん、演出家の宮本亞門さん、歌手のきゃりーぱみゅぱみゅさん、漫画「ガラスの仮面」作者の美内すずえさん
    ら。小泉今日子さんが代表を務める会社アカウントの投稿もありました。
     俳優の井浦新さんは同日朝、「もうこれ以上、保身のために都合良く法律も政治もねじ曲げないで下さい。この
    国を壊さないで下さい」とツイート。7万を超える「いいね」が寄せられています。
     問題の発端は、官邸に近いとされる黒川弘務東京高検検事長を、検察トップの検事総長に据えようと、安倍内
    閣が同氏の定年延長を閣議決定したことによるもの。従来の政府の法解釈すらねじ曲げるやり方に厳しい批判
    が相次ぐと、安倍内閣は定年を引き上げ、政府の判断で検察幹部が特別に要職にとどまれるようにする法改定
    によって無法を押し通そうとしています。
    著名人から続々と声が上がっていることに、ネット上では「勇気をもらえる」など連帯が広がっています。

     「2」 新型コロナが問う日本と世界
          資本主義の構造的問題    政治学者 白井聡さん

    新型コロナは、いまの社会のあり方について何を問いかけているのか。政治学者の白井聡さん(京都精華大学専任
   講師)に聞きました。(渡辺健)

     新型コロナウイルスの感染拡大には、資本主義の構造的問題が現れています。いくつかのレベルに分けて整理し
    てみます。
     第一に、新自由主義化による社会の脆弱(ぜいじゃく)化が露呈したことです。イギリスやイタリアで大きな被害が出
    ています。長年の