ハック・フィン協奏曲

         2018・1・1から

  私は私の意見を述べる。それがよい意見だからではなく、私自身の意見だからだ。

 
  



       「番外編」

           2020・10・24(土) 
    
    花の大江戸瓦版「東京新聞」の3日に渡る特集記事「ふたつの戦後」の番外編が出た。もちろん情報源は港ヨコハマ
   の小野さんである。先ず届いたメールを転写する。

         中本さん

    (下)を送ってから気が付いたのですが、すでにお読みでしたか。
   でも、せっかくですから番外編までお送りします。
    ちなみに菅義偉の新書の部分削除の件ですが、「編集部の判断で割愛した」という文芸春秋のコメント、あれは真っ赤
   な嘘ですね。著者を差し置いて編集者が内容をいじることは、駆け出しの新人ならともかく、また大手出版社であればな
   おさら、著者よりも「編集部の判断」が優先されることはありえない。
   必ず著者に事前に了解を得てから行うのが編集者・出版社の常識です。しかも「特定の文言の削除を意図したものでは
   ない」などと言うに及んでは、忖度ここに極まれり、文芸春秋は出版社ではなく戦前戦中時代の政府広報に成り下がって
   しまったのだろうか。よくも恥ずかしくもなくあんなコメントが出せたものだ。
          小野

    東京新聞は菅義偉の天敵と呼ばれる望月衣塑子さんがいる新聞社だが、この社には望月さん以外にも有能にして勇
   気ある記者がいっぱいいるのだろう。そう言えば、斎藤美奈子さんのコラムもこの社のものだ。なるほど読むに値する新
   聞である。赤旗、東京新聞、京都新聞、西日本新聞、沖縄タイムズ、琉球新報、まあ、こんなところか。
    それでは番外編を転写する。  

           <ふたつの戦後~菅首相と翁長前知事~(番外編)>   24日・土曜日
    菅義偉首相は安倍政権の官房長官時代、沖縄基地負担軽減担当相を兼務し、沖縄政策を主導した。
   米軍普天間ふてんま飛行場(沖縄県宜野湾ぎのわん市)の移設に伴う名護市辺野古へのこへの新基地建設
   を「唯一の解決策」と位置づけ、中止を求める翁長雄志おながたけし・前沖縄県知事と対立した。沖縄と翁長氏への
   姿勢や対応から見える「菅政治」の特質について、稲嶺恵一・元県知事、上智大の宮城大蔵教授、沖縄国際大の野添
   文彬准教授の3人に聞いた(村上一樹)
          ◆耳を傾ける姿勢が大事/稲嶺恵一さん 元沖縄県知事
                              稲嶺恵一元沖縄県知事=沖縄県浦添市で
 
    翁長氏は、保守の政治家だった。日米安保体制も積極的に支持する立場だ。ただ基地負担は全国的な課題であり、戦中、
   戦後と犠牲を被り続けてきた沖縄に過大な負担をかけるべきでないとの信念だった。辺野古だけが譲れない線で、辺野古移
   設以外は反対していない。もともと民主党政権の「最低でも県外」との発言を守るべきだとしただけで、変節ではない。
    一方の菅氏も、日米で一度合意したもので、仲井真弘多ひりかず元知事の埋め立て承認は正当と主張した。菅氏は理
   性的に、理屈で判断したのに対し、翁長氏は沖縄の歴史から心でものを語っている。話が合わなくなるのも当然だった。辺野
   古問題は4半世紀の変遷を経て状況は変わってきている。政府も決まった線を真っすぐ進めるだけではなく、沖縄の言うこと
   に耳を傾け、もつれた糸を解きほぐす作業を始めることが大事だ。
     いなみね・けいいち 1933年、中国・大連生まれ。慶応大卒。日本トランスオーシャン航空(JTA)会長や石油卸会社会
   長などを経て、98年11月の沖縄県知事選で自民党県連の推薦を受けて初当選。2006年12月まで2期8年務めた。父は元
   参院議員の故一郎氏。

          ◆実務的だが歴史無理解/野添文彬さん 沖縄国際大准教授(国際政治学) 
                               野添文彬沖縄国際大准教授
    菅氏の沖縄政策への背景には、第1に歴史を理解しようとしないこと、第2に実務的で物事を何としても前に進めようとする
    こと、第3に敵をたたくスタイルが指摘できる。3つが合体すると物事は推進するかもしれないが、非常に強引なものになり、
    沖縄と日本政府との間の溝はさらに深まっていく。自身が進めた基地問題と振興策をセットで進める「アメとムチ」の手法も
    変わらないだろう。
     菅氏は「自助、共助、公助」を掲げ、自分の力でやっていくべきだという考えで沖縄も甘えるなという気持ちが強い。だが沖
    縄が抱える歴史は日本本土とは違う。菅氏が師と仰ぐ梶山静六元官房長官は、沖縄戦の舞台になり、戦後も米国に統治さ
    れたという歴史を踏まえていた。菅氏は師が果たせなかった辺野古移設を実現したいとの思いは強いが、歴史への無理解
    による民意との摩擦は大きい。
     のぞえ・ふみあき 1984年、滋賀県生まれ。一橋大大学院法学研究科博士課程修了。博士(法学)。沖縄国際大法学部
    地域行政学科准教授。専門は日本外交史、国際政治学。主な著書に「沖縄米軍基地全史」「沖縄返還後の日米安保」、共著
    に「沖縄と海兵隊」など。
           ◆水面下で手練手管駆使/宮城大蔵さん 上智大教授(国際政治史)
                                宮城大蔵上智大教授=東京・内幸町で
     菅氏は政権交代時代の政治家と言える。かつての自民党にはもっと節度があったという声もあるが、それは政権交代に脅
    かされなかったから。自民党が野党に転落した強烈な経験があったからこそ、反対派を執拗につぶしていく切迫感のようなも
    のがある。 菅氏は水面下で手練手管を駆使して解決を図るのが政治であり、また揺らいだら負けだと考えている節がある。
    いくら選挙で沖縄の民意が示されても対応を変えず、諦めを誘う政治手法だ。国家像がないと言われるが、換言すると戦術
    はあるが戦略がない。辺野古への移設が自己目的化しており、これだけの巨費を投じ、分断を引き起こす新基地が20年後
    に本当に必要かという大きな発想がない。辺野古移設は、こうした菅氏の政治手法とは最も相性の良くない課題であり、沖縄
    基地問題がこじれている要因だろう。

     3日間に渡る特集記事「ふたつの戦後」は、翁長雄志と菅義偉の二人の政治家の対比列伝で、近頃の政治報道(政局で
    はない)としては出色のものであったが、さらに一撃加えるというのだから、この問題に対する取り組み方は東京新聞の総力
    を上げてのものなのか、まさに裂帛の気合である。社会の木鐸ここにあり、か。
     一方、文芸春秋社だが、ここは「週刊文春」の発売元だったと思うが、確か「文春砲」なる言葉もあったと記憶するけれども、
    それもほんの数日前までのことで、今では笑い話というか、哀れむべし、完全なる死語である。
    この週刊誌の売り物は「不倫摘発」であったが、主として芸能人の私生活の裏面を暴露することを本業としていた。その中に
    たまたま政治家の醜聞も紛れ込んでいたりしたこともあったので世間の人はこの週刊誌を硬派の読み物と勘違いしたもので
    ある。事情はただそれだけのことで、誰に迷惑が掛かるわけでもなく、正義を装った覗き趣味も時には一服の清涼剤の役割
    を果たすこともなかったとは言い切れない。
     しかし、覗き趣味が大好物とするのは他人様の閨房の秘め事であるから、これは政治ではなくて性事である。つまりはポル
    ノグラフィーである。従って、白昼公然とは読むことは出来ない。いや、中には読む人もいるだろうが、何と言っても、いい大人
    がコンビニや電車の中で女性の裸体写真を涎を垂らしながら平気で貪り見る社会だ。既に羞恥心の基準が崩れていいる。
    恥を恥じと思わぬ社会であれば、非常識が常識の上を闊歩するのは特に珍しいことでもないだろう。
     その昔、瓦版の業界には「火事と喧嘩は江戸の花」という言葉があった。
    さて、今日の瓦版の業界ではこの言葉はどのように理解されているのか。瓦版の繁盛を支えているのは庶民の野次馬根性
    であるのは言うまでもないことだけれども、果たしてそれだけか。
     どうやら東京新聞と文芸春秋ではこの「火事と喧嘩」の意味及び次元がまったく異なったようだ。
    

 




        「小野さんからのメール」

           2020・10・23(金) 

     2日前の夜のことだ。港ヨコハマの小野さんからメールが入っていた。
    この人との友情は私が最初(そしておそらく最後の)の本を出した時から始ったものだから、かれこれ10年を
    数える。一口に10年と云ってみても、それを生活史の中に探ってみればやはりかなり長いものであるようだ。
     末娘の胡桃が小学校に入学した時、小野さんが三菱の高級鉛筆セットをお祝いとして贈ってくれた。
    こんな高価な文房具を持つ女の子はいくいくは文学少女か数学博士になるのではないかと親馬鹿の夢を楽しん
    だのは既に遠い昔の思い出で、その夢は儚く消えて、今私の前で毎朝スクワットなる体操に励む少女は16歳
    となり、来年は高校進学、大坂なおみに憧れるスポーツ少女である。
     片時も放さず手に握っているのはボールを打ち返すラケット、残念ながら鉛筆を握って紙の上に何かを書くと
    いう樋口一葉を思わせるような文雅な姿は一度も見たことはない。
    この娘にとって集中とは机の上のことではなく、コートの上での一瞬一秒の判断と情熱である。それもまた良しか。
     それはともかくとして、小野さんとの友情は成立以来オープンなものであるから、この往復書簡もこれまでと同
    じくハック・フィンの中で展開することにした。もちろん御本人の了解は頂いている。
     釣聖小野さんからのメールには東京新聞の21日の特集記事が添付されていた。メールはその後も続き、22,
    23の3日間に渡る長い論評だった。
    題して「ふたつの戦後」、その内容は簡単に云えば、翁長雄志と菅義偉の二人の戦後生まれの政治家の対比列
    伝である。余計な解釈は抜きにして、その全文を転写するので、時間のある方はどうぞお読みください。また時間
    のない方もどうかお読みください。
     その前に小野さんからのメールを書き写す。これが事の起こりである。21日・水曜日のメール。

           中本さんへ

     枯葉といえば、僕の記憶は幼い頃に母が聴いていたジャズです。
    そして、今でも時々ビル・エバンスやマイルズのLPに針を落としています。
    記憶は人そのもの。決して手放してはならないもの。
    国という共同体においてはそれは歴史です。だから、決して書き換えたりしてはいけない。
    なぜならそれは国民の記憶を変えてしまうことだから。
     本日の東京新聞1面記事を送ります。本当に読むに値する記事です。
    二人の対比で浮かびあがるもの。
    翁長雄志さんの歴史観。菅義偉、この男は政治家にだけはなるべきではなかった。浅い、あまりにも浅すぎる。
    この男の故郷が私と同じだということが、私にとっては雪に埋めてしまいたいほど情けない。
          小野

     追伸:ハック・フィン協奏曲にはもう一人読者がいることをどうかお忘れなく。

     では始めよう。大江戸瓦版「東京新聞」が伝える東海の孤島「倭国」の秋の風景、以下に転写する。
    一つの国の中のことでありながらどうしてこれほどまでに違うのか。
    沖縄と本土、翁長雄志と菅義偉。

        「ふたつの戦後」

     <ふたつの戦後~菅首相と翁長前知事~(上)>   21日・水曜日

     菅義偉首相が就任して1カ月余。私は官房長官時代の最後に担当し、今も官邸で取材に当たる。日本学術会議
    問題などへの対応を見ていて思い出すのが、米軍新基地を巡って菅氏と相対した故翁長雄志おながたけし・前
    沖縄県知事。3年前に琉球新報に出向して取材したが、その言葉は、今も迫ってくるものがある。よく似た経歴で戦
    後を歩んだ2人が対立した経緯をたどれば「菅政治」の本質が見えてくるのではないか。意見の異なる人と対話が成
    り立たない今の政治の原因も分かるかもしれない―。翁長氏が残した言葉を見つめ直した。(この企画は村上一樹
    が担当します)=肩書などは当時 。
     2015年夏、菅官房長官と翁長知事が向き合った。米軍普天間ふてんま飛行場(同県宜野湾ぎのわん市)
    の移設に伴う名護市辺野古へのこの新基地建設計画を巡り、推進する国と、中止を求める県が那覇市や東京都
    内で計5回開いた集中協議。菅氏は官邸で沖縄政策を取り仕切っていた。
          ◆新基地建設巡り5回の集中協議は平行線
     太平洋戦争末期の沖縄戦を経て、戦後27年間に及ぶ米軍統治を強いられた沖縄。翁長氏が苦難の歴史に触れ、
    計画の再考を繰り返し求めたのに対し、菅氏の答えは「私は戦後生まれで、歴史を持ち出されても困る」。乾いた言
    葉に、翁長氏は「お互い別々に戦後の時を生きてきたんですね。どうにも擦れ違いですね」と無力感をにじませた。
     秋田の農家に生まれ、高校卒業後に家出同然で上京。都内の段ボール工場に就職するも、2年後に法政大に入
    学―。 首相就任に伴い、広く知れ渡った菅氏の経歴だ。2年遅れて、同じ法政大法学部に進んだのが翁長氏だった。
    同時代に東京で学生生活を送り、菅氏は1973年、翁長氏は75年に卒業。それぞれ87年に横浜市議、85年に那
    覇市議として、自民党から政治家のキャリアをスタートさせた。歩んだ道は似ている。
    だが、新基地を巡る集中協議では、2人の歴史観の違いが浮き彫りになった。
     菅氏は、普天間飛行場の県内移設を最終報告した96年の日米合意に言及し「私自身にとっては日米合意が原点
    だ」と明言。600年前に成立した琉球王国が日本に併合された歴史までさかのぼり「(沖縄の)自己決定権が蹂躙
    ゅうりん
されてきた」と訴えてきた翁長氏とは対照的だった。
         ◆「沖縄には魂の飢餓感」「日本全国みんなが苦労」
     翁長氏は県議、那覇市長を務め、自民党の沖縄県連幹事長に就いたこともあるが、新基地問題を目の当たりにし
    て、反対の立場を鮮明にして知事選に勝利。保守と革新を結び付けた「オール沖縄」の民意を背にしていた。集中協
    議では「県民には『魂の飢餓感』がある」と繰り返し理解を求めたが、日米同盟を重視する安倍政権を背負った菅氏に
    譲歩という選択肢はない。
     パスポートを持って法政大に進学し、ドルで送金を受けた経験を紹介したこともあった翁長氏。終わりに「私の話は
    通じませんか」と問うと、菅氏は「辺野古に移すことが私のすべてだ」。最後まで視座は交わらず、一致点を見いだす
    余地もないまま協議は決裂した。菅氏は記者会見で「戦後は日本全国が悲惨な中で、みんな大変苦労して、豊かで
    平和で自由な国を築き上げてきた」と、沖縄だけが特別ではないと強調した。

        <ふたつの戦後~菅首相と翁長前知事~(中)>   22日・木曜日
     「『粛々』という言葉を使う官房長官の姿が、米軍軍政下の最高権力者キャラウェイ高等弁務官と重なる。上から目線
    の『粛々』という言葉を使うほど、県民の心は離れ、怒りは増幅し、辺野古へのこの新基地は絶対に建設することは
    できない」
             ◆「日本の政治の墜落」
      沖縄県の翁長雄志おながたけし知事は2015年4月、那覇市のホテルで菅義偉官房長官と就任後初の会談に
     臨み、県民の思いをぶつけた。戦後の歴史、過重な基地負担を強いられてきた実情。菅氏が「関係法令に基づき、辺
     野古を埋め立て、環境に配慮しながら工事を粛々と進めている」と従来の政府方針を説明したのに対し「粛々」の表現
     に抵抗感を覚えていた翁長氏の弁説は30分近く続いた。「沖縄が自ら基地を提供したことはない。県民に大変な苦し
     みを与えて、沖縄が負担しろということ自体が日本の政治の堕落ではないか」
      沖縄は1972年5月の日本復帰まで米国の施政権下にあり、米陸軍将官が「高等弁務官」として絶対的な権限を持
     って統治。復帰運動が激化した60年代前半の弁務官が、翁長氏が菅氏に重ね合わせたキャラウェイ氏だ。63年に那
     覇市で「沖縄の自治は神話にすぎない」と演説し、住民の反発を強めた歴史がある。
               ◆面会断られ続け
      翁長氏は米軍普天間ふてんま飛行場(宜野湾ぎのわん市)の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設に反対
     し、14年11月の知事選で建設を容認した現職に大勝した。だが12月の就任後、上京するたびに安倍晋三首相や菅氏
     に要請した面会は「多忙」などを理由に断られ続け、4カ月後に実現したのが沖縄入りした菅氏との会談だった。会場の
     ホテルはキャラウェイ氏が演説した米軍将校施設の跡地に立つ。
      ようやく会談に応じたものの、菅氏は数カ月後の15年夏に開かれた新基地を巡る集中協議を通じ「辺野古移設は唯一
     の解決策」との原則を堅持。政権の大番頭として引けない立場だったとはいえ、翁長氏には訴えに耳を貸そうとしない「上
     から目線」に映った。
      菅氏の政治姿勢を読み解くヒントは、民主党政権時代の12年に発刊された自著「政治家の覚悟」にある(今月発売の
     改訂版では削除)。普天間移設で「最低でも県外」と表明した鳩山由紀夫元首相らを批判。ルネサンス期のイタリアの政
     治思想家マキャベリの言葉「弱体な国家は常に優柔不断である。決断に手間取ることは常に有害である」を引用し「日本
     を『弱体な国家』にするわけにはいかない。マキャベリの言葉を胸に歩んでいく覚悟だ」との決意を示した。
              ◆菅氏、強い国家を意識
      自民党は09年衆院選で野党に転落し、菅氏は12年の政権復帰とともに官房長官に就任した。3年間の苦渋の経験が
     あったからこそ、強い国家を意識し、反対論には強行突破も辞さない姿勢につながっているように見える。
     沖縄問題に限らず、政策や人事の決定に際し、たびたび菅氏は周辺にこう語る。「おれがやると言ったらやるんだよ」

            <ふたつの戦後~菅首相と翁長前知事~(下)>    23日・金曜日

     沖縄県名護市辺野古へのこの米軍新基地建設を巡り、国と県の集中協議が決裂した直後の2015年11月。政府は、
    辺野古の建設予定地に隣接する行政区(通称・久辺三区)に、年間で最大計3900万円の補助金を交付する新たな制度を
    創設した。地元の県や市を飛び越え、町内会のような組織に国費を直接投入するのは異例だ。
              ◆県、市飛び越えて国費を直接投入
     主導したのは菅義偉官房長官。住民が安眠を妨げられるなど新基地反対運動の影響を受けていると説明し「配慮するの
    は当然だ」と主張したが、明らかに懐柔策だった。翁長雄志おながたけし知事は「基地を絶対につくらせない(とする)県
    民と、地元で大変悩んでいる人たちを分断するような発言だ」と反発。翁長氏に同調する反対派の稲嶺進名護市長も「国民
    的な常識から考えて、あり得ない」と批判した。
     「できることは全て行う。見える形で実現する」。振興策を含む沖縄政策について菅氏はこう語り、新基地建設に向けても、
    あらゆる手を駆使し始めた。18年2月に行われた名護市長選が象徴的だ。
     稲嶺氏に対抗し、自民、公明両党が推す新人を後押しした。一市長選としては異例の組織選挙を展開し、新人を当選させ
    ることに成功。菅氏は「相手候補は必死に(辺野古)埋め立て阻止を訴えた。選挙は結果が全て」と勝利宣言した。
               ◆「アメ」ちらつかせ「外堀」埋める
     米軍施設関連の対応は、北部訓練場(国頭村、東村)の一部や西普天間住宅地区(宜野湾市)の返還という実績を強調。
    跡地利用の一例として、ディズニー関連施設の誘致構想に言及するなど「アメ」をちらつかせた。
     菅氏は安倍政権の屋台骨を支える責任者として、政策実現へ情報収集と水面下の調整を徹底した。硬軟を使い分けて
    「外堀」を埋める一方、「本丸」の新基地建設に向けては、知事権限で辺野古沿岸部の埋め立て承認を取り消した翁長氏に
    対抗。防衛省沖縄防衛局が行政不服審査法に基づき「私人」として不服を申し立て、同じ政府内の国土交通相が取り消しの
    効力を停止する手段を使った。行政法の専門家らが「法治国家にもとる」と批判の声明を出した方法だ。
     政府の攻勢に、翁長氏は「県民同士が争う様子を上から笑って見ている人がいる」と漏らすようになり、怒りとともに苦悩の
    色をにじませた。病を抱えていた翁長氏の体調は悪化し、18年8月に現職のまま急逝。9月に行われた知事選では、翁長氏
    の後継として立候補した玉城デニー氏が大勝した。
               ◆菅氏の姿勢問い続ける翁長氏の言葉
     知事選で前宜野湾市長を推した菅氏は自ら沖縄入り。公約に知事権限とは無関係の「携帯電話料金の4割削減」を入れ、
    街頭で訴えた。正面から新基地問題を語らない戦術を貫いたが、結果は敗北。菅氏は名護市長選から一転し「地方選挙の
    結果にはコメントしない」と沈黙した。
     今年で戦後75年。安倍晋三首相は退陣して菅内閣が発足したが、新基地の建設工事は「粛々と」進む。翁長氏は志半ば
    で旅立ったが、残した数々の言葉は今も菅氏の姿勢を問い続けている。
    (この企画は村上一樹が担当しました)=肩書などは当時 。

     最後に個人的な感謝の気持ちを述べる。
    追伸の「ハック・フィン協奏曲にはもう一人読者がいることをどうかお忘れなく」、これには参った。
    小野さんは老人介護の達人である。
    こういう言葉を贈られると、単純にして無邪気な風狂無頼は瞬時にして天まで舞い上がる。
     塩谷さん、金田さん、小坂さんの3人は私より年長でパソコンを扱わないが、この3人にはどうしても読んでもらいたいと
    思う私は毎週火曜日の朝には傍迷惑ということも考えず、ニコニコと満面の笑みで郵便配達をする。これは私の手稲区で
    の悦ばしき労働であるから、ある意味では私生活の領分に属することなのかもしれない。
     けれどもホームペイジによる発信は当然のこととして星置周辺を超える。
    斜里、音更、新発寒、屯田、福住、小樽、苫小牧、長野、大坂、奈良、岡山、沖縄と連帯と信頼の絆は広がる。これが10年
    の年月の重みと深さだ。この人たちの友情に支えられて、私は、私の意見を書き続けてきた。
     10年前に「星置9条の会」の事務局長であった塩谷敏彦さんに「中本君、ホームペイジを立ち上げなさい」と言われた時は、
    ほんの軽い気持ちで引き受けたのだが、まさか10年の持続する志になろうとは思いもよらなかった。
    流石に塩谷さんは導師であった。ここから先はダンテの『神曲』の世界である。

     この山を登らんとする者、麓にては大いなる苦しみにあわん。されど登るにつれそは減ずべし。そのゆえに、辛苦
    も愉しみになりつるとき、登ることいとやさしくみえて、速き流れを小舟にて下るがごとし。
                      ダンテ・アリギエーリ(1265年~1321年)






         「消しゴムの喜劇」

         2020・10・22(木) 

     菅義偉は7年8カ月続いた安倍北条幕府の茶坊主筆頭の地位にあった男だ。
    茶坊主とは文字通りお茶汲みのことであり、その日課は奥の間の拭き掃除と庭先の掃き掃除である。
    この流派は茶聖利休とは何の関係もない田舎野武士の乱暴狼藉を絵に描いたような作法も幽玄も風雅もない
    低俗極まりない野点(のだて)を最上とする簡単にして便利なものだが、およそ文化とも芸術とも何の関係も持た
    ない即席の政治儀式である。これを執り行うにあたって特別の教養や技術は必要とされておらず、またその品性、
    理性、知性を問われることもない。
     茶道の指南書である『南方録』には、「定法なきがゆえに定法あり」と書かれてあるが、茶坊主はこの言葉を
    「茶の心」と理解したのであろう。もっとも『南方録』は天下周知の偽書であるが。
     さて、堂上貴族の安倍晋三や麻生太郎などから見て地下人(じげびと)にしか過ぎなかった茶坊主が精進こめ
    て務めた奥の間の拭き掃除、庭先の掃き掃除とは具体的にはどういう仕事であったのか。
     部屋の埃を払う、庭先を清めるということであるが、これは汚れを取るとか異物を取り払うということであろう。
    茶坊主が伝家の宝刀とした掃除機は幾つかの機能を持っていて、特に優れていると評されたのは、隠蔽・改竄・
    廃棄の特殊機能である。これがあったからこそ茶坊主は苦節7年8カ月をよく持ち応えることができた。
    人間は、成功の体験に縛られる、あるいは逃げられないというべきか。
      この度、茶坊主は野党時代に刊行した単行本を文芸春秋社から新書として復刻したということだ。
     題して『政治家の覚悟』、また何とも大袈裟というか、大時代的だね。その若い頃は一人寂しく「上野はオイラの
    心の駅だ」と昭和演歌で単身上京の孤独を自ら慰めていた者が、今では大政治家を気取って人の道を説くという
    のだから、成功とは本当に恐ろしいものだね。あの雪深い故郷のイチゴ畑にあった純情は何処へいったのか、い
    やいや、そんなものは始めからなかったのかもしれない。
     この男は、茶坊主筆頭で在った頃は公文書の隠蔽・改竄・廃棄を清掃の三大心得とした、そして今、自ら書いた
    ものをもその対象とした。恥ずかしかったのか、都合が悪かったのか、理由は分らない。
    かつての成功体験が今も通用すると思うところにこの男な傲慢と未熟が透けて見える。その姿はあまりに醜悪に
    過ぎる。消しゴムを必要とするなら、文章は書くな。文章を書くとは、命を削るということである。必要なのは政治家
    である前に、言葉に命を吹き込むその覚悟だよ。ペンの運動を馬鹿にしてはいけない。
    「存在の耐えられない軽さ」、あるいは「消しゴムの喜劇」というべきか。
     ここで茶坊主の履歴を振り返ってみてもあまり意味はなさそうだ。この辺で止めよう。
    後は西日本新聞とスポニチにお任せする。何があったのか?

        菅首相の著書改訂「公文書重要」バッサリ削除

     菅義偉首相が2012年の野党時代に刊行した単行本「政治家の覚悟」(文芸春秋)が改訂され、新書として20日、
    発売された。当時の民主党政権とその公文書管理の在り方を批判し、「国家を運営しているという責任感のなさ
    が如実に現れています」と主張していた単行本中の記述が削除されており、話題を呼んでいる。
     「政治家の覚悟」は首相の唯一の著書。単行本は既に在庫切れで、9月の自民党総裁選に出馬表明する前後
    からネット上では数万円で取引されていた。
     文芸春秋は「復刊を望む声が多数集まった」として今回、改訂版の発行を決めた。「官僚を動かせ」と題した単行
    本と同じ内容の第1部と、第2次安倍政権の官房長官時代に月刊誌「文芸春秋」に掲載されたインタビュー4本の第
    2部で構成している。
     新書でなくなったのは民主党政権について、11年の東日本大震災時に会議の議事録を十分に残していなかった
    などと指摘していた複数の章。公文書管理の大切さを、首相はこう訴えていた。
     ≪政府がどう考え、いかに対応したかを検証し、教訓を得るために、政府があらゆる記録を克明に残すのは当然
    で、議事録は最も基本的な資料です。その作成を怠ったことは国民への背信行為であり…≫
     だが、その後の安倍政権では森友、加計(かけ)学園や桜を見る会の問題で、改ざん、破棄などずさんな公文書
    管理が表面化した。17年の官房長官記者会見では、単行本の該当箇所を引用する形の質問を受け、政府の姿勢
    をただされる場面もあった。
     削除について、文芸春秋の文春新書編集部は西日本新聞の取材に対し「総ページ数など全体のバランスを考え、
    編集部の判断で割愛した。特定の文言の削除を意図したものではない」と回答。立憲民主党の枝野幸男代表は20
    日、「菅新政権がしっかりと記録を残す意思を持っていないことを示している」と述べた。新書は全244ページ、880円
    (税込み)。 (一ノ宮史成)

        伊藤惇夫氏 理解できない菅首相の“狙い”「古傷を隠したい印象が強い」
                  配信     スポニチ

     外遊中の菅義偉首相が野党時代の2012年に刊行した単行本「政治家の覚悟」(文芸春秋)を改訂した新書が20日、
    発売された。公文書管理の重要性を訴えていた章が削除された。「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然」など
    と記述したものだったが、新書ではその部分の記録は残さなかった格好だ。  ▼伊藤惇夫氏(政治アナリスト)そもそ
    も、なぜこのタイミングで新書を出したのか理解できない。問題になっている記述は削除しても、しなくても批判されるの
    は出版前から分かっていたはず。断ることもできた中で、出版にどのような狙いがあるのか見えてこない。民主党政権
    で野党議員だった頃に書かれた本なので「今回は立場が変わったから」と受け取ることもできる。だが、どうしても古傷
    を隠したい印象が強くなってしまう。公文書を巡って、安倍政権で散々疑惑の尻ぬぐいばかりをしてきた記憶を消したい
    のではないかと国民に思われても仕方がない。




 
     「そこにゴミを捨てるな」

         2020・10・21(水)

    今日の新聞の第一面のトップ記事は、その後の福島第一原発だ。
   この問題については、何がなんでもオリンピックを開催したかった靖国小僧こと安倍晋三は「アンダーコントロール」と
   云う言葉を使って解決済みであることを強調した。また何の根拠も示さず「世界最高の安全基準」だと胸を張った。
   そして原発輸出を経済政策の唯一の柱として世界中をセールスで走り回った。
    笑うべし、世界唯一の被爆国の首相がだよ、原発過酷事故の当事国の首相がだよ、多くの財界人を引き連れての
   原発セールスを展開したのだよ、この様をドイツのメルケルさんを始めとして世界の人々は冷ややかに眺めていた。
   靖国小僧の科学知識がどの程度のものであるかは知らないけれども、福島第一原発の問題は国内の単なる災害で
   はなかったし、政治問題でもなかった。だから世界に対して隠し切れるものではなかったし、世界も事の本質を見逃す
   わけもなかった。いや、むしろ海外メディアの方が事故の背景と全体について正確に掴んでいたし、その情報を発信し
   続けた。この状況と云うか、政府とメディアの関係は今も変わらない。私たちは常に目を逸らされているし、口を塞が
   れている。
    ここでの現実とは何か、先進国であれ後進国であれ世界の潮流は脱原発である。原子力を生活及び産業のエネル
   ギーとして捉える考え方はもはや過去のものであって、それも忌まわしい過去のものであって、人類の叡智は次の段
   階に進んでいる。共生共存の安心と平和である。
    さて、それで今日の新聞だ。
   驚いたことに福島第一原発の問題はやっぱり何も解決していなかった。
   政府は、東京電力福島第一原発から出る放射能汚染水を処理した後の高濃度のトリチウム(3重水素)などを含む
   汚染水を薄めて海洋放出する方針を近く決定する方向で調整しているということだ。放出とは、垂れ流しのことである。
   つまり、陸の上では解決の仕様がなく、あるいは解決できるとしてもコストが高いので、安上がりの方法として海に捨
   てるということだ。捨てられるのは汚染水である。前にも言ったが、魚は世界の海を回遊しているのである。もちろん、
   回遊しない魚介類もあるが、それらは沿岸漁業の対象であるから、それこそ真っ先に実害を被る。とすれば、その地
   域で生活を営んでいる漁業者・商業者の生存基盤は壊滅となるのは火を見るより明らかだ。
    工業製品はどこでも作れるが、農林水産は地場産業である。その土地固有の歴史と自然的な環境の中から生まれ
   てきた産業であり、文化であり、生業(なりわい)である。その山や野や海に一部の人間の事情によって変化の圧力が
   加えられることは、自然に対する人間の暴力である。これを環境破壊という。この結果がどういうことになるのかは、
   今回のコロナ禍がよく知らしめるところの教訓である。
    全国沿岸漁民連絡協議会は20日、東京電力福島第一原発事故で発生しているトリチウムを含む汚染水の海洋放
   出を決定しないよう求める要請書を菅義偉首相、梶山弘志経済産業相、小泉進次郎環境相、野上浩太郎農水相に
   送付したということだ。
    海洋放出を行えば、日本の水産業全体に甚大な影響を及ぼすと批判しているということだ。
   それほど難しい話ではない。小学生にでも分かる物の道理というものだ。放射能物質で汚染された物を人間は食べる
   ことが出来ない。それを商品として売ることも出来ない、もちろん買う人はいない。ここで流通は止まる。この意味は
   生活の基盤がある日突然消滅するということだ。だから、私はそこにゴミを捨てるなと云うのだ。
    ゴミを捨てるなと云えば、もう一つ発信しておかなければならないことがある。それは私の住むこの星置のことだ。
   何分にも小さな町のことなので、この町以外の人には事情がよく分からないと思うので、7日の赤旗の道内欄に載った
   記事を全文転写する。

            「札幌・手稲  住民らが陳情」     10月7日 しんぶん・赤旗
                   農業盛んな地に有害残土置くな
   
札幌市手稲区の「手稲山口も新幹線工事要対策土から星置と周辺地域を守る会」が提出した「調査の中止と住民説
   明会の開催を求める(第13号)」「候補地から山口処理場の除外を求める(第14号)」の陳情を2日、市議会総合交通
   特別委員会で審議しました。
    守る会の福盛田勉代表は「山口処理場はごみの最終処分予定地であり、有害な要対策土の置き場として想定され
   ていない」と告発。
    「手稲山口は農業振興地に指定され、『大浜みやこ』カボチャや『サッポロスイカ』というブランド農作物が栽培されて
   いる。処理場は星置と周辺地域の生活圏に隣接し、保育所や幼稚園、学校、病院、介護施設がある」と指摘し、陳情
   採択を強く求めました。
    「他地域での対策土は『異常なし』と確認し、粉じんは有害ではない」と科学的根拠のない答弁に終始する市側。日本
   共産党の千葉尚子市議は「残土に含まれている重金属に住民が不安を持っています。いったん中止し、広い地域での
   説明会を開くべきです」と陳情への賛成を表明しました。
    「ごみ処理場から学校まで300メートルしかない」との発言に「そうだ」の声が。13号は否決、14号は継続審議にさ
   れました。
    
「人ごとと思っている議員ばかり」「新幹線を走らせるためには住民の命はどうでもいいのか」と傍聴者の怒りが爆発。
   委員会に先立ち、秋元克広市長に2446人の署名を提出した福盛田氏は「引き続き署名を集め、世論を力にしていき
   たい」と話しました。

    会の代表である福盛田勉さんは私の友人である。この人は「星置9条の会」の代表でもある。
   このことで誤解してほしくないのは、そういう関係だからといって私は仲間内の話をしようというのではない。勉さんが会
   の代表を引き受けた経緯は詳しくは知らない。けれどもこの運動に身を投じた理由は痛いほど分るし、その言動は尊敬
   に値する、と私は考える。
   
 勉さんは、自分が生きている星置の「今と此処」のことばかりを考えているのではない。先の記事にもあったように予
   定地と近くの小学校の距離はわずかに300メートルである。問題はここだ。勉さんの思考と行動の基本をなすものは、
   後に続く世代に対する現在の大人としての責任というものだ。それは、どういう社会を、どういう環境を残すのかというこ
   とであろう。勉さんは私より1・2ほど年下だから、お互いにこの先50年を生きるということは先ずあり得ない。しかし、そ
   の人生がどこで終わるとしても、人間としての責任とは向き合わなければならないし、引き受けなければならない。
    要対策土とは、自然由来重金属等の基準値を超過した土の事であり健康被害を生じるおそれがあるということだ。
   中でもヒ素は水に溶けても空中に飛散、浮遊していても健康に重大な影響を与えるということだ。
    その予定地が札幌市の所有地であったとしても、だからと言って、その土地の処遇に関する権限が一市長や土木課長
   にあるわけではない。また新幹線延伸というのも基本的には私企業の経営上の問題であるから、これも札幌市民とは直
   接の関係はない。そもそも新幹線が必要なのかどうかの議論さえされてはいない。すべてが雲の上の行政と私企業の談
   合から生まれた強権発動である。山口であれ他の何処であれそんな危険なものを押し付けることが誤りなのではないか。
   この決定は始めから市民不在である。通知と説明ではまったく意味が異なる。
    私はここでも云う。 そこにゴミを捨てるな、と。

   


 
             「支持率20%」

               2020・10・20(火)

     今日の新聞に学術会議問題についての世論調査の結果が出ていた。結論から言うと、首相の「説明不足」
    7割ということだ。「共同」「朝日」「読売」、ANNの直近の各世論調査によると、日本学術会議会員の任命拒
    否問題で菅首相の説明について「不足」「納得できない」とする回答がいずれも高い率を占め。「共同」では
    「不十分だ」との回答が72・7%に達していると報じている。
     一方、菅内閣の支持率はいずれの調査でも前回9月から約6~12ポイント下落し、「朝日」で53%、御用
    新聞の「読売」でも67%と下がっている。
     私は世論調査というものはあまり信用していないから、今回の調査結果について特に考えることはないけれ
    ども、ただ、各社の設問がどういうものなのか、そこに何らかの基準があるのだろうかと不思議に思うだけだ。
     事実は、首相と成った男が国会も開かず、所信表明もせず、これといった用事もないのにさっさとベトナムへ
    逃げたということだ。明らかに設問に違いはある。そうでなければ「朝日」の53%と「読売」の67%の差はそれ
    こそ説明がつかない。
     問題の本質は、説明が不十分なのではなく、説明をまったくしない説明拒否の政治姿勢にあるのだ。問われ
    るべきはこの一点である。その上での世論調査であれば、内閣支持率は20%を切るだろう。
    いずれにしても、この先は10月14日の『現代ビジネス』が予測したように支持率は順調に下がり続けるだろう。
    それには国民がよほどの馬鹿でない限りという条件はつくけれども、一旦下がり始めた支持率は恣意的な誘導
    設問などで庇い切ることはできないだろう。
     このコロナの時代にあって世界広しと言えども、「自助・共助・公助」などという棄民政策を自信満々に高らかに
    宣言する政治家はあまりお目にかからない。常識的に考えれば、この時点でアウトだろう。
    宿願の総理大臣には成ってはみたけれども、さてさて、それで何をすればよいのか、さっぱり分からない。
    とりあえずは外務官僚がベトナムへ一時避難せよと旅券を用意してくれたので、これまた数日か前からか出しゃ
    ばりアッキーに代わって「ファースト・レディ」と呼ばれるようになった糟糠の妻の手を引いて第二の新婚旅行と
    洒落こむか、何ともお気楽な奸佞坊主である。しかし、世の中はそんなに甘くはないだろう。
     『現代ビジネス』はこう書いていた。

    そもそも菅首相は総理候補の本命ではなかったのだ。  朝日新聞が6月に行った調査では、「次期総裁に相応し
   い人」として石破茂元地方創生担当大臣が31%だったのに対し、菅首相はわずか3%。  同じく6月の日本テレビに
   よる調査でも、石破氏が26%で小泉進次郎環境大臣が15%、河野太郎防衛大臣(当時)が8%だったのに対し、菅首
   相は岸田文雄政調会長(当時)と同じ3%だ。  これでは一般国民から待望されていたとは到底いえない。

    そうなのだよ。6月の時点では菅義偉なる人物が総理大臣になることを国民は望んではいなかったのだよ。
   その支持率をみても云えることだが、総裁候補ですらなかったのだよ。政治家としての器量の問題だが、6月の時点
   では、菅義偉が総理大臣になることなど誰も望んでいなかったし、想像すらできない一介の路傍の人にすぎなかった
   のである。当人の野望はともかくとして、その能力は良くて広報官、悪くて裏の仕切り屋といった程度のもので、その口
   は語るべき哲学も理念もなく、ただひたすら高級ホテルの3000円のパンケーキを貪り食らうだけである。
    奸佞坊主は任命拒否について、「総合的、俯瞰(ふかん)的な活動を確保する観点から判断した」と大見得を切った。
   官房長官の頃は「問題ない」「指摘はあたらない」と連発する問答無用の田舎侍だったが、位が一つ上がって自民党
   一家の当代になると、見栄も出て来て難し言葉も使いたくとなるとみえて、よせばよいのに「総合的・・・」云々と喜々とし
   て総理大臣らしく振舞ってみた。よほど嬉しかったのだろう、前後の見境なく殆ど興奮状態である。
   そして数日後、追い詰められた奸佞坊主は突然「私は見ていない」と悲鳴を上げた。殆ど錯乱状態である。後はベトナ
   ムに逃げるしか道はなかった。憐れな男である。惨めな男である。薄汚い男である。
    私がこの部屋で月見の酒を呑みながら調査した結果を発表すれば、現時点での菅内閣の支持率は20%である。
   任命拒否についての細々したことはどうでもいいのだ。蛇足・余談・漫談の饒舌の徒を相手にしている暇はない。
   問題は、立憲主義を取り戻すのか、それともファシズムを受け入れるのかということだ。

  「多数者が一者に隷従する不思議」

    ここで私は、これほど多くの人、村、町、そして国が、しばしばただ一人の圧制者を耐え忍ぶなどということが
   ありうるのはどのようなわけか、ということを理解したいだけである。その者の力は人々がみずから与えている
   力にほかならないのであり、その者が人々を害することができるのは、みながそれを好んで堪え忍んでいるから
   にほかならない。その者に反抗するよりも苦しめられることを望むのでないかぎり、その者は人々にいかなる悪
   をなすこともできないだろう。


                 『自発的隷従論』  エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ

     書き忘れたが、今日も火曜日のお茶会には出席した。目の前に差し出されたお菓子を眺めながら約120分の拷問
    に耐えた。欲しくても手を出さない、これは男の美学の初歩である。今更ストイシズムのお勉強というわけではないが、
    なに、ただ歯がないだけのことである。
     美味しそうなお菓子が目の前にある時、男は狂うね。
    「私は、快楽を最後まで自分の手でつかむ」とモンテーニュは言っていたが、まさかお菓子のことではあるまい。
    楽しい火曜日だった。





         「行く河の流れ・・・」

          2020・10・19(月) 

     いつものように午前3時に目を覚ます。暫くの間、先ほど見た夢の中に出て来た昔の恋人のことを考える。
    何でそんな夢を見たかというと、多分、眠る前にイヴ・モンタンの『枯葉』を聴いていたからだろう。
 
      枯葉

    ああ私はあなたを忘れはしない
    私たちが友人でいた幸せな日々を
    あの頃、今日よりも人生は美しく
    そして、太陽は明るかった
    枯葉がシャベルに集められる
    あなたは私が忘れていないことを知っている
    枯葉がシャベルに集められる
    想い出と後悔とともに
    そして、北風がそれらを運び去る
    忘却の冷たい夜へ
    あなたは私が忘れていないことを知っている
    あなたが私に歌ってくれた歌を

     夢の中の女は相変わらず美しかった。その微笑み、その声、その匂い、その仕草、失われた時か。
    もう50年も昔の出来事だ。何時の間にやら私も歯の抜けたジイサンになったから、1歳年上だった彼女も
    やっぱりバアサンになっているのか、でも会いたいね。もう一度この手で抱きしめたいね。
    私生活上のことは書かないと云いながら何をぬけぬけと馬鹿げたことを言っているのか、どうあがいたって
    時間は取り戻せないのだ。可哀想なユキト君、君は本当に底なしのお馬鹿だね。
     珈琲を一杯飲んだところで正気を取り戻した。まだ生きている。
    堀田善衛さんの『若き日の詩人たちの肖像』を開く。前にも書いたが、初読の時は私は25歳だったと記憶する。
    その頃は、安倍公房、福永武彦、辻邦生、吉行淳之介、遠藤周作、安岡章太郎、開高健、古井由吉と読み飛ば
    していたが、どれもこれも面白く、そしてどれもこれも忘れてしまった。その中に堀田さんもいたのだが、一番面白
    くなかった。あれから45年か、まことに月日の経つのは早いものだね。人間、長く生きると何が起きるか分からな
    い。初夏の鴨長明からこの秋のモンテーニュまでほとんどホッタヨシエ中毒症状態である。この面白さが若い時に
    は理解することが出来なかった。忸怩たる思いとはこのことか。今、私が生きているこの場所には文学の香気が
    立ちこめているよ。
     堀田さんは1918年(大正7年)生まれで、1998年(平成10年)まで生きた日本の小説家・評論家である。
    享年は80歳。富山県高岡市出身で、父は富山県会議長の堀田勝文、母は大正年間に富山県で初めて保育所を
    創設した堀田くに。生家は伏木港の廻船問屋である。
    『若き日の詩人たちの肖像』は自伝的な小説で、第一章から第二章にかけてこの辺りの事情と背景が書かれてあ
    る。主人公の少年期の終わりには実家は没落している。
    ともあれ、ここに一冊の本がある。これで私の向こう一週間の幸福は保証された。目出度し、メデタシ。
     午前9時、駅近くの内科病院へ行く。ひと月分の降圧薬を貰うためだ。血圧の方はこの薬があれば不安はない、
    ただし異常に小便が近い。30分もたない。誰か携帯トイレを発明してくれないものか。
     午前10時、駅前の理容院へ行く。ヘアースタイルは「ツーブロッツク」で決める。若い頃のように髪の伸びも早く
    はないので、これ2・3カ月は持つ。随分と経済的だね。家に帰って鏡を見る。我ながらいい男だ。段々渋くなって
    いく、いや、段々惚けて行くの間違いか。もう少し格好の良い老人になる勉強をしなくてはいけない。
    老いには、老いの花があるぞ、と言い聞かせる。
     午前11時、今度は歯医者さんだ。病院巡りか、忙しいね。新しい歯の型どりをしてもらった。この2週間ステーキ
    は食べていない。毎日小麦粉を呑みこんでいる。まるで地獄の一季節だね。
    いつになったらシャトー・モンテーニュを呑みながらサーロイン・ステーキを食べることが出来るのか、食欲は最後の
    生の証しである。
     正午、昼食は醤油ラーメン、またしても小麦粉である。
    タコ焼き、お好み焼き、コペン焼き、ラーメン、饂飩、焼きそば、スパゲッテイ、餃子、焼売、血の滴るものは一つとし
    てない。あ々、小麦のない国へ行きたいね。
    歯を新調したら骨付きの韓国焼肉を食べに行こう。酒は韓国焼酎か。次は成吉思汗にサッポロビールか。そして夜
    はモツ鍋に増毛の銘酒・国稀といくか。
     午後2時、「手稲山口の新幹線工事要対策土から星置と周辺地域を守る会」の代表である福盛田勉さんと署名活
    動で町内を廻った。私は玄関での挨拶をするだけで、説明は勉さんが全部やってくれた。相変わらず簡潔にして明
    快、説得力がある。私は横で聞いていて「なるほど、なるほど」と頷くだけ。勉さんは本物の市民運動家だね。そんな
    わけで訪問先では皆さん快く署名してくれた。中には人口減少の北海道に新幹線など必要ないと言い切る人もいた。
    私もそう思う。貧富の格差拡大のこの国に新幹線に乗って観光旅行を楽しめる人間がどれほどいるというのだ。やる
    べきことは他にもっとあるだろう。高齢化社会の中で地域住民の足を大切にすると言うならば新幹線ではなく、ローカ
    ル線の存続と充実ではないのか。新幹線に乗って隣町の病院へ行く馬鹿が何処にいる。
    何かにつけて経済優先などと利いた風な口を言う輩が多いけれども、くだらぬ消費税などで消費人口を減らしておき
    ながらどうして経済優先が成り立つのか、地域に人がいなくなれば経済も同時に消滅するのは自明のことである。
     午後4時、星置9条の会の事務局の企画会議に出る。処は福盛田家のお茶の間、勉さんと阿部祐二さんと私の
    3人だ。今年はコロナ禍で9条の会は開店休業を余儀なくされた。やりたいことは沢山あったし、やらなければならない
    こともあったけれども3密を避けた。コロナ禍による活動休止の中で4人の呼びかけ人が亡くなられた。
    3人は高齢による衰耗、若い1人は病気による。
    企画の提案は福盛田勉代表によってなされた。亡くなられた4人の方のご冥福を祈る追悼の場を年内に設けようとい
    うものだ。亡くなられた方は、小坂利幸さん、五十嵐公人さん、尾張 正さん、曽川伸晃さんだ。
     そうだよね、見送らなければならないよね。受けた恩恵に対して心からの感謝をこめて。これが友人としての仕事だ。
    日時と企画の内容は呼びかけ人全員に相談するとして、年内に開催することだけは決定した。
    我らのメモリアル・サービス(追悼式)。

     行く河のながれ絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、ひさしく
    とどまりたる例なし。世の中にある人とすみかも、またかくのごとし。
                       『方丈記』 鴨長明
    



 
         「幻想としてのアメリカ」

            2020・10・18(日)

    新型コロナウイルスの感染拡大が続くアメリカでは、貧困率が上昇し、新たな救済策が必要とされていると
   今日の新聞は報じている。しかし、大統領選(11月3日)直前の政治的な駆け引きが障害となっているという
   ことだそうだ。
    コロンビア大学の貧困・社会政策センターが15日に発表した報告によると、貧困率は今年2月の15%から
   同9月には16・7%に上昇したということだ。中でもヒスパニックや黒人の貧困率が高く、世代別では17歳以
   下の子どもが高く9月には20・4%に上がったということだ。
    貧困率について検索すれば色々な解説が出てくるが、一番分かり易いと思われるものを転写する。

       百科事典マイペディアの解説

    国内における所得格差を示す指標で,しばしば国家間の貧困度合いの比較にも用いられる。絶対的な貧困度
   を指す概念ではなく,相対的貧困度を示している。OECDは,相対的貧困率を,世帯の等価可処分所得が,全国
   民の等価可処分所得の中央値に満たない国民の割合,と定義している。スウェーデンデンマークなどの北欧
   はじめ西欧諸国の多くが10%を下回り,メキシコ,トルコ,米国は17%〜18%ときわめて高い。日本は2006年現在,
   15.7%で,先進国では米国と並んで,貧困率の高い格差社会となっている。

    この数年ほど前からアメリカが決して豊かな国ではないということが当たり前の常識となってきたようで、アメリカン・
   ドリームなどという言葉も今日では死語とさえ云える。アメリカ文化に対する憧れを語る雑誌もあまり見かけなくなった。
   米ソの冷戦時代までは、経済力に裏付けされたアメリカ文化の豊かさは日本を含めて世界の後進諸国にとっては
   圧倒的な眩しさを誇っていた。例えば、『ウエストサイド物語』というミュージカル映画が見せてくれた移民国家の光と
   影である。そこではアメリカは「自由と成功」のチャンスの国であった。そして、そのチャンスは努力さえすれば誰にで
   も掴むことが出来るものとして信じられていた。マフイア伝説を描いた『ゴット・ファザー』もそうした移民の成功物語で
   あった。事実、世界の若者を魅了した名車フォード・マスタングを造ったリー・アイアコッカ(1924年~2019年)はイ
   タリア系の移民の息子であった。しかし、こうした成功例は極めて稀な例外であることを知るのにそれほど長い時間
   は掛からなかった。第44代合衆国大統領のバラク・オバマもその一例である。
    私は1949年の生まれであるが、この世代にとってのアメリカとは、エルビス・プレスリーであり、ジェームス・ディーン
   であり、ポール・ニューマンであり、車はマスタング、マーキュリー・クーガ、キャデラックであり、そして、コカコーラとハン
   バーグであった。もちろん、これだけではないが、総じてアメリカ文化とは歴史の重みを持たない新世界の風俗であった。
   そして、それが風俗であったから受け入れる側には特別な教養も覚悟も必要とはされなかった。この軽さが良くも悪しく
   もアメリカ文化の本質であった。海を渡れば、そこには自由な新天地が待っている、美しい幻想だ。この幻想が第二次
   世界大戦に勝利をもたらし、その後の世界を主導してきたのである。
   米ソ冷戦時代といってもこの二国の小麦の生産量の差は圧倒的であった。経済的にはソビエトは最初からアメリカの敵
   ではなかった。すなわちパクス・アメリカーナである。それはアメリカによる平和だった。
    そして今は米中新冷戦時代だという。両国の小麦の生産量は分らないが、経済力はもうほとんど互角、あと数年もす
   れば中国は世界第一の経済大国となるだろう。今の中国は世界の工場である。
   この中国はかつて第三世界のリーダーであった頃の人民解放の革命国家ではない、世界の覇者としての中華思想を
   公然と唱えて四方を東夷(とうい)、西戎(せいじゅう)、南蛮(なんばん)、北狄(ほくてき)と見下す大帝国である。
    中国のことはともかくとして、話をアメリカに戻す。
   どこでアメリカは道を誤ったのか、この繁栄は何が原因で没落し始めたのか。ある人はベトナム戦争の敗北だと云う。
   また別なある人は指導者及び政治の劣化を挙げる。また別なある人は新自由主義の破綻を指摘する。
   どれもこれも原因の一要素であることは間違いないけれども、しかし冷静に考えてみれば、アメリカの悲劇は昨日今日
   に始ったことではない。差別と抑圧は建国以来の歴史であり、その社会構造が経済発展の条件そのものであった。
   誰もが成功を夢見る社会、そこでは必然の結果として貧富の格差は受け入れられる。
    18日、つまり今日現在だが、世界のコロナウイルス感染者数は累計で4000万人を突破した。
   感染者数が1000万人に達するのには6カ月を要したが、3000万人から4000万人になるのにはわずか32日しか
   掛からなかったということだ。世界での1日当たりの新規感染者は16日に41万5000人超と過去最多を更新していた
   と報じられている。
    世界の感染者数と死者数はアメリカが第一位である。上位3国の数字は以下の通りである。
   
国名  感染者数  死者数 
  1   アメリカ  8、154、594  219,674
   2  インド  7、550、273  114、610
   3  ブラジル  5,224,362  153、675

    ベトナム戦争は1961年、当時アメリカ大統領だったジョン・F・ケネディがベトナム共和国(南ベトナム)へ援軍を派遣し
   たことから始まり、1975年のアメリカの敗北をもって終わった。14年半に渡る長い戦争であった。この戦争での米軍の
   死者数は58,220人である。
    トランプ政権下のコロナ感染死者数は219、674人である。最初の感染者が確認されたのは2月ことであるから、時間
   にすればわずか9カ月の出来事である。これが世界最裕福にして最強の国の現実である。
   そして今、そのトランプはマスクを着けずに演説し、至るところで差別を煽っている。
   アメリカの時代は終わった。経済的にも道義的にも完全に終わってしまった。もはや幻想はない。




         「書き続けること」

             2020・10・17(土)

     今朝方、『ミシェル 城館の人』第三部「精神の祝祭」を読み終えた。
    第一部「争乱の時代」を開いたのは9月の1日、第二部「自然・理性・運命」は9月20日、第三部を手に取った
    のは今月の5日のことだ。3部作とはいえ一本の小説を読むのにこれほど時間が掛かったのはおそらく始めて
    のことではないだろうか。理由は、老いによる視力の衰えと云いたいところだが、幸いなことにまだ本を読むの
    に不自由するといった段階ではない、では何かとなると、第一は一日の中での読書時間があまりにも短すぎる
    ということだ。私という人間の性格から来るものなのか、いい歳をして俗事・雑事が多すぎる。それがために健
    康と正気を何とか保っているという面もないわけでもないけれども、プルーストも云う様に読書そのものは精神
    生活ではない、読書は精神生活への一つの入り口に過ぎない。ではその俗事・雑事の中に精神生活と呼べる
    ものがあるのかということになるが、在るとも無いとも今ここで断言はできないけれども、ふと思うのだが、九条
    の会の運動は私にとってそういうものではないだろうか。この会の呼びかけ人として「ハックフィイン協奏曲」を
    書き続けて早や10年となる。
     モンテーニュは、「私が書物を作ったというより、むしろ書物が私を作ったのである」と言っている。
    しかし、私はこの「ハックフィン」をいつかは一冊の本という形に仕上げようなどとは考えたことはない。こんな出
    来損ないの日記は長い人生においての単なる旅の恥の書き捨てにしか過ぎない。けれども、書くこと、書き続け
    ることは、知らず知らずして何時の間にか一個の人間を作る。と云うのは、積み重ねた言葉は、もしそれが真実
    であれば、独自の思想を生み出す方向性を持っているからだ。
     このことをモンテーニュは後年、『エセー』の初期の文章について、「いくらか他人の匂いがする」と云っている。
    この意味は、書き続けることによって自己というものが明確になってきたということだろう。つまり、書き続けるこ
    とによって一般的な意味での私人であるミシェルが段々と消えてゆき、モンテーニュという唯一絶対の人間とし
    ての私人が生まれてくるという過程である。これを世界市民と云うか。
    サント・ブーヴという批評家はモンテーニュについて、「人間であること、これが彼の職業であった」と言ったそうだ。
     モンテーニュはこう云う。

     世間の人はつねに正面を見る。私は自分の内に目を向け、そこに据えつけて、押さえておく。他の人々は自分
    の前を見詰める。私は私の内部を見詰める。私は私にしか用がない。絶えず私を考え、私を調べ、私を味わう。
    他の人々は、たとえ考え巧者であるにしても、つねに自身以外のところへ行き、つねに前に進むが、私は私自身
    のなかを転げてまわる。

     私はこの「ハック・フィン」を書き始めるにあたって三つの原則を立てた。
    第一は、私生活に属することは書かない。第二は、九条関係者以外の友人・知人の実名は公表しない。
    第三は、正義の立場に立っての独善的な政治評論のようなものは絶対に書かない。以上の三原則が守られてい
    るかどうかの判断は書き手がするものではないだろうから、永遠の保留とする。
     しかしこの秋、堀田善衛さんの『ミシェル 城館の人』を読んで、私の立てた三原則について少し疑問のようなも
    のが生じてきた。それは、私は私自身をもっと正直に曝け出すべきではなかったのか、というものだ。
    題名を「ハック・フィン協奏曲」としたのは、筏の上の不良少年のその後の見聞録もしくは体験記という形式を採っ
    たということであるから、もっと赤裸に、もっと自由に、もっと大胆に書くべきではなかったのか。
    もう70歳だ。何を遠慮することがある、何を怖れることがある、何を気遣うことがある、考えるまでもなくもう「失う
    に足るもの」などなにもないのだ。
     幸いにして塩谷さん、金田さん、小坂さんの3人の読者がいる。これ以上の幸運を望む必要はないだろう。
    「ハック・フィン」は当初は星置九条の会の事務局長としての立場で立ち上げたものであったから、一人でもより
    多くの人に読んでもらいたいという気持ちはあった。しかし、ある時期から私は無名の一個人の立場で発言する
    ことを望むようになった。文責の問題である。正直なところを云えば、いかなる制約も受けたくないということであ
    る。私の言葉は、私だけのものであり、他者の批評によって修正を加えられることを拒む。
     誰の言葉であったかは忘れたが、人が真面目に書いたものをある人は笑いながら読む、人が遊び半分で書
    いたものをある人は真面目に読む、というのがあった。確かに文章というものには、こういう誤解とも正解とも言え
    ない現象を招く性格がある。それは殆ど宿命的というか、逃れられないものであるようだ。
    例えそれが最も論理的な文章であったとしても、真意が常に正しく伝達される、もしくは理解されるという保証はな
    く、解釈は読み手の数だけ可能であり、読み手の知性とユーモアの感覚によっていかようにも変質するであろう。
    ならば言葉は、本来的に伝達不可能な道具なのかと言うと、決してそんなことはない。一人の人間が他の人間に
    何かを伝えようとする時、言葉以外の何がある。
     言葉において解釈の多様性を許すということは、その言葉が曖昧であるということに他ならず、決して褒めたこと
    ではない。ここで考えられることは二つある。一つは書き手の文章能力に問題がある場合、もう一つは読み手の
    精神が不安定もしくは未熟である場合だ。よって私は読者を選ぶ。3人の読者を持つことの幸運とは、この意味だ。
    またしてもモンテーニュの言葉をお借りする。

    私は私の意見を述べる。それがよい意見だからではなく、私自身の意見だからだ。

    「精神の祝祭」エピローグ。451頁。

     ミシェル・ド・モンテーニュ氏は、1592年9月13日、城館において死を迎えた。
    9月はじめに風邪をひき、喉頭炎をおこし、それが悪化して9日頃から危篤状態におちいり、13日に死亡したも
    のであった。時に59歳と7カ月であった。


        「過去に目を閉ざす者は・・・」

           2020・10・16(金)

     中曽根康弘元総理が亡くなったのは去年の11月のことだ。その合同葬は内閣と自民党の主催で今年の
    3月に数千人が参加して行われる予定であったそうだが、コロナ感染拡大で延期となり、10月17日、つまり
    明日行われるということだ。コロナの感染状況は3月よりも拡大し、今もって収束の見通しは全く立っていない。
    であれば今月に合同葬を行う理由は何処にも見当たらない。
     問題はそれだけではない。その費用の約9600万円が今年度の予備費から計上されるということだが、これ
    は国民が納めた税金である。自民党のお家の事情で自由勝手に使って良いものではない。このコロナの時代
    の真っ只中にあって税金を使う優先順位は誰にでも分かることだ。コロナ対策以外の何がある。
     中曽根さんは「元」総理であるから、現在の身分は一私人である。しかも引退したのは33年前の事で、今の
    若い人たちの多くは名前も知らないかもしれないほどの、何と云ったらよいのか、言葉の意味はともかくとして、
    既に歴史上の人物である。過去の極右の一政治家に過ぎない。
     内閣・自民党は合同葬などと祭典のような演出をするが、中曽根さんという人物の評価は立場によって大きく
    異なるし、仮に肯定的なものであったとしても、それを国民の大多数が受け入れているというような事実はない。
    先にも言ったように、引退したのは33年前のことである。多くの若い人たちの記憶にもない人物を偉人扱い
    するのは思想統制というものである。これが紛れもない事実であることを朝日新聞の次の記事が報じている。

          中曽根氏に「弔意表明」文科省が教委などに通知 合同葬
                      10月14日   朝日新聞
     17日に行われる中曽根康弘元首相の内閣・自民党合同葬儀を巡り、弔意表明について知らせる通知を、文部
    科学省
が国立大学や都道府県教育委員会などに送っていたことが14日、文科省への取材でわかった。総務省
    都道府県知事と市区町村長に対し、葬儀中に黙禱(もくとう)するようお願いする文書を7日付で出していたことも判
    明した。
     政府は2日の閣議で、各府省で弔旗を掲揚して葬儀中に黙禱することを了解し、加藤勝信官房長官萩生田光一
    文科相と武田良太総務相に、関係者らに周知するよう通知していた。文科省は藤原誠事務次官が13日、国立大や
    文科省
の機関、日本私立学校振興・共済事業団、公立学校共済組合などの各トップに「この趣旨に沿ってよろしくお
    取り計らいください」とする文書を送った。
     都道府県教委に対しては、弔意表明について「参考までにお知らせします」とし、さらに市区町村教委への参考周
    知を依頼した。
     いずれの文書にも、明治天皇の葬儀で使われた弔旗の揚げ方を図で示した「閣令」や、黙禱時刻が午後2時10分
    であることを知らせる文書が添えられている。

      中曽根康弘(1918年・大正7年~2019年・令和元年)、101歳没。
     この人物は自民党の派閥全盛時代に三角大福中の一角を占め、田中角栄の後見を得て内閣総理大臣になった
     人で、その内閣は「田中曽根内閣」「角影内閣」さらには「直角内閣」と揶揄される程度のものであった。
     若手議員の頃は青年将校と呼ばれ、派閥の長となってからは「政界の風見鶏」という称号を得た。
     要するに遊泳術の達人であったということだ。
      成した仕事は、日本専売公社、日本国有鉄道、日本電信電話公社の三公社の民営化と原発立国である。ここか
     ら新保守主義・新自由主義の政治が始り、右傾化と歴史修正主義の台頭となり、それは小泉、安倍、そして菅へと
     受け継がれて今日に至る。この政治は、靖国崇拝と対米従属の矛盾を抱えて内外に違う顔を見せる双面の似非民
     族主義である。
      中曽根さんの在任中の暴言は数え切れないほどあるが、記憶に残るところでは広島市の原爆病院視察の際の
     「病は気から」に始まり、「知的水準発言」「単一民族発言」「女の子発言」「不沈空母」と続く。要するに、差別主義者
     であった。以上のことは戦後の中曽根康弘という人物に関するものであるが、この人は戦争中は何処にいたのか、
     何をしていたのか。場所はインドネシア国ボルネオ島の町バリクパパン。そこに一人の帝国海軍主計士官がいた。
      2019年11月29日の「リテラ」の記事を転写する。

       中曽根康弘死去であらためて振り返る従軍慰安婦 
            中曽根の「慰安所つくった」証言と「土人女を集め慰安所開設」防衛省文書
      「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設」

      まず、“手記”の話からいこう。中曽根が慰安所設立の事実を書いたのは『終りなき海軍』(松浦敬紀・編/文化放送
     開発センター/1978)。同書は戦中海軍に所属し、戦後各界で活躍した成功者たちが思い出話を語った本だが、その
     中で、海軍主計士官だった中曽根も文章を寄稿していた。
      タイトルは「二十三歳で三千人の総指揮官」。当時、インドネシアの設営部隊の主計長だった中曽根が、荒ぶる部下
     たちを引き連れながら、いかに人心掌握し戦場を乗り切ったかという自慢話だが、その中にこんな一文があったのだ。
     「三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために
     、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある。かれらは、ちょうど、たらいのなかにひしめくイモであった。卑屈な
     ところもあるし、ずるい面もあった。そして、私自身、そのイモの一つとして、ゴシゴシともまれてきたのである」
      おそらく当時、中曽根は後に慰安婦が問題になるなんてまったく想像していなかったのだろう。その重大性に気づかず、
     自慢話として得々と「原住民の女を襲う」部下のために「苦心して、慰安所をつくってやった」と書いていたのだ。
         【中略】
      資料名は「海軍航空基地第2設営班資料」(以下、「2設営班資料」)。第2設営班とは、中曽根が当時、主計長を務め
     ていた海軍設営班矢部班のことで、飛行場設営を目的にダバオ(フィリピン)、タラカン(インドネシア)を経てバリクパパン
     (インドネシア)に転戦した部隊だが、この資料は同部隊の工営長だった宮地米三氏がそれを記録し、寄贈。同センター
     が歴史的価値のある資料として保存していたものだ。

       第6代ドイツ連邦大統領リヒャルト・カール・フライヘァ・フォン・ヴァイツゼッカーによる、ドイツ敗戦後40年にあたる
      1985年5月8日に行われた連邦議会での記念演説「荒れ野の40年」は、戦後70年を経た現在においても、この一節
      で広く知られている。

          過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる

      それで、誰の合同葬を行うというのだ。ボルネオの人たちにも招待状を出したのか。全くもって恥ずかしい話だ。
     ご本人はその場その時の風の向きを読みながら101歳の長寿を生き延びたが、ボルネオの娘たちのその後はどうな
     ったのか。
      こんな時だ。私は、自分が日本人であることがたまらなく恥ずかしくなる。
     今日の新聞だ。共産党の志位委員長が中曽根さんの合同葬に対して欠席を表明している。
     民主主義とは何かということについて考えさせられる。ここには良心というものがある。
     人間とは何か、人間はどうあらねばならないのか。
     お読みください。

        「弔意は内心の自由、強制してはならない」
            中曽根氏合同葬 志位氏が欠席表明
    しんぶん・赤旗

    日本共産党の志位和夫委員長は15日、国会内での記者会見で、故中曽根康弘元首相の政府・自民党合同葬
   の当日(17日)に弔旗の掲揚や黙とうなどを大学や教育委員会、自治体、官公庁などに求める通知を出したこと
   への見解を問われ、「弔意というのは、誰に対するものであっても、弔意を示すかどうかも含めて、すべて内心の自
   由にかかわる問題だ。国家が弔意を求めたり、弔意を事実上強制したりすることはやってはならない」と指摘しまし
   た。志位氏は「日本学術会議法を踏みにじり、憲法23条の学問の自由を踏みにじり、まさに憲法を壊して学問の自
   由に対する不当な介入を行っている政権が、大学に対して弔意を求めるようなことをするなら、それが踏み絵になり、
   大学の自治、学問の自由に対する介入・干渉にもなり、さまざまな萎縮を生むことにもなりかねない」と指摘。「ますま
   すもって、いまの政権がそういうことをするのは言語道断だ」と強調しました。
    また、志位氏にも合同葬への出席を求める案内が届いたとして、「慶弔には党派は関係ないというのが信条であり、
   公党の党首として合同葬に参加し弔意を示すため、出席の通知をすでに出した」と明らかにしました。その上で、「こ
   ういう内心の自由を侵害する形でのさまざまな問題を現に起こしたことが明らかになっている以上、私としては合同葬
   に参加するわけにいかないと考え、欠席させていただくことにした」と表明しました。




       「極東の後進国」

          2020・10・15(木) 

     今日の新聞を読んで、どっと疲れてしまった。
    私は日本が先進国であるなどとは一度も思ったことも感じたこともないけれども、それにしても酷すぎる。
    以下に紹介する三つの記事は、あらゆる面において日本が文化的には最低の後進国であることを証明している。
    場合によっては、文化的と云うよりも、殆ど文明以前の孤島の未開社会である。この国には何事によらず、世界
    との同時進行的な視点がない。従って、人類的な普遍の価値というものは重んじられず、また地球を一つの家と
    捉えるような共生共存の連帯と責務の思想は生まれてこない。
     明治この方、日本は常に特殊な国であり続け、その優秀性を誇ることで世界の中で孤立してきた。先の約70年
    はアジア最強の軍事力があったので、その欺瞞性に気づく必要が無かった。後の、敗戦後の約70年は世界第二
    位の経済力があったので、やはりその欺瞞性に気づく必要がなかった。簡単に云えば、先の時は軍事力が国策
    の矛盾と非道義性を沈黙させたのであり、後の時は経済力が敗戦の総括を曖昧なものにし、一国繁栄を国策と
    して正当化したのである。しかし、軍事力と経済力は単なる方法の違いに過ぎず、本質においては何も変わるも
    のはない。表現は、先のものは軍事的「侵略」であり、後のものは経済的「進出」である。
     さて、今日の新聞だが、第一のものは、憲兵政治の親玉であった東条英機上等兵の亡霊が徘徊している悪夢
    を見せられているようで非常に不気味である。
     東条は永田鉄山亡き後、陸軍統制派の第一人者となり、現役軍人のまま内閣総理大臣となり、最終的には慣
    例を破って陸軍大臣と参謀総長も兼任した。その最後は軍神にしては余りにもお粗末と云うか、喜劇的であった
    が、日本型ファシズムの典型である点において、今も復古主義の新興宗教界では影響力を保持している。
    特に、権力志向においては理念や哲学は必要とされず、威光と権威を笠に着た恫喝を唯一の政治手法とするこ
    の考え方は今日でも十分通用するようだ。つまり、目的が何であれ、手段は正当化されるということだ。
    東條は「一度不信感を持った人間に対しては容赦なくサディズムの権化と化してしまう、特異な性格」の持ち主で
    あったそうだ。東条の名前を違う誰かの名前に置き換えてみれば、この国の「今と此処」が見えてくると思うのは
    私一人だろうか。存在の耐えられない軽さ、腐ったパンケーキ、保育器の中の悪意。
     第二の記事は、「南太平洋の島国ツバルが12日、核兵器禁止条約の批准書を国連に寄託しました」というもの
    だが、日本もまた島国である。そして、世界唯一の被爆国である。加えて第五福竜丸の悲劇を隠し持つ国であり、
    さらにはフクシマの悲惨を経験した国である。しかし、そういう歴史を持つ国である日本は何故か核兵器禁止条約
    に批准しない。政府の立場は、核保有国と非保有国の橋渡しをするというのだが、その裏でやろうとしていることは、
    汚染水の海洋放出である。誰にでも分かることだが海は日本国だけのもではない。魚は回遊して世界を回る。
    これは一国の内政問題ではない。地球規模での環境破壊である。
    ゴミの分別すら出来ない者に公衆衛生を語る資格はない。2枚のアベノマスクでどうやってコロナ感染を、また放射
    能汚染を防ぐというのか。だから日本は世界で孤立する。だから最低の後進国だというのだ。
     第三の記事は、ジェンダー問題についてである。
    杉田水脈先生の「女性はいくらでもウソをつけますから」というエイリアンを思わせる発言には驚いたが、もちろん、
    この発言は許せるものではないが、この先生に限らず自民党の中ではこの種の発言は日常茶飯事というか、特段
    驚くべきこととは認識されてはおらず、ちょっと過去を遡れば売名的武勇伝としてオンパレードである。
    杉田先生の知能や常識を疑う人もいると思うが、これは杉田先生の個人的な意見ではなく、実は自民党という組織
    全体に深く根を下ろした体質の問題なのである。

      2003年6月26日  太田 誠一(自民党行政改革推進本部長・自民党)
    (1)「プロポーズする勇気のない若い男性が、最近は増えている」
    (2)「集団レイプする人は、まだ元気があるからいい。まだ正常に近いんじゃないか」

      2003年6月26日  森 喜朗(衆議院議員・自民党)   
     「いいにくいことだけど、少子化のいま議論だからいいますが、子どもをたくさんつくった女性が将来、国がご苦労さ
     までしたといって面倒をみるっちゅうのが本来の福祉です」
     「子どもも1人もつくらない女性が、自由を謳歌し、楽しんで、年とって、税金で面倒をみなさいというのは本当はおか
     しい」

       2006年11月5日   下村博文(内閣官房副長官・自民党)
      「本当にいいのか見直すべき時期に来ている。(特にゼロ歳児保育に)税金投入するなら、(母親は)無理に働か
     なくても、家庭でしっかり子育てをやってもらえるようにシフトしていくことが望ましい」

        2007年1月27日   柳澤伯夫(厚生労働大臣・自民党)
       「女性は15歳から50歳までが出産をして下さる年齢。『産む機械、装置の数』が決まっちゃったと。その役目の人
      が、一人頭で頑張ってもらうしかない」

        2010年1月17日   平沼赳夫(衆議院議員・無所属)
       「言いたくないが、言った本人は元々日本人じゃない。キャンペーンガールだった女性が帰化して日本の国会議員に
      なって、事業仕分けでそんなことを言っている。そんな政治でいいのか」

         2012年5月26日   下村博文(教育再生実行本部長・自民党)
       「そもそも発達障害にならないためには、赤ちゃんの時からテレビを見せ続けないことや、これまでの伝統的育児を
      することだが、今の若い親はそういう方法を知らないし教えられていない」

         2014年4月17日   大西英男(衆議院議員・自民党)
        「まず自分が産まないとダメだぞ」

         2014年10月31日   杉田水脈(次世代の党 国対副委員長、女性局長・次世代の党)    
       「本来日本は、男女の役割分担をきちんとした上で、女性が大切にされ、世界で一番女性が輝いていた国です。女性
      が輝けなくなったのは、冷戦後、男女共同参画の名の基、伝統や慣習を破壊するナンセンスな男女平等を目指してきた
      ことに起因します。男女平等は、絶対に実現しえない反道徳の妄想です。女性にしか子供を産むことはできない。こんな
      当たり前のことに目を背けた政策を続けた結果、男性ばかりか当の女性までが、女性にしか子どもが産めないことをネ
      ガティブにとらえる社会になってしまいました。

          2014年12月7日  麻生太郎(副総理大臣、財務大臣・自民党)
       「高齢者が悪いというイメージをつくっている人が多いが、(女性が)子どもを産まないのが問題だ」

        2015年9月29日  菅義偉(官房長官・自民党)
       「この結婚を機に、ママさんたちが一緒に子供を産みたいとか、そういう形で国家に貢献してくれたらいいなと思ってい
      ます。たくさん産んで下さい」

           2017年11月21日  山東昭子(参議院議員・自民党)
        「子供を4人以上産んだ女性を厚生労働省で表彰することを検討してはどうか」

            2017年11月23日   竹下亘(自由民主党 総務会長・自民党)
       「(国賓の)パートナーが同性だった場合、私は(晩餐会への出席には)反対だ。日本国の伝統には合わないと思う」

            2018年4月20日   長尾敬(衆議院議員・自民党)
       「セクハラはあってはなりません。こちらの方々は、少なくとも私にとって、セクハラとは縁遠い方々です。私は皆さんに、
      絶対セクハラは致しませんことを、宣言致します!」

             2018年5月4日    麻生太郎(副総理大臣、財務大臣・自民党)
       「殺人とか強制わいせつとは違う。セクハラ罪という罪はない」

             2018年5月10日   加藤寛治(衆議院議員・自民党)

       (1)「私も連休中にですね、いろいろな行事の中で結婚式に数回出席をしました。年間には40〜50回案内を受けるわけ
        ですけれども(中略)、新郎新婦にその時にお願いをするわけです。必ず新郎新婦3人以上の子どもを産み育てていた
        だきたい」
       (2)「(子供に恵まれない方々に)無理を言うのは酷でありますから、そういう方々のために3人以上必要なんですよ」
       (3)「世のため人のためになりますから(中略)この二十数年申し上げております」
       (4)「あなた(未婚の人)は結婚しなければ子供が生まれないわけですから、人様の子どもの税金で老人ホームに行くこ
         とになりますよ」

             2019年7月16日   安倍晋三(内閣総理大臣・自民党)
        「お父さんも恋人を誘って、お母さんは昔の恋人を探し出して、投票箱に足を運んでいただくようお願い申し上げます」

        まだまだあるけれども切りがないのでこの辺で止める。上は総理大臣も副総理も派閥の領袖も、下は無名駆け出しの
       陣笠議員も言っていることは同じ、歯止めがかからない。殆ど差別団体である。
       本籍は幻の大日本帝国、現住所は極右県妄想市字ネトウヨ村1丁目1番地。
       知性ゼロ、品性皆無、理性無縁、趣味は売名と貯蓄にして本職はそれぞれ別にあり。ある者は不動産業を営み、ある
       者は広告業に汗を流し、ある者は宴会の司会業で小遣いを稼ぐと多種多彩の仲良しクラブである。収入源は政党助成
       金と企業献金、他に特別収入として時に税金の着服、時に利権がらみの賄賂あり。こういう団体を政党と呼ぶのは悪質
       な冗談である。
        では三つの記事を紹介しよう。これが極東の後進国の「今と此処」である。
       
        「1」 学術会議介入
          日本の国益損ねる    安保法反対学者の会が抗議

    「安全保障関連法に反対する学者の会」は14日、東京都内で記者会見を行い、菅義偉首相による日本学術会議の
   会員任命拒否に対する抗議声明を発表しました。
    声明は、任命拒否は、学術会議の独立性と学問の自由を侵害するものであり、明確に違法であるとともに、アカデミー
   会員の選考への政治の介入はどの国でも許されず、学問への冒とくだと批判しています。(1)任命見送りの経過と理由を
   明らかにする(2)任命見送りを撤回し、すみやかに任命する―ことを求めています。
    会見では「学者の会」の呼びかけ人が任命拒否の不当性や学術会議が国民のために果たしてきた役割などについて
   訴えました。
    ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英京都大学名誉教授がメッセージを寄せました。
   益川氏がメッセージ益川氏が寄せたメッセージは次の通りです。

      菅首相が、こんな乱暴なことをした、という事は、歴史上長く糾弾されるだろう。
     戦争の反省の上に作られた“日本学術会議”に汚点を残すものである。

        「2」  核兵器禁止条約
       ツバル批准 47カ国目   発効まで3カ国

    南太平洋の島国ツバルが12日、核兵器禁止条約の批准書を国連に寄託しました。14日付の「UNジャーナル」(国連
   の公式活動日誌)に掲載されました。これにより同条約を批准した国は合計47カ国。条約発効に必要な批准国数50ま
   で残り3カ国に迫りました。ツバルは人口約1万2千人。大洋州では9カ国目の批准国となりました。
   核兵器禁止条約は2017年7月7日、122カ国によって採択。50カ国目の批准書が国連に寄託された後90日で発効し
   ます。

         「3」 女性の政治参加を本気で
              流れを変えよう今     小島妙子さん  弁護士

    
ジェンダー問題を考えるには、「正義」「ケア」「活用」の三つの視点が必要です。
   「正義」とは男女平等法制、格差の是正です。「ケア」とは家事や育児や介護の負担の男女での分業。そして「活用」は
   就労の機会をつくることです。
    安倍政権が推進してきた「女性活躍」路線には「正義」と「ケア」がなく、女性を安い労働力とする「活用」の視点しかあり
   ません。
    非正規雇用への置き換え拡大の中で、女性は約6割が非正規雇用です。正規雇用でも途中で辞めることが前提で賃金
   格差があります。コロナ禍で非正規の女性が犠牲になりました。女性は収奪の対象となっているんです。
   世界では今、性犯罪について被害者に生じた危害という視点から事態を把握するように変化が生まれています。
   日本でも、同意のない性交の処罰への暴行脅迫要件の撤廃など、国際水準の刑法改正に取り組む必要があります。




     特報  「日刊ゲンダイ」

          2020・10・15(木) 

         菅首相「国会答弁」を猛特訓 学術会議問題もはや説明不能
                   

     自民党は14日、「日本学術会議」のあり方を検討するプロジェクトチームの初会合を開いた。なぜ学術会議が
    推薦した6人の学者を菅首相が拒否したのか、合理的に説明できないから、党を挙げて学術会議にイチャモンを
    つけようというのだから狂気の沙汰だ。説明不能に陥っている菅首相も「国会答弁」を特訓中だという。この政権は
    末期的である。
          ◇  ◇  ◇
     学術会議問題の焦点はハッキリしている。菅首相が6人の学者を拒否した理由だ。「政権の政策に反対したか
    ら」が理由なのだろうが、正直に説明したら政権は即死しかねない。事実を口にできないため、10月26日に国会
    がスタートしたら答弁に行き詰まるのは目に見えている。
     今から首相周辺は「予算委員会が怖い」と恐々となっているという。
    「それでなくても、菅さんは答弁が不安視されています。とにかくアドリブが利かない。官房長官時代の記者会見は
    『問題ない』『ご指摘は当たらない』と質問をシャットアウトすれば済んだが、総理として国会に臨むとなると、そうは
    いかない。日本学術会議の問題について総理会見を開かず、オフレコ懇談やグループインタビューでお茶を濁して
    いるのも、事前通告のない質問に答える自信がないからです。グループインタビューでは原稿を読んでいる。
     安倍さんも知識と教養に欠けていましたが、質問と関係のないことをダラダラと話して論点をすり替えるテクニック
    があった。でも、口下手な菅さんには、そうした芸当も期待できない。立ち往生する恐れがあります」(自民党事情通)
     しかも、野党側は、辻元清美氏や森ゆうこ氏、志位和夫氏、小池晃氏といった論客が質問に立つ予定だ。適当に
    答弁したら、徹底的に追及されるのは間違いない。
           予算委を大統領選にぶつける姑息な作戦も
     週刊文春によると、菅首相は今、「国会答弁」を猛特訓しているそうだ。帝国ホテルの会議室に秘書官と5時間も
    籠もっているという。首相周辺では、予算委員会を目立たなくする「ウルトラC」も模索されているようだ。
     「臨時国会に予算案は提出されませんが、さすがに予算委員会を開かないわけにはいかないでしょう。でも、菅さん
    の周辺は、少しでも菅さんの出番を減らしたいはず。本来、衆参2日ずつ計4日間、開くべきでしょうが、今回は1・5日
    ずつ計3日間に縮小することも考えているはず。時期も、アメリカ大統領選にぶつけるつもりでしょう。ニュースが大統
    領選一色になり、予算委員会の扱いは小さくなりますからね」(政界関係者)
     しかし、果たして姑息な手を使って乗り切れるのかどうか。法大名誉教授の五十嵐仁氏(政治学)がこう言う。
    「トップリーダーの務めは、言葉の力で国民を鼓舞し、励まし、勇気を与えることです。しかも、このコロナ禍です。国民
    は不安を強め、倒産、失業、自殺が増えているのだからなおさらです。なのに、菅首相はいまだに所信表明もしていな
    い。会見や国会から逃げるようでは、総理の資格はありませんよ」
    今ごろ、国会答弁の特訓をしているようでは話にならない。


         菅首相は会見から徹底逃亡…“閉鎖型インタビュー”の異常
                      

      日本学術会議の任命問題で、猛批判にさらされている菅首相。先週末、番記者と開催した「パンケーキ懇談会」に
     続き、5日はメディアを代表3社に絞った異例の“閉鎖型インタビュー”を行った。記者が自由に質問する記者会見か
     らは徹底的に逃げるつもりらしい。
              ◇  ◇  ◇    
      官邸は5日午前、突然、内閣記者会(官邸記者クラブ)所属のメディアに「菅総理大臣へのグループインタビュー」を
     同日夕に開催すると通知。記者クラブに常駐する大手19社は優先的に出席が認められ、常駐以外に割り当てられた
     10席は、日刊ゲンダイを含む複数社による抽選となった。日刊ゲンダイはあみだくじによる抽選に外れたが、この「グ
     ループインタビュー」の中身がヒドかった。インタビューとは名ばかり、別室で音声を聞かされただけだった。
      官邸報道室によると、実際にインタビューしたのは読売、日経、北海道新聞の3社だけ。29社の記者たちは、官邸
     で行われたインタビューの音声を、別の会見室で聞くことしかできなかった。しかも、インタビュー時間はたったの30分
     間。写真撮影を許可されたのもインタビューした3社のみ。動画撮影はクラブ加盟の2社だけに許された。前代未聞、
     極めて閉鎖的なインタビューだったのだ。
      会見室に入ったフリーランスライターの畠山理仁氏が、現場の様子をこう話す。
     「私たちが入れられた会見室では、ただただ質疑応答の音声が流されるだけでした。着席した記者は皆、ひたすら黙っ
     てメモを取り、録音するのみ。菅首相は口ごもることなく計15問の質問に回答。予定時間より2分短い28分程度でイン
     タビューは終了しました。流された音声を聞いている限りでは、菅首相は事前に用意された想定問答を読み上げている
     ような印象を受けました。北海道新聞の記者が学術会議の問題について、2度にわたって質問していましたが、菅首相
     は判で押したような回答を繰り返していました」
               官邸報道室は次の会見予定「分からない」
      インタビューでは、菅首相は学術会議の問題について「年間10億円の予算を使って活動している」「会員の立場は公
     務員」などと強調し、任命拒否を正当化。拒否の理由自体を説明することはなかった。
      しかし、3社しか質問できず、多くの記者は音声しか聞けないのは、どう考えても異常だ。なぜ、通常の記者会見を開
     かないのか。堂々と全記者から質問を受ければいいではないか。官邸報道室に、今後の会見予定について聞いたが、
     「分からない」と話すだけだった。立正大名誉教授の金子勝氏(憲法)は言う。「今回のような対応は過去に聞いたことが
     ありません。安倍政権ですらそのようなことはしなかった。こんな異常な対応をするのは、会見で多くの記者と対峙でき
     ないからでしょう。総裁選で明らかになりましたが、菅首相は淡々と原稿を読むタイプ。質問を畳みかけられて、言質を
     取られることを恐れているに違いありません。そもそも、日本学術会議の推薦者を内閣は拒否できないというのが、過
     去の国会答弁で明らかになっている。拒否した理由を説明できないから、会見も開けないというわけです」
      メディアはオフレコ懇談会やグループインタビューに応じている場合じゃない。一致団結して記者会見を求めるべきだ。 





        「ファシズムの初期兆候」
               2020・10・14(水) 

      政治学者ローレンス・ブリット氏による「14のファシズムの初期兆候」はワシントンのホロコースト記念博物館
     に掲示されているそうだ。このことは随分と前に遡るが、この「ハック・フィン協奏曲」で取り上げたことがあるの
     で覚えておられる方もいると思うが、今回、安倍路線の継承を公言する極めて時代錯誤というか世界の潮流に
     逆行する反動的な内閣が生まれたので、その本質についてまた学習することにした。
      問題は依然として、「アベ的なるものとは何か?」ということである。
     今、私が開いているのは「憲法を考える映画の会」(非営利団体)さんのフェイスブックだ。
     ここでは「14のファシズム初期症候群」のすべてが実例を挙げて安倍政権に当てはまるとしている。そしていま、
     路線は継承されたのだから菅内閣のすべてにも当てはまるだろう。
      先ず、記念博物館の掲示されたものの翻訳を以下に転写する。

      


     ではアベ・スガ内閣のどこがファシズムなのかということだが、このフェイスブックではその類似性を次のように指摘している。
     
      1  強大で執拗な国家主義の宣伝→日本会議・ネトウヨ
     2  人権の重要性の蔑視→「こんな人たち」排除・長期勾留・差別
     3  団結のための敵/スケープゴートづくり→嫌韓・北朝鮮・中国
      4  軍隊の優位性/熱烈な軍国主義 →F35・イージスアショア・オスプレイ・戦争法
     5  性差別の蔓延→子どもを産まない=生産性が低い
     6  マスメディアの統制→官邸に呼びつける・官房長官記者会見からの排除
      7  国家の治安への執着→秘密保護法・共謀罪法の強行採決
      8  宗教と支配層エリートの癒着→国家神道・靖国・天皇制批判への弾圧
      9  企業権力の保護→大企業法人税大幅減税・消費税増税
     10  労働者の力の抑圧もしくは排除→労働法制規制緩和改悪・働かせ方改革
     11  学問と芸術の軽視と抑圧→学芸員の非正規化・国立大学民営化・あいちトリエンナーレ文化庁
        補助打ち切り
      12  犯罪取り締まりと刑罰への執着→批判的個人団体への国家権力を利用しての介入弾圧
     13  縁故主義と汚職の蔓延→モリカケ問題・「桜を見る会」不正
     14  不正な選挙→デマの流布による野党攻撃・企業利用選挙

      菅内閣発足後、何が起ったのか。また前政権から何を引き継いだのか。そこから見えてくるものは何か。
     細かいところまで見れば数え切れないほどあるけれども、時間も余りないので特に重要と思われるものを幾つか挙げてみる。
      第一は、新内閣誕生の第一声である「自助、共助、公助」の社会的弱者の切り捨て宣言である。
     第二は、杉田水脈衆院議員の「女性はいくらでもうそをつける」という差別発言である。この発言については、性暴力に抗議
     する「フラワーデモ」主催者らは13日、杉田氏の辞職を求め、13万6400人の著名を携え、自民党の本部を訪れたが、自民
     党は事前の連絡がないことを理由に署名を受け取らなかった。
     第三は、学術会議への人事介入である。
      以上の3点だけでもこの政権の体質と方向性がむきだしの形で見えてくる。ファシズムである。
     3番目の問題についてはまだ不透明な部分はあるけれども、その意図は明白である。人事介入とは、支配の一方法であって、
     それ以外の何ものでもない。なぜ支配する必要があるのか、なぜ独立と自由を認めないのか、なぜ沈黙を強いるのか。
      今回の問題について新聞・テレビがどのように報じているか私は詳しくは知らない。ただ、パンケーキのオフレコ懇談会の出席
     を断ったのは京都・朝日・東京の三社のみであるという事実を知るだけだ。
      こういう状況下にあって誰の言葉を信じるのか、考えるまでもないか。
     私の生活必需品である「しんぶん・赤旗」からこの問題の本質を読み解く。何かの事情があって赤旗を読むことが出来ない人の
     ために13・14日の関連記事と14日のコラム「きょうの潮流」を以下に転写する。どうぞお読みください。
     

      99人の名簿「誰がつくったのか」 経過の全容解明と6氏全員の任命を
             学術会議問題 小池書記局長が会見     10・13  しんぶん・赤旗

    日本共産党の小池晃書記局長は12日、国会内で記者会見し、加藤勝信官房長官が同日の会見で、日本
   学術会議の会員推薦名簿を「見ていない」という菅義偉首相の発言(9日)について、名簿は決裁文書に添付
   された参考資料だったとして、「詳しく見ていなかったということを指しているのだろう」と臆測で述べたことに言
   及し、「総理がいったん言ったことに周りがウソの上塗りを一生懸命始めるという、森友問題のときのやり方が
   また起きている。これも安倍政権を継承しているのか」と厳しく批判しました。その上で、経過の全容解明と任
   命を拒否した会員候補6氏全員の任命が必要だと主張しました。
    小池氏は「“俯瞰(ふかん)的に判断する”というが、見ないでどうやって俯瞰したのか」と批判。菅首相が任命
   を拒否した6人を除く99人の名簿を、いつ、誰がつくったのかが謎のままだとして、「誰かが総理の知らないとこ
   ろで勝手に6人を外した名簿をつくったとすれば重大事態だし、そうでなければ総理がウソをついているのか、
   どちらかだ。これは徹底解明が必要だ」と主張しました。
    その上で、日本学術会議法は会員について同会議の推薦に基づいて首相が任命すると定めており、同会議
   が105人分の候補を推薦した以上、その名簿に基づいて全員を任命すべきだったと強調。それを“詳しく見ず
   に6人の任命拒否を決裁した”のなら「違法な決裁だと言わざるをえない」と述べました。
    また、加藤氏がこれまで「個別の人事」については答えられないと言っていたのに、今回は「人事の話なので」
   と説明拒否の範囲を広げたことを示し、「学術会議の問題全体についてもう説明しないと言っているに等しい。
   これでは到底、国民は納得しない」と重ねて批判しました。


         学術会議介入    首相 弁明くるくる     10・14  しんぶん・赤旗
              どれも違法

    日本学術会議の会員候補6人の任命を拒否した問題で、学者や野党などの批判・追及を前に、菅義偉首相の
   弁明が日ごとに変わった揚げ句、いずれも日本学術会議法に違反するという深刻な破綻に陥っています。
    菅首相による任命拒否は、そもそも同会議法7条2の「(学術会議の)推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命
   する」に違反します。同法改定が審議された1983年、中曽根康弘首相(当時)が、「政府の行為は形式的行為
   である」として、あくまで推薦名簿に基づいて任命するとした国会答弁を覆すものです。
    学術会議による推薦の選考基準は「優れた研究又は業績」(同会議法17条)です。その判断をできるのは、専門
   家集団である学術会議だけです。だからこそ、首相は推薦名簿に基づいて「形式的」に任命しなければなりません。
    菅首相は、そこに「総合的、俯瞰(ふかん)的な活動を確保する観点から判断した」と、同会議法にない勝手な基
   準を持ち込み、6人を排除したのです。
    さらに9日のインタビューで菅首相は、学術会議が政府に提出した105人の推薦リストを「見ていない」と発言しま
   した。菅首相が推薦リストを「見ていない」のであれば、「推薦に基づいて任命」に抵触します。一方、首相以外の人
   物が6人を除外する判断をしていたのであれば、「総理大臣が任命する」に抵触します。
   いつ、誰が、任命を拒否する判断をしたのか。政府による経過の全容の説明と、拒否された6人全員の任命が求め
   られています。

      きょうの潮流
    10・14 しんぶん・赤旗

    故・家永三郎さんが国による教科書検定は違憲・違法だとして提訴した「教科書裁判」。東京地裁の杉本良吉裁判
   長らが、家永さんの日本史教科書を不合格にした検定は違憲だとした「杉本判決」(1970年7月)から今年で50年
   です▼「杉本判決」は憲法に基づき、教育は「子ども自らの要求する権利」であるとし、国民の教育権を保障する立場
   から、国家が教育内容に介入することは許されないとのべました。教育の自由や学問の自由を尊重した画期的判決
   でした▼家永さんには戦争に反対できなかったことへの痛切な自責の念がありました。著書『太平洋戦争』では「戦争
   はどうして阻止できなかったか」と問い、「国民の意識が国家権力の統制によって画一化され」たことが決定的だと書
   いています▼二度と戦争を起こさせない。そのために学問の自由、教育の自由を守るという信念が、家永さんをして
   32年にもわたる裁判をたたかわせました▼その思いは大きく響きました。市民、教職員、出版労働者、学者、学生な
   どに支援の輪が広がり、都道府県・地域、分野別に70以上の支援組織ができました。名だたる学者が次々と証人と
   して法廷に立ちました▼日本学術会議への人事介入は家永さんが半生をかけて守ろうとした学問の自由を踏みにじ
   るものです。法政大学の田中優子総長は、学術研究は政府から自律してこそ真理を追究でき、社会全体の利益につ
   ながるとのべています。教科書裁判のように、国民全体の問題として追及したい。




 
     特報
            「現代ビジネス」
              2020・10・14(水)

     菅政権の力不足が露呈…ここへきて高支持率が下がった「致命的な原因」
                    配信    現代ビジネス
       内閣支持率が7ポイント下落

    10月9日から11日まで実施されたNHKの世論調査結果に、永田町がざわついた。内閣支持率が9月の62%
   から7ポイントも下落したからだ。不支持率は7ポイント上がって20%になっている。支持率下落の原因を、日本
   学術会議問題に帰する向きもある。だがそれだけではないだろう。  菅政権はスタートから、異例の高支持率
   だった。  9月16日と17日に共同通信が実施した調査では、66.4%が「支持する」と答えている。日経新聞とテレ
   ビ東京が実施した世論調査では過去3番目に高い74%。19日と20日に讀賣新聞が実施した世論調査も同じ数
   字(74%)だ。  だが「支持」の内容は、必ずしも積極的な評価とは限らない。  讀賣新聞の調査によれば、菅義
   偉
内閣を支持する理由の最多は「他に良い人がいない」で30%。“諸手を挙げての支持”とはいえない背景が伺
   える。  そもそも菅首相は総理候補の本命ではなかったのだ。  朝日新聞が6月に行った調査では、「次期総裁
   に相応しい人」として石破茂元地方創生担当大臣が31%だったのに対し、菅首相はわずか3%。  同じく6月の日
   本テレビによる調査でも、石破氏が26%で小泉進次郎環境大臣が15%、河野太郎防衛大臣(当時)が8%だった
   のに対し、菅首相は岸田文雄政調会長(当時)と同じ3%だ。  これでは一般国民から待望されていたとは到底い
   えない。
       政権基盤のぜい弱さ

     となれば、就任時の高支持率はバブルの可能性が高く、その後の政権運営次第でダッチロール化する危険性
    がある。たとえば2009年9月に成立した鳩山政権がそうだった。  NHKの調査によれば、発足時の鳩山政権の支
    持率は72%。しかし70%(10月)、65%(11月)、56%(12月)、52%(2010年1月)、47%(2月)、38%(3月)、32%(4月)、
    21%(5月)と、一度も上昇することなく“順調に”下げていった。  小泉政権から“禅譲”された第1次安倍政権も、同
    じような傾向を見せている。  スタート直後の2006年10月の内閣支持率は65%と高かったが、59%(11月)、48%
    (12月)、51%(2007年1月)、41%(2月)、44%(3月)、44%(4月)、50%(5月)、37%(6月)、38%(7月)、29%(8月)、34%
    (9月)と徐々に下降した。  この2つの政権に共通するのは、政権基盤のぜい弱さだ。  鳩山政権は2009年8月の
    政権交代選挙で実現したものだが、自民党に対するアンチテーゼを唱えるばかりの民主党には政権を担える能力
    と覚悟はなかった。  また普天間基地をめぐる発言や日米関係を戦後最悪化させたことなどを見ても、鳩山由紀
    夫元首相には人類愛的な哲学はあれど、国家運営に関する哲学に欠けていたと言ってよい。いわゆる「国家観」だ。
     政治家なら誰でも持つべき「国家観」だが、意外とそれを持つ人は少ない。そして実際のところ、官房長官時代の
    菅首相にはそうした国家観を感じ取ることはできなかった。

        具体的な内容は一切ない回答
      7年8ヵ月続いた第2次安倍政権で菅首相は官房長官を務めたが、毎週金曜日の午後の会見に筆者はほぼ参
     加してきた。そして様々な質問をぶつけてきたが、最も多かったのは外交問題だろう。  日本海呼称問題では、
     韓国がヨーロッパなどで密かに地図の書き換えを謀っていた。慰安婦問題のみならず、竹島についても韓国は巧
     妙に世界に領有をアピールしていた。  ところが在外公館はそれに追いついていなかった。こうした問題について
     筆者が事前通告なしに質問すると、菅長官(当時)はじろりと担当秘書官に視線を向けた。回答を持ち合わせてい
     ない秘書官は、身がすくんだに違いない。  しかしそのうち、菅長官(当時)はこの種の質問に対して答え方を覚え
     ていく。  「あらゆる手段を使って全力で対処する」 「万全の策を講じる」  これらはいかにも力強い返事に聞こえ
     るが、具体的な内容は一切ないことに注意する必要がある。もっとも官房長官は内閣のスポークスマンにすぎず、
     無難な答弁をするのがその職責だ。その点で菅長官は非常に優秀な官房長官であったことは間違いない。
         シナリオを書く人がいない?

      だが総理大臣としてはどうなのか。菅政権は安倍外交を引き継ごうとしているように見えるが、その性格は全く別
     物ではないか。たとえば歴史認識問題を抱える韓国に対する姿勢だ。  日本の各メディアは10月13日、菅首相が
     参加を拒否したため、今年の日中韓首脳会談が開催困難な見通しであると報じた。いわゆる“徴用工判決”を巡っ
     て今回の議長国である韓国に適切な対応を求めるため、日本政府が韓国に圧力をかけたということだ。  しかし
     日中韓首脳会談の具体的日程は決まっておらず、ここで日本が参加を拒否する効果はあるのかは疑問だ。そもそ
     も日韓2国間の問題に、尖閣諸島をめぐって日本と問題を抱える中国を巻き込むことは得策とは思えない。  こうし
     た方針に、「安倍首相を真似て右派ウケを狙っているのだろうが、杜撰すぎる。シナリオを書く人がいないのか」との
     声が挙がっている。第2次安倍政権では今井尚哉前補佐官がその任に当たっていた。  「良くも悪くも、今井氏なら
     霞が関に睨みが利いた。大局的な構図も描けた。しかし菅政権にはそれができる人がいない」  このような声も聞こ
     えた。官僚出身の杉田和博官房副長官や和泉洋人補佐官は留任している。  しかし杉田副長官は日本学術会議問
     題への関与が囁かれ、和泉補佐官はいまだ「コネクティングルーム」の醜聞を払しょくできずにいる。  共同通信から
     補佐官に転じた柿崎明二氏はどうか。残念ながらその手腕については未知数で、筆者は「枝野幸男事務所と異常に
     親しい人」という以外の情報を知らない。

            マズすぎる官邸の広報活動

      そもそもメディア出身者を採用しておきながら、官邸の広報活動はマズすぎる。たとえば10月5日と9日に行われた
     グループインタビューだ。  グループインタビュー自体は菅政権で始められたものではなく、野田政権以前も行われ
     ていたと聞く。  ただし第2次安倍政権では行われず、我々フリーランスは今回初めて参加できた。「密」を防止する
     ために人数に制約があったものの、これについては評価したい。  しかし我々が通されたのは、2度とも菅首相とイン
     タビューに参加する内閣記者会加盟社とは別室だった。音声のみが流され、映像はないというまったくバカげた光景
     だった。報道の自由が保障されている文明国ならこのような場合、モニターくらいは設置されてしかるべきだが、その
     常識すらないのかもしれない。  10月3日に行われた“パンケーキ朝食会”もマズかった。パンケーキ好きの菅首相を
     イメージアップさせようという意図があったのかもしれないが、内容を記事にできない約束のオフ懇をホイップクリーム
     たっぷりのパンケーキでファンシーに彩るのは矛盾している。  しかも公職選挙法違反で逮捕された河井案里参議院
     議員の選挙応援に菅長官(当時)が出向き、一緒にパンケーキをぱくつく映像がネットで流れている。案の定、あまりの
     不評に10日に予定されていた第2回目は中止となったが、これ以上やると、著しくイメージダウンしかねなかったのでは
     ないか。  菅首相は官房長官として7年8ヵ月も安倍政権を支え、在任記録を更新した。その功績は素晴らしいが、首
     相になる準備をしてきたわけではない。同じ意味で準備が足りなかったのは、第1次安倍政権だ。有能な腹心がいない
     点が共通している。  そして(国家観を欠いた)鳩山政権も(準備不足の)第1次安倍政権も、最初に高支持率を得たもの
     の、1年ほどしか持たなかった。菅政権がそうならないと、誰が言えるだろうか。





        「私の一週間」

             2020・10・13(火) 

     一週間が過ぎるのは本当に早いね。目が覚めれば今日はまたまた火曜日だよ。この初夏から初秋にかけて、
    つまり鴨長明の再発見からモンテーニュ回帰の読書の日々がどうやら新しい生活習慣を作ったようだ。この習
    慣は私の性格によく合い、また年齢に相応しく、実に快適である。それがために一週間がとても早く感じられるの
    だろう。私の精神生活(もしそういうものがあればだが)の基本はこの「ハック・フィン」を書くことであるから、後の
    ことは全て雑事もしくは余技というものである。それで、一週間というものはどのカレンダーを見ても日曜日から始
    まるのは古今東西を問わず世界共通の約束事であると思うが、私に場合は火曜日早朝の3軒(塩谷さん、金田さ
    ん、小坂さん)への郵便配達から新たな一週間がスタートする。もちろん、これは個人的な感覚的な問題であって、
    事実は単なる錯覚に過ぎないのだけれども、私生活上の暦と時刻表は一週の起点を火曜日として信じて疑わない。
     少年の頃のことだ。『一週間』というロシア民謡を聴いたことがある。
     
          日曜日に 市場(いちば)へでかけ
          糸と麻(あさ)を 買ってきた

          月曜日に おふろをたいて
          火曜日は おふろにはいり

          水曜日に ともだちが来て
          木曜日は 送っていった

          金曜日は 糸まきもせず
          土曜日は おしゃべりばかり

          ともだちよ これが私の
          一週間の 仕事です

     この民謡は村唄(チャストーシカ)と呼ばれるジャンルに属するもので、滑稽詩・誇張詩というものだそうだ。
    曲と詩の成立は農奴解放以前なのかロシア革命以後のなのかは不明ということであるが、農民の働きづめの
    一週間を歌ったもので、それ以外は叶わぬ願望にすぎぬという風刺が込められているという解釈もある。
    また一方で、恋する乙女の一週間を楽し気に描いたものだという説もある。先の解釈では労働歌となり、後の
    ものでは恋愛詩ということになる。
     それはともかくとして、私が少年だった頃はロシア民謡はある意味では、庶民の日常生活によく溶け込んでい
    た。伝道師は「ダークダックス」というコーラスグループであった。「黒い瞳」は感性的にも政治的にも憧れの象徴
    だったような気がする。もちろん、その光源は革命家レーニンだ。しかし、革命は裏切られた。世界史のお話は
    ここまでだ。
     私の火曜日に戻る。
    火曜日は、この後は福盛田家でのお茶会に顔を出す。いよいよ一週の始りである。ここで私は世界と日本と星
    置についての最新の情報を得る。トランプの白人至上主義について、奸佞坊主の秘密警察政治について、星置
    の有害残土処理問題について、そして私なりにこの閉塞の状況について考える。

       我は人間なれば、人間にかかわること、一つとして我に無縁ならず
                         テレンティウス

     これはモンテーニュの『エセー』の中で見つけた言葉だ。
    『ミシェル 城館の人』第三巻は287頁まで進んだ。今週中には読了するだろう。その後のことは決めてはいな
    いが、おそらく当分は堀田善衛さんの周辺をうろつくことになると思う。『ゴヤ』全4巻、これも読みたいね。その
    後は『上海にて』『めぐりあいし人びと』が待っている。楽しい冬になりそうな予感がする。
     話は変わるが、今日のお茶会でこんなことがあった。
    お茶会は出席者の近況報告から始るのだが、福盛田勉さんが法事に関する話題の中で、古い写真をプリンター
    でスキャンしてパソコンに取り込んだという話をした。これには驚いたね、そんなことが出来るのか、と。
    私のプリンターはエプソン社製のもので購入後5年ほどのものだが、型としてはそれほど旧式のものではない。
    お茶会が終わった後、勉さんに秘儀伝授の時間を作ってもらった。喜び勇んで家に帰って早速試みてみた。
    奇跡が起きたよ。2枚の古い写真はパソコンの中に見事に空間異動したよ。購入後5年もの間、私は決して安く
    はないこのエプソンの高級複写機を使いこなすことが出来ずに無駄に時間を潰してきたということか、情けない
    やら恥ずかしいやら我ながら「猫に小判」「豚に真珠」と嫌と云うほど思い知らされた。
     パソコンに関して言えば、私のもう一人の友だちである山本正さん、この人は地域新聞『平和の星』の編集長で
    あるが、その紙面構成が天才的だ。A4の紙面の上に文字・図・写真を自由自在にレイアウトする。だからその仕
    上がりは立体感があり、読みやすいものとなっている。もちろん、内容が素晴らしいのは言わずもがなのことである
    が、守備範囲は広く、問題を掘り下げる眼力にも狂いはない。
     私がパソコンと付き合いはじめてから10年を数えるが、私にはいまだにこの編集技術と知識がない。従って、
    私の作る紙面は今もって平面的で、平凡そのものである。確かに、電脳音痴である。
     遠い昔のことだ。小学校の夏休みの宿題に昆虫の標本を作るというものがあった。普通の子はカブト虫や蝶の
    標本を作ってきた。まあ、これが常識というものだろう。私はと言えば、何故か蛾の標本を自信満々で作った。
    担任の先生は悲し気にこう言った。「ユキト君、君は蝶と蛾の区別が付かないのかい」と。致命的である、劣等生
    を通り越して、殆ど例外と言うべき存在である。私は幼くして既に一個のアウトサイダーであった。
    こうなると音痴というより殆ど白痴である。しかしこれが私という人間の最大の特性なのである。山羊座生まれの
    白痴か、もう70歳だ、今更どうにも成るものでもあるまい。
     午後になってある事情で、またまた勉さんと行動を共にすることになった。その間、プリンターの機能について色
    々と教えられたが、何も理解出来なかった。操作についてのイメージすら浮かばない。私には理詰めで物事を習得
    するということが出来ないのだ。では、どうやって習得するのかと言うと、正直なところを言えば、行き当たりばったり
    の出たとこ勝負である。簡単に云うと、運を天に任せるということである。だから例えそれが成功したとしても、偶然
    事であるから同じことをもう一度することは出来ない。このことはパソコンに限らず、私の人生全般についても言える
    ことなので、従って、愚行は永遠に続く。
     私の一週間。

      火曜日に  手紙を出し、お茶会に出かけた 
              夜は喉が渇いたのでお酒を呑んだ
      水曜日に  喉の渇くおそれがあったので  お酒を呑んだ
      木曜日に  古い友達のことを思い出したので、 お酒を呑んだ
      金曜日に  懐かしい恋人の声が聴こえたような気がしたので、お酒を呑んだ
      土曜日に  理由はないがいつものように、お酒を呑んだ
      日曜日に  古人の百薬の長という言葉を信じて、 お酒を呑んだ
      月曜日に  歯医者に行った
              他にやることもないので、 お酒を呑んだ

      このように書くと何だか酒豪というか酒仙のように聞こえるが、事実はかなり違う。
     確かに1年365日、一夜たりとも酒を切らすことはないけれども、問題はその量だ。若い時は一升瓶の剣菱を抱え
    て、次の菊正宗を開けるまでにそれほど長い時間を必要とはしなかった。そんな昔もありましたという伝説である。
    悲しいかな、寂しいかな、伝説はあくまでも伝説であって、事実としての現在(いま)を語る能力は持たない。
     今の私はほんの2合も呑んだらそのまま安眠・快眠・遊眠の人である。時間にして60分も持つかどうかの花咲か爺
    である。何とも憐れな生活習慣であるとも思わぬこともないけれども、酒なくて何の己が肴かなである。
     夕暮れ時、この初夏の頃、阿部祐二さんから頂いた君子蘭3鉢とサボテン1鉢を窓際の庭から家の中に移した。これ
    で私の家の外回りから全ての緑が無くなった。今年の四季もいよいよ最終楽章の始まりか、後数日もすれば何処かの
    山に初雪が降るだろう。そうなれば今度は雪見酒だ。妻殿が「シャトー・モンテーニュ」というボルドーのワインを買ってく
    れるという。これはミシェルの土地で出来た酒である。
     飲酒に関する名言を一つ。

         女と酒は二合まで。

      意味は、よく分からない。ほどほどにと言うことか、あるいはこれ以上は危険だという訓えか。
     しかし、こういう格言もあるよ。

        酒を飲むには特別の才能がいる。
       それは忍耐だ。
       忍耐は真実よりも大切なのだ。





        「初期症状」

           2020・10・12(月)

     末期症状というのは『実用日本語表現辞典』によれば、「生命または組織が崩壊しつつあり、すでに手の施しようが
    ないさま、手遅れであるさま、救いがたいさまなどを意味する表現。末期的な症状を呈している様子」と解説されている。
    末期の反対語は初期だから、初期を訪ねてみれば末期の原因は分かるだろう。 初期にどういう食生活をしていたのか、
    またどういう生活習慣を持っていたのかということだ。
     菅内閣は誕生してまだ日も浅いのに、どうしてこんなにも早く末期症状を呈することになったのかと考えると、やはりその
    初期に何があったのかということになるが、それを思い出してみれば今の状況はそれほど不思議とするものではない。
     ご本人が就任の挨拶の中で安倍路線を継承すると宣言しているのであるから、菅内閣の初期とは安倍内閣時代のこと
    を指すものなのだろう。それで、新聞・テレビは「アベなきアベ内閣」と評したのだろう。こう呼ばれることはご本人にとって
    はいささか不本意であるかもしれないけれども、路線継承を唱えなければ首相の座に就くことが出来なかったのは世間
    周知の事実である。
     しかし、安倍晋三は病気を理由にして辞任したが、実際のところは内政・外交・経済・コロナの全ての分野での行き詰ま
    りによる逃げ出しのドタバタ喜劇であったことは、これも世間周知の事実である。つまり、この時点で安倍路線なるものは
    完全に破綻したのである。
     破綻とは、破れほころびることである。物事が、修復しようがないほどうまくいかなくなること。行き詰ることを意味し、企業
    が民事再生法などの適用を受け、倒産することを経営破綻と呼ぶ。また地方公共団体の財政が立ち行かなくなることを財
    政破綻とも呼ぶ。
     では一度破綻したものをどうやって継承するというのか、一内閣の破綻というのは、理念も政策も実績も消滅するという
    ことであるから、継承は現実的に不可能事である。これは言葉の上でも成立しない。
    実体が無惨にも砕け散ってしまった後で何を継承するというのか、この場合、継承とは言葉の綾に過ぎない。だから誕生
    即末期症状ということになる。受け継いだのは政治上の路線ではなく、支配における手法だけである。
    菅義偉には安倍晋三のようなイデオロギーはない、だから事を起こすにあたって「美しい日本を取り戻す」などという幼稚
    園児の作文に頭を悩ますといったようなお坊ちゃまの見栄とは無縁である。つまり、大義名分を必要としないということだ。
    しかし、これは非常に危険な考え方であると思う。この流儀は建て前なしの問答無用である。既に暴力である。
     加藤周一さんの『言葉と人間』(朝日新聞社出版・1977年発行)に「偽善的であることの大切さまたは『ローマ帝国衰亡
    史』の事」と題する一章がある。その中で加藤さんはこう語っている。

     一般に政治家に期待できる最高の美徳はおそらく「偽善」だろう、と私は考える。偽善は、少なくとも「善」または大義名分
    に表向きの敬意を示すことを、前提とする。裏向きもそのままでは政治は成り立たぬだろうから「偽」善である。表向きにも
    大義名分を通さぬ場合は、偽善にさえ及ばない。ヒットラーは偽善者ではなかった。
    【中略】政治家は少なくとも偽善者でなければならない。ローマの自由を破壊した後にも自由体制の尊重をやめなかった皇
    帝のように。

     政治家が偽善を無用のものとして切り捨てた時、そこに現れるのはむき出しの暴力である。
    暴力は段階を踏んで浸透し、徐々に本性を表していく。無視、黙殺、中傷、威嚇、暴行、と目的と手段の関係を曖昧にしな
    がら拡大生産されていく。
    「問題ない」「指摘は当たらない」「あなたに答える必要はない」「私は戦後生まれだから、沖縄の歴史は知らない」と言葉も
    態度もエスカレートしていく。そして最後は「自助。共助、公助」で社会的弱者を公然と切り捨てる。
     「全国革新懇ニュース・10月号」のインタビュー記事はコラムニストの小田嶋 隆さんだ。
    題して「あえて、安倍政治をムシ返すことにする!」、この一部を書き写す。

        行政文書主義の破壊
     安倍政治の一番の問題だと思うのは、行政の文書主義を壊したことです。【中略】公文書が隠蔽され、廃棄され、改竄さ
    れ、そもそも不作成にしてしまう。行政の実態が国民の目に見えなくなり、民主主義の根幹を支える行政の透明性が失わ
    れる。どういう経過で何を根拠に誰がどんな決定をしたのか、行政がキチンと文書を残すのは、寿司屋の板前さんが握る
    前に手を洗うようなものです。行政の大前提であり、それを破壊するなど、ありえない話です。
     安倍政権の罪は、ウソをついたことそのものよりも、部下にウソをつかせ続けてきたことのなかにある。

     以上のことが菅内閣の末期症状に対する初期症状というものである。7年8カ月に渡る潜伏期間においての生活習慣、
    これが原因であり、そして結果である。
    今現在が末期であることに何の不思議もない。これを自明の理という。


 



      「最初のスキャンダル」

            2020・10・11(日) 

     例の71歳の引き籠りの赤ん坊のことだが、彼の先天性錯乱症という奇病については世界中の人たちが驚愕と
    同情の声を上げている。専門家によれば、こうした病気は100万人に1人位の発生率だということだそうだが、私
    の見る限りでは、日本は100人に1人ぐらいで集団発生しているように思えるのだが、そうでなければ何かあると
    「みんなで渡れば怖くない」の掛け声で群れを成して大騒ぎする現象は理解できない。確かに、これは小児科の
    専門分野であろう。例えば、靖国参拝、例えば、桜を観る会、例えば、赤坂自民亭等々。
     それで世界的に最も権威のある科学誌とされる『ネイチャー』がこの不幸な赤ん坊の病状について次のような
    診断を下している。

               学術会議会員任命拒否
                     科学誌『ネイチャー』が社説
                  “学術の独立を侵食”     10・9(金)   しんぶん・赤旗

    世界的に最も権威のある科学誌とされる『ネイチャー』は、「ネイチャーがこれまで以上に政治を報道する必要がある
   理由」と題した6日付の社説で、日本政府が日本学術会議の会員として推薦された6人を任命しなかった問題に言及し
   ました。
    社説は、政治家が学術の自治や学問の自由を保護するという原則は何世紀にもわたって存在し、現代科学の中心に
   位置しているものだと述べたうえで、「(研究者と政治家の)信頼は今や世界中でかなりの圧力を受けている」と指摘しま
   した。
    ブラジルのボルソナロ大統領が昨年、在任中にアマゾンの森林伐採が加速したことを公表した国立宇宙研究所の所長
   を解任した事例などとともに「日本では菅義偉首相がこれまで政府の科学政策に批判的だった6人の学者の日本学術会
   議会員への任命を拒否した」ことをあげています。
    こうした状況について「国家が学術の独立を尊重するという原則は、現代の研究を支える基盤の一つであり、その侵食
   は、研究と政策立案における質と完全性の基準に重大なリスクをもたらす。政治家がその契約を破ると、人々の健康、環
   境、社会を危険にさらす」と警告しました。
   そのうえで「これが、ネイチャーのニュース特派員が世界中の政治と研究で何が起こっているかを監視し、報告するための
   努力を倍加する理由だ」とし、「科学と政治の関係を導いてきた慣習は脅威にさらされており、ネイチャーは黙って待つこと
   はできない」と結んでいます。

     この問題について「ニコニコニュース(10月8日)のホームペイジは次のように報じている。

      日本学術会議の任命拒否問題を世界最高の学術誌「サイエンス」「ネイチャー」が批判、
                  海外の一流紙からも「非情な黒幕」「学問の自由への攻撃」など問題視する声



 
  特報 6    「バリテキャンペーン     」

          2020・10・10(土)

        速報!日本共産党へ、署名を提出しました!
         パリテキャンペーン・Voice Up Japa    2020年10月10日

      10月9日(金)、日本共産党に要望書と集まった署名22,741筆を提出しました。小池晃書記局長のほか、
     ジェンダー平等委員会からも倉林明子委員長と坂井希事務局長が同席し、署名を受け取りました。
      キャンペーンの掲げる「5つの要望」のうち、次期衆議院選挙における女性候補の数値目標について、
     小池晃書記局長は「数値目標は前回の衆議院選挙に引き続き、5割を掲げています。実際に、女性候補
     は5割を超えました」と話しました。日本共産党は選対本部を設置していないが、その機能を担っている中
     央委員会には参加した倉林議員を含め、女性は3割を超えているそうです。比例名簿に関しては検討中と
     のことでした。

      日本共産党は「男女平等参画社会基本法に基づき、男女の平等を進めるのは当然のことであり、政党
     の責任である」ため、ジェンダー平等を綱領に掲げて取り組んでいるといいます。意見交換の際、女性候
     補を増やすことが難しい要因の一つに選挙制度の問題が挙げられました。

      小池晃書記局長は「この署名を重く受け止めたい」とお話しており、「女性候補者を5割以上出すだけでな
     く、実際に当選する女性の割合も増やしていきたい」と前向きな姿勢を見せてくださいました。

         手交参加者からの感想

      -既に候補者の女性割合を増やすことに成功しているにも関わらず、現状に満足せず、今後ももっとジェン
     ダー平等に向けて努力していきたいとおっしゃってくださったことが印象的で、大変心強く感じました。

      -女性の候補者だけでなく当選者を増やすという、踏み込んだ目標を立てていることに好印象を持ちました。
     3割という数字はこれまで様々な政党で聞いてきた数字ですが、5割という目標を挙げている点に驚きました。



 
        「そろそろ帰去来の辞か」

           2020・10・10(土)

     何ともお可哀想な話だが、誕生したばかりだというのに余りにも虚弱で今も保育器から出られず、面会謝絶の
    状態だと聞く。生まれるのが余りにも早すぎたための未熟児だと言う医者もいれば、そうではなくて余りにも遅す
    ぎたための肥大児と言う医者もいる。事務局の方では葬儀屋の手配をしたという噂も漏れてくる。
     まだ何も話しらしきことは発してていないし、当然、その体力・知力だから仕事らしきこともしていない。
    生まれた時の第一声は「自助・共助・公助」だったと思うが、何とも可愛気のないことを言う赤ん坊だという印象だ
    けが強く残った。その後は保育器の中での生命維持で外の空気には触れていないということだ。それでも何日か
    前には親しい友人たちとパンケーキを食べながらの懇親会なるものを開いたということだ。意外にお元気なんだね。
    一部の人としか会わないというのは細菌感染症を怖れてのことか、あるいは極度の恥ずかしがり屋なのだろう。
     それはともかくとして、本人の意思によって時々は保育器の外に出ることもあるということなのだから、それほど
    危険な状態ではないのかもしれない、では、どういう場合には出て、どういう場合には出ないのか、この辺りの消息
    はいま一つ不明であるが、何を聴いてもこの赤ん坊は「問題ない」「指摘は当たらない」を繰り返すのみで一種の場
    面緘黙症なのか、対話能力というものが全くない。
     他人事ながらこんなことでは大きくなったら大変なことになるのではと余計な心配をするが、本人は自身の虚弱に
    ついては全く気にしていないようで、それどころか「上野はオイラの心の駅だ」などという昭和演歌を口ずさみながら
    天真爛漫を装っての陰湿陰険の引き籠りである。生まれついての根暗な性格なのだろう。
     複数の小児科及び精神科の医師が言うには。虚弱とは体質や体力のことばかりを指すのではなく、知性や感性を
    も含む精神の未発達もしくは不安定を意味し、どちらかと言えば、医学的には後者の方が本質的な捉え方であると
    いうことだ。また精神科の医師が言うには、こうした病気はどちらかと言うと小児科が得意にするというか、専門とす
    る分野のもので精神科が治療に当たることはまずないということだ。
    しかし、秋田原産のこの赤ん坊の実年齢は71歳だよ。71歳にして小児科が掛かりつけの医者だというのか、何と
    も奇怪な話であるな。
     以上のことから薄っすらと見えてくるのは、安全を期しての保育器生活と言うが、実はこれは仮病ではないのかと
    いう疑いだ。
     小中学生に良く見られる登校拒否に似たものではないのか。大人の世界には職場放棄という離脱法もあるが、
    理由はどうであれ、これによって本人が得るものは、前者の場合は社会不参加による独善的自由であり、後者の
    場合は説明責任から逃れるということである。簡単に云えば、逃避ということだが、学校から逃げる、社会から逃げ
    る、そして国民から逃げる。けれども退場はしない、これを引き籠りの居座りというか。
     一番新しい情報だ。この赤ん坊が「見ていない」と喋ったそうだ。何処までも逃げ切るつもりなのだろう、しかし狭
    い保育器の中だよ。本当に逃げたいと思うなら、先ずそこから出て自分の二本の足で立つことだ。勿論、逃亡先は
    雪深い秋田のイチゴ畑だ。
     陶淵明先生の訓えに従いなさい。
    
          帰去来田園将に蕪れんとす (かえりなんいざでんえんまさにあれなんとす)

   帰去来の辞(現代語訳)

     さあ家に帰ろう。田園は(手入れをしないので草で)荒れようとしている。なぜ帰らないのか(今こそ帰るべきだ)。
    これまで、すでに自分の(尊い)心を肉体の奴隷としてきたのだから(=役人となって心を悩ましてきたのだから)、
    どうして失望してひとり嘆き悲しむことがあろうか。
    すでに過ぎ去ったことは諌める方法がないのを悟り、将来のことは追いかけられるのを知っている。
    本当に道に迷った(=間違った方向へ行った)としても、まだ遠く(へは行って)はいなかった。今(役人を辞めて帰るの)
    が正しい生き方で、昨日まで(の生き方)は間違っていたことを悟ったのである。
    舟はゆらゆらと軽く風にあおられ、風はひらひらと衣服を吹く。
    旅人に故郷への道のりを聞いて、(早く出発したいのに)夜明けの光が薄暗いのが残念だ。

     で、この赤ん坊は何を「見ていない」といったのか。後は作家の平野啓一郎さんに聞くとするか。

       平野啓一郎氏、菅首相の「学術会議リスト未見」説明に苦言「支離滅裂。無責任だろう」
                 配信  デイリースポーツ

     芥川賞作家の平野啓一郎氏が9日夜、ツイッターに新規投稿。日本学術会議の会員候補6人を任命しなかった問題
    で、菅義偉首相が報道各社とのインタビューで会議側が作成した105人の推薦リストを「見ていない」と述べたことを受け、
    「支離滅裂。無責任だろう。嘘つきも困るが、嘘さえつけないとは」と苦言を呈した。  
     平野氏は「支離滅裂。『総合的、俯瞰的活動を確保する観点から判断をした』と言ってたはず。見ないでどうやって判断
    するのか?無責任だろう」と指摘。「結局、また誰かに責任を押しつけようとしている。嘘つきも困るが、嘘さえつけないとは」
    と問題視した。  菅首相によると、会員任命を決裁した9月28日の直前に会員候補リストを見たが、その時点で最終的に
    会員となった99人がそのまま記されており、6人を拒否する立場になかったという。これまでは「首相の任命拒否権」が問わ
    れてきたが、菅首相の説明に従えば「首相以外の第三者」が任命拒否したことになるため、今後はその経緯や理由と共に
    「誰が判断したのか」が焦点となりそうだ。

            能力なくして地位にしがみつく者、これを俗物という。
                     ウイリアム・シェイクスピア





         「人事独裁政権」

            2020・10・9(金) 

     1都1道2府43県、合わせて都道府県は47である。と言うことは日本には47人の知事さんがいるという
    ことになる。その中で何人の知事さんを知っているのかと思い浮かべてみるが、いつの間にやら私も老いた
    のか、全くといってよいほど名前も顔も浮かび上がってこない。これがクイズ番組ならば、無知無学を晒して
    恥ずかしいことになるが、東京、大阪、北海道、沖縄ぐらいしか正解は用意できない。しかも、より正確に言う
    ならば、一人の政治家としての知事さんは沖縄の玉城デニーさんだけで、後の3人は私の感覚では芸能人の
    部類に入る。こうした云い方は芸能人に対して失礼だろう。言葉を改めよう、では何というか、差し当っては「タ
    レント」もしくは広告業者といったところか。
     ジジイ殺しの緑のタヌキは小池百合子、イソジン・吉村洋文は元武富士弁護士、使いぱっしりの鈴木直道は
    悪質不動産屋、こんな手合いを相手にしていてはそれこそ時間の無駄というものだ。第一、精神衛生上に良く
    ない。
     話を先に進めよう。静岡県の知事さんは川勝平太(72歳)という人である。元々は経済学が専門の学者さん
    だということだ。モットーは「富国有徳」だそうだが、まあ、「富国強兵」とは違うのだろうけれども、その意味はよ
    く分からない。それにしても何だか黴(かび)臭いね。
     その川勝さんが今回の学術会議に対する人事介入問題で、菅首相を「教養レベルが露呈した」と批判したと
    いうことだ。この発言には、例によって、ネット上で賛否両論が展開されているという状況だ。
     賛の方は、賢者の声として受け止める人たち、否の方は、教養の捉え方が差別的であるという人たち。
    確かに、川勝さんの発言は72歳にしてはどこか舌足らずである。あるいは過剰に過ぎるか。
     問題の第一は、菅義偉に教養なるものがあるかどうかではなく、その独善体質と政治手法である。
    第二は、教養とは何かということだが、川勝さんの発言から読み取れることは、本人が自らを教養人と自負して
    いるという事であり、そして、ここでの教養とは学位・学歴のことを指しているということである。
     私は何日か前のハック・フィンにこう書いた。

     「女性を評価する場合に容姿や体型や年齢を基準にしてはならない。また出自や学歴や性格を問題としては
    ならない。以上のことは男性にも言えることであるが、こうした考え方は今のところこの国では通用しないようだ」。

     教養の有無が差別の対象になる、こんなことは古今東西決して珍しいことではないが、しかし、こうした場合で
    の教養の定義は学位・学歴のみを意味するものであり、余りにも皮相的にして通俗である。ここで理解され、また
    通用する教養とは一種の衣装のことである。あるいはアクセサリーというものである。これは外側から貼り付けら
    れたものであるから本人の知性とは何の関係もない。単なる資格免許書もしくは身分証明書といった程度のもの
    である。教養というものは何よりも文化の産物であるということを忘れている。個人的なものであれ社会的なもので
    あれ、その教養なるものがどういう文化を背景にして育ってきたのかということだ。つまり、教養とは、自らの経験
    を糧にして自らの力で育て、身につけた内奥の知恵のことに他ならない。
    だから、ある人は、「教養とは羞恥心のことだ」と言ったのだ。すなわち、恥を知る心のことである。
     川勝さんを弁護する訳ではないが、この人が提起した問題とは以下の発言から読み取るべきだ。
    他者を批判する場合、揚げ足取り的な論点のすり替えをしてはいけない。

     「公務員に対する任命権が自分にあるからとか、総括的にできればそれでいいとかおっしゃっているが、そんな
    の何も語っていないのに等しい。もし今度6人が落とされるのであれば、学問がなっていないということであれば、
    もっともな理由。それ以外の理由は、よほど法律に違反していない限り、そうしたもの(政治的発言)は言うに任せ
    るということであり、信教の自由、学問の自由、言論の自由というのは基本中の基本で。そこに権力が介入して
    、権力の言う人たちだけになったら、御用学者ばかりじゃないですか。そんな人は学者じゃないです。まさに日本の
    学問立国に泥を塗るようなことではなかったかと、非常に心配しております。汚点です。なるべく汚点は早く拭った
    方がいいと思っている」

     この問題で私が自分に都合のよいところだけ切り取っていると思われても困るので川勝さんに関する記事は以下
    に全文転写する。長いものだが、これが公正中立というものだろう。静岡朝日テレビからだ。

        学者の静岡県知事、菅総理を痛烈に批判「教養レベルが露見した」 日本学術会議問題で
              配信  静岡朝日テレビ

    日本学術会議が推薦した会員候補の任命を菅総理が拒否した問題で、静岡県の川勝平太知事が菅総理を厳し
   く批判しました。川勝知事は「菅義偉という人物の教養のレベルが図らずも露見した」指摘しています。その発言は
   きのうの知事定例会見で飛び出しました。 静岡県 川勝知事(7日):「菅義偉という人物の教養のレベルが図らず
   も露見したということではないか。菅義偉さんは秋田に生まれ、小学校、中学校、高校を出られて、東京に行って働
   いて、勉強せんといかんと言うことで(大学に)通われて、学位を取られた。その後、政治の道に入っていかれて。
   しかも時間を無駄にしないように、なるべく有権者と多くお目にかかっておられると。言い換えると、学問された人で
   はない。単位を取るために大学を出られた」
    川勝知事が菅総理の学歴に言及して批判したのは、科学者の代表機関「日本学術会議」が推薦した会員候補105
   人のうち政府が6人の任命を拒否した問題についてです。 川勝知事(7日):「ともかく、おかしなことをしたと思うが、周
   りにアドバイザーはいるはず、こういうことをすると、自らの教養が露見しますと、教養の無さが、ということについて、
   言う人がいなかったのも、本当に残念です」  川勝知事は、知事就任前は早稲田大学の教授や静岡文化芸術大学
   の学長を歴任した、いわゆる「学者知事」です。一方、菅総理は高校卒業後、秋田から上京して段ボール工場に就職、
   アルバイトをしながら法政大学に入学・卒業し、議員秘書や市議会議員を経て総理となった「たたき上げ」の人物です。
         ネット上でも賛否が…

    川勝知事が、学術会議問題を巡り、菅総理を名指しで「教養の無さが露見した」と酷評したことは、全国的に話題に
   なり、ネット上でも賛否両論が巻き起こっています。 ネット上では… 「こういうことをビシッと言える人が少なくなりました。
   見渡す限り忖度野郎ばかりですもんね」 「川勝知事を全面的に支持します。学術会議の問題は、教養がある人間か、
   否かで分かれるということが段々わかってきた」
    「人を批判する発言として極めて差別的。侮辱した人の向こうにいる国民が見えていないのだろうか」 「教養とは学問
   だけではないと思います。その人の品性を含めて態度や生き方全てが教養だと感じます。そういう意味で川勝知事自身
   が教養を身に付けるべきだと思います」

       「権力の言う人たちだけだと御用学者ばかりになる」

     また、川勝知事は、政府が任命拒否の理由を明確に説明していないことについて、「説明ができないなら反省して撤回
    すべき」との考えを示しました。 川勝知事(7日):「公務員に対する任命権が自分にあるからとか、総括的にできればそれ
    でいいとかおっしゃっているが、そんなの何も語っていないのに等しい。もし今度6人が落とされるのであれば、学問がなっ
    ていないということであれば、もっともな理由。それ以外の理由は、よほど法律に違反していない限り、そうしたもの(政治
    的発言)は言うに任せるということであり、信教の自由、学問の自由、言論の自由というのは基本中の基本で。そこに権力
    が介入して、権力の言う人たちだけになったら、御用学者ばかりじゃないですか。そんな人は学者じゃないです。まさに日
    本の学問立国に泥を塗るようなことではなかったかと、非常に心配しております。汚点です。なるべく汚点は早く拭った方が
    いいと思っている」

     次は「日刊スポーツ」の記事だ。安倍北条幕府の茶坊主筆頭であった時代からの菅義偉の天敵と呼ばれている望月衣
    塑子さんの登場だ。相変わらずの切れ味だ。真言の人である。
     教養のもう一つの意味は、不屈の批判精神のことである。では、お読みください。

          望月衣塑子記者「踏み絵」パンケーキ懇の菅首相批判
                          
  日刊スポーツ

      菅義偉首相の天敵として知られる東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者が9日、都内で行われた出演映画「i-新聞記者
     ドキュメント-」(森達也監督)の再上映記念シンポジウムで、一部の番記者とパンケーキを食べながら懇親会を行ったこと
     について触れ、「密室の中でだけ説明しておけばいいや、ということが露骨にある方」と批判した。
      望月氏は「菅さんは説明責任を果たしていくかと聞かれた際、国会にあまりにも拘束され過ぎて、行政の仕事ができない。
     官房長官は2回も会見をやっていると説明した。これは菅さんは説明責任を果たしたくないんだと。失言が多い中、安倍さん
     以上に説明責任は相当後退していくだろうと思う」と指摘。「オープンな場で首相が会見をすることを、メディアがしっかり求め
     ないといけない」とも話した。
      オープンな場での取材に応じない菅氏に対し、会見を開くよう求めた上で、“パンケーキ懇”を欠席した報道機関もあった。
     望月氏は密室の中での説明だと指摘した“パンケーキ懇”の背景について「結局、56人の記者が『パンケーキ懇』に参加して
     しまって。菅さんは踏み絵的にチェックしていたと思う」と推測。「上層部の指示で行った現場記者の中で、違和感を感じていた
     人もいると思う。なかなか1人で戦えないもの」と、一部参加者の複雑な胸中にも理解を示した。
      また、菅政権を「人事独裁政権」と評した。菅氏が日本学術会議の会員候補の任命を見送ったことに触れ「安倍さんですら
     手をつけてこなかった。ついに学術の世界まできた」と指摘。さらに「共同通信の論説副委員長が首相補佐官になるなど、メデ
     ィアも取り込まれている状況。人事独裁をより強化していこうという流れだと思う」と批判した。
      望月氏は菅氏が官房長官時代、会見で森友・加計問題などについて激しいやりとりをしたことで知られる。会見にもかかわら
     ず、菅氏から「あなたの質問に答える場ではない」と言われるなど目の敵にされ続けたことから、菅氏の天敵と言われるように
     なった。【近藤由美子】





   特報 5    「この国の今と此処」

       2020・10・8(木)

          今日のコロナ感染状況
              感染者数 87、767人
               死者数   1、618人




       加藤氏の論点ずらし、今度は「チャーハン論法」 上西・法政大教授が批判 任命問題巡り
                     配信     毎日新聞

     閣僚や官僚が国会質疑などで論点をずらした答弁をすることを「ご飯論法」と名付けた法政大の上西充子教授は
    8日、自身のツイッターアカウントで、日本学術会議の会員候補6人が推薦通りに任命されなかった問題を巡る加藤
    勝信官房長官の説明を「チャーハン作り」に例えて批判した。上西氏は「『エビチャーハンを作っていたのを玉子チャ
    ーハンに変えましたよね』という質問に、『同じシェフが作っており、その点においてなんら変わりはない』と言っている
    ようなもの」と記した。1983年の「(任命)行為は形式的」との国会答弁と、2018年の政府文書の「推薦通り任命すべき
    義務があるとまでは言えない」との見解に関し、政府が憲法を根拠に「同じ考え方に立っている」(加藤氏)と説明した
    のを批判している。  このツイートの感想を記者会見で問われた加藤氏は「まず例えの意味がにわかに分からないが、
    説明が分かりづらいという指摘には、しっかりと説明できるようにさらに努力していきたい」と述べた。一方でその後の
    質疑でも「(会員候補を)除外したというのではなく、今回任命した方を任命させていただいた」「結果として任命されない
    形で(6人が)残った。『残した』のではない」などと発言。政府の主体的な判断として除外したとのニュアンスを弱める話
    法を展開した。【影山哲也】


       日本学術会議の任命拒否「あり得る」と法解釈する文書は「見当たりません」。内閣法制局が国会答弁
                     配信  ハフポスト日本版

      科学者の代表機関「日本学術会議」の会員候補として推薦された6人の学者を菅義偉首相が任命しなかった問題
     をめぐって、国会質疑が紛糾している。 【田村智子議員の質問部分の動画】 推薦された者を任命拒否することが
     「あり得る」という法解釈を示す文書が存在するのか問われた内閣府法制局の幹部が「見当たりません」と回答した。
     (ハフポスト日本版・安藤健二)
           中曽根内閣の政府答弁と矛盾
      問題となっているのは、中曽根政権当時の政府答弁との矛盾だ。1983年11月24日の参院文教委員会で丹羽兵助
     ・総理府総務長官は「形だけの推薦制であって、学会のほうから推薦をしていただいた者は拒否はしない、そのとお
     りの形だけの任命をしていく」と答弁していた。 菅首相の任命拒否が、1983年当時の国会答弁と矛盾しないかについ
     て、10月8日の参院内閣委員会で、日本共産党の田村智子議員が追及した。 内閣府の大塚幸寛官房長「必ず推薦
     の通りに任命しなくてはならないとは、言及はされてない」と答弁したが、田村議員は「違います」と否定した。 続いて
     、田村議員は「推薦された者を任命拒否することはあり得る」という日本学術会議法の法解釈を示す文書はあるのか
     問いただしたところ、内閣法制局の木村陽一第1部長「明瞭に記載したものというのは、私が知る限り見当たりません」
     と答弁した。
              該当部分の質疑応答
      形式的任命だから推薦されたものは拒否しない」。これが政府の答弁です。今回の任命拒否は、83年当時の答弁を
     覆す行為ではありませんか? 大塚官房長:繰り返しで恐縮ですが、今ご紹介いただきました昭和58年当時の答弁も、
     平成30年の文書もいずれも憲法15条を前提としていること。これは(法律の)改正当時からも前提になっていたことでご
     ざいます。「形式的な発令行為」という発言がなされてることは十分承知ですが、必ず推薦の通りに任命しなくてはならな
     いとは、言及はされてないところであります。 ――――違います。83年の会議録は「推薦に基づき総理大臣が任命する。
     それは形式的任命、形式的発令行為であり、推薦された全員を任命する。拒否はしない」。一貫した政府答弁です。国会
     会議録は国会と国民に示された条文解釈そのものです。法制局に聞きます。逆に「推薦された者を任命拒否することは
     あり得る」という日本学術会議法の法解釈を示す文書はあるんですか? 木村第1部長:はい、お答え致します。私どもとし
     ては平成30年の説明資料について、当局に意見を求められました際に、ご指摘の国会議事録のほか、昭和58年の日学
     法改正時の法律案審議録の中に、総理府作成の想定問答集があります。それについては確認は致しております。そうい
     う意味でいいますと、今、委員がご指摘されましたような「義務的な任命であるのかどうか」という点について、明瞭に記載
     したものというのは、私が知る限り見当たりません。ただし、先ほども言及ございましたような、高辻長官以来の答弁の積
     み重ねの上に立ちまして、昭和58年の法改正以来、一貫した考え方として成り立っているものと理解しています。
        (ハフポスト日本版・安藤健二)

           日本学術会議の任命拒否、何が問題なのか? 今の日本に漂う「見せしめ」の空気
               「批判が許されない空気」は、菅政権で強化されることはあってもなくなることは決してないだろう。
    


        「宮田佐和子さんのフェイスブック」

                2020・10・7(水) 

   
  宮田佐和子さん

  自己紹介

左の子キツネは宮田さんのフェイスブックのカバー写真。


    私は色々な人のフェイスブックを見る、その多くは友人・知人が開設しているものであるが、中には一度も
   お会いしたことのない人のものもある。いわゆるネット上のお友だちと呼ばれるものだが、このお付き合いも
   年を重ねて2年、3年となると確かな信頼関係が出来る。
    西原扶美雄さんは福岡の人、宮田佐和子さんは岡山の人、この2人についてはこれ以上のことは知らない。
   けれども間違いなく私のお友だちである。この2人が運営するフェイスブックの最大の特徴は面白いということ
   である。こういう場合に「面白い」という表現が適切なのかどうか判断に迷うところもあるが、物事は面白くなけ
   れば、また楽しくなければ長続きはしない。
    ではここでの面白さとは何かということだが、第一に守備範囲の広さである。視野が広いということだ。第二
   には、事の本質を摘出する能力の高さと鋭さだ。第三にくるのは、判断の相対性とユーモアのセンスだ。
   以上の理由によって、私は一日の終わりにはこの2人のフェイスブックは必ず開く。そして、私の能力では知る
   ことの出来なかった多くのことを教えられる。これが私の判断材料を豊かにしてくれる。
    2日前の宮田さんのフェイスブックから転写する。
   最初に次ぎの言葉が目に入る。

      奴隷は、奴隷の境遇に慣れ過ぎると、
      驚いた事に自分の足を繋いでいる鎖の自慢を始める。
      どちらの鎖が光っていて重そうで高価か、などと。
      そして鎖に繋がれていない自由人を嘲笑さえする。 ...
      だが奴隷達を繋いでいるのは実は同じ鎖に過ぎない。
      そして奴隷はどこまでも奴隷に過ぎない。
                               リロイ・ジョーンズ(アミリ・バラカ)

    この引用文の後に宮田さんはこう書き込んでいる。

     気持ちが激しく沈む。
    「GOTO]でどれくらいお得かの特集ばかり。そして最後にコロナの新規感染者は〇〇人増えました。だけ。
    毎日防護衣着用して発熱の患者さんに対応しながら、仕事以外のどこにもいかないで過ごしている私はそ
    んなもの使えない。
    ご家族で利用しましょうって、うちの家族も使えない。

     さて、リロイ・ジョーンズ(アミリ・バラカ)とは初めて耳にする名前だが、いったい何者か。ネットで検索してみる
    と、次のような情報が出てきた。

     アミリ・バラカ(Amiri Baraka、1934年10月7日 - 2014年1月9日、前名リロイ・ジョーンズ)はアメリカ合衆国
    ニュージャージー州
ニューアーク生まれの詩人作家音楽評論家思想家活動家

         
 『ブルース・ピープル』    リロイ・ジョーンズ(アミリ・バラカ)

 『ブルース・ピープル』リロイ・ジョーンズ 著,飯野友幸 訳 音楽之友社 2004 - のち『ブルース
 ・ピープル : 白いアメリカ、黒い音楽』として平凡社ライブラリーからも出版されている。.

  アメリカにおける黒人とその音楽の歴史を語る上で欠かすことのできない名著の新訳版。
 著者はアメリカを代表する評論家・詩人・劇作家で、ブルースの成立と発展、さらにはジャズ
 の登場からビバップまでの成立過程を、奴隷としてアフリカから連れてこられて以来の新大
 陸における黒人の社会的・宗教的な地位やアメリカ社会全体の変化とともに描いている。
 当時の公民権運動の高まりのなかで「自己の黒人性に過激に目覚めつつある著者の意識
 が生々しく記録され」(訳者あとがきより)たもの。刊行から40年経ったいまもなお薄れること
 のない熱いメッセージにあふれている 。

    宮田さんの年齢は分らない。私は70歳だから、顔写真で判断するに私とは孫ほどの年の差か、まあ、そんな
   ところだろう。それで、宮田さんはリロイ・ジョーンズの本を読んでいる。私は今日までリロイ・ジョーンズのことは
   全く知らなかった。恥ずかしいとは思うが事実だから仕方がない。いいお友だちを持ったものだ。感謝。
    リロイ・ジョーンズはこう言っている。

     「奴隷は、奴隷の境遇に慣れ過ぎると、驚いた事に自分の足を繋いでいる鎖の自慢をお互いに始める。どっち
    の鎖が光ってて重そうで高価か、などと。そして鎖に繋がれていない自由人を嘲笑さえする。だが奴隷達を繋い
    でいるのは実は同じたった1本の鎖に過ぎない。そして奴隷はどこまでも奴隷に過ぎない。
     過去の奴隷は、自由人が力によって征服され、やむなく奴隷に身を落とした。彼らは、一部の甘やかされた特
    権者を除けば、奴隷になっても決してその精神の自由までをも譲り渡すことはなかった。
    その血族の誇り、父祖の文明の偉大さを忘れず、隙あらば逃亡し、あるいは反乱を起こして、労働に鍛え抜かれ
    た肉体によって、肥え太った主人を血祭りにあげた。
     現代の奴隷は、自ら進んで奴隷の衣服を着、首に屈辱のヒモを巻き付ける。そして、何より驚くべきことに、現代
    の奴隷は、自らが奴隷であることに気付いてすらいない。それどころか彼らは、奴隷であることの中に自らの唯一
    の誇りを見い出しさえしている。
            (リロイ・ジョーンズ 1968年、NYハーレムにて)

       最後に国内のコロナ感染状況を確認しておく。

        感染者数   87、138人
        死者数      1、615人

      今、私たちがしなければならないことは旅行ではない。そんな場合ではない。
     一切の「アベ的なるもの」を葬り去ることだ。間違っても鎖の自慢などしてはいけない。


 
     特報
            「キャンペーン」

             2020・10・7(水)

     菅首相に日本学術会議会員任命拒否の撤回を求めます!

            こちらのキャンペーンを応援しませんか?
   
    101日、菅義偉内閣総理大臣は、日本学術会議が新会員に推薦した105人のうち、人文・社会系
  の
6名を任命しませんでした。これは、前例のない、学問の自由と独立に対する侵害であり、ひいては
  社会に計り知れない損害をもたらしかねません。我々は、菅首相に対し、この措置の撤回、すなわ
  ち、被推薦者全員の任命を強く求めます。
 
 
  任命されなかったのは、以下の6人の研究者です。
          宇野重規東京大社会科学研究所教授(政治思想史)
          岡田正則早稲田大大学院法務研究科(行政法)
          小沢隆一東京慈恵会医科大教授(憲法学)
          加藤陽子東京大大学院人文社会系研究科教授(日本近現代史)
          松宮孝明立命館大大学院法務研究科教授(刑事法)
          芦名定道京都大学大学院文学研究科教授(キリスト教学)

    今回任命を拒否された6名は、いずれも、政治学、法学、歴史学、宗教学など、思想信条の自由、人
  権の尊重に深く関わる研究分野の研究者であり、こうした分野に関して政府が介入したことは今回の問
  題の深刻さを示しています。しかも、政府は当事者にさえ拒否した理由を示していません。


    政府が推薦を拒否するという事態は、1949年に日本学術会議法により日本学術会議が設置され、
  さらに
1983年に推薦制が導入されて以来初めてであり、今後に悪例を残す、大変な問題です。


    日本学術会議は、「行政、産業及び国民生活に科学を反映、浸透させることを目的として」、19491月、
  内閣総理大臣の所轄でありながら政府から独立して職務を行う「特別の機関」として設立されました。日本
  の人文・社会科学、生命科学、理学・工学の全分野の約
87万人の科学者を内外に代表する機関で、210
  の会員と約
2000人の連携会員によって、「政府に対する政策提言」、「国際的な活動」、「科学者間ネットワ
  ークの構築」、「科学の役割についての世論啓発」などの役割を担っています(日本学術会議ホームページ
  「日本学術会議とは」
http://www.scj.go.jp/ja/scj/index.html
    つまり、日本学術会議は、学術振興のため、政府が学問研究の自由を尊重しつつ、学問研究の振興と普
  及を支援していく仕組みです。

   その会員選出方法は、1983年改正の日本学術会議法第7条第2項に「会員は、第二十二条の規定による
  推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」とあるように、会の推薦に基づいて総理大臣が任命することに
  なっています。

    この第7条第2項について、政府(丹羽兵助国務大臣・総理府総務長官)はこのように説明しています。

    内閣総理大臣による会員の任命行為というものはあくまでも形式的なものでございまして、会員の
  任命に当たりましては、学協会等における自主的な選出結果を十分尊重し、推薦された者をそのまま
  会員として任命するということにしております。
19831124日、第100回国会、参議院文教委員会)

     7条に出てきた同法の第22条は、2004年に第17条となり、「日本学術会議は、規則で定めるところによ
   り、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、
   内閣総理大臣に推薦する」と規定されています。

    この改正案可決の際、参議院文教委員会は、自由民主党、民主党・新緑風会及び公明党の各派共同提案
   による付帯決議も可決しました。その第一項では、政府に、「日本学術会議が我が国の科学者の内外に対
   する代表機関として独立性を保つ〔略〕よう努めること
」と、会の独立性維持を求めています。これに対し、
   政府(茂木敏充内閣府特命大臣)は、「十分その趣旨を尊重し、努力してまいります」と答弁しています
   (
200446日、第159回国会、参議院文教委員会)。
    会員の任命に政府が介入した今回の事態は、「学協会等における自主的な選出結果を十分尊重」していな
   い点で、これまでの政府見解をくつがえすものであり、日本学術会議の独立性の維持を求める国会の意思に
   も反します。

    そもそも、日本学術会議がその使命を果すには、その構成員が学問的・思想的に多様であることが不可欠
   です。内部でできるだけ多様な意見を闘わさない限り、喫緊の問題であろうと、長期問題であろうと、よく練上
   げられた豊かで有効な提言はできません。この点で、一部の研究者を排除し、意見の範囲を限定することは、
   学術会議本来のあり方を著しく損い、国民に対する義務を果すことを不可能にします。時の政権の意思に適う
   かということと、学問的な適格性はイコールではありません。時の政権に批判的な学問的見解が、長期的には
   かえって国家・国民・国際社会のためになることも十分にありえるのです。

    1935年、美濃部達吉の憲法学説(天皇機関説)が問題化し、否定されましたが、それがその後の軍部の暴走
   を助長したことは既によく知られている通りです。
1937年、植民学者矢内原忠雄は時の日中戦争を批判して職
   を追われましたが、彼の見識が正しかったことはその後の歴史が証明しました。天皇の起源や皇統をめぐる歴
   史研究に関しても、
1892年には久米邦武、1911年には喜田貞吉、1939年には津田左右吉らが筆禍を蒙り、以
   後の学問研究の自由や国民の知る権利を著しく制約しました。

           〈呼びかけ人〉
       鈴木 淳 /東京大学大学院人文社会系教授
       古川 隆久 /日本大学文理学部教授
              2020104日加筆訂正)

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        「静かな一日」

          2020・10・6(火)

     相変わらず規則正しい生活を続けている。本人にも信じられないほど真面目な生活態度と習慣を維持している。
    笑うべし、この風狂無頼が70歳にして何だか清教徒になったような錯覚を覚える。まあ、健康ということなのだろう。
    いつものように午前3時に目を覚ます。塔の上の書斎の窓から領地を見渡せば田園の樹木の葉は落ちて季節は秋、
    呼吸を整えてから階下の茶の間に降りる。珈琲を一杯作り、煙草に火を付け、机の前に座る。気分はすっかり「ミシ
    ェル 城館の人」そのものである。本の方は今日から第三部「精神の祝祭」に入る。
    その第一章の書き出しはこうである。

     われわれのミシェルは、1580年6月22日に彼の城館を出て、北東フランス、ドイツ、スイス、オーストリアを経て
    イタリアへの、17カ月にもわたる旅にでた。従って、これからしばらくの間は、ミシェルは城館の人ではなくて、旅の
    人、なのであったが、しかし、やがてまた城館の人に戻るのであったから、また、この三部作の総題として、城館の
    人というものを選んだのでもあったから、別段、変更することもあるまういと思われる。

     この17カ月にわたる旅については『モンテーニュ旅日記』と題して白水社から1992年に関根秀雄訳で出版されて
    いる。その本も目の前にあるが、モンテーニュについては今日はここで止める。堀田さんの全三巻を読み終えた後
    で、気が向けばだが、別の場所での楽しみとしてとっておこう。
     夜明け前の数時間、いつものように「ハックフィン」の編集作業に取り組む。何か所かに加筆し、何か所かを削除す
    る。相変わらず文章が下手だ。もっと軽やかに書けないものかね、我ながら嫌になる。
    時々思うのだが、モーツルトのような文体を発明することは出来ないのかと、もっと軽やかに、もっと早く、もっと高み
    へ、と螺旋を描いて疾走する文体、しかし、ここでも理想と現実の乖離は愚か者の宿命か、今更母を恨んでも、父を
    呪ってもどうなるものでもあるまい。
     その昔のことだが母は、少年だった私に「頭の悪い子どもほど、文房具に凝るね」とよく言ったものだ。今、私が悩ん
    でいるのは文房具のことではなく、文筆の才能についてなのだが、母に言わせれば同じようなものか。
     午前7時、これまたいつものように郵便配達に出かける。コースはもう体が覚えている。目隠ししても走れる快感15
    分の早朝ドライブだ。塩谷さん、金田さん、小坂さんと走り抜いて家の近くのセイコーマートに辿り着く。有料ゴミ袋と
    大好きな鴨蕎麦のカップ麺を買う。
     午前9時、農園に入りこの年最後の農作業に取り掛かる。成長しきってしまった青紫蘇5本を引き抜き、2メートル
    ほどの直線でこれまた成長しきって葉が固くなった京水菜の一群も引き抜く。これで農園からは全ての野菜が消えた。
    後は土を均して、向う半年の休暇を与える。ご苦労様でした。これにて我が農耕の日々は目出度く終了。
    今夜は最後の収穫祭だ。しかし、私の場合、農地に作物がなくなったとしても収穫祭を行う口実に不足することはない。
    従って、酒をきらす理由は永遠に見つからない。
     午前10時、福盛田家でのお茶会に出かける。
    今日もテーブルの上には美味しいそうなお菓子が一杯、しかしながら、私は先週の月曜日に渡辺歯科で下の歯の最後
    の一本を抜かれている。その日以来、肉食は不可能となり毎日毎夜、お好み焼き、たこ焼き、ピザ、お蕎麦、饂飩、あん
    かけ焼きそば、ラーメンと小麦ばかり食べている。肉食でもなく、魚食でもなく、草食でもなく、粉食といったところか。
    英語では小麦はウィート、小麦粉はフラワーと呼ぶそうだ。この食生活には、風変わりではあるが、見ようによっては非暴
    力の平和主義者の面影がちらつかないこともない。そんな訳はないか。
     それはともかくとして、眼の前には美味しそうなお菓子が一杯、しかし、歯を抜かれた老人見習いはそれを口にするこ
    とが出来ない。ただ眺めているだけである。この間、時間にして約120分、これは拷問に等しい。
     食べ物に限らずのことだが、晩年の荷風散人はこういう日常を過ごしていたのだろう。望みもしなかった禁欲生活、
    これを苦行というか。憐れむべし、握りしめた預金通帳は何の役にも立たなかった。
     モンテーニュは「私は、快楽を最後までこの手で掴む」と言った。
    まあいい。来週の月曜日には優しい渡辺先生が新しい歯をプレゼントしてくれるだろう。それまでの辛抱だ。長い人生だ、
    時にはストイシズムについて学ぶこともいい経験となるだろう。
     午後2時、空は晴れている。雲一つない絵に描いたような秋晴れである。
    ところがだ、その空のどの位の高みからかは分からないが強烈な雨が地面を叩きつけるというのだから、これはもう怪奇
    現象である。何処からか怨霊や妖怪が現れても不思議ではない。それで午後の予定は全部取り消しとなった。
     秋晴れだから窓の外は限りなく明るい、その光明を信じて一歩外に出れば舗道はどしゃぶりの雨、では、どうすればよ
    いのか。酒を呑むにはまだ時間が早い、珈琲も飽きた。間食をするにも歯がない。妻殿はお買い物ブギ、お嬢様はテニ
    ス特訓、独り家に残された老人見習いは何をして過ごすのか。
     他にやることもないので、久しぶりにエリック・クラプトンの『枯葉』でも聴くか。偶にはブルースもいいね。
    そして、夜になった。静かな一日だ。

          名月や池をめぐりて夜もすがら
                            松尾 芭蕉

     句意は、名月を賞して池の周囲をめぐり歩き、とうとう夜を明かしてしまった、ということだそうだ。
    なるほどそうかもしれないけれども、これでは余りにも読んで字の如しに過ぎないか、情景の解説ならば小学生にでも
    出来る。この程度の感性で評釈を気取られては墓石の下で芭蕉さんはクシャミをするのでは、と私は思うのだが。
    もしも、「池」というものが何かの比喩であったとすれば、この一句はもっと違った世界を表すものとなるだろう。

           野ざらしを心に風のしむ身かな
                             松尾 芭蕉

     句意は、旅の途中行き倒れになって、路傍に野ざらしとなる我が姿を心に描きつつ、覚悟を決めてかどでをすると、秋風
    がひとしお身にしみる思いである、ということだそうだ。
     これも解説である。しかも低俗である。評釈というには余りにも無邪気である。
    私見を言えば、芭蕉はこうした感傷とは無縁の人であった。
     最後に初心の人のために余計な一言を付け加える。
    芭蕉は、情景詩人でもなければ、風景画家でもない。
    では何者か、ここから先は各人の問題である。

   



 
     特報
             「レイバーネット」から

              2020・10・5(月)

     ●山口正紀の「言いたいことは山ほどある」第7回(2020/9/18 不定期コラム)

      菅〈臭いものにフタ〉政権誕生を助けたメディア〜放棄された「アベ政治の7年8か月」の検証報道

    戦後最悪・最長の7年8か月続いた安倍晋三政権に代わって9月16日、菅義偉・新内閣が発足した。菅氏は自民党総裁選
   で「安倍路線の継承」をアピール、石破茂氏、岸田文雄氏を大差で破り、圧倒的多数の支持で新総裁に就任した。
    だが、「安倍路線の継承」の実態は、「モリ」「カケ」「桜」をはじめとした政権私物化の疑惑追及を封じ込め、「安倍疑惑=臭
   いもの」にフタをすることだった。それを追及すべきマスメディアは次期総裁レースの中継にうつつをぬかし、何よりも求められ
   ていた「アベ政治」7年8か月の検証をほとんど放棄、菅「臭いものにフタ」政権誕生をアシストした。
   《検証 自民総裁選/「石破阻止」安倍首相動く/「後継は菅氏」麻生・二階氏乗る》――「安倍路線の継承」が何より「疑惑追
   及封じ」であったことを物語る記事が、菅政権誕生当日の9月16日、自民党の広報紙化して久しい『読売新聞』3面に掲載された。
    記事は、《安倍首相が菅官房長官を事実上、後継指名し、圧勝へと導いた》とし、安倍首相が8月28日の辞任表明前に菅氏の
   出馬を確認、安堵したとして、こう書いている。
   《首相が総裁選で最も警戒していたのは石破氏に支持が集まることだった。石破氏は森友・加計問題の再調査や、沖縄県の
   米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設について再検討を行なうことを主張するなど、「安倍路線」の転換を訴えていた
   ためだ》
   要するに、森友、加計、桜の会など疑惑のもみ消しに奔走した腹心の菅官房長官を「後継」に据え、疑惑の再調査を封じること、
   それが安倍氏の至上命題だった。それを森友文書改竄で手を貸した麻生太郎財務相と二階俊博幹事長の大ボス2人が支持
   した。
    翌29日、菅氏は二階幹事長らと会談、幹事長はその場で菅支援を表明し、各派閥は「菅支持」へ雪崩を打った。菅氏が正式
   に出馬を表明したのは9月2日夕。その時点で石破派、岸田派以外の5派閥が「菅支持」で結束し、総裁選は事実上終わっていた。
    菅氏は出馬表明の記者会見で、安倍政権が覆い隠そうとしてきた「臭いもの」に改めて「フタ」をする方針を表明した。記者から
   森友・加計問題について質問されると、森友問題については「財務省関係の処分が行われ、検察も捜査を行い、すでに結論が出
   ている」と述べ、加計問題についても「法令にのっとり、オープンなプロセスで検討が進められてきた」と強弁、いずれも「再調査す
   る考えはない」と明言した。
    メディアは菅氏のこうした対応をどう報道したか。9月3日付各紙は1面トップで、《菅氏、安倍路線を「継承」/総裁選立候補へ
   会見》(『朝日新聞』)、《菅氏、安倍路線を「継承」/自民総裁選 出馬正式表明》(『読売』)などと報じた。だが、「継承」の中身が
   森友・加計問題などの疑惑隠しであることは、ほとんど問題にしなかった。
    8月28日の辞任表明会見で安倍首相は「在任中に残したレガシー(遺産)」を問われ、「国民の皆さん、歴史が判断していくのか
   と思う」と白々しく答えた。安倍退陣後、メディアに求められていたのは、「アベ政治の7年8か月」を徹底検証することだった。
    アベノミクスの「異次元金融緩和」は株価上昇と大企業の業績回復をもたらしたが、利益は企業の内部留保に回され、労働者
   の賃金は上がらなかった。それどころか2度の消費税増税によって中小零細企業は経営を圧迫され、労働者の実質賃金は大幅
   に低下、非正規雇用の割合は4割近くにも増え、貧富の格差が著しく拡大した。
    「外交の安倍」を売り込み、「外遊」に励んだが、仲良くしてくれたのはトランプ米大統領だけで、実はほとんど相手にされなかっ
   た。最も重要な日中・日韓関係は悪化の一途をたどり、北方領土問題をめぐる日露交渉や日朝国交回復・拉致問題はまったく手
   つかず。結局、トランプの言いなりに米国製兵器を爆買いした「負の遺産」だけが残った。
    国内政治では、「任期中の憲法改正」を掲げ、野党・市民の反対を数の力で押し切る「アベ一強」の強権政治が常態化した。20
   13年12月・特定秘密保護法制定、14年7月・憲法解釈変更で集団的自衛権の行使容認を閣議決定し、15年9月・安全保障関連法
   成立、17年6月・「共謀罪」法成立……。17年7月の都議選ではアベ政治に抗議する市民に「こんな人たちに負けるわけにはいかな
   い」と敵意をあらわにした。
    2013年のIOC東京五輪招致演説では、フクシマの原発事故汚染水を「アンダーコントロール」と強弁したが、コントロールされた
   のはメディアだけ。沖縄・辺野古基地問題では軟弱地盤が発覚し、当初計画に比べて工期で2倍、費用は3倍に跳ね上がるとわか
   っても、工事中止を求めるオキナワの声を無視して埋め立てを強行している。
    それらの過程で、「モリ」「カケ」「桜」をはじめとした政権私物化が横行していた。その疑惑もみ消しに動員された高級官僚の間
   に「忖度」がはびこり、ついには財務省幹部が命じた公文書改竄によって、痛ましい犠牲者を生み出してしまった。
    そうして、新型コロナ対策のドタバタだ。当初は五輪優先の楽観論から検査・医療体制の整備が後手に回って感染拡大。その
   後は唐突な全国一斉休校やアベノマスク配布、強権的な緊急事態宣言などちぐはぐな対応に終始した。「自粛」を強いられた市民
   の補償は後回しにされ、「非正規」や女性、外国人労働者を中心に多くの「コロナ失業者」が作られた。
    もしメディアがこうした「負の遺産」をきちんと検証しようとすれば、膨大なスペース・時間を要したはずだ。新聞はそれなりにアベ
   政治検証の緊急連載を行なった。《考 最長政権》『朝日』、《総括 安倍政権》(『読売』)、《「最長」のおわり》(『毎日新聞』)、《一強
   の果てに 安倍政権の7年8か月》(『東京新聞』)。中でも『東京』の連載は、日頃の同紙の報道姿勢を反映し、批判的視点に立った
   鋭い検証記事だったと思う。
    だが、こうした検証報道は長くは続かず、疑惑追及も尻切れトンボに終わった。報道の中心は、総裁選をめぐる自民党内の駆け
   引きなど、政治部主導の「政局報道」に置かれた。とりわけ世論への影響力の大きいテレビは、朝・昼・午後のワイドショーから夕方
   ・夜のニュース番組に至るまで、「アベ政治の検証」と言えるような報道はほとんど行わなかった。それは、アベ政治の「臭いものに
   フタ」を使命とする菅氏に有利に働いた。
    その「成果」が、『東京』9月10日付2面《次期首相に菅氏50%》の記事だ。共同通信が8・9日に行った世論調査の結果、「次期首
   相にふさわしい」人として、菅氏が50%、石破氏が30%、岸田氏が8%となった。前回、8月29・30日に実施された同じ調査では、石
   破氏が34%、菅氏が14%、河野太郎氏が13%だった(8月31日付)。
    わずか10日余りの間に、自民党総裁選をめぐる「世論」は信じ難い大逆転を起こした。それをもたらしたのがメディア、とりわけテ
   レビの「大勢翼賛」報道だった。
    9月16日に発足した菅・新内閣は、20人の閣僚中、麻生副総理をはじめ再任が8人に横滑りが3人、党三役も二階幹事長の留任
   など、安倍内閣の改造人事かと思わせられる顔ぶれ。事実上の「第3次(大惨事?)安倍政権」と言うべきものになった。
    メディアが「秋田の農家の出で、地方を大事にする人」「世襲議員が多い中、数少ない叩き上げの苦労人」「笑顔の優しい令和おじ
   さん」などと持ち上げる菅首相だが、その素顔は「傲慢に反対意見を切り捨てる独裁者、弱者に冷酷な新自由主義者」だ。
    総裁選出馬の記者会見で、菅氏は「国の基本は自助・共助・公助だ。まず自分でやってみて、地域や自治体が助け合う。そのうえ
   で政府が責任を持って対応する」と述べ、首相就任会見でも「自助・共助・公助」を「目指す社会像」として強調した。
   コロナ不況で収入を失った人や職を奪われた人たちが生活保護を求めて役所に足を運んでも、「まず自分で何とかしろ」とばかり冷
   たく突き放され、人間としての尊厳を傷つけられる(9月16日放送「レイバーネットTV」特集)。それが日本社会の現実であり、しかも新
   しい首相の考える「国の基本」「目指す社会像」なのだ。
    税金で運営される政治・行政の基本は「公助」だ。足りない分を地域で「共助」し、それらの助けを得ながら、弱い立場に置かれた人
   が「自助」できるようになっていく。そういう温かい社会を否定し、自己責任で切り捨てる冷酷な新自由主義者が、新しい首相だ。
    もう一つ、菅氏の独裁的性格を物語るのが、官邸記者会見で常用した言葉だ。記者の質問を、「ご指摘には当たらない。ハイ次」
   「まったく問題ない。ハイ次」と問答無用で切り捨てていく。質問で指摘されたことについて、なぜ「指摘に当たらない」のか、「問題がな
   い」のか、その理由を何も示さず、説明を一切省いて答弁したことにしてしまう。恐るべき傲慢さであり、異論・反論を許さない独裁者
   の振る舞いである。
   ところが、それにスクラムを組んで抗議・対抗すべき内閣記者会の常連メンバーは、菅氏の対応を容認し、逆に『東京』の望月衣塑
   子記者のような粘り強く質問を重ねる記者を「異分子」扱いして、守ってこなかった。それが記者クラブの情けない現実だ。
   9月13日付『東京』の「本音のコラム」に、「日本国民は蒙昧の民か」と題した前川喜平氏のコラムが掲載された。安倍首相の辞任表
   明前の8月22・23日に共同通信が行った世論調査で36%まで落ちていた内閣支持率が、辞任表明直後の29・30日の調査で56%に
   跳ね上がった。前川氏は《一週間や十日でここまで極端に意見を変える国民が民主国家の主権者たり得るだろうか》と疑問を投げ
   かけ、魯迅の『阿Q正伝』に登場する無知蒙昧の民阿Qに成り下がったのではないかと嘆いた。そのうえで前川氏は、「賢い国民が
   育つために決定的な役割を果たすのはメディアと教育だ」と指摘した。
   その通りだと思う。アベ政治の検証をきちんと行わず、菅〈臭いものにフタ〉政権をやすやすと誕生させた大きな責任がメディアには
   ある。(了)


       「本音のコラム」  東京新聞9月13日

         日本国民は蒙昧の民か
                     前川喜平(現代教育行政研究会代表)

    安倍晋三首相の辞任表明と菅義偉氏の自民党総裁選出馬表明の前後に行われた世論調査の結果には、暗澹(あんたん)たる
   気持ちになった。
辞任表明前の8月22日~23日に共同通信が行った世論調査で36.0%まで落ちていた内閣支持率は、辞任表明
   直後の29~30日の調査では56.9%に跳ね上がった。同じ29~30日の調査で、次期首相にふさわしい人のトップは石破茂氏で34.3
   %、菅義偉氏は14.3%だったが、有力派閥がこぞって菅氏を推し、菅氏の勝利が確実になった9月8~9日の調査では、菅氏が50.2
   %でトップになった。

   「病気で辞める人はねぎらってあげるものだ」とか「自民党の偉い人たちが応援する人は立派な人に違いない」とか思ったのかもし
   れないが、1週間や10日でここまで極端に意見を変える国民が民主国家の主権者たり得るだろうか。

    僕は魯迅の「阿Q正伝」を思い出した。100年前の中国を舞台に無知蒙昧の民阿Qの愚かな生涯を描いた話だ。
   日本国民は阿Qに成り下がったのではないか。
   愚かな国民は愚かな政府しか持てない。賢い国民が育つために決定的な役割を果たすのはメディアと教育だ。メディア関係者と教
   育関係者が権威主義や事大主義に毒され、同調圧力に加担し付和雷同に走るなら、日本国民はますます蒙昧の淵に沈んで行くだ
   ろう。


    *もう‐まい 【蒙昧】
     知識が開けず、物事の道理に昧くらいこと。日葡辞書「グチ(愚痴)モウマイ」。「無知―」  ―‐しゅぎ【蒙昧主義】
    *もうまい‐しゅぎ【蒙昧主義】
     〔哲〕(obscurantism) 権威と結びついた既存の非合理的思想を擁護し、自由で合理的な思想に反対する態度。もと、啓蒙主義
     者が自分たちの闘争の相手の態度を称した語。 【広辞苑第五版】





        「共犯者の横顔」

         2020・10・5(月) 

    靖国小僧・安倍晋三の7年8か月の長期に渡る極右政権の守護神と呼ばれた茶坊主筆頭・菅義偉は何をしてき
   たのか。その成した仕事の何をもって守護神と呼ばれたのか、守護神という表現には善悪の意味付けはないが、
   積み重ねた悪政の後に残ったものはマスコミ各社が総じて「負の遺産」と命名したものであるから、この間のスカス
   カ坊主の位置づけは正しくは守護神といったような曖昧なものではなく、犯行現場での共犯者と呼ぶべきものである。
    だが、新聞・テレビはこのことについての検証を何故か避けて通る。腰砕けというか腰が引けているというか、戦う
   前から白旗を挙げての苦労人演歌の大合唱である。前科を問うこともなく、過去は水に流されての無罪放免で昨日
   までの若頭が席を変えて当代を名乗る晴れの襲名披露の宴だという。ここで御祝儀相場という怪しげな言葉が出て
   くる。代替わりの直後は支持率が高いという過去の例を持ち出して疑問を封じ、ジャーナリズムとしての責任も放り出
   す、全くもって無責任なものである。
    過去の例がどうであれ常識的に考えれば新内閣の支持率が高くなるわけがないではないか、世論調査は設問の
   仕方次第である程度は操作は出来る。しかし、それはそれとして、支持率が本当に高かったとするならば、国民は
   馬鹿だということになる。何故ならば、靖国小僧は病気を理由にして引退したが、事実は、すべての面での行き詰ま
   り、追い込まれての白昼の夜逃げであった。白昼の夜逃げとは、常識上ではあり得ないことだ。
    民間ならば職場放棄という奴だが、職務を放り出したということである。しかも今回は二度目である。ここで安倍政
   権は終わったのである。
    問題はここからだ。これが普通の国であれば、例えば韓国、例えばフランス、例えばスペイン、例えばフィンランド、
   いや、これ以上個別に国名を挙げる必要はないだろう。世界の常識として独裁政治が倒された後に来るものはリン
   カーンの言葉ではないけれども「人民の、人民による、人民のための政治」という時代だ。
    しかし、この国ではキャンドル革命も黄色いベスト運動も起こらなかった。相変わらずの自発的隷従である。
   それどころか破綻した安倍政治を継承すると公言する男が高い支持率を得たと報道されるのである。では、民意は
   何処にあるのか。安倍退陣から菅政権誕生までの数日間、この国の新聞・テレビは何を報道してきたのか。
   「社会の木鐸」か、何とも色褪せた寒々しい言葉であることか。
   だから私は「しんぶん・赤旗」を生活必需品とするのだ。そして今日の赤旗だ。茶坊主筆頭時代の菅義偉の犯罪調書
   を載せている。題して「菅氏は何をしてきたか」、これは共犯者の横顔というものである。その一部を以下に転写する。

            官房長官時代7年8カ月   菅氏は何をしてきたか

    「1」 戦争法の「先導役」  悪政に共同責任
     
なかでも、憲法の縛りを解く立憲主義破壊で、菅氏は異論を排除し、悪政を推進する先導役を果たしました。
     安倍政権は2013年8月、当時の山本庸幸内閣法制局長官を最高裁判事に「左遷」し、内閣法制局長官を集団的
     自衛権行使の積極容認派の小松一郎駐仏大使にすげ替えました。山本氏は直後の判事就任の会見で、憲法を変
     えずに憲法の中身を変える解釈変更は「難しい」と明言。すると菅氏は官房長官会見の場で「公の立場で憲法改正
     の必要性まで言及したことについては、私は非常に違和感を感じている」と山本発言を攻撃し、憲法解釈変更を政
     治主導で行う姿勢をしましました。

    「2」 沖縄の民意を圧殺   基地強行の司令塔
      15年4月、菅氏は翁長氏と初めて面談。戦後沖縄の苦難を切々と訴えた翁長氏に対し、菅氏は「私は戦後生まれ
     だから沖縄の戦後の歴史は知らない」と言い放ちます。
      翁長氏は、こう厳しく批判しました。「官房長官は辺野古の埋め立てに関して『粛々』という言葉を何回も使う。米軍
     の軍政下でキャラウイ高等弁務官が『沖縄の自治は神話だ』と言ったが、官房長官がキャラウイの姿と重なる」
      菅氏は翁長氏の訴えに圧倒され、反論不能のまま、逃げるように引き揚げました。

    「3」 改竄と隠蔽の中心  数々の疑惑隠し
      安倍政権が、「森友学園」に、国有地を不当に値引きして売却した問題をめぐり、虚偽答弁や決裁文書の改竄が
     行われた「森友問題」。改竄の発端になった安倍晋三前首相の「私や妻が関係していたということになれば、首相も
     国会議員も辞める」(2017年2月17日、衆院予算委員会)という答弁の5日後の22日に菅官房長官(当時)は、財
     務省で改竄や隠蔽を中心的に担っていた佐川宣寿理財局長(当時)らを官邸に呼び出し、説明を受けています。
     公文書の改竄作業を強いられ自死した近畿財務局職員の赤木俊夫さんの手記によれば、菅氏が官邸で説明を受
     けた4日後の26日に赤木さんが最初の改竄をさせられています。
      安倍前首相の盟友が理事長を務める大学のために獣医学部を開設しようとした「加計学園」問題では、前川喜平
     元文部科学省事務次官が国会で、菅首相の側近の和泉洋人首相補佐官から官邸に呼び出され、学部新設の動き
     を早めるように求められたことを証言しました(17年7月10日)。

    「4」 たてつけば飛ばす  人事で官僚支配

      実際に菅氏は、「ふるさと納税」制度で高所得者優遇となる改定を進めようとした際に、問題点を指摘した総務省
     自治税務局長の平嶋彰英さんを左遷するなど、自らの都合の良いように官僚人事に介入。左遷された平嶋氏は「し
     んぶん赤旗」日曜版9月27日号掲載のインタビューで、「菅さんが左遷や更迭などで飛ばした官僚は数え切れない
     くらい大勢います」「『これはこうです』と意見すると、反抗されたと理解し、沽券に関わると反応してしまう。そして、人
     事で飛ばす」と証言しています。

    「5」 批判的報道に強権

     
報道の自由を侵害する暴挙として大きな批判を呼んだのが、東京新聞の望月衣塑子記者への質問封じです。
     菅氏は政権に切り込む質問をたびたび続けてきた望月記者を敵視。官房長官の記者会見での望月記者の質問を
     「事実誤認」と決めつけ、内閣記者会に「問題意識の共有」を求める異例の申し入れを行い、望月記者の質問を封じ
     る妨害を加えてきました。

     以上の5つの犯罪はスカスカ坊主がアベ北条幕府の茶坊主筆頭であった時代のことである。
    代が変わってアベ政治パート2の幕開けとなり、スカスカ坊主は取りあえずの雇われ将軍となった。
    世界観も歴史観も国家像も語ることなしにいきなり手をつけたのが得意の人事介入である。よせばいいのに最も苦手
    な学問・学府の領域にである。これは叩き上げのコンプレックスによる復讐か、何とも歪な自己顕示訳である。
     この問題について共産党の志位和夫委員長が次のような表明をしている。2日の赤旗第一面のトップ記事だ。
    事情があって赤旗を読むことが出来ない人のために全文転写するのでお読みください。

         学術会議介入 「学問の自由」脅かす重大事態
                           違憲・違法の任命拒否は撤回せよ
                 志位委員長が記者会見

     日本共産党の志位和夫委員長は1日、国会内で記者会見し、菅義偉首相が日本学術会議が推薦した会員候補105
    人のうち6人の任命を拒否したのは、「学問の自由を脅かす極めて重大な事態」だと指摘し、「野党共闘を大いに強め、
    違憲、違法の任命拒否を撤回させるべく全力をあげたい」と表明しました。
     志位氏は、同会議が推薦した候補が任命されなかった例は過去になく、任命を拒否された6氏のうち小澤隆一東京慈
    恵会医科大学教授ら3氏が連名の声明で「学問の自由を脅かす」「日本学術会議の存在意義の否定につながる」と抗議
    し撤回を強く求めていることに言及。「そもそも日本学術会議は、約87万人の日本の科学者を内外に代表する国の機関
    であり、1949年の発足以来、日本学術会議法3条に基づいて『独立して……職務を行う』と定め、高度な独立性が大原
    則として繰り返し確認されてきた」と強調。同年の同会議発会式に吉田茂首相(当時)が寄せた祝辞でも、「日本学術会議
    は勿論(もちろん)国の機関ではありますが、その使命達成のためには、時々の政治的便宜のための制肘(せいちゅう)を
    受けることのないよう、高度の自主性が与えられておる」と言明していたことや、1983年に会員の公選制から推薦制に変
    えた法改定のさいの国会答弁でも、丹羽兵助総理府総務長官(当時)が、「ただ形だけの推薦制であって、学会の方から
    推薦をしていただいた者は拒否はしない、そのとおりの形だけの任命をしていく」「決して決して(吉田)総理の言われた方
    針が変わったり、政府が干渉したり中傷したり、そういうものではない」と答弁(同年11月24日、参院文教委員会)した事
    実も明らかにしました。
     そのうえで志位氏は、「これらにてらしても、今回の任命拒否はまさに日本学術会議法に反し、憲法23条の『学問の自由』
    を脅かす違憲、違法の行為だといわなければならない」と厳しく批判。「この違憲、違法の任命拒否の態度をただちに撤回
    することを強く求める」と重ねて表明しました。
           監督権書いていない
     志位委員長は1日の記者会見で、加藤勝信官房長官が同日の記者会見で、「首相の所轄で、人事等を通じて一定の監
    督権を行使することは法律上可能」だなどと発言したことに言及し、「日本学術会議法には監督権なんてどこにも書いてい
    ない。監督権を行使するなど、日本学術会議のまさに否定にほかならず、その存立を脅かし、学問の自由を否定するとん
    でもない居直りだ」と批判。「まさにファッショ的なやり方であり、菅政権が官邸の強権によって科学者、日本学術会議まで意
    のままにしようというところに乗りだしてきたのを許すわけにいきません。大問題として追及していく」と重ねて表明しました。

     保守派の宮廷政治家であったワンマン吉田茂の祝辞 「日本学術会議は勿論(もちろん)国の機関ではありますが、その
    使命達成のためには、時々の政治的便宜のための制肘(せいちゅう)を受けることのないよう、高度の自主性が与えられ
    ておる」に込められた意味は、戦前の文教政策についての深い反省の立ってのものである。それは、学問の自由を抑圧
    することが、結局は国の進むべき道を誤らせたという歴史認識である。
     スカスカ坊主の政治スタイルを過去に求めるとすれば、東条英機の憲兵支配独裁ということになるか。
    東条英機は「カミソリ東条」の異名を持つ優秀な軍官僚であったそうだ。切れ者だったのだろう。しかし、この評価は一面に
    過ぎず、別な角度から見れば、例えば戦略の天才と呼ばれた石原莞爾などは関東軍在勤当時上官であった東条のこと
    を人前でも平気で「東条上等兵」と呼んで馬鹿にし、「憲兵隊しかつかえない女々しい男」と言って哄笑していた。
    と言っても、秀才東条と天才石原に本質的な違いがあるわけではない。どちらも侵略主義者であることには変わらない。
    違いがあるとすれば秀才東条は視野狭窄であり、天才石原は誇大妄想狂であった。
    だから東条の立てる作戦(その人生も)は幹線道路と時刻表の確認によって立てられた。石原はと言えば、世界地図を広
    げて色とりどりの各国を赤鉛筆で塗りつぶすだけだった。この時、二人ともアメリカの国力についての知識は全くなかったし、
    中国の抵抗力については想像すら出来なかった。何とも無邪気なものである。
    政治上の勝利者は東条であったが、その逆でも結果は同じである。
     少し話がそれた。では今東条のスカスカ坊主はこの先何をするのか、何処へ行こうというのか。
    「菅上等兵」、この存在は余りにも危険である。いつか来た道か。
    ある秋の日の午後の演芸、上等兵が将官服を着てカミソリ東条を気取っている。涙が出るほど笑いが止まらない。
  




       「焚書坑儒」

            2020・10・4(日)

    何から手をつけるのかと思っていたら、やっぱり得意の強権をちらつかせての人事介入であった。
   「上野はオイラの心の駅だ」と涙して歌った遠い昔の春の夜の悔しさと切なさ、学問・学府に対する劣等感は生きていく
   ためにの、そして伸し上がるためにの、跳躍の発条(ばね)であった。このこと自体は一個人の事情であるから傍がとや
   かく言うことではないけれども、しかし、公私の境界も問答無用というのであれば、既に乱心である。狂気の沙汰と言うし
   かない。
    確かに7年8カ月は長かった。我が儘な良家のお坊ちゃま達の使いぱっしりに何一つ愚痴もこぼさず黙々と耐えて忍ん
   で汗を拭う毎日、新聞・テレビは安倍政権の守護神などと持ち上げてはくれたけれども、その内実は高級ホテルのパンケ
   ーキのような甘いものではなかったはず、おそらくは忍従と屈辱の暗夜行路であったのだろう。その倍返しが今回の無血
   クーデターということではないのか。血統書付きに対する反撥が同じ思いを持つ元祖政界渡り鳥の二階俊博との苦労人同
   盟という兄弟盃となったのだろう。何だか日本犬種協会の月報のような話だが、まあ、この程度のものだ。
    もっとも血統書付きと言っても安倍も麻生も岸田もたかだか遡って三代の家柄で明治より前には何をしていたのかさっぱ
   り分からぬありふれた新興成金だが、それでも三代続けばたとえ本人に能力がなくとも一国一城の主と夢心地にもなり、お
   らが国の馬鹿殿様で世間を渡ることはできる。
    イチゴ畑で育ったスカスカ坊主にはこの七光り、すなわち祖父の栄光(本人が信じているだけだが)というものが無かった。
   駅に降り立った時に背負うたリックサックに入っていたものは、就職先への紹介状と冷えた握り飯が2個、後は胸いっぱい
   に膨らんだ田舎少年の野心だけである。そんなことはないか、最新の情報によると、スカスカ坊主の実家は大富農であった
   そうだ。いわゆる地方の名士と呼ばれる大層な御身分だということだ。
   懐かしき昭和演歌の抒情をたっぷりと聞かせる虚実綯い交ぜの履歴書閲覧はこのくらいにして、今日の問題に移ろう。
    スカスカ坊主が安倍政権の守護神と呼ばれていた時代に発した言葉はそれほど多くはない。
   「問題ない」「指摘は当たらない」の鎮圧用語と東京新聞の望月衣塑子記者に言った「あなたに答える必要はありません」
   の黙殺用語ぐらいで、7年8カ月の間、政治家としての発言はまったくないのである。すべて秘密警察長官としての言論統制
   である。そしてもう一つ、2015年9月に沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場の移設問題を巡り、県と政府の集中審議が
   決裂した。時の沖縄県知事だった翁長雄志氏が沖縄の歴史に触れつつ、基地問題も担当していた官房長官の菅氏に迫っ
   た。すると菅氏は、 「戦後生まれなので沖縄の歴史はなかなか分からない」  と言った。
    政治家であれば何か問題があれば、先ず相手との対話から始めるだろう。しかし、スカスカ坊主は常に対話を拒絶するこ
   とから始める。対話が成立しないことで問題は無しとする論法だ。だから木で鼻を括るような暴言を放って相手を威圧する。
   この人は政治家ではない。最初から最後まで秘密警察長官なのだ。それ以下でもそれ以上でもない。それが一番よく表れ
   たのが「反対する者は異動する」という発言だ。こうした恫喝は政治手法と呼べるものではない。少なくとも民主主義国家に
   おいては許されるものではない。
    靖国小僧はお坊ちゃま育ちであったから本当のところは気の弱い人間であった。だから御飯論法を多用した。成り上がり
   のスカスカ坊主は気が強いのか、あるいは正真正銘のお馬鹿なのかのどちらかだと思うが、説明責任というものを最初から
   無視して事を進める。この男が理解する政治とは、「場を仕切る」ということである。
   記者会見の場を仕切る、談合の場を仕切る、人事を仕切る、そして今度は何を仕切るのか。
    10月に入ってから動きがあった。それを私が最も信を置く「しんぶん・赤旗」で確認する。
   「焚書坑儒」、もしこれを許せば民主主義は死ぬ。後は暴帝独裁である。
   

      学術会議への人事介入      菅首相が拒否した6人の氏名分かる  10月1日(木

    日本学術会議は1日、東京都内で総会を開き、山極寿一前会長(京都大学前総長)が、同会議が推薦した新会員のうち
   6人が菅義偉首相により任命を拒否されたことを明らかにしました。山極氏は退任のあいさつで「日本学術会議法第7条で
   『推薦に基づき』とあるのは重い規定。任命拒否は日本学術会議の歴史になかったことで重大だ。大変残念だ」と述べ、菅
   首相に説明を求めていると報告しました。
    6人の名前は公表されませんでしたが、本紙の取材に、小沢隆一東京慈恵会医科大学(憲法学)、岡田正則早稲田大学
   (行政法学)、松宮孝明立命館大学(刑事法学)、加藤陽子東京大学(歴史学)、芦名定道京都大学(キリスト教学)、宇野重
   規東京大学(政治学)の6人の教授が任命を拒否されたことを明らかにしています。多くが安保法制や共謀罪、沖縄の新基
   地建設などに反対を表明しています。
    山極氏は任命拒否の理由を示すよう菅首相あてに文書を提出したものの、現時点まで説明はないと報告。「日本学術会
   議は内閣府と密接な関係を持つが、命令を聞く組織ではない。科学者が業績を精査して推薦したのだから、説明もなく任命
   しないことは重大な問題だ」と強調し、新しい会長らが、この問題を議論し、今後対応するよう求めました。
    日本学術会議の会員は210人で任期は6年。3年ごとに半数が改選されます。同会議は今回の改選にあたり、105人の
   推薦者を8月31日に内閣府に提出しましたが、総会直前の9月28日夜に、任命しない理由を言わずに6人を推薦名簿から
   外してきました。
    総会で新会長に選出されたノーベル物理学賞受賞者の梶田隆章東京大学教授は、総会後の会見で「重要な問題なので、
   しっかり対処していきたい。学問の自由、学術会議の中立性にもかかわることだと思っている」と話しました。
    小沢、岡田、松宮の3氏は連名で、任命拒否の撤回に向け総力であたることを求める要請書を日本学術会議会長あてに
   提出し、出席した会員に配りました。
    本紙の取材に総会出席の会員からは、この問題への疑問や批判が出ました。新会員になった吉岡洋京都大学特定教授
   (美学・芸術学)は、「学問にも口を出すという菅政権による宣言だ」と批判。「こんな介入がまかり通れば、学者が萎縮する」
   (関西の国立大学教授)、「学術会議の目的は政策の提言で議論の場。これは科学者に議論させないということだ」(学術団
   体役員)などの声も聞かれました。

          学術会議存立 脅かす   菅首相の人事介入      10月2日(金)
      任命拒否された3氏が抗議      小澤・岡田・松宮氏 要請書

    「気持ちとしては、怒りだ」―。憲法研究者の小澤隆一・東京慈恵会医科大学教授は、そう憤ります。小澤氏は、日本学術
   会議が会員候補として推薦しながら菅義偉首相が任命しなかった6人のうちひとりです。1日に東京都内で開かれた同会議
   総会の会場で小澤氏は、ともに任命されなかった岡田正則・早稲田大学法学学術院教授、松宮孝明・立命館大学大学院法
   務研究科教授と連名で作成した要請書を配布しました。
    要請書は同会議会長にあてたもの。それぞれの研究活動に基づく任命拒否ならば「憲法第23条が保障する学問の自由の
   重大な侵害として断固抗議の意を表します」と強調。「任命拒否の撤回に向けて、会議の総力であたる」よう求めています。
    日本学術会議法は、同会議について「わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進
   歩に寄与することを使命とし、ここに設立される」と明記しています。
    小澤氏は本紙の取材に、学術会議の存立にかかわる重大問題だと強調。「学術会議は科学者の代表として独立して職務
   を行い、政府に対する提言も行う重要な役割のある機関だ。人事上の独立というのは、極めて重要な要素だ。推薦に基づい
   て行うべき任命を、相応な理由も明かさずに任命しないと決めた。到底認められない」と批判。今回の事態は学問の自由への
   重大な介入であり、学術と政治・政府の正常な関係を維持するためにも、あってはならないと語りました。
   学術会議は首相所轄ながら、独立した機関として、科学の振興や技術の発達に関する方策などについて政府に勧告すること
   ができます。
    早稲田大学の岡田氏は「学術会議の仕組みが、本来の役割を果たせないものにされてしまうことが一番問題。学術会議が
   今後、自分たちの問題として取り組む必要がある課題だ」と述べました。

      「主張」   学術会議任命拒否     10月3日(土)
             前代未聞の政治介入撤回せよ

    日本学術会議の人事への菅義偉首相の介入が大問題になっています。日本の科学者を内外に代表する機関である日本
    学術会議が新会員候補として105人を推薦したのに対して、その任期開始の直前に菅首相が6人の任命を拒否しました。
    同会議の歴史で一度もなかった前代未聞の暴挙です。菅首相は任命拒否を直ちに撤回し、6人全員を任命すべきです。
         独立性を根本から脅かす
     前会長の山極寿一氏は1日、「科学者の業績を評価して人事を行うのが原則。何の説明もなく任命を拒否することは大き
    な問題だ」と述べました。同会議は2日の総会で6人を任命するよう政府に求める要望書を採択しました。多くのメディアが批
    判の論調を強め、野党は2日、合同ヒアリングを行うなど徹底追及を始めました。
     加藤勝信官房長官は1日の会見で、「政府が責任をもって人事を行うことは当然」と言いながら、任命拒否の理由を明らか
    にしません。しかし、任命を拒否された6人は、安倍政権が強行した安保法制や共謀罪、辺野古新基地建設などに反対の意
    見を表明してきた学者です。その学問的見識からの意見を理由に任命しないのだとすれば、憲法第23条が保障する「学問の
    自由」を侵害するものです。
     憲法第23条は、滝川事件や天皇機関説事件をはじめ、戦前の天皇制政府が大学の人事に介入したり、意に沿わない見解
    をもつ学者を追放したりしてきたことへの痛苦の反省からうまれました。今回の暴挙は、そうした歴史を彷彿(ほうふつ)とさせ
    る極めて深刻な問題です。
     加藤官房長官は、推薦候補の任命拒否について「会員の人事等を通じて一定の監督権を行使するのは法律上可能だ」と
    正当化しました。これはまったくの誤りです。
     日本学術会議は、「科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させる」(日本学術会議法第2条)
    という目的をもつため、「独立して職務を行う」(同法第3条)とされる「国の特別の機関」です。科学者の立場から政府に勧告す
    る権限も持っています。同会議の人事や運営に政権が介入することは、この独立性を根底から脅かすものです。
     日本学術会議の会員は「推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」(同法第7条)とされているのも、この独立性を保障
    するためです。この条項は、会員を科学者による選挙制から各学会の推薦制に変更した1983年の法改正で盛り込まれた
    ものです。それまでは「総理による任命」自体ありませんでした。この法改正を審議した国会で、政府は「形だけの推薦制であ
    って、学会の方から推薦をしていただいた者は拒否はしない」と答弁しています(1983年11月24日の参院文教委員会、丹
    羽兵助総理府総務長官)。
         学問の自由を守るために
     これまでの政府の見解にてらしても、今回の任命拒否が違法行為であることは明白です。法律解釈をその時々の政府の都
    合で変えてしまう、安倍晋三前政権がもっていた異常な特質を菅政権は継承し、学問の自由を踏みにじる極めて危険な本質
    を表しています。
     日本共産党は、学問の自由と日本学術会議の独立性を守るため、国民や科学者と連帯し、野党共闘の力で、任命拒否の
    撤回へ全力をあげます。


      ※  焚書坑儒の解説 - 三省堂 新明解四字熟語辞典

       ふんしょ-こうじゅ【焚書坑儒】  言論・思想・学問などを弾圧すること。書物を焼いて儒学者を穴埋めにする意から。
     ▽「焚」は焼く意。「坑」は穴埋めにする意。「儒」は儒学者・学者の意。
     出典  『史記しき』秦始皇紀しんしこうき
     句例   焚書坑儒の思想弾圧
     用例   改名主のような人間は何時の世にも絶えた事はありません。焚書坑儒が昔だけあったと思うと、大きに違います。
           <芥川竜之介・戯作三昧>
     故事   中国秦しんの始皇帝しこうていが政治批判を抑えるために、一部の実用書を除くすべての書物を民間に置くことを
           禁じて焼却するよう命じ、禁令を犯したとして数百人の学者を生き埋めにした故事から。





        「女性活躍とは何か」

          2020・10・3(土) 

     ついこの間まで「アンダーコントロール」でオリンピック開催だと国を挙げて大騒ぎしていたのに一足お先に
    上陸したコロナによって何もかもが真夏の夜の夢として跡形もなく何処かへ消え去ってしまった。
    気が付けば今は新たな悪夢の真っ只中、病気を理由に引き籠りに入った靖国小僧に代わって主役の跡を
    継いだのは茶坊主筆頭のスカスカ坊主こと菅義偉、雪深い秋田のイチゴ畑から上野駅に辿り着いたという苦
    労人演歌を売り物に期待を集めるという作戦を立てての船出だが、決して党内は一致団結しているわけでは
    なく新内閣誕生の産婆役を買って出た長老達の腹の底は互いに疑心暗鬼で先のことは誰にも分からない。
     第一、その先というのがどこまでのことやら、これも分からない。規約では前任者の任期までということにな
    ってはいるが、誕生早々にして既に次期首相の名前が取り沙汰される生臭さである。
     取り敢えずは代役を立てての急場しのぎだが、ある人は「下水管内閣」なる祝辞を贈った。
    「下水管内閣」とは、泥まみれという意味だそうだ。突貫工事というか、やっつけ仕事の下水管だからちょっとし
    た地震でも破裂するだろう。何といってもわが国は火山列島である、また津波の名産地でもある。
    そのような事情により建物には強度な耐震性が求められるが、土台もなければ骨格もない藁葺小屋にそれを
    求めるのは最初から無理な話である。
     しかも代役の座を掴んだ本人が前任者の破綻した路線を継承すると宣言しているのだから、役者は変れども
    台本は元のままであり、従って、舞台上で進行するのは昨日と何も変わらぬ粗悪な不条理劇である。
    案内のチラシには苦労人スカスカ坊主率いる「下水管内閣」一座による本邦初公演と大文字で書かれてあるが、
    その顔ぶれはどれもこれも何処かで見かけたことのある古い時代の大根役者ばかりで興醒めする。
    泥まみれの中には例によって金と女と地位がぐちゃぐちゃに絡みついている。誕生の瞬間からこの状態だという
    のだから公衆衛生上の問題はないのかね。不潔、腐敗、汚濁、後は保健所に任せるしかないか。
     ところで、昨日の『現代ビジネス』が高齢化社会についてこんな記事を載せていた。

          安倍政権「一億総活躍」の恩恵は全女性にもたらされたのか?
                            配信   現代ビジネス

     2020年、日本はコロナの最中で、東京オリンピックもインバウンドの波も来なかった。その間に7年8ヵ月続
    いた安倍政権が終わり、新しい総理が誕生した。日本はこれから厳しい少子高齢化の時代を乗り越えていか
    なくてはならない。2025年には団塊の世代が全員75歳以上の後期高齢者となり、2040年には団塊ジュニアが
    65歳以上の高齢者となる。  そのときには現役人口1.5人で一人の高齢者を支えることになる。この1.5人の現
    役人口が働いて税金や社会保険料を支払って介護保険や医療保険・年金制度を支えるだけでなく、高齢者を
    直接、介護や看護する人材ともなる必要がある。  そもそも前述の試算の現役人口とは15歳から64歳の人の
    ことを指す。だが、2019年のデータを見ると高校進学率は約99%であり、さらに高卒後の大学進学率は約55%、
    専門学校にも約16%が進学する。高校卒業時の18歳から働く若者は同級生の18%弱である。  さらに、65歳
    まですべての人が働き続けるわけではない。実際の現役人口はもっと少ないのだ。実は現役人口を20歳から64
    歳とすると、2040年には1.4人の現役人口で一人の高齢者を支えることになる。  また現役人口は男性と女性か
    ら構成されている。男性のほとんどはすでに何らかの形で就労しているので、あと伸びしろのある労働力は女性と
    なる。安倍政権時代に「一億総活躍」で「女性活躍」を前面に出したのには、そういった背景もあるだろう。「女性
    は別に働かなくても良い」では、私たちの社会はもう維持できない状況なのだ。

     靖国小僧はいろんな自慢話をしていたが、終わってみれば実現された公約というのは一つもない。全てその場
    の思い付きか、全くの法螺話であった。よくもまあこれまでの嘘を積み重ねたものだと感心もするが、リベラルな
    祖父安倍寛と極右の外祖父岸信介を持つ複雑な家庭環境を考えればこうした分裂症的人間が生まれるのは無
    理からぬことであったか。
     「一億総活躍」と言うのは、死ぬまで働けということであり、「女性活躍」とは国防婦人会活動に励めということで
    あったか。それで靖国小僧が理想とする「女性活躍」とはどんなものなのか。今、最も光輝いている2人の女性の
    近況報告は次のようなものだ。

    「1」  自民・杉田氏は「説明尽くせ」 批判と苦言、与野党から
             配信  共同通信

     
与野党幹部は2日、性暴力被害を巡り「女性はいくらでもうそをつけますから」と発言した自民党杉田水脈衆院
    議員
に対し、記者会見などを開いて説明を尽くすよう苦言を呈した。国民民主党の榛葉賀津也幹事長は記者会見
    で「同じ議員として残念な発言だ。ブログで(謝罪の言葉を)言うのではなく、きちんと説明するのが正しい」と批判した。
     立憲民主党の福山哲郎幹事長は杉田氏にはこれまでも物議を醸す言動があったとして「議員の資質に欠けている。
    自民党は速やかに処分してほしい」と記者団に語った。  自民党の世耕弘成参院幹事長は会見で「言語道断だ」と
    強調。同時に「今回が最後だ」と指摘した。
         杉田衆院議員辞職を 署名11万人超    フラワーデモが呼び掛け
                10月1日  しんぶん・赤旗

     性暴力根絶を訴える「フラワーデモ」が呼び掛けた自民党の杉田水脈衆院議員の辞職を求めるオンライン署名の
    賛同者が11万6000人を超えました。(30日、午後9時時点)
     フラワーデモは、自民党の野田聖子幹事長代行に署名受け取りを申し入れていましたが29日に日程調整不能と
    いわれ、橋本聖子男女共同参画相に面談を申し込んでいました。30日に野田氏から「日程等を確認して改めて返
    事する」との連絡がありました。
    フラワーデモ主催者らは、署名の声が届きつつあるとして、「抗議の声をきっちり届けましょう」と訴えています。

   「2」  河井案里議員の地元事務所閉鎖へ 夫妻で広島の拠点失う
                 9月12日 朝日新聞


      昨年7月の参院選広島選挙区をめぐる買収事件で、公職選挙法違反罪で公判中の参院議員、河井案里被告
    (46)=自民党を離党=の地元事務所が9月末で閉鎖されることが関係者への取材でわかった。同罪で公判中の前
    法相で夫の克行被告(57)の地元事務所もすでに閉鎖されており、夫妻は広島での活動拠点を失う。
     閉鎖されるのは、広島市中区のビルにある事務所。関係者によると、案里議員は逮捕前、周囲に「逮捕されたら
    事務所を閉じてほしい」と話していたという。
         河井案里被告裁判 広島県議「案里被告が『二階幹事長から』と証言」
                    2日 14時10分  TBS
 
     元法務大臣・河井克行被告の妻、参院議員の案里被告の裁判で、現金を受け取った広島県議が「案里被告から
    現金の入った封筒を渡された際、『二階幹事長からです』と言われた」と証言しました。
     河井案里被告は、去年の参院選をめぐり地元議員らに現金を渡し買収した罪に問われていて、2日の裁判では、
    案里被告から30万円、克行被告から20万円のあわせて50万円を受け取った岡崎哲夫広島県議が出廷しました。
    岡崎県議は、案里被告から現金を受け取った際の状況について、「『二階幹事長から預かってきました』と言われ、
    案里被告から現金の入った封筒を渡された」と証言しました。
     岡崎県議は「ブラックジョークだと思った」としつつ、現金の趣旨については、「案里被告は、私が県議選に無投票当
    選した翌日にアポなしで会いに来た」「私の当選祝いだけでなく、参院選での票の取りまとめや、掘り起こしをしてほし
    いという意図があったと思う」と話しました。その後、克行被告からも「いつもお世話になっています。20万円入ってい
    るので、使ってください」と封筒を渡されたといい、「断ったが、『いいから、いいから。使ってください』と言われ、むげに
    お断りすることはできなかった」と証言しました。
     この裁判をめぐっては、克行被告が先月、弁護人全員を解任したことで2人の裁判が分離され、案里被告が直接現
    金を渡していない人物の証人尋問が続いたことから、裁判長が「審理計画を練り直す必要がある」と、検察側に証人を
    絞るよう求めていました。2日の裁判で裁判長は、検察側から要望があった現金を受け取ったとされる地方議員や、案
    里被告の元秘書ら4人の証人尋問を行うことを決め、このうち広島県議の2人については、東京地裁と広島地裁を映像
    と音声でつなぐ「ビデオリンク方式」で実施することになりました。

     「1」の杉田水脈さんは「ヤジの女王」としてよく知られているが、政治家としての実績はなにもない。
    この人について知るところは、何かの雑誌にLGBTの人は「生産性がない」と寄稿し、物議を醸したことと、今年1月には
    国会で夫婦別姓について「だったら結婚しなくていい」などとヤジを飛ばしたことぐらいで、後はなにもない。
     「2」の河井案里さんは選挙に際してスカスカ坊主が現地入りまでして応援した女性である。選挙資金は党本部から1億
    5千万円が送られてくるという別格の女性である。
     女性を評価する場合に容姿や体型や年齢を基準にしてはならない。また出自や学歴や性格を問題としてはならない。
    以上のことは男性にも言えることであるが、こうした考え方は今のところこの国では通用しないようだ。
    ところでだ、極めて素朴な疑問であるが、杉田さんと河井さんは本当に女性なのか。男性でないことは確かなようだが、
    女性というのはこんなにも醜悪な存在なのか。
     私も70歳であるから、これまでに多くの女性とお付き合いをしてきたが、思い出す限りではこのお二人のような女性?
    に出会ったことがない。私の知っている女性は、皆さん優しく、美しく、知的があった。
    恥も外聞もなく金権選挙に走り狂う政治屋や、同性を敵視し、貶めることで自らの保身を図る処世術、ここに光り輝いて
    活躍する女性がいるのか、私はそうは思わない。




 
        「今時の派閥」

            2020・10・2(金)

     今回の政権交代は、麗しき禅譲なのか、それとも裏切りの乗っ取りなのか、いま一つはっきりしないけれども、
    と言うのも公式に伝えられるものも非公式に漏れてくるものも自民党の党内事情というものが余りにも複雑怪奇
    にして庶民の常識ではとても図り知ることの出来ないものだからだが、つまり、政局とは民意とは何の関係もない
    雲の上の別世界の出来事であって、この世界の住人は民意などというものには何の関心もなく、各自ただひたす
    らに己の野望のみに忠実であり、それ以外のことについては全くの他人事と決めつけて恥を知ることがない。
     今回の政変劇で派閥というものが久しぶりに復活したと新聞・テレビは報じるが、確かに一強独裁は終わったよ
    うだが、だからと言って事情通ぶって即派閥復活と言うのも報道としては何とも軽薄というか、見出しと内容の乖離
    が甚だしく、説得力を持たない。
     そうした中、昨日の『現代ビジネス』が政変劇の背景というか内幕というか面白い見方を打ち出していた。
    その抜粋を転写する。先の事は分からないけれども、これが船出の夜の光景なのだろう。

            エリート・安倍晋三が「庶民・菅義偉」にハメられ完敗した全内幕
                    配信   現代ビジネス

    9月14日午後、グランドプリンスホテル新高輪の大宴会場で開かれた自民党の両院議員総会。事前の予想通り大差
   で新総裁に選出された菅義偉は、緊張した面持ちで壇上に上がり、短い挨拶を行った。「新総裁に選出をいただきまし
   た菅義偉であります。どうぞよろしくお願い申し上げます」  冒頭、会場に向かって頭を下げた菅が、次に口にしたのは
   首相・安倍晋三への感謝の言葉だった。  「自民党総裁として約8年、総理大臣として7年8カ月にわたって日本のリーダ
   ーとして国家国民のために大変なご尽力をいただきました安倍総理に心から感謝を申し上げます」  だがこう述べた菅
   は、斜め後ろに座っていた安倍本人を一瞥すらせず、安倍に背を向けたまま会場に向かって深々と頭を下げた。続いて
   「一緒に万雷の拍手を安倍総理にお願いします」と述べると、ようやく体を横に向けて拍手をしたが、その間、互いに目を
   合わせようともしない2人の姿に多くの議員が違和感を覚えた。  それもそのはずだ。「安倍政権の継承」を掲げる菅だが、
   この1年余、水面下で自らに政権が転がり込んでくるよう安倍の手足を縛り、権謀術数の限りを尽くして、晴れのこの日を
   迎えたのだ。  安倍の大叔父である宰相・佐藤栄作は長期政権の幕を閉じるにあたり、首相の座を自分と同じ高級官僚
   出身の福田赳夫に継がせたいと考えていたが、結局、叩き上げの田中角栄に権力を奪取された。今回はその時と全く同
   じ構図となった。安倍は、自分と同じ政治家三世の岸田文雄に後を継がせたいと考えながら、結局、叩き上げの菅に政権
   を簒奪された。古代ローマ以来、まさに「歴史は繰り返す」のだ。

    あの時代、エリート・佐藤栄作から今太閤・田中角栄に権力が移った時は、確かに派閥というものはあった。
   「三角大福」の時代、三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫の4人の派閥の頭領の名前から1文字を取って表した
   言葉である。これに中曽根康弘を加えて「三角大福中」と呼ぶこともあった。
    この5人はハトからタカというか政治理念がまったく違っていた。当時の自民党はそれだけ幅があったというか、それぞ
   れが何よりも先ず「政策集団」であった。だからどの派閥を支持するかということは、どの理念及び政策を支持するかとい
   うことであり、分かり易かった。政争とは政策の優先順位をめぐる権力闘争であった。
    ところが昨今の自民党の派閥と呼ばれるものには「政策集団」というような性格はない、何で別々の家を建てているのか
   理解に苦しむ。第一に、どの派閥にも哲学や理念というものが全く見当たらない。派閥の頭領連中にしても一人として世界
   観、歴史観、国家像について語ろうとはしない。本当のところはそれを語る見識が無いということなのだろうが、それでも、
   いや、それだからこそ派閥の頭領が務まるとするならば、今時の派閥とは何なのか、何の為にあるのか。
   派閥形成の目的は、利権と保身であって、これは政治の稼業化としか云い様に無いものである。
    哲学や理念といった思想上の本籍を持たない今日を命の浮き草稼業であるから状況に応じての引っ越し、転籍、改名、
   風見鶏の離合集散は自由自在である。かくして政界渡り鳥が大量生産され、その金科玉条は、「今だけ、金だけ、俺だ
   け」となる。派閥が政治を置き忘れた時、その集団は必然的に営利団体となる。そして、ここまで来れば「派閥の弊害」
   などという言葉は誰も口にしなくなる。既に哲学も理念も放り出した処から出発しているのであるから、実態は私企業間
   の利潤追求競争に過ぎない。こうなると後は「日本経済新聞」に任せるしかない。これが今の自由民主党である。



 
      「新聞・テレビのこと」

          2020・10・1(木)

    海外メディアの発する情報や論評を読むと、日本が東海の孤島であるという事実を嫌というほど思い知らされる。
   報道の自由度ランキングは前年までは世界第62位であったと記憶するが、今年はさらに進化して堂々の世界第
   67位となったということだ。底なしである。ジャーナリズムは健全かなどと呑気なことが言えた時代はとっくの昔に
   終わっているのである。それが証拠に靖国小僧の退陣後、彼が遺した莫大なる「負の遺産」についてまともに追求
   しようとする新聞・テレビは一社もない。
    西原扶美雄さんのフェイスブックを開くと澤田愛子さんという人がこんな意見を投稿している。

     朝日の堕落が酷い。アベスガご機嫌取り新聞だ。今朝(9・29)の朝刊1面トップ見出しは「10月から最低賃金
    引上げ」これだけ見たら「スガさんやるじゃない!」と。が、最低賃金が上がるのは1円です、たったの1円ですよ。
    意味のない数値。こんなものを1面のトップに持ってきてスガにゴマする朝日! 破廉恥!

     リベラルの朝日、今は昔という笑い話であるようだ。
    ある人は日本の各新聞社の体質について「読売ヨタモン、毎日マヤカシ、朝日エセ紳士」と言っている。かなり大雑
    把なものではあるが、中らずとも遠からずの感はある。次いでに言えばその人はイギリスの格言も紹介している。

      「偽りの友は公然たる敵よりも悪い」 「公然たる敵の方が偽りの友より良い」と。

     西原さんのフェイスブックには別な人のこんな意見も載っていた。

     志村けんさんがコロナで亡くなった際遺体は直ぐに火葬され、遺族は骨を拾うこともできなかった。
    志村さんだけでなく、「コロナ死」の遺体はすぐに火葬され、遺体に対面できず簡単な葬式で済ませている。
    中曽根元首相の葬式に2億円も使い、盛大な葬式が実施される。中止すべき!
     中曽根元首相の葬儀に血税1億円投入こそ「悪しき前例」、これぞ菅首相が言う「既得権益」そのものだろう。
    ネット上などで「高過ぎる」との批判が殺到している故中曽根康弘元首相の内閣・自民党合同葬のことだ。
    17日に行われる合同葬は、先の自民党総裁選の投開票でも使われた東京・高輪のグランドプリンスホテル新高輪
    の宴会施設「国際館パミール」を全館貸し切って行われる費用は約1億9200万円で、うち約半分の9643万円を今
    年度の一般会計予備費から支出することが閣議で決
まった。
     これに対し、ネットなどでは「新型コロナの影響でふつうの葬儀すらできない人もいるのに……」「税収を上げる
    めに消費増税したのに、なぜ、1億円近い税金を投じる
必要があるのか」「これこそ自助でやるべき」などと怒りの声
    が続出。過去にも、橋本龍太郎氏(2006年8月、
予備費から7700万円)や宮沢喜一氏(07年8月、同7690万円)など
    総理大臣経験者の内閣・自民党合同葬
が行われているが、今回はそれよりも約2000万円も負担増になるわけだ。
     28日の会見で、予備費からの支出の妥当性を問われた加藤官房長官は「必要最小限の経費」などと言っていたが
    緊縮財政を進める今の時代の庶民感覚とかけ離れている
と言わざるを得ないだろう。
    それこそ河野太郎行革担当相の出番で、一刻も早く「悪しき前例」として「打破」するべき。

     ジャーナリストの岩瀬達哉さんの『新聞が面白くない理由』は1998年に講談社から出版されたものだから、そこで
    書かれてあることは今から22年前の報道状況である。その本の9頁から引き写す。

     かつて、フランスの『ル・モンド』紙は、「強者にはうやうやしく弱者には無情な日本のプレスは、権力との曖昧な関係を
    維持している」うえ、「その激しい競争は、慎重さよりもむしろ、政財界勢力との暗黙の申し合わせに基づく自制と情報操
    作への加担に結びついている」(93年11月3日付)と、酷評したことがある。また、同じフランスの『リベラシオン』紙も、
    日本の新聞記者を、「ジャーナリストと、役所の広報課員との中間の位置にある」(93年6月22日付)と揶揄している。

     笑い話ではないが、今から22年前まではそれでもジャーナリストと役所の広報課員との中間にかろうじてぶら下がっ
    てはいたのだろう。そして今は全身全霊の広報課員である。これを出世というべきか、堕落というべきか、判断に迷うが、
    これがこの国のメディアの現実である。
     9月29日の共同通信はある人事について次のように報じている。

           首相補佐官に共同通信前論説委員 柿崎明二氏...
        2020年09月29日 12時01分   (共同通信)

     政府は29日の閣議で、首相補佐官に共同通信社前論説副委員長の柿崎明二氏(59)を充てる人事を決定した。
    10月1日付で就任し、政策の立案と検証を担う。これに先立つ9月30日付で共同通信社を退職する。首相官邸によ
    ると、国会議員を経ずに報道機関出身者が首相補佐官に就任するのは初めて。
     加藤勝信官房長官は記者会見で「これまでの知識、経験を踏まえて政策全般について評価、検証、改善すべき点を
    必要に応じて首相に進言を行っていただく」と述べた。
    柿崎氏は秋田県出身で早大卒。毎日新聞社を経て1988年に共同通信社入社。2019年から論説副委員長。9月16
    日から総務局付。

     出世か堕落かと問う前に、それがどちらにせよ、古い言葉に「転向」というものがあったことを思い出した。
    転向とはキリシタン用語ではない。いつの時代にでもあるありふれた悲喜劇である。意味は、己の良心を裏切るという
    ことである。だから、もし良心というものが最初からなかったとすれば、それは転向とは呼ばない。
    では何と呼ぶのか、変身か、お色直しか、お引越しか、単なる再就職か、その他の何であれ、何とも見苦しい生き方で
    ある。醜悪の極み、吐き気がする。
     孤島の国内事情はこのくらいにして、世界の動きを見てみよう。

      世界で再生エネ発電、原発超える コストも優位、欧米は廃炉進む   9月26日 東京新聞

    世界全体の再生可能エネルギーによる発電量が昨年、初めて原発を上回ったとする報告書をフランス、日本、
   英国などの国際チームが26日までにまとめた。太陽光や風力が急増する一方、原発は先進国で廃炉の動きが
   相次ぐなど停滞が目立ち、前年をやや上回る水準にとどまった。
    チームの一員でコンサルタントのマイクル・シュナイダー氏は「原発の発電コストは高く、世界のエネルギー市場
   で競争力を完全に失っている」と指摘した。
    世界原子力産業現状報告2020年版によると、原発は昨年、発電量が前年比3・7%増加。それでも東京電力
   福島第1原発事故前でピークだった06年には及ばなかった。

     2020年のこの秋、世界は動いている。日本は止まっている。



    特報  

       「勇気とは何か」

          2020・9・30(水) 

     思うに、勇気というものは常に少数者のものであるようだ。より正確に言うならば、少数者のみが必要とするもの
    であうようだ。それも現在の自分が少数者であることを確認するために必要とするようだ。
     選択の理由はともかくとして多数者の立場に身を置くことには勇気は必要とはされない。そこで得られるのは安心
    と身の安全の保障であるから、物事を自身の問題として捉えなければならないというような実存的な状況に直面す
    ることは起こらない。これが趣味の領域のことであれば特に問題が発生するということも起こらないけれども、だが、
    事が政治の領域に係わると何処からともなく暴力の影がちらつき出し、身に危険が迫るというような非日常的な世界
    に連れ去られるというようなことも起こる。具体的に云えば、多数者が少数者を異端もしくは異物と認定した場合は、
    この時点で対話の扉は閉ざされる。後は、邪魔者は消せの論法だけである。多数者と少数者の関係では虐殺となり、
    双方の人数が同数近くであれば内乱もしくは戦争ということになるか。
     内乱・戦争のことはともかくとして、差し当っての問題は少数者の勇気をどう考えたらよいのかということだ。
    少数者が正義について何らかの発言をしようとすると、常に多数者側から「常識と秩序」を口実にした口塞ぎの心優し
    き「大人の態度」が求められる。つまり、少数者は世間知らずの未熟児として扱われる。それでも従わなかった場合は
    黙殺の追放ということになる。これを同調圧力というか。
     この辺りで話を簡単なものに切り替えよう。
    問題は、スポーツは政治が管轄する娯楽なのかということだ。そうでればスポーツ選手はローマンズ・ホリディーの格闘
    士、今日の言葉でいえば官邸直属の芸人ということになる。政治のスポーツ利用と言えば、ヒトラーのベルリン・オリンピ
    ックが有名だが、こんなことはローマの昔からあったし、今日でも利権がらみで政治優先の興行としての性格を失っては
    いない。つまり、スポーツの独立性は今も昔も政治によって脅かされているということだ。
     大坂なおみさんが無名の一選手から世界のトップアスリートの階段を昇り始めた頃のことを思い出せば、私の記憶に
    は、彼女は感情の起伏が激しい多感な大柄な一少女という印象が残っている。ただそれだけだ。
     しかし今、私たちが見る大坂なおみという女性は既に単なるアスリートではない。いや、これがアスリートという言葉が
    本来もっている存在の在り方なのかもしれない。
     再び問う。スポーツは政治の道具なのか。
    この先は、「勇気ある発言」を聞く。かなり長いものだが、私はこれを転写せずにはいられない。
    この先、おそらく何度も読み返すことになる記念的な発言だと思う。
    発言者の名は、高橋美穂さんだ。

      「大坂なおみのマスク」に日本の多くの 選手が沈黙。高橋美穂「残念です」

             配信  Web  スポルティーバ

     「彼女の取った行動についてどう思いますか?」   先日、アメリカの『TIME』が「世界で最も影響力のある100人」を発表し、
    2年連続で選出された大坂なおみ。9月にニューヨークで行なわれた全米オープンには、警官や人種差別の暴力によって
    犠牲になった7人の黒人の名前をマスクに記して臨んだ。  その理不尽な死を風化させてはいけないと全米オープンの初戦
    に連れ添った名は、女性救急救命士のブレオナ・テイラー。自室にいきなり押し行って来た警官にその場で射殺されたにも関
    わらず、この事件に関わった警官たちは誰ひとり罪に問われていない。  以降、職質中に路上で抑えつけられて圧死させられ
    たエライジャ・マクレーン。ジョギング中に白人親子にショットガンで撃たれたアマッド・アーバリー。白人男性との口論から胸を
    撃たれて絶命したにも関わらず加害者が無罪にされてしまった17歳のトレイボン・マーティン。警官に膝を首で抑えつけられて
    窒息死させられたジョージ・フロイド。軽佻(けいちょう)な交通違反の任意の質問の最中に恋人と子どもが同乗する車内に警
    官から次々に発砲されて殺されたフィンランド・カスティール、この警官もまた無罪にされている。  決勝戦につけてきたマスク
    は、公園で模擬銃で遊んでいただけなのに同じく白人警官に撃たれて絶命した12歳の少年タミル・ライス。加害者の警官はま
    たしても不起訴になっている。勝ち進むことで鎮魂を続けた大坂はトーナメントを制し、「7枚どころではない」との言葉を残した。
     この経緯と結果を受けて、筆者の知る上でも国内外の複数のメディアの記者が日本のトップアスリートたちに冒頭の問いに
    対するコメントを取りに向かった。ところが、アプローチをすると、ほとんどの選手が無回答だったという。是でも非でもなく沈黙
    なのだ。  その結果に対して「残念ですね」と敢えて声を上げたオリンピアンがいる。バルセロナ五輪のテコンドー日本代表で
    あった高橋美穂である。  昨年、使途不明の遠征費用や、ほとんどの代表選手が「行く意味がない」と参加ボイコットを表明し
    た不可解な強化合宿のあり方など、問題を指摘されたテコンドー協会の正常化に向けて、決然と声を上げた前アスリート委員
    長である。  責任を問う意味でテコンドー協会の会長以下、すべての役員の総辞職を主張するも6時間以上に渡って紛糾した
    理事会での恫喝を受け、過呼吸(迷走神経反射)で倒れ、救急車で搬送された音声がテレビで流されたためにその名前を知ら
    れることとなった。  選手のための発言を続けていた高橋は、テコンドー協会が新体制に移行する際に自らも身を引いた。アス
    リート委員長も後輩に禅譲したが、プレイヤーズファーストを貫いて親身になって守ってくれた高橋の元には、今も現役選手たち
    から多くの声が集まる。 「大坂さんのことをどう思うかと聞かれて、トップアスリートならば、言葉がないのではなくて、誰もが真剣
    に考えています。なぜならばオリンピアンならば、我々がスポーツをする意味、それは人権の問題の解決に向かうことだとしっか
    りと学んでいるからです。  私が現役の頃にはなかったのですが、現在JOC主催でオリンピックの歴史や精神についての勉強会
    が行なわれています。午前中はオリンピアン精神について、それこそ古代の休戦協定の頃から学びます。OBやOGも積極的に参
    加しています。  その研修の過程で絶対的に出てくるのが、人権、差別、平和についての講義です。オリンピックはいかなる差別
    をも許さない。FIFA(国際サッカー連盟)もレイシズム(人種主義)へのゼロ・トレランス(不寛容)を打ち出しています。  スポーツ
    の本来の意義は他国の選手とメダルの数を争うのではなく、すべてのアスリートは差別や迫害と闘う。そして、オリンピアンには
    スポーツとこのオリンピズムを普及させる社会的責任があると教わるのです。   今、振り返ってみても大坂さんが発信したことは、
    いわゆる政治ではなく紛れもなくその人権に関しての大切なメッセージです。東京五輪は迫害を受けた難民のチームを出場させ
    ることを宣言していたわけで、それと同じ地平のことだと思います」。
     言葉がないのではない。オリンピアンならば、おのずと答えは出ている。ならばなぜ、日本のアスリートは声すらあげないのか。
    高橋はこんなふうに分析した。 「私もスポーツ界を取り巻く同調圧力に、心を痛めています。選手たちも何をどこまで言えばいい
    のか、判断がつかないのだと思います。協会や所属の企業に属している以上、現在のネット社会においてトラブルを避ける傾向
    があります。特にトップアスリートは反響の大きさから黙ってしまう。  それも含めて大坂さんの自立の仕方はすごいと思います。
    大会の最中にも関わらず、自分の発言は自分で責任を取るという覚悟ですね。そして、大坂さんのスポンサー企業であるナイキ
    も行動を称賛しました。それはナイキもまた企業として差別はNO!だという明確な姿勢を示したことになったと思います。  大坂
    さんへの反論は、実は少数だと思うんです。しかし、日本の場合は、ことなかれ主義になってしまう傾向が強いです。例えば、新型
    コロナウイルスで揺れた今年の3月にJOC理事の山口香さんが『選手がしっかりと練習できない現状では東京五輪は延期すべき
    だ』と発言されました。選手の立場を考えれば当然出て来る意見です。  対してJOCの山下(泰裕)会長が『JOC内部の人がそうい
    う発言をするのは残念だ』と諫(いさ)められました。しかし、同じ組織内でも同調する必要はまったくないと思います。そのために
    複数の理事がいるわけですから。あの時点では山口さんは自分の意見を発言しただけですし、それに活発な議論が加わるべきで
    す」  山口発言の数日後、東京五輪はその通り、正式に延期が決まるが、この決定のプロセスの場に山下会長の姿はなく、政治
    主導の判断でことが進み、JOCトップが蚊帳の外に置かれたことで、そのプレゼンス自体がひどく軽視されていることが露見した。
    山下会長は政治に蹂躙されてモスクワ五輪ボイコットの被害者となった背景があるにも関わらず、本人からこのことに対する抗議
    の声は聞こえて来ない。スポーツに政治が持ち込まれている、というのは、アスリートや選手出身者が政治によって「沈黙」を強いら
    れている現在の状態のことであろう。
     山下会長はJOCの理事会を報道陣に非公開にすると決めた人物だが、これも果たして本人の意向であったのか、疑義を感じず
    にはいられない。そしてそれに反対したのはすべて女性の理事=小谷実可子(シンクロ)、高橋尚子(マラソン)、山口香(柔道)、
    山崎浩子(新体操)であったことも知られている。 「スポーツ界だけで食べている場合はどうしても保守的にならざるを得ないと理解
    しています。女性のほうが、しがらみがないのではないでしょうか? そこはよくわかりませんが、私も言い続けるしかないと思ってい
    ます。透明性を持たせることや改善すべきことを考えている人も多いです。スポーツの当事者が現状に甘んじて発言を止めてしま
    ったら、そこで進歩は終わってしまいます」  ここで高橋は兵庫サッカー協会の元事務局長が在日コリアンの関係者に対して差別
    的な言動をしていたという事件についても言及した。スナックで朝鮮サッカー協会の男性に対して「朝鮮、かかって来いや」などとい
    う挑発をしたことが事実であったと発覚したにも関わらず、三木谷研一兵庫サッカー協会会長は処分を下さず、朝鮮協会の幹部に、
    私的な問題にとどめて欲しいと持ち掛けていたことが、明るみに出た。言うまでもなくFIFA傘下にある日本サッカー協会は「差別の
    禁止」を提唱している。 「以前に比べて、スポーツ界においてのコンプライアンス、ガバナンスの整備については確かに進んでいます。
    しかし、むしろそのことで表面上の体裁を整えてしまうことだけに汲々(きゅうきゅう)としているという印象も受けてしまいます。うたっ
    ていることの本質ではなく、書類や制度の上だけでのガバナンスでは本末転倒ですね。  
    兵庫県サッカー協会の会長は、その責任を担っている以上、調査して事実が確認できたのなら、しっかりと謝罪することです。ダメな
    ことこそ表に出す。過ちは誰にでもあるし、そこから学んで行ければスポーツ界はまた評価されます。アスリートファーストを推進する
    アスリート委員会やスポーツ界から人権侵害を根絶することを目指すスポーツ法学会もせっかく存在しているのならば、この本質に
    取り組んで欲しいです。そうでなければ、そこにあった問題がなかったことになってしまいます。  私自身、スポーツは平和を作るた
   めにあると学んで来たし、差別をなくそうと競技団体が声を出し続けることは、結果としてスポーツを守ることに繋がると思うのです」

     ※ 高橋美穂(たかはし みほ、旧姓:今野美穂)は、1992年バルセロナオリンピックテコンドー日本代表選手。
       2019年、一般法人・全日本テコンドー協会理事・アスリート委員長を辞任。



 
       「連合政権」
         
              2020・9・29(火)


     われわれは発展するためにこの地上にやって来たのではない。幸せになるためだ。
               ホセ・ムヒカ    愛称 エル・ペペ


   24日のTBS「報道1930」のハイライトは、共産党の志位和夫委員長と立憲民主党の小沢一郎衆院議員との
  対談だ。これは二人の政治家による「政権奪取宣言」である。
   この中で志位さんはこう語っている。

   もう一つの本気度のポイントがあります。それは、政権交代をやった後の政権をどうするのかということです。
  共産党も含めて野党は力を合わせて連合政権をつくるということです。私たちが閣内に入るのか閣外かはどちら
  でもいいです。しかし連合政権をつくり、この国をよくするというところまで踏み切ってほしい。その政治決断をやっ
  てほしい。

   選挙権を取ってから10年を数える人、いや、20年を数える人、いや、もっと前か、それ以前の人たちには二人
  の対談は信じられない光景であろう。保守本流の剛腕である小沢さんと多数者革命の志位さんが、政局について
  の単なる意見交換ではなく、立場の違いを超えて自民党政治を終わらせようという目的で一致をみるなどというこ
  とが現実に起こるとは誰に想像できただろうか。
   保守と革新が大同小異の哲学に基づいて運動の方向と目的を共有するということであれば、その敵は反民主主義、
  反立憲主義の寡頭制の独裁、すなわちファシズムである。
   この民主化大運動の第一の目的は政権奪取であって、小異についてはその後で解決すればよいし、出来ないと
  すれば互いに機が熟するまで先送りすればよい。忘れてはならないことは、政治を国民の手に取り戻すということ
  である。これが小異を超えた大義である。
  この大義の実現のために志位さんは「私たちが閣内に入るのか閣外かはどちらでもいいです」とまで譲歩している。
  理想家(ロマンチスト)である。現実主義者(リアリスト)である。ここには党利党略はない、政治の歪みを正し、政治
  を本来の姿に再構築するという使命感だけである。この行動原理を評価するに左右の立場の違いはもはや無用で
  ある。問題は、多数者とは誰かということだ。そして、その人たちは今どこにいるかということだ。
   共産党の立場は明確だ。小池晃書記局長は22日のテレビ番組でこう発言している。
  
   「安倍政権の継承」を唯一の旗印に掲げる菅義偉新政権から野党連合政権への政権交代を訴え、コロナ禍の下
  で「経済効率のみを優先し、社会保障縮小の新自由主義の流れか、それとも個人を責任持って支える政府か、これ
  が政治の対決点だ」と強調しました。

   私は人生において政治が最も重要なものであるとは必ずしも考えないが、しかし、政治を変えなければ生活は変
  わらない、世の中は変わらない、世界は変わらない。
  コロナの時代にあって、貧富の格差がそのまま命の格差であるような世界は間違っている。
   2019年の5月に市民連合と5野党・会派が合意した「共通政策」は次の通りである。これが市民と野党の連合政
  権の政策のたたき台となるであろう。

        民連合と5野党・会派の「共通政策」

    市民連合と5野党・会派が合意した「共通政策」と野党の署名した内容は次の通りです。
          市民連合の要望書
   来る参議院選挙において、以下の政策を掲げ、その実現に努めるよう要望します。
       
     だれもが自分らしく暮らせる明日へ

    安倍政権が進めようとしている憲法「改定」とりわけ第9条「改定」に反対し、改憲発議そのものをさせないために
     全力を尽くすこと。
    安保法制、共謀罪法など安倍政権が成立させた立憲主義に反する諸法律を廃止すること。
    膨張する防衛予算、防衛装備について憲法9条の理念に照らして精査し、国民生活の安全という観点から他の政
     策の財源に振り向けること。
    沖縄県名護市辺野古における新基地建設を直ちに中止し、環境の回復を行うこと。さらに、普天間基地の早期返
     還を実現し、撤去を進めること。日米地位協定を改定し、沖縄県民の人権を守ること。また、国の補助金を使った
     沖縄県下の自治体に対する操作、分断を止めること。
    東アジアにおける平和の創出と非核化の推進のために努力し、日朝平壌宣言に基づき北朝鮮との国交正常化、
     拉致問題解決、核・ミサイル開発阻止に向けた対話を再開すること。
    福島第一原発事故の検証や、実効性のある避難計画の策定、地元合意などのないままの原発再稼働を認めず、
     再生可能エネルギーを中心とした新しいエネルギー政策の確立と地域社会再生により、原発ゼロ実現を目指すこと。
    毎月勤労統計調査の虚偽など、行政における情報の操作、捏造(ねつぞう)の全体像を究明するとともに、高度プ
     ロフェッショナル制度など虚偽のデータに基づいて作られた法律を廃止すること。
    2019年10月に予定されている消費税率引き上げを中止し、所得、資産、法人の各分野における総合的な税制の
     公平化を図ること。
    この国のすべての子ども、若者が、健やかに育ち、学び、働くことを可能とするための保育、教育、雇用に関する予
     算を飛躍的に拡充すること。
   10 地域間の大きな格差を是正しつつ最低賃金「1500円」を目指し、8時間働けば暮らせる働くルールを実現し、生
      活を底上げする経済、社会保障政策を確立し、貧困・格差を解消すること。また、これから家族を形成しようとする
      若い人々が安心して生活できるように公営住宅を拡充すること。
   11 LGBTsに対する差別解消施策、女性に対する雇用差別や賃金格差を撤廃し、選択的夫婦別姓や議員間男女同
      数化(パリテ)を実現すること。
   12 森友学園・加計学園及び南スーダン日報隠蔽(いんぺい)の疑惑を徹底究明し、透明性が高く公平な行政を確立
      すること。幹部公務員の人事に対する内閣の関与の仕方を点検し、内閣人事局の在り方を再検討すること。
   13 国民の知る権利を確保するという観点から、報道の自由を徹底するため、放送事業者の監督を総務省から切り離
      し、独立行政委員会で行う新たな放送法制を構築すること。

      2019年5月29日

     私たちは、以上の政策実現のために、参議院選挙での野党勝利に向けて、各党とともに全力で闘います。
                           安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合
    上記要望を受け止め、参議院選挙勝利に向けて、ともに全力で闘います。
     立憲民主党代表 枝野幸男
     国民民主党代表 玉木雄一郎
     日本共産党委員長 志位和夫
     社会民主党党首 又市征治
     社会保障を立て直す国民会議代表 野田佳彦







 
       「後世への責任」

          2020・9・28(月)

    今、北海道で何が起きているのか。私の住むこの手稲区星置で何が起きているのか。
   今起きている事について、またこれから起こるだろうと思われることについて北海道の人たちはどれだけ
   知っているのだろうか。官製のものではなく、本当の情報はどれだけ共有されているのだろうか。
   当たり前のことだが、与えられた情報が誤りであれば、そこから得られる判断も誤りである。しかし、こうし
   たことは度々起こる。しかも地域全域で、事によっては国全体で展開される。簡単に云えば、世論誘導と
   言うことだが、こうして最初にあった無関心は事実の検証もなく支持に変わり、最終的には熱狂興奮となる。
    後になって、「私は何も知らなかった。私は騙された」と子どもじみた弁解を述べる人もいるが、果たして
   本当にそうか。違う。その人は騙されたのではなく、自ら騙されることを欲したのである。何故か?その方が
   自身にとって都合が良かったからである。
    戦後、武者小路実篤(1885年~1976年)を始め多くのの知識人がこの論法で戦争責任の取り方を被
   害者の立場を装って曖昧化した。
    判断には、責任が伴う。何事かについて判断をするというのは、その問題において責任を負うということで
   ある。その問題が一個人の範囲で収まるものではなく、多くの人の人生に係わり、そればかりでなく後に続く
   世代に対しても影響を及ぼすものであれば、この判断と責任の関係はいかなる詭弁をもってしても逃れるこ
   とは出来ないし、倫理的にも許されることではない。
    古い時代の「大状況」についてはまたのことにして、私の「今と此処」に話を戻す。
   26日の新聞の道内欄に気になる記事が二つ載っていた。先ずそれを転写しておこう。
   
      「1」 原発も核ごみもいらぬ
    原発も核のごみもいらない――。北海道寿都(すっつ)町長が原発から出る核のごみの最終処分場選定に
   前のめりになり、全道に不安と反対の声が広がっています。原発問題全道連絡会(道原発連)と国民大運動
   道実行委員会は25日、札幌駅前で泊原発再稼働反対を知事に求めた新署名と寿都「町民の会」の署名を
   呼びかけました。

     「2」 北海道新幹線有害残土  
           ヒ素で水・空気・土地汚すな
    
手稲山に吹く海風でヒ素を含む有害物質の粉じんまみれになっていいのか――。札幌市手稲区の「手稲
    山口の新幹線工事要対策土から星置と周辺地域を守る会」(福盛田勉代表)は20日、学習会を開きました。
     市が新幹線札幌延伸に伴う建設工事の残土置き場とされた地域の住民が強く反発し、反対運動が広が
    っています。
     「有害掘削土の『亜ヒ酸』『ヒ素』等について」と題して、北海道大学創成研究機構の土方健二主席研究員
    が講演。「残土に含まれるヒ素が空気にふれ、そのほこりが飛んで体内に入ると、腸内細菌が死んで亜ヒ酸
    を生成して栄養失調となり、慢性ヒ素中毒、死に至ります」と報告。「微生物は農業になくてはならないもの。
    ヒ素はいりません。微生物を殺してはいけません」と力をこめました。
     土木工学の専門家が「盛土箇所はごみ埋め立て地なので安全なのか」と解明。「盛土はさえぎるものがな
    い18・5メートル(ビル5階以上)。工事中は粉じんが飛び、工事後は風雨にさらされ、浸食が進む」「北西の
    風で星置の住宅が風下になる」と強調します。
     参加者からは「水と空気、土地を汚すな」「説明会を開かないのは困ることがあるのかと疑ってしまう」との
    声が相次ぎました。

     「1」の記事は原発についてである。24日の毎日新聞は次のように報じている。
 
        核ごみ調査 北海道・寿都町長の「町民に聞くと面倒になる」発言巡り住民団体抗議

 高レベル放射性廃棄物(核のごみ)最終処分場の選定に向けた文献調査への応募検討を巡り、寿都町の
    反対派住民は23日、片岡春雄町長が8月に「町民に伺いを立てるとかえって面倒になる」と発言していたとし
    て、「町民への裏切りだ」と抗議する文書を片岡町長に提出した。  提出したのは、応募に反対する署名活動
    を行う「子どもたちに核のゴミのない寿都を!町民の会」。  同会はNHKの報道を引用し、片岡町長が8月7
    日の町議会全員協議会で「町民に伺いを立てるとかえって面倒になる」と発言していたと指摘。「元々は住民
    説明会をする意思はなかった。町民への裏切り行為だ」と批判した。  また、同会は片岡町長が「反対が51
    %以上なら(応募は)無理」と10日の住民説明会で明言した発言を巡り、公開質問状も提出。この発言後、同
    会が行った反対署名を「署名の趣旨が異なる」と否定し、判断材料にするかは「悩ましい」と述べた町長に対し、
    署名は文献調査への反対について尋ねたものだと主張。「町長は都合が悪くなった自らの発言を撤回した」と
    非難し、認識をただした。【高橋由衣】

      「2」の記事は手稲区の有害物質を含む残土問題である。こちらの方は7月30日の「しんぶん・赤旗」が次
     のように報じていた。

           査強行は“札幌市主導”
      新幹線残土問題 紙・畠山氏が聴取     運輸機構が説明


     北海道新幹線の札幌延伸によって重金属を含む有害残土が発生している問題で、日本共産党の紙智子参院議
    員と畠山和也前衆院議員は29日、鉄道・運輸機構北海道新幹線建設局(札幌市中央区)から説明を受けました。
     札幌、小樽両市にまたがる「札樽(さっそん)トンネル」工事で出るヒ素を含む有害残土の処分場に、運輸機構と札
    幌市は、厚別区山本と手稲区金山、山口3地区を受け入れ候補地にしています。14日、山口地区のごみ処分場の
    調査を強行。6月の住民説明会で「反対」「心配」の声を無視し、近隣の住民たちが反発しています。
     聞き取りは、住民への説明のあり方に議論が集中。機構側は、受け入れ地選定基準や説明会の対象範囲は「自治
    体の判断を仰ぎながら決めている」と回答。機構の基準がないことが分かりました。
     山口地区の説明会の対象を2町内会の約80世帯に限り、500メートルしか離れていない星置地区を除外し、市議
    に説明会を案内しなかったのは「市と調整して決めた」と回答。市主導で住民説明の前に町内会役員に“根回し”する
    など、強引に調査に入った事実が浮き彫りになりました。
    「説明で不透明さや強引さがあってはならない」と迫る畠山氏。紙氏は、2万人もの反対署名の重みを受け止めるよう
    強く求めました。菊地葉子道議、村上仁、佐々木明美両市議が同席しました。

     この二つの問題についてもっと詳しく知りたい人は福盛田勉さんと佐々木明美市議のフェイスブックを開くことをお薦め
    する。畠山和也さんであれば「はたろぐ」で検索すれば直ぐ出てくる。
     佐々木明美さんと畠山和也さんは政治家であるから私がここで紹介することは何もないだろう。
    福盛田勉さんについてもこのハック・フィンを読んでくれている人には紹介は今更ながらのことであるようだ。
     個人的なことを言えば、勉さんは私の菜園学の先生である。いや、指導を受けているのは菜園学ばかりではないが、
    私の方が年上なのだが、恥ずかしいことだが、この人は何事においても私より数段上を歩いている。
    その発言も文章も常に簡潔にして明快、本質を外すことはない。
    言葉を選び、言葉を惜しみ、言葉を信じるその姿勢は清潔なる知性と言うべきものだ。
    一つ言い忘れた。福盛田勉さんは星置九条の会の代表である。
    私が、勉さんの運動から学ぶことは、後世への責任というものだ。
    なるほどね、人間、友を誇りとせずば何を誇りとするか。




        「ジュリエット・グレコ」

          2020・9・27(日) 

     私をここまで歌わせたもの。それは愛する歌と詩への思い。そして、平和への祈りです。
                          ジュリエット・グレコ

    また雨が降った。秋深しとまではいかないが、日に日に寒くなっていく。雪が降るまでは秋だから後ふた月
   ほどは静かな時間が続くと思う。ただこの季節になれば、単純にして無邪気な愚か者であるこの私でも理由
   もなく物悲しくなる。誰の言葉だったか忘れたが、「人生とは時が過ぎてゆくことではない、人が去っていくこと
   だ」と聞いたことがある。けだし名言である。
    そしてまた一人、人が去っていった。24日の朝日新聞は次のように伝えている。

       ジュリエット・グレコさん死去 仏シャンソンの大御所   9月24日
    仏シャンソン歌手の大御所で、「枯葉」や「パリの空の下」などを歌ったジュリエット・グレコさんが23日、仏南
   東部の自宅で死去した。93歳だった。家族がAFP通信に明らかにした。
    1927年、仏南部モンペリエ生まれ。第2次世界大戦中、対独レジスタンスの活動家だった母親が強制収容所
   に送られ、自身も警察に一時拘束された。
    戦後、パリ・セーヌ川の左岸で知り合った実存主義の哲学者サルトルに勧められて歌手を志した。作家のカミ
   ュや哲学者メルロポンティらとも交流。多彩な芸術と文化が花開いたこの地区の名称をとって「サンジェルマン・
   デ・プレのミューズ(女神)」と呼ばれた。
    詩人ジャック・プレヴェールの作詞した「私は私」などを歌い、一貫して自由を愛した。日本など世界各地でツア
   ーを重ね、2016年の公演を最後に引退。60年以上にわたるキャリアに終止符を打った。(パリ=疋田多揚)

     ジュリエット・グレコはどういう女性であったのか。シャンソン歌手、確かにそうであるけれども、この女性につ
    いて語るとなれば、それだけでは片付かない。あの時代をよく知らない若い人のために、いや、実は私もよく
    知らないのだが、それで歌手を引退した2016年、89歳の時に『婦人公論』で行ったインタビューの一部を紹
    介する。先ずは、ご本人の語るところを聞く。

     第二次世界大戦が始まり、40年にドイツ軍によってパリが陥落すると、母はナチスによる占領に反対するレジ
    スタンス運動に身を投じました。43年、民衆への取り締まりを強化したドイツ軍によって母が連行され、それを追
    いかけた私たち姉妹もナチスの秘密警察に捕らえられたのです。刑務所に2ヵ月間収監されましたが、16歳だっ
    た私は、未成年ということで釈放。しかし、姉は母とともにドイツ国内のナチ強制収容所に送られることになってし
    まいました。44年にパリが解放され、2人とも帰還することができましたが、今でも当時のことを忘れられません。
    戦争は、人を狂わせるおぞましいものです。戦争の悲劇をこの目で見た私は、二度と繰り返してはいけないと、
    平和と自由を願うようになりました。 50年にパリの店「ローズ・ルージュ」で歌手として本格的にデビューし、翌年、
    初めてのレコーディングに臨みます。ちょうどその頃、マイルス・デイヴィスなど、アメリカのジャズ・ミュージシャン
    たちがフェスティバル出演のためにパリに来ていました。 そこで私はマイルスと恋に落ちます。けれど、彼の第一
    印象は最低でした。指を曲げて、こっちへ来いとジェスチャーするのです。「その見下した態度は何!」。私は喧嘩
    腰で食ってかかりました。けれどマイルスは、そんな勝気なところに魅了されたそうです。それまで彼が会った女
    性は、彼の言いなりで、「初めて、自分の意見を言う女に会った」とか。 マイルスのトランペットは、哀しみをたた
    えて、美しく響きます。本当に魅せられました。私はもともと恋の対象を、肌の色や性別で決めたりすることはあり
    ません。だから、彼と一緒に時を過ごすことにも何の違和感もありませんでした。 彼は滞在中、パリの自由な空
    気を満喫していたようです。サルトルやピカソと交流し、「白人と同じレストランに表から入るのは初めてだ」とも話
    していました。
    もともとパリには、人種差別をするような店はありませんし、モダン・ジャズは自由の象徴のように考えられていま
    したしね。 楽しい時はあっという間に過ぎ、マイルスはニューヨークへ。そこには3人の子供と、結婚はしていない
    けれど、パートナーがいることも聞いていました。その後、人づてに彼が私に会いたくて苦しんでいる、麻薬にまで
    手を出している、とも。 数年後に、ニューヨークでの映画撮影の話が入ったので、私は飛びついて現地へ向かいま
    した。もちろんマイルスに会うためです。アメリカでは、黒人男性と白人女性が向かい合っているのは歓迎されない
    だろうと、ホテルの部屋でディナーを楽しもうと考えました。
     【中略】
     人生はまさに贈り物です。どんなに悪いことが起きようが、それでもやはり何かしらのギフトがあるもの。私は、こ
    の人生ですばらしい人々との出会いに恵まれました。そのことに感謝しています。生まれ変わっても、やはりジュリ
    エット・グレコ
になりたいと思っています。

      1949年(昭和24年)生まれの私は戦争を知らない。その私がサルトルを読んだのは18歳の時である。マイル
     スの『スケッチ・オブ・スペイン』を聴いたのも18歳の時である。遠い昔のことだ。どれほどの時が流れたのか、多
     くの人が去っていった。気が付けば私は一人である、いつの間にか枯葉の季節の中の70歳となった。
      で、何を聴くか。『枯葉』『私は日曜日が嫌い』『パリの空の下』『いかないで』、迷うね。
     秋は長い。月見の酒を飲みながら毎夜グレコを聴いて、哀しみを癒すとするか。
     「サンジェルマン・デ・プレのミューズ(女神)」か、もうこういう女性は現れないだろう。
      月並みであるが、改めてご冥福を祈る。
            感謝。



 
       「この先にあるもの」

           2020・9・26(土)

    靖国小僧が退陣した後は、禅譲なのか乗っ取りなのか何ともよく分からぬ騒動のドタバタを経て、浜矩子さん
   が名付け親である奸佞坊主が天下人となったようだが、本人は安倍路線を継承すると言っているのだから、政
   治に変化は望むべくもなく、この先より悪くなることはあっても良くなることは一つもないだろう。
    既に新内閣の何人かの閣僚の名前が「週刊文春」や「週刊新潮」の中で取り沙汰されている。後数日もすれば
   もっと色々なことが明るみに出るだろう。例によって色と金に絡む田舎芝居だが、相変わらず不始末・不祥事の
   バーゲンセールである。スキャンダル(醜聞)の宝庫としか言いようのない集団なのだが、奸佞坊主は「仕事師内
   閣」と胸を張り、官僚には「反対する者は異動させる」と脅しをかける。
   子分は大言壮語と巧言令色の輩ばかり、親分は恫喝が得意芸の田舎ヤクザ、この面々でどんな仕事をしようと
   いうのか、想像するだけでも寒気を覚える。総じて、「今だけ、金だけ、俺だけ」の半分ほど裏社会に身を置いた
   立派な稼業人ばかりである。
    奸佞坊主のホームペイジには「すべての国民の皆様が輝く日本に」と新興宗教の教祖様のような言葉が貼ら
   れている。困ったものだ。昔から「口では大阪の城も建つ」と言うが、言葉だけなら、どんな大きなことでも言える。
   この虚言癖も靖国小僧から受け継いだものか、そして、都合の悪いことは黙殺する。やっぱりポチ2号である。
    国内のコロナ感染状況は、21日現在で感染者数80、828人、死者数1、538人、コロナ関連解雇は6万人超、
   関連倒産は500件を超える。感染は拡大し続けている。現状は、死は誰にとっても隣人であり、日常的な交際と
   なっている。しかし、政府は何の対策も打ち出さないし、方向性すら示すことが出来ない。官邸の主は変っても無
   為無策であることには変わりはなく、そして、この事に恥じ入る様子もなく謝罪することもなく冷酷と愚劣の政治は
   全面的に引き継がれて、コロナ感染など知ったことかと言わんばかりの特権階級の傲慢がまかり通る。
   要するに少数者の幸福を維持するために多数者を犠牲とする棄民政策である。古くは満州で、カラフトで、南方
   諸島で、沖縄で、広島で、長崎で、新しくは福島で、また沖縄で、人々は見捨てられ続けてきた。そして今、私たち
   はコロナの時代の中でまたしても見捨てられようとしている。
    感染は初期においては偶然事であった、3密を守ればある程度は防げるとされた(本当のところは分からない
   が)、しかし今は、奸佞坊主が主導する経済対策である「Gトラベル・キャンペーン」が発動されてからは感染
   は自己責任の必然事となった。感染予防の基本は出来るだけ外出を控へ、接触を避けることであるのは世界的
   な常識である。この時期に旅行によって消費の拡大を促すというのは天下の愚策である。人が移動すれば、菌も
   また人とともに移動するのである。消費税増税で貧富の差を拡大しておきながら、今度はお涙頂戴の助成金付き
   で地獄めぐりの観光旅行に誘う。どれだけ人が死ねば気が済むのだ。「自助」とは「自死」のことか。では政治は
   何の為にあるのか、誰のためにあるのか。
    コロナの時代の中で、今、政治に求められているものは何なのか、今、政治が始めなければならないことは何な
   のか。ところがだ、昨日の新聞の第一面のトップニュースは信じられないような出来事を報じている。
    このコロナの時代の中で日本政府がしようとしていることは世界の潮流に逆行している。先ずその記事を全文転
   写する。お読みください。

      「21年度概算要求 軍事費過去最大5.5兆円」
               コロナ禍でも大軍拡
                   「敵基地攻撃」「イージス代替」費も視野に

    防衛省は24日までに、2021年度予算の軍事費概算要求について、過去最大の約5兆5千億円とする方針を固
   めました。軍事費(当初予算ベース)は2012年12月の第2次安倍内閣発足以降、20年度まで8年連続で増加し、
   6年連続で過去最大を更新。20年度は5兆3133億円を計上しています。
    新型コロナウイルスの感染拡大による厳しい経済情勢と医療体制ひっ迫の中、菅政権が安倍前政権の大軍拡路
   線まで継承すれば、国民の強い反発は避けられません。
    さらに岸信夫防衛相は24日、秋田・山口両県への配備を断念した陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・
   アショア」の代替策について、自民党の国防部会などに説明。陸上配備から洋上配備に転換し、(1)弾道ミサイル迎
   撃に特化した専用艦を含む護衛艦型(2)民間船舶活用型(3)石油採掘用プラットフォーム型―の3案から年内に絞り
   込む考えです。
    概算要求では金額を提示しない「事項要求」にとどめますが、来年度予算案に計上された場合、軍事費はさらに膨
   れ上がります。総額は最低でも数千億円規模となり、来年度以降も関連経費の計上が続き、際限のない軍拡となり
   ます。関係者によれば、概算要求では、今年度と同様に、F35Bステルス戦闘機の導入と、F35Bを搭載するための
   「いずも」型護衛艦の改修、スタンドオフ・ミサイル(長距離巡航ミサイル)や電子戦機の導入経費が含まれています。
   これらはいずれも、安倍前政権から菅政権に検討が継承された「敵基地攻撃能力」の保有につながるものです。
   航空自衛隊のF2戦闘機の後継となる次期戦闘機の開発関連経費も組み込まれる見通しです。

    韓国は医療体制充実を優先して防衛費を削減した。また多くの国は消費税の税率を下げた、
   そうした中、日本は軍拡路線をひた走り、奸佞坊主は消費税のさらなる増税すら口にした。この政権は何なのか。
   答えは出た。この政権を1日も早く終わらせることだ。私たちの為の「野党連合政権」を創ろうではないか。
   私は、この先にあるものについて考える。
    



 
       「輝く女性・意思と勇気と知性」

          2020・9・25(金)

    先月の28日から退屈なニュースばかり読まされていてさすがに食傷気味である。
   「苦労人」とか「叩き上げ」とか「上野はおいらの心の駅」だとか、私はこういう演歌的な汗臭い話が嫌いなのだ。
   「スガ」なのか「カン」なのかまだ名前も定まっていない即席内閣の無内容なお祭り騒ぎには吐き気がする。
    そんな時、海の向こうから喜ぶべきニュースが飛びこんできた。先ず、それから点検してみよう。

     伊藤詩織さんが「世界の100人」に 「まだ変化の途中だが、確実な一歩」     大坂なおみ、日本人初2年連続「世界の100人」性暴力被害告発ジャーナリストの伊藤詩織さんも…
   タイム誌選出
                    スポーツ報知
 
    米誌タイムは22日、毎年恒例の「世界で最も影響力のある100人」を発表し、テニスの全米オープンで2年ぶり2
   度目の優勝を果たした大坂なおみ(22)を選んだ。大坂のランクインは2年連続。日本人では過去に安倍晋三前首
   相が2014、18年に選ばれているが、2年連続は初めて。  大坂は、5月に米ミネソタ州で起きた白人警官による黒
   人男性暴行死事件を発端として広がった黒人差別反対運動「ブラック・ライブズ・マター(BLM=黒人の命も大事だ)」
   を 支持。自宅のあるロサンゼルスでの抗議行動に参加したり、8月末のウエスタン・アンド・サザンOPの準決勝を棄
   権する意向を示したりしていた(後に翻意し出場)。  全米OPでは、差別により命を落とした黒人の名前が書かれた黒
   いマスクを日替わりで計7回着用して参戦。優勝後のインタビューでも「(自分の)マスクを見て話し合いが起きればいい。
   いろんな人が話題にしてくれることが大きい」と話したことなどに対し、「スポーツの領域を超えた存在感を示した」と紹介
   された。「100人」には、BLMの女性活動家3人も大坂と共に選ばれた。  日本からは他に、自らの性暴力被害を公表
   したジャーナリストの伊藤詩織さん(31)も選出された。セクハラや性的暴行を告白し、撲滅を目指す「#Me Too」運動
   の 日本での先駆者として評価し、「『勇気ある告発』で日本人女性の在り方を大きく変えた」とした。  「100人」は、タイ
   ム誌が毎年、政治や芸術など各分野から外部の助言も得て独自に選出する。今年は、トランプ米大統領や11月の大統
   領選の対立候補となるバイデン前副大統領などが選ばれた。ほかにも、新型コロナウイルスの対策に貢献した人物や、
   LGBTなどの差別問題に取り組む人物の名前が多数挙がった。  ■ネットフリックス幹部日系人も選出 100人の中に
   は、日系人のリサ・ニシムラさんも選ばれた。米動画配信大手ネットフリックス幹部としてドキュメンタリー番組を多数制作。
   2018年にサンダンス映画祭に出品されたインド人宗教家の成功と破滅を描いた作品「ワイルド・ワイルド・カントリー」や、
   世界を巡り各国の極上料理を紹介する「美味(おい)しい料理の4大要素」のプロデューサーなどを務めている。

    安倍晋三は「女性活躍」という言葉をよく口にしていたが、それで目立った女性というのは国防婦人会の稲田朋美や
   不倫旅行の今井絵理子やセクハラ疑惑の橋本聖子やヤンキー崩れの三原順子やドリルの小淵優子やパワハラ女王
   の豊田真由子やヒステリーアイドルの杉田水脈や団扇配布の松島みどりとかいった職務不理解と職場放棄の達人ばかり
   である。この人たちの言動を見るに、特に女性活躍とかいったものがあるようには見えないのだが、はっきりと言ってしま
   えば、どれもこれも幼稚園児の学芸会レベルの一発芸である。中には女性活躍どころか女性を敵視し、貶めることでその
   地位を保っている者もいる。そして、安倍路線を継承するという菅新内閣では女性の閣僚はたったの二人である。
   量も少なければ質も低劣な売名軍団である。このどこが女性活躍なのか全くもって理解に苦しむ、と言うより、涙が出る
   ほど笑ってしまう。
    さて、ここで今日の新聞のコラムに目を移す。お読みください。

         きょうの潮流   しんぶん・赤旗
    1970年代のアメリカ。女性は仕事を選べず、自分の名前でクレジットカードさえつくれなかった時代。若き女性弁護士が
   米国を、世界を変える一歩となった裁判を起こします▼親の介護費用の控除申請が認められなかった男性の訴えでした。
   当時の法律で申請できたのは女性と特定の理由を抱えた男性だけ。介護は家にいる女性がするものだという差別意識が
   あり、そのもとで男性を排除する法がうみだされていました▼専門家たちが絶対に負けると断言した裁判。それに勝訴した
   弁護士こそ、のちに最高裁判事となったルース・ベイダー・ギンズバーグさんでした。男女平等が許されなかった時代から一
   貫して女性の権利拡充に努めてきました▼「男性のみなさん、私たちを踏みつけるその足をどけて」。頭文字から親しみを
   込めて「RBG」と呼ばれた彼女の生き方は、若者からも絶大な支持をうけました。先週87歳で亡くなり、保守派の判事を増
   やしたいトランプ大統領のもとで後任指名が問題になっています▼性差別は社会全体をゆがめるとの信念をもち、彼女は不
   平等と向きあいました。ひるがえって、今の日本はどうか。菅内閣が誕生したとき、1枚の写真がツイッター上でひろがりまし
   た▼それはフィンランド内閣と比べたもの。日本は高齢の男性ばかり、あちらは30代の女性がずらり。政治の場での男女格
   差がくっきりと。未来を信じて、今を一歩ずつ変えることに力を尽くしたRBG。そのたたかいは日本でも受け継がれます。

    本当の女性活躍は靖国神社とも上野駅とも全然関係のないところで生まれ、世界の人々が見守る中で光輝いている。
   その言動には意思と勇気と知性の裏付けがある。
   「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた伊藤詩織さんや大坂なおみさんの他にも、もっと多くの活躍する女性が
   いる。例えば小泉今日子さん、田村智子さん、中満 泉さん、斉藤美奈子さん、望月衣塑子さん、といった人たちだ。
    最後に望月さんの最新の発言を転写する。この女性はスカスカ坊主の天敵と呼ばれている。

         安倍政権下で進んだメディア同士の「分断」
                配信    東洋経済オンライン

    
国会での虚偽答弁や公文書改ざんが明らかになった森友・加計学園問題、招待者リストの破棄まで行われた桜を見る
   会疑惑など、政権を揺るがすスキャンダルが続出した安倍政権。首相官邸での定例会見で、菅義偉前官房長官を正面か
   ら問いただす記者は「異質な存在」として注目を集めた。 他方、大手メディア幹部と首相との会食が繰り返され、政権にお
   もねるようなメディアの姿勢に国民の不信感も高まっている。 安倍政権の7年8カ月を振り返るインタビュー連載。7回目は
   政権とのバトルを繰り広げてきた、東京新聞社会部の望月衣塑子記者。安倍政権はメディアにどう向き合ったのか。
   ■進んだメディア間の分断  ――安倍政権下で、具体的にはどのような圧力がメディアにかけられていたのでしょうか。  
   2014年の総選挙の前、自民党の萩生田光一筆頭副幹事長(当時)は選挙報道の公平性確保などを求める文書を在京テレ
   ビ各局の番記者に手渡した。文書では、出演する候補者の発言回数や時間、街頭インタビューなどの構成を公平・公正・中
   立にし、一方の意見に偏ることがないよう求めている。具体的な番組の内容にまで踏み込んだ政権与党からの要請に、テレ
   ビ局を牽制する狙いがあることは明らかだ。
    2016年には高市早苗総務相(当時)が国会で、放送局が政治的な公平性を欠くと判断した場合、放送法4条違反を理由に
   電波停止を命じる可能性に言及した。  2019年には報道ステーションで放送されたニュースについて、世耕弘成参議院自
   民党幹事長がツイッター上で「印象操作だ」と抗議すると、報ステ側が翌日の放送でお詫びをする事態となった。  時の政
   権は批判的な報道を抑え込みたいものだ。しかし、権力を行使できる大臣が公然と電波停止の可能性に言及すれば、現場
   は萎縮してしまう。これに対してテレビ各局が連帯し、抗議行動につなげなかったこともテレビ局の自粛や萎縮に拍車をかけ
   たように思う。
    実際に、テレビ局への権力側の介入は日常的に行われていると感じる。政権に批判的な内容がテレビで報道されると、各
   局の局長や政治部の記者に対して首相の補佐官や秘書官から電話やメールなどで抗議が届くと聞く。かつてであれば、「こ
   んな抗議が来ました」と笑って流していたような話も、局によってはすぐに反省会を開くこともあるようだ。  ――望月さんは
   官邸会見で菅前官房長官に食いついて質問をする姿が注目を集めました。
    記者会見の場でも、質問を制限したり、会社に抗議文が送られたり、記者クラブに抗議文が貼り出されたりした。  安倍政
   権では、首相会見で質問ができたのは記者クラブ加盟社にほぼ限られていた。フリーランスが当てられることも今年、フリー
   ジャーナリストの江川紹子氏が会見の場で「まだあります!」と叫ぶまで、まずなかった。  朝日新聞政治部の南彰記者によ
   ると、第2次安倍政権が発足してから2020年5月17日までの首相単独インタビューは、産経新聞(夕刊フジ含む)32回、NHK22
   回、日本テレビ(読売テレビ含む)11回に対し、朝日新聞はたった3回。安倍前首相が対応に差をつけることで、メディア間の分
   断が進んだ。
    菅前官房長官の会見では、私に対して2問までという質問制限が続けられていた。内閣府の上村秀紀・前官邸報道室長は、
   私が質問する直前に会見を打ち切るなど不当な扱いを続けた。抗議をすると、菅氏は夜の番記者とのオフレコ懇談を設けな
   いなど、別の方法で圧力をかけるようになり、官邸クラブにいる番記者側が「不規則発言はしないでほしい」と要望をしてきた
   こともあった。  今回の総裁選は党員投票を見送り、派閥が候補者の論戦前から談合を行っていたと思う。こうした総裁選で
   の手法にも菅氏の性格が凝縮しているように感じた。


 
        「存在の耐えられない軽さ」

              2020・9・24(木)

    菅新内閣発足を受けて「九条の会」が声明を発表した。
   安倍晋三を退陣に追い込むことは出来たが、新内閣が安倍路線の継承を公約としているのであるから、つまり
   「アベなきアベ内閣」ということであるから改憲は断念されたわけではなく、政府・与党にとっては依然として政治
   の最終目標である。と言うのは、この旗印を降ろせば政権は求心力を失うことになるからだ。このことを一番よく
   知っていたのは安倍晋三である。彼は、改憲を唱え続けることによって右派の指導者で在り続けた、
    哲学もなく理念もなく知性もなくの最低の政治家であったが、祖父の七光りと母親の過保護と女房のご乱行紙
   一重の内助の功で7年8カ月を持ちこたえた。つまり、本人の意思や能力とは関係なく、周囲の期待と、その利
   用価値(使い易さ)が彼を右派の指導者として祭り上げたのである。まさに「神輿は軽くて、馬鹿がよい」を地で行
   った長期政権であった。
    「九条の会」の声明を全文転写する。


       「改憲問題新たな局面」
             九条の会声明 敵基地攻撃許さず

    「九条の会」は23日、「安倍政権の終わりと改憲問題の新たな局面を迎えて」との声明を発表しました。
   声明は、市民の粘り強い行動と野党の頑張りが、安倍前首相の念願である明文改憲の策動を押しとどめ、事実上
   挫折に追い込んだと主張。一方で、改憲は「冷戦終焉(しゅうえん)以降、自衛隊をアメリカの戦争に加担させようと
   圧力をかけてきたアメリカや財界、右派勢力の要請に基づく」もので、「安倍首相が辞任したからといってこれらの
   危険がなくなるわけではない」と警告を発しています。
    また、菅政権が安倍改憲の完遂を公約に掲げ、さらには「敵基地攻撃能力」の保持を強行しようとしていると指摘。
   敵基地攻撃能力保持は「自衛隊が米軍とともに海外で戦争する軍隊になることをめざすものであり、9条を破壊す
   る許すことのできない暴挙」と厳しく批判しています。
   声明は「改憲問題は新たな局面に入った」と強調し、安倍改憲の強行を阻んだ市民の力に確信を持ち、改憲発議阻
   止の緊急署名に改めて取り組むとともに、「敵基地攻撃能力保持という9条破壊を許さない、という声を挙げていこう」
   と呼びかけています。

    新内閣発足後そろそろひと月近くなるけれども、菅義偉は「すが よしひで」と読むのが正しいのだと思うが政府関
   係者や自民党の高齢者の一部の人は「カン内閣」と発言している。自分たちが選んだ首相の名前も知らないなどとい
   うことが在り得るだろうか、そうではないだろう、この読み間違えには悪意と軽蔑が隠されている。
   菅義偉はそれほどまでに軽いということだ。ミラン・クンデラは「存在の耐えられない軽さ」と言ったが、自民党の高齢
   者(実力者と書き直すべきか)たちにとって菅義偉はそういう存在である。またしても周囲の期待と、その利用価値に
   よって作られた総理大臣である。
    2008年9月20日の「ニューススパイラル」の投稿記事を転写しておく。自民党の体質を考える上で参考になると
   思う。

    政界事情に詳しい向きには周知のことだが、『週刊ポスト』に沿ってもう一度おさらいすると、01年3月に政権行き詰
   まりで森喜郎首相が辞任表明(考えてみれば、森派から4人続けて総理が出て、途中で放り出さなかったのは小泉だ
   けだったんですね)、自民党総裁選が繰り上げ実施されることになって、当時最大派閥の橋本派では、後継総裁に自
   派から野中を推そうという空気がある一方、他派ながら麻生を支持しようという動きもあった。結果的には、橋本派は
   野中が引いて橋本龍太郎会長自身が出馬し、麻生、ハグレ烏の小泉純一郎との戦いになって、意外や意外、小泉政
   権が誕生することになるのだが、その過程で、野中の主張によれば、麻生は、旧河野派の会合(もしくは会合後の雑
   談)で「野中のような部落出身者を日本の総理には出来ない」と発言した。伝え聞いた野中は激怒し、会合出席者3人
   に裏をとった上で麻生発言をメモにして配付、自民党総務会の場で麻生を目の前にして指弾したり、その他の場面で
   も繰り返しこれについて言及し、魚住昭『野中広務/差別と権力』(講談社文庫)にもその経緯が述べられている。
   最近では、今年8月24日のTBS『時事放談』で「私は、私個人のことについても、麻生総理総裁ができたら、自分の生
   命に賭けて国民に分かるようにしますよ」と執念を燃やしている。なお麻生は一貫して、そのような発言をしたことは全
   くないと、事実無根で押し通している。
    もう1つの麻生に絡む人権問題は、「筑豊の炭鉱王」と言われた麻生家の巨富の源泉となった麻生炭鉱に、第2次大
   戦中を通じて延べ1万人の朝鮮人労働者が強制労働させられていたことで、もちろん当時幼かった麻生自身に直接の
   責任があるわけではないものの、彼が「創氏改名は朝鮮の人たちが『苗字をくれ』といった」とか、「ハングル文字は日本
   人が教えた」とか、戦前日本の朝鮮人に対する差別・抑圧がなかったかのように言いくるめようとする発言をしばしば繰
   り返していて、総裁選での麻生優勢が伝えられるにつれ、韓国で「彼は日帝植民地時代の強制動員で悪名高かった麻
   生炭鉱の後継者」(韓国日報社説9月3日付)といった批判が出始めている。

    この時点では野中は自民党第一の実力者であったはずだ。ところが今、野中は政界を去り、麻生は自民党第一の実
   力者に伸し上がっている。その力技は、親の七光り、派閥、学閥の三無しの秋田県のイチゴ畑から集団就職で上京した
   という昔話を持つ苦労人を総理大臣に仕立て上げるほどのものである。これをキング・メーカーと呼ぶそうだ。
   それである週刊誌は新内閣について「カラーがないのはカン内閣の特色」と評している。どこまでも軽く、無色透明である。
    しかし、この政権は安倍路線を継承すると言っているのだから、「負の遺産」についてはどうするのだろうか。
   発足後はご祝儀相場とやらで高い支持率を出しているようだが、思いもよらぬことに、あるいは想定内だったのかも知れ
   ないが、マルチ商法の草分けであるジャパンライフ元会長の山口隆祥(78歳)は詐欺罪で逮捕された。
    この事件については今月の18日のNHKが次のように報じている。

    「ジャパンライフ」は1975年に設立された健康器具販売会社で、高い配当金をうたって多額の資金を集めるいわゆる「オ
   ーナー商法」を行い、経営破綻する直前には全国に80の店舗を展開していました。
   具体的には、ベストやネックレスに磁石を埋め込んだものを「磁気治療器」と名付け、そのオーナーになれば元本が保証さ
   れる上、レンタル収入によって年に6%の配当金を得られるとして、高齢者を中心に全国から出資を募っていました。
    その後、違法な訪問販売や多額の負債があることを隠して顧客と契約を結んでいたことなどが次々と明らかになり、消費
   者庁が4回にわたって業務の一部停止命令を出しましたが、そのたびに契約の名目を変えて規制をすり抜け、営業を続け
   てきました。しかし、3年前の2017年12月、資金繰りに行き詰まって銀行取引が停止。
   東京地方裁判所はおととし、ジャパンライフの破産手続きを開始する決定を行い、現在、破産管財人の弁護士が会社の資
   産の調査などを進めています。
        被害額 1人あたりの平均で2800万円
    被害者側の弁護団などによりますと、ジャパンライフによる「オーナー商法」の被害総額は全国で合わせておよそ2000億円
   に上り、オーナー商法の被害額としては2011年に経営破綻した「安愚楽牧場」のおよそ4200億円に次いで過去2番目の規模
   とみられるということです。また、被害者は高齢者を中心に全国でおよそ7000人に上り、1人あたりの被害額は平均で2800万
   円となっています。弁護団は被害の救済に取り組んでいて、ジャパンライフ側が不動産の売却などを進めていますが、今のと
   ころ税金の未納分などにも及ばず、集めた資金の大半は回収できる見通しが立っていないということです。
   ジャパンライフをはじめとする「オーナー商法」の被害が相次いでいることを受けて、消費者庁の検討委員会は先月、オーナー
   商法を預託法で原則禁止にしたうえで、違反した事業者には罰則を設けるなど抜本的な見直しが必要だとする報告書をまとめ
   ています。

     そして今日の赤旗だ。記事は第一面のトップ。

         「桜」招待状 信じたのに
                ジャパンライフ被害者 悲痛な声
                              それでも幕引きか

        老後の備えが ■ 自殺考える日々 ■ 笑顔返して

      税金を使った公的行事「桜を見る会」の招待状を自らの悪徳商法に徹底的に利用したジャパンライフ元会長・山口隆祥氏
     の逮捕をうけ、「桜を見る会」疑惑が改めて焦点になっています。菅義偉首相は事実上、再調査を拒否していますが、野党の
     「総理主催『桜を見る会』追及本部」に手紙や手記の形で数多く寄せられたのは、被害者の悲痛な声でした。官房長官(当時)
     として招待者名簿のとりまとめにあたった菅氏には、真相を明らかにする責任があります。
     12日の「総理主催『桜を見る会』追及本部」ヒアリングでした。その内容を振り返ってみます。
      「桜を見る会の招待状を信用し、ジャパンライフに財産を預けました」(87歳)「『桜を見る会』『政治家』との食事会の映像や
     話を聞いて信用し財産をあずけました」(山形県・77歳)「『桜を見る会』の招待状の映像がでました。すごい会社だと思いまし
     た。総理からの招待状が届くなんてびっくりしました」(42歳)。手記がそろって物語るのは、「招待状」の効果の大きさでした。
      被害者の中には、老後の備えをとためたなけなしの財産を失った人も。
     「桜を見る会の大きな写真を見てすごい会社だと安心信用し老後のお金を全部あずけてしまいました。たすけて下さい」(87歳)
     「私の家族・親戚がジャパンライフの被害にあいました。老後のために汗水たらしてコツコツためてきた老後の資金をあの招待
     状1枚のために全部失いました。爺ちゃん、婆ちゃんの笑顔を返してください」(手記、山形・40代女性)「年金が国民年金なので、
     少しでも多く年金を増やし、老後に備えるつもりでした。家族にも内緒でしたがばれてしまい、自殺を考える日々です」(手記)
      菅首相は16日の就任会見で「桜を見る会」について「来年以降、今後は中止したい」と表明しました。しかし、求められている
     のは、疑惑の真相解明です。なぜこうした招待状の利用の仕方を許したのか、なぜ、悪徳商法を行う人物に招待状が送られた
     のか―。「今後は中止」で済む問題ではありません。

      こうした状況下にも拘わらず高い支持率が出るというのだから何とも理解しがたい国民性だね。
     熱しやすくて冷めやすい、本当にこれでいいのか。これではまるで詐欺師の楽園ではないか。
     時々、私は日本人であることがたまらなく恥ずかしくなる。
      私の好きな車はフランスの黄色いプジョーだ。乗ったことはないけれども、この車に似合う男に成りたいと思う。もう遅いか。
     私は中華料理が大好きである。目出度い日に呑みたいのはスコットランドのオールド・パーだ。万年筆はドイツのモンブラン
     がいい。衣服は基本的にブリテッシュ・トラデショナルだ。良いものを長く着るという考え方だ。以上のことは個人的な好みに
     ついての話であって、ただそれだけのことだ。だからと言って、別にフランス人に成りたいとも中国人に成りたいとも思わない
     けれども、でも、でも、・・・だ、日本人であることがたまらなく恥ずかしくなることが、たまらなく嫌になることがある。
     誤解しないでもらいたいのは、私は右派の人が云うような非国民ではない。そうではなくて、何処の国であれ、一国の国民と
     なることが嫌なのだ。だから、モンテーニュを必要とするのだ。

      私はあらゆる人々を私の同胞だと思っている。そしてポーランド人をもフランス人と同じように抱擁し、国民としての結
     びつきを、人間としての普遍的な共通の結びつきよりも下位に置く。





       「教育と洗脳の違い」

           2020・9・23(水) 

     今日の言葉。

            わたしは何を知っているだろうか?

            What do I know?

            (Que sais-je? クセジュ)           ミシェル・ド・モンテーニュ

      昨夜は、忘れることが出来る能力と思い出す能力の違いについて少々思うことを述べたが、今日は
     その続きのようなものをこれまた少々書いてみる。昨夜のものはたかだか70年の人生が持つ私的な
     記憶についてであったが、今夜は歴史に向き合う態度という観点から私見を書き留めようと思う。
      しかし、最初に断っておかなければならないのは、こうした問題は私の手には余るもので、思うことを
     上手く表現できる自信はまったくない。ただ、論理の導くところに赴くだけである。
      昨夜、私は「忘れることが出来る能力というのは、一面において倫理上の無責任ということにも繋がり
     かねない。特に、歴史に対する態度を問う場合は、こうした健忘症は確信的な悪意を含むことを否定す
     ることは出来ない」と書いた。
      今夜はここから始めよう。
     第6代ドイツ連邦大統領リヒャルト・カール・フライヘァ・フォン・ヴァイツゼッカーは、ドイツ敗戦後40年に
     あたる1985年5月8日に行われた連邦議会で「荒れ野の40年」と題する記念演説をした。
     書籍は岩波ブックレット、永井清彦訳・解説、2009年刊行、定価520円+税。
      ヴァイツゼッカーはこう語った。歴史について、ドイツについて、日本について。

      「問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を
     変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現
     在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」

      「しかしながら、死、追放そして不幸の原因は戦争の終結にあるのではなく、戦争へと通じていった、あの
     暴力支配の開始にあったのだという事実を無視してはなりません。戦いの終局はドイツの悪の一章の誤っ
     た道の終末でした。この終末の中にはよりよい未来の浄福への希望の芽が秘められており、だからこそ解
     放だったのです」


      「わたしには日本の歴史の動向を解釈する資格は有りませんが、外国から観察する者の目にはいくつか
     の歴史的連関が印象的であります。アジア太平洋地域で日本は、西側の影響を受けながらもそれに従属
     することのなかったアジア太平洋地域の唯一の国になりました。こうした方向に歩むことによって日本は、格
     別強力となり、つねに国民としての自らのアイデンティティを保持し、強化する術を心得て、19世紀末以来は
     精神的な意味でアジアの隣人たちにある程度背を向け、同時にこの地域で軍事的・政治的な権力を拡大し
     たのでした。こうしてさまざまな種類の重大な軍事的紛争が起こり、日本ではその解釈をめぐって論争が行
     われております。ただ日本軍が進出したアジアのすべての国の民衆が、戦争と占領の時代の日本の役割に
     ついてかなりの程度まで一致した見方をしていることは疑いありません。これは過去の意味ではなく、きわめ
     て今日的な意味をもつ事実なのです」。
      「12年にわたるナチズムの支配はドイツの歴史における異常な一時期であり、断絶であったのに、日本の場
     合はむしろある程度の歴史的な連続性を確認することができます。たしかに日本は戦後、軍事行動に完全に
     背を向け、市場経済と民主主義を基盤とする活動で、歴史に新しい時代を開きました。しかし、宗教的な基盤、
     天皇制、そして国家体制は大幅に維持されてきたのでした。」


      敗戦後40年にしてドイツはこういう位置に立った。これは政治に求められるのは高い倫理性だという宣言で
     あり、追求されるべきは普遍的な価値であるということだ。では戦後75年経った今、日本はどういう位置にい
     るのか、解釈や評価は人それぞれだとしても、戦後75年、日本には一人のヴァイツゼッカーも出現することは
     なかった。これが事実である。
      ところで話は変わるが、私は今、「教育」と「洗脳」の違いについて考えている。
     「教育」とは何か、家庭であれ学校であれ社会であれ教育の様式と制度は多種多様であるが、その場所が何
     であれ「教育」とは自らの頭で考えることを教えることである。すなわち判断力の養成である、と私は思う。
      これに対して「洗脳」とは、特定の人間や集団にとって、望ましいと思われる価値観や考え方を植え付けるこ
     とであって、自分で考える力を奪うことによって奴隷化することである。先のものは「自由」であり、後のものは
     「強制」である。しかし、たびたび「洗脳」は「教育」の名によってなされる。しかも国家的に。
      話が難しくなってきそうだから、この辺で止めよう。
     昨日の新聞に中学校の教科書採択に関する記事が載っていた。それを全文転写する。
     では、お読み下さい。時間のある方も、無い方も。

         中学教科書採択 育鵬社激減  2020・9・22   しんぶん・赤旗
                侵略美化 歴史 6分の1      改憲誘導 公民 12分の1

    7~8月に各地で行われた中学校教科書の採択の結果、侵略戦争を正当化する育鵬社の歴史教科書が、
   来年度は現在使われている冊数の6分の1に激減することが21日までに明らかになりました。歴史をゆが
   める教科書を子どもたちに手渡すなという運動の成果です。子どもを改憲に誘導する同社の公民教科書は
   現行の12分の1の冊数になる見通しです。
    今年度まで育鵬社教科書を使用してきた地区のうち横浜市や大阪市、松山市など多くの地区が、今回は不
   採択にしました。同教科書を採択した地区数は歴史が21から6に、公民は19から4に大きく減少しました。
    全国の採択結果に基づく「子どもと教科書全国ネット21」の推計(17日)によると、来年度から公立学校で
   使用される育鵬社の教科書は歴史が約1万200冊、公民が約3400冊です。
    私立学校でそれぞれ千数百冊使用される可能性がありますが、それを含めても歴史が1万2000冊程度、
   公民が5000冊程度です。育鵬社版が占める割合は歴史教科書で約1%、公民教科書では0・5%以下にと
   どまる見通しです。
    文部科学省によると、今年度使われている同社の教科書は歴史が約7万2500冊(占有率6・4%)、公民
   が約6万1200冊(同5・8%)で、来年度はいずれも大幅に減ることになります。
       政治介入、押し返した
    侵略戦争美化、改憲誘導の育鵬社教科書が激減したのは、各地で教職員、保護者、住民らが粘り強く運動
   を続けてきたからです。
    現在、育鵬社の教科書を使用しているのは歴史で21地区、公民で19地区ですが、このうち来年度以降も同
   社を採択したのは歴史で5地区、公民で4地区にすぎません。歴史は安倍晋三前首相の地元である山口県下
   関市が新たに採択しました。
    中高一貫校など都道府県立学校で育鵬社を使用しているのは歴史で8都県、公民で7都県ですが、引き続き
   採択したのはいずれも4県となり、ほぼ半減しました。東京都と愛媛県は、2001年に育鵬社版の前身にあた
   る扶桑社版教科書を全国の公立学校で初めて採択して以来、19年ぶりに侵略美化の教科書の使用をやめま
   した。
    育鵬社教科書については、自民党が地方議員に指示して同教科書の採択に有利になるような質問をさせる
   など、露骨な政治介入を行ってきました。これに対して「戦争する国」づくりのための教育を狙うものだと批判が
   高まり、育鵬社教科書の問題点を知らせ、現場の教員の意見を尊重して公正な採択を行うことを求める運動が
   各地で続けられました。自民党などの政治的介入で使われてきた教科書を市民の力で不採択にしたのです。
    教科書採択 次年度から学校で使う教科書を決めることを採択と呼んでいます。小中学校の場合、ほぼ4年
   に1度おこなわれ、区市町村立学校は全国581の採択地区ごと、都道府県立学校は各教育委員会で決定しま
   す。今年は来年度から中学校で使う教科書が決められました。




        「思い出す能力」

          2020・9・22(火) 

     午前3時30分、いつものように目覚める。窓の外はまだ暗い。夜明けまでには後2時間ほど待たね
    ばならないだろう。明かりもなく、音もなく、まだ世界は眠っているのか、静かな時刻だ。
     物語性はなかったけれども結構楽しい夢を見たので、暫くのあいだ、その断片的な夢について色々と
    思い起こし、また考える。夢の中に出て来た男や女とはもう何十年も会ってはいないし、その居場所も分
    からず連絡の仕様もない。今ではほとんど別世界の人間だ。もしも彼や彼女たちと再会することができた
    としても、おそらく互いに相手を認知することは出来ないだろう。あるいは私のことなど彼や彼女たちの記
    憶の片隅にも残っていないかもしれない。
     ある人が云うには、忘れることが出来る能力というのは素晴らしいもので、この能力の高い人は健康で、
    長生きが出来るそうだ。この説に、別に科学的な根拠があるわけではないけれども、何となく尤もらしく聞
    こえる。過去に拘らないというか、小さなことにクヨクヨしないという意味でだが。
     しかし、忘れることが出来る能力というのは、一面において倫理上の無責任ということにも繋がりかね
    ない。特に、歴史に対する態度を問う場合は、こうした健忘症は確信的な悪意を含むことを否定するこ
    とは出来ない。
     まあ、それはともかくとして、話を私一個人の初秋の朝方の夢に限定して、この先を続けるならば、
    古い友人や昔の恋人の夢を見るというのは、忘れる能力ではなく、思い出す能力について何事かを証明
    するものなのだろう。
     思い出す能力となれば、やはりプルーストの「無意識的記憶」または「間歇的記憶」と言うことになるが、
    プチット・マドレーヌやその他の何かを契機として、突然思い出される過去のある季節の全体像、これを
    郷愁(ノスタルジア)という言葉で片付けるのは簡単であるが、しかし、人間という存在はそれほど単純な
    ものではない。第一、人生は、人がそうと思い込むほどには直線的な時間の流れではない。
     時間は至る所で切断され、見失われ、こうして結び目を失ったバラバラの時間は、漂流し、回帰し、沈潜
    し、また浮上し、思わぬ処で新たな結び目を作り、螺旋を描いて一つの未完成として上昇していく、あるい
    は下降していく。そうであれば、「失われた時」というのは、遠い過去にあるものではなく、今を生きている一
    人の人間にとっては「今日の現実」である。追憶とはそういうことである。ここには郷愁の感傷主義(センチ
    メンタリズム)はない。在るのは、すべてを取り戻そうとする生への欲望だ。もちろん、そんなことは不可能事
    であるが、しかし、生きるとは、こういうことだ。
     夜が明けて午前7時、規則正しい生活を開始する。
    書き溜めた一週間分の「ハックフィン」を三部作ってA4の大型封筒に入れる。
    そう言えば、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』という映画があった。怪優ジャック・ニコルソン主演の性愛暴力
    映画だった。原作はジェームス・M。ケインの小説である。この作品は何度か映画化されており、1942年に
    はあのルキノ・ヴィスコンティも手掛けており、これはヴィスコンティの始めての監督作品だったそうだ。
     私の郵便配達はベルを鳴らすような無粋なことはしない。そっと郵便受けに入れるだけである。愛車フィット
    が駆け抜けるコースは短く、1条7丁目の塩谷さん宅、国道に出て稲穂の金田さんのマンション、また星置に
    戻って小坂さん宅、所要時間は15分。朝の散歩のようなものだ。これが済むと、何故か気分爽快、何だか
    大きな仕事を成し遂げたような気がしてくる。相変わらず単純にして無邪気である。
    でも、でも・・・・・だ、この3人が読み続けてくれるということは、この3人の優れた読者がいる限り私は老衰に
    よる醜態を晒すことはないだろう。年長者の友情に感謝。
     午前10時、規則正しい生活はまだまだ続く。
    これまたいつものように福盛田家での「お茶会」に出かける。出席者の近況報告はこの頃になると流石に菜園
    の作業についての話は少なくなる。ではどういう話題になるのかと言うと、それぞれの健康維持の方法や体調
    の状態についての話が多い。お茶会の参加メンバーの平均年齢は当たり前のことだが年々高くなっている。
     私がこのお茶会に参加したのは10年程前のことで、当時は私は59歳だった。その頃の常連の中で今では
    彼岸の人となったのは指折り数えて片手一本では収まらない。
     思い出すに、それは導師、長老、重鎮とかいった存在が星置の市民運動の精神的な在り方を牽引していた
    古き良き時代だった。
     彼らは共通する体験を持っていた。それは少年期に敗戦を迎えたということだ。そして、この体験がその後の
    人生に決定的な影響を及ぼし、不屈の人格を形成していった。もちろん、体験そのものが人格を創るというよう
    なことはない、大事なことは、その体験から何を学ぶか、何を自己の物とするかということである。
    彼らは、常にその原体験を思い起こし、それと向き合い、それに対する答えを出す作業を通じて自己を形成し
    ていったのであろう。それは忘れることが出来る能力とは正反対の思想である。取りあえずは、「誠実」という
    言葉を使おうか。
     塩谷さん、伊藤さん、戸佐さん、曽川さん、五十嵐さん、小坂さん、尾張さん、この人たちの生前の表情を思い
    出すと、その短かった交際が私にとって学びの季節であったことが改めて確認される。もし、この人たちと出会
    わなかったならば、私は最悪の風狂無頼で終わることになっていただろう。
     この人たちは共通してみな寡黙の人であった。それが世代的特徴なのか、それとも体験の共通性から来るも
    のなのか何とも言えないが、何事について語るにしても言葉を選び、言葉を惜しみ、言葉を信じた。
    だから、その発言は聞く者の精神に響いた。たとえその発言に反撥を覚えることがあったとしても、彼らの発言
    は聞くに値するものであったし、時間が経てばいつの間にか反撥は消えて、私は彼らの意見を自分の物として
    いった。私と彼らの間にあったのは経験の差である。年齢が違うのだからこれは当然のことではあるが、しかし、
    それは量の問題ではなく、質のことである。もし私が敗戦の朝を体験することが出来たとしても、私に彼らのよう
    な自己形成が出来たであろうか。大いに疑問である。
     言葉を選び、言葉を惜しみ、言葉を信じる、私もそうありたいものだ。
    近頃は池上彰や田崎史郎などという出たがり屋の広報係が世間を騒がせているが、人は余りにも余計なことを
    話し過ぎる。意味もないことを得意げに長々とベラベラと喋り続ける。それで当人の孤独が解消されるとしても、
    また自己顕示に浸ることが出来たとしても、蛇足・余談・漫談の継ぎ接ぎ話術は単なる饒舌でしかなく、その言葉
    が聞き手の精神に届くことはない。
     林達夫に教えられたことだが、ミケランジェロは「語るなら、声低く語れ」と言ったそうだ。
    意味は、真実は小さな、低い声で語られるということだ。俗に言うではないか、空き樽は音が高い、と。
    東洋では老子がこう言っていた。「知るものは言わず、言う者は知らず」と。
     午後3時、枯葉のデートは今週も中止。いつものように家庭の事情だ。
    妻殿は、類稀な才能に恵まれた? 末娘・胡桃を「第二の大坂なおみ」に育てるのだとステージ・ママ活動でジイ
    サンの相手などしている暇はないということだ。まあ、無理もないか。甲斐性(かいしょう)無しのオイボレの面倒
    をみるより、金の卵の成長に全精力を注ぎ込む方が賢い判断というものである。コートには大金が埋まっている
    という御伽噺だが、人は夢がなくては生きられないからね。母と娘の二人三脚で栄光への道を駆け抜ける、何だ
    か少女漫画の世界だね。
     午後4時。
    そんな訳で、一人取り残されたジイサンは洋酒の空瓶に差し込んだ薄を見ながら田舎正宗を呑む。
    女たちが優しかった時代、恋の浮島か。何処かにそんな時代もあったような気がする。
     『お米と小春』を書いたポルトガル人ヴェンセスラウ・デ・モラエス(1854年~1929年)は長い航海の涯、極東
    の島国の徳島市で孤独の内に没した。
     死因は、過度の飲酒により土間に転落して打ち所が悪く、憐れにも無様に昇天した。享年は75歳。
    でも、でも・・・・だ、私はこんな美しい男を見たことが無い。
    この漂泊の人生は、人間とは何かということを訓える。



 
        「危険!毒イチゴ」

          2020・9.21(月)

    今日から読書は、『ミシェル 城館の人』第二部「自然 理性 運命」に入る。
   その第一章の書き出しはこうだ。

    ミシェルは1570年の7月に、それめで13年間つとめた、ボルドオ高等法院審議官の職を友人に譲り、
   70年の暮れ頃か71年のはじめに、亡父から相続した領地の、モンターニュ、すなわちモンテーニュの
   城館に帰った。

    この全三巻、年内に読み終えれるだろうか。雪の降る夜もまだ掴まっていたりして、そうなると最初に立
   てた読書計画「シェイクスピアを訪ねて」の後編はどうなるのか、まあ、いいか。今の愉しみの後に、まだ
   もう一つ愉しみが残っていると考えれば、これほど幸せなことはない。後は酒を切らさぬことだ。
   何も急ぐことはない。今を楽しめ。
    ところで下界の動きはどうなっているのか。塔の上から見渡してみるか。どうやら気分はすっかりミシェル
   その人である。生活必需品である「赤旗」を開く。

     19日・土曜日
         ジャパンライフ元会長ら逮捕
                「桜」招待状を宣伝利用
                    詐欺容疑などで14人 被害2100億円か

     磁気治療器などの預託商法を展開し、破産した「ジャパンライフ」(東京)が債務超過を隠して顧客と契約
    した事件で、配当の見込みがないのに勧誘し契約金をだまし取ったとして、警視庁など6都県警の合同捜
    査本部は18日、詐欺容疑で、元同社会長の山口隆祥(たかよし)容疑者(78)=東京都文京区=ら14人
    を逮捕しました。

         きょう 戦争法強行成立5年
                   安倍政治最大の「負の遺産」

     きょう9月19日で安保法制=戦争法が強行成立させられてから5年。同時に、日本共産党が国民連合政
    府構想を提案してから5年です。
     戦争法は、日本が攻撃されていないのに、他国への武力攻撃を武力で排除する集団的自衛権の行使を容
    認し、無制限の海外での武力行使に道をひらくものです。「集団的自衛権の行使は許されない」という長年の
    政府解釈をも百八十度覆し、憲法9条を正面から破壊するものでした。
     違憲の戦争法の強行は、国会の多数でも憲法に反することはできないという立憲主義の原理を根本から踏
    みにじるクーデターであり、安倍政治の最大の「負の遺産」です。

    20日・日曜日
        男女格差是正の好機に
                初の同一賃金国際デー 国連総長訴え

     国連総会が制定した初の「同一賃金国際デー」となった18日、国連のグテレス事務総長は、男女の賃金格
    差の是正にむけ各国にさらなる取り組みを求めました。新型コロナウイルスの世界的な流行で、女性が多く働
    く業界が大きな影響を受け、男女賃金格差は「いっそう拡大している」と指摘。コロナ禍からの回復を「女性へ
    の賃金差別を是正する好機に」と訴えました。
     同国際デーは、19年の国連総会の決議で、2020年以降、毎年とり行うことを確認。差別解消を求めるこれ
    までの取り組みをたたえると同時に、同一労働同一賃金の実現に向け、さらなる取り組みを各国政府、国際機
    関、市民社会および民間企業に促す日と位置づけられました。
     グテレス事務総長は同日、声明で「数十年にわたる運動、多くの法律整備にもかかわらず、女性の稼ぎは依
    然として男性の8割以下だ」と述べ、子育て中、非白人、難民や移民、障害を持つ場合、女性は、さらに低い賃
    金となっている現状を指摘。格差解消のペースが現状のままでは、賃金が男女平等になるのに「257年が必要
    だ」とし、取り組みの加速化を求めました。賃金格差の是正は、「女性のためだけではなく、すべての人にとって
    尊厳ある公正な社会をつくるために必要不可欠だ」と強調しました。

     21日・月曜日
         菅内閣 「靖国」派ズラリ
              改憲・右翼政治も“継承”
                           議連に18人

     16日発足の菅義偉内閣のうち、菅首相ら自民党籍の閣僚計20人中18人が「靖国」派改憲・右翼団体と一体
    の議員連盟に加盟していることが、本紙の調査で明らかになりました。また、いずれの議連にも未加盟の小泉進
    次郎環境相も、2009年の衆院議員当選後、毎年の終戦記念日(8月15日)に靖国神社(東京・九段北)を参拝
    しており、19人が事実上の「靖国」派閣僚です。
     問題の「日本会議国会議員懇談会」と「神道政治連盟(神政連)国会議員懇談会」は、改憲右翼団体の「日本会
    議」、「神道政治連盟」とそれぞれ一心同体の議連です。両団体とも、日本の過去の侵略戦争を「自存自衛」「アジ
    ア解放」の“正義の戦争”として肯定・美化してきた靖国神社と同じ立場から、「憲法改正」、天皇や首相の同神社
    公式参拝、「愛国心教育」強化を主張するなど、戦前の日本への回帰を志向。一方で、ジェンダー平等や夫婦別
    姓には反対の立場です。両団体は、自らの政策に基づく「推薦基準」に応じて政治家を国政選挙で推薦し、当選
    後は議連の会員として迎え、行動をともにしてきました。
     菅首相自身、日本会議系議連の副会長を務めているほか、同議連特別顧問の麻生太郎副総理兼財務相、政
    審副会長の萩生田光一文部科学相ら安倍政権の「靖国」派閣僚の多くをそのまま引き継いだのに加え、同議連
    副幹事長2氏を主要閣僚(加藤勝信官房長官と岸信夫防衛相)に起用しました。初入閣、再入閣の閣僚も軒並み
    「靖国」派です。
     就任直後の記者会見(16日)で菅首相は、「安倍政権が進めてきた取り組みをしっかり継承し、前に進めていく」
    ことが「使命だ」と語りました。閣僚の顔ぶれからも、安倍政権の歴史修正主義にもとづく改憲・右翼政治を“継承”
    する姿勢は明らかです。

     こうした中、安倍晋三前首相は19日、東京九段北の靖国神社を参拝した。在任中は海外からの批判を恐れて
    自粛していたが、首相の座を降りると晴れて参拝か。どこまでも姑息な男だ。
     ジャパンライフ元会長の山口隆祥(78歳)が逮捕されたということだが、安倍の辞職の本当の理由はこれではな
    いのか。
     次は菅内閣が発足した翌17日の東京新聞だ。全文転写する。

           「菅内閣が始動 国民全体の奉仕者たれ 」

    菅義偉内閣が発足した。継承、前進させるとした安倍晋三前内閣では、官邸主導の政権運営で官僚の忖度(そん
   たく)が横行し、政権中枢に尽くす構図も生まれた。新政権では、一部の者でなく、国民全体に奉仕する政治に転換
   すべきだ。
    ◇    ◇
    まず、菅内閣の顔触れを見てみる。閣僚二十人のうち、初入閣は五人にとどまり、直前の安倍前内閣からの再任
   が八人、閣内でポストが代わる横滑りが三人、以前の安倍内閣での閣僚経験者が四人。麻生太郎副総理兼財務相
   ら内閣の骨格は維持され、政権継承、経験重視の色濃い布陣である。
          ◆女性閣僚起用、前進なく
    焦点だった官房長官には、加藤勝信前厚生労働相を起用した。
   七年八カ月にわたり官房長官として安倍前首相を支えた菅氏にとって最大の弱点は後任官房長官の適任者不在と
   指摘されていた。加藤氏は官房副長官として菅氏とともに政権を支えたこともあり、菅氏が起用条件とした「首相との
   組み合わせ」を重視したのだろう。
    河野太郎前防衛相は、行政改革・規制改革担当相に横滑りした。菅氏は「既得権益、前例主義を打倒して規制改
   革をしっかり進めたい」としており、かつて行革担当相を経験し、発信力もある河野氏に政権の目玉政策を託した形だ。
    菅氏の弱点とも指摘された外交では、茂木敏充外相を続投させ、「戦後日本外交の総決算」を掲げた安倍外交の
   継続を図った。ただ、女性起用は二人にとどまった。前内閣が掲げた女性の活躍推進は、より前進させてもよかった
   のではないか。 菅氏は組閣に当たり「国民のために働く内閣をつくりたい」と述べている。強い発信力で政権のアピー
   ルに努めるよりも、地道に政策を実現し、国民の理解を得たいということなのだろう。
          ◆忖度がはびこる可能性
    ただ、私たち国民にとって内閣が国民のために働くのは当たり前であり、胸には響いてこない。
   むしろ私たちは、首相や閣僚、官僚ら政治に携わるすべての人に向けて「国民全体の奉仕者たれ」と訴えたい。
   憲法一五条は「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」と定める。
    新政権発足時に「国民全体の奉仕者たれ」と、至極当然のことを言うのは気が重いが、そう「言わねばならない」切迫
   した状況であると伝えることは、私たち新聞の「義務の履行」にほかならない。
   菅氏が継承、前進させるという「安倍政治」への賛否は、立場によって異なるのだろう。
    しかし、私たちが指摘せざるを得ないのは、公平・公正であるべき行政が、政権中枢と関係の近い人を優遇したり、
   その事実を隠蔽(いんぺい)したりする「統治機構の根腐れ」ともいえる姿が、眼前に広がっている事実だ。
   こんなことが起きたのは、安倍前政権が、政権にとっての敵と味方に二分し、味方には便宜を図る一方で、敵は徹底的
   に攻撃する政治手法によって政権を維持してきたからにほかならない。
   政策の立案や実務を担う中央省庁の官僚とて、無関係ではいられなかった。
   「官邸主導」を掲げる安倍前政権は、内閣人事局によって高級官僚の人事を掌握し、政権中枢の意向に沿う者だけが
   登用され、異を唱える者は退けられてきた。
   そこには、大臣や議員、公務員は国民全体の奉仕者であるという視点が欠落している。
   そうした政治のありようは社会を分断し、互いがののしり合う殺伐とした世相をつくり出した。政治指導者の責任は重い。
   こうした政治風景は、新政権で変わるのだろうか。現時点では望み薄である。
   菅氏は「私どもは選挙で選ばれているから、何をやるという方向を決定したのに、反対するなら異動してもらう」と述べた。
   官僚に対して人事権をちらつかせ、政権中枢の意向に従うよう強要するなら、安倍前政権の「負の遺産」とされる忖度が、
   官僚の世界にまん延するだけではないか。
           ◆分断の政治に終止符を
    分断をあおる政治に終止符を打ち、立場の違う人をも包み込み、意見の異なる人には最後まで説明を尽くす。そんな
   「包摂と説得」の政治の実現には、政治に携わる一人一人が、国民の一部でなく、全体の奉仕者であることを、再認識す
   る必要がある。 新型コロナウイルスの感染収束が、菅内閣の最優先課題だとしても、安倍前政権の八年近くで大きく損
   なわれた政治のあるべき姿を議論することも同様に重要だ。
   国会はあすいったん閉じるが、菅氏は早急に臨時国会を再び開いて、所信表明演説と代表質問に応じるべきだ。論戦か
   ら逃げることは許されない。

    「(官僚が)反対するなら異動してもらう」、何とも恐ろしいことを言うものだね。
   でもこのスカスカ坊主は面白いことを言っているよ。「国民のために働く内閣をつくりたい」だとさ、と言うことは前内閣は
   国民のためには働かない内閣だったということか。意外に正直な男なのかもしれない、と言うより、やっぱりただのお馬鹿
   か。思わず漏らした本音、麻生太郎のような暴言・失言ではないからさほど問題とはされないのかもしれないけれども、こ
   の成り上がり者の強権体質はどこか異常である。
   秋田のイチゴ畑からでもヒトラーは生まれるものなのか。そこにあるのは都と公家階級に対する劣等感だけではないのか。
   とするならば、これは「危険!毒イチゴ」というやつか。間違っても食べてはいけないよ。



 
      「奸佞とは」

         2020・9・20(日)

    ようやく『ミシェル 城館の人』を読み終えた。
   頁を開いたのは9月1日のことであったから一冊の本にしては長い時間だった。これは私の読書の形と
   しては異例のことだ。しかし、この間緊張の糸は切れることはなかった。それどころか読み進むうちに16
   世紀のヨーロッパという泥沼というか暗黒というか、その未知の世界にぐいぐいとひき引きずりこまれて
   いく感覚が肌で感じられ、脳を刺激し、痙攣(けいれん)を起こす度に私が今までに知ることの出来なかっ
   たミシェルという人間の本当の姿が少しずつ見えてくる、奇妙な読書だとも思うが、この本を手放すことは
   出来ない。本を読んでいる間は、私は16世紀のフランスの都市や田園をミシェルに従って彷徨っているの
   であるから、この時間の中には2020年の諸状況は入って来ない。しかし、それは読書が楽しいから現実
   の世界を忘れるというようなことではない。そうではなくて、この21世紀という時代を正確に判断するために
   後にルネッサンスと呼ばれることになる16世紀の世界に深く身を沈めるということである、私にとって堀田
   善衛さんを読むとは、そういうことである。時代も国も違うが『方丈記私記』の時もそうであった。
    巻末の解説は菅野昭正さんが書いている。その一部を転写する。

    それにしても、乱世を生き、乱世のなかで感じ考えた思索の人の小説をなぜ書こうとするのか。そんな
   疑問がもし提出されたとしても、答えはもうはっきりしている。それは堀田善衛が乱世の小説家だからで
   ある。第二次世界大戦を最悪の頂点として、争乱に次ぐ争乱の20世紀という時代を生きさせられたとい
   う思いに、「胸中の深間」を動かされつづけてきた小説家の前には、乱世は人間をどんなふうに歪めどん
   なふうに狂わせるか、乱世を人間らしく生きぬくにはどのような叡智と勇気が求められるのかという手ごわ
   い問題が、いつも差しだされていた。堀田善衛は最初の出発のときから、そこに小説家としての領分を選
   びとっていた。考えてみれば、そのときからすでに、16世紀フランスの乱世の思想家にやがて出会う筋道
   は予定されていたようなものかもしれない。

    菅野さんによれば本作は「伝記小説」と呼ぶものだそうだ。まあ、形式のことはともかくとして、重要なこと
   は、構想力と破格の文体である。文は人なりと言うけれども、日本語を使ってこういう文章を書くことができ
   るのか、70歳の男が体験するこの新鮮な驚きはやはり幸運というものだろう。
    さて、ここから21世紀に戻る。
   私は、政治のことは「しんぶん・赤旗」、政局のことは「日刊ゲンダイ」、この2紙があれば足りると何度か書
   いた。生活必需品であるとも書いた。なくてはならぬものという意味だ。
    今日の日刊ゲンダイに浜矩子さんが登場している。それを転写しておくのでお読みください。


       マキャベリ好みの「奸佞首相」の下心を見極めねばならない
                 浜矩子同志社大学教授   1952年、東京生まれ。一橋大経済学部卒業後
                               

     菅新政権が発足しました。「アホノミクス」から「スカノミクス」への継承ですので、まともな経済政策から
    ますます遠ざかっていくことになりそうです。これまで同様、“下心政治”の手段として経済運営が利用さ
    れるのでしょう。スカノミクスの背後でどんな下心がうごめくことになるのか。それを見極めていかなけれ
    ばなりません。
     でも「スカ」は「アホ」よりシタタカそう。彼には「奸佞」という言葉が最もふさわしい。奸佞首相は僕ちゃん
    首相より手ごわいかもしれません。アホノミクス、キラキラネーム付きの施策を派手派手しく乱発すること
    で得点を稼ごうとしましたが、秋田の農家出身を売りにする「奸佞首相」のスカノミクスは、パフォーマンス
    型ではなく、地道さを強調するトーンでいくことになりそうです。国民にそう簡単には下心を探りださせない
    よう、権謀術数とさまざまな計略を繰り出してきそうです。
     野望がどの辺にあるのか。菅氏の危うさと不気味さは、さしあたりまだそこがよく見えないことです。安倍
    氏は「戦後レジームからの脱却」を前面に打ち出していた。すなわち、21世紀版の「大日本帝国」づくりを
    目指していることが目に見えていた。そこには、狂信的なイメージがあった。それだけ分かりやすかったわ
    けです。
          ■奸佞首相の目的意識がどこにあるか
     一方、菅氏はマキャベリ(中世イタリアの政治思想家)が好きだという。マキャベリズムといえば、権謀術
    数の代名詞のイメージ。マキャベリアンといえば、策略家の定冠詞のようになっています。「目的のためなら
    手段を選ばない」という考え方の生みの親だと目されている。これは必ずしも正確ではないようですし、彼が
    全面的な悪の権化だったわけではないようですが、それにしても、奸佞首相がマキャベリ大好き男だという
    のはイメージピッタリ過ぎですね。問題は、奸佞首相の目的意識がどこにあるかです。それをこれから探り
    出さなければいけません。
     その点では「継承」とはいえ、肌合いは違ってくる。悪しき理念がありすぎるのも恐ろしいけれど、理念なく
    権力掌握に走るのも、その危険度合いは勝るとも劣らずです。
     気になるのは、秋田出身だから「地方や地域のことが分かっている」というスタンスを押し出していることで
    す。「地方創生」の色合いをどう変えていくのか。安倍氏はどうしてもお坊ちゃんイメージや上から目線の雰囲
    気が出ていましたが、菅氏は「地域おじさん」みたいな感じで、安倍氏には出せなかった庶民派カラーを出し
    てくるんじゃないか。アホノミクスを継承しながらも、ローカルで地道な雰囲気を醸し出し、国民受けを狙ってい
    くのではないか。そこが気になります。
     スカノミクスには冷酷なものも伴いそうです。菅政権の下では「ゾンビ企業」の淘汰が進められそうです。
    会社も労働者も「ゾンビ」のレッテルが貼られないように戦々恐々としなければならない。
     とにかく、嫌われることを恐れないのがマキャベリズムです。チームアホノミクスの大将は結構弱虫でしたが、
    スカノミクス親父はマキャベリ仕込み。私も攻撃の的を失った「アホロス」に陥っている場合じゃありません。
    アホでもスカでもないまっとうな経済運営が到来する日まで、一段とギアを上げて奮闘していく。その決意を新
    たにした次第です。

     ※ 奸佞(かんねい)とは、心が曲がっていて悪賢く、人にこびへつらうこと。また、そのさま。「―邪知」
       意義素=行動や振る舞いなどのたちが悪いこと。
       類語=悪質、下劣、悪辣、性悪、陰険、卑劣、邪悪、腹黒、醜悪、奸邪。下種、低劣、下衆、奸悪。

     ※ 奸佞邪智(かんねいじゃち)とは、心がひねくれて、ずるがしこく立ち回ること。またその人。▽「奸佞」は心
       がねじけてへつらうこと。「奸」は心がねじけて正しくない意。「佞」はおもねる。また、口先や態度は巧みだ
       が心はねじけている意。「邪智」は悪知恵。「奸」は「姦」、「智」は「知」とも書く。「邪智奸佞じゃちかんねい」と
       もいう。    三省堂 新明解四字熟語辞典。
      



      「それが人間と何の関係があるのか」

             2020・9・19(土)

    堀田善衛さんの『ミシェル 城館の人』第一部争乱の時代はようやく第22章(358頁)まで辿り着いた。
   この辺りになると盟友であったラ・ボエシーのことが出てくる。『自発的隷従論』のエティエンヌ・ド・ラ・ボエシーだ。
   堀田さんの読んだものは荒木昭太郎の訳によるもので題名は『自発的隷従を排す』となっている。
    荒木さんは1930年生まれで、渡辺一夫の門下生。フランス文学者、東京大学名誉教授。モンテーニュ研究の
   第一人者だそうだ。
    私の持っている『自発的隷従論』は西谷修監修・山上浩嗣訳による筑摩文庫本で2013年に出版されたものだ
   が、これ以前には関根秀雄さんの『奴隷根性について』(白水社、1983年)と荒木昭太郎さんの『自発的隷従を排
   す』(世界文學体系第74巻、筑摩書房、1964年)があるということだ。
    荒木さんの仕事の中にマイケル・A・スクリーチの『モンテーニュとメランコリー』の翻訳があることを知った。
   その本の解説を荒木さんはこう書いている。

    モンテーニュといえば、沈着冷静な哲学の権化として思われがちだが、事実はそうでない。彼が精神の平衡を
   なしとげ、それによってユマニスムの思想家の中で完璧な模範となっているとしても、もともと彼の気質は当時で
   言うところの多血質で憂うつ質だった。ということは、『エセー』の成熟もまた、憂うつ気質の攻撃にたいする闘争
   の成果だったのだ。本書は、『エセー』の範囲と目的を再吟味して、モンテーニュが自らの憂うつ気質の舵をいか
   に取って、適切な心理的水路にみちびき、肉体と精神のバランスをもとめつづけ、詩人タッソのような天才にも影
   響をおよぼした狂気を回避しようとしたか、それを説得的に示してくれる。
   「『エセー』評価に新鮮な一ページを開くものだ。熱気にみちた簡明なことば遣いで、若い人びとに語りかける熟年
   のもの言いで、ひとりの友人が他の友人にひとりの共通の親友のすがたを浮かびあがらせる調子で、書かれてい
   る」(マルク・フュマロリ)。「メランコリアという観念が古代からもっている両義性を、モンテーニュがいかにして自力
   で解明したか、高感度の探査をおこなっている」(ロイ・ポーター)。

    70年も生きて来たのだからそれなりに必要な本は読んでいる、と数時間前までは思っていたのだけれども、だ
   が事実はそうではない。私の読書遍歴はその量も読解力も余りにも貧しすぎる。恥ずかしいことだけれども、この
   事実を堀田さんに嫌と云うほど叩き込まれた。私は余りにも無知である。
   『ミシェル 城館の人』を読み進みながら、この事を薄々感じていた。私は45年もの間、いったいモンテーニュの何
   を読んでいたのか、その理解は余りに浅はかに過ぎる。私は余りにも無学である。
    私は何を知っているのか?
    そういう自分を認めることは決して楽しいことではないけれども、まあ、愚か者の人生だ、このあたりで納得する
   しかあるまい。それに無知・無学は恥じることでもない、単なる特性だ。モンテーニュはこう言っている。

     我々は他人の知識によって物知りにはなれるが、賢くなるには、我々自身の知恵によるしかない。

    『定家明月記私抄』の時はまだ余裕があった。『方丈記私記』で少しぐらついた。『橋上幻像』を再読した頃から
   何となく不安になった。そして今『ミシェル 城館の人』の第一巻を読み終えようとするところだが、自信は決定的に
   砕けた。しかし、不思議なことに自己嫌悪も自己否定も生じてはこない、むしろ、その逆である。本を読むというこ
   とがこんなにも楽しいものであるのかと、歓びを持って驚いている。
    堀田善衛は日本文学ではない。これは世界文学というものだ。この人は一国の伝統や美学に拘わらない、物事
   を判断する時に、先ず最初に、それが人間と何の関係があるのかと問う。
    ここで言う人間とは、国民や民族や人種の事ではない。歴史の中で生きている有名無名を問わずの一人ひとり
   の人間のことだ。モンテーニュは、またこうも言っている。

    私はあらゆる人々を私の同胞だと思っている。そしてポーランド人をもフランス人と同じように抱擁し、国
   民としての結びつきを、人間としての普遍的な共通の結びつきよりも下位に置く。



          


 
        「引き継がれる負の遺産」

         2020・9・18(金)

     昨日の「ハックフィン」は安倍政権の負の遺産の一つである原発輸出の破綻についてのところで終わったが、
    今日の新聞の「主張(他紙でいうところの社説)」は「破綻した推進路線と決別せよ」と題して、この問題を時系
    列を追って検証している。先ず、その全文を転写する。

          「主張」  日立の英原発撤退
                    破綻した推進路線と決別せよ

     日立製作所が英国の原発建設計画からの撤退を正式に決めました。同社の中西宏明会長は経団連会長です。
    安倍晋三前政権が推進してきた原発輸出戦略による海外の建設事業はこれで全て頓挫しました。原発が危険性
    からも採算の上でも成り立たないことは明白です。菅義偉政権は行き詰まった推進路線を転換し、原発輸出も国
    内での再稼働も断念すべきです。
           危険で採算の見通しなし
     日立が2012年に英国の原発事業会社を買収し、ウェールズ地方のアングルシー島で2基の原発を建設する
    計画でした。地元では住民が環境破壊だとして立ち上がり、粘り強い反対運動が続いていました。
     事業推進の上では費用が想定の1・5倍となる3兆円に膨らみ、採算の見通しが立たなくなりました。英国政府か
    ら融資を受ける枠組みをつくろうとしましたが、それも実現せず、日立は19年1月に「経済合理性の観点」を理由に
    計画の凍結に追い込まれ、ついに撤退に至りました。
     安倍政権は原発輸出を成長戦略の目玉事業に位置づけ、「トップセールス」と称して首相自ら各国に売り込みまし
    た。しかし東京電力の福島第1原発事故の後、原発建設は各国で反対に直面しました。リトアニアでは国民投票で
    計画が否決され、同国での日立の原発建設は16年に凍結されました。
     ベトナムでは安全への懸念と財政難から反対の声が高まり、政府が計画を撤回しました。その後も東芝の米原発
    子会社が破綻し、三菱重工がトルコでの原発建設を断念―とことごとく失敗しました。
     英国への輸出にも官民一体で力を入れましたが、「安全対策」の経費を増やさざるをえなくなり、事業費が想定を
    はるかに超える結果になりました。再生可能エネルギーの普及が進み、発電コストが下落する一方、原発のコストは
    年々上昇しています。原発が経済的にも無謀な事業であることははっきりしていました。
     国際エネルギー企業のBPによると、世界の再生可能エネルギーによる発電量と発電量シェアは近年増え続け、19
    年に原子力発電量を上回りました。原発輸出を日本の経済成長の柱に据えたこと自体、世界の流れに逆行しています。
     にもかかわらず安倍政権は原発輸出に固執してきました。政府の経済協力インフラ戦略会議は20年度の「インフラ
    システム輸出戦略」でも原発を含めた「インフラの海外展開」を掲げました。国内の原発については、18年に決定した
    「エネルギー基本計画」で「重要なベースロード」と明記し、再稼働を進めると宣言しました。原発推進路線の破綻に目を
    つぶった無責任な姿勢です。
              再稼働反対の声を聞け
      世論調査では再稼働反対、原発ノーが多数派です。「読売」(1~2月実施)では再稼働反対が56%でした。日本世
     論調査会(2~3月実施)の結果も「今すぐ」あるいは「段階的」に「原発をゼロにすべきだ」が合わせて70%に上りまし
     た。菅政権はこの声を真剣に受け止めなければなりません。
      再稼働中止は当然です。新増設など論外です。野党4党は、原発ゼロ、再エネへの抜本的転換をめざす「原発ゼロ
     基本法案」を国会に共同提出しています。直ちに審議し実現を急ぐべきです。

      今あらためて思うのだが、安倍政権の7年8カ月は本当に長かった。その外交を見るに、トランプばかりにではなく
     プーチンに対しても習近平に対しても、何処でも何時でも誰に対しても極東産の愛玩犬ポチであった。本人は「地球儀
     俯瞰外交」などと航空会社の宣伝マンのようなことを得意げに喋っている時期もあったが、終わってみれば、拉致問題
     も北方領土も中東平和斡旋も何一つ解決することなく、時計の針は錆びついて止まったままだ。
      原発輸出というのも「成長戦略の目玉」とぶち上げたものだが、自国の経済優先のこの思考では世界の潮流を読み
     取ることは不可能であり、最初から時代錯誤の妄想であった。
      環境破壊による温暖化とパンデミックに世界が一つになって取り組まなければならないという時に、原発の「アンダー・
     コントロール」などという虚言を用いて商品説明をするのは悪徳商法の手口に他ならず、この時点で既に犯罪である。
     そして内政だが、国会軽視、民意無視、被災者置去りの独裁暴走、つまりは政治の私物化である。この間、閣僚はスキ
     ャンダルまみれ、お友だちのある者は金権選挙に走り、ある者は強姦罪から逃れ、ある者は賄賂で懐を膨らまし、ある
     者は学校設立で商売繁盛の高笑い、そして奥様は芸能人引き連れてのご乱行の中で神の声を聞くと宣う。
      しかし、この程度の超二流の人物が7年8カ月もの長いあいだ首相として在り続けれた理由は何だ、それが分らない。
     国民がこれほどの悪政を許したというか、甘んじたというか、その理由が分からない。
      そして今、この超二流の安倍晋三なる人物の後を継いだのが国家像も世界観も歴史観も持たない超三流の「上野は
     おいらの心の駅」だというのだから開いた口が塞がらない。
      では「アベなきアベ内閣」とか「居抜き乗っ取り内閣」とか呼ばれている新内閣を海外のメディアはどう見ているのか。
     これも今日の新聞から確認する。
 
      フランスの有力紙ルモンド15日付けは、「安倍の影、菅が継承」と題する東京特派員2人の連名記事を掲載しました。
     記事では、菅氏は、外交政策も通貨政策も環境への「無関心」も安倍前首相と同様で、「安倍の影」と評しています。
      菅氏は政府報道官として、「辛辣(しんらつ)なジャーナリストを邪険に扱い、日々の記者会見を無味乾燥にした」とし、
     メディアへの圧力は、「とりわけ報道の自由に対する陰険な圧力となった」と批判しています。

      東亜日報15日付の社説は、「隣国を感情的に無視して歴史を否定する関係は、両国にとって『戦略的に』役立たない」
     と指摘し、「安倍政権の影から脱して新しい地平を開くことを期待する」と日本側の変化を要求。

      ワシントン・ポスト紙は、「いつもと同じ男性ばかりで、女性は2人しかいない」と始まる文章で皮肉って、麻生太郎氏の
     入閣について「長年にわたる男女差別主義で国粋主義、いつもの無神経な発言のもかかわらず、副首相と財務相の職
     を維持した」と切り捨てている。

      ニューヨーク・タイムズ紙も、リッチ東京支局長が、「新首相の選んだチームは、顔なじみの男たちと、より少ない女」と
     題し、「ほとんど果たされなかった誓いだったが、(安倍首相が掲げた)女性活躍には扉を閉ざしたようだ」と指摘。

      以上のことを確認して、結論を引き出せば、海外メディアの菅新内閣の評価は総じて「引き継がれる負の遺産」という
     ものだ。何も期待するものはない。これ以上悪くなることはあっても、良くなることは一つもないということだ。




        「負の遺産」

            2020・9・17(木) 

    キャンドル革命もなし、黄色いベスト抗議もなし、香港デモもなし、それでも支持率の急落で逃げ道を
   塞いだ。追いつめられた安倍晋三は打つ手なしで万策尽きての白昼の夜逃げ、これが上記三国であ
   ればここからが本当の勝負と攻城戦に突入するのだろうけれども、この国では何故か「お疲れ様でした」
   「ご苦労様でした」と様相ががらりと変わり、無罪放免の送別会が開かれる、それどころか一夜明けて官
   邸の主が変わると、今度は「上野はおいらの心の駅だ」の大合唱で祝賀パーティーとくる。何がめでたい
   のかさっぱり分からないけれども、実にもって忘れっぽい国民性である。熱しやすくて冷めやすいというの
   は集団的健忘症のことである。
    何度も痛めつけられ、辱められ、馬鹿にされても目が覚めない。どうも過去を水に流すというのを大人の
   取るべき態度だと思い込んでいるようだが、中にはそれが日本人の美風だと民族性云々を展開する御仁
   もいるが、果たしてそうか、忘れっぽいのは単に落ち着きがないからである、落ち着いて物事を考える、あ
   るいは見ることが出来ないからに過ぎない、何も自慢するようなことではない。
   そして、何故そういうことになるのかと言えば、理由は一つしかない。それはボエシの言う「自発的隷従」で
   ある。言い替えれば、臣民の卑屈、すなわち奴隷根性である。
    ここで今日の「コラム」と「主張」を読む。

         「きょうの潮流 」 しんぶん・赤旗

    内閣の広報官が最も大きな仕事。かつて細川首相のもとで官房長官を務めた武村正義さんが、その役割
   を語ったことがありました。記者の質問妨害が安倍政権下で横行していたころです▼「(会見では)森羅万象
   について自分の方から制限せず、あらゆる質問を受けるのが役割だと思っていた」。さらに「(私は)あるもの
   を隠す発想はとらなかった」と、疑惑解明の盾に徹する菅官房長官の姿勢を批判しました▼まったく問題ない、
   そのような指摘は当たらない、怪文書ではないか―。モリカケ「桜」と政治の私物化にまみれた首相、戦争法
   の強行をはじめ平和や民主主義を壊していった政権。その要となってきた人物が安倍政治を引き継ぎました
   ▼まっ先に継承をうちだし、布陣も同じ顔ぶればかり。改造内閣と変わりはなく、居抜きや焼き直しといわれる
   ゆえんです。与党内からも「カラーがないのが菅カラーだ」と▼苦労人、たたき上げといわれながら、相手と向
   きあわず、話し合いもできない。その姿は辺野古の基地建設をめぐっても。いくら沖縄の民意をぶつけても唯
   一の解決策、しゅくしゅくと進める、と背を向け続ける冷たさです▼人類を覆うウイルス、地球環境の激変、貧困
   と格差の拡大。変化が切に求められる時代にあって、なにひとつ先を見通す政治を示せない。こんなかび臭い
   ありさまから早く抜け出さないと、この国は沈没してしまう。すべてに色あせ、共存をはばむ風景を一変させたと
   きこそ、新しい政治がはじまります。

        「主張」 菅自公政権の発足   布陣も「安倍政治」そのものだ

    菅義偉自民党総裁が国会で首相に指名され、菅政権が発足しました。自民党役員人事では二階俊博幹事長
   らが続投し、組閣人事では麻生太郎副総理・財務相ら11人が閣内に残り、安倍晋三政権の骨格は、ほとんど
   維持されました。内政でも外交でも破たんした安倍政治を人事の面でも継承し、いっそうの推進を狙います。
   【中略】見過ごせないのは、総務会長に佐藤勉・衆院憲法審査会長、政調会長に下村博文・前自民党改憲推進
   本部長が就任したことです。“改憲シフト”と言える布陣です。菅政権発足にあたって自民・公明の両党が確認し
   た政権合意(15日)では、改憲の「審議を促進する」ことが盛り込まれました。菅政権の改憲策動の危険は軽視
   できません。
   【中略】だいたい、「森友」疑惑で問題を続発させた財務省の責任者である麻生氏の続投は、疑惑への居直りで
   す。「加計」疑惑でも関与が指摘されてきた萩生田光一文部科学相を留任させたのも重大です。安倍政権下で
   相次いだ「森友」「加計」「桜を見る会」などの疑惑を追及するたたかいは、新政権でも続きます。
   【中略】官邸官僚」と呼ばれる首相官邸の事務方も、杉田和博官房副長官や和泉洋人首相補佐官、北村滋国家
   安全保障局長らが留任します。国民の「官邸支配」への批判を無視したものです。
    国会での代表質問や衆参予算委員会での論戦で、菅政権の政治姿勢と政策をただすことが急務です。徹底追
   及し、市民と野党の共闘を進め、政治の未来を切り開こうではありませんか。

    新聞によると、新閣僚20人のうち改憲右翼団体「日本会議国会議員懇談会」や「神道政治連盟国会議員懇談
   会」に所属するのは17人。20人の内訳は、再任8人、横滑り3人、再入閣4人、初入閣は5人。民間人の起用は
   ゼロ。女性閣僚は再任の橋本聖子五輪担当相と再入閣の上川陽子法相の2人。これで女性が活躍できるのかね。
    派閥別では、細田派が5人、麻生派が3人、竹下、岸田、二階の3派が各2人。石破、石原両派が各1人ですべ
   ての派閥から起用されている。無派閥は3人、下駄の雪である公明党は1人。平均年齢は60・4歳。
    要するに安倍内閣と何も変わらないのである。明らかに派閥均衡の無性格内閣である。
    組閣にあたってスカスカ坊主は、「改革意欲がある人」「仕事ができる人」などと人事の構想を語っていたが、そん
    な事は始めから無理な話であった。田舎出の雇われマダムの後ろにはオーナーや雇い主や後見人がゴロゴロ
    いるのである。一つでも逆らえば即日解雇閉店の浮き草稼業に何が出来る。契約期間は1年とされているが、そ
    れだって何の保証もないのである。就任3日にして既に次期首相の名前が取り沙汰されている始末である。
     自民党村の祝賀パーティーの実況中継は読売新聞に任せて、世界の動きを見よう。
    暫くの間、日本の政局は世界の政治や動向とは関係することはないであろうから、国内のことは大相撲中継の後
    の5分間ニュースで足りる。安倍政権7年8カ月の「負の遺産」はここにもあった。

         「日立、英原発から撤退 再エネ台頭で採算難しく
                  日本経済新聞    2020・9・16

     日立製作所は16日、英国で原子力発電所の建設から運営までを担う一貫プロジェクトから撤退すると発表した。
    2019年に計画凍結を発表したが、総事業費が膨張し採算のメドが立たなかった。再生可能エネルギーが台頭する
    なか、原発の競争力は低下している。政府の原発輸出戦略は行き詰まっている。
    同日の発表文で、日立は新型コロナウイルス感染拡大の影響などで厳しさを増す投資環境を撤退理由にあげた。
    今後、英国政府などと建設予定地の扱いや協力体制を話し合うという。既に19年3月期に約3000億円の損失を計上
    しているため、今回の撤退による業績への影響は軽微だ。
     日立は12年に買収した英ホライズン・ニュークリア・パワーを通じて英中部アングルシー島に原発2基を新設する計
    画だった。だが約3兆円に膨らんだ総事業費を巡る英国政府との交渉や、運営を託すはずだった国内電力大手との
    出資交渉が難航。19年1月に計画凍結に追い込まれていた。
    その後も欧州連合(EU)からの離脱を巡る混乱のなかでジョンソン英政権との新たな資金支援交渉も進まず、状況の
    打開が見込めないとして計画から手を引く。
     11年の東京電力福島第1原発事故を機に世界的に原発需要が低迷している。安全強化で建設費用が高騰した。
    原発プロジェクトは軒並み採算確保が難しくなっている。老朽化した原発の廃炉が米国などで増えている。

     原発について、「世界最高の安全基準」と言っていたのは誰だ。
    ジャーナリストの鈴木真奈美さんは2019年7月10日に次のような発言をしている。

           「日本の原発輸出政策はなぜ失敗したのか
                        それでも海外進出にこだわる安倍政権



         「安倍居抜き内閣」

           2020・9・16(水) 

      一葉落ちて天下の秋を知る(いちようおちててんかのあきをしる )、意味は、わずかな前兆を見て、
     後に起きることを予知することのたとえ。 注釈は、落葉の早い青桐の葉が一枚落ちるのを見て秋の
     訪れを察するように、わずかな前兆を見て、その後に起こるであろう大事をいち早く察知することをい
     う。また、わずかな前兆から衰亡を予知するたとえとしても使う。「天下の秋」とも。
     西欧には、これに対応する「一本の麦わらを見れば風向きがわかる」という言葉もある。
       出典は『淮南子(えなんじ)』という中国の古典だ。『淮南子』は、中国古代の様々な思想家の思想を
     まとめた百科全書風の書物で、前漢の淮南(わいなん)の王であった劉安によって書き著され、紀元前
     139年に成立したとされている。
      有名な「人間万時塞翁が馬」(じんかんばんじさいおうがうま)」もこの書の中の言葉だ。言葉の由来
     の話を要約すると。

      大切な村の馬が逃げ出してしまった、それを見た老人が「これが不幸とは限らない」と言いました、
     その通り逃げた馬が多数の馬を連れて戻って来ました。それを見た老人は「これが幸福とは限らない」
     と言いました、その通り馬に乗った老人の息子が落馬して大怪我を負いました。それを見た老人は「こ
     れが不幸とは限らない」と言いました、その後、隣国との紛争が起り多くの若者が戦死する中、老人の
     息子は怪我のため戦争に加わらず無事でした。

      また「陰徳あれば必ず陽報あり」というのもこの書の訓えだ。その意味は字のまま、陰(かげ)で徳を積
     めば良い報(しら)せが必ずありますよということで、人知れず良いことをすれば、必ず自分にも良い事が
     返ってきますよということだそうだ。

      古典のつまみ食いはこれぐらいにして、この国の昨日・今日の出来事に帰る。
     はらりと落ちたのが桐一葉であったか、ドブンと水に落ちた犬であったかはよく分からないが、なんにせよ
     先月の28日に一つの時代は終わった。当人は不治の病とやらを大袈裟に吹聴して同情を誘って花道を
     飾るに必死だが、見るも無惨とはこのことで、病葉は踏みつけられ、水に落ちた犬は叩かれる、いや、徹
     底的に叩かねばならない。
      茶番の選挙の後、茶坊主筆頭が取りあえずの新総裁となったが、これは縁日の余興というもので、一夜
     明ければ跡形もなく消えているだろう。今やらなければならないことは、アベドルフ・シンゾウの7年8カ月の
     独裁政治を総括し、これを糾弾することだ。まだ何も解明されてはいないし、何一つとして解決されてはい
     ない。
      新聞・テレビは「菅新内閣」と持て囃すが、事実として、「菅新内閣」なるものはない。あるのは「安倍亜流
     内閣」である。従って、問題は依然として「アベ的なるもの」である。
      俳人・金子兜太が揮毫した「アベ政治を許さない」は単に安倍晋三個人を批判したものではない。そうで
     はなくて、戦争体験者の金子さんが批判したのは、この国に根深く蠢く付和雷同の翼賛体質(ファシズム)
     の復活を許さないと言ったのだ。
      その「安倍亜流内閣」誕生に各界・各国から寄せられた祝辞を一部紹介する。

         菅新総裁 この疑惑どうする    多くの国民は納得していない    しんぶん・赤旗     
     「結果はでている」「法令にのっとってオープンなプロセスで検討をすすめられた」。自民党の菅義偉新総裁
    は日本記者クラブ主催の総裁選の討論会で安倍政権のもとでの国政私物化問題を指摘され、こう述べました。
     しかし、多くの国民は、政権の説明に納得をしていません。菅氏は総裁選中の記者会見で、安倍晋三首相
    の関与が疑われている森友・加計、「桜を見る会」疑惑などについて「調査は終わっている」などとするのみ。
    河井克行前法相と妻・案里参院議員の大規模買収事件についても「党のルールに基づいて行っている」と開
    き直りました。

        <社説>菅政権誕生へ 分断策の強化を懸念する   琉球新報

     次の政権も沖縄の民意を無視する体制となるのだろうか。それどころか、「アメとムチ」の政策が一層多用さ
    れる懸念すらある。 自民党総裁選で菅義偉官房長官が総裁に選ばれた。これより菅氏は与党多数の国会で、
    安倍晋三首相に代わって首相に指名される運びとなった。菅新政権が発足する。
     菅氏は安倍政権の「沖縄政策責任者」として名護市辺野古の新基地建設問題だけでなく、沖縄振興策なども
    長年統括してきた。新基地建設を推し進める一方、県政の容認・反対の態度いかんで沖縄関係予算を増減さ
    せる手法などを用いて「オール沖縄」勢力の切り崩しを図ってきた。今後さらに沖縄への分断策が強化される恐
    れがある。菅氏は、軟弱地盤が見つかり、予算の肥大化と工事の長期化が確実でも新基地建設を強行する意
    思を表している。県民投票などで示された新基地建設反対の民意を無視する構えだ。
    これに対し県民は、一刻も早い米軍普天間飛行場の閉鎖・返還を求め、新基地建設は許さない意思は揺るが
    ないことを一層明確に示すべきだ。
        菅内閣発足へ 沖縄振興と基地問題の対応は前政権を踏襲か   沖縄タイムス
      自民党の菅総裁が第99代の内閣総理大臣に選出され菅内閣が発足する。
    菅総理は安倍内閣の継承を掲げていて沖縄振興策や基地問題の対応については前の政権を踏襲すると見ら
    れる。組閣人事では官房長官に加藤勝信氏が就任し、沖縄基地負担軽減担当大臣も兼務する。普天間基地の
    移設計画をはじめとする基地問題に大きく関わる防衛大臣には岸信夫氏が就任した。このほか、沖縄振興に関
    わる沖縄担当大臣は河野太郎・行政改革担当大臣が兼務する。
     菅総理は官房長官時代に基地問題と沖縄振興はリンクしていると明言したほか、安倍内閣の継承を掲げてい
    ることから、普天間基地の移設問題で対立する県との向き合い方が大きく変わる事は見通せない情勢。

        「長官の時は乱暴でした」 質問に向き合わぬ「菅話法」、首相になったら通用しない   東京新聞
      16日午後に開かれた衆参両院本会議の首相指名選挙で第99代首相に選出された自民党の菅義偉総裁(71)。
     官房長官時代は記者会見でのやりとりが注目を集めた。安倍政権の数々の疑惑に「全く問題ない」「そのような指
     摘は当たらない」と、まともに答えない局面も目立ち、「菅話法」「鉄壁」とも呼ばれた。政権のスポークスマンだった
     官房長官からトップの首相に立場が変わり、国民にどう語りかけるのか-。
        新味なし目玉なし 暗愚の首相と黒幕居残り政権の今後     日刊ゲンダイ
    論功行賞だとは、つゆほども思っていない。偏見だ」――15日午後、自民党新4役の共同会見で、不機嫌
   そうにこう言い放ったのは二階幹事長だ。これほど国民の意識とかけ離れた発言も珍しい。

 
      加藤官房長官と岸防衛相…安倍ファミリー枠で“情実人事”   日刊ゲンダイ
     16日発足する菅義偉新政権は、やっぱり再任閣僚だらけの「安倍居抜き内閣」だった。最も注目された
    官房長官は、加藤勝信厚労相(64)の横滑りとなったが、この人事にも安倍前首相の影が見える。それも
    「安倍ファミリー」の意向に応えた“特別枠”のようなものだというからア然だ。

       
        永田町に飛び交う12.6総選挙 地味な菅内閣で野党騙し討ち   日刊ゲンダイ
     「これで早期の解散・総選挙はなくなった」――。菅新政権の顔ぶれを見て、政界では「年内選挙はない」の
    見方が一気に強まっている。なにしろ、主要閣僚は軒並み再任のうえ、目玉なし、サプライズなし、派閥順送り、
    というヒドイ組閣人事である。これでは、選挙を戦えそうにないからだ。

       小沢一郎氏、菅新首相をいきなり批判「憲法を知らないからこそ平気で権力を私物化する」
                         スポ-ツ報知
      立憲民主党小沢一郎衆院議員(78)が16日、自身のツイッターを更新。この日の臨時国会で第99代首
     相に指名されたばかりの菅義偉氏(71)を厳しく批判した。  「『政府として憲法改正に挑戦する』と発言した新
     総理。公務員の憲法尊重擁護義務を知らない」と書き始めると、「また『自衛隊の立ち位置が憲法の中で否定
     されている』とも述べ、戦後の政府見解を全否定。憲法の基本を理解していない点では安倍総理と同じ」と続け
     た。最後には「憲法を知らないからこそ平気で権力を私物化する。もう十分である」と突き放していた。

      
       「オヤジ臭い内閣」か「ガースーひとり勝ち内閣」か、それとも「菅官房長官がいない内閣」か
                     FNN プライムオンライン
      党役員人事を見てびっくりした。おじいさんばかりだ。二階幹事長81歳、下村政調会長66歳、佐藤総務会長68歳、
     山口選対委員長71歳、森山選対委員長75歳、これに菅総裁71歳が加わると、6人中4人が70オーバーなのだ。彼ら
     を補佐する野田聖子幹事長代行が還暦なのに「小娘」に見えてしまう。 内閣を見ても79歳の麻生財務相、75歳の平
     沢復興相らオヤジ感満載で、女性は再任の橋本五輪相と2度目の上川法相だけ。菅首相は「国民のために働く内閣」
     と言っているのでこの顔ぶれはやむを得ないのだろうが若者や女性はもう少し頑張ってほしい。
        「菅内閣」のフタを開けてみると…安倍氏の弟・側近・同僚   中央日報
     「菅内閣」の発足を控えて閣僚人事が固まっている中、新防衛大臣に安倍晋三首相の実弟である岸信夫
    外務副大臣を起用する方針を固めたことが15日、分かった。 日本のメディアは16日、首相に就任する菅義偉
    自民党総裁が河野太郎防衛相の後任に岸氏を起用する方針を固めたと伝えた。 岸氏は安倍首相の実弟で、
    幼いごろ母の実家・岸家に養子に出されて名字を変えた。
           菅氏が首相就任 英や仏メディアの反応は?   日本テレビ
      首相に就任した菅義偉氏について、イギリスやフランスのメディアもその人柄に触れるなど詳しく伝えています。
     イギリスBBCは菅新首相について、官房長官を長く務めた実績を引き合いに「粘り強さと規律正しさ、そして複雑
     な官僚制度への理解の深さに定評がある」と評価しています。 また、「朝5時に起床し、腹筋を100回してからす
     べての新聞に目を通す」などと、菅首相の普段の暮らしについても紹介しています。一方で「あまり雄弁ではない」
     としたうえで、「今後、選挙を通じて首相に値する人物かどうかを、自民党と国民に証明しなければならない」として
     います。 また、フランスのAFP通信は、「農村の出身で世襲議員が大部分を占める自民党では異色の存在」「強
     力な官僚を従えて、安倍前政権の敏腕な参謀という評価を得てきた」などと紹介。 フランスの主要紙・ルモンドは、
     「官僚の仕組みを熟知しているが、安倍前首相のような国際経験が豊富な人物ではない」などと伝えています。

              菅首相誕生、海外メディアも相次ぎ速報   TBS
      菅総理誕生について、海外メディアも相次いで速報を伝えています。  アメリカのウォール・ストリート・ジャーナ
     ルは、「外交経験のほとんどない新総理は、トランプ大統領との個人的な関係の構築に取り組むと述べた」「熱心
     なゴルファーだとは知られていない」と、ユーモアを交えて報じています。  韓国メディアも速報で報道。安倍内閣か
     ら主要閣僚が留任し、大きな変化は期待できないとの論調も目立ち、聯合ニュースが「安倍内閣の亜流との指摘
     を受けるとみられる」と分析したほか、保守系の「東亜日報」は「事実上の安倍内閣シーズン2になるだろう」と報じ
     ています。
           我が宿の 淋しさおもへ 桐一葉
                              松尾芭蕉

      流石に俳聖である。言葉に余計な脂肪分がない。清潔にして静寂。世の中がどれほど騒がしくとも、賑やかだろ
     うとも、行く人もないこの道を歩く単独者にとって桐一葉とは「天下の秋」ではなく、漂泊の道標(みちしるべ)、能動
     的孤絶の象徴である、私にはそう思える。




       「ひょっとこ仮面」

           2020・9・15(火) 
   
    またしても火曜日だ、初夏からのこの数か月、一週間はあっというまに過ぎて行く、私の生活に何か変化が
   起きたのだろうかとも考えてみるが、特に変わったことはない。しかし、時間に対する意識は夏の前と夏に入
   ってからは別人のもののようだ。さらに、秋に入ってからはよりスピードが増している。
    時間の経緯が短く感じられるというのは、一般的には生活が充実しているからだとの解釈を良く耳にするが、
   私に限って言えば、そういうこともない。毎日が凡愚凡日であり、時にはビートルズの『アンド・アイ・ラブ・ハー』
   を聴いて昔を懐かしんだり、時には知識も経験も技術もないのに農園の作業に汗を流して林達夫の『作庭記』
   の真似事をして労働の歓びを味わったり、時にはスーパーへ出かけて酒の肴となる食材を見て回って美味礼
   賛を気取る。こうした生活風景は昨今に始まったことではなく、もう10年近くも続けてきた風狂無頼の流儀であ
   るから生活習慣上に変化を見出すことは出来ない。しかし、何かが変わったことは事実であるようだ。
    今のところその何かについては手がかりも掴めないのだが、この変化が起きる前の星置での20年に及ぶ生
   活で一週間が短いと感じるようなことはなかった。長いとも思わなかったけれども。
    それにしても、今の生活は本当に充実しているのだろうか、時間の経緯が早く感じられる理由は、もしかした
   ら充実の正反対のものなのかもしれない。私は、この「ハック・フィン」には私生活上のことは書かないことを原
   則としているから、仮に時間に対する意識の変化の原因が私生活上にあるのだとしたら、この問題の解明は他
   の場所に譲らなければならない。そうすると家庭内事情小説というところに行き着くのだろうが、これは私が最も
   嫌うもの、こんなところで時間を潰している暇はない。蛇足・余談・漫談は一人前の男のする仕事ではない。
    よって先を続ける。
   昨日は、「午後3時にいらして下さい」という天使の囁きに誘われて町内の「わたなべ歯科医院」を訪ねた。以前
   ここに通ったのは2018年の春のことだから、2年ぶりの再訪ということになる。渡辺先生は「ずいぶん歯茎が痩
   せましたね」と言った。本人には自覚することが出来ないことだけれども、2年という年月は歯ばかりでなく、身体
   の全てにおいて衰えを進めたようだ。視力、聴力、その他色々とあるが、これも自覚出来ないことだけれども、お
   そらく最も衰えたのは判断力だろうと思う。昨年、自動車の免許更新を受けた時、「一番衰えるのは瞬間的な判
   断力ですよ」と言われた。「夕暮れ時、朝方は気をつけるのですぞ」とも言われた。
    歯の話に戻る。下の歯は総入れ歯にすることになった。上の歯はまだ何とか使えるということだ。取りあえず、
   これで後10年はサーロイン・ステーキを食べ続けることが出来る。目出度し、メデタシ、新たな船出に乾杯!
    さて、今日の政局報道だ。何の新味もない退屈極まりない話だが、昨日、茶坊主・菅義偉が予定通り新総裁に
   選出された。任期は、安倍首相の残りの任期を引継ぎ、来年の9月末までということだ、
    就任の挨拶で茶坊主は「安倍総理が進めてきた取り組みを継承し進めていかなければならない。私にはその
   使命がある」と何だか妙に昂ぶって宗教改革者気取りである。まあ、狂信の徒であることは間違いないけれども。
   しかし、この数日の一連の発言の中には、世界観も、歴史観も、国家像も、具体的なコロナ対策もない。無いない
   尽くしである。目指す社会像については臆面もなく「自助・共助・公助」と言い放つ弱者切り捨て宣言である。
    そしてこの数日、茶坊主についての虚実織り交ぜの美談が撒き散らかされる。
   「雪深い秋田の農家の長男」「高卒後、就職のため東京に出て、町工場で働いた」「集団就職」「夜間学生」「タタキ
   上げ」「苦労人」「庶民派」等々。中には「冷徹非情の鉄仮面」というのもあった。これらの存在証明は、事実に基づ
   いた虚像である。つまりは写真の世界でいうところの修整、文章の世界では粉飾というものである。
    この退屈な数日、何か時計が逆回りしたような感覚に襲われる。
   その昔、井沢八郎(1937年~2007年)という青森県弘前市出身の演歌歌手がいた。本名は工藤金一。
   女優の工藤夕貴、元俳優の工藤正貴の父親だ。井沢の代表作は『あゝ上野駅』。この歌についてはウイキペディ
   ア(フリー百科辞典の解説を引く。

    東北地方からの集団就職者の愛唱歌としても知られるこの「あゝ上野駅」は1964年にリリースされ、爆発的なヒッ
   ト
となった。戦後日本の歴史に残る名曲として位置付けられており、2003年には上野駅の駅前に「あゝ上野駅」の
   碑
が完成した。また2013年7月28日には、上野駅の開業130周年を記念して、13番ホームの発車ベルに採用された
   が、2016年11月1日からは16・17番線の発車メロディーに使用されている。
    集団就職経験者を始め、昭和30年代から昭和40年代にかけての高度経済成長時代を生きた、多くの団塊世代
   呼ばれる人々の想いと共に、永くこの歌が刻まれることになった。 2007年の「第39回思い出のメロディー」(NHK)では、
   演歌歌手・氷川きよしが井沢の追悼として歌唱した。また、井沢の死後の記者会見では、愛娘・工藤夕貴が「『あゝ上
   野駅』は、パパの残してくれた大事な宝物。私がきっと、歌い継いでみせます」と涙ながらに語っていた。

    ということだそうだ。懐かしいね。もっとも私は演歌が大嫌いだから、井沢のこともこれ以上は知らない。
   だから茶坊主が上野駅についてどういう思い出をもっているのかも知らない。また興味もない。
   「鉄仮面」ねえ、私には、あの遠い昔、町や村の秋祭りの夜店で売っていたセルロイド製の「ひょっとこ仮面」にしか
   見えないのだが。後は、柳田民俗学の世界か。
    いずれにしても縁日の余興であれば、一夜あければ祭りの後の虚しさか。
   ならば別れの挨拶を先に言っておこう。
   さようなら、秋田の苦労人さん、さっさと店仕舞いをして故郷へ帰りやがれ。それが世の為、人の為、君の為だ。
     合掌。


        「静かなることを学べ」

           2020・9・14(月)

      一雨降った後、気が付けば季節は秋の中、幻影を追って薄の路を歩く。
     もう70歳なのかと溜息をつく、その同じ人間がまだ70歳なのかとほくそ笑む。どうも自分の年齢を正確に
     掴むことが出来ない。けれどもいくら愚か者と云えども、これまでに使い切った時間と、残された時間の長
     さの違いは分かる。長い方が過去であり、短い方は未来である。ただし、この場合は未来という言葉が相
     応しいものなのかの疑問は残る。普通の感覚では、明日・明後日のことを、1年後、3年後のことを未来と
     は呼ばないだろう。では何と呼ぶのか、やっぱり老後か、何だか寂しいね。
      なになに、たかだか70歳の洟垂れ小僧ではないか、老いを気取るのはよせ、と誰かが勇気づけてくれる。
     その一方で、「聡明になるまで老いるべきではなかった」というシェイクスピアの残酷な言葉も耳に響く。
     どうも混乱している。
      老いを意識することはないけれども、今朝、残っていた下の歯がまた一本抜けた。それで部分入歯の収ま
     りが悪くなった。もうサーロインステーキは食べられないかもしれない。そう思うと何故か哀しくなった。
     一世風靡のダンディが今やヨレヨレ、ボロボロ、クラクラの「老人と海」の世界で時間を潰している、と言えば
     それなりに一篇の短編小説にでもなりそうな風景だが、そこはやはり愚か者のことだ、サーロイン・ステーキ
     の快楽が忘れられない。生活から美味礼賛を失うことには我慢できない。考えつくことは単純というか自然
     の摂理に反してあくまでも意地汚い。歯が無くなれば歯医者へ行って新しい歯を作ってもらえばよい、何も悩
     むことはないと大発見を喜ぶ。それで早速、何年か前にお世話になった歯医者さんに電話を入れた。
     受付の女性が天使のような声で「午後3時にいらして下さい」と言う。ああ、これで10年寿命が延びたと感動、
     楽天と言うか、無邪気と言うか、痴呆と言うか、なんともお目出度い男であるな。
     とすると10年後は80歳だ。何がめでたいのかわからないけれども、取りあえずは傘寿のお祝いである。
     そうと決まれば老後の準備をしなければなるまい。では長生きをするためには何を心掛ければよいのか。
      1、 百薬の長とやらを欠かさぬこと。
      2、 風呂は長めにして血行をよくすること。
      3、 栄養価の高いものを食べること。ステーキ、ホルモン焼き、牛のタタキ等々。
      4、 冬は除雪、夏は農作業などで筋力の衰えを防ぐこと。
      5、 読書による対話で孤独から身を守ること。
     後は何だ?以上の5点に科学的根拠があるかどうかは知らないけれども、要するに、生活から「酒と詩と花」
     を失わないことだ。
      江戸時代の本草学者にして儒学者であった貝原益軒(1630~1714)の『養生訓』(中公文庫)にはこんな
     ことが書いてあった。300年前の健康論である。

     “養生の術は、まず心法をよく慎んで守らなければ行われないものだ。心を静かにして落ちつけ、怒り
     をおさえて欲を少なくし、いつも楽しんで心配をしない。これが養生の術であって、心を守る道でもある。
     心法を守らなければ養生の術は行われないものだ。それゆえに、心を養い身体を養う工夫は別なこと
     ではなく、一つの術である”

      “心を平静にして徳を養う 心を平静にし、気をなごやかにし、言葉を少なくして静をたもつことは、徳
     を養うとともに身体を養うことにもなる。その方法は同じなのである。口数多くお喋べりであること、心が
     動揺し気が荒くなることは、徳をそこない、身体をそこなう。その害をなす点では同様なのである”
       
       確か釣聖ウオルトンも同じような事を言っていた。
      「静かなることを学べ」と。さーて、出来るかね、この愚か者に。
      そんなこんなで今日はタンスの中の衣替えをした。寒くなってきたからね。
      笑うべし、ほんの数日前まではアロハシャツにコットンパンツで若ぶっていたのに、今日は「猫は炬燵で丸くな
      る」だ。
      本当に寒くなりましたね。どちら様も健康第一ですぞ。どうかご自愛くだされ。

        この道や 行くひとなしに 秋の暮
                                  松尾芭蕉



        「大衆演劇」

         2020・9・13(日) 

     私は、今回の総裁選は儀式であり、茶番であると言った。
    戦う前から勝負がついているものをわざわざリングの上で実演させるのは興行を盛り上げるための
    八百長、あるいは相手の政治生命を断つことを意図したものであれば公開処刑というものである。
     最初に台本があって、何人かの俳優がただそれに従って黙々と演技とやらを展開していくとなれば、
    結末は素人(しろうと)にでも分かる勧善懲悪の大衆演劇の世界である。
    任侠物であれ、心中物であれ、白波物であれ、仇討ち物であれ、演目がその他の何であれ、升席の
    観客は幕の内弁当を食べたり酒を飲んだりして批評の真似事などしながら舞台の上の演芸を休日の
    娯楽として楽しむだけである。
    これをヨーロッパでは「ローマンズ・ホリデイ」と言った。「ローマの休日」とは愚民政治のことである。
    簡単に云えば、大衆には娯楽を与えよ、政治には口を出させるな、ということである。これはなにもロー
    マの昔に限ったことではなく、古今東西、ある種の体制というものが持つ一つの政治原理である。
     次の総裁は既に菅義偉と確定しているようだが、この選挙には国民は参加していない、ただ遠くから
    眺めているだけである。とするならば、自民党政治とは特権階級であるところの宮廷政治に他ならない。
    事実、台風が来ようと地震が起きようと川が氾濫しようとこの傲岸不遜の俄か貴族たちは赤坂自民亭
    で我が世の春を楽しんでいた。
    「洪水は、我れなき後に来たれ」の享楽主義は政治とは呼べない、それは少数者の繁栄を多数者の犠
    牲によって作る階級独裁である。階級独裁であるから首相は誰であっても構わない、それは単なる看板
    に過ぎず、大事なことはあくまでもその階級による体制維持である。だから、後継者が前任者の政策を
    継承するというのは当然のことであって、目的はここにしかない。
    それにしても、いくら神輿は軽くて馬鹿が良いといってもあまりにもあからさまに過ぎるのではないか。
     この数日のことだ。菅首相は公式にはまだ誕生していない。にも拘わらず一閣僚に過ぎない河野太郎
    防衛大臣は海外にむけて総選挙は10月に行われると、まるで日本政府を代表しているかのような軽口
    を叩いた。ヒムラー・スカスカの後見人を自称する暴言大王・麻生太郎も次期政権が国民の審判を経て
    いないという批判を受けて、「それならば解散という感じがしないでもない。下手したらすぐかもしれない」
    と雇い主としての存在を誇示する始末である。
    そして極めつけは、辞意を表明したはずの「みじめな指導者」安倍晋三が安保政策について「年末まで
    に」と次期政権に指示をしたというのだから驚きだ。まるでオーナー気取りである。
     こうなると菅義偉なる人物が何処にいるのか分からなくなってくる。晴れの就任式を前にして捜索願を
    出さなければならないとは横溝正史の『八つ墓村』の世界か、とすると金田一耕助は戦う前に敗れた
    石破茂ということになるのか。
    「祟りじゃ〜っ! 八つ墓の祟りじゃ〜っ!」と村の誰かが触れ回っていた。
     石破・金田一耕助はこう言っている。

     「私はね、国民を信じない政治家が国民から信用されると思っていないんですね。私は支持率が政治
    の目的だと思ってないんですよ。支持率が低くてもやんなきゃいけないことはあって、それやんなきゃ
    政治の意味はない。国会っていうのは間違えちゃいけないんで、お願いするのはこっちなの、政府の側
    なの。野党を野次ってどうしますかよ、野党を挑発してどうしますかよ。こっちが「わかってください」って
    ことだし、国会ってのは野党の知恵を借りる場なんだよね。政治って政府だけでやるもんじゃないからね。」

     結果が出る前に「敗軍の将」と呼ぶのは何だか哀れを誘うが、しかし、これが自民党村の現実だ。
    私の見るところ、頑固・石破、軟弱・岸田、幇間・菅の3人の中で国家像、政治理念、政策について語って
    いるのは石破茂だけだ。だが誰も耳を貸さない。
    「予言者郷里に容れられず 」とはこのことか。意味は、すぐれた人物であっても、身近な人には理解され
    にくいということだそうだ。
     石破茂が優れた人物であるかどうかは私は知らない。
    しかし、論戦での発言を聞く限りにおいては、どうやら今の自民党には政治家の名に値する人物はこの
    石破茂しかいないように思える。
    こういう人物を憂国の士と呼ぶのか。あるいはドン・キホーテ呼ぶか。
     さて、時間もまだ少しあるので久しぶりに大衆演劇の世界で遊ぶとするか。
    江戸時代後期、上州は国定村の住人・長岡忠次郎(1810~1851、享年41)、ご存知国定忠治だ。
    「国定忠治は鬼より怖い、にっこり笑って人を切る」と謳われた侠客である。
     『名月赤城山』作詞:矢島矢島寵児、作曲:菊地博、歌は東海林太郎、昭和14年(1939年)に発表された
    昭和の歌謡曲である。名曲だよ。

       1 男ごころに 男が惚れて
         意気が解け合う 赤城山
         澄んだ夜空の まんまる月に
         浮世 横笛 誰が吹く

       2 意地の筋金 度胸のよさも
         いつか落目の 三度笠
         云われまいぞえ やくざの果と
         悟る草鞋(わらじ)に 散る落葉

       3 渡る雁(かり)がね 乱れて啼いて
         明日はいずこの ねぐらやら
         心しみじみ 吹く横笛に
         またも騒ぐか 夜半(よわ)の風

             国定忠治のセリフ

        赤城の山も今宵限り
        生まれ故郷の国定村(くにさだむら)や
        縄張りを捨て 国を捨て
        可愛い乾分(こぶん)の手前(てめえ)たちとも
        別れ別れになる首途(かどで)だ

      司馬遷の『史記』に「遊侠列伝」と題する一章がある。
     前漢を築いた劉邦も最初は侠客であったそうだ。
     司馬遷によると、「游俠とは、その行為が世の正義一致しないことはあるが、しかし言ったことは絶対に守り、
     なそうとしたことは絶対にやりとげ、一旦引き受けたことは絶対に実行し、身を投げ打って、他人の苦難のた
     めに奔走し、存と亡、死と生の境目を渡った後でも、己の能力におごらず、己の徳行を自慢することを恥とす
     る、そういった重んずべきところを有しているものである。」ということだそうだ。





       「ポチ2号」

         2020・9・12(土) 

    今日の新聞の第一面のトップニュースから始めよう。

          「菅官房長官が消費税増税発言」
                   火消しに躍起も撤回せず
              自民政治の本音出た

      自民党総裁選に立候補した菅義偉官房長官が10日夜のテレビ東京の番組で、現在10%の消費税の税率
     について、「これだけの少子高齢化社会、どんなに私どもが頑張っても人口減少は避けることはできない。行政
     改革を徹底して行った上で、消費税は引き上げざるを得ない」などと発言しました。
      批判を受け菅氏は11日の記者会見で「将来的な話として答えた」「安倍晋三首相はかつて『今後10年ぐらい
     (消費税率を)上げる必要はない』と発言している。私も同じ考えだ」と慌てて軌道修正を図りましたが、発言は撤
     回していません。

      いくら次の役職が内定したとは云え、まだ総理大臣ではないのだよ。何を勘違いしているのだ。本音が出たと言
     えば、その通りなのだろうが、この段階で国民にではなく財界へのご挨拶を先にやるか、やっぱり茶坊主はどこま
     でいっても茶坊主だね、お茶注ぎと茶菓子配りが身についた唯一の芸というわけか。
     だからハマのドンこと叩き上げの藤木幸夫に「ポチ」と吐き捨てられるのだ。
      お座敷全体への目配りとおもてなしをもって出世の階段を昇ってきたのだから骨肉となったその卑しい習性を今更
     変えろと無理な注文をする気はさらさらないけれども、それが政治と何の関係があるのだ。
      それにしても軽すぎる。余りにも軽すぎる。
     自身の失言を弁解するのに前任者の言葉を助け船として持ち出すとは、これで総理大臣が務まるのかね。
     これではまるで、「オンブして、抱っこして、オシメも取り換えて」と言っているようなものではないか、この未成熟と
     無責任のどこが苦労人なのか、笑いを飛び越えて呆れ果てる。秋田県の恥は日本のコメディーである、いやその
     逆であったか。いずれにしても秋田県人には失礼な話だし、国民全体にとっては無礼千万の態度である。
      小林多喜二は秋田県北秋田郡下川沿村(現大館市)の小作農家の次男として生まれた。北海道・小樽で事業に
     成功した叔父を頼って一家全員で小樽・若竹町に移住したのは多喜二4歳の時である。
     その多喜二は恋人タキに宛てた手紙の中に「闇があるから光がある。そして闇から出てきた人こそ、一番本当に
     光のありがたさが分かるんだ」と書いた。
     同じ秋田県生まれでありながら多喜二には闇が見え、茶坊主には闇が全く見えず、従って光の有難さを知ることも
     出来ない。闇を知らずして、また光のありがたさも知らずして、そこに政治があるのか。
      安倍晋三は「トランプのポチ」として世界的に有名だったが、ハマのドンに言わせると茶坊主もまたポチということ
     だから菅義偉は「ポチ2号」ということになるなか。つまりは財界の愛玩犬である。
      その愛玩犬について今日の新聞のコラムは犬種性格説明書を載せている。

            きょうの潮流  2020・9.12

      「国の基本は、自助・共助・公助」―。自民党総裁選で菅義偉官房長官が明言しています。近年、厚生労働省の
     役人が繰り返し発するのを耳にした言葉です。社会保障にかかわる諸団体が制度改善を要請した時になどです▼
     本紙記事検索システムで「自助 共助 公助」を検索すると、ヒット数が最多なのは2012年です。この年、消費税
     10%への大増税と社会保障「一体改革」関連法の一つ、社会保障制度改革推進法が成立、施行されました▼同
     法は民主党政権時に、民自公3党の協議のなかで自民党が突然持ち出し、当時の民主党が丸のみしたもの。
     国民の「自助・自立」を強調し、「家族相互及び国民相互」で支えあうことを社会保障の基本とします▼自己責任を
     強調し、国の責務は後景に追いやりました。厚労省が自助、共助…と強調し始めたのもこのころからです。新自由
     主義的な政策のもとで社会保障は切り捨てられ、悲惨な事件が相次ぎました▼県営住宅の家賃を支払えずにいた
     が日常的に拘束されていた。障害者19人が殺害された「やまゆり園事件」…▼いま、枝野幸男・立憲民主党代表
     は「民進党までの綱領は、自己責任や自助を強調する新自由主義的な側面が残念ながら残っていた」ときっぱり語
     っています。「新自由主義からの転換」での一致は、野党共闘により自公政権に代わる展望を開く力となるのは確実
     です。

       自助・共助・公助について姫路市のホームペイジは次のように説明している。

      「自助」とは、家庭で日頃から災害に備えたり、災害時には事前に避難したりするなど、自分で守る事を言う。
      「共助」とは、地域の災害時要援護者の避難に協力したり、地域の方々と消火活動を行うなど、周りの人たちと助け
      合うことを言います。
      「公助」とは、市役所や消防・警察による救助活動や支援物資の提供など、公的支援のことを言います。
      災害時には、自助・共助・公助が互いに連携し一体となることで、被害を最小限にできるとともに、早期の復旧・復興
      につながるものとなります。

       姫路市の説明はあくまでも辞典的な定義づけであって、誤りがあるわけではないけれども、こうした事態が発生する
      前の段階の政治・経済状況についての考察がないので、こうした言葉が一人歩きすると大事な点が見逃されてしまう。
      次の総理大臣に内定している人ではないけれども、立憲民主党の枝野幸男代表は「政治家が自助と言ってはいけな
      い。政治の責任放棄だ」と批判している。
       一口に「自助」と言っても、貧富格差拡大容認の新自由主義社会において自分で自分を助けれる人がどれだけいる
      のだ。コロナウイルスによる死亡者の世界第一位はアメリカである。この死亡者たちは自助努力が足りなかったのか。
      そうではあるまい、構造的差別による絶望的な貧困の中で見捨てられたのである。ブラジルもインドも同じ、また新自
      由主義発祥の地であるイギリスもこのことを証明している。
      しかるにヒムラー・スカスカは消費税を引き上げると言い、「自助」を第一として「公助」を後方に下げた。
       リンカーンのゲティスバーグでの演説は、「人民の人民による人民のための政治を」で世界史の記憶に残る言葉だが、
      21世紀の極東の倭国では「財界の財界による財界のための政治を」ということか。
       これがポチ2号の野望とその限界である。
      「消費税をなくす全国の会」事務局長の木口 力さんはこう言っている。

       「いまコロナ禍に苦しむ家計と中小企業を支援し、内需を拡大するためには、付加価値税(日本の消費税に相当)を
      引き下げたドイツ、イギリス、韓国など約20カ国のように、消費税率を5%へ減税することが決定的に重要です。

       日本国憲法

      第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
       2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければ
         ならない。




 
       「茶坊主の身辺」

            2020・9・11(金)

     総裁選は頑固・石破、軟弱・岸田、幇間・菅の3氏で争われているということだそうだが、この北国の
    海辺の町から見る限りでは、3氏が争っているようにはとても見えない。
     先月の28日、安倍首相は「国民の負託に自信を持って応えられる状態でなくなった以上、総理大臣
    の地位にあり続けるべきではないと判断した」と健康問題を理由にして辞意を表明したけれども、この
    言い回しは余りにも美しくはないか、事実は違うだろう。全ての分野においての行き詰まりによって逃げ
    道を失った職場放棄である。早い話がまだ陽も明るいうちの無能の果ての夜逃げである。まあ、夜逃
    げは何もこれが初めてのことではないが。この事実を仏紙『ルモンド』は、「危機時におけるみじめな指
    導者だった」と過去形で酷評したのだ。
     しかし、不思議なこともあるもので、この自己崩壊したみじめな指導者の政治を継承すると宣言した者
    が圧倒的多数の支持を得て次の総裁になると言うことだ。既に、新総裁下での閣僚人事の名簿も流れ
    始めている。つまり、勝負はもうついているということであるから、この争いは単なる儀式でしかなく、茶
    番である。もっとも3人のうちの誰がなっても変わりはないのだが、何故と言うに、今の自民党は数人の
    ボスによる長老支配の老人ホームであるからだ。
     明治の頃、第二代住友総理事であった伊庭貞剛(いば ていごう)は「別子銅山中興の祖」と呼ばれた
    大実業家であった。その伊庭は58歳の時に総理事を退くのだが、引退に際して「事業の進歩発展に最
    も害するものは、青年の過失ではなくして、老人の跋扈である」と院政の弊害を説いた。
     数日後に菅新政権が誕生するだろうけれども、この政権は自民党全体の総意によるものなのか、そう
    ではない、安倍の辞意表明直後に持たれた数人の長老による談合の結果である。
    ここでは候補者の政策や見識は全く問われることはなく、それぞれの思惑が見出した妥協点、もしくは
    了解事項は「神輿は軽くて、馬鹿が良い」という元老のマキャベリズムである。
    その次の日の新聞・テレビには早くも「アベなきアベ政権」とか「居抜き乗っ取り内閣」などという見出しが
    大文字で撒き散らかされた。とするならば選挙などする必要はまったくないのである。それこそ時間の
    無駄であり、投票用紙の無駄というものだ。だから茶番だというのだ。
     そして茶坊主筆頭の菅義偉なる人物のイメージについては、あるフェイスブックにはこう書かれている。
    3陰=陰湿、陰険、陰謀。3密=密約、密談、密謀。
    伝え聞くところによると、将軍・安倍晋三は昨年の秋あたりから7年8カ月に渡っての忠臣であったこの
    茶坊主筆頭に寝首を掻かれるのではと毎夜うなされていたそうだ。怖ろしい世界だね。
    そういう関係であったにも関わらず、茶坊主は前将軍の功績を讃え、平然とその政治を継承すると乗っ
    取りを禅譲の美談にすり替える。したたかな男である。この筋書きによれば悪臣茶坊主がまるで有徳の
    人のように見えてくるではないか。その名刺には「苦労人」というこの界隈では見慣れない文字が太字で
    刷り込まれている。ただし、苦労人イコール善人ではない。と云うよりも、悪人の多くは元苦労人である。
     「アベなきアベ内閣」とはどういうものになるのか、神輿であろうと傀儡であろうと天一坊であろうと、あるい
    は単なる田舎の大根役者であろうと、暫くの間は官邸の主となるのだから、ここで菅義偉なる人物の野望
    と限界についてこの男を最もよく知る人に聞いてみるか。
     人もよく知る通り、アベドルフ・ヒトラーの片腕として7年8カ月に渡って忠勤を励んだ秘密警察長官ヒム
    ラー・スカスカは何事に対しても「問題ない」「指摘はあたらない」と開き直る傲岸不遜を売り物にする反知
    性主義の持ち主であった。しかし、こんな男にも悩みの種はあった。顔を見るのも嫌という天敵の存在で
    ある。歯痛・腰痛の痛さというのは身体の内部のことだから本人にしか分からない。天敵に対する恐怖、こ
    れも本能に属する感情の混乱であるから外部の人には分からない。それが何らかの劣等感から生じてい
    る場合は、本人も端に気づかれまいと汗をかくので、いよいよもって外部の人には分からない。
     天敵の名は、望月五十子衣塑子、東京新聞の社会部記者である。第一級の新聞記者である。
    ヒムラー・スカスカの天敵が贈るお祝いの言葉。全文を転写する。
   
          「菅義偉氏の天敵 東京新聞・望月衣塑子氏からの“就任祝辞”」

                       NEWSポストセブン    配信


     総理の座を引きつけた菅義偉氏の天敵といえば、東京新聞記者の望月衣塑子氏だろう。厳しい質問を繰り
    返しぶつける望月氏と、正対せずにあしらう菅氏のやりとりは“出来レース”がお決まりだった官房長官会見に
    新たな風を吹き込んだ。菅氏が総理の座をほぼ手中にした今、彼女は何を思うのか――。
     * * *  私が菅官房長官の会見に初めて出席したのは、2017年6月6日のことでした。淡々と進む質疑に
    納得できず、10分以上にわたって質問を重ねました。それから約3年間、菅さんには色々な形で質問を封じられ
    てきました。  特に印象に残っているのは、昨年2月、加計学園の獣医学部新設をめぐる問題が会見で取り上げ
    られた時のことです。質問をかわし続ける菅さんに「この会見は一体何のための場だと思っているのか」と問い質
    したところ、「あなたに答える必要はありません」と答えた。会見の場で飛び出たこの言葉が、菅さんの本質を現わ
    していると思います。  政治家は目の前の記者に対してだけでなく、その後ろにいる国民に向けて情報を発信して
    いるという認識を持つべきです。この発言は、菅さんにその感覚が欠如していることを端的に示しています。  会
    見での質問を制限しようとする動きは、私に対してだけではありませんでした。その傾向は改善どころか、コロナ禍
    を盾に加速しているように感じます。たとえば、緊急事態宣言を理由に、「1社につき記者1人」というルールが設けら
    れましたが、宣言が解除された今もそれが続いている。
              プライドが高い「人たらし」
     3年間で実感したのは、菅さんは徹頭徹尾「根回し」の人だということ。記者が海外の支局に栄転することがあれ
    ばお祝いをするなど、細やかな配慮を怠らない。「人たらし」ですね。だからこそ記者クラブを味方につけ、思いの
    ままにすることができたのでしょう。  用意周到な「根回し」は、記者会見でも発揮されていました。事前の質問取り
    を徹底して行なうことで、菅さんの意に添うよう質問も統制されていた。その徹底ぶりから、「予測できない質問・討
    論」を極力避けたいという強い意志を感じました。そういうものが苦手なのかもしれません。プライドが高く、もしかし
    たら安倍さんよりも「自分のカッコ悪いところを見せたくない人」なのかもしれません。  だからこそ、私のような思い
    通りにならない記者が嫌いなんです。「コイツは俺への嫌がらせのために記者席に座っている」くらい憎まれていた
    はずです。  菅さんが首相になったら、安倍さん以上に「首相の考え」は国民に届きにくくなるでしょう。  強大な権
    力を持つほど、その人の本質は出てしまうものです。菅さんは過去に、「総理のご意向」という記述があった加計学
    園を巡る文部科学省の記録文書を、強引に「怪文書」と断じました。首相になれば、今後そういう場面がもっと増え
    てくるでしょう。  何度も言うようですが、記者の後ろには国民がいることをもっと心にとめてほしいですね。  出馬
    会見(9月2日)で「総理になった時、きちんと番記者の厳しい追及を含めて応じるつもりはあるのか」と聞きましたが、
    答えずはぐらかしました。菅さんにその技量はないし、無理なお願いなのでしょうか。  私がもし「総理番」になったら、
    菅さんはどう思うでしょうね。
     望月さんについての海外の評価は次の通りである。

     アメリカのニューヨーク・タイムズ紙は、官邸会見で望月の質問が報道室長によってしばしば妨害されたり打ち切
    られたりすると紹介したうえで、「会見で政治家へ鋭い質問をぶつける」という多くの国で記者が当然の仕事として行
    っていることが日本では当たり前ではないために、逆説的に望月が著名人になっている、と皮肉を込めて報じた。
     イギリスの新聞ガーディアン紙やインディペンデント紙は、政府からの圧力や市民からの脅迫に耐えて望月が取材
    活動を続けているとして、日本人女性としては例外的な存在と評価した。

     望月さんは女性だから、今度は男性の意見を聞く。
    「ハマのドン」と呼ばれている横浜の実業家・藤木幸夫さん(90歳)、この人は藤木企業(株)会長であり、横浜港運
    協会会長、株式会社横浜スタジアム会長である。もちろん政治的立場は保守派だ。
    この人については6月18日の朝日新聞がこう伝えている。

         89歳「ハマのドン」退任 IRに反対、新会長は長男

     横浜市の政財界に影響力を持ち、「ハマのドン」などと呼ばれる横浜港運協会の藤木幸夫会長(89)が17日、23年
    務めた会長を退任した。藤木氏は、市が横浜港・山下ふ頭(中区)にカジノを含む統合型リゾート(IR)を誘致すること
    に強硬に反対してきたが、退任がIR誘致のゆくえに影響を及ぼす可能性もある。
     藤木氏はこの日、市内で開かれた協会の総会で「私は8月で満90歳になる。身を引いて新しい体制をつくっていただ
    く」と退任を表明し、了承された。藤木氏は相談役に就き、新会長には藤木氏の長男幸太氏(65)が就任した。
     藤木氏は、横浜港を拠点に港湾荷役事業や倉庫業などを手がける横浜市内の企業の会長。山下ふ頭などを利用
    する企業でつくる横浜港運協会の会長を1997年から務めてきた。
     3年ほど前から市のIR誘致に反対する姿勢を示し、昨年5月には山下ふ頭での「カジノなし」の再開発をめざして横浜
    港
ハーバーリゾート協会を設立、自ら会長に就いた。昨年8月、林文子市長が山下ふ頭へのIR誘致を表明すると翌日
    には記者会見を開き、「山下ふ頭をばくち場にはしない」などと反対姿勢を改めて明確にした。一方、カジノに反対する
    市民運動とは一線を画してきた。

      6月30日の週刊誌『フライデー』の記事も転写しておく。

         「菅はロボットだ!」”ハマのドン”が突然官房長官を酷評したワケ

     さらに藤木氏の舌鋒は、菅義偉官房長官にも向かった。もともと横浜出身の小此木彦三郎・元衆議院議員の秘書を
    務めていた菅氏は、横浜の有力者である藤木氏との付き合いも長く、その蜜月関係は有名であった。しかし、菅氏も
    横浜へのカジノ誘致に積極的であることから、近年その関係にはしこりが生じていた、と言われている。
     それでも、菅氏は時の官房長官だ。それを退任会見で「ロボット」「ポチ」と辛らつな言葉でこき下ろしたのだから、そ
    の大胆さに記者たちが驚いたのも無理はない。
    あまりの過激な発言に、記者が反射的に「一応、菅さんが官房長官なんですが…?」と藤木氏に尋ねると、
    「ポチよ。俺の方がトランプと話できるんだよ」と、発言を否定するどころかさらに言葉を重ねたのだった。

     その昔、勝海舟はある人に福沢諭吉について聞かれたとき、こう言っていた。
    「ユキチかえ、10年程前まではよく顔を出していたが、近ごろは見ないね。奴も偉くなったからね。株相場で忙しいのだ
     ろ、ユキチはそんな男さ」。
    「生業に貴賤はないけど、生き方に貴賤があるねえ」と勝海舟は言った。




       「小粒の詐欺師」

          2020・9・10(木) 

    マザコンの説教強盗が擦ったもんだの末やっと退場したと思ったら、今度は襖の陰から小粒の詐欺師が出て来た。
   聞くところによると、この詐欺師は立ち技の実力は全くないが寝技となるとそこそこの手練れという評判だ。
   かの有名の古武術・茶坊主流秋田派に伝わる奥儀秘伝(これは偽書だそうだが)によれば、寝技にはいくつかの型が
   あり、それぞれに忖度、廃棄、隠蔽、捏造、無視、虚偽、開き直り、根回し、と呼ばれている。
   秋田派に伝わる寝技とは門外不出の暗闘の裏技のことで、武士道的見地から見れば邪道のものであるが、この派の
   最大の特徴は、戦の場においては常に名よりも実を取ることを優先する実利主義であり、それは殆ど私利私欲に近い
   ものであるが、それでも計算されつくした意図的な公私混同は利害が絡む場合には時には多くの仲間を集めることが
   出来る。直訳すれば、情勢を見極めた上で勝ち馬に乗るという離合集散を恥じとしない雑兵足軽の心理が働くというこ
   とだが、ここでは節義なる言葉は全くの死語である。
    『葉隠』にいう、「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」もせいぜいのところ衆道の手引書扱いであって、またそのように
   解釈するからこそ7年8カ月に及ぶ茶坊主の大奥での忠勤奉仕が今日の満開の桜を呼び寄せたのである。
    茶坊主流秋田派というのは最初から立ち技を捨てている実戦的武術であるから、名誉、理念、矜持とか言った観念は
   無用の物と割り切っているので、その行動は状況に応じて変幻自在である。節操がないと言えばそれまでのことだが、
   先にも述べたように、この流派は徹底した実利主義であるから、目的と手段の関係について自問するというようなことは
   しない、勝てば官軍である。
    薩長の下級武士(中には武士ですらなかった者も多くいるが)も勝てば官軍であって、都を東京に移してからは昨日の
   雑兵・足軽は今日の俄か華族となり、爵位をもって身を飾った。こんなことは歴史上珍しくはなく、混沌とした世の中にあ
   っては下克上は世の習いである。しかし、以上のことは政治とは何の関係もない。これすべて未開の部族社会の権力
   闘争に過ぎず、ここから読み取ることが出来るのは、人間の持つ醜悪と愚劣についての生きた標本の生態観察であって、
   学問的な意味はまったくなく、と言うよりは午後の演芸、すなわち娯楽である。
    今日ではこの種の娯楽を「政局報道」と呼ぶ。これはワイドショーにはなくてはならぬ定番物であり、解説者の多くは元
   議員や文化人や自称ジャーナリストであって、そこで何が語られるかというと、言説と言うには余りにも無邪気な覗き屋の
   噂話の氾濫で、それこそ蛇足・余談・漫談の独演会で、それぞれが己の情報源を自慢し、知ったかぶりで己の言葉に酔い、
   己が使命と信じるところに善男善女を誘導する。
   人前で喋るということが嬉しくてうれしくてたまらないこの種の連中は近所迷惑ということを考えない。興奮と陶酔の時間の
   中にだけ己の存在の優越性を確認する歓びを持つ。つまりは痴愚の自己顕示欲である。
   この覗き屋ジャーナリズムの大家と目される池上彰という人は、「すぐわかる」と呼びかけ、「そうだったのか」と自己満足
   する。これで不安と疑問は解消されると請け負うのだが、何だか街頭の占師のようだ。当たるも八卦当たらぬも八卦と
   おおらかに開き直って稼業を続けるとなれば、これは既に立派な大道芸人である。
    政局報道と言うのであれば、私は『日刊ゲンダイ』一紙あれば足りる。これもまた生活必需品だ。
   昨日と今日の『日刊ゲンダイ』から政局とやらを確認しておく。

           国民総のけぞりスカスカ菅演説 原稿棒読みまで継承のア然
            公開日: 
    演説を聞いた国民が次期首相にふさわしい人を選ぶなら、石破元幹事長の圧勝だったのではないか。安倍首相の後継
    を決める自民党総裁選が8日告示され、石破氏、菅官房長官、岸田政調会長の3候補が所見発表演説会に臨んだ。
     トップバッターの石破氏の演説には熱がこもっていた。
    「勇気と真心を持って真実を語る。それだけが政治家の仕事なのだ」「納得と共感の政治」「グレートリセット、もう一度、この
    国の設計図を書き換えていく」と訴えたのだ。
     時代認識についても披歴。この国の100年を振り返った時、平成の30年間で民主主義も資本主義も大きく変質を遂げた
    こと。そして何より、戦争が終わったこと。権力とメディアが癒着し、軍部も政治家保身に走り、個の利益を優先した結果、国
    は悲劇の道を歩んだ。その悲劇を決して繰り返してはならない、正しい情報が有権者に与えられなければ民主主義は機能し
    ないと語りかけた。
     原稿に目を落とすことなく、しっかり前を向いて広く国民に訴えかけていた。石破氏の迫力に圧倒されたわけではないでしょ
    うが、続けて演説した菅氏はひたすら手元の原稿を棒読みし、安倍政治の自画自賛に終始。大臣の政治資金パーティーで
    空虚なスピーチを聞いている気分になりましたが、これが彼ののです」(政治ジャーナリスト・角谷浩一氏)
     菅氏の演説がいきなり、「今日の礎を築いてくれました安倍晋三総裁に対し、この場をお借りし、心からの敬意を表明する
    とともに、その卓越した指導力と判断力にあらためて最大限の賛辞を送らせていただきたい」と、“安倍マンセー”から始まっ
    たのには、国民ものけぞったのではないか。
          ■“何も変わらないから安心して”
     その後は「迎賓館を開放した」「全国のダムの事前放流をできるようにした」、さらには携帯料金、ふるさと納税、インバウン
    ド、地価上昇などの“実績”をアピール。どれも不要な政策とは言わないが、総裁候補の所見演説にしてはチマチマし過ぎて
    やしないか。まったくビジョンが感じられない。
     「安倍政治の継承しか言わないスカスカ演説でした。国民に向けて将来の展望を語るのではなく、党内向けに『何も変わら
    ないから安心して』とアピールしたのです。これが総裁候補“本命”の演説なのか。あまりに後ろ向き、内向きの発想で悲しく
    なります。岸田氏にしても、立ち位置が中途半端で何がしたいのか分からない。安倍政治との決別を宣言し、国民目線で語
    る石破氏の演説が際立つのは当然です。官僚が用意した原稿ではなく、自分の言葉で国家観を語れる政治家に日本を任せ
    たいと、3候補の演説を聞いた国民、自民党員は思ったのではないでしょうか」(法大名誉教授の五十嵐仁氏=政治学)
     菅政権では官僚原稿の棒読み、繰り返しが続くのだろう。野党や国民との対話を拒否した独断専行も含めて、安倍政治の
    継承ということだ。自民党員や国民は、本当にそれでいいのか。
           安倍なき安倍政権」という首なしお化けのような新政権
          公開日: せっかく安倍晋三首相が退いたというのに、後を襲うのが菅義偉官房長官というのでは、何の代わり映えもせず、国民の
    目線からすればむしろ大迷惑である。だってそうでしょう。第2次安倍政権の7年8カ月を通じて変わることなく官房長官とし
    て支え続けた彼が、安倍政権のすべてを継承すると言って出てきたのでは、それは菅政権というよりも「安倍なき安倍政権」
    という首なしお化けのようなもので、気持ちが悪いだけである。  
     菅は「6項目政策集」を発表して、コロナ対策とかマイナンバーカード普及とか地方創生とか言っているけれども、何の新味
    もない薄っぺらな話である。そんなことよりも私が聞きたいのは、「あなたが官房長官を務めていた間に実質GDPが498兆
    円から485兆円に下がってしまったのはなぜですか」ということである。あるいは「アベノミクスが始まる直前、13年3月には
    135兆円だったマネタリーベースが、それから日銀がせっせと440兆円ものお札を刷り増して、この7月には576兆円に達
    したというのに、そのせっかくのお金はどこに行ってしまったのですか」ということである。
     こういう、この国の基本的な姿についてのイメージを国民に提供し共有し、さてそれをどのような方向に発展させていくのか
    の方策を示すのが政治の役割だと思うのだが、安倍も菅もそういう大きな方向性の話は全く苦手で、いつも枝葉末節しか語
    らない。たとえば、安倍が選挙演説や所信表明で得意としていたのは「有効求人倍率」で、これは職安での求人と求職のバラ
    ンスを示すだけである。日本のようにいち早く人口減少社会に突入していれば、慢性的に人手不足になるのは当たり前で
    、アベノミクスで景気がよくなって雇用が増えているかどうかとは何の関係もない。こんな子供だましみたいなことを言いたい
    放題に言わせておいて、正面切って批判し論破しない野党もマスコミもおかしくて、それが安倍政権が無為に長続きした要因
    のひとつである。 菅政権になっても同じことが続くとすれば由々しきことで、彼の口先三寸の詐欺話に引っかかることなく本質
    を射抜く知力を自ら鍛えなければならないだろう。

           自民総裁「本命」菅官房長官 共同会見で露呈した力量不足
             公開日:次期総理候補の「本命」と言われる男の正体みたりだ。8日午後に自民党本部で行われた総裁選(14日投開票)の所見発表
   演説会と共同記者会見。NHKなどで生中継された会見には、菅義偉官房長官(71)、岸田文雄政調会長(63)、石破茂元幹事
   長(63)の3人が揃って出席したが、そこで明らかになったのは国会議員票の約7割を押さえて盤石とみられる菅氏の政治家と
   しての力量不足ではないか。
    偶然かどうかはともかく、菅氏にとって誤算だったのは、質問に答える順番が石破氏の次だったことだ。「説明責任」や「安全
   保障」に至るまで、記者の質問に対してそつなく論理的に答える石破氏とは対照的に、しきりに時計をチラチラ見つつ官房長官
   のような答弁を繰り返していた菅氏。
    これに対し、石破氏は記者の質問に答えるという形をとってはいたものの、「(政治は)すべての人々に公平でなければならな
   い」などと、これまでの安倍政権の対応をやんわりと批判しながら、隣の菅氏をけん制していたのは明らかだった。
   すでに「勝負あり」の消化試合とはいえ、共同会見を見る限り、誰が総裁にふさわしいのかは、国民の目にもわかったに違いない。



     「ジャーナリズムとは何か」

        2020・9・9(水)

      新聞・テレビはすっかり堕落してしまって本当のことは何一つとして伝えない。まあ、今に始まったこと
    でもないけれども、それで「社会の木鐸」とか「権力の番犬」とかいった言葉が薄ら寒いものとなり、何が
    真実なのか分かりづらい世の中となった。報道の自由度ランキング世界第62位と発表されても恥じる
    感覚さえ失われて、新聞・テレビは今日も池上彰流の「わかりやすい」噂話を撒き散らし、「オフレコ破り」
    を売り物にする田崎史郎の提燈日記を垂れ流す。少し前まではこの中に山口敬之とかいうレイプ・ドラッ
    クの達人もいた。この現象をジャーナリズムの貧困とか劣化などと嘆いてみても、では健全であった時代
    というものがあったのかとなると、はてはてとんと思いつかない。
     戦前のことだ。桐生悠々というジャーナリトがいた。本名は政次(まさじ)、1873年生まれで、没年は19
    41年。享年は68歳。
     この人は明治末から昭和初期にかけて反権力・反軍的な言論(ファシズム批判)をくりひろげ、信濃毎日
    新聞主筆時代には社説「関東防空大演習を嗤(わら)ふ」を書いた。これは日本の都市防空の脆弱性を正
    確に指摘したものである。と言うより、敗戦必死を予言したものである。おそらく命懸けであったろう。
    この社説から12年後に米軍の日本全土への空襲は開始される。
     桐生は、「だから、敵機を関東の空に、帝都の空に迎へ撃つといふことは、我軍の敗北そのものであ
    る」「要するに、航空戦は...空撃したものの勝であり空撃されたものの負である」と喝破した
    桐生が亡くなったのは太平洋戦争開戦を3カ月後にひかえた9月10日のことである。これが最後の暗夜
    の一燈であった。後は大本営発表の国営放送のみである。今は官邸報道と呼ぶそうだが、その本質に
    おいてはどちらも言論統制であることに変わりはない。
     ではジャーナリズムは死滅したのか。
    私は新聞は「赤旗」以外は読まないとこれまでに何度か書いてきた。「赤旗」が生活必需品であるとも書い
    てきた。その理由を今日の記事が代弁してくれているので、それを以下に二つ転写する。
    
      1   「赤旗」日曜版にJCJ大賞
                    「桜」疑惑 連続スクープ

      日本ジャーナリスト会議(JCJ)は8日、優れたジャーナリズム活動を表彰する今年度の第63回「JCJ
     賞」の大賞に「しんぶん赤旗」日曜版の「安倍晋三首相の『桜を見る会』私物化スクープと一連の報道」を
     選び、発表しました。
      日曜版2019年10月13日号を皮切りに、各界の功労者などを税金で招待する首相主催の「桜を見る
     会」で、安倍首相の地元山口県から数百人の後援会員を大量招待していた事実をスクープ。参加者の証
     言をもとに、安倍事務所が取り仕切り、高級ホテルで開いた前夜祭に山口県の参加者を招待し、税金でも
     てなした疑惑を告発しました。
      大賞の授賞理由としてJCJは「この記事を契機に(日本共産党の)田村智子参院議員が国会で追及し、
     『桜』疑惑が一気に国政の重大課題に浮上。地道な調査報道を重ね、安倍政権の本性を明るみにしたス
     クープは国政、メディアに大きなインパクトを与えた」と評価しました。
      「赤旗」が大賞を受賞したのは、今回が初めてです。近年では14年に「『ブラック企業』を社会問題化させ
     た一連の追及キャンペーン報道」(日曜版)、18年に「米の核削減、日本が反対 核弾頭の最新鋭化も促
     す」(政治部、外信部)がJCJ賞を受賞しています。
      今回のJCJ賞受賞作は、三上智恵「沖縄スパイ戦史」、吉田千亜『孤塁 双葉郡消防士たちの3・11』、
     赤木雅子・相澤冬樹「森友問題で自殺した財務省職員の遺書の公開」、北海道放送「ヤジと民主主義~小
     さな自由が排除された先に~」の4点です。

      2  きょうの潮流

      “戦争のために再びペンやマイクをとらない”。痛恨の反省を原点とし、65年前に産声をあげた日本ジャー
     ナリスト会議(JCJ)は「真実の報道を通じて世界の平和を守る」ことを目的に掲げてきました▼新聞や放送、
     出版や写真をはじめ各分野で活躍するジャーナリストの自主的な組織。その多彩な運動の一つに、年間の優
     れたジャーナリズム活動を顕彰する「JCJ賞」があります▼63回となる2020年JCJ大賞に、「しんぶん赤旗」
     日曜版の連続スクープが選ばれました。後援会員を大量に招き、公金で花見をしていた安倍首相の「桜」疑惑
     を追及。地道な調査報道を重ね、安倍政権の本性を明らかにしたと▼SNSにあげられた参加者の情報をもと
     に首相の地元をまわり、記者が得た重要な証言。それは自民党の閣僚経験者さえも「一切の言い訳はできない。
     私物化の極みだ」とあきれるほどの実態を世間に示しました▼税金おもてなしを知っていた大手メディアではなく、
     なぜ「赤旗」が報じることができたのか。それは問題意識をもたず私物化の視点がなかったからと、大手新聞の
     幹部が語っています。その姿勢はいまの総裁選をめぐる検証なき垂れ流し報道と通じるように思えます▼時をあ
     わせて刊行される『赤旗スクープは、こうして生まれた!』(新日本出版社)はメディアの果たす役割を改めて。
     そこには雑誌『世界』の一文が引用されています。赤旗にあって大手メディアにないものは「追及する意思」では
     ないのか―。

      ここに今の日本のジャーナリズムが抱える問題がある。赤旗に「桜を見る会」私物化スクープが出来た理由は
     何か、他社にこれが出来なかった理由は何か。
     調査能力か、問題意識か、編集方針か、この他にも色々と考えられるが、もしも桐生悠々の生き方がジャーナ
     リズム及びジャーナリストの精神を体現するものであったとするならば、それは反権力というものである。
      赤旗と他紙の一番の違いはこの一点だ。ここで初めて「社会の木鐸」も「権力の番犬」もその言葉の本来の意
     味を取り戻すことができるだろう。
      昨日の早朝のことだ。この札幌の上空にオスプレイが飛んでいた。低空侵入を任務とする攻撃機であるから、
     当然その訓練は限りなく低空である。こんなことが許されるのか、しかもこの飛行機は世界公認の欠陥機である。
     いつどこに堕ちるのか分からない欠陥機が自称独立国の全土の空を訓練領域として自由勝手に飛び回っている
     のである。そして、その空の下はコロナ感染拡大阻止のため人々は政府配給の薄汚れたマスクで口を塞がれて
     いる。これが私たちの「今と此処」である。
      余計なお世話かもしれないが、皆さん、本当のことを知りたければ「赤旗」をお読みなさい。
     貴方の政治的立場が保守であれ中道であれ革新であれ、その他の何であれ、貴方が一個の生活者であるならば、
     取りあえずは赤旗の日曜版をお読みなさい。
     辱められ、追い詰められ、踏みつけられている、一個の生活者であるならば、赤旗をお読みなさい。
     問題はイデオロギーの優劣にあるのではない。そんなことは専門の学者に任せておけばよい。
     そうではなくて、一人ひとりの人間の一回限りの人生においての生存権、健康で幸福な生活を送る権利の問題な
     のである、私はそう思う。


    



          「失われた8年」 

        2020・9・8(火)

    堀田善衛さんの『ミシェル 城館の人』第一部「争乱の時代」を読み始めたのは今月の1日の夜のことだ。
   今は第7章、110頁と111頁の間に栞を挿んで暫し中断、読書の速力が落ちているわけではないのだが、
   この数日やたらと俗事・雑事に追われていて本と向き合う時間が作れない。しかし、遅読(スローリーディング)
   の理由はそのことばかりではない。堀田さんの文体は速読することに抵抗する何かを持っている。『方丈記私
   記』の時もそうだったが、この文体は立ち止まることの楽しみを教えてくれる。時間をかけてゆっくりと味わう、
   そんな愉悦を体験させてくれる。だから、読書の速度は落ちる、けれども集中力は切れることがない。机の上
   に置かれた一冊の本は、「いつでもお好きな時にどうぞ、私は此処で君を待っているよ」と語りかけてくる。
   なるほど、名著とはこういうものか。
    今の私には実生活上で急いで解決しなければならないといったような問題は何もないのだけれども、それに
   9月に入ってからは毎日が収穫祭のような日々で、モリスの言う「労働の報酬とは、歓びだ」という言葉の意味
   を70歳にして初めて知るといった風景に感謝するばかりである。
   ここまでは私事である。
    では私事から外れたところにある俗事・雑事とは何か。
   「失われた8年」の検証と総括である。そして、そこから新たな時代への展望を私なりに探り出すことである。
   先ずは、退場した「みじめな指導者」の負の遺産について『週刊文春』さんの記事で再確認する。
   少しばかり長いものであるが、時間のある方はお読みください。時間のない方もお読みください。
   これは文春さんのお家芸である不倫速報ではないよ。権力者の犯罪についての調書である。
    ジャーナリズムの使命と良心、そんなものがあるかどうかは私の知るところではないが、もしそれが今も在る
   とすれば、それは新聞・テレビではなく、少々品位に欠けるとしても、悪事や不正の暴露に現場で血と汗と涙を
   流して取材・探索に足を棒にする週刊誌のフィリップ・マーロー達だろう。
   「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」の、あの世界だよ。
     前口上はこのぐらいにして、文春さんの大仕事を全文転写する。
   どうか最後までお読み下さい。

    「安倍首相7年8カ月の“迷言集”をまとめたら、『やってる感』と『ごまかし』のオンパレードだった」
                          9月7日・月曜日  文春オンライン

 8月28日、安倍晋三首相が突然の辞意を表明した。原因は持病の潰瘍性大腸炎。お気の毒だと思うし、快癒を
    願うが、それはそれとして安倍首相の7年8カ月の発言を振り返っておきたい。もうこんな政治はこりごりだからだ。
     「頑張った人が報われる日本経済、今日よりも明日の生活が良くなると実感できる日本経済を取り戻してまいりま
    す」 首相官邸ホームページ 2012年12月26日 「日本を、取り戻す。」をキャッチフレーズとして打ち出して政権を取
    り戻した自民党。安倍首相は就任演説でこのようなことを言っていた。とても素晴らしい内容だが、7年8カ月経った
    今、はたして日本が本当に「頑張った人が報われ」「今日よりも明日の生活が良くなると実感できる」ようになったか
    どうか。とてもそうは思えない。  安倍政権は「アベノミクス3本の矢」に始まり、「地方創生」「1億総活躍社会」「働き
    方改革」「全世代型社会保障」など、数々の看板政策を打ち出してきた。どれも「やってる感」はすごかったが明確な
    成果は出ていない。
             IOC総会での“アンダーコントロール”発言
     景気回復は2018年10月をピークに後退期に入り、雇用は創出されたものの非正規労働者の割合が増えて賃金は
    上がらず、消費税は上がり続けて普通の人々の生活は貧しくなった。そこへ新型コロナウイルスの感染拡大が追い
    打ちをかけ、安倍首相は辞任を発表した。  さて、この7年8カ月の間、安倍首相はどのような言葉を残していたのだ
    ろうか? 「状況は、統御されています」 首相官邸ホームページ 2013年9月7日  2020年の東京五輪誘致に向けた、
    安倍首相のIOC総会におけるプレゼンテーションは日本中を騒然とさせた。スピーチの冒頭で、「フクシマについて、
    お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています」と言い切ったのだ。「アンダーコントロール」
    という英訳も耳に残る。  IOC委員からの福島第一原発の汚染水についての質問には「汚染水による影響は、福島
    第一原発の港湾内の0.3平方キロメートル範囲内で完全にブロックされている」と答えたが(ハフポスト日本版 2013年
    9月9日)、今なお汚染水の発生は続いており、浄化処理をした水を保管するタンクはまもなく満杯になる。処理した水
    の海洋放出も検討されているが、放射性物質は完全に処理しきれておらず、漁業関係者が強く反対しているという
    (東京新聞 2020年3月18日)。まったく状況はコントロールされていない。
               特定秘密保護法の強行採決後には……
      事実はどうあれ、言い切ってしまう。そして、あとは追及されても知らん顔。これが安倍首相の常套手段である。
    「私自身がもっともっと丁寧に時間をとって説明すべきだったと、反省もいたしております」 首相官邸ホームページ 
    2013年12月9日  国内の多くの反対を押し切って強行採決をしたのが特定秘密保護法だった。NHKが行った世論
    調査では、国会で議論が尽くされたと思うかどうかについて、「尽くされた」が8%に対して「尽くされていない」が59%
    に達した(ハフポスト日本版 2013年12月9日)。  そんな状況に対して安倍首相は記者会見で「真摯に受けとめな
    ければならない」とし、「丁寧に」「説明すべきだった」と「反省」しているのだが、このような言葉は後に何度も繰り返
    されることになる。
     また、安倍首相は「今ある秘密の範囲が広がることはありません」と言い切ったが、特定秘密を記録した行政文書
    の廃棄は進んでいてチェックも十分ではない。さまざまな情報が闇から闇へ消えていっていることは、国民は後から
    知ることになる。 「我が党においては結党以来、強行採決をしようと考えたことはない」 朝日新聞デジタル 2016年
    10月17日  これはTPPを審議する国会での発言。「民主主義のルールにのっとっていくのは当然のこと」と胸を張っ
    たが、前年9月の安全保障関連法案の審議では与野党議員が揉み合う中、採決を強行したばかりだった。どの口で
    言っているのだろう。
                  くすぶり続ける「モリカケ問題」
     TPPに関しては「TPP断固反対と言ったことは一回も、ただの一回もございません」(しんぶん赤旗 2016年4月9日)
    という発言もある。2012年の衆院選の際は「TPPへの交渉参加に反対!」「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない。」
    とポスターに明記されていたのはご存知のとおり。その後、日本はアメリカが離脱したTPPを主導してまとめあげた。
     「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」 毎日新聞 2017年2月18日  安倍昭恵夫人
    が名誉校長を務めていた学校法人「森友学園」の国有地払い下げ問題に関して、安倍首相が国会で放った一言は大
    きな波紋を呼んだ。「忖度」という言葉が注目を集める一方、とにかく証拠が出てきてしまったら安倍首相が議員辞職し
    なければいけないとあって、大規模な公文書の隠蔽、改ざん、破棄が行われ、改ざん作業を指示された財務省近畿財
    務局の職員が自殺に追い込まれた。  安倍首相の「腹心の友」加計孝太郎氏が理事長を務める「加計学園」の獣医
    学部新設問題になると、「これは総理のご意向」と書かれた文書や「本件は首相案件」と書かれた備忘録などが飛び
    交った。安倍昭恵夫人が公開した安倍首相、加計氏らの写真につけられた「男たちの悪巧み」というフレーズも話題
    になった。 「モリカケ問題」と呼ばれて疑惑はくすぶり続け、安倍首相は「真摯に説明責任を果たしていく」「丁寧に説
    明する努力を積み重ねていく」と繰り返したが、まともな説明はなされないままだった。
                  一国の首相が国民を“味方”と“敵”に分断した
     「こんな人たちに負けるわけにはいかない」 毎日新聞 2017年7月8日  安倍首相は在任中、常に国民を「敵」と「味
    方」に分けてきた。議論したり説明を尽くしたりするよりも、自分の味方を集めて政権基盤を固め、異なる意見は排除
    する。野党が弱かったこともあり、それで十分選挙に勝つことができた。  象徴的だったのが、17年7月の東京都議選
    、秋葉原駅前での街頭演説での発言。安倍首相は政権批判の声を上げる聴衆を指さして「こんな人たちに負けるわけ
    にはいかない」と声を張り上げた。一国の首相が国民をはっきりと「分断」してみせたのだ。「味方」は手厚く遇し、「敵」
    は徹底的に干し上げる。「分断」と「排除」が安倍首相の一貫した政治手法だった。  安倍首相の失言は東京都議選の
    惨敗を招くが、その後、北朝鮮のミサイル実験が始まると「Jアラート」を連発。10月の「国難突破解散」による衆議院総
    選挙で圧勝してみせた。
     「次は私が(北朝鮮の)金正恩キムジョンウン)委員長と向き合う番だと思っている」 朝日新聞デジタル 2018年8月
    23日 安倍首相は北朝鮮による拉致問題を「政権の最重要課題」と位置づけ、解決に意欲を燃やしていたが、結局、解
    決の糸口は見いだせないままだった。  2017年から繰り返されていたミサイル発射実験を契機に、北朝鮮に「あらゆる
    方法で圧力を最大限に高める」と強い態度で臨んでいた安倍首相だが、トランプ米大統領が2018年6月に金正恩委員
    長との会談を実現させると、途端に「私が向き合う番」と発言した。しかし、その後もトランプ大統領頼みだった感は否め
    ない。  2019年5月にも「私自身がキム委員長と条件をつけずに向き合わなければならないと考えている」と語ったが
    (NHK政治マガジン 2020年7月1日)、それまでの強硬姿勢への反発からか、北朝鮮側は取り合わなかった。
                   野党を叩いて支持率を上げようとした?
     「悪夢のような民主党政権」 日刊スポーツ 2019年2月10日 「モリカケ」問題を経て、安倍首相は「悪夢のような民主
    党政権」と繰り返すようになる。民主党時代の混乱を印象づけ、弱体化していた野党を叩くことで政権の支持率を上げ
    るよう画策したように見える。経済や外交などの政策で成果を上げていないことの裏返しのようでもある。  ちなみに20
    12年の首相就任会見では、「過去を振り返っても、あるいは前政権を批判しても、今現在、私たちが直面をしている危機、
    課題が解決されるわけではありません」と話していた。2019年の段階で、安倍首相はかなり追い詰められていたのかもし
    れない。
                    北方領土問題も“やってる感”だけだった
     「ゴールまで、ウラジーミル、2人の力で駆けて、駆け、駆け抜けようではありませんか」 FNNプライムオンライン 2019
    年9月6日  北方領土問題も解決にはほど遠かった。安倍首相は交渉の過程で何度も「前進」「加速」「力強く」という言葉
    を繰り返したが、結局は「やってる感」の演出でしかなかった。  27回も行った日ロ首脳会談は安倍首相がロシアへ行った
    回数が圧倒的に多く、「朝貢外交」と批判された。ロシアへの経済協力を約束し、4島返還から2島返還へ転換したが、その
    後、音沙汰がない。プーチン大統領は今年2月、自国の憲法改正にあたってロシアの領土を譲渡することを禁止すべきだ
    という提案に「アイデア自体は気に入った」と発言している(NHK NEWS WEB  2020年2月14日)。
     「幅広く募っているという認識でございました。募集してるという認識ではなかったものです」 日テレNEWS24 2020年1月
    28日 また疑惑が噴出した。「桜を見る会」だ。「各界で功労・功績のあった方々を慰労する」という趣旨の会に、安倍首相
    は自分の支持者を大量に招いて私物化していた。2019年は8894人を招き、予算は5518万円。自民党関係者の推薦枠が
    6000人、安倍首相の推薦が1000人、「私人」である昭恵夫人の推薦枠もあった(産経新聞 2019年11月20日)。  そもそ
    も安倍首相は「桜を見る会」でこのように挨拶している。「皆さんとともに政権を奪還してから7回目の桜を見る会となった」
    (産経新聞 2019年4月13日)。自分の味方が集まる場所だったことは明確だ。
                 公文書破棄、国会でのヤジ、ご飯論法……
     「募集」の意味がわかっていないかのような安倍首相の国会での珍答弁は失笑を招いたが、招待者名簿がシュレッダー
    で破棄されていた。公文書の破棄の常態化は安倍政権の負のレガシーと言っていい。  「意味のない質問だよ」 読売新聞 
    2020年2月17日 「国会中継を子どもに見せたくない」と人々に思わせるようになったのも、安倍政権の負のレガシーかもし
    れない。  これは今年2月、国会で「桜を見る会」について追及されたときに安倍首相が放ったヤジ。その他にも「日教組は
    (献金を)やっているよ」「早く質問しろよ」「まあいいじゃん。そういうことは」「反論させろよ」などと安倍首相のヤジは枚挙に
    暇がない。調べによると2019年だけで26回のヤジなど不規則発言が記録されていたという(毎日新聞 2019年11月7日)。
    「私が話しているのは真実。それを信じてもらえないということになれば、予算委員会が成立しない」 朝日新聞デジタル 20
    20年3月31日  安倍政権の大きな特徴は国会の軽視だ。議論するための委員会を開かない、資料の公開を拒否する、疑
    惑のある政治家が出てこないなどなど……。「モリカケ問題」の頃から、国会での質疑で質問に答えているふりをして、論点
    をずらしたり、はぐらかしたりする「ご飯論法」も話題になった。話の帳尻がつかなくなれば、公文書を廃棄、改ざんする。
                 「堂々と嘘をついてもいい」と知らしめた政権
     自分たちの利益のため、目先の結果のためなら、堂々と嘘をついてもいい。それを多くの日本人に知らしめたのが安倍
    政権だったと言えるだろう。結果のためならプロセスは不透明でも構わない。そこには法秩序も倫理観もない。その現れが
    「桜を見る会」の前夜祭についての質疑への安倍首相の答えだ。「私が話しているのは真実」。つまり、自分が正義、自分
    が法ということだ。  検察幹部の定年延長問題に火がついたのはこの頃のこと。新型コロナウイルスの感染拡大と政府の
    初動の鈍さ、そしてその裏で何かがまた蠢いていることに気づき、国民も「いい加減にしろ」という気分になってきていたのだ
    ろう。「友達と会えない。飲み会もできない」 安倍氏のツイッター 2020年4月12日  安倍政権に大きなダメージを与えたのは
    新型コロナウイルスの感染拡大だ。政策は迷走し、経済は完全に頭打ちになった。  そんな中、日本中を仰天させたのが、
    安倍首相が放った“コラボ動画”である。国民が不十分な給付や補助に苦しむ中、自宅とみられる私室で犬とのんびりくつろ
    ぐ安倍首相の姿に「貴族か」などと猛批判が浴びせられた。
                       1カ月以上も途絶えた記者会見
     動画に添えられた一文の「友達と会えない。飲み会もできない」も豪華な会食ができない安倍首相の嘆きのようだった。
    疑惑渦巻く中、コロナ禍で中止になった「桜を見る会」がちょうど1年前の4月13日に行われていたのだから、勘ぐられても
    仕方がない。 「マスク市場にインパクトがあったのは事実」 産経新聞 2020年4月28日  後手にまわるコロナ対策への批
    判が続く中、安倍首相が打ち出した乾坤一擲の政策は「アベノマスク」だった。佐伯耕三首相秘書官が「全国民に布マスク
    を配れば不安はパッと消えますよ」と発案して決定したという(『週刊文春』4月16日号)。マスク市場にはどうだったかわから
    ないが、国民にはすさまじい「インパクト」だった。税金を466億円も投入したわりに品質もイマイチの上、調達の不透明性も
    報じられた。  6月17日、検察庁法改正案が廃案になる。「#検察庁法改正案に抗議します」のツイッターデモの影響もあっ
    たようだ。そして6月18日以降、安倍首相の記者会見は1カ月以上途絶えることになる。首相周辺からは「会見しても良いこ
    とは何もない」という声が漏れていたという(時事ドットコムニュース 2020年7月25日)。
                   安倍政権の「負のレガシー」を一掃しなければならない
     安倍首相は、これまで何度も難局を乗り切ってきた「なにもしない戦略」(疑惑が発生したときは極力、発信を控えて忘れ
    た頃に選挙に打って出る)を繰り返そうとしたのかもしれない。しかし、一向に収束しないコロナ禍の中で、今回ばかりは忘
    れてもらえなかった(松谷創一郎「 日本人の“忘却癖”を利用した安倍政権のイメージ戦略──安倍ポピュリズムの実態と
    は 」)。 「レガシーは国民の判断すること。歴史が判断していくことだと思う」 日刊スポーツ 2020年8月29日  辞任会見でこ
    う語った安倍首相。今後、外交や安全保障などについて、安倍政権のレガシーが評価されることがあるかもしれないが、同
    時に森友・加計問題、公文書改ざん問題、桜を見る会問題、河井夫妻問題などについての追及も行われなければいけない。  
    なにより、「嘘」「ごまかし」「不公正」など、安倍政権の「負のレガシー」を一掃する必要がある。それは我々国民の役割である。

      今日の予定。 
     夜が明けたら『ミシェル 城館の人』の続きを読む。
     6時になったら燃やせるゴミをゴミ・ステーションに入れる。それが済んだら1週間分のハック・フィンをプリント・アウトし、
     郵便物を三部作る。7時になったらそれを愛車フィットを走らせて塩谷さん、金田さん、小坂さんの順で配達する。
     8時、朝食。10時、お菓子を食べにお茶会に出かける。
     規則正しい生活だね。我ながら驚きだね。風狂無頼にこんな生活が営めるとは。
      午後、恒例の「枯葉のデート」は妻殿の事情で中止。
     2時からは久しぶりに市民運動に取り組む。街頭宣伝というやつだ。
     靖国小僧は退場したが、アベ的なるものはまだ残っている。戦いはこれからだ。
     微力ではあるが、決して無力ではない。全力を挙げて水に落ちた犬を叩く。向う岸へは逃さない。
      黄昏時、多分、イヴ・モンタンの『枯葉』を聴くだろう。そして、間違いなくまた遠い昔のことなど思い出しながら「命の水」を
     呑み始めるだろう。かくて愚者の1日は静かにカーテンを閉める。
     明日は、今日よりもっと幸せな日となるだろう。

             「ルバイヤード」第二歌

      まだ明けやらぬしののめに

      旗亭(きてい)のなかの声は言ふ---

      「さめよ、人の子、みたせ杯(つき)、

       生命(いのち)の酒のつきぬ間(ま)に。」

            ※しののめ:夜明け 旗亭:酒場のこと
                         オマル・ハイヤーム(11世紀のペルシャの詩人)


 
       「武田砂鉄さんのこと」

          2020・9・7(月)

     武田砂鉄(たけだ さてつ)は日本のフリーライター。37歳。著作に『紋切型社会』、『コンプレックス文化
    論』『日本の気配』などがあるそうだ。この人物について私が知っていることはこれだけだ。
    その武田さんが『わかりやすさの罪』(朝日新聞出版)と題する本を出した。この本について、6日の赤旗の
    文芸欄「新刊書案内」でジャーナリストの斎藤貴男さんが取り上げていた。それを少し書き写す。

          「曖昧さにこそある無限の深め方」
      池上彰氏が脚光を浴びるようになってから、どれぐらいの歳月が流れただろう。彼のニュース解説は確
     かにわかった気にさせる。実に貴重な存在だが、踏み込まない。現実に起きている事態をあれだけ把握
     し、複数の視点を提示しながら、自らは何事も主張しようとはしないのだ。
      そんな池上流は、「曖昧なところがない。シンプルにして深い」と絶賛されている。だが本当にそうか。単
     に「曖昧なところを自分で抱えない」で、無限にあり得るはずの深め方を、無難な落としどころに誘導して
     いるだけではないのか――。
      たとえば以上のような状況に対する違和感を、武田砂鉄という物書きは放っておけない。現代の日本社
     会あふれる、お手軽でおトク、便利、かつ単純な、「わかりやすさ」だけに意味があるとでも言わんばかり
     の言説や集団、価値観に、四方八方あらゆる角度からメスを入れたのが本書である。

      ということだそうだ。池上彰は1950年生まれの70歳。元はNHKの社会部記者やニュースキャスター、
     2005年に退職してフリーランスのジャーナリストとなる。この人は超有名人だから、これ以上は書き加え
     るものはない。ジャーナリストとは、新聞、雑誌など、あらゆるメディアに報道用の記事や素材を提供する
     人、または職業のことである。明治時代は「操觚者(そうこしゃ)と訳されていた。意味は、文筆に従事する
     人。著述家・記者・編集者などである。つまり簡単に云えば、見聞した出来事を傍観者の立場で文章を書く
     人ということになるか。この段階では、ジャーナリストの職業倫理は問われてはいないし、その社会的使命
     も問題とはされていない。従って、一口にジャーナリストと言ってもピンからキリまであって、その定義は難し
     い。この状況は、報道の自由度ランキング世界第62位を誇るこの国では今もあまり変わりはないのかも
     知れない。果たして池上彰はジャーナリストなのか。「すぐわかる」と「そうだったのか」は池上の枕詞だが、
     これは批評でも解説でもなく、タレントの講談もしくは野次馬の実況中継というものだろう。
     哲学も論理もなく、意味もないことを知ったかぶりで得意気に長々とベラベラと喋り続ける通俗的な床屋政
     談をジャーナリズムと呼ぶのは悪質な冗談である。権力に対しての批判精神がないところで語られる言説
     は、自身の安全を保障しての蛇足・余談・漫談でしかなく、これを饒舌の徒と呼ばずして何と言うのか。
     「知るものは言わず、言う者は知らず」と老子は言った。
      話を元に戻す。
     武田砂鉄の新刊書については早くも8月の18日に取り上げられている。
     
            「わかりやすさの罪」武田砂鉄著
              公開日:
      テレビで「一家の財布は夫が握るべきか、妻が握るべきか」というアンケートをやっていたが、その前に、
     「そもそも、どちらか一方が財布を握る必要があるのだろうか」という疑問がある。賛成か反対かという二択
     を迫られたとき、「どっちでもないね」とか「どうして選ばなきゃいけないんだよ」と答えることを諦めすぎではな
     いか。選択する前に、ほかに選択肢はないのかを考えることが必要だ。
      著者は世の中が「わかりやすさ」に直進することに苛立ちを感じていた。わかりやすいものを求める姿勢は
     「わかりやすさの罪」の最たるものだ。人は情報の氾濫に巻き込まれまいと、わかるものだけをわかろうとす
     るようになったのだ。
     「わかりやすい社会」に痛烈な一撃を与える一冊。

       実は、私は武田さんの文章を赤旗で何度か読んでいる。
      37歳のこの人は「すぐわかる」とか「そうだったのか」と言った学習塾の宣伝文句は絶対に使わない。
      その文章は簡潔にして明快、誘導性の不潔は持たず、論旨がずれることはない。
       ジャーナリストに求められるのは報道の正確性と客観性であるが、その前に、その立場が普遍の価値を
      守るものであるかどうかである。そうでないとすれば、それはやはり単なる饒舌に過ぎない。
       斎藤貴男さんは、

       「ネットスキルにも若者文化にも通じた38歳が時流にあらがう営みは、本人には苦行だったろうが、読者
      にとっては福音だ。本書は己をこれ以上は安く、貧しくしないための戒めになってくれる」。

       と絶賛している。
        後は、老いも若きも、1日も早く本書を手に入れるだけだ。
       季節は秋、読書の秋だよ。

      


      「タルサ人種虐殺」

          2020・9・6(日) 

    今、アメリカで何が起きているのか。
   建国236年、自由と民主主義の国、世界最強にして世界一裕福なこの国で何が起きているのか。
   4日の新聞の海外ニュース欄にアメリカの「今と此処」を報じる記事が載っていた。

         「100年前の黒人虐殺事件」
    米国南部オクラホマ州タルサで約100年前に起きた白人暴徒による黒人虐殺事件(タルサ人種虐殺)
   をめぐり、犠牲者の子孫らが1日、事件に加担したとして市などを相手取って補償を求める訴訟を地方
   裁判所に起こしました。
    原告は、虐殺で黒人社会を壊滅させたことが現在も続く人種間格差の原因になっていると訴えています。
          
    この事件のことは初めて知った。ビリー・ホリディの『奇妙な果実』を聴いたのは少年期の終わり頃のこと
   であり、この歌の内容とその背景についても知っていた。
    音楽体験について思い出せば、16歳の時にスイング・ジャズの王様ナット・キング・コール(1919年~19
   65年)の『モナ・リザ』『ルート66』『トー・ヤング』を聞いた。
    17歳の時にハリー・ベラフォンテ(1927年生まれ)の『バナナ・ボート』『マティルダ』『ダニー・ボーイ』を聴
   いた。ただし、この時点ではベラフォンテの政治的発言は知らなかった。またベラフォンテについてはこれも
   ずっと後になって知ったことだが、あの古典主義者・三島由紀夫がこんなことを言っていた。

    「ベラフォンテがどんなにすばらしかは、舞台を見なければ、本当のところはわからない。ここには熱帯の
   太陽があり、カリブ海の貿易風があり、ドレイたちの悲痛な歴史があり、力と陽気さと同時に繊細さと悲哀が
   あり、素朴な人間の魂のありのままの表示がある。そして舞台の上のベラフォンテは、まさしく太陽のやうに
   かがやいてゐる。(中略)歌はれる歌には、リフレインが多い。全編ほとんどリフレインといふやうな歌がある。
   これは民謡的特色だが、同時に呪術的特色でもある。わづかなバリエーションを伴ひながら『夏はもうあらか
   た過ぎた』(ダーン・レイド・アラウンド)とか『夜ごと日の沈むとき』(スザンヌ)とかいふ詩句が、彼の甘いしは
   がれた声で、何度となくくりかへされると、われわれは、ベラフォンテの特色である、暗い粘つこい叙情の中へ、
   だんだんにひき入れられる。声が褐色の幅広いリボンのやうにひらめく。われわれは、もうその声のほかには、
   世界中に何も聞かないのである。(中略)(私は)『バナナ・ボート』や、たのしい『ラ・バンバ』をことに愛する」
   
    そして18歳の夏がやってきた。私の人生にモダン・ジャズが入って来た。
   アート・ブレイキー『モーニン』、マイルス・ディヴィス『スケッチ・オブ・スペイン』、ソニー・ロリンズ『サキソフォン・
   コロッサス』、ジョン・コルトレーン『至上の愛』、セロニアス・モンク『ラウンド・ミッドナイト』等など。
    ジャズは数々の伝説に彩られた未知の世界だった。それは少年の私にとっては音楽と言うより宗教に近い
   ものだった。あるいは精神の衣装と言うべきか、すなわちダンディズムである。
   その中でも私が最も愛したジャズは巨匠や帝王たちではなく、路上の不良少年を思わせるリー・モーガンだっ
   た。『ザ・サイドワインダー』、これが私の讃美歌だった。
    その季節の中で、私はリチャード・ライトの『アンクル・トムの子供たち』『アメリカの息子』を読み、ジェイムス・
   ボールドウインの『山にのぼりて告げよ』『アメリカの息子のノート』『ジョヴァンニの部屋』『もう一つの国』『白人
   へのブルース』『次は火だ』を読んでいた。
    一般に「黒人初のメジャーリーガー」(これは正確ではないが)と呼ばれるジャッキー・ロビンソンがブルックリ
   ン・ドジャーズに入団したのは1947年のことである。これはアフリカ系アメリカ人のメジャー・リーガーとしては
   1884年のモーゼス・フリート・ウーカー以来63年ぶりのことであった。1947年というのは今から73年前の
   ことである。
    「ガルベストンの巨人」というニックネームを持つジャック・ジョンソン(1878年~1946年・68歳没)は奴隷の
   子として生まれた。彼が黒人として初の世界ヘビー級王者となったのは1908年12月26日のことである。
   彼以前に黒人の優秀なボクサーがいなかった訳ではない。カラーライン制度によって白人が黒人との対戦を拒
   否していたからである。カラーライン制度というのは、白人が黒人を嫌悪していたというよりも、黒人の実力を恐
   れ、黒人王者が誕生して白人の権威が脅かされるのを恐れたのが誕生した理由であるという人種差別制度で
   ある。
    黒人公民権運動活動家マルコム・X(1925年生)が暗殺されたのは1965年の2月21日のことで、時に39歳。
   ワシントン大行進の「私には夢がある」の演説で有名なマーチン・ルサー・キング牧師(1929年生)が暗殺された
   のは1968年の4月4日のことで、時に39歳。
    黒人のバラク・オバマが第44代大統領になったのは2009年1月20日のことだ。任期は2017年の1月20日
   まで、それで、アメリカは変ったのか。
    話を元に戻す。「タルサ人種虐殺」とはどういう事件だったのか。フリー百科事典を開く。

    虐殺は1921年5月31日から6月1日までの、戦没者追悼記念日の週末の後に起きた。
   商業ビルの一階で働く白人店員が、エレベーター・オペレーターとして働く17歳の白人女性の叫び声の後に、靴
   磨きとして働く19歳の黒人、ローランドが逃げるのを目撃した。白人店員は警察に電話し、性的な暴行事件があ
   ったと通報した。実際にエレベーターの中で何が起きたのかは、未だ謎に包まれているが、ローランドは女性の腕
   に触れたのは認めたが、暴行容疑は否認し、女性も被害届を出さなかった。
    翌日、容疑をかけられたローランドが拘留されていた裁判所の前には、怒る白人が2000人ほどの群衆となって
   いた。当時アメリカでは白人による黒人のリンチが横行していた。白人暴徒は裁判所にローランドの引き渡しを要
   求し、それに対抗して集まった50人ほどの黒人達との間で銃弾が交わされ、12人が死亡した。この知らせが街に
   広がり、白人暴徒による暴力が拡大した。その夜から翌日の朝にかけ、白人の暴徒達は、黒人が住む地域を破
   壊して回り、建物に火をつけ、黒人の経営する店から略奪した。
    白人暴徒による襲撃は地上のみならず、自家用飛行機からのライフル焼夷弾を使った攻撃も行われ、住居
   や店舗、学校、教会、病院などが襲撃され、その多くが焼失した。最終的にはグリーンウッド地区の35区画以上が
   破壊された。800人以上が病院に搬送され、6000人以上の黒人が家や商店から連れ出され、多くは数日間に渡っ
   て収容施設に武装した警備の元拘束された。多くの黒人達が無差別に殺され、翌日の昼頃、オクラホマ州兵が
   厳令
をしき、事態は一時収まった。 グリーンウッド地区は当時アメリカで最も裕福な黒人コミュニティで、ブラック・
   ウォール街とも呼ばれたが、この事件でおよそ1万人の黒人住民が家を失い、被害総額は不動産で150万ドル、個
   人資産では75万ドルとなった。これは2019年における約3200万ドル相当、日本円にすると35億円相当となる
    当時のオクラホマ州の公式統計によると36人の死者がでたと記録されたが、アメリカ赤十字社は公式推定を出す
   事を拒否した。2001年に州政府によって行われた再調査によると、検死報告書、死亡証明書やその他の記録から
   確認された死者が39名となったが、実際には少なくとも75-100人、もしくは100-300人の死者が出たと推定した
    多くの生存者は、家をなくし、その後タルサ市を去った。タルサ市に残った黒人と白人の住人達は、この暴動と虐
   殺について、長年沈黙し、この事件について語られることはほとんど無かった。また、タルサ市や、オクラホマ州、
   またアメリカ合衆国の公式歴史にもほとんど記録される事は無かった。
    虐殺から75年経った1996年、オクラホマ州政府は「タルサ人種暴動調査委員会」の設立を許諾した。委員会は残
   された記録や生存者の証言を集め、新たな聞き取り調査を元に報告書を作成した。2001年に公開された報告書で
   は、タルサ市が白人暴徒と共謀して黒人コミュニティを破壊したと結論付けられた。被害者が埋められているであろ
   う集団墓地の探索がされているが、2020年の時点では発見されておらず、調査が続いている。
    多くの新たな事実が発見されるにつれ、Tulsa Race Riot(タルサ人種暴動)と呼ばれていたこの事件において、
   次第にTulsa Race Massacre(タルサ人種虐殺)という呼称が使われるようになる。2018年には、タルサ人種暴動
   調査委員会は正式にタルサ人種虐殺調査委員会と改名する
    長年語り継がれなかったタルサ人種虐殺は、2020年からオクラホマ州の義務教育においての必須項目となった

    アメリカの英国からの独立は1776年のことである。7月4日は独立記念日(インディベンデンス・デイ)と定められ
   ている。初代大統領には独立戦争を指揮したジョージ・ワシントン(1732~1799)が就任した。ワシントンは、終生
   に渡って数多くの奴隷を酷使し続けたヴァージニアの奴隷制大農園主であった。
    二代目はジョン・アダムス、彼は建国直後の数人の大統領の中では例外的に奴隷制大農園主ではなかったが、奴
   隷制度反対の立場に立つこともなかった。第三代はトマス・ジェファーソンである。独立宣言の起草者である。
   ジェファーソンは、啓蒙的な思想の持主で、奴隷制度については公式には一貫して撤廃の立場を執っていたが、実
   人生においてはヴァージニアの大農園主として、死ぬまで200人近い黒人奴隷を抱えたままだった。また、妻の死後
   には年若い女奴隷サリーを愛人として囲ったあげく、数人の子供を生ませたとも言われている。
    第4代はジェームス・マディソン、この人物もヴァージニアの大農園主である。対外宣戦布告をした初の大統領とし
   て歴史に名を残した。米英戦争であるが、動機はアメリカの領土拡張(大陸内のイギリス、スペインの領土)の野心で
   ある。その領土とは先住民の土地のことである。
    第5代は「モンロー宣言」で有名なジェームス・モンロー。モンロー主義とは、アメリカはヨーロッパの事態には不干
   渉を取り、その代わりヨーロッパもアメリカ大陸での合衆国の行動に一切干渉させないという単独的な帝国主義のこ
   とである。
    アメリカの建国の父(ファウンディング・ファーザーズ)たちについてはここで止める。どれもこれも下らない二流の人
   物たちだ。傲慢、強欲、狂信、後は何もない。
    先日、憲法再生フォーラム編の『改憲は必要か』(岩波新書・2004年発行)という本を読んだ。
   その第三章は杉田 敦さんの論稿で、その中に次ぎのようなことが書かれていた。

    アメリカの政治学者であるロバート・ダールは『アメリカ憲法は民主的か』という本で、一般に世界に冠たるものと考
   えられているアメリカ憲法をこきおろしました。彼によれば、アメリカ憲法典は一握りの人々が急いで書いたものにす
   ぎず、しかもそれは、当時の力関係を反映した妥協の産物以上のものではありません。
   【中略】相対的に安定した民主政治のほとんどは、議院内閣制に近い形で行われており、大統領制はむしろ、独裁国
   家に多く見られるのです。アメリカ憲法典は、民衆の能力にきわめて強い疑いを持っていた人々が、民衆の力を制限
   することを目的としてつくったものであり、その後の一連の憲法修正過程の中で、人々はこうしたテキストに対抗する
   形、デモクラシーをより確かなものとする方向で実践を繰り広げてきた、というのが彼の見解です。

    「構造的人種差別」については知らないことが多すぎる。それだけでなく、忘れさせられたことも多すぎる。また、それ
   以上に無かった事として歴史から掻き消されたことが多すぎる。
    「タルサ人種虐殺」が起きたのは1921年のことである。大正12年の関東大震災によって生じた混乱の中で、官憲
   や民間の自警団などにより多数の在日朝鮮人が虐殺された。これは西暦の1923年のことである。
   犠牲者数は論者の立場によって違いはあるが、推定で約6000名と見られる。
    自警団に参加していた芥川龍之介は後に、『侏儒の言葉』の中でこの殺戮行為を、「「自然は唯冷然と我我の苦痛を
   眺めている。我我は互に憐れまなければならぬ。況や殺戮を喜ぶなどは――尤も相手を絞め殺すことは議論に勝つ
   よりも手軽である」と批判した。
    官憲や民間の自警団はこの虐殺を「朝鮮人狩り」と称して喜々として実行したのである。




         「みじめな指導者」

             2020・9・5(土) 


     安倍晋三の約8年に及ぶ政治の私物化の中で何が起きて、それらの事が日本をどういう国に変えたのか、
    その功績と罪過についての検証も済まぬうちに自民党内では継承路線が絶対多数の約束事となり、国内の
    メディアは功罪半ばするとして批判にもならない論評や映像を垂れ流す。
     前にも紹介したが、もう一度確認しておく。
    海外メディアの安倍辞任劇についての評価は総じて否定的である。

     「日本は政治的にも経済的にも新鮮なスタートが必要だ」、安倍首相の経済政策は「近視眼的」で「失敗」と断定。
                    独誌『シュピーゲル』
     「危機時におけるみじめな指導者だった」と酷評。
                    仏紙『ルモンド』
     「えこひいきや、公文書の改ざん・廃棄などの不祥事が相次いだ政権だった」と指摘。
                    英BBC。
     「安倍首相が在任期間中、日本は急激に右傾化した」と指摘。
                    韓国ハンギョレ新聞。
     「憲法改正や北方領土の返還などいくつかの目標を達成できなかった」、「安倍総理大臣は不支持の割合が上
     がり、非常に不人気なリーダーになっていた。国民は政権の新型コロナウイルスへの対応に不満を抱いていた」
     と指摘。              米ニューヨクタイムズ

     「アベノミクスと呼ばれる政策パッケージを通じて日本経済を復活させようとしたが多くのエコノミストが必要だとす
     る抜本的な改革はできなかった」。
                      米ワシントン・ポスト
     「日本は新型コロナウイルスの影響を比較的抑えられたものの安倍政権がすべての世帯に布マスクを2枚ずつ
     配布するなどの取り組みは厳しい批判を浴びた」。
                       仏AFP通信

      フランスの新聞『ルモンド』の編集方針は中道左派と言われた時もあったが、今では穏健派だそうだ。
     その『ルモンド』は安倍首相を「危機時におけるみじめな指導者だった」と酷評した。
     8月28日の朝日新聞は『ルモンド』の論評を次のように伝えている。

     「仏紙ルモンドも、新型コロナウイルス対応の初動の遅れや、国会を開かず説明責任を果たさなかったこと、
     東京五輪
を延長せざるを得なかったことなどを指摘し、「危機時の惨めな指導者だった」と酷評した。
     その上で、後継候補に触れつつ、性格以外に大きな差は見当たらないとして、「日本は変化よりは継続に向か
     うだろう」と論じた」。

      8月28日といえば、後継の本命は頑固者の石破であり、対抗は軟弱者の岸田であり、ダークホースが河野
     太郎であり、泡沫に小泉、下村、稲田の名前が挙がっているという状況だった。しかし、『ルモンド』はこの時点
     で、「日本は変化よりは継続に向かうだろう」と予測している。
      後継のことはともかくとして、『ルモンド』のいう「危機時」とは何かということだが、第一は、コロナパンデミック
     (世界的流行)であり、第二は、新自由主義の破綻であり、第三は、この二つの事によって明らかになった「構造
     的人種差別(民族差別・性差別をも含む)」の問題である。この複合的な世界的危機に対して安倍首相は的確な
     対応が出来ず、将来に向かっての解決策らしきものも提示することが出来なかった。全くの無為無策で立ち往生
     し、結局は逃げ出した。
     「みじめな指導者」という指摘は、おそらく世界共通の認識であろう。その原因はどこにあるのか、何年か前のこ
     とだが、『ルモンド』は安倍首相と日本の行き詰まりを警告していた。今にして思えば、それは「歴史修正主義の
     愚昧」が必ず行き着く最終風景についてのものだった。一言で言えば、時代錯誤ということである。
      ここで『ルモンド』の最新の記事を一つ紹介する。
     
       新型コロナ危機を切り抜けるには、適切な公衆衛生の政策に加えてどんな経済政策が必要なのか。次の危機
      に備えるには、コロナ後の経済をどう変えるべきなのか。世界のメディアでは経済学者の発言が増えている。
      格差問題の歴史的研究で知られる経済学者のトマ・ピケティはどんな分析と提言をしているのか。

        「ロックダウンされた街で多くのホームレス」
       新型コロナウイルス感染症の影響で外出せずに自宅で過ごすのが格差を強烈に感じさせる経験になっている。
      広い快適な家で過ごすのと狭い家に5人で閉じこもって過ごすのとでは天と地の差があるからだ。
      「今回の危機では格差の暴力を目の当たりにしています」
       こう指摘するのがフランスの経済学者トマ・ピケティだ。世界で250万部以上売れた異例の経済書『21世紀の資本』
      の著者である。米国の隔週誌「ニューヨーク・マガジン」の取材に応じ、フランスのロックダウン(都市封鎖)事情につ
      いてこう語っている。
       「つらい状況にあるのは、私のように快適な家で過ごせている人ではなく、狭い家で暮らす人や働くために外出しな
      ければならない人たちです」
       フランスでは一時帰休の従業員が政府の補填で給与の70~100%をもらえるようになっているが、これは正規の契
      約で雇用されている人の話である。ウーバー式の宅配をしている労働者や個人事業主には収入の支援が少ない。
       パリの北に広がるセーヌ・サン・ドニなどの貧しい郊外の住民は、感染のリスクを背負って、スーパーで働いたり、宅
      配の仕事をしたりしなければならない状況だった。また、これらの貧しい郊外では、非常に狭い住宅に5人や10人で暮
      らしていることもある。
      ロックダウンが決まるや否や、田舎の別荘に向かったパリ中心部の住民とは対照的だったのだ。
       ピケティはロックダウン時のパリについてこう言う。

       だから私は日本の新聞を読まない。テレビの報道番組を見ない。
      政局については『日刊ゲンダイ』一紙あれば十分である。昨日の『日刊ゲンダイ』を拾い読みする。
           菅新政権は“短命”必至 5派連合に担がれ身動き取れず内紛も
                                           公開日:
       自民党の総裁選は、告示前から“勝負あった”の情勢だ。だからか、圧勝ムードの菅陣営は早くも内紛が勃発している。
      陣営内からは「投票日の9月14日まであと10日、どこまで亀裂が広がるか分からない」の声さえ上がる始末だ。
      菅義偉官房長官を担いでいるのは、細田派(98人)、麻生派(54人)、竹下派(54人)、二階派(47人)、石原派(11人)
      の5派閥。計264人と、国会議員票394の過半数を軽く上回っている。
       ところが、人数が多いためか、早くも主導権争いが表面化。細田派―麻生派―竹下派の3派連合は、二階派に声もかけ
      ず、3派閥だけで記者会見を開くなど、ケンカ腰だ。

       「みじめな指導者」の退場のあとは「ひょうきんな指導者」か。
      相変わらず、神輿は軽くて馬鹿が良いの村社会である。
      茶坊主筆頭の菅義偉は親の七光り無し、派閥無し、学閥無しの三無者と言われるが、それは履歴書上のことであって、本
      当のことを言えば、この人物に無いのは、理念と見識と良心の三つである。だから仲の悪い5派閥が担ぐには最適の神輿
      ということになる。「継承」とは、村社会の中でだけ通用する大義名分である。これを掲げなければ仲の悪い5派閥がまとま
      ることが出来ない。そうであれば新総理実現後は利害のもつれで分裂は必至。いずれにしても基盤なき傀儡政権である。
      傀儡とは、操り人形のことだ。ではこの秋田県産の人形を誰が操るのか、後は百鬼夜行である。
      私たちは年内にももう一度葬送行進曲を聴くことになるかもしれない。
       マルクスはこう言った。
      「歴史という物は、必ず繰り返す、先ずは悲劇として、次は茶番として」。




        「政局報道」

          2020・9・4(金) 

    この数日、新聞・テレビは「政局」報道で喧しい。この場合の「政局」とは一党内の権力闘争のことだ。
   ある者は権謀術数をひねり、ある者は一天地六に賭ける。だがだがだ、ここに「政治」は在るのか、報道の自由度
   世界第62位のこの国では「政局」については興味本位で重箱の隅まで報じられるが、「政治」については誰も正面
   から取り上げようとはしない。
    3日ほど前までは菅義偉は本命ではなかった。本命は頑固者の石破で、対抗は軟弱者の岸田、ダークホースが
   河野太郎で、泡沫に小泉、下村、稲田の名前が挙がっていたはずだ。
   それがたったの3日で事態は激変し、今では、三無の幇間が本命だと言う。ここには当人の実力や器量は見えない。
   あるのは派閥の力学と各実力者の保身の十露盤勘定だけである。だからどこにも大義名分はない。とって付けたよ
   うな選挙用の宣伝文句だけである。「転換」「修正」「継承」とそれぞれに勝手なことを言うが、いったい何を転換する
   のか、何を修正するのか、何を継承するのか、本人たちにも良く分かっていないのでは、私にはそう映るのだが。
   ミラン・クンデラの言葉を借りて言えば、「存在の耐えられない軽さ」というものか、それにしても余りにも軽すぎる。
   こうして与党・野党を問わずの誰もが次の場面を探し求めて狂騒病患者のごとく浮足立つ政局報道の氾濫する中、
   政治とは何か、政治の使命とは何か、政治は誰のためにあるのかを語っている政治家がいる。
    昨日の新聞だ。もちろん赤旗である。政党助成金を受け取らない、企業献金を拒絶する唯一の政党が発行してい
   る新聞である。その政党の代表が政治と状況について語っている。ここからは「政局」ではなく「政治」の話をしようで
   はないか。共産党の志位和夫委員長の語るところを聞く。

         「安倍政治」とのたたかい 決着は総選挙でつけよう」
                  志位委員長が表明    2020・9・3  しんぶん・赤旗

     日本共産党の志位和夫委員長は3日、党本部で開かれた全国都道府県委員長会議で中間発言を行い、「いま自民
    党内で『安倍政治』の礼賛と継承の大合唱が起こっている。安倍首相が辞めても、『安倍政治』とのたたかいの決着は
    ついていない。その決着は総選挙でつけなければならない。来たるべき総選挙を、市民と野党の共闘の勝利、日本共
    産党の躍進で、政権交代をかちとり、『安倍政治』を名実ともに終わらせ、野党連合政権に道を開く選挙にしていくため
    に力をつくそう」と呼びかけました。
    【中略】7年8カ月の安倍政権の「負の遺産」のなかでも最悪の暴政は、2015年9月の安保法制=戦争法の強行だと
    強調。これは国のあり方を根本から覆す歴史的暴挙だっただけでなく、憲法解釈の乱暴な改ざんが、あらゆる面での政
    治のモラル崩壊をもたらし、国政の私物化への道の暴走につながっていったと指摘。自民党総裁に名乗りをあげている
    3人の「有力候補」はすべて閣内で戦争法の暴挙を推進し、自民党・公明党の全体が、立憲主義破壊に共同責任を負っ
    ていると批判しました。
    【中略】総裁選で、自民党内で「安倍政治」の礼賛と継承の大合唱が起こっていることについて、「目を覆うような異常な光
    景」だとして、「辞任表明は、『安倍政治』の行き詰まりの結果なのに、行き詰まった路線を続けるほかに選択肢をもたない。
    いわば『二重の行き詰まり』に陥っている。ここには日本の政権党の陥った劣化・硬直化・政治的退廃がまざまざと示され
    ている」と強調しました。会議への報告で、後継首相に誰がなっても、「政治的基盤がより不安定な政権」になると指摘した
    ことに触れて、選挙で審判を受けていないことに加えて、「安倍政治」を続ける点でも「より不安定」な政権になると指摘しま
    した。
    「負の遺産」について、第一決議が安倍政権の7年間を「憲法と平和、暮らしと経済、民主主義と人権などあらゆる分野で…
    …史上最悪の暴政の連続」と指弾したとして、(1)「憲法と立憲主義の破壊――『戦争する国』に向かう暴走政治」(2)「戦後最
    悪の大増税を押し付け、暮らしと経済を根こそぎ破壊」(3)「大国に追随し、覇権主義にモノが言えない屈従外交」(4)「侵略戦
    争と植民地支配を美化する歴史逆行と排外主義」(5)「強権とウソと偽りと忖度(そんたく)の、究極のモラル破壊の政治」――
    の五つの角度から全面的な告発を行ったと紹介。また大会後に付け加わった「行き当たりばったりのコロナ対策の失敗」も重
    大だと語りました。その上で「転換の方向」について「安倍政治からの転換の三つの方向」として、「第一に、憲法にもとづき、
    立憲主義、民主主義、平和主義を回復する。第二に、格差をただし、暮らし・家計応援第一の政治にきりかえる。第三に、多
    様性を大切にし、個人の尊厳を尊重する政治を築く」と打ち出したことを指摘。7月15日の記念講演で、新型コロナ危機の体
    験をふまえて、新自由主義からの転換、「ケアに手厚い社会」をはじめ「七つの提案」を行ったことは、「転換の三つの方向」を
    豊かなものとする内容になると強調しました。

     今日の『日刊ゲンダイ』は、突然脚光を浴びた安倍北条幕府の茶坊主筆頭・菅義偉について疑問を呈している。その見出し
    はこうだ。

        「前代未聞だ 空っぽの首相候補をみんなで担ぐ自民党の狂乱
                          
      中身スカスカ。これほど大局観のない人物に、トップリーダーが務まるのだろうか。
     2日の菅官房長官の出馬表明会見では、毎日新聞の記者が「まるで安倍総理の発言を聞いているよう。
     菅総理として目指す政治は安倍政権の単なる延長なのか」と、ズバリ斬り込んだ。

     茶坊主の知っている日本語は、「問題ない」と「指摘は当たらない」の二つだけである。これが通用したのは「安倍一強」だっ
    たからであり、この人物に実力や見識があったわけではない。政権末期には出しゃばり過ぎて将軍に遠ざけられ冷や飯を食
    っていた。将軍が乱心の末に引退した後は有力御家人たちによる密室の談合政治である。
    結論、神輿は馬鹿で軽い方が良い。
     その昔、幼い明治天皇の我が儘が過ぎたとき、時の執権・西郷隆盛は「我が儘が過ぎると、また京都に帰しますぞ」と脅した。
    茶坊主も己を過信してはしゃぎ過ぎると、執権・二階俊博に「我が儘が過ぎると、また秋田県のイチゴ畑に帰しますぞ」と恫喝
    される破目になるかもしれない。
    まあ、そういうことで「スカスカ総理大臣」の誕生ということに落ち着くのだろう。
    以上のところは「政局報道」についてのことであって、政治とは全く関係はない。
     政治が解決しなければならない問題は一つしかない。

      今日の感染状況

     感染者数 71、706人
    死者数    1、365人

    関連倒産      487件
    コロナ解雇     5万人超

     (3日現在・クルーズ船を含む)

    
    たった1日で死者は25人増えている。


 
         「建国75周年」
         
           2020・9・3(木)

      コロナ感染状況、2日現在。

    感染者数 70、455人
    死者数    1、340人

    関連倒産      487件
    コロナ解雇     5万人超

     (2日現在・クルーズ船を含む)

    国連のグテレス事務総長は8月31日、新型ウイルス感染症のパンデミック(世界的流行)が明らかにした
   のは「家父長制が男性支配の世界をもたらした」ことだと指摘、「今こそ、より平等で、だれも排除せず、回復
   力のある社会を再構築すべき時だ」と語ったということだ。
    アメリカではコロナによる死者が183、596人(9月1日現在)を数えて世界第1位である、そんな中で人種
   差別に対する抗議デモが連日続いているが、第45代大統領トランプはデモ参加者を暴徒扱いし、白人至上
   主義者であることを隠そうとはしない。建国236年にして未だに分断国家である。人種的にという意味ではな
   い、理性と狂気という意味だ。
    死者数が121、381人で世界第2位のブラジル、この国の第38代大統領はジャイール・ボルソナーロ(65
   歳)という人物である。超国家主義者にして差別主義者として有名である。要するに「極右」である。
   渾名は「トロピカル・トランプ(熱帯のトランプ)」、軍とはべったりで、新自由主義を掲げている、今時珍しい政治
   家だ。建国198年にしてこの国も社会的弱者(多くは先住民族)切り捨ての冷酷と愚劣である。
    4月28日には、国内の死者数が中国を抜いたことに関して尋ねられ、「それがどうした? 俺にいったいどう
   しろと?」と切り返し、多くの国の怒りを増幅させた上、世界に醜態をさらした反知性主義である。
    暴言はさらに続く。
   「(このウイルスへの感染により)一部の人々は亡くなるだろう。残念ながら、それが人生というものだ」。
   「新型コロナウイルス感染拡大のニュースは政治利用されたメディアの嘘だ」。
   「人々が自動車事故で命を落とすからといって、自動車製造工場を閉鎖することはできない」。
   コロナ感染拡大の中で何が何でもの経済優先政策である。
    日本にも麻生太郎という暴言大王がいるが、似たような男はどこの世界にもいるものだね。
   かつてサッカーの王様ペレはこ言ったよ。
   「教育を受けさせなければ、人は簡単に操られてしまうだろう」と。
    死者数が65、288人で世界第3位となったインド、この国の第18代首相はナレンドラ・モディ(69歳)。
   ヒンドー至上主義と反イスラーム主義が看板の超タカ派である。
   1985年にイギリスから独立したインドは建国73年、南アジアの軍事大国であり、核兵器も保有している。
   この国の建国の父は「非暴力・不服従」のマハトマ・ガンジー(1869年~1948年・78歳没)である。
   ガンジーの独立運動の跡を継いで初代首相となったのは「非同盟運動」を提唱した第三世界の中心人物であった
   ジャワハルラール・ネルー(1889年~1964年・74歳没)であった。
   中国で周恩来が忘れられたように、インドでもガンジーとネルーは忘れられた政治家か。
   インドでコロナ感染が短期間でこれほど拡大した原因は何か、医療体制の不備、公衆衛生の遅れ、宗教上の習慣、
   その他にも色々とあるだろうけれども、最大の原因は、インドが今も「カースト国家」であるということだ。
    不可触民解放運動の指導者ビームラーオ・ラームジー・アンベードカル(1891年~1956年)は、「ガンジーはイ
   ンドのイギリスからの独立には貢献したが、不可触民のためには何もしなかった」と批判し、ガンジーと徹底的に対立
   した。アンベードカルはカースト制度の最下層(ダリット)の出身であり、ネルー内閣の法務大臣を務めた政治家であり、
   インド憲法の父と呼ばれている。
    アンべードカルはガンディーがカースト制度とヒンドゥー教が無関係であると指摘したことに対して、現実に神聖視され
   ている経典は、カースト制度と不可触民制の遵守を義務として定めていると反論し、ヒンドゥー社会には道徳的再生が
   必要だが、ガンディーをはじめとするカースト・ヒンドゥーの指導者達は失格であると断言した。
    問題の根はアメリカとブラジルと同じである。差別と貧困である。インドの場合はこれに宗教が加わる。いや、宗教的
   粉飾が政治を正当化するのはアメリカでもブラジルでも同じである。
    差別と貧困と宗教に何らかの関係があるとするならば、もちろん宗教全体という意味ではないが、洋の東西を問わず、
   宗教の中には体制維持の護国神話に堕落するものもある。その訓えは人間の解放ではなく、階級の固定化による抑圧
   である。
    第一位アメリカ、第二位ブラジル、第三位インド、このランキングは決して偶然ではない。
   ここに共通しているのは、軍拡路線、経済優先主義、格差容認である。三国とも建国の歴史は浅く、世界史に登場した
   のはつい昨日のことである。とするならば日本もまた同じである。第三波、第四波がきた時にはどうなっているかは分か
   らない。
    グローバル・ファイヤーパワー(Global Firepower=GFP)が発表した「2020年国別軍事力ランキング」では、アメリカが
   第一位で、ロシア、中国、インド、日本、大韓民国と続く。
   GFPは人口や兵力、武器数、国防予算など50項目を総合して軍事力指数を算出し、0に近いほど軍事力が高いことを意
   味する。ただし、核兵器保有については評価基準に含まれていない。 通常の軍事力という意味での評価だが、しかし以
   上6か国の内、上位4カ国は核保有国である。つまり、鷲(アメリカ)と熊(ロシア)と龍(中国)の三国志の世界に新たに
   象(インド)が参入してきたということだ。ブラジルは現在のところは13位である。
   コロナ禍が明らかにしたのは新自由主義経済の破綻と、この軍拡路線の醜悪な反人道主義である。
    そして、靖国小僧はまた政権を投げ出した。
   新しいニュースが入った。
   安倍北条幕府の茶坊主筆頭の菅義偉が立候補を表明したということだ。先に名前が挙がっていた何人かとは違って、
   ここで初めて安倍路線の「継承」を公言する人物が現れた。やっぱり襖の陰の茶坊主である。
   軟弱者の岸田は「修正」と言い、頑固者の石破は「転換」と言う。そして三無の幇間は「修正」と言うか。
   三無とは、親の七光り、派閥、学閥が無いということである。
   ここで村社会のボギャブラリーの貧困を笑ってみても仕方がない。
   お好きなように勝手にやり給え。誰が成ってもこのコロナの時代を乗り切ることは出来ない。その理由は先に述べた。
   軍拡路線、経済優先主義、格差容認の発展途上国の独裁政治ではコロナ禍を乗り切ることは出来ない。
   因みに日本は建国75周年である。いや、属国75周年であったか。




 
        「枯葉」

        2020・9・2(水)

    月末は突然の辞任劇、月初は跡目争いのラッパが鳴り、この数日、何とも騒がしい。
   今月の17日頃には新しい総理大臣が誕生するそうだが、誰がなるにしろ自民党という村の村長選挙にしか
   過ぎず、これをもって日本が大きく変わるというようなことは起こらない。また、その内閣は次の総選挙までの
   一事しのぎの単なる暫定政権でしかなく、何も出来ないだろう。
   「一葉落ちて天下の秋を知る」などというのは講談であって、現実の現段階での跡目争いは理念闘争ではなく、
   それぞれの利権と影響力確保の「蝸牛、角上の争い」である。台本は出鱈目、役者は二流の俄芝居である。
    昨日のしんぶん・赤旗に政治学者の白井聰さんが「政治の転換今こそ」と題する一文を寄稿していた。
   その全文を以下に書き写す。

        「自民統治の病理」
     安倍首相の辞任は、表向きでは体調の問題によるが、5月の検察庁法改定に対する世論の激しい反発に
    より、黒川弘務氏を次期検事総長に就けられなかったことに端を発しています。
     支持率の低下、自らの訴追リスクの高まり、新型コロナ対策の不評といった要因が積み重なったところで持
    病が再発しました。
     「民意に押されて辞めた」というかたちになりたくないので、健康問題をわざわざアピールするという、常識的
    には考えられない手段に打って出ました。最後まで常軌を逸した政権でした。
     いま安倍首相が放り出した権力を誰が拾うかをめぐって、激しい権力闘争が起こっています。このたたかい
    は、コロナ対策をはじめ国民のための政策とは一切関係のない次元で展開されており、醜悪極まりない。
    自民党統治の病理が明瞭に現れています。

     「責任は首相である私にあります」は口癖だったが、何事にせよ責任とやらを取ったことがない男がまたしても
    職場放棄の「ぶん投げ」をやった。その跡を引き継ぐのはこの無責任男のお友だちか、部下であった者たちで
    ある。だから誰も「変革」の声は上げないし、また次の選挙を意識してか「継承」とも宣言しない。
    彼らにとっては理念や志や政策といったものは何の価値もないのである。この村での権力闘争とは、たった一つ
    の椅子を巡る戦いである。目的は、そこに座ることだけである、これが為には「昨日の敵は今日の友」であり「敵
    の敵は味方」である。何とも分かりやすいマキャベリズムではあるが、こんな連中に付き合っている暇はない。
    それよりも大事なことがある。村の選挙の結果がどう落ち着くにせよ、「モリ・カケ・サクラ」の問題はまだ終わって
    はいないのだ。
     そういう事情なので、私は暫くは(17日頃まで)部屋の中に籠ることにする。やらなければならないことがいっぱ
    いある。楽しまなければならないことがいっぱいある。
     昨日の火曜日は妻殿が実家の小樽赤岩に出かけたので恒例の枯葉のデートは中止となった。
    それで朝から一日『枯葉』を聴いていた。作曲はジョゼフ・コズマ、作詞はジャック・プレヴェールのあの楽曲だ。
    元祖イヴ・モンタン、ジュリエット・グレコ、エディット・ピアフ、英語版ではビング・クロスビー、ナット・キング・コール、
    フランク・シナトラ、ジャズ版ではスタン・ゲッツ、マイルス・ディヴィス、ビル・エバンス(ピアノ)、阿川泰子、ブルー
    スでエリック・クラプトン、ボサノヴァで小野リサ、日本語版で越路吹雪、岸洋子、芹沢抄子。

          枯葉

       ああ私はあなたを忘れはしない
       私たちが友人でいた幸せな日々を
       あの頃、今日よりも人生は美しく
       そして、太陽は明るかった
       枯葉がシャベルに集められる
       あなたは私が忘れていないことを知っている
       枯葉がシャベルに集められる
       想い出と後悔とともに
       そして、北風がそれらを運び去る
       忘却の冷たい夜へ
       あなたは私が忘れていないことを知っている
       あなたが私に歌ってくれた歌を

       それは、私たちのような歌
       あなたは私を愛し、私はあなたを愛して
       そして、私たちは二人一緒に暮らしていた
       私が愛したあなた、私を愛したあなたと
       しかし、人生は愛する人たちを離れさせる
       緩やかに、音も立てずに
       海は砂の上の分かれた恋人たちの足跡を
       消し去ってしまう

      何度聴いてもいい。誰の声でも、誰の演奏でもいい。
     それでもどれか一つを選ぶとしたら、やっぱりイヴ・モンタンか。この声は、歌うというよりも、聴く者に何かを語りかけ
     てくる。そこには物語性がある。フランス語がまったく分からない私でも、そこに喪失の苦い思いを感じる。
     イヴ・モンタンは感情とは無縁の哀愁とは何であるかをささやく。     




         「薄の中の路」

          2020・9・1(火) 

          なにもかも失せて薄の中の路
                          中村 草田男(1901年・明治34~1983年昭和58年)。

     「草田男」という号は、父親の急逝後も神経衰弱で東大を休学する草田男に業を煮やした親戚が、「お前は腐った男」
    と面罵(めんば)したことに由来する。本名は清一郎。
     物の本によれば、ススキ(芒、薄)とは、イネ科ススキ属の植物。穂を動物の尾に見立てて尾花ともいう。、秋の七草の
    一つ。茅(かや。萱とも書く)と呼ばれる有用植物の主要な一種。野原に生息し、ごく普通に見られる多年草草本である。
     利用法は、かつては茅と呼ばれ、農家で茅葺(かやぶき)屋根の材料に用いたり、家畜の餌として利用されていた。
    そのため集落の近くに定期的に刈り入れをするススキ草原があり、これを茅場と呼んでいた。また、未成熟の穂を食用と
    する地域もある。
     十五夜の月見には、萩(はぎ)とともに薄を飾ることが多い。花札では、すなわち旧暦8月、新暦の感覚で秋に相当する
    時節に用いられている。言うまでもなく秋の季語である。
     私は俳句については全くの門外漢で、語るべきものは何も持ってはいない。ただ、年に何度か芭蕉の『笈の小文』を読
    みながら元禄の風雅を求めて酒を楽しむだけである。また年に何度か分かりもしないのに草田男の句集を開いて、四季の
    移り行くのを眺めながら、やっぱり酒を楽しむだけである。そして柄にもなく、線路沿いに群生している薄を何本か折って
    机の上の洋酒の空瓶に差し込むことを風流と気取る。
     薄の中の路を歩くと言うことは、都会の出来事ではない。なにもかもをも失った人間が存在の孤独を確かめる黄昏の時
    刻での出来事である。そうでないかも知れないが、私に限って言えば、そうである。評釈とは、個人的な体験である。
    文学(この場合は俳句だが)は、全ての人の為に同一の価値を与えるものではない。それを読む一人の人間にとってのみ
    の絶対的現実である。
     人間探求派の俳人といわれた草田男は、自然を写生するように観察しながら心理描写を投影していく表現方法を作り上
    げ、思想や観念をテーマとする現代俳句の道筋を作った人物だと言われている。
    その俳句は、極めて絵画的である。静謐にして過激、言語における遠近法の極致である。
    
        勇気こそ 地の塩なれや 梅真白
        とらへたる 蝶の足がきの にほひかな
       はまなすや 今も沖には 未来あり
        六月の 氷菓一盞の 別れかな
       冬の水 一枝の影も 欺かず
       降る雪や 明治は遠く なりにけり
       妻抱かな春昼の砂利踏みて帰る
       春の闇幼きおそれふと復る 
       冬すでに路標にまがふ墓一基

     「なにもかも失せて薄の中の路」を歩いているのは70歳の私である。
    しかし、私には感傷主義はない。また日本的な無常観にも身を任すこともしない。
    なにもかもとは、時間と風景のことである。すなわち、ささやかながらも私という一人の人間が体験した歴史である。
    その一人の人間が体験し、また見聞した時間の中にあったもの、時には私は当事者であり、時には傍観者であり、時には
    共犯者であり、時にはただの野次馬であり、時には単なる観客の一人であったこともある。
    戦争、革命、反動、初恋、友情、性愛、野心、美学、彷徨、熱狂、反撥、別離、等々の生活圏内で起ったすべてである。
     シェイクスピアは「聡明になるまで。老いるべきではなかった」と言ったが、しかし、どう考えてもこの先、私が聡明になるこ
    となど絶対にあり得ない。永遠の凡愚凡日である。
     では、どうするのだ。
    分からない。それで今夜から堀田善衛さんの『ミシェル 城館の人』を開く。
    不寛容と狂騒の時代の中で人はどう生きるのか、鴨長明、ミシェル・ド・モンテーニュ、そして堀田善衛。
     草田男の俳句とは何だったのか考えながら城館の人を訪ねよう。
     
          


 
       「悪い冗談」

          2020・8・31(月)

     今日で8月が終わる。夏が終わる。長かった狂騒の時代も終わった。
    アメリカでは、故キング牧師が「私には夢がある」と演説した1963年のワシントン大行進から57年目と
    なった28日、ワシントンのリンカーン記念堂前で行われた人種差別撤廃を求める大規模な集会と行進に
    は数千人が参加し、5月に白人警官に殺害されたジョージ・フロイドさんはじめ警察の暴力によって犠牲と
    なった者の家族らが言葉を詰まらせながら、参加者に連帯と感謝を伝えたと新聞は報じている。
     デモを呼びかけた黒人活動家のシャープトン牧師は、1968年にキング牧師が暗殺されたことを念頭に、
    「夢を追う人は殺せても、夢そのものを壊すことはできない」と語ったということだ。
     28日の新聞のコラムを読む。

        「きょうの潮流」  しんぶん・赤旗

     アメリカの黒人、ジョージ・フロイド氏が警察官の暴行で亡くなって3カ月余。23日には、警察官が丸腰の
    黒人を背後から銃撃する事件も▼「20世紀の問題は、皮膚の色による境界線(カラー・ライン)の問題であ
    る」。20世紀初頭にこう予言したのは、黒人社会の先駆的研究者、デュボイス博士です。奴隷解放宣言か
    ら40年後の1903年、黒人論の古典といわれる『黒人のたましい』(岩波文庫)で書きました▼奴隷解放後
    の社会を初めて実証的に研究しました。黒人がいつまでも耐えていることはできない。身体の自由、労働し
    思索する自由が必要だと説きました。「カラー・ラインを超える知性と共感の同盟によってのみ、正義と公正
    は勝利を得る」との呼びかけも▼黒人解放運動の先達でもあるデュボイスを敬愛していたのが、公民権運動
    の指導者・キング牧師です。57年前のきょう28日、黒人の公民権を求めたワシントン大行進に、20万人以
    上が参加しました。「私には夢がある」と繰り返す演説で、平等な社会の実現をよびかけました▼「あなたはい
    つになったら満足するのか」と聞く人に演説でこう答えました。「黒人が警察の言語に絶する残虐行為の恐ろし
    い犠牲者である限りは、決して満足することはできない」▼翌64年に公民権法が成立したあとも、人種差別が
    続いています。カラー・ラインの課題は21世紀に持ち越されましたが、「黒人の命は大事だ」と立ち上がる白人
    や若者が増え、これまでにない連帯が広がっています。

     韓国では市民がキャンドル革命で大統領を引きずり下した。フランスでは黄色いベスト運動が起こった。
    アメリカでは「ブラック・ライヴス・マター(Black Lives Matter)=黒人の命こそ大切だ」の運動に黒人も白人も
    連帯して参加している。
     それでは東海の倭国はどうなのか。29日と30日の新聞のコラムを読む。

          「きょうの潮流」  しんぶん・赤旗・29日

     13年前の自身の姿が重なったか。病気による突然の幕引き。しかし本人の無念とは相反し、あのときも政権
    はゆきづまり、国民からの信頼を失っていました▼「その職に何日間、在職したかではなくて、何を成し遂げたか
    が問われるのだろう」。つい4日前、連続の在職日数が歴代で最長になったとき、安倍晋三首相は会見でそう述
    べていました。2012年の12月にふたたび首相の座に就いてから7年8カ月。「成し遂げた」こととは…▼戦後の
    歩みに逆行し、平和を脅かす数々の悪法を強行。憲法とくらしを壊し、政治の私物化を横行させました。社会に格
    差や差別をひろげ、コロナ禍の対応でも迷走。国民の声に背を向け、強権をふるう姿勢が残したものは、最悪の
    名でした▼疲弊した世や生活を立て直すために求められているのは「アベ政治」からの脱却です。ところが後継者
    に挙げられている面々は、ほとんどがそれを支えてきた顔ぶればかり。それで国民の期待にこたえられるのか▼
    辞意表明を受け、次期首相選びが焦点に。改憲問題をはじめ、自分がやり残した課題は自民党として成し遂げて
    いくと記者会見で強調した安倍首相。外見だけで中身変わらずでは、ますます見放されるだけです▼安倍政権に
    功績があるとすれば、悪政とのたたかいのなかで発展させてきた市民と野党の共闘です。自公政権に取って代わ
    り、人びとが希望を抱ける新しい政治をつくる。その始まりとなった政権として歴史に刻まれる日がきっとくるでしょう。

         「きょうの潮流」  しんぶん・赤旗・30日

     侵略戦争を美化する育鵬社の教科書が登場したのは2011年。「新しい歴史教科書をつくる会」の扶桑社版教科
    書を引き継いでの発行でした。教職員、保護者、住民の反対にもかかわらず、各地の教育委員会が同社の教科書
    を採択。推進した勢力は“祝賀会”を開きました▼台風のため荒天となった夜に開かれた、その会場に記者も足を
    運びました。当時、政権復帰前だった安倍晋三氏がこんなメッセージを寄せていました。「日本人の美徳と優れた資
    質を伝える教科書が今後4年間で25万名の子供たちの手に届くことになったことは、教育再生の基盤となるもの」
    ▼安倍氏のいう「教育再生」とは戦前の「お国のために命を投げ出せ」という教育の復活です。育鵬社版採択には自
    民党が大きな役割を果たしていました。党本部が指示を出し、地方議員らが育鵬社版を採択させるため動きました
    ▼こうした政治的介入のもとで15年の採択では育鵬社版教科書は中学歴史教科書の6・5%、公民教科書の5・8
    %を占めるに至ります▼それでも各地で育鵬社版を使わせない運動は続きました。学習会を開催し、街頭での宣伝
    で世論に訴えました。教科書採択に現場の教員の声を反映させることを求めて教育委員会に要請。多くの人が教科
    書展示会に行って、教科書を見ながら意見を出しました▼今回、育鵬社版は各地で不採択。採択率は1%以下にな
    りそうです。政治的な圧力で無理やり採択させてきた教科書が、安倍政治とともに破たんした形です。

     今回の辞任劇を各国はどう報じているのか。

     「日本は政治的にも経済的にも新鮮なスタートが必要だ」、安倍首相の経済政策は「近視眼的」で「失敗」と断定。
                    独誌『シュピーゲル』
     「危機時におけるみじめな指導者だった」と酷評。
                    仏紙『ルモンド』
     「えこひいきや、公文書の改ざん・廃棄などの不祥事が相次いだ政権だった」と指摘。
                    英BBC。
     「安倍首相が在任期間中、日本は急激に右傾化した」と指摘。
                    韓国ハンギョレ新聞。
     「憲法改正や北方領土の返還などいくつかの目標を達成できなかった」、「安倍総理大臣は不支持の割合が上が
     り、非常に不人気なリーダーになっていた。国民は政権の新型コロナウイルスへの対応に不満を抱いていた」と指
     摘。              米ニューヨクタイムズ

     「アベノミクスと呼ばれる政策パッケージを通じて日本経済を復活させようとしたが多くのエコノミストが必要だとす
     る抜本的な改革はできなかった」。
                      米ワシントン・ポスト
     「日本は新型コロナウイルスの影響を比較的抑えられたものの安倍政権がすべての世帯に布マスクを2枚ずつ配布
     するなどの取り組みは厳しい批判を浴びた」。
                       仏AFP通信

      2016年の11月18日、フリージャーナリストの志葉 玲さんがこんなことを書いている。
     題して、「安倍トランプ会談で世界にさらした恥―ドイツ・メルケル首相が見せた格の違い」、その一部を転写する。

        〇安倍首相の軽薄、メルケル・ドイツ首相の威厳と自負

      こうした軽薄さが目立つ安倍首相に対し、正反対の、国際的なリーダーの一角としての威厳と自負に満ちた姿勢
     を示したのが、ドイツのアンゲラ・メルケル首相だ。大統領選後のコメントで、メルケル首相は次のように述べている。
     「ドイツとアメリカは共通の価値観で結ばれています。それは、民主主義、自由、そして出身、肌の色、宗教、性別、
     性的指向や政治的姿勢にかかわらず、人間の権利と尊厳を尊重するというものです。この価値観を前提に、私はト
     ランプ氏へ緊密に協力していきます」
      つまり、差別的で人権を軽視するような姿勢を、大統領になった後も続けるのであればトランプ氏には協力
     しないと、メルケル首相は強くクギを刺したのだ
。また、メルケル首相は、米国とドイツが取り組むべき、大きな課
     題の一つとして「気候変動(地球温暖化)への対策」を上げた。これも、トランプ氏が地球温暖化対策の国際的な枠
     組みであるパリ協定からの脱退を公言していることへのけん制
であろう。
           〇似たような状況と、異なる「格」
      米国の圧倒的な軍事力をアテにしたいのは、中国を潜在的な脅威とする安倍政権と、ロシアを潜在的な脅威とする
     メルケル政権も状況的には似ている。だが、両者の間で、決定的に違うのは、人権や地球環境といった、普遍的な価
     値感を堅持するか否か、という姿勢の明確さだろう。その点において、安倍首相はトランプ氏との会談で世界に恥をさ
     らし、メルケル首相はリーダーとしての格の違いを見せつけた、と言える。

      しかし、日本の政治のことや安倍首相の評価となると国内のメディアと海外各国のメディアはどうしてこんなにも違う
     のだろうか。私の知る限りでは、この狂騒の8年間、安倍首相を有能な政治家であると持ち上げたメディアは海外各
     国には一社もない。その無為無策の現地妻の狂乱の田舎芝居を冷ややかに見て、笑いを堪えるだけであった。
     その象徴的な場面は、2019年に大阪で開かれた「G20国際会議」の開会式である。
     参加各国の首脳は誰一人としてホストの安倍晋三と握手する者はなく、その前を通り過ぎて席についた。
      トランプに脅かされ、プーチンに玩ばれ、習近平に無視され、文在寅に説教され、メルケルに呆れ返られ、金正恩に
     は馬鹿にされ、何処へ行ってもポチはポチである。
     「地球儀俯瞰外交」などと大袈裟ことを言っても、それは読売新聞と産経新聞だけが褒めてくれる内輪の自慢話であり、
     一個人の妄想に過ぎない。実態は属国の屈辱の観光旅行である。
     それで拉致問題は解決したのか、北方領土は返ってきたのか、沖縄県民の負担は軽減したのか、原発輸出はどうな
     ったのか、香港での人権弾圧には抗議しないのか、日韓関係は壊れたままである、何一つとして結果は出ていないで
     はないか。
      スイスのシンクタンク「世界経済フォーラム(WEF)]が、世界153カ国を対象とした「男女格差報告」の2019年度版
     を発表した。日本は121位であり、先進7カ国中では最下位である。
      「労働生産性の国際比較」のOECD2019年度版によれば、日本の労働生産性は「1人当たり」と「時間当たり」共に
     先進7カ国中、やはり最下位であり、この状態は20年以上も続いている。
      日本の1人当たりの教育公的支出は35カ国中最下位であり、国際学力は中国に全て負け、大学教育は世界51位
     に転落している。
      どうしてこの事実を多くの国民が知らないのであろうか。それもそのはず、日本は「報道の自由度ランキング」もまた
     世界第62位を誇る大本営国家であった。
      こういう国を先進国と呼ぶのは全く持って悪い冗談である。


 
        「とりあえず乾杯!」

           2020・8・30(日)

    辞任の理由は本人は、病気による体調悪化だと言う。
  潰瘍性大腸炎(かいようせいだいちょうえん)という病名だが、メディカル・ノートは次のように解説している。

   「潰瘍性大腸炎とは、大腸の粘膜に潰瘍やびらんなどの慢性的な炎症が起こる病気です。クローン病とならび、
  炎症性腸疾患の代表的疾患として知られています。20代から30代の若年者に好発する病気で、発症年齢のピー
  クは男性が20〜24歳、女性が25〜29歳といわれています。しかし、小児や50歳以上でもみられるなど、幅広い年
  齢層で発症する可能性があります。同じ炎症性腸疾患のクローン病とは違い、潰瘍性大腸炎に性差はありません。
  潰瘍性大腸炎は、炎症の広がりによって直腸炎型、左側大腸炎型、全大腸炎型などに分けられ、炎症の程度に
  より症状も異なります」

   難病情報センターの解説も開いてみる。「指定難病97」。

    1.概要
    潰瘍性大腸炎は、主として粘膜を侵し、びらんや潰瘍を形成する原因不明の大腸のびまん性非特異性炎症で
   ある。医科学国際組織委員(CIOMS)では「主として粘膜と粘膜下層を侵す、大腸特に直腸の特発性、非特異炎
   症性疾患。30歳以下の成人に多いが、小児や50歳以上の年齢層にもみられる。原因は不明で、免疫病理学的
   機序や心理学的要因の関与が考えられている。通常血性下痢と種々の程度の全身症状を示す。長期にわたり、
   かつ大腸全体を侵す場合には悪性化の傾向がある。」と定義している。多くの患者は再燃と寛解を繰り返すこと
   から長期間の医学管理が必要となる。
 
    大変な病気なんだね。こんな大病を抱えながら8年の長きに渡って日本のために、また世界のために頑張って
   こられたのかと思うと感謝の気持ちで言葉が詰まる。長い間、本当にご苦労様でした。お疲れ様でした。
   さぞかし辛かったでしょう。苦しかったでしょう。痛かったでしょう。貴方は我慢の人だ。ここに謹んでご冥福を祈り
   ます。あれ、まだ生きていたのか、言葉を間違えた。
   もとい、後のことは何も心配せず安らかにお眠りください。これも違うな、とにかくいかなる理由があろうとも二度と
   私の前にその醜い姿を見せないで下さい。
   私は貴方のお陰で8年間安眠することが出来なかった。寝室の窓の向こうは工事現場だった。朝も夜も騒音に
   苦しめられてきた。その工事現場では時々宴会も開かれたようで、多くの人が桜を見にきて、呑めや歌えやの
   ドンチャン騒ぎで酔い狂っていた。そうだ、この8年間は狂騒の時代だった。
    まあいいか。詳しいことはまだ良くわからないけれども、理由はどうであれ、幕は下りたのだ。
   今夜からは軍靴の安眠妨害に苦しむことはない。茶色い朝がやって来ることはない。
   時間もあるので、少し社会勉強をしてみるか。先ずは「日刊ゲンダイ」を開く。その後は「デイリースポーツ」だ。

        何もかも行き詰まった安倍首相 辞意と病気の全真相<上>
                  

          潰瘍性大腸炎の悪化は表向きか、飛び交うがん説の真相

    歴史は繰り返した。13年前のブン投げ辞任の再来である。持病の潰瘍性大腸炎が悪化した安倍首相が28日、
   官邸で71日ぶりに開いた会見で辞意表明。歴代最長政権の称号を手にした4日後、唐突にピリオドを打った。
   その6時間前に菅官房長官は「お変わりない」と言い、側近らも「非常にお元気」などと健康不安説の打ち消しに躍起
   だったのは一体何だったのか。
    自民党の党則を変更して連続3期9年に延長した総裁任期を1年残し、コロナ禍の混乱の最中に途中辞任。「責任
   は私にある」と繰り返しながら、一度も責任を取ったことがない口先男らしい去り際だが、土気色の顔はむくみとたるみ
   で精彩を欠き、声もかすれかすれ。生気のなさは一目瞭然だった。「先月中ごろから体調に異変が生じ、体力をかなり
   消耗する状況となりました」と経緯を説明した安倍によると、退陣を決めたのは慶大病院を受診した24日。2週連続の
   通院で永田町では辞任観測が一気に高まっていた。
    「総理の容体は13~14日に悪化し、終戦記念日の全国戦没者追悼式への参列も危ぶまれるほどだったといいます。
   慶大病院ではがん検査も受けたようで、亡父の安倍晋太郎元外相と同じ膵臓がんを罹患したとの懸念も消えません」
   (与党関係者)
    安倍は先月6日に官邸の執務室で嘔吐。吐血したとも報じられている。歩幅は小さく、歩みはのろくなり、黒い雨訴訟
   の控訴を受けた12日のぶら下がり会見では小声でボソボソと話すことしかできず、官邸詰めの記者たちは聞き取りに
   苦労したという。
    政治ジャーナリストの角谷浩一氏は言う。
   「大叔父の佐藤栄作元首相の連続在職日数超えまでもたせ、その後は体調をだましだまし続けるつもりが、ドクタースト
   ップで幕引きとなったのでしょう。安倍首相は新型コロナウイルスの感染状況が落ち着いてきたとか、秋以降のコロナ対
   策をまとめたとか、体制を整えたと言っていましたが、第1次政権のブン投げ辞任と何が違うのか」
   無策愚策コロナ対応で求心力はみるみる低下。安倍はひと仕事終えたような口ぶりだったが、実態は内閣支持率下落
   と政策行き詰まりによる事実上の投げ出しなのである。
        無能首相を隠し、国民を騙し続けた黒幕たちの大罪
    「病気と治療を抱え、体力が万全ではないという苦痛の中から、大切な政治判断を誤ること、結果を出さないことがあっ
   てはなりません」安倍は辞任の理由をこう説明した。もっともらしく聞こえるが、会見では「先月中ごろから体調に異変が
   生じ、体力をかなり消耗する状態となりました。そして8月上旬には潰瘍性大腸炎の再発が確認されました」とも言ってい
   た。じゃあ、なぜその時に辞めなかったのか。
    6月18日から会見も国会も開かず逃げ続け、その結果、安倍は今月24日に在任期間歴代最長の称号を手にした。
   自分の栄誉のために首相の椅子にしがみつき、国民生活を見殺しにしてきたとすれば、許しがたい話だ。
   「長いだけで何の実績もなく、権力を私物化し、日本の社会も経済もメチャクチャにしただけの政権でした。こんな無能首
   相が7年8カ月も続いてきたことが不思議です。モリカケ桜など数々の疑惑もあり、本当はもっと早くに辞めるべきでしたが、
   軽いみこしを担いで利用する勢力が長期政権を支えてきた。首相の威光をカサに着て権勢を振るってきた官邸官僚、国
   民を窮乏化させて肥え太ってきた財閥、そして税金を食い物にしてきた電通などです」(政治評論家・本澤二郎氏)
   持病の悪化が辞任理由であれば気の毒だし、治療に専念して欲しいが、それと首相の資質は、また別の話だ。
   職務が遂行できない首相を「疲れているから休ませろ」と隠し、このコロナ禍で政治空白を是認してきたのは言語道断だし、
   病気でなくても、これほど長く続けさせるべきではなかった。それなのに「安倍しかいない」とか言って祭り上げ、党則変更
   で連続3選を可能にしてまで無能首相を担ぎ続けてきた自民党の罪もかぎりなく大きい。
        持病悪化の原因は政策の行き詰まりか追訴の恐怖か
    持病が悪化した原因は、政策がことごとく行き詰まり、今後の展望もなくなったことだ。会見で自ら「痛恨の極み」と語った
   通り、拉致問題も、北方領土返還も、悲願の改憲も、全て暗礁に乗り上げている。
   政策の行き詰まりがストレスとなり、潰瘍性大腸炎を悪化させたのは間違いない。さらに、司直の手が伸びないか、恐怖を
   募らせていた可能性がある。
    河井克行前法相と妻の案里参院議員の公職選挙法違反(買収)事件は、安倍自身に捜査が及んでもおかしくない。夫妻
   が地元の広島政界で配ったカネの原資は、党本部から夫妻側に渡った1・5億円だったと指摘されている。検察が党総裁の
   安倍の関与に踏み込む可能性はゼロとは言えない。交付罪に該当する可能性があるのだ。
    さらに、安倍の胃腸をキリキリさせたのが「桜を見る会」だ。安倍後援会が前日に主催した「夕食会」を巡っては、安倍本人
   が最高裁の元判事を含めた弁護士・法学者らに刑事告発されている。訴追の恐怖は相当なものだっただろう。
   「首相は、1億総活躍や女性活躍など次々と新政策を掲げて、国民の不満をそらし続けてきました。全て看板倒れに終わり、
   ついに打つ手がなくなったところにコロナ禍が起きた。唯一のレガシーとなり得る東京五輪も不透明となり、今後の展望も消
   えてしまった。祖父である岸信介元首相を超えることはできないと悟ったのでしょう」
   (高千穂大教授・五野井郁夫氏=国際政治学)
   人間、希望がなくなると何もかも投げ出したくなるものだ。ただし、長きにわたりストレスをため込んだのは国民の方だ。

     青木理氏 安倍政権は「罪があまりに大きかった」忖度蔓延、公文書改ざん…

                 配信    デイリースポーツ
    ジャーナリストの青木理氏が30日、TBS系「サンデーモーニング」で、28日に辞任を表明した安倍晋三首相
   の“罪”を列挙し、厳しく批判した。  青木氏は7年8カ月に及んだ安倍首相の長期政権について「これだけの長
   期政権なんで、功罪両方あるというふうに申し上げたいんですけども、個人的には罪があまりに大きかったなと」
   とジャッジし、安倍政権の「罪」の具体的な例を次々と挙げていった。  「安保法制なんかは、戦後の日本の政権
   がずっと辛うじて守ってきた憲法解釈を閣議決定でひっくり返す。あるいは一方で憲法が定めるその民主手続き
   みたいなものは非常に軽視。国会も非常に軽視してきたというところもありますし」  「人事権も、これまで一応や
   っちゃいけないと言われてきたような人事もほう発に行使して、結果として官僚に忖度(そんたく)がまん延して。
   ありとあらゆる疑惑とか不祥事ってものを、こう言ったらちょっと失礼ですけどウソ、詭弁(きべん)、みたいなもの
   でごまかして、結果的に公文書の改ざんまで引き起こしちゃったっていうこと」  「ヘイトスピーチだったりとか、排
   外主義みたいなものを、これは政権だけのせいじゃないと思うんですけれども、明らかにあおったっていう意味で
   も問題だし」  「対米、外交にしても、アメリカに対しても、もちろんアメリカは大切なんだけれども、ある種、こびへ
   つらい、武器を爆買いをして、対米外交ってものをゆがめたところもあるし。日露日朝も、日朝ってのは1丁目1番
   地だったはずなんだけれども、結局8年もあって、ほぼ何も前進しなかった」  「ある種のネポティズムっていう、縁
   故主義っていう、仲間は大事にするけど敵はもう絶対許さん!みたいなところも、分断っていうのもありましたし」  
   安倍政権の失政をこのように数え上げてきた青木氏は、最後に「っていう政権が、ある種、憲法に緊急事態条項が
   必要だと言っていたわけですよね。それだったら緊急事態、危機管理ってのは強いのかなと思ってたら、コロナって
   いう本当の危機の時に後手後手で、ピント外れで、最終的に体調を壊されちゃったっていう辺りが、政権の何か全体
   を象徴してたのかなという感じを僕はしてますけどね」と締めくくっていた。

    なるほどね、こういうことだったのか。
   それにしても今更ながらに不思議に思うのは、無知と傲慢と無能の三拍子の侏儒がなぜ8年もの長期に渡って総理
   大臣で在り続けることが出来たのだろうか。案外、無知と傲慢と無能の三拍子こそが総理大臣の条件だったのかも
   知れない。神輿は馬鹿で軽い方がよい、という言葉もあるではないか。
   極右勢力にとって、また財界にとっても担ぎやすく使いやすかったのだろう。
   何処の工事現場でも、良い道具と呼ばれるものは、軽くて、丈夫で、使い易いものを言う。まあ、そんなものだろう。
    しかし、政治の世界とは残酷なもので、王冠を放り投げた時点で過去の人だ。
   そんな訳で、取りあえずは乾杯!。
   後始末はいい、そんな能力も誠意もないのだから、さっさと母親の元へ帰りやがれ。それが世の為、人の為だ。
   マザコン小僧の学芸会はこれで終わりだ。

     新しい時代の幕開けに、乾杯!。

    今日は嬉しいことが一つあった。頼んでいた本が入荷したとコーチャンフォーから連絡が入った。
   それで夕方、ルンルン気分で愛車フィット(ローズ・オレンジ・メタリック)を走らせ、15分後そのご褒美を受け取った。
   堀田善衛著『ミシェル 城館の人』(集英社文庫・全三巻)、とうとう手に入れたよ。何だか昔の恋人に再会したような
   感覚だ、そんな経験はないけれども。秋の始まりの黄昏時に乾杯!。
    私は少年の頃から出来が悪かったので親からも学校からもご褒美というものを貰ったことが無い。
   だからご褒美は、自分で揃えて自分に贈る習慣が身に付いた。そういう事情だから、このご褒美には善行に対しての
   褒賞という意味は全くない。そうではなくて、その時々の私の欲望に対する私自身からのプレゼントである。
    今は堀田さんの『若き日の詩人たちの肖像』を再読中だが、これは一時中断して、『ミシェル 城館の人』から枯葉の
   季節に入ろう。モンテーニュの訓えに従って。

       孤独な生活の目的とは、もっと悠々と気ままに暮らすというただ一つである
    
     他人のために暮らすのはもうたくさんだ。せめてこのわずかな余生を、みずからのために生きようではないか。

    




         「アベ的なるもの」

            2020・8・29 (土)

     昨日のことだ、安倍晋三首相は首相官邸で記者会見し、「病気と治療を抱え、体力が万全でない中、大切な
    政治判断を誤ることがあってはならない」と述べ、辞意を表明した。
    第2次安倍政権はこの24日、連続在任日数が2799日となり、自身の大叔父である佐藤栄作首相を抜いて
    歴代最長となっていた。7年8カ月の長期政権であった。
     その前の第1次安倍政権は2006年9月に発足している。小泉純一郎元首相の後を受け52歳で初の戦後
    生まれの宰相となった。「戦後レジームからの脱却」を旗頭に、憲法改正の手続きを定めた国民投票法の制
    定や教育基本法の改正、防衛庁の省昇格など極右丸出しの政策を実現した。だが、閣僚の相次ぐスキャンダ
    ルや首相官邸内の不協和音などから求心力が急降下。2007年の参院選で自民が歴史的惨敗を喫してから程
    なく、持病の潰瘍性大腸炎の悪化などを理由に突然辞任を表明。第1次政権はわずか1年で瓦解した。
     第1次と第2次では在任日数の違いはあるが、結果は総裁任期を残したままの退陣であり、「投げ出し引退」
    であることには変わりはない。最初の時は「戦後レジームからの脱却」と吠え、2回目では「アベノミクス」と叫ん
    だ。この間、所得の低い人ほど負担が重い逆進性の強い消費税を社会保障のためなどとして2度増税した。
     ある人は「愚劣と冷酷」の7年8カ月を「失われた8年」と言い、また別のある人は「在任日数」ではなく「罪人
    日数」と呼ぶのが正しいと言う。
     今日の新聞のコラムを読む。

          「きょうの潮流 」  しんぶん・赤旗

     13年前の自身の姿が重なったか。病気による突然の幕引き。しかし本人の無念とは相反し、あのときも政権
    はゆきづまり、国民からの信頼を失っていました▼「その職に何日間、在職したかではなくて、何を成し遂げたか
    が問われるのだろう」。つい4日前、連続の在職日数が歴代で最長になったとき、安倍晋三首相は会見でそう述
    べていました。2012年の12月にふたたび首相の座に就いてから7年8カ月。「成し遂げた」こととは…▼戦後の
    歩みに逆行し、平和を脅かす数々の悪法を強行。憲法とくらしを壊し、政治の私物化を横行させました。社会に
    格差や差別をひろげ、コロナ禍の対応でも迷走。国民の声に背を向け、強権をふるう姿勢が残したものは、最悪
    の名でした▼疲弊した世や生活を立て直すために求められているのは「アベ政治」からの脱却です。ところが後
    継者に挙げられている面々は、ほとんどがそれを支えてきた顔ぶればかり。それで国民の期待にこたえられるの
    か▼辞意表明を受け、次期首相選びが焦点に。改憲問題をはじめ、自分がやり残した課題は自民党として成し
    遂げていくと記者会見で強調した安倍首相。外見だけで中身変わらずでは、ますます見放されるだけです▼安倍
    政権に功績があるとすれば、悪政とのたたかいのなかで発展させてきた市民と野党の共闘です。自公政権に取
    って代わり、人びとが希望を抱ける新しい政治をつくる。その始まりとなった政権として歴史に刻まれる日がきっと
    くるでしょう。

      昨日の東京新聞はこの退陣についてフランスのメディアの論評を紹介している。

             安倍氏は「危機に弱い」と辛口評 仏メディア   2020年8月28日 20時48分 (共同通信)

     【パリ共同】安倍晋三首相の辞任表明について、フランスのメディアも28日、速報で伝えた。連続在職日数の最長
    記録を更新したことを踏まえ、リベラシオン紙は「ゴールで倒れたマラソン走者」と表現。「危機に弱い指導者」(ルモ
    ンド紙)と同国メディアらしい辛口の見方も伝えられた。
     経済紙レゼコーは、長期政権にもかかわらず「日本が長年抱える深刻な経済問題の克服に取り組めなかった」と
    報じ、公的債務は増え続け、人口減少に歯止めはかからなかったと指摘した。 リベラシオンは「完全雇用」の状態で
    も「貧しい労働者」が多数いると言及した。

      国内での見方も一つ紹介しておく。
     金子勝氏、アベノミクスを総括「これほど大きな『負の遺産』を残した政権はない」

配信   デイリースポーツ

    立教大学特任教授で慶応大学名誉教授の金子勝氏が29日、ツイッターに新規投稿。前日に辞意を表明した安倍
   晋三
首相の経済政策アベノミクスの功罪を総括する記事を引用し、「これほど大きな『負の遺産』を日本に残した政権
   はない」と指摘した。  金子氏は【失われた8年間】と題して投稿。「ひたすら“やっている感”だけで、これだけ国民を長
   くだませることを証明した政権だった。これほど大きな『負の遺産』を日本に残した政権はない」と苦言を呈した。  同氏
   は「日銀が400兆円以上の国債を買い、34兆円近くの株を買って、倒産企業の花見酒をやってきた。ツケは大きい」と
   今後の反動に向けて危機感を示した。

    辞意表明は昨日のことだが、これより早く、23日の「しんぶん・赤旗」の日曜版でジャーナリストの青木 理(あおき 
   おさむ)さんが「政権の『無能』が露呈した」と題して、安倍政権を痛烈に批判している、青木さんはこう語っている。

    祖父の岸信介(元首相)、安倍寛(元衆院議員)や父の安倍晋太郎(元外相)とは違い、彼はもともと何かの志があっ
   て政治を目指したわけではありません。世襲政治一家に生まれた、平々凡々なおぼっちゃまにすぎず、政界入りした
   のも「兄よりは資質がありそう」という、いわば消去法的な選択でした。「右」の政治スタンスも、後づけのものです。
    だから地べたをはってでも国民のために働こうとしない。彼の政治的モチベーション(動機付け)はせいぜい、すごい
   政治家だったと評価されたい、レガシー(伝説)を残したいといった程度。お友だちや応援団に露骨な利益誘導を謀る
   のも、公共の利益のために尽くす公共心が極度に薄いことの証左です。
    安倍首相は聞こえのいいスローガンと「やっている感」で7年間ごまかしてきましたが、新型コロナという本当の「危機」
   に直面し、実は「無能」だという本質が浮き彫りになったのです。

    俳人・金子兜太(1919~2018)は、大日本帝国海軍主計中尉に任官し、トラック島で200人の部下を率い、餓死者
   が相次ぐなか、2度にわたり奇跡的に命拾いをする。米軍の捕虜になり、1946年11月に復員船で帰国した。

         水脈(みお)の果(はて)炎天の墓碑を置きて去る

    2015年のことだ。金子は、旧知の作家・澤地久枝さんの求めに応じて一枚のプラカードを作った。
   「アベ政治を許さない」の揮毫である。
   この時点で、俳人は「退陣せよ」と言っているのではない、「許さない」と言ったのだ。
   これは主義主張に立つ政治的な発言ではない。戦争の悲惨と愚劣を知る人間の倫理上の告発である。

       「アベ政治を許さない」

   
 安倍晋三が退陣しても、アベ的なるものは残る。
    事実、後継に名前が挙がっている者たちはみな安倍のお友だちか子分たちである。
    戦いはこれからだ。アベ的なるものの全てを葬り去らなければ、新しい時代はやってこない。




         「大切な問題」

          2020・8・28(金) 

     テニスのウエスタン・アンド・サザン・オープンに出場している大坂なおみ選手が26日、準々決勝に勝利した
    後、自身のツイッターで27日の準決勝を棄権する意向を表明した。
    その理由は、「あす準決勝の予定だったが、私はアスリートである前に1人の黒人女性。私のテニスを観戦す
    るよりも、注目されるべきもっと重要なことがある」と綴ったそうだ。
     中西部ウイスコンシン州ケノーシャで23日、黒人男性ジョーコブ・ブレークさんが背後から警官に撃たれて
    重体となった事件に対する抗議を表明したものだと報じられている。
     大坂選手はハイチ出身の父と日本人の母を持つ大阪出身の22歳。19年の全豪オープンでも優勝してい
    る実力者だ。ツイッターの全文は次の通りだ。

      「テニスより大切な問題」

     こんにちは。多くの皆さんもご存じのように、私は明日(27日)の準決勝に出場する予定でした。しかし、私は
    アスリートである前に、一人の黒人の女性です。黒人女性として、私のテニスを見てもらうよりも、今は注目しな
    ければいけない大切な問題があると感じています。
     私がプレーしないことで劇的に何かが起きるとは考えていませんが、白人が多い競技で議論を始めることが
    できれば、正しい道へのステップになると思います。相次いで起きている警官による黒人の虐殺を見ていて、正
    直、腹の底から怒りが湧いています。数日おきに(被害を受けた人の名前の)新しいハッシュタグをつけ(SNSに
    投稿し)続ける状況に苦しみ、疲れています。
    そして、同じ会話を何度も何度も繰り返すことにとても疲れてもいます。いったい、いつになったら終わるのでしょ
    うか?

     構造的人種差別についての共産党の志位委員長の発言を紹介したのは昨日のことだ。
    志位さんはこう語ったのだ。

      「米国で起こった警官によるジョージ・フロイド氏の暴行死事件への抗議行動は、またたくまに全米、欧州、世界
     へと広がりました。抗議行動は、すでに全米で2000カ所以上、世界72カ国・地域で200都市以上、文字通り世
     界中に広がっています。日本でも各地で抗議行動が起こっています。
      重要なことは、その抗議の内容が、構造的人種差別への怒りにとどまらず、植民地主義、奴隷制度、奴隷取引
     に対する歴史的抗議、歴史的見直しを迫るものへと発展しているということです」。

      「構造的」と言うのは、この差別は、植民地主義、奴隷制度、学問的粉飾の歴史の中で造られてきたものである
     ことを指す。また民族差別や性差別というものもあるが、「構造的」という点においては同じである。
     では「人種」とは何かということだが、ウイキペディア(フリー百科事典)は次のように解説している。

       人種(じんしゅ)とは、

       現生人類を骨格・皮膚・毛髪などの遺伝的・形質的特徴によって区分した人の自然的な集団を指す。
      生物学的な区分としてコーカソイド(白人)・モンゴロイド(黄人)・ニグロイド(黒人)、オーストラロイド(オーストラリ
      ア先住民)などがあるが、近年は人種主義的であるとの批判もあり、それへの反論も提出されるなど議論が続い
      ている。

        「自然史学会連合」の方は次のように解説している。

        人種というのは、アフリカで誕生した人類が進化の過程で地球上の各地に分布をひろげていったとき、 地域集
       団がそれぞれの自然環境に適応し、長期にわたってある程度の隔離を経験したために、身体形質に地理的な 変
       異を生じるに至ったものである。人種形成の要因には、自然選択(メラニンの量や体形など)と遺伝的 浮動(小集
       団における偶然による非適応形質の頻度変化)が挙げられるが、これらに加えて、ダーウィンも主張したように 性
       選択(選択結婚による外見上の人種差の強化)も作用したことが考えられる。
       人種分化は、人類が小集団で狩猟採集生活を送っていた旧石器時代を通じて進行したと思われるが、分化が 生
       殖隔離(種分化)に至るまえに、新石器時代にはいって農耕牧畜による人口増加が各地で始まったため、集団の
       拡張や 移住による接触・交流がさかんになり、人種は分化から一転して融合に向かうようになった。その結果、す
       べての現生人類は ただ一つの種に属しており、地方型である諸人種のあいだには地理的にも形質的にも明確な
       境界線がまったくないという 状況になっている。現在みられる人種差は、いわば過去の分化のなごりである。

       ウイキペディアと自然史学会連合の解説は参考までにという意味で紹介したもので、この二つの解説を私が事実
      もしくは学説として受け入れているわけではない。
      私見を言えば、人種の存在を肯定することは出来ない。時に、と言うより、状況によっては常に科学は政治に追従す
      る。その役割は、異民族支配の正当性をでっち上げるということである。人類学は欧州の帝国主義とともに発展して
      きた政治的な教条(ドグマ)に過ぎない。ここでの正当化とは、優生思想のことである。これをサイードは「オリエンタリ
      ズム」と厳しく批判した。
       小樽高島の平山裕人さんが送ってくれた小冊子『東大教授のアイヌ遺骨盗掘 北海道の旅』を開く。
      平山さんはアイヌ史、北方史の研究家である。
       「形質人類学」という学問があった(今もあるのかもしれないが)。これは人の体型、特に頭の形を比較する方法に
      よって人種や民族間の差異を明らかにするというものである。
      この学問の大家は小金井良精(こがねい よしきよ)という帝国医大(現東京大学)の医学博士であった。
      小金井は1888年、アイヌの人たちの頭を計測するために北海道を訪れた。この旅行については後に『アイノの人類
      学的調査の思い出』という論文に詳しく書かれているそうだ。
       小金井は北海道で何をしたのか。アイヌの墓を暴いて、遺骨を持ち去る、つまり盗掘である。
      小金井良精(1859~1944)は解剖学者・人類学者であり、森鴎外の妹婿であった。
      西欧の最新の科学を応用して何を明らかにしたかったのか、新興の帝国日本の周辺民族に対する優越性である。
      ここでは目的のためには手段は択ばない。これを「骨をしゃぶって皿に及ぶ」と言う。 解釈は、冷酷なやり方で、全
      てを奪い取ってしまうということだ。 学問及び科学の国家に対する貢献、この卑しさと醜さは森鴎外にも福澤諭吉に
      もあった。福澤の「脱亜入欧」とはこのことである。
       さて、ここで話を元にもどす。
      大坂なおみ選手は何を言ったのか。
       2020年は戦後75年である。関東大震災からは96年目の夏である。
      震災の混乱の中で虐殺された朝鮮人犠牲者らを追悼する式典が東京都墨田区の横網町公園で開かれ、約700人
      (主催者発表)が参列した。小池百合子都知事は3年連続で追悼文の送付を見送った。そして、日本では白昼公然と
      在日朝鮮人・韓国人に対するヘイトクライム(憎悪犯罪)が横行する。
       大坂なおみ選手がこの先、偉大なテニスプレーヤーになるのかどうかは分からないけれども、彼女のこの夏の発言
      は人間の尊厳とは何かということを訓えるものであった。
      この国の「今と此処」にある構造的差別をどうするのか、このことを皆で考えようではないか。
      



         「98周年記念講演を読む」

           2020・8・27(木) 

     またか。いつまで同じことが繰り返されるのか。米国でまた黒人が警察官に銃撃された。
    米中西部ウイスコンシン州ケノーシャで23日、丸腰の黒人男性ジェーコブ・ブレークさん(29歳)が背後から
    複数回銃撃を受けた。事件に関わった警官は3人。
     コロナ禍による感染者数・死者数はアメリカが第一位である。
    25日現在で、感染者数は5、740、623人、死者数は177、276人。その多くは黒人、ヒスパニック系、アジ
    ア系で、貧困層である。アメリカでは、人の命が余りにも軽すぎる。こうした中で、白昼公然と警官によって何の
    罪もない黒人が殺害される。疫病と暴力の国か、これが世界一裕福な国の現実である。
     死者数の177、276人は既に朝鮮戦争もベトナム戦争も太平洋戦争も超えて第二次世界大戦全体の戦没
    者数に近づいている。この戦争は1939年9月から1945年の9月まで続いた。欧州戦線と太平洋戦線を合わ
    せてのアメリカの死者数は29万人である。今回のコロナによる死者数はたったの8カ月で約18万人である。
    ここに世界最強の国家の本当の姿がある。貧富の格差が、そのまま命の格差であるという分断と差別の国が
    アメリカである。
     日本共産党の志位和夫委員長は、「コロナ危機をのりこえ、新しい日本と世界を」と題する党創立98周年記念
    講演の中でこんなことを語っている。(文献パンフとして出版されている、ネットでも読むことが出来る)。
    
      格差拡大は、パンデミックのもとで急速に加速している

    格差拡大は、パンデミックのもとで急速に加速しています。富める者はより富み、貧しい者はより貧しくなっています。

       貧困層は一番の犠牲を負わされ、富裕層の資産はあっという間に急増・回復した

     一番の犠牲となっているのは、貧困のもとに置かれている人々です。
    貧困層ほど死者が多い――所得の格差が「命の格差」に直結していることが、世界中で大問題となっています。アメ
    リカでは、所得の格差に、構造的な人種差別が拍車をかけています。貧困、雇用、住宅、健康など、さまざまな面での
    黒人やマイノリティーへの不平等が、感染リスクや重症化リスクを高めています。米国のブルッキングス研究所の集計
    によりますと、黒人やラテン・ヒスパニック系の死亡率は、45歳から54歳では、白人の実に6倍以上にのぼっています。
     日本でも、より弱い立場の人々ほど打撃を受け、困窮に突き落とされています。コロナ危機は、ネットカフェ難民を路
    上生活に追い出し、非正規雇用やフリーランスで働く人、ひとり親世帯から仕事と収入を奪っています。
     他方、富裕層は、コロナ危機の当初、株価の急落で一時的には打撃を受けましたが、各国政府・中央銀行が強力な
    資金供給を行ったことにより、株価は急速に回復し、富裕層の資産は急増しました。
     米誌『フォーブス』の「世界の富豪」リストから試算すると、世界のビリオネア=資産10億ドル以上の億万長者の資産
     の合計は、3月18日時点で8兆ドルだったのが、わずか4カ月後の7月10日時点で10・2兆ドルへと、2・2兆ドル=
     約230兆円も増えています。世界の多くの人々がコロナで苦しむなかで、富裕層はあっという間に資産を急増させ、
     打撃を回復したのであります。
     7月13日、世界の富豪83人が、「私たちに大幅な課税を」という訴えを出しました。そういう方向に進むのが当たり前
     ではないでしょうか。
         途上国は、他の感染症への追い打ち、貧困の悪化、食糧危機に苦しんでいる
      先進国と途上国の格差拡大の矛盾も、パンデミックのもとで噴き出しています。
     アフリカをはじめ途上国の多くでは、今もなお、マラリア、結核、エイズ(後天性免疫不全症候群)の三大感染症に苦し
     んでいますが、新型コロナ・パンデミックはそれに追い打ちをかける深刻な事態をつくりだしています。WHO(世界保
     健機関)はウイルス封じ込めのためのロックダウン(都市封鎖)を行うと、三大感染症による死者がそれぞれ数十万人
     以上増えると警告しています。
      貧困の悪化、食糧危機も強く懸念されています。世界銀行は世界中でおよそ4000万人から6000万人が極度の
     貧困に陥る可能性があると警告しており、中でもサハラ以南のアフリカは最も甚大な被害を受け、次いで南アジアで被
     害が甚大になると予測しています。世界食糧計画(WFP)は、直接的な措置が取られない限り、2億6500万人が危機
     的なレベルの飢餓に直面することになると危惧しています。

        新型コロナ・パンデミック――歴史の変化を加速する動きが起こっている
                  米国の黒人暴行死事件――植民地主義、奴隷制度への歴史的見直しを迫る運動が

      中世、近代から、一挙に現在に戻りたいと思います。
     感染症のパンデミックは、時として、歴史を変える契機となりうる、歴史の進行を加速することがあるとのべましたが、
     私は、それはいま起こっている新型コロナ・パンデミックでもいえることではないかと思います。
      米国で起こった警官によるジョージ・フロイド氏の暴行死事件への抗議行動は、またたくまに全米、欧州、世界へと
     広がりました。抗議行動は、すでに全米で2000カ所以上、世界72カ国・地域で200都市以上、文字通り世界中に
     広がっています。日本でも各地で抗議行動が起こっています。
      重要なことは、その抗議の内容が、構造的人種差別への怒りにとどまらず、植民地主義、奴隷制度、奴隷取引に
     対する歴史的抗議、歴史的見直しを迫るものへと発展しているということです。
      米国では、南北戦争で奴隷制を推進する南部連合軍で司令官を務めたロバート・エドワード・リーの像が撤去される
     ことになりました。イギリスでは、約8万人の男女や子どもをアフリカ大陸からアメリカ大陸に奴隷として送り込んだ17
     世紀の奴隷商人・エドワード・コルストンの銅像が引きずり降ろされました。ベルギーでは、19世紀後半、コンゴを巨大
     な強制収容所に変え、ノルマを達成できない住民の手足を切断するなど、非道な植民地支配を行ったレオポルド2世の
     像が撤去されました。
     ベルギーのフィリップ国王は、6月30日、コンゴ民主共和国のチセケディ大統領にあてた書簡で次のような反省をのべ
     ました。
     「(レオポルド2世の)コンゴ自由国時代、暴力と残虐な行為が行われ、それがいまだにわれわれの集団的記憶に重くの
     しかかっています。それに続く植民地時代もまた、苦しみと恥辱を与えました。私は、この過去の傷に、痛恨の極みを表
     明したいと思います」ベルギー国王によるコンゴへの反省は、歴史上はじめてとのことであります。

         「ダーバン宣言」の実施をうたった国連人権理事会決議――歴史の進歩を加速



      米国における構造的な黒人差別をなくすたたかいは、長期にわたって粘り強く取り組まれてきた課題でしたが、今回、
     一挙に、全米へ、世界へと広がったのはなぜでしょうか。私は、その背景には、新型コロナ・パンデミックによる共通の
     体験があると思います。
      新型コロナ危機のもと、米国では、人種差別とともに、あらゆる差別・不公正・不正義が一挙に顕在化しました。その
     深刻さに、黒人以外の多くの人々も「人ごとではない」と感じる状況が広がり、抗議運動には、黒人だけでなく、白人、ヒス
     パニック、アジア系、先住民なども広く参加し、とくに20代、30代の若者が多数参加しています。同じ流れが欧州でも、世
     界でも、一挙に広がりました。
      国連でも動きが起こりました。6月19日、国連の人権理事会は、緊急会合を開き、決議「警察官の過剰な力の行使や
     その他の人権侵害から、アフリカ人及びアフリカ系住民の人権と基本的自由を促進し、保護する」をコンセンサスで採択
     しました。
      注目されるのは、この決議が、2001年に南アフリカのダーバンで開かれた「人種主義、人種差別、排外主義および関
     連する不寛容に反対する世界会議」で採択された「ダーバン宣言」の実施をうたっていることです。
      「ダーバン宣言」は、「大西洋越え奴隷取引などの奴隷制度と奴隷取引」を「人類史のすさまじい悲劇」「人道にたいする
     罪」と糾弾するとともに、「植民地支配が起きたところはどこであれ、いつであれ、非難され、その再発は防止されなければ
     ならない」――植民地支配は、過去にさかのぼって非難されなければならないと宣言したものです。
     こうした画期的意義をもつ「ダーバン宣言」の実施がうたわれ、世界各地で忌まわしい過去と結びついた像が撤去され、ベ
     ルギーでは国王が過去の植民地支配への反省を行った。それは、植民地体制の崩壊という20世紀に起こった世界の構
     造変化が、今日、生きた力を発揮していることを示すものにほかなりません。そして、世界のこの激動的な姿は、新型コロ
     ナ・パンデミックが、歴史を変える大きな契機となり、その進歩を加速していることを明らかにするものではないでしょうか。
      そして、植民地支配という点では、日本政府もまた過去と向き合うことが求められています。いま、世界で起こっている巨
     大な流れをふまえ、朝鮮半島に対する過去の植民地支配をきっぱり反省することを、私は、この機会に強く求めたいと思い
     ます。(拍手)

      順序が逆になるが、この講演は次のような挨拶で語り始められている。

      冒頭、新型コロナウイルス感染症によって亡くなられた方々への心からの哀悼を申し上げるとともに、闘病中の方々にお
     見舞いを申し上げます。医療従事者をはじめ、危機のもと献身的に奮闘されている方々に敬意と感謝を表します。
     また、この間の豪雨災害で犠牲になった方々に心からのお悔やみを申し上げるとともに、被災された方々にお見舞いを申し
     上げます。コロナと豪雨という二重の災害のもと、救援と復興に全力をつくす決意を表明するものです。

      クルーズ船で最初の感染が確認されてから今日まで、日本の政治家で国民に向かってこういう挨拶をした人がいるだろ
     うか。安倍晋三から下駄屋のナッチャンまで政府・与党の人間は蛇足・余談・漫談の垂れ流しで恥を知ることがない。
     「出たがる知事、逃げたがる首相」と誰かが言っていたが、この間、政治は止まったままで、政治家は不在である。
     政治屋共の売名と悪行だけが世間を騒がせ、ある者は逮捕され、ある者は逮捕を逃れ、そして痴愚の村祭りは今日も続く。

         古京はすでに荒れて、新都はいまだ成らず。
                                   鴨長明




       「詐欺師の楽園」

            2020・8・26(水) 

    大昔のことだ。「隠し砦の三悪人」という映画があった。監督は巨匠と呼ばれた黒澤明、主演は三船敏郎、
   ヒロインは野性美の上原美沙、脇は志村喬、千秋実、藤原鎌足といった黒沢組が固めている。
   作品は、黒澤には珍しく娯楽作品だと言いうことだったが、本当のことを言えば、黒澤は娯楽作品の大家だ
   った、決して芸術性の高い監督ではなかった。黒沢を巨匠と崇めたのは世間の誤解である。
    まあ、そんなことはどうでもいいのだが、私はここで映画論や監督論で時間を潰そうというのではない。
   ただ昨日・今日のニュースを見ていて何となく「隠し砦の三悪人」という言葉を思い出しただけだ。
    この20日、統合型リゾート施設の収賄事件に関する証人買収事件について、秋元司衆院議員が贈賄側の
   買収工作に関わっていたとして、組織犯罪処罰法違反(証人等買収)の疑いで東京地方検察庁特別捜査部
   に逮捕された。
    秋元さんは二階派所属で48歳。政治家としての実績は全くないが、早くから超有名人である。
   政界がらみの闇金事件では必ずこの人の名前が出てくる。カジノ汚職の前に、2019年2月の東レの巨額不
   正取引事件では弁護士法違反、同年7月、公益財団法人「児童育成協会」に虚偽の工事請負契約書を提出
   するなどして、助成金2件計約2億円をだまし取ったとして逮捕。
    秋元さんは、自身について『月刊公論』(2019年6月号)の対談で「私は2世議員でもお坊ちゃんでもタレント
   でもましてやエリートでもない。掲げる理念と行動力のみが全てですから」と述べていた。
   理念はともかくとして、行動力は抜群のようだ。埋蔵金の在りかを嗅ぎつける動物的な臭覚、これが唯一の武
   器である。そして「公職選挙法違反」「接触事故」「献金問題」と悪名を高めていく。「今だけ、金だけ、俺だけ」の
   典型的な政治屋である。政治活動と言えるものかどうか分からないが、秋元さんはパチンコチェーンストア協会
   の政治分野アドバイザーも務めていた。本業は博打うちか、稼業で区分けすると神農の的屋ではなく、盆茣蓙
   の博徒ということか。
    先を急ぐ。
   芸州は広島が誇る(恥じるの間違いか)ばら撒き行脚で名を売った夫婦漫才「カツユキ&アンリ」の公職選挙法
   違反の初公判が開かれたということだ。2人は昨年3月から選挙後の8月まで、計100人に現金約2900万円
   を配ったということだ。何とも気前のいい話だね。よほどのお金持ちなのだろう。で、2人は何を買ったのか?
   今晩のおかずにと肉・野菜を買ったのではないよ。票を買ったのだよ。票は紙切れである、配った現金も紙切れ
   である。紙切れを渡して違う紙切れを買う。よく分からないお買い物だが、これを広島では「等価交換の法則」
   と呼ぶそうだ。等価交換とは、等しい価値を有するものを相互に交換するということである。これが成立するため
   には需要と供給が合致することが交換の第一条件であり、損得勘定で言えば、双方ともに得をするということで
   ある。簡単に云えば、受け取った者が最初の利益を懐に入れ、支払った者はその後により大きな利益を掴むと
   いうことである。「カツユキ&アンリ」の興行主は長州屋安倍晋三である。この興行に際して興行主は2人に1億
   5000万円の巡業資金を持たせている。お買い物の動機は票の取りまとめであり、買い取ったものは参院議員
   の椅子である。1億5000万円の椅子、これはもう世界文化遺産というものだ。
   しかし、このお金は興行主のポケットマネーではない。私たちが納めた税金である。断りもなく他人様のお金を
   懐に入れる者、これを泥棒という。またこれを使う者、これを詐欺という。
    淡路明人という人がいる。「桜を見る会」に安倍後援会のバスで参加した悪質マルチ企業「48(よつば)ホール
   ディングス」(48H)の元社長だ。この人が、組織犯罪処罰法違反(証人等買収)で今月の4日逮捕された。
   この会社の広告塔となっていたのが安倍晋三・昭惠夫妻だ。
    淡路さんは、「10倍に値上がりする」などとウソの説明で仮想通貨「クローバーコイン」を販売し、2017年10月、
   特定商取引法に基づく業務停止命令を受けた日本を代表する立派な詐欺師である。
   そういう人物であるから当然交際相手の社会的地位は高い。いわゆる上級国民である。淡路さんは安倍夫妻とも親しく、
   夫妻と同席する記念写真を何枚も取っている。安倍首相のお友だちにはこういう人たちが多い。と言うより、余り
   にも多すぎる。これは安倍首相の人徳というものか、わたしには「悪徳の栄え」としか見えないのだが、解釈は人
   それぞれか。
     私が最初に連想したのは「隠し砦の三悪人」とは誰なのかということだったのだが、西原扶美男さんのフェイス
    ブックを見ると、どうも隠し砦の三悪人といったようなこじんまりしたものではないようだ。
    これはもう完璧なる「詐欺師の楽園」である。

             
     
    老子は言った。「天網恢恢疎にして漏らさず」と。
   意味は、天網は目が粗いようだが、悪人を漏らさず捕らえる。天道は厳正で悪事を働いた者には必ずその報いがある。




        「蜃気楼」

          2020・8・25(火) 

     早朝3時30分、いつものように目覚める。今日も生きている。
    茶の間に降りて珈琲を一杯、煙草を一服、やっぱり生きている。悦ばしき一日の始まりだ。
    いつものようにホームペイジの編集作業に取り掛かる。見た目にももっと素敵なホームペイジを作りたい
    と、またいつものように同じことを考えるが、1秒も経たずにまたいつものように技術と知識の決定的な不
    足に気が付く。元々、完璧主義者ではないから無能力との妥協には時間はかからない。要するに、好い
    加減な男ということだ。
     それで、気分転換に小野リサの『黄昏のビギン』を聴く。中村八大・永六輔のコンビによるこの歌は色々
    な人のカヴァーしたものを聴くが、この一曲に限って言えば小野リサが絶品だ。感情移入がなくお洒落に
    仕上がっている。
     ボサノヴァで耳を洗った後は、この一週間に書き溜めた「ハック・フィン」を三部プリント・アウトしてA4の
    大型封筒に入れた。郵便配達の時間だ。塩谷さん、金田さん、小坂さんの順に愛車フィットを走らせる。
    今日も暑くなりそうだ。
     午前9時、月に一度の駅前の内科病院に入る。診察を受け、薬局で血圧安定剤をもらう。我ながら規則
    正しい生活だと思う。それでも酒と煙草は止めない。不健康なこと、これが幼少の頃より大好きなのだ。
    やっぱり、馬鹿は死ななきゃ治らない、か。
     午前10時、お菓子を食べに福盛田恵美子さんの家に出かける。週に一度はこの家の茶菓子を食べな
    いと落ち着かない。70歳になってもお茶のみ友達がいるということは幸せなことだ。友情に恵まれれば孤
    独死だけは避けられるだろう。
     正午、家に帰ってからは、このひと月前ほどから始めた身辺整理の続きをする。
    古い友達から貰った手紙の中に、私の性格を評して次の言葉が書かれていた。

     「得難きの貨(か)は、人の行ないをしてを妨(さまた)げしむ」。

     その友達がどういう意味でこれを書いたのかはわからない。
    出典は『老子』の第12章「五色は人の眼をして盲なら令む」である。 ある人の解釈によれば、次のようなものだ。

         原文
       五色令人目盲。
       五音令人耳聾。
       五味令人口爽。
       馳騁畋獵、令人心發狂。
       難得之貨、令人行妨。
       是以聖人、爲腹不爲目。
       故去彼取此。

           書き下し文
       五色(ごしき)は人の目をして盲(もう)ならしむ。
       五音(ごいん)は人の耳をして聾(ろう)ならしむ。
       五味(ごみ)は人の口をして爽(たが)わしむ。
       馳騁(ちてい)田猟(でんりょう)は、
       人の心をして狂(きょう)を発せしむ。
       得難きの貨(か)は、人の行ないをしてを妨(さまた)げしむ。
       ここをもって聖人は、腹を為(な)して目を為さず。
       故(ゆえ)に彼れを去(さ)りて此れを取る。

            現代語訳
       色とりどりの色彩は人の目をくらませる。
       幾重にも音を重ねた音楽は人の耳を聞こえなくさせる。
       味わい豊かな食事は人の味覚を鈍くする。
       乗馬や狩猟といった娯楽は人の心を狂わせる。
       手に入り難い貴重な品々は人の行動を誤らせる。
       だからこそ「道」を知った聖人は
       お腹いっぱい食べる事を除いて快楽を追い求めない。
       感覚から得られる快楽を求めず、
       心の内面の充足を求めるのだ。

        
何のことだかさっぱり分からない。それで書架の奥から福永光司著、吉川幸次郎監修の『老子』(朝日文庫・
     1978年刊行)を取り出した。福永(1918~2001)は、日本の中国学者・中国思想史研究者。京都大学名
     誉教授。老荘思想・道教研究の第一人者であるということだ。
     
「馳騁(ちてい)」は、馬にまたがり走りまわること、「田獵(でんろう)」は狩りのこと。それで何がわかったか、
     やっぱり、さっぱり分からない。また違うある人の解釈によれば、こういうことだ。

           訓み下し文
      五色(ごしき)(ひと)()をして(もう)なら()む。
     五音(ごいん)
(ひと)(みみ)をして(ろう)なら()む。
     五味(ごみ)(ひと)(くち)をして(たが)()む。
     馳騁(ちてい)畋猟(でんりょう)(ひと)(こころ)をして(きょう)(はっ)()むる。
     得難(えがた)きの()は、(ひと)(おこな)いを(さまた)()む。
     是(これ)()って聖人(せいじん)は、(はら)()して()()さず。
     故(ゆえ)
()れを()てて()れを()る。
   
             解釈
      あふれかえるほどの色は人の目を潰す。あちこちからの音は人の耳を聞こえなくする。たくさんの味は人の
     味覚を麻痺させる。
     乗馬や狩りは人の心をおかしくさせる。高価な金品は人の正しい行いを妨げる。
     だから、聖人は心の充足を考え、うわべの楽しみに目を奪われない。よって、あれではなく、これを取る。

      老子の言葉で私が知っているのは、「知る者は言わず、言う者は知らず」だけである。意味は、「真実を知
     る人はあれこれしゃべらないし、しゃべる人は本当のことを知らない」である。
      
頭が痛くなったので、妻殿を誘って外に出る。
     第10回目の「枯葉のデート」だ。向かった処は手稲区稲穂2条6丁目、前から一度は行ってみたいと思ってい
     たラーメン店「弟子屈(てしかが)」さんだ。創業は2003年(平成15年)、総本店は川上郡弟子屈町摩周にある。
     
弟子屈町については私は大横綱大鵬幸喜の出身地と言うことと、布施明の『霧の摩周湖』以外は何も知らない。
    
今日、「弟子屈」さんを選んだ理由は道東のラーメンを食べたいと思ったからだ、
    
北海道のラーメンは「札幌」「函館」「旭川」「釧路」を四大ラーメンと呼ぶが、「弟子屈」さんは釧路地区のラーメン
    屋さんだ。私が注文したのは「むかし醤油ラーメン」、妻殿は「冷やしラーメン」だ。スープは思っていた通りの魚介
    系、鰹節の香りがいい。「むかし醤油」と銘打つだけのことはある。麺は細縮れ麺で、これも良し。
     店の造りは馬蹄型のカウンター席とこ上がり席が二つほどあって昔ながらの大衆食堂の雰囲気を上手く醸し出し
    ている。1950年代から60年代にかけての一時代だ。レトロというか、古き良き時代の庶民の生活の詩だ。
     私は少年期を道東の斜里という町で過ごした、斜里にはラーメン屋さんがいっぱいあってどの店も美味しいラーメ
    ンを出していた。「珍満」「大場食堂」「吉田食堂」、もう名前は忘れたがどの店も名物食堂であった。斜里のラーメン
    は釧路食文化圏に属していたと思う。町には「こまどり製麺」という製麺業者があったと記憶する。ここの麺は釧路の
    三原製麺や田代製麺や高橋製麺と同質のものだったと思う。それは、明らかに札幌、旭川、函館とは違うものだっ
    たということだ。私が今日食べたいと思ったのは、この少年期の美味礼賛である。
     斜里へはもう長いこと行っていないし、これからも行く予定はないので、確かめようもないが、同じ釧路食文化圏と
    いっても、そこはやはり土地にはそれぞれの歴史があり、それぞれの味がある。だから私が食した斜里の味は永遠
    に戻っては来ない。ただ、その面影を偲ぶだけである。
     あれは町に商店街というものがあった時代のことだ。魚屋さん、肉屋さん、八百屋さん、お菓子屋さん、家具屋さん、
    靴屋さん、洋品店、本屋さん、時計屋さん、金物屋さん、商業がそれぞれの家業であった時代のことだ。
    その時の音楽は、やっぱり中村八大・永六輔コンビによる『上を向いて歩こう』だった。歌ったのはエルヴイス・プレス
    リーの影響を受けた若いロカビリー歌手の坂本九だった。
     少年であった私はその夏の浜辺で生意気にも煙草を吸っていた。そして遥かな沖合に蜃気楼(ミラージュ)を見て
    いた。そう言えば、福永武彦に『海市』といういい小説があった。
     海市とは、「気温の相違により、地上や海面上の密度が一定ではないときに、光の異常な屈折が原因で、遠方の
    景色が見えたり、船が逆さまに見えたりするなど、物が実際とは異なって見えるような現象」ということだそうだ。
    で、私は何を見ていたのか。もう忘れてしまった。遠い昔のことだ。多分、これが哀しみの最初の記憶であろう。
    斜里もまた今では遥かな沖合に浮かぶ幻の町である。そして、今も少年であった私はその街角を彷徨っている。
    こうして70年が過ぎた。数え切れないほどの愚行を積み重ね、数え切れないほどの喪失を積み重ねて、愚かにも
    まだ生きている。
     「幻視者」、幻を見る人、今も昔も私はそういう人間なのだろうと思う。つまりは夏炉冬扇の徒である。簡単に云えば、
    無用の人、役立たずのことである。
     予定では、来週の「枯葉のデート」は9月1日の火曜日である。秋だよ。月日の過ぎ行くのは本当に早いものだね。
    最初に聴く楽曲は、大好きなイヴ・モンタンの『枯葉』か。
    訳の分からないことを長々と書いてきたが、こうして無事なにごともなく今日も愚者の一日は終わったようだ。



      



      「扼殺者の序章」

        2020・8・24(月) 

    早朝4時、奥の部屋で寝ている末娘・胡桃を起こす。今日は中学3年の修学旅行の出発の日だ。
   次に二階のやはり奥の部屋で寝ている妻殿を起こす。娘は15歳、妻殿は54歳、我が家では夜が明けた
   ことを告げるのはジイサンの日課だ。いつの世でも、どこの世界でも老人は朝が早いからね。
    胡桃が生まれたのは私が56歳の時だった。その頃は休日と言えば必ず支笏湖かどこかの渓流でフライ
   フィッシングをしていた。まだ足も丈夫だったし、視力も良かった。釣りを止めたのは視力が衰えて細かい作
   業が出来なくなったからだが、あれほど楽しい遊びはないね。それ以後、私の生活から趣味というものがなく
   なった。
    それはともかくとして、修学旅行は東北地方巡りということだが、コロナの時代に大丈夫なのだろうか。
   無事に帰って来ることを願うばかりだ。父親とは、常に滑稽にして悲壮な商売である。
    話は変わるが、北海道に九条の会がいくつあるのか私は正確には知らないけれども、幾つかの九条の会
   さんとは交流があり、そうした団体から色々な情報が送られてくる。その地域で発行しているミニ新聞だとか、
   イベントの案内状だとかだ。今日はその中から「五輪団地9条の会」さんから送られてきた会報を転写する。
    なお今後もこのニュースを読みたいと思う人は世話人の加賀谷さんか渋谷さんにアドレスを知らせれば転
   送してくれると思う。
    先ず、そのNO153号を以下に転写する。

       
       №153 2020・8発行 五輪団地9条の会ニュース
                世話人 加賀谷(7-101581-7299)渋谷(14-408582-6002)



    戦後75年目の夏、憲法にとっても特別の8月 原爆忌や敗戦記念日がある8月は毎年多くの慰霊行事や戦争
   関連の集会が開かれる。今年は新型 コロナウイルスの影響で、中止や規模縮小を余儀なくされての開催となった。
   今、不法と無責任 の中で予測困難な政治・経済・災害・コロナ・健康…。ホントに何があっても、もう驚けない。
    二種類の原爆投下と核兵器廃絶―――――― 第二次世界大戦末期の1945 年(昭和 20 年)8月6 日、敗戦
   必至の日本にアメリカが世界で初めての、 ウラン 235 による原子爆弾を広島に実戦的投下。当 時の広島市の
   人口約 35 万人のうち約 14 万人がそ の日か年内に死亡したとされます。続いて8月9日 にはプルトニウム239
   による原子爆弾が長崎に投下 され、当時の人口約 24 万人のうち約7万人が年内 に死亡したと記されています。
   現在までの原爆死没 者登録数は合計 50 万5千 168 人になりました。 あれから 75 年目を迎えた原爆忌。広島
   の平和宣 言で松井市長は、「広島には核兵器廃絶と世界恒久 平和の実現に向けて連帯することを市民社会の
   総 意にしていく責務がある」と表明し、日本政府には 昨年に続き、3年前に国連で採択されたものの未発 効とな
   っている核兵器禁止条約の「締約国」になる よう求め、原爆投下直後に降った「黒い雨」の援護 拡大に向けた「政
   治判断を改めて強く求める」と述 べました。9日には長崎でも田上市長が、「核兵器 の怖さを体験した国として、一
   日も早く核兵器禁止 条約の署名・批准を実現するとともに、北東アジア 非核兵器地帯の構築を検討してください。
   『戦争を しない』という決意を込めた日本国憲法の平和の理 念を永久に堅持してください」と切実に訴えました。
   しかし、安倍首相は「核兵器のない世界の実現に 向けた国際社会の取り組みをリードする」「高齢化 が進む被爆者
   に寄り添い、総合的な援護施策を推 進する」などと具体性のない挨拶を朗読。市長や高 齢の被爆者を目の前にし
   て、核兵器禁止条約と黒い 雨の援護拡大には触れず、日付と地名を差替えた程 度の挨拶ですます態度が腹立た
   しく恥ずかしい。
    敗戦と平和憲法と安倍政権―――――――― 日本の天皇制軍国主議の下で満州事変以来15年 間続いた戦争
   は、1945 年8月 15 日、日本がポツダ ム宣言を受け入れ無条件降伏をして終結しました。
    アジアで 2000 万人、国内で 310 万人の犠牲者を出 したこと。特にこの年の3月 10 日の東京大空襲で は一夜で
   10 万人、4月には沖縄地上戦が始まり 20 万人が尊い命を失ったことを忘れてはなりません。 8月 15 日は時代が
   大きく変わった節目の日。天 皇制軍国主義と戦争の時代から人権尊重と国民主 権、平和と国際協調、民主主義の
   時代に向けて…。 戦争という実体験を経て、戦争の悲しみと苦しみに 打ちのめされた人々が「再び戦争の惨禍を繰
   り返し てはならない」と平和を願い、誓った共通の思いが 平和憲法に結実していると思っています。 全国戦没者追悼
   式で安倍首相が式辞を述べまし たが、失望と不信感がいっぱいです。一つは、例年 のことながら、各地で犠牲になっ
   た国民への哀悼の 言葉はあっても、日本の加害責任に触れる言葉が無 かったこと(報道によれば8年連続だそう)。
   今年はさ らに、「歴史の教訓」「歴史と向き合う」といった、 「歴史」という文言もありません。それに言葉使いに 違和感
   があります。特攻兵士の死やレイテで餓死し た将兵の死が、東京大空襲や沖縄地上戦での住民 の死が、何故“尊い
   犠牲”なのか。侵略戦争により 力で強いられたものであったのに、です。更に、戦 没者に対して“感謝”は変です。
   「死なせてしまっ て申し訳ない」という“謝罪”ならば納得できます。 巧妙に美化した言葉にすり替える表現はサギです。
   もう一つ、この式辞では今年初めて使われた「積 極的平和主義」。2013 年の「国家安全保障戦略」で 基本方針として
   掲げられて以来、安倍政権が安全 保障戦略を語るときに登場するようになった言葉 です。「国際社会の平和のため
   に積極的に行動する」 として、自衛隊の海外派遣拡大などにつながる論法 に用いられてきました。安倍政権の「積極
   的平和主 義」は本来の意味とは、似て非なるもの。戦争の準 備をして、積極的に米軍に協力することによって 「軍事
   力で平和を守ろう」という危険な絵空事です。

    加賀谷さんは「五輪団地九条の会」さんのものだけでなく、その他の地域の九条の会さんの発行するものも転送して
   くれるので、私は居ながらにして函館や苫小牧の市民運動の現況を知ることができる。その度に自身の力不足を思い
   知らされるが、しかし、これは励みなのだと解釈して感謝の思いを強くする。
    さて、またまた話は変わるが、今朝から堀田善衛さんの『若き日の詩人たちの肖像』(新潮社・1968年発行)を読み
   始めた。約45年ぶりの再読だ。巻頭の序文「扼殺者の序章」から圧倒的な文章だ。詩的でありながら、それでいて高
   い論理性を持つ音楽的というか魔術的というか、何とも不思議な文章だ。
   扼殺(やくさつ)とは、手や腕でしめ殺すこと。特に頸部をしめて殺すこと言う。この小説の主題は、誰がいかなる状況下
   で何を扼殺したのかということだ。そして、それをなぜ扼殺と言うのかという問いかけである。
    この序文には田村隆一の「1940年代夏」という詩の一部が引用されている。

       われわれはわれわれの死んだ経験を埋葬する
       われわれはわれわれの負傷した幻影の蘇生を夢みる

   田村隆一(1923~1998)は、詩人、随筆家、翻訳家である。敗戦時は海軍少尉であったが戦地に赴くことはなかった。
  堀田さんは1918年生まれであるから、田村さんは5歳ほど若い。没年は二人とも1998年である。
  田村さんのもので私が読んだ本は、詩集『ワインレッドの夏至』(集英社・1985年刊行)、『詩と詩評 D』(思潮社・1973
  年刊行)、『ダンディズムについての個人的意見』(リクルート出版・1990年刊行)の三冊である。
   私が思うには、田村さんの「1940年代・夏」とは方丈記の世界である。その詩の全文を以下に転写する。

           一九四〇年代・夏

     世界の真昼
     この痛ましい明るさのなかで人間と事物に関するあらゆる自明性に
     われわれは傷つけられている!
     犬のように舌を垂らして
     「一九四……年
     強烈な太陽と火の菫の戦線で
     おれはなんの理由もなく倒れた だが
     おれの幻影はまだ生きている」
     「おれはまだ生きている
     死んだのはおれの経験なのだ」
     「おれの部屋はとざされている しかし
     おれの記憶の椅子と
     おれの幻影の窓を
     あなたは否定できやしない」
     われわれはこの地上をわれわれの爪でひっかく
     星の光りのような汗を額にうかべながら
     われわれはわれわれの死んだ経験を埋葬する
     われわれはわれわれの負傷した幻影の蘇生を夢みる

     彼女の眼は崩壊と滅亡だけを瞶めてきた人の悲劇的イロニイでみちている
     彼女の耳は沖の彼方のあの難波人の叫喚だけを聴くばかりである
     彼女の文明は黒い その色は近代の絵画のなかにない
     彼女のやさしい肉欲は地球を極めて不安定なものとする
     彼女の問いはあらゆる精神に内乱と暴風雨を呼び起す
     彼女の幻影にくらべればどのような希望もはかない
     彼女の批評は都会のなかに沙漠を 人間のなかに死んだ経験を 世界のなかに黒い空間を覚醒する そして
     われわれのなかにあの未来の傷口を!

     わたしはこれ以上傷つくことはないでしょう なぜなら
     傷つくこと ただそのために わたしの存在はあったのだから
     わたしはもう倒れることもないでしょう なぜって
     破滅すること それがわたしの唯一の主題なのだから

     雷雨! われわれの永遠の夏は彼女の歯で砕かれる

    前にも一度書いたが、私が堀田さんのこの小説を読んだのは25歳前後のことで、全く理解することが出来なか
   った。だから堀田さんの名前は簡単に忘れた。忘れて45年が経った。
   文章のことに関して言えば、昔から森鴎外が大文章家と評価は定まっており、またある人は芥川龍之介の名前を
   あげる、あるいは荷風散人こそが最高なのだと言う人もいる。この3人は1945年以前の人だが、それ以降となると
   夷斎・石川淳か加藤周一、それにもう一人、作家ではないが音楽評論家の吉田秀和の名前を挙げるか。
   しかし、この夏、日本の大文章家と言えば、私は迷うことなく鴨長明と堀田善衛の名前を大文字で書く。
    鴨長明は随筆家にしてジャーナリストである、そして堀田さんは小説家にしてジャーナリストである。
   ここで私が言うジャーナリストとは、歴史の証人という意味である。ここに2人の遺した文学の不滅性がある。
    夏の終わりの黄昏時、酒は麒麟の缶ビール、肴はオイル・サーデンとモッツレラチーズ6p、なに、これは単なる
   食前酒だ。夜は長い、堀田さんの作品も長い。従って、酒を呑む時間も長い。
   何とも幸せなジイサンだ。
    田村さんの『ダンディズムについての個人的意見』を開く。その58頁。

    酒は、飲む人にとっては旅そのものの気がする。青年の酒、壮年の酒、老年の酒。その節がわりに、車窓の風景
   も変わってくる。酒を飲むことは、旅をすることだ。人生だって、旅ではないか。いちばん酒がまずいのは、ジェット旅
   客機だ。ローカル線の酒がいちばんおいしい。なぜって、酒は、その土地の文化の結晶だからだ。
    ぼくが心から尊敬する18世紀の賢人、オクスフォード大学、クライスト・チャーチ学寮長をつとめたヘンリー・オール
   ドリッチ博士の言葉を左に識す。
     1  良酒あらば飲むべし。
     1  友来たらば飲むべし。
     1  のど渇きたらば飲むべし。
   (ここから声が小さくなる) 1  渇くおそれあらば飲むべし。 1  いかなる理由があろうといえども飲むべし。





        「聖アグネス」 

           2020・8・23(日)

    笑うべし。5千年の歴史を誇る大中華帝国がたった一人の小娘の言動に震え上がっている。
   皇帝の名は習近平(シー・チピン・67歳)、小娘の名は周庭(アグネス・チョウ・テイン・23歳)。
   おっと、私としたことが失礼な物言いをした。先に、これを謝ろう。小娘ではなく、若い一人の女性だ。
   彼女は2017年まではイギリス国籍を保有していた香港の若くて美しい女性だ。彼の地では「学民の女神」と
   呼ばれているそうだ。2014年、警察が発射した催涙弾をデモ隊が雨傘で防いだことから、「雨傘革命」とも
   呼ばれている大規模デモのリーダーの一人。
2016年、彼女は同志らと共に、香港の自決権を掲げる香港
   衆志(デモシスト)という政党を創設し、初代副事務局長に就いた。
    2020年8月10日、香港国家安全維持法違反容疑で逮捕された。11日深夜に保釈され、「政治的な目的
   による摘発で馬鹿げている」と当局の対応を批判し、「4回逮捕されたが、今回が一番怖かった」と語った。

         「アグネス語録」(ツイッターから)。
    
     只今、香港政府が緊急法を引用して覆面禁止法を成立させました。こんなバカバカしい法律を実施したら、
    市民の怒りは上がるしかないです。 でも、一番大きな問題点は緊急法です。緊急法を通して、政府は立法会
    を回避して直接法律成立することができます。いわゆる、政府のやりたい放題になります。2019・10・4。

     緊急法を利用し、覆面禁止法を成立させたことは、香港の終わりの始まりだと思います。 香港政府は今日マス
    クを禁止できれば、明日は夜間外出を禁止でき、明後日はインターネットも禁止できます。とにかく、政府の権力
    は無限大となり、市民の権利と自由が全部奪われます。2019・10・4。

     9月29日に、あるインドネシア人記者がデモ現場を取材している際、警察のゴム弾に右目を撃たれました。そして
    先日「永久失明」になったことが確認されました。この記者はこれから警察局長と銃を撃った警官に対し、刑事告訴
    及び民事訴訟を提出します。 2019・9・30。

     昨日、ある公立病院の医師がデモ現場で、デモに参加した負傷者にボランティア救助を行ってる時に逮捕されま
    した。 デモ参加者に恣意的に暴力を使うだけではなく、香港警察は人道援助を阻止するのです。 この運動が始ま
    って以来、警察は常に負傷者を援助しようとした救助隊員を強引に阻止します。2019・9・30。

      この女性と香港情勢について日本ではどう報じられているか。AERA(アエラ)2020年6月15日号。

        「闘いをやめれば、“家”を奪われ失う」 香港「民主の女神」最後の闘いへの覚悟

     中国が採択した「国家安全法制」によって、香港の「一国二制度」と「自由」はいま、存亡の危機に立たされている。
    民主化デモ「雨傘運動」で「女神」と呼ばれたリーダー・周庭さんの胸の内は。AERA 2020年6月15日号が聞いた。
       *  *  *
    ──抗議運動に参加してきた人の中にも「移住」を検討する人が増えつつあります。

     香港版・国安法の発表を受けてたくさんの香港人が移民を考え始めたのは確かですが、それは同法に対する恐怖感
    が半端ないという証しです。同法が施行されれば一国二制度は完全に消えるし、政府に反対する自由や真実を語る自
    由さえ奪われます。デモや集会を禁じられるだけではなく、FacebookやツイッターなどのSNS、そしてGoogleもこれから使
    えなくなるかもしれません。自由な香港を完全に失うことになります。それも徐々にではなく一気にです。

    ──今後、香港市民にどんな運動、抵抗を呼びかけようと考えていますか。

     これはもう最後の闘いになります。香港がなくなるかもしれないのだから、本当に命を懸けて闘わなくてはならない。
    ほかに選択肢はありません。ここで闘うのをやめれば、自分たちの“家”を奪われ失うことになります。だからやるしかあ
    りません。ただし、私たちがそれを呼びかけてではなく、これまでのように香港市民が自発的に立ち上がることを望んで
    います。

    ──日本政府、日本国民に何をしてほしいですか?

     今回、山尾志桜里衆院議員らが呼びかけた「中国政府による香港への国家安全法の一方的な導入に反対する共同
    声明」に署名した議員が100人を超え、しかも与野党両方の議員が署名していることに驚いています。今まで日本ではこ
    ういう動きは起きませんでした。私たち香港人を励ます取り組みです。日本のみなさんにも香港の動きに関心を寄せて
    ほしいです。

     3人の少女の画像。右から聖アグネス、周庭、ジャンヌ・ダルク。
     


   「聖アグネス」についての伝説は非暴力の抵抗を説く。
  その生涯は次のように語られている。

   ホセ・デ・リベーラ筆「聖女アグネス」。ローマ長官の横暴に屈しなかったので報復のため全裸にされた時、彼女の髪の
  毛が伸びて全身を覆ったという伝説を描いたもの。左上から天使が彼女の裸体に布を巻いている。伝説によると、聖アグ
  ネスは291年にローマの上流階級でキリスト教徒の一家に生まれた、うら若く聡明な美少女で、13歳になった304年1月21
  日にローマ帝国皇帝ディオクレティアヌスの統治下で殉教した。長官センプロニウスは、アグネスが自分の息子と結婚す
  ることを望んだが、アグネスがそれを拒否すると、センプロニウスは彼女がキリスト教徒であると告発した。アグネスは非
  キリスト教の女神 (Vesta)に供物を捧げるか、売春宿に行くかの選択を迫られたが、その信仰から要求を拒否をした。
  アグネスの衣服は剥ぎ取られ、一糸まとわぬ姿で売春宿へ連れていかれたが、神により彼女自身の髪を伸ばされたため、
  アグネスの身体は足まで隠された。アグネスが売春宿に入ると、神から遣わされた天使が待っており彼女を守り取り囲ん
  だ。男たちは彼女を見ることも近づくこともできなかった。アグネスは火刑に処されることとなった。士官は大きな火をおこ
  すことは出来ず、アグネスを焼くはずの炎は二つに別れてそれぞれ争い、彼女は火を感じることはなかった。その後、士官
  はアグネスの身体を剣で突き刺すことを命じ、アグネスは殉教した。 アグネスの死から数日の後、彼女の墓で祈っていた
  エメレンティアナという少女が、自分はアグネスの乳母の娘であると主張した。エメレンティアナは墓から去ろうとしなかった
  ため、それを非難した非キリスト教徒に石で打たれ殺害された。このエメレンティアナも後に列聖されている。

   今、アグネス・チョウさんは「香港のジャンヌ・ダルク」と呼ばれている。

   「もし私が恩寵を受けていないならば、神がそれを与えて下さいますように。もし私が恩寵を受けているならば、神がいつ
  までも私をそのままの状態にして下さいますように。もし神の恩寵を受けていないとわかったなら、私はこの世でもっともあ
  われな人間でしょうから。」とオルレアンの乙女は言った。

    ヴァルター・ベンヤミン(1892~1940)はその著『暴力批判論』(岩波文庫)の中でこう語っている。

   あらゆる法秩序のもっとも根底的で基本的な関係は、明らかに、目的と手段との関係である。そして暴力は、さしあたって
  は目的の領域にではなく、もっぱら手段の領域に見いだされる。【中略】たとえ正しい目的のための手段にもせよ、一般に
  暴力が原理として倫理的あるかどうか、という問題は依然として残る。



       「中華思想」

        2020・8・22(土) 

     今の中国の皇帝は習近平(シー・チピン)である。
    正式な肩書は第5代中国共産党中央委員会総書記、第6代中国共産党軍人委員会主席、第5代中華人民
    共和国最高指導者、第7代中華人民共和国主席、つまり党と国家と軍の実権を握る最高指導者であり、もち
    ろん中国共産党での序列は第1位である。
     父親は八大元老の一人である習仲勲で、革命のエリートの家柄を誇るいわゆる太子党の一人である。
    八大元老に共通することは、いずれも文化大革命の中で迫害され、不遇時代を過ごしたことにある。
    息子の習近平も反動学生として批判され、四度も監獄に放り込まれた。
    そういう経歴を持つ人物が、序列第1位になった時に、「中華民族は5千年を超える悠久の歴史を持ち、中華
    文明は人類に不滅の貢献をしてきた」「中華民族の偉大なる復興という中国の夢を実現するため引き続き奮
    闘、努力しなければならない」と述べた。その外交政策の基本は、「シルクロード経済と21世紀海洋シルクロ
    ード」と言う巨大な経済圏構想であり、これを「一帯一路」と言う。
     中国は自らを共産主義国家であると言い、また世界の方でも批判的な意味と同調的な立場の二つに分かれ
    てだが、そうであると言う人もいる。
    しかし、自国の5千年の歴史を誇り、民族の偉大をあからさまに宣言するこの国のどこが共産主義国家なのか、
    その指導部は共産党の中の党内党である選良(エリート)集団である太子党と呼ばれる一握りの王族である。
    これは正に甦った焚書坑儒の「大秦帝国」であり、あるいは鄭和提督の大航海で知られる永楽帝の「大明帝国」
    の再来か、いずれにしてもここには人民解放の革命の哲学は一かけらも見られない。
     中国が共産主義国家であったのは、「不倒翁」と呼ばれた周恩来(1898~1976)が1955年、インドネシア
    のバンドンで開かれたアジア・アフリカ会議で平和十原則という非同盟運動の精神を発表した時までのことである。
     そして、新生中国の序列第1位であった毛沢東は「限定戦争論」を説いた。
    毛沢東の限定戦争の三つの原則は、第一に、軍事力の使用は防衛的なものでなければならず、道義性を持た
    なければならない。第二は、軍事力の使用に際し、敵の一部をたたくことを強調した。攻撃目標の限定は兵力の
    集中に役立ち、迅速に勝利を収めることができる。第三は、戦いを無制限に続けることを戒め、敵との妥協、休
    戦を実現しなければならないと説いた。
     革命第一世代が持っていた人民解放と世界平和の理想は何処へいったのか。
    結論を言う。習近平の中国は共産主義とは全く関係はない。その行動原理は大中華思想に基づく覇権主義で
    あって、それ以上でもそれ以下でもない。
     中華思想についてはウイキペディア(フリー百科事典)を引く。

    「中華思想(ちゅうかしそう)は、中華天子天下 (世界) の中心であり、その文化・思想が神聖なものである
     と自負する考え方で、漢民族が古くから持った自民族中心主義思想。自らを華夏中国と美称し、王
     朝の庇護下とは異なる辺境の異民族を文化程度の低い夷狄 (蛮族) であるとして卑しむことから華夷思想(か
     いしそう)とも称す

     この思想によれば、中国は世界の中心であり、その外側は蛮族であり、東夷、西戎、北狄、南蛮と呼ばれた。
    地球の反対側では、古代ギリシャの人たちは自らを「ヘレネス」と言い、異国の人々を「バルバロイ」と呼んだ。
    「ヘレネス」とは、英雄ヘレンの子孫という意味であり、「バルバロイ」とは、意味の分からない言葉を話す人、つま
    りは野蛮人のことである。
     日本共産党はこの1月、16年ぶりに綱領を一部改定し、中国を念頭に大国主義・覇権主義を批判する内容を
    盛り込んだ。この綱領改定について小池晃書記局長は次のように語っている。
     
    「社会主義とは本来、人間が本当の意味で束縛から自由に生きていけるようにするもの。それが民主主義の否定
    や人権の抑圧、あるいは核兵器禁止条約に反対する動きをしている。3年前の党大会でも“大国主義・覇権主義の
    道を進んでいる”と警告したが、向こうは“それは削ってくれ”と言ってきた。しかし、その後も尖閣諸島での領海侵犯、
    香港の事態に対する武力による威嚇、チベットでの人権問題など、どんどんひどくなっている。それを今回の綱領で
    はっきりさせようということにした」。

     日本の政党で、現在の中国を批判しているのは日本共産党だけである。
    経済的(貿易上の)な観点から中国を批判する国はあるけれども、人道主義の立場から中国を明確に批判している
    のは世界の中でも日本共産党だけである。


 
        「92歳の叛骨」

           2020・8・21(金)

    70歳の私が「しんぶん・赤旗」を読み始めたのは60歳になった年からだから、このお付き合いは10年という
   ことになる。政党の機関紙だから党勢拡大を目的とするのは当然のことだが、それだけが特徴であれば私が
   10年もの長きに渡って読み続けることはなかっただろう。
    読み始めた最初の3カ月ほどはあまり面白くはなかった。その理由の一つは、赤旗には広告がないのである。
   大手商業新聞に慣れていた人間にとってはこれは異様なことで、そのことに不満を覚えたことは事実である。
   しかし、記事は精確にして論理的であり、タブーというものを持たない。読み続けていくと商業新聞が報道するも
   のとは全く次元の異なるこの国の「今と此処」が見えてくる。
    例えば、各地の9条の会の活動について、例えば、日米地位協定が持つ支配と従属の関係について、例えば、
   改憲論が目指す復古主義について、例えば、脱原発の世界的潮流について、例えば、沖縄で繰り返される不条
   理について、その他色々とあるが、こうした問題を赤旗は国家の体制論から出発するのではなく、国民の生存権
   の立場から掘り起こす、これは物事を見る視点が主権在民を基本としているということであり、このことが批判精
   神に正当性を与えている。新聞は何のためにあるのか、また誰のためにあるのか、「権力の番犬」とは何かと考
   えた時、私には赤旗しか残らなかったし、これが最高の生活必需品となった。
    そして、この時、赤旗に広告がない理由が理解できた。企業からの広告収入を拒絶したからこそ赤旗は単なる
   政党機関紙ではなく、広く国民全体にとっての「社会の木鐸」と成り得たのである。こういう新聞は日本には赤旗
   以外にはない。
    1928年創刊ということだから人間で言えば92歳となる。私より22歳年長ということだ。
   共産党を支持する、支持しないに係わらず、この国で92年間も権力と戦い続けた新聞、これだけでも驚くべき
   ことだが、それより何より、誇りとすべきことではないのか、と私は思う。
   赤旗とは、持続する叛骨精神である。
    92歳の誕生日、おめでとう。そして、ありがとうと一言つけくわえよう。
    
            「赤旗」きょう2万5千号
       真実の報道 歴史に刻んで
                  1928年の創刊から

    「しんぶん赤旗」はきょう21日、1928年2月1日の創刊から、通算で2万5千号を迎えました。
   22年7月に創立された日本共産党は、天皇絶対の専制政治に反対、国民主権を主張したため、激しい弾圧に
   さらされました。その日本共産党と国民とをつなぎ、真実を伝えるために非合法で発行されたのが「赤旗」です。
   発行自体が命がけという過酷な弾圧のもと、35年187号をもって発行不可能となりますが、戦前掲げた正義と
   良心、理性にもとづく主張は、日本国憲法などにしっかり引き継がれています。
    戦後再刊された「赤旗」は、その後占領軍の弾圧などによる中断もありましたが、いらい75年、戦争反対、国民
   主権、生活擁護の立場を貫き、日本共産党の機関紙というだけでなく、平和と社会進歩を願う人々の共同の新聞
   として歴史を刻んできました。
    新聞の使命はなにより真実を伝え、権力を監視することです。大手メディアがその責任を果たしているとはいえ
   ないもとで、タブーなく真実の報道をつらぬく「赤旗」の役割はいよいよ重要になっています。
   赤旗編集局はその責任を自覚し、紙面づくりにみがきをかけるとともに、コロナ危機をのりこえ、新しい日本をつく
   るために全力を尽くします。         赤旗編集局



       「白馬は馬に非ず」

          2020・8・20(木) 

    安倍政権による改憲に反対し、臨時国会の開催などを求める行動が昨日、国会議員会館前で取り組まれた
   ということだ。集まった900人(主催者発表)は、いま安倍政権が保有を検討している「敵基地攻撃能力」につい
   ても批判。主催者あいさつした菱山南帆子さんは「安倍政権はコロナ禍でも戦闘機を大量に購入しています。
   なぜ医療や福祉にその税金を使わないのか」と訴えたそうだ。
    「敵基地攻撃能力」について共産党の宮本徹衆院議員は、「国際法違反であり、憲法9条を骨抜きにするもの
   です」と強調し、「憲法を守り生かす政治をご一緒につくりましょう」と呼びかけたということだ。
    「敵基地攻撃能力」とは先制攻撃のことである。先制的自衛権とは、他国からの武力攻撃が発生していない段
   階ですでに自国に差し迫った危険が存在するとして、そのような危険を予防するために自衛措置を行うことがで
   きるとされる国家の権利である。この権利を口実にしてアメリカはある日突然に他国を爆撃し、また相手側の要
   人を暗殺する。ロシアもまたこの権利を口実にしてある日突然隣国に侵攻し、領土を拡大する。
   問題点は二つある。一つは差し迫った危険を証明するものがないということである。いま一つは、その戦闘が他国
   内で一方的に行われるということである。こうしたことを可能にするのは二国間の軍事力の圧倒的な差であり、対
   話による平和的な解決の方法は始めから選択肢の中から外されている。
    支那事変(日中戦争)における大日本帝国陸軍のスローガンは「暴支膺懲(ぼうしようちょう)」というものであり、
   意味は「暴虐な支那を懲らしめよ」である。
   懲らしめるという言葉に含ませた意味は、 十字軍の昔から広島・長崎への原爆投下まで攻撃する側に道義的な
   優越性があるということで正当化されてきたが、しかし、それを証明するものは何もない。
    今また日本政府は「敵基地攻撃能力」などという意味不明な言葉をもて遊び始めたが、仮想する敵国はどこの国
   なのか、差し迫った危険とはどういう状況を言うのか、全くもって何もかもが曖昧である。
   仮に、仮想敵国が中国、北朝鮮、ロシアであったとしてもだ、現憲法下では仮想敵国なる発想そのものが憲法違反で
   ある。さらに付け加えるならば、在日米軍は以上の3国から日本を防衛する任務は帯びてはいない。このことはアメ
   リカの公文書にも明らかであって、日本全土はアメリカの外征作戦のために海外基地以上の意味はもってはいない。
   そして、アメリカの認識は、自衛隊は独立国の国土防衛の軍隊ではなく、アメリカの世界戦略上での第二軍という位
   置づけである。このことは日本の政府・与党も知っている。そこで編み出されたのは「集団的自衛権」という概念だ。
   「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないのにもかかわらず、実力をもっ
   て阻止する国際法上の権利」と定義する立場もあるが、この定義はあくまでも個人的な、あるいは国内的な解釈で
   あって、国際的に認められているわけではない。何故なら、これは対等な同盟関係から生じるものではなく、宗主国
   と属国の従属関係からのみ生じる自動的発動であるからだ。
    独立国として認められるのは、「個別的自衛権」、必要最小限度の範囲内の自衛措置、これは合憲であり、「集団
   的自衛権」、必要最小限度の範囲を超える自衛措置は違憲である。
    自衛とは、自らを守るということである。自ら以外のものを守ること、または自らの領土以外に攻め込むことは自衛
   とは言わない。他国の土地を攻撃することは、侵攻、侵略、外征と言う。従って、「集団的自衛権」なるものは論理上
   成立しない。これを詭弁という。
    詭弁とは、「故意に行われる虚偽の議論」「道理に合わないことを強引に正当化しようとする弁論、論理学で外見・
   形式をもっともらしく見せかけた虚偽の論法」「実質において論理上虚偽あるいは誤謬でありながら、故意に誤りの
   ある論理展開を用いて、間違った命題を正しいかのように装い、思考の混乱や欺瞞を目的としておこなう謬論」のこ
   とを指す。
    古代中国の思想家公孫竜の「白馬は馬に非ず」の論法である。
   先生はこう言った。

    「白馬」という概念は、「白」という色についての概念と「馬」という形についての概念とが合わさったものであるから、も
   はや純粋な形の概念である「馬」とは異なる。したがって白馬は馬ではない。

   「敵基地攻撃能力」及び「集団的自衛権」とは、アメリカの軍事戦略に自動的に参加するための詭弁である。

  



          「政治家の発言」

       2020・8・19(水) 

    政治家とは、職業として政治に携わっている者のことである。職業であるから当然のこととして報酬は
   ある。これは今も昔も変わらない。ただし、政治家という職業が他のそれと著しく異なるところが何点か
   あって、職業という言葉で簡単に整理してよいものかどうか判断に迷うところがある。
   と言うのは、この職業は、社会に奉仕することを最大の使命とし、そこでは倫理と責任が常に問われる
   ということである。しかし、現実には社会への奉仕ではなく、自分自身への奉仕を最大目的とする者もい
   る。私利私欲というやつだが、ここでは仕事の内容に関係なく報酬のみが追求される、その為により高
   い地位が必要とされ、この時点で、報酬は利権という言葉に置き換えられる。こういう人たちを世間では
   「政治屋」と呼ぶ。それでは政治家と政治屋の違いは何かということだが、代表民主政治のもとでは、ど
   ちらも何らかの代表もしくは代理人であるからかなり紛らわしい。
   「政治屋は次の選挙を考え、政治家は次の時代を考える」とはアメリカの格言であるが、この言葉は日本
   にも当てはまる。政治屋の最大の特徴は、「職業としての政治」の家業化または稼業化である。世襲議員、
   族議員はその典型である。
    今、この国に上は国会議員から下は市町村の議員まで含めてどれほどの政治家がいるのか、またその
   中にどれほどの政治屋が紛れ込んでいるのか詳しくは分からないけれども、仮に政治屋の占める比率の
   方が高いとすれば、この国の政治はどういうことになるなだろうか。
    2006年、時の首相小泉純一郎(世襲議員)は「構造改革」なるものをぶち上げた。
   国会答弁で「格差の拡大は確認されていない」と繰り返していた小泉首相は突然「格差が出るのは別に悪
   いこととは思ってはいない」と本音を吐き出し、「格差の何が悪い」と開き直った。
   小泉の言いたいことは、経済効率のために不平等が出てもやむを得ないということなのだが、そして次の
   発言が続く。「成功者をねたんだり、能力のある者の足を引っ張ったりする風潮を慎まないと、社会は発展
   しない」と大哲学者のような訓示を垂れる。
    一国の指導者が「格差容認」の宣言をしたこの時、日本の経済から倫理というものが失われた。弱肉強
   食が奨励されたのである。
    マックス・ヴェーバーは、「政治家の本領は『党派性』と『闘争』である」と指摘したけれども、問題はその政
   治家がいかなる階層を代表し、いかなる理想を実現しようとしているのかということだ。
   「格差容認」は既に政治ではない、それは階層の固定化であり、特権階級優遇の一党独裁である。それが
   もたらすものは、差別と分断であり、「機会の平等」を否定するものであり、最大多数の最大幸福とは懸け
   離れた経済効率優先の専制主義である。
   「最大多数の最大幸福」とは19世紀のイギリスの功利主義の哲学者ベンサムが道徳の目標とした標語で
   あるが、その訓えは「幸福とは個人的快楽であり、社会は個人の総和であるから、最大多数の個人がもち
   うる最大の快楽こそ、人間が目指すべき善である」ということだ。
    さて、ここでコロナ禍について確認する(19日現在)。クルーズ船を含む。

     感染者数    60、745人
     死亡者数     1、173人
     コロナ解雇   45、650人
     コロナ倒産      466件   飲食63件、アパレル50件

    こうした状況下では政治は何をしなければならないのか、政治家は何を語らなければならないのか。
   ここから先は政治家の発言を聞く。政治屋については週刊誌に任せる。
   何事に限らず私の家では粗悪品、二流品、贋造品の3種は取り扱わない。
   では以下に転写する。

          GDP年27.8%減
     消費税増税の失政明らか くらし応援の政策を
                          小池書記局長が会見  しんぶん・赤旗

    日本共産党の小池晃書記局長は17日、国会内で記者会見し、4~6月期の国内総生産(GDP)速報値が
   年率換算で27・8%マイナスになったことについて、「昨年10~12月期から3期連続のマイナスだ。消費税
   10%の大増税があり、その大打撃から回復しない状況でコロナ危機が直撃した。コロナ危機の深刻さはもち
   ろんだが、アベノミクス、とりわけ消費税増税の大失政が改めて明らかになった」と指摘しました。
    小池氏は、雇用者報酬がリーマン・ショック時を上回るマイナス3・7%となり、家計消費も30%以上落ち込
   んでいることに言及。「こういう深刻な事態のもとで、くらしをあたためる抜本的な経済施策が必要だ」と述べま
   した。
    また、OECD(経済協力開発機構)事務総長が企業支援策として付加価値税の減税を提起し、ドイツ、イギリ
   ス、韓国などで行われていると指摘。「もともと中小・零細業者にとって、10%の消費税増税は大打撃だった。
   しかも赤字でも納税せざるを得ない。消費税の5%への減税は、家計を応援するとともに、企業支援策としても
   有効だ」と強調しました。あわせて休業補償やPCR検査、医療機関に対する財政支援など、追加の抜本的なコ
   ロナ対策が必要だとして、「臨時国会の早期開会を政府に求めたい」と語りました。
    コロナ禍における安倍内閣の経済失政はどこにあるかと問われて、小池氏は「コロナ対策は後手後手にまわ
   り、支援の対象も、額も不十分さがあった。何よりも感染症対策の基本は検査と隔離・保護だ。PCR検査の件
   数が世界で151位(8月17日現在)と圧倒的に少なく、いったん収束したかに見えたコロナがまた広がりつつあ
   る」と指摘。休業・自粛を求めながら補償はせず、検査と隔離・保護という原則を貫けないとして、「感染症対策、
   経済対策の抜本的転換が必要ではないか。消費税減税についても、前向きに検討すべきだ」と語りました。


          侵略の歴史を反省し憲法9条に基づく平和外交を
             安倍首相式辞で      小池書記局長が会見

    日本共産党の小池晃書記局長は17日、国会内の記者会見で、安倍晋三首相が全国戦没者追悼式(15日)の
   式辞で「積極的平和主義」を語る一方、「歴史」の言葉が消えたことを問われ、「日本の侵略戦争の問題に向き合
   い、深い反省の態度を示し、憲法9条に基づく平和外交をやっていくべきだ」と訴えました。
    小池氏は、安倍首相の式辞から「加害責任への反省どころか、歴史という言葉まで消えてしまったことは重大だ」
   と指摘し、「過去に向き合わない姿勢では、現在に対しても正しい対応はできない」と述べました。
    また、「積極的平和主義」の名で安倍政権がやってきたことは、集団的自衛権の行使容認や武器の海外輸出など、
   「アメリカとともに海外で戦争する国づくりだ」と指摘。ノルウェーの平和学者ヨハン・ガルトゥング氏が提唱した本来の
   「積極的平和主義」は、世界中から戦争をなくし、戦争の根源にある貧困、抑圧、環境破壊など構造的な暴力をなくし
   ていくことだと強調。「積極的平和主義の誤った使い方はやめ、本当の意味での積極的平和主義の立場にたった、憲
   法9条に基づく平和外交をやっていくべきだ」と語りました。
    第1次安倍政権まで「深い反省」の言葉を使っていたことに触れ、「日本の過去の侵略戦争、植民地支配の問題に向
   き合い、きちんとした反省の態度を示すべきだ」と訴えました。



        「夏の終わり」
      
             2020・8・18(火) 

    朝早くスーパー・トライアルへ出かけてプリンターのインク(黒と青の2種)とプリント用紙一束を買った。
   これで暫くはニューヨーク・タイムズの真似事はできる。何があっても輪転機を回し続けるという神話だ。
    それにしてもこの国の新聞・テレビは何も伝えないね。
   公平中立というのは二人の人間(ボクシング)が、または二つのチーム(ラグビー)が勝敗を争う場合に
   審判する立場に求められフェアプレイ精神というものであって、国民と権力の間にあって、権力の暴走や
   欺瞞を監視し、それを国民に伝えることを使命とする立場にあるものに求められるものではない。
   政治の誤りを告発しなければならない時に「公平中立」を持ち出して言論に自ら枠をはめることは、ジャー
   ナリズムの自殺行為である。かくて報道の自由度ランキングは世界第62位となる。
   しかし、メディアは大手商業新聞とその傘下のテレビ局だけではない。だから私は勇気ある人のフェイスブ
   ックを開き続ける。そこで世の中の本当の動きを知る。
    午前10時、久しぶりにお茶会に出る。
   今日は冷たいお茶にチョコレートのゼリー菓子の組み合わせだ。いいね。歯が弱くなった私には煎餅菓子
   は苦手となってきている。塩味の江戸揚げは大好きなのだが、若い頃のようには食べきれない。簡単に云
   うと、齧る、噛み砕く、噛み切るということに不安が付きまとうということだ。老化とは、何よりも歯の衰えであ
   る。そして食欲は細り、体重は落ちていく。事実、この頃はあれほど大好きであったサーロイン・ステーキも
   それほど食べたいとは思わなくなった。それでこの夏の酒の肴は、鮪の刺身と冷奴である。私の場合、老化
   とは和食回帰ことであるようだ。
    歯がなくなった荷風散人は何を食べていたのだろうか。それでも先生は浅草のストリップ小屋には通って
   いたけど、目の保養という奴か、老いて、枯れても、なお求める癒やし、それが幻想にすぎないと分かって
   いても、この大文豪は死ぬまでその界隈に出没し続けた。これを喜劇と笑うことは誰にもできない。
    午後1時、新川通りにある書店「コーチャンフォー」に出向いた。
   堀田善衛の『ミシェル 城館の人』(集英社文庫・全三巻)の取り寄せをお願いした。2週間程で届くという
   ことだ。アマゾンを利用すればもっと早く届くと思うが、本はやっぱり本屋さんへ自ら足を運んで買うものだ
   ろう。それが男の作法というものである。それに私はアマゾンという企業が嫌いだ。
   9月の始めには読めるだろう。とするとシェイクスピアを訪ねての旅は10月以降の再開となるか、これで
   年内の読書計画は立った。後は、酒を欠かさぬことだ。
    読書に限って言えば、この夏は鴨長明で始り、堀田善衛で終わるか、愚者にとっては奇跡的な夏だ。幸運
   ということだ。間に合ってよかったというか、若い頃には理解できなかったものが、今は最高の読書だ。
    花見酒、星見酒、月見酒、雪見酒、四季折々の庭の風景を楽しみ、書を読み、酒を呑み、物を書き、老い
   た身体を暖め、精神を養う、静かなることを学べ。
    午後4時、「枯葉のデート」の時間だ。先週はお休みだったので2週間振りのデートということになる。
   その前に、これまでのデート・スポットを書き留めておく。恋の記録というよりも、ジイサンとバアサンの健康
   日誌というようなものだが、まあこれを季節の彩りだ。

       「枯葉のデート」
   1回  6月16日(火)  西友さんの中にある蕎麦屋「そば花」さん。手稲区前田。
   2回  6月22日(月)  喫茶店「コメダ」さん。手稲区前田。
   3回  6月30日(火)  拉麺店「吉林」さん。手稲区星置。
   4回  7月7日(火〉   「吉野家」さん。手稲区前田。
   5回  7月13日(月)  割烹「清田」さん。手稲区星置。
   6回  7月20日(月)  天婦羅屋「天八」さん。手稲区前田。
   7回  7月28日(火)  豚カツ屋「とんよし」さん。手稲区発寒。
   8回  8月4日(火)   焼肉屋「徳寿」さん。手稲区前田。
        8月11日(火)  家庭の事情によりデート中止。
   9回  8月18日(火)  お好み焼き屋「風月」さん。手稲区発寒。

    と言った調子で3カ月の月を乗り越えて9回目のデートに漕ぎつけたわけだが、お盆も過ぎて早や夏の終わり
   である。お好み焼きを選んだのは私の希望である。
    私は東京都中野区の生まれであるが、父の本慣の地が大和初瀬であったため、その幼少年期、多くの時間
    を関西で過ごした。少年期の終わりごろは水の都は浪花の光と陰の中でオーティス・レディングの『ドック・オ
    ブ・ザ・ベイ』を聴いていた。
     だからお好み焼きは主食と副食の中間に位置していて、その土地にいる時は殆ど毎日のように食べていた。
    関西ではどこの街にも美味しいお好み焼き屋さんがあった。
    南区難波、戎橋筋から心斎橋筋へと歩き進むとジャズ喫茶とお好み焼き屋さんは数え切れないほどあった。
    屋号を並べてみると、「美月」「福太郎」「味乃家」「おかる」「美津の」「法善寺三平」「はつせ」「花華」「ぼてじゅう」
    「とんべい」「千房」「鶴橋風月」などである。ミナミはお好み焼きの本場であった。
    中でもお気に入りは道頓堀戎橋にあった「鶴橋風月」さんである。
     今日、私がお好み焼きを食べたいと思い立った理由は、プルーストの小説『失われた時を求めて』の中の、あ
    のプチット・マドレーヌの挿話に関係している。無意識的記憶、あるいは間歇的記憶と呼ばれる奇跡のことだ。
     ある時、主人公は紅茶に浸したプチット・マドレーヌの小片を口に入れる。その瞬間、口の中で何か異変が起
    こり、名づけようのない何かが口の中で広がる感覚を覚える。そして、それは過去のある日の全体を徐々に蘇へ
    らせていく。それを呼び起こしたものがお菓子の味か、或いは匂いか、あるいはもっと違う別の何かなのかは分
    からない。
     しかし、プルーストによれば、間歇的記憶というのは無意識の世界の出来事であって、今日の私のように意識
    的に奇跡を起こそうというのは邪道である。既に呼び戻したい全体は特定されているのであり、帰りたいと願う過
    去は選別されているのであるから、間歇的記憶が誕生するわけもない、最初から分かり切った悲しき願いである。
     事実、発寒イオンのテナントである「風月」さんのお好み焼きを、物は試しと口に運んだけれども、何も起こらな
    かった。そしてまた、このお好み焼きは私がミナミの道頓堀で食べたものとは全く別のものだった。
    注文したのは「豚玉」と「広島焼き」だが、どちらもありふれた味だった。お好み焼きだから鉄板の上で自分で焼く
    のだが、何だか料理教室で実習を受けているような感じがした。
     何かが違う。もしも料理と言うものが、その味付けということだが、それを食する人の年齢や体力や、またその
    季節全体の雰囲気が混合して特殊なソース(調味料)を創るのだとしたら、同じ食材と同じ調理法で仕上げたとし
    ても同じ味になることはないだろう。70歳の私には、あの時のソースを作る力は残ってはいない。
    物を食べること、これもまた一期一会である。
     家に帰ってからパソコンでお好み焼き屋さんについて調べてみた。
    発寒の「風月」さんは北海道に本社がある企業で、「鶴橋風月」さんとは関係はなかった。
    「鶴橋風月」さんのお好み焼きは札幌では、札幌駅直結のデパート大丸の8階のレストラン街に行けば食べれると
    広告が出ていた。大阪発のお好み焼き屋さんで全国展開しているのは「鶴橋風月」さんの他に「千房」さんがある。
    ミナミは千日前を発祥の地とし、創業46年の歴史を持つ超有名店だ。札幌では駅前のアスティ45ビルの中にある。
    このお店には以前一度行ったことがあるが、その時もプチット・マドレーヌの奇跡は起こらなかった。
     仕方がない。何時か暇な時にでも自分で作るか、幼少の頃から食べ親しんできたソウル・フードだ、風雅の誠を求
    める私に作れないわけがない。美味しいワインが手に入ったら、試みてみよう。
     久しぶりにブリア=サヴァランの『美味礼賛』(岩波文庫)を開く。
    先生はこう仰っている。
     「食の快楽とは、一つの欲望が満たされたという、現実的かつ直接的な感覚である。食卓の快楽のほうは、食事に
    伴うさまざまな要素、場所だとか、物だとか、人だとかいったものから生じる、省察的な感覚である。」





        「憲法9条と共に生きる」

         2020・8・17(月) 

   歴史の見方は色々とあるようだ。明治元年は西暦では1868年だから、今から152年前のことである。
  明治大学教授の山田 朗(やまだ あきら)さん、専門は日本近現代政治史。山田さんは日本の近現代の
  歴史には、記憶に欠落部分があると指摘している。15日の赤旗から山田さんの発言を書き写す。

   明治維新(1868年)から敗戦までが77年です。75年もたつと記憶の継承という段階ではなく、それなり
  の歴史認識が示されていてもいい時間が経過したのです。しかし、現実には、日本人にとって、侵略戦争や
  植民地支配の記憶が公的に継承、歴史化されずに現在に至っています。日本の歴史認識の歩みの問題性
  が表れています。【中略】日本が戦争の歴史から未来への知恵を学ぼうとするならば、加害の歴史こそ意識
  的に学ばないといけません。
   
   問題は、先の77年と後の75年の関係だ。これを連続と見るのか断絶と見るのかによって歴史の全体像は
  全く違ったものになってくるだろう。あるいはまたどちらも誤りだという見方もないわけではない。
  それは、根本的なところでは連続しているにも関わらず、公式には断絶したものと捉えるという政治的な判断
  を指す。この考え方の利点は、先のものと後のものに連続性がないとすれば、後のものは先のものに対して
  責任を負わずに済むということである。だから、反省という言葉は使われるが謝罪はない。その反省という言
  葉にも主語はなく、責任者の所在は永遠に不明である。
   同じ紙面の左側は京都大学教授の永原陽子さんのインタビュー記事だ。専門は南部アフリカ史、帝国主義
  史。永原さんはこう語っている。

   日本でも「慰安婦」問題や「徴用工」問題をはじめ、植民地主義と戦争の過去に真摯に向き合おうとしない政
  府に対し、市民のレベルで植民地支配を受けた人々の声に耳を傾け事実を明らかにしようとする努力が積み
  重ねられてきました。いまこそそれをさらに強め、政府を植民地主義の不正を正面から問おうとする世界の潮
  流に合流させなくてはなりません。

   この数か月、欧米では人種差別や植民地支配に係わった軍人や商人や政治家の銅像が国境を超えて引き
  ずり降ろされているが、日本では今のところそういうことは聞かない。
   16日の赤旗の文芸欄は原田敬一著『日清戦争論』(本の泉社発行)を紹介している。評者は大谷 正・専修
  大学教授だ。大谷さんの解説文を移す(抜粋)。

   明治維新で成立した新政府は、4半世紀以上にわたって対外戦争を回避して平和を維持し、資本主義の発
  展を図った。しかし、1894年に第2次伊藤博文内閣が始めた日清戦争に「勝利」したことをきっかけに、植民
  地台湾を領有し、朝鮮への支配を強めた日本は、大陸の利権の維持と拡大へと国策を転換した。以後、日本
  政府は日清戦争から1945年の敗戦まで、足かけ52年にわたって戦争を続けた。これらの戦争は個別の戦争
  として理解するだけでは不十分で、日本による大陸利権を目指す一貫した侵略戦争、すなわち「50年戦争」と
  して捉える必要がある、という主張である。
   「50年戦争論」は必ずしも著者の独創ではないが、国策の転換点である日清戦争の意義を明確化するととも
  に、日清戦争を契機に「戦争に馴致(じゅんち)」、すなわち馴らされた国民と戦争に向き合った社会が形成され
  たことを資料的に明らかにし、その意味を検討したところが、本書の大事な点である。

   この解説の「明治維新で成立した新政府・・・・」云々は誤りである。新政府は対外戦争を回避したのではなく、
  戊辰戦争、西南戦争と国内平定の内戦は続いており、国の外に目を向ける余裕がなかっただけである。
  しかし、明治維新の運動の最大の特徴は国粋主義であり、初期の段階においても征韓論及び大陸侵略は公然
  と唱えられていた。例えば、吉田松陰、西郷隆盛などである。
   それはともかくとして、原田さんのいう「50年戦争論」は先の77年の中に入る、関与した天皇は明治・大正・
  昭和の三代である。父・孝明天皇の崩御のあと践祚した明治天皇・睦仁(むつひと)は時に14歳であった。
  討幕の野心家たちによって江戸改め東京に連れて来られたのは15歳の時である。後に明治大帝とか明治
  聖帝とか呼ばれるが、実際の政治権力を持っていたわけではない。
   二代目の大正天皇・嘉仁(よしひと)は病弱で政治的判断を下すことは不可能であり、またその時間もなかった。
   天皇が日本の最高権力者としてその姿を現すのは三代目の裕仁からである。
  1929年(昭和4年)6月27日、最後の長州閥軍人・田中義一が張作霖爆殺事件に関して関東軍は無関係であ
  ったと天皇に奏上したところ、天皇はこの年長の政治家に対して「お前の最初に言ったことと違うじゃないか」と田
  中を直接詰問した。その翌月の7月2日、田中義一内閣は総辞職した。天皇親政が始るのはこの時からである。
  既に薩長の藩閥はなく、明治の元勲もいない。あるのは天皇を大元帥とする帝国の陸海軍と、国内を取り締まる
  内務官僚及び治安警察である。
   それでは先の77年と後の75年との違いはどこにあるのだ。
  やはり違いはどこにもないのかも知れない。もし、在るとすればそれは一つだ。

    憲法9条

   (1)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、
     武力による威嚇又(また)は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこ
     れを放棄する。

   (2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、
      これを認めない。





        「サルトルの訓え」

         2020・8・16(日) 

    この夏の始めに亡くなられた我が友・曽川伸晃君は私より10歳ほど年下であったが、その短った交遊の中で
   は私の方が教えられることが多かった。彼は真面目な人間で、私のように物事を斜めから見るというようなことは
   なかった。何事に対しても真正面から受け止め、全力をもってそれを解き明かそうとした。社会に対しても、また己
   自身に対しても好い加減なことが許せなかった、そういう性格の男だった。当然のごとくその怒りは世の中の不条
   理に向かう、とりわけ政治の私物化による権力の横暴と抑圧を許すことが出来なかった。それはまた権力ばかり
   でなく、そのことに異を唱えることの出来ない従順と無関心の多くの人たちの自発的隷従に対しても向けられる。
    曽川君の生き方はサルトルの次の言葉について考えさせられる。

   「人間は、時には自由であったり時には奴隷であったりすることはできないであろう。人間は常に全面的に自由で
   あるか
、あるいは常に全面的に自由でないか、そのいずれかである」

    ジャン・ポール・サルトル、この実存主義者について今日ではあまり語られることはないけれども、状況はサルトル
   が生きた時代のフランスと右傾化の中で軍拡路線をひた走る今日の日本は全く同じである。
   自由が脅かされている、しかし、このことに多くの人は気づいていない。
   辱められ、踏みつけられ、馬鹿にされているのに、まだ多くの人は気づいていない。気づこうとさえしていない。
    曽川君は『日刊ゲンダイ』の愛読者であった。曽川君に薦められて私も『日刊ゲンダイ』を読むようになった。
   ただし紙面ではなく、そのホームペイジを毎夜開く習慣がいつのまにか身に付いた。
   今日は15日付けの記事を一つ転写する。

        死者・重症者が8月急増「9月が怖い」の声と安倍首相の無策
                 更新日:

    案の定、8月に入ってから全国の新型コロナウイルス患者の死者数が急増している。7月の死者数は39人
   だったのに、今月は13日までの2週間足らずで、すでに64人。先月に比べ2倍近い患者が亡くなっているのだ。
   13日に確認された死者数は11人に上り、5月28日以来、2カ月半ぶりに2ケタを突破してしまった。先月以降
   の感染爆発のせいで重症者も増加、医師の間では「9月が怖い」との声が上がっている。
    14日確認された全国の感染者数は1300人超。全国で1日1000人超の感染者が確認されることも珍しくなく、
   重症者も急増している。
    さすがに西村コロナ担当相も14日、「重症者は10日ほど前は100人前後だったが、211人(13日時点)まで
   来ている」「急速に増える(可能性がある)ことを考えて対応しなければならない」と危機感をあらわにしたが、その
   一方で安倍政権は「経済活動との両立」をゴリ押しして、死者・重症者が少ないとの理由から「直ちに緊急事態宣
   言を出す状況にない」の一点張り。言っていることと、やっていることがチグハグもいいところだ。
    13日時点の重症者数は、緊急事態宣言を全国に拡大した直後の4月17日(211人)に匹敵している。ヤバイの
   は、この先、死者が急増する恐れがあることだ。感染者は1週間~10日で重症化し、最悪のケースでは死につな
   がる。しかも、お盆に入って人が移動している。9月以降、全国で死者・重症者が急増する可能性が高い。
    医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏がこう言う。
   「近いうちに再び院内感染が起き、感染者や重症者が増えると考えています。まずは医療従事者の検査を徹底す
   べきですが、それができない。日本は他国と比べて検査能力が劣っている上、政府の分科会は無症状者を検査す
   ることに否定的ですからね。医療従事者の中に無症状者がいたら、高齢者の感染リスクが高まります。重症者が多
   くなればなるほど、医療体制は逼迫してしまいます」
   
          海外メディアも呆れた

    最悪なのは、検査体制や医療体制が整わないうちに、重症者が増えかねない9月を迎えることだ。本来なら、緊急
   事態宣言が解除され、コロナ禍拡大が落ち着いた時に急ピッチで体制を整備すべきだったのに、安倍政権は「Go T
   o トラベル」を強行したのだからムチャクチャだ。
    しかも、安倍首相は国会閉会以後、「臨時国会を開かない」「閉会中審査に出ない」「記者会見しない」――の「3ない」
   作戦を継続中だ。国内だけでなく国外メディアからも、「強いリーダーシップが求められている時に“職務放棄”」(米紙ワ
   シントン・ポスト)、「世界のモデルと誇っていたのに、感染拡大のさなかにほとんど沈黙している」(英紙ガーディアン)な
   どと呆れられる始末である。
   無能な政権に、国民はもっと怒っていい。

    コロナ感染状況は、今日現在(クルーズ船を含む)、感染者数は56,926人、死者数は1116人である。
   世界全体では感染者数は21,459,699人、死者数は771,063人である。感染第一位のアメリカは、感染者数は
   5、361,165人で死者数は169,481人である。この死者数は朝鮮戦争もベトナム戦争も太平洋戦争をも超えてい
   る。これを軍事に例えれば、アメリカはコロナに対しては敗戦国である。しかも、この結果は最初の感染者確認からわ
   ずか半年も経っていないのである。その間、警官によるジョージ・フロイド殺害事件が起きた。
    世界最強の国家が、世界一裕福な国家が、何故こうも脆く簡単に敗北したのか、答えは、差別と貧困である。
   因みに、お隣の韓国は感染者数は15,318人で、死者数は305人である。日米韓3国の時間の経緯は同じである。
   けれども3国が迎えた今年の夏には共通するものが何もない。何故、こういうことになるのか。答えは、政治の質の違
   いにある。より正確に言えば、指導者の能力の差と言うことだ。
   文在寅さんにあってトランプと安倍晋三にはないものは何だ。数え上げれば切りがないが、逆方向から見れば最も重要
   なことが浮かび上がってくる。それは、文在寅さんには「反知性主義」というものが一かけらもないと言うことだ。
    今、この問題について深入りはしないが、こうした状況下で日本政府の公式見解は「直ちに緊急事態宣言を出す状況
   にない」というものだ。相変わらず、「愚劣と冷酷プラス無能」である。
    先へ進む。半月ほど前のことだ。地域新聞「平和の星」の編集長・山本正さんが北海道新聞の記事のコピーをくれた。
   それによって川崎 哲(かわさき あきら)という人を知った。この人の発言と活動について少し触れてみる。

   今日、初めて川崎 哲(かわさき あきら)さんのブログを開いた。
   川崎さんは社会活動家で、ピースボート共同代表、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)国際運営委員。
   ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)は、核兵器を禁止し廃絶するために活動する世界のNGO(非政府組織)
  の連合体だ。スイスのジュネーブに国際事務局があり、
201710月現在、101カ国から468